中3女生徒(15)が父親を刺し殺す…埼玉・川口市内の自宅で
ということで、一年前に書いた記事をトップに持ってこようとしたら、ライブドアブログでは日付を変更させるしかないのですかな。
2007年09月18日の記事ですけど、ご覧ください。



16歳少女、警官の父殺害=まさかりで首切る?−京都ということで、未成年女子の親殺しをまとめてみました。
少年犯罪データベースの少女の殺人事件親殺し、兄弟殺人も参照してください。
昭和24年以前の年齢表記は数え年のため、満年齢にすると1〜2歳低くなります。


昭和2年(1927).3.5〔19歳女子(満17〜18歳)ら母子が父親殺人〕
 茨城県結城郡の自宅で、長女(19)、母親(37)、祖母(75)が父親(42)をナタで殺害、3.5に起訴された。長男(13)も取り調べを受けている。

昭和4年(1929).2.9〔20歳女子(満18〜19歳)が母の顔をカミソリで切り裂く〕
 鳥取県鳥取市の自宅で、次女(20)が母親の顔をカミソリで十数回切り裂き、重態として逮捕された。姉の腕時計をいじっていたので母親に叱られてカッとしたもの。精神病だが、会社で働く姉の収入だけで暮らしてるため医者に掛かることができなかった。

昭和8年(1933).1.22〔20歳女子(満18〜19歳)ら兄妹が父親毒殺〕
 三重県宇治山田市の青物問屋宅で、次女(20)と次男(23)が実の父親(55)を毒殺、2月に母親の違う長男(29)にも薬を飲ませて重体としたが未遂に終わり、6.13に逮捕された。
 高等女学校を卒業している長女が、中学を神経衰弱で中退してぶらぶらしている次男に家を継がせようと大阪で薬品を買って風邪薬として飲ませ、重体となった父に看護する親類の目を盗んでさらに何度も毒薬を口に無理やり入れたもの。それまでも薬品入りの酒を繰り返し飲ませており、昨年7月に次男が就寝中の父親の頭をカナヅチで殴って重体としたが、医者が脳出血と誤診したので殺害してもわからないと考えていた。
 2人とも成績優秀で薬物や犯罪の専門書を熱心に読んで研究、妹は次男を神だと信じており、「神に代わって父を滅ぼした」「いまやっと父を殺したのは悪かったとハッキリ理屈ではわかりました。しかし私の心中には罪を悲しもうとする本当の涙は湧きません。神様、本当に父殺しの大罪を悲しむ涙を湧き出させて下さい」などと話す。
 次男はノイローゼとなり、近所の人に殺害したことを話したり大阪の教会で懺悔したところから発覚。かなりの資産家で、母親は父親に内緒で次男に5千円のこづかいを与えたりしていた。この年の銀行員大卒初任給70円。

昭和15年(1940).3.24〔19歳女子(満17〜18歳)が母親毒殺未遂〕
 兵庫県武庫郡の農家で、女中(19)が母親(39)を殺害しようとネコイラズ入りの紅白まんじゅうを「おばさん一人でおあがりください」という手紙と共に無記名で郵送、4女(12)と長男(9)が食べて腹痛を起こし、逮捕された。命に別状はない。神戸市の家に住み込んで働いているが、未亡人の母親に悪い噂があることを知って毒殺を計画したもの。

昭和23年(1948).12.6〔中2女子(満13〜14歳)が厳しい母親に反発し一家皆殺し〕
 福岡県大牟田市の自宅で、中学2年生の三女(15)が、夕食の大根雑炊に殺虫剤のアヒ酸を入れ、父母、祖母、姉、妹の家族7人皆殺しを謀る。たまたま食べなかった祖母以外の6人が苦しみ出して、五女(10)と六女(6)が死亡、ほかの4人は寝込んだが命に別状はない。三女も食べずに元気だったので疑われてすぐに自供した。
 三女は成績も良くバレー部の選手をしていたが、部活で遅くなると遊んでいたのだろうと厳しい母親にたびたび叱られ殴られた。こんなことでは一家皆殺しにしたほうがよいと考えたと、取り調べにも笑顔で話す。バレー部顧問の教師は、ずるい生徒でよくケンカをしており、皆には好かれていなかったと語る。
昭和25年(1950).12.22〔18歳女子が父親殺害〕
 大阪府大阪市の自宅で、女工の長女(18)が父親(41)を絞殺して自首した。日雇い人夫の父親は日頃から酒乱で、この日は長女の恋人の水道工(19)が酔って口論をしていたので、共犯として翌日逮捕された。

昭和26年(1951).10.28〔19歳女子が一家皆殺し〕
 北海道勇払郡の農家で、次女(19)が朝食のみそ汁にヒ素剤殺虫剤ホトナートを入れ、食べた一家5人が苦しみだし、長女の夫(33)は死亡、母親(50)と長女(23)は重体、父親(55)と長女の長男(2)も重傷とした。おかずだった石ガレイを農薬が入っていたカマスに入れて運んだための事故だと処理されていたが、不審な点が多く再捜査され、翌年1.16に食べずに元気だった次女を追及すると、一家全員を毒殺しようとしたことを自供した。
 長女が夫と次女の仲を疑っていざこざが絶えず、また両親が一時離婚していた時に次女が生まれたので父親が違うのではないかと長女からなじられ、父親も認めるような態度を示すなど、疎外感があったため。

昭和27年(1952).5.19〔高3女子が父親を毒殺未遂〕
 福岡県八女郡の麦畑で、高校3年生女子(18)が父親(53)にネコイラズ入りのまんじゅうを食べさせて、父親を殺したと自首した。父親は手当を受けて重傷だが命に別状はない。5年前に母子4人が家を追い出されたため復讐の機会を窺い、嘘をついて呼び出して風呂敷で絞殺しようとしたが隙がないので、ネコイラズとまんじゅうを買ってきて毒殺しようとしたもの。「私は決して悪いことをしたとは思っていません。死んだほうが父は幸福です」と語る。

昭和28年(1953).4.3〔12歳女子が母親射殺〕
 鳥取県東伯郡の農家で、長女(12)が猟銃で遊んでいて、そばにいた母親(35)の胸を誤って撃ち殺害、翌日になって警察に届けた。

昭和29年(1954).9.1〔18歳女子同性愛の恋人が父親殺害〕
 青森県青森市の自宅で、無職の二女(20)と無職の少女(18)が父親(54)を殺害した。少女が「金が欲しい」と言うと、二女が「それならうちの親父を殺せばいい」と国鉄を退職したばかりの父親の退職金30万円を奪うことに話がまとまった。二女が父親に出刃包丁を突きつけて口論している隙に少女が後ろから紐で首を絞め殺した。二女も大勢の犯行に見せかけるため死体をめった刺しにして石炭箱に投げ込んで、懐中時計と5百円を奪って逃げた。退職金は長女が保管していたので見つけられなかった。発見されるまで数度家に戻って死体に手を合わせて詫びたが、4日に逮捕。翌日、留置所で少女はネコイラズ自殺を図ったが命を取り留めた。青森地裁で、二女は尊属殺と強盗で懲役15年、少女は5〜10年の不定期刑判決。
 二女は中学3年生のとき強盗殺人で、少女は強盗未遂で少年院に入ってそこで知り合って同性愛関係となった。退院後も男装して2人で遊び歩き、遊興費が必要になったもの。この年の銀行員大卒初任給5,600円。

昭和31年(1956).3.9〔19歳女が結婚に邪魔な家族4人を皆殺し〕
 東京都江戸川区で、家族が一家心中したと女(19)が隣家に駆け込んだ。母親と小学校1年生の三男はすでに死亡。工員の長男(17)と中学2年生の次男が苦しんでおり、間もなく病院で死亡した。
 「おまえは飲まなくていいよ」と母親が言ってから弟たちとジュースを飲んだと女は証言したが、追及すると勤め先の工場から拾ってきた青酸ソーダをジュースに入れて殺害したことを自白した。
 昨年の夏に母親の勤め先の理髪店で知り合った青年に結婚を申し込んだが、「扶養家族が多いのは嫌だ」と断られた。そこで一家皆殺しを計画、家族でケンカをしたとき三男がジュースを飲みたいと言ったので、「それじゃ、ケンカの仲直りに」と毒入りジュースを飲ませたもの。
 女は犯行が発覚しても顔色ひとつ変えず、留置されるとわかってはじめて泣き出した。父親は5年前に病死していた。
 無期懲役が求刑されたが、母親とケンカしての発作的犯行であり、未成年であるため、東京地裁は懲役15年の判決を出した。

昭和33年(1958).6.15〔姉妹が酒乱の父を絞殺〕
 東京都足立区の自宅で、長女(16)と次女(13)が廃品回収業の父親(44)をヘコ帯で絞殺、弟(5)は足を押さえていた。仕事もせずに酒を飲んで乱暴するので母親は家出していた。減刑運動が起こり、異例の保護処分となった。

昭和33年(1958).6.22〔17歳ら兄妹3人が父親殺人〕
 福島県安積郡の農家で、長男(21)、次男(19)、長女(17)の3人が父親(45)の首を絞めて殺害、尊属殺人で逮捕された。父親は愛人宅に住んで畑仕事は子供たちにさせて収穫代金だけ巻き上げており、この日も押し掛けてののしったため思いあまって殺害したもの。地裁は事情を考えて死刑か無期しかない尊属殺人ではなく傷害罪で懲役3年執行猶予付きの判決を長男に出した。

昭和33年(1958).8.20〔18歳ら姉弟3人が父親殺人〕
 京都府京都市の自宅で、次女(24)、三女(20)、長男(18)の3人が父親(53)の首を絞めて骨を折って殺害、殺人で逮捕された。小学校校長を退職して現在は浴場を経営しているがてんかんの発作でたびたび暴れて乱暴するため手足を縛って死ぬかも知れないと思いながら首を絞めたもの。

昭和34年(1959).9.26〔15歳ニート女子が叔母を殺害未遂〕
 東京都渋谷区の自宅で、無職女子(15)が同居している叔母(33)の首を絞め、ナイフで腹を刺して重体とした。この姪の父親は戦病死し、母親も7歳の時に死んだため小学6年生から会社員の叔父夫婦に引き取られていたが、やがてグレだし不良仲間と遊び歩くようになったために1年間保護施設に入れられ、その後も女工や店員の仕事を1週間で辞めてぶらぶらしていた。「食事のあとかたづけくらい手伝いなさい」と叱られたのを怨んで殺人計画を立てていたと自供。

昭和38年(1963).12.〔19歳女子が父親毒殺〕
 熊本県の自宅で、無職の4女(19)が煮込みに農薬ポリドールを混入し父親(52)を殺害、北九州市に逃走したが逮捕された。中卒後はパチンコ店などで住み込みで働いていたが病気のため11月に辞職して実家に戻っていた。家の米を持ち出して金にしたり、姉の結婚資金2万円を盗んだりしており、バレると父親に叱られ、家出しても連れ戻されるので殺人を計画したもの。まったく罪の意識がない。

昭和39年(1964).8.4〔高3女子が祖父殺害〕
 宮城県桃生町の農家で、高校3年生女子(17)が祖父(79)を殺害した。夏休みの旅行のために無断で祖父の貯金から4万3千円を引き出したが、見つかってしまったため遺書を書かせてから祖父の首を手ぬぐいで絞め殺し、自殺に見せかけたもの。

昭和40年(1965).4.1〔17歳女子と母親が義理の父親殺害〕
 東京都足立区の自宅で深夜0時、母親(45)と次女(17)が内縁の夫の工員(47)を殺害して自首した。7年前に2人の子供を連れて同棲するようになったが、籍は入っていなかった。酒を飲んで暴れたため帯で絞殺したもの。

昭和45年(1970).11.26〔16歳女子が父親を絞殺〕
 埼玉県児玉郡の自宅で、二女(16)が酔って寝ていた無職の父親(58)を殺害した。二女は23日に少年(18)と泊まりがけでドライブに行ったが、「娘が傷ものにされた」と怒って20万円の慰謝料を要求した。10ヶ月の月賦で払うことになったが、怒りのおさまらぬ父親が二女の晴着を焼いたため、腹を立てて首を絞めたもの。

昭和46年(1971).4.〔ボーイフレンドと実家に押入り実母を殺害して金品を強奪した事件〕
 被害者の2女(19歳)は、不良交友、窃盗を重ね中等少年院に収容されたが退院後も素行が改まらず、バンドマン(18歳)と不純交遊を重ね遊興費に窮したことから、被害者(実母)方に両名で押入り帯ヒモで絞殺の上現金、衣類等を強奪した。(札幌4月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和46年(1971).5.26〔中2女子が酒乱の父を絞殺〕
 兵庫県神戸市の自宅で、中学2年生女子(13)が、父親(36)を殺害した。働かずに酒を飲んでは暴れ、この日も朝から飲んで酒を買ってこいと言ったためケンカとなり、祖父(71)の首を麻縄で絞めようとしたため女子が取り上げたが、さらに手で締めようとしたため、麻縄を三重にまいて祖父と2人で絞殺したもの。母親は幼い時に離婚。生活保護を受けていた。

昭和48年(1973).10.15〔中3女子が叔母を刺殺〕
 静岡県富士市の自宅で、中学3年生の女子(14)が養母(42)を殺害した。1日に家出し14日に保護されて帰宅したが、説教にカッとして台所の庖丁で15カ所をめった刺しにしたもの。
 生まれてすぐに母親が亡くなり父親も行方不明となって3歳から叔父夫婦に育てられていた。これまでも二度の家出と自殺未遂をしている。「説教してうるさいから消した。これで意見する者がいなくなってせいせいした」と平然としている。

昭和50年(1975).3.29〔高2女子が父親に頼まれ殺害〕
 香川県綾歌郡の自宅で、高校2年生の長女(17)が父親(49)を殺害した。父親は胃潰瘍で療養中だったが胃ガンで長くないと思っており「2,3日の命だ。早く楽にしてくれと父親に頼まれたため、日頃から勉強中も用事を言いつけられてうるさく思っていたこともあってとっさに殺そうと決意した」と自供。手斧で頭を数回殴ってストッキングで首を絞めたもの。目立たないおとなしい性格だった。

昭和50年(1975).12.29〔18歳孫娘が祖母を殺害して死体と2ヶ月同棲〕
 北海道河西郡で一人暮らしの老女が行方不明となり、その家に孫娘(18)と元自衛官の男(21)が同棲して老女の預金を引き出すようになったことに不審を抱き捜査したところ、12.29に押入からカチカチに凍った老女の遺体が発見された。
 10.30に2人は老女宅を訪ねて金を貸して欲しいと頼んだが断られたため、寝ているところを縛り上げて金を奪おうとしたが抵抗したので、また結婚を反対されていたこともあって、孫娘がまな板で頭を殴り、男にナタで殺害させたもの。
 孫娘は幼いときに両親が亡くなり叔父の養女となったが叔父も死に、10年前に祖母に引き取られていた。家を出て男と同棲していたが2人とも仕事をやめたため金に困っていた。

昭和54年(1979).2.13〔高1女子が母親を刺す〕
 東京都港区の自宅で、高校1年生の二女(16)が寝ていた母親(47)をナイフで7カ所刺し1ヶ月のケガを負わせた。両親は10年前に離婚、二女は父親と継母に育てられていたが、父親が事業に失敗して蒸発、実母に引き取られた。「今度のお母さんは異性のことにうるさい。話のわかる前のお母さんのところに帰りたい。それにはいまのお母さんが生きていたら邪魔だ」と自供。成績は中くらいで性格は明るかった。

昭和58年(1983).5.6〔働きなさいと祖母に叱られ、15歳少女が絞殺〕
 大阪府で働きなさいと祖母に叱られ、15歳少女が絞殺。

昭和59年(1984).2.〔高1女子が母親に暴行〕
 一人娘で両親の過保護下で育った女子高校1年生(15歳)は、不良グループと交際するうち知り合った18歳の無職少年と同棲を始め高校も中退し、その後、生活費が無くなる度に自宅に戻り母親に無心ていたが、母親が注意したり、無心を断わると大声で罵声をあげながら髪を引っぱるなどの暴力を加え、次第にエスカレートしていき、ついには母親に殴る、蹴る等の暴力を加え、肋骨骨折させたうえ、沸騰した湯を浴せて火傷させるなどの暴力を振った。(山形、2月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。

昭和59年(1984).10.11〔高3女子が酒乱の父親殺害〕
 東京都小平市の自宅で、高校3年生女子が酒乱の父親をビンで殴って殺害。母親に暴行を加えるため。

昭和60年(1985).2.1〔16歳女子が家出のため母と姪を絞殺〕
 愛知県春日井市の自宅で、会社員をしている二女(16)が母親(45)と姪(生後3ヶ月)の2人の首を絞めて殺害した。家出を繰り返してそのたびに母親に連れ戻されていた。「家出するため母を殺した。姪を残すと父が苦労するので一緒に殺した」と自供。長女(19)は未婚のまま赤ちゃんを産み、家出して行方不明。父親は建築作業員。

昭和60年(1985).5.14〔女高生、母への乱暴見かね、酒乱の父殺す〕
 大阪府で女高生、母への乱暴見かね、酒乱の父殺す。

昭和61年(1986).3.6〔中3長女が母親絞殺〕
 宮城県仙台市原町の自宅で、中学3年生の長女(15)と友達の中学2年生女子(14)が、就寝中の母親(39)をコードで絞殺した。離婚し病気中、長女は非行を重ね、生活態度についてうるさく云われることから、殺害しようと決意。

昭和61年(1986).6.23〔17歳女子が父親殺害〕
 東京都八王子市の自宅で、アルバイト女子(17)が父親(45)を殺害、すぐに逮捕された。酔った父親が早朝にテレビを大音量にしたため起こされた女子とケンカとなり、「死んだほうがいい」と言うと父親が「やってみろ」と言ったのでタオルで絞殺したもの。二人暮らしで、父親は建設作業員だったが1か月前から仕事をせずに酒びたりになっていた。

昭和62年(1987).8.28〔女高生、暴力ふるい厳しく監視する父を殺す〕
 群馬県で女高生、暴力ふるい厳しく監視する父を殺す。

昭和63年(1988).4.22〔16歳女子が父親毒殺未遂〕
 栃木県真岡市の自宅で朝5時、長女の無職女子(16)が就寝中の父親(45)の口に農薬を流し込んで殺害しようとし、重傷となった。会社員の父は日頃から家族に暴力を振るっていたが、住み込みで働きたいと相談すると殴る蹴るの暴行を受けて殺人を計画、数日前に農薬を買って隠していた。

昭和63年(1988).7.17〔中3女子生徒、母を刃物で刺す〕
 山梨県で中3女子生徒、母を刃物で刺す。

平成1年(1989).8.9〔妻と高3長女が乱暴と浪費癖の父を殺す〕
 奈良県で妻と高3長女が乱暴と浪費癖の父を殺す。

平成3年(1991).11.22〔19歳女子大生が両親殺害〕
 北海道札幌市の自宅で、女子大生(19)と恋人の会社役員(24)が女子大生の父親(45)と母親(45)を殺害し、会社で所有する原野に大型掘削機で穴を掘って死体を車ごと焼いてから埋めた。翌年、1.26逮捕。結婚を反対され、男の会社の資金に困っていたため、睡眠薬を飲ませてから包丁で刺殺、660万円を手に入れ、家も売りに出していたもの。2人とも無期懲役判決。

平成5年(1993).1.〔有職少女による実母殺人・死体遺棄事件〕
 有職少女(店員 19歳)は、男友達との交際を母親から反対されたことに激昂し、リボン様の紐で母親の首を締めて殺害したうえ、全裸にしダムに投棄した。(1月、山口) 警察庁「少年非行等の概要」引用。

平成6年(1994).5.〔有職女子少年による実父殺人未遂事件〕
 有職女子少年(16歳)は、自宅において、実父から男友達との交際を反対され、毎日言い争いが絶えないことから殺害することを企て、昼寝をしていた父親の左腹部を文化包丁で突き刺したが、全治3ケ月、の傷害を負わせたにとどまった。(5月、京都) 警察庁「少年非行等の概要」引用。

平成7年(1995).9.〔女子高校生による実母の焼死を伴う現住建造物放火事件〕
 高校1年生女子(16歳)は、実母(46歳)に不登校や生活態度について注意されたことに憤慨し、実母を困らせてやろうと自宅2階の居室に置かれた衣服に放火して自宅を全焼させ、その際、実母が煙に巻かれて死亡した。(9月、埼玉) 警察庁「少年非行等の概要」引用。

平成7年(1995).11.〔女子高校生による実母殺人事件〕
 高校2年生女子(18歳)は、学校をさぼるなど日頃の生活態度の乱れを実母(38歳)から厳しく叱責されたことに激怒し、実母の頚部を刃物で切り付けて殺害した。(11月、神奈川) 警察庁「少年非行等の概要」引用。

平成10年(1998).1.18〔高3女子が母親殺害〕
 愛媛県松山市の自宅で、高校3年生女子(17)が、母親(49)と男友達のことで口論となり、果実ナイフで胸部を刺して殺害した。

平成12年(2000).4.18〔高2女子が父親刺殺〕
 神奈川県津久井郡の自宅で、父親(44)が高校2年生の長女(16)に殺害された。交際中の高校2年生(16歳)と自宅にいたところを父親に叱責され2人とも殴られた。「このままでは殺される」と思い、父親のサバイバルナイフで左胸を突き刺したもの。

平成13年(2001).3.〔中学生による殺人未遂等事件〕
 女子中学3年生(14歳)は、日頃から継父(29歳)から暴力を振るわれていたことから、同人を焼き殺そうと企て、同人が就寝中のアパートの居室に灯油をまき、ライターで点火して放火したものの、継父が火に気づき逃げたことから、殺害の目的を遂げなかった。(3月、神奈川) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


戦前はこういう女子による家庭内暴力も起きていました。

昭和12年(1937).5.2〔18歳(満16〜17歳)の家庭内暴力の娘を父親が殺害未遂〕
 東京市大森区の自宅で深夜2時、父親の工員(52)が寝ている次女(18)を薪割りで頭などを殴って3週間の傷害を負わせたが病院に運んで自首した。次女は小卒後に女工になったが長続きせずカフェーの女給になり、涙を流して注意した母親(50)の顔を殴ってケガを負わせるなど警察に相談しても暴れ続けるため両親は知人宅に避難していたが、父親は将来を悲観して家に戻って殺害しようとしたもの。
 5.4に60歳くらいの男が刑事と名乗って訪れ、精神異常ということにすれば釈放できると、診断料と煙草代を要求、重傷の娘を看病していた母親からなけなしの6円を詐取した。新聞で報道されると減刑嘆願書や見舞金5円などが集まり、回復した娘は毎日留置場の父親を見舞って涙を流して非行を悔い真面目に働くことを誓い、父親も「我が身はもうどうなっても」と泣いて喜ぶ美談となり、6.24に起訴猶予で釈放された。