以下の文章は、毎日新聞2月15日朝刊の論点「なぜ目立つ家族殺人」に、犯罪学教授の藤本哲也氏、作家の佐木隆三氏の論稿と並べて掲載されたものです。
おふたりのご意見と読み比べるのもまた一興かと思います。藤本氏は昔の家族は犯罪防止効果があったので家族の絆を取り戻すことが大切と仰っております。佐木氏はおじおばを殺すのも尊属殺規定に含まれていたと仰っておりまして、これはずいぶん驚きました。尊属殺人とは直系尊属だけが対象なので、おじおばは違います。興味のある方は図書館ででも読んでみてください。


濃密な関係ほど憎しみ抱く機会増える
付き合い希薄化のなか家族は伝統回帰


少年犯罪データベース主宰・管賀江留郎

 戦前は少年の親殺しが多発していました。ぶらぶらしている今でいうニートが、働けと叱られて親を殺したりする事件は珍しくなく、とくに一家皆殺しが多いのが特徴でした。昭和9(1934)年には奈良県で19歳が何人殺せるか試すため斧で家族5人を襲い、終戦間際には長野県の16歳が盗みを叱られて家族5人をカナヅチと斧で惨殺しています。教育勅語で、親を大切に、兄弟仲良くと教えていたのは、戦前は家族の争いが絶えなかったためなのでしょう。仲がいいなら、こんなことをありがたいお言葉で毎日聞かせるはずがありません。
 戦後も親殺しや一家皆殺しが続発しますが、昭和30年代の検察統計を見ると、尊属殺と尊属傷害致死で計年間150人前後、映画「三丁目の夕日」の舞台となった昭和33(1958)年は164人が送検で、少年など送検されない事件も合わせるともっとありました。尊属殺は祖父母や舅姑も対象ですが、95%前後が自分の親殺しです。
 近年の親への殺人と傷害致死は150件前後、2006年は169件ですから、人口が今の7割強だった昭和30年代、親殺しはずいぶん多かったわけです。なお、尊属殺は死刑か無期で、親の虐待などの事情がある場合は傷害致死にして刑を軽くすることもあったので、ここでは傷害致死を足しています。
 「三丁目の夕日」時代より家族内の殺人が増加と言っているのなら基本的データを何も調べず妄想を語っているので、その手の新聞やテレビ番組はまともに相手にしないほうが無難です。拙著『戦前の少年犯罪』少年犯罪データベースを見ていただければ昔は異様な家族殺しが多かったことがわかります。しかし昔は家族以外の殺人も多く、隣人一家皆殺しや、主婦が近所の幼児を殺害なんて事件がよくあり、今では濃密なつきあいをしなくなったこともあってこんなご近所殺人は減りました。人は知り合うほどに憎しみを抱く機会も増えるわけで、挨拶は殺人の始まりとすらいえます。80年代に半分まで減った親殺しがまた増加傾向なら、近所づきあいが希薄な現代でも、家族関係だけは古き良き日本の姿に戻りつつあるということなのです。
 戦前は雇い主宅に住み込みで働く若者が多く、叱られたり、同僚ばかり可愛がることへの嫉妬など家族殺しに近い動機で、主人一家皆殺し事件がよくありましたが、今では激減。伝統が廃れて住み込みもなくなり、職場は仕事に通うだけでそそくさと帰るというのでは相手に殺したいほどの特別の感情も湧きません。
 家族も一緒に住まず事務的な会話だけの関係にすれば、殺人はほぼなくなるかもしれません。伝統的家族回帰を願う人は、家族とは本来、殺し合う可能性が高いものだと正しく認識すべきで、過去をきちんと調べて学び、親兄弟殺しは昔のほうが多発したことを知るべきです。無知な者が過剰に騒ぐことで追い詰められる人もいて、起きなくてもいい事件が起きるようなこともあるわけですから。