『明治・大正・昭和・平成 実録殺人事件がわかる本』柳下毅一郎氏・監修『明治・大正・昭和・平成 実録殺人事件がわかる本』(洋泉社MOOK 別冊映画秘宝)というムックで、戦前もっとも騒がれた少年殺人犯である谷口富士郎について書きました。
編集部のほうで富士郎の写真を入れてもらったのですが、これは画期的です。戦後に富士郎の顔が出るのは初めてでしょうし、今後も二度とないような気がします。
さよなら絶望先生はこの男をモデルにしたのではないかと見まがうそのいかにも芸術家っぽい絵に描いたような美少年ぶりを、ぜひこの本をお手にとってお確かめください。腐女子のみなさま必見です。
私の文章のほうは、あまりに入り組んだ複雑怪奇な事件の経緯を辿ることに汲々として、どうも富士郎の異常性については充分に踏み込めなかった嫌いがあります。最初5千字の依頼で、そのくらいあればなんとかなるだろうと受け、どうにも収まり切れずにあとから無理やり8千字まで増やしてもらったのですが、富士郎の特異なキャラを書き切るにはさらにその倍は必要だったようです。
とにかく、二度と拝むことが適わぬかもしれぬその顔写真が値打ちで、ほかにも豪華メンバーがこれまであまり触れられることがなかったような事件について執筆をされていますのでご覧いただければ。

『戦前の少年犯罪』執筆時には読んでなかった、富士郎の弁護を担当した太田金次郎弁護士による『弁護二十年―昭和の著名犯罪秘話』という著作を見つけたのは収穫でした。
自分は超人であるとか云い出したのはニーチェの影響ではないかと記したのは私の勝手な推測だったのですが、太田弁護士によって富士郎は『ツァラトストラ』を愛読していたことが裏付けられました。
この太田金次郎さんは、血盟団事件、バス屋殺し、日大生保険金殺人事件、A級戦犯の土肥原賢二陸軍大将などなど、昭和の重大事件のほとんど全部と云っていいくらいの法廷で弁護を務めた方です。これだけの超一流に依頼できるくらい谷口家は金があって、また父親は決して息子のことを見放さなかったということなのでしょう。
なお、大審院判決文は法律新聞3924号で読むことができますが、これは弁護側の主張がえんえんと述べられていて、でもすでに審理は充分に尽くされてるから却下という一言だけで、弁護側が提示した数々の疑問に具体的に答えていないのが惜しいところです。二審の判決文を見つけることができたらそのあたりもきちんと書かれているのかもしれませんが。

『世界犯罪叢書』2巻 「変態殺人篇」の江戸川乱歩「白面の殺人鬼 谷口富士郎」も詳細な内容で参考になりました。これは名前を貸しただけで他の人が執筆していると乱歩自身が『探偵小説四十年』で暴露しています。私はおそらく『犯罪科学』昭和五年七月号「富士郎の母も変死か?」と同じ熊谷正男が書いたのだろうと推測していますが、たんにこの記事を参考にして執筆されただけかもしれません。詳細ご存知の方はご教示をよろしく。

これらの新しく入手した資料なども精査してみて、『戦前の少年犯罪』の富士郎事件の記述は間違いがあることに気づきました。
老婆を殺した日を昭和3年6月27日としておりましたが、これは死体が発見された日付で、正しくは6月12日でした。
弟を殺した凶器はカナヅチではなくナタのようです。
お詫びして訂正いたします。
なお、当時の新聞記事などでは、4月27日に米国へ恋人と彫刻留学出発の予定でその3日前に逮捕となっておりまして、ミイラ死体発見から一ヶ月も経たない中に海外留学準備なんかできるのかいなと疑問を持っていたのですが、やはりこれは5月27日の間違いのようです。これでも充分早業で、逃走直前の逮捕と云っていいと思いますが。

かようなことで順調に鬼畜系ライターへの道を歩みつつありまして、なんとかせんといけませんな。少年犯罪の戦後編をさっさと出せばいいんですが、泥沼に嵌まっておりまして各方面に不義理をしております。恐縮至極です。