『へんな判決』のり・たまみ氏の『へんな判決』という本の一番最後で、何故だか私も賑やかしとして原稿を書いてます。
セブンイレブンに並ぶような本で、私の文章にも五月女ケイ子さんがイラストを付けていただいて、ちょっぴりメジャー展開です。

お題は戦前の陪審員制についてだったのですが、ほとんど18歳の殺人花嫁・煙山ハナさんについて書いてます。
『戦前の少年犯罪』のp55に「嫁と姑ドロドロ劇場」として記した事件で、より詳しく書いてます。『戦前の少年犯罪』でもハナだけは表記したいと思ってたのですが、名前はやめてくれと出版社に云われたので伏せていたものです。
『戦前の少年犯罪』では「疑わしきは罰せず」で無罪になったように記しましたが、その後にいろいろ調べてみるとハナさんは完全に無罪で、当時の新聞なんかでも姑がかなり怪しいというふうに匂わせています。なんせ、ハナさんが嫁に来るまでにすでに8人も死人が出てるのですから、異様な一家ではあります。
同じ年に話題になった阿部定並には知られていてしかるべき女性だと思うのですが、かたや東京だったのでマスコミにもて囃されて手軽なので自分で調べる能力のない書き手に今も繰り返し語られるのに、ハナさんは東北限定で忘れ去られて残念で、なんとか広めようとしております。
ハナさんには裁判所も同情して、大審院(いまの最高裁)の給仕となって、若くして亡くなったそうです。
「運命の女」というのは当時の新聞がハナさんの呼び名として付けたものですが、「ファム・ファタール」のことで、洋画の影響でこういう言葉が大衆に通じていたのです。このあたりのことを勘違いしている方が多いのですが、戦前は戦後よりも欧米の影響が大きかったのでした。

なお、「ピス平」に関しましては、元の原稿は「警官が急に振り向いたので顔に当たって弾みで撃ってしまったと、殺意を否認してたんなる事故だと主張したのです。」だったのですが、「警官が急に振り向いたので弾みで撃ってしまった」と経緯がちょっと判りにくくなってたので、念のため記しておきます。