『映画秘宝』4月号きのう出た『映画秘宝』4月号で、なぜか私が二・二六事件についてかなり長い文章を書いています。まさか映画雑誌から原稿依頼を受けることになるとは。『映画秘宝』も無茶をするもんです。
映画『226』がDVD化されるのに合わせた記事なんですが、映画とはまったく関係なく史実の二・二六事件について映画雑誌にはおよそふさわしくない内容で突っ走っております。
まあ、私なんかが映画評をやってもしょうがないですし、拙著『戦前の少年犯罪』の第4章「戦前は老人殺しの時代」や第11章「戦前はニートの時代」で展開した二・二六論を補完する内容ともなっておりますので、読んでいただければ。

『226』は事件の背景をすべてスルーしていて、知識がない方にはなんのことやらさっぱり判らないのではないかと思います。その一助にでもなれば。もっとも、私の論はあんまり正統派のものではないので、却って混乱するやもしれませんが。
二・二六事件については、いまでも松本清張の『昭和史発掘』が一番頼りになる基本書だったりします。新装版文庫では5巻から9巻までが二・二六事件に当てられていますが、2巻の「満洲某重大事件」、3巻の「『桜会』の野望」「五・一五事件」、4巻の「陸軍士官学校事件」も合わせて読んでおけば流れが判りやすいかと。小説家の本が一番いいというのは、この国の学者はいったいどうなっておるのかと思わずにはいられません。
これ以外には、一次資料である『二・二六事件 獄中手記・遺書』『二・二六事件裁判記録 蹶起将校公判廷』を読んでおけば充分でしょう。つーか、これらの最低限の書さえ目を通さずに二・二六について語る人が結構いるような気がします。
興味のない方も磯部浅一の獄中手記だけは読まれたらいいのではないかと思います。その激烈な呪詛の言葉は、事件と関係なく、人間の精神という不可思議なものの極限を覗かせてくれる比類なき詩編として胸を撃ち、おかしな高揚感を与えてくれます。磯部の部分だけを抜き出して文庫にすれば若いもんのあいだで流行るような気もしますが、どこか出しませんかね。ウェブ上でも全部まとめてアップしてるところはないようで困ったもんだ。

上記3点以外で読むとすれば、『日本を震撼させた四日間』『二・二六事件への挽歌 最後の青年将校』『生きている二・二六』のような当事者の手記が、当時の若い将校たちの心情を感じ取れるのでいいのではないかと思います。
とくに大蔵栄一大尉の『二・二六事件への挽歌』は、よくぞこんな反体制だけに生き甲斐を感じるような人物が将校として存在できたもんだと、帝国陸軍という古今の軍隊にあり得ない妙ちきりんな組織の不思議さに感心させられ、また青年将校運動というのは全共闘運動とまったく同じもんだったんだなということを知ることができて、いろんなことが腑に落ちる貴重な証言となっています。

でも、一番手っ取り早く二・二六事件を知るには、昭和29年の新東宝映画『叛乱』のDVDを観ることだったりします。これは複雑な事件の動きを巧みな脚本で完璧に盛り込んでいて、しかもかなり正確です。さらには映画として極めて出来がよくて感動させられます。
決起に頑強に反対していた安藤大尉が、最後に同志たちが腰砕けになると怒って自分ひとりでも断固貫こうとするその姿は、男の行動とは如何にあるべきかというものを考えさせます。
『226』でも三浦友和が頑張ってたけど、最初の決起への反対をあまり描いていないのでどうしても弱くなる。たぶん、そのあたりをきっちりやると安藤大尉以外の人たちが間抜けの卑怯者みたいになるので、オールスター映画として配慮したのではないかと思います。

名作『叛乱』の難点は新東宝だから俳優を集められなかったのか妙に歳を食った青年将校ばかりだということで、30歳の磯部を38歳の山形勲がやっていて、なんせあの貫禄とドスの利いた声で、安部徹の村中孝次ともども50歳くらいにも見え、山口一太郎大尉(35歳)の清水将夫に至っては45歳でおっさんというよりも爺さんにさえ見えるくらい老けてて、55歳の佐々木孝丸が西田税を演ってたり、いくらなんでもこれはないんじゃないのという感じもしますが、37歳で安藤大尉を演じた細川俊夫も含めてこの人たちは演技はしっかりしているのでそういうところは次第に忘れて没頭できるようになります。
監督の佐分利信は、役者としても44歳で34歳の西田税を演じていたのが病気で降板して差し替えたんだそうで、どれだけ渋い西田だったのか、元のフィルムが残っているのならぜひ観てみたいものです。
なお、公開時のパンフに載っていた佐分利信の「監督の言葉」は
 私個人としては叛乱軍将校の社会正義と云うものを立派だと思います。しかし、映画では決して批判はしないで、事件を忠実に描いていきます。ただあんな立派な思想を持っていたのに、どうしてもっと立派な行動を取らなかったのか、そこに問題があると思います。

ではじまるたんたんとした静かな調子ながら味わい深いもので、二・二六事件についての言葉というのは妙に嫌らしいものが多いのですが、昭和29年に書かれたことを考えてもこの文章はなかなか出色ではないかと思います。DVDのブックレットに再録されているので、それだけでもこの映画を観る価値はあるかと。
辰巳柳太郎が相沢三郎中佐で、島田正吾が真崎甚三郎大将という配役もなかなか凄いですが、原作である立野信之の直木賞受賞作『叛乱』は、この映画の前に新国劇で舞台化されてたのですな。

ところで、『226』が長年DVD化されなかったことについて二・二六事件の政治的配慮なんかを疑う人もいるようですが、実際には奥山和由プロデューサーを巡る松竹内の派閥争いの余波が十年以上も尾を引いて津山三十人殺しの『丑三つの村』ともども封印されてたためなんだそうで、二・二六事件もいろいろご大層なことを云いながら軍内部の人事を巡る派閥抗争が大本にあるといういかにも官僚らしいせせこましい話だったりすることと妙に通じております。
二・二六事件で義弟が身代わりになったおかげで辛くも命を永らえた岡田啓介首相は、戦後すぐに敵であるはずの大蔵大尉などと対談するという懐の深い処を見せていますが、そこでこんなことを云ってます。
「なあに、皇道派だとか統制派だとかやかましいことをいっても、陸軍の膨大な機密費の取り合いさ。その頃陸軍の機密費は百万、海軍は廿万くらいだったかナ。その機密費をどちらが握るかという派閥の争いだよ」
昭和11年の銀行員大卒初任給は70円ですから、百万とは30億円ほどでしょうか。軍事費ではなく芸者遊びをしたりする金ですから、貧乏な時代の日本としてはこんなもんですかね。
奥山プロデューサーがクーデターで松竹を追い出される直前にロバート・デ・ニーロと共同製作する映画のために集めたのが50億円だったそうですけど、わずかの金で日本の歴史はえらいことになったもんです。

なお、藤原書店の『環』Vol.242006年Winter号の「二・二六事件とは何だったのか」という特集が最近の雑誌としては充実していておもしろく、今回の記事の参考にもさせていただきました。
つーか、私のやつはタイトルが「二・二六事件とはなんだったのか」で見事に被っとるやんか。いま気づいたよ。まあ、ありがちなタイトルだからいいか。面目次第もございません。