幼女がレイプ殺害された足利事件で、無期懲役となった菅家利和さんは冤罪であることが確定するみたいですが、私が興味を惹かれたのは犯罪精神医学者・福島章教授の精神鑑定に関する顛末です。こういうことがあったとは知りませんでした。

福島教授は菅家利和さんが「代償性小児性愛者」であり、本件犯行は「小児性愛を動機として行われたもの」という精神鑑定書を裁判所に提出して、これが判決に大きな影響を与えたようです。
弁護団はこの鑑定書が間違っているとして、それを正すために福島教授に対し精神鑑定の録音テープの開示を二審の段階から11年も求めてきたけど応じないので、2006年に民事訴訟を起す。すると福島教授は法廷に於いて、録音テープはすでに破棄したという、それまでとは違う答弁をしたようです。

いまならともかく、最高裁で刑が確定したあとで、まだ再審が開始される見通しもなかった2006年という時点で福島教授がこういう反応をしたのはなかなか興味深い。
すでにこの頃には菅家さんは「代償性小児性愛者」ではないと確信していたのか。あるいは再審が開始されて無罪が確定するだろうというような内部情報を得ていたのか。
はたまた、弁護団は鑑定書の間違いを正す以上に、菅家さんが警察で自白したのと同時期になされた菅家さん自身の事件に対する証言を聞くことに意義を見ていたようで、無罪になるかどうかとは関係なく取り調べの可視化を嫌がる警察からテープは出さないように頼まれたりしていたのか。
精神鑑定人自身が精神鑑定の可視化を嫌がったためなのか。
冤罪という重大犯罪に荷担することになってしまった福島章教授の心理とともに、分析してみるべき事象であろうかと思います。
まとめサイトではこの民事訴訟の結末がどうなったのか記されておりませんが、ご存じの方はご教示いただければ。

精神鑑定書というのは面接だけではなく一件記録(警察や検察の調書や捜査資料)を元に作成されるもので、心神喪失かどうか以外の動機などの面で裁判官がこれに影響を受けるのは、一方的な資料内でぐるぐる廻ってる主張に囚われることであまりよろしくないような気もいたしますが、そのあたりはどのような扱いになっているものなんでしょうか。
今回の冤罪事件に関しては警察や検察のことよりも、こっちの精神鑑定の問題のほうが私には気になります。


追記
コメント欄にも記したように、この精神鑑定に関する問題は、
1. なぜあのような誤った結論を出したのか
2. それが誤りだと判明したときに訂正出来るか
3. 今後、誤った結論を出さないように精神鑑定のシステムを改善できるか
ということが重要なのでありまして、テープを破棄したかどうかなどというのは福島教授のこの精神鑑定に対する姿勢が窺える唯一の取っ掛かりであるから取り上げただけで、テープの破棄自体に関心が集まるのは困ります。
テープはさしたる意味はありません。テープが無くとも、肝心の中身は福島章教授の脳と精神と心理に残っているわけですから。
裁判では無罪になっても、「代償性小児性愛者」という精神鑑定書は精神医学の専門家によって訂正されない限り永遠に残ってしまうわけです。ここで精神医学者たちが何らかの行動を起さないと、事は福島教授個人の問題に留まらず精神医学界全体の腐敗を示すことになるのではと思いますがいかがなもんでしょうか。警察庁でさえ足利事件でなぜ冤罪が起きたのか検証するチームを組織したようですが。
精神医学者でブログをやってる方も大勢おられるようですが、菅家利和さんの精神鑑定について触れている方があまりいないみたいで、どういうことなんでありましょうか。
二俣事件で拷問があったと内部告発した山崎兵八刑事は、名古屋大学の乾憲男教授によって「妄想性痴呆症」という精神鑑定書を出されて警察をクビになり、一流弁護士たちがこの精神鑑定を訂正させようと尽力したにも関わらず、二俣事件の冤罪が晴れた後も結局、山崎刑事の名誉回復は成りませんでした。この時も精神医学者たちが何らかの行動を起した形跡はないようです。

このインタビューによると、足利事件を二審から担当した佐藤博史弁護士は、島田事件の弁護人で、大学生が13人の幼女を襲った事件も担当して小児性愛者による犯罪に知識があり、菅家さんは絶対に小児性愛者ではないと見抜くことができたから、この精神鑑定書が間違いだと判断できたんですな。
しかし、いくらそういう経験があったと云っても弁護士が見抜けたことを、さらに多くの事例を研究しているはずの犯罪精神医学者になんでできなかったのやら。
佐藤弁護士の根拠は、警察が1年間にわたって菅家さんを尾行したけど一度も小児性愛者の態度がなかったという単純かつ明快なもので、福島教授はどういう根拠でこの菅家さんを「代償性小児性愛者」としたのか改めて釈明しておくほうがご自身のためによろしいのではないかと思います。福島教授のこの鑑定以外の研究もすべて出鱈目だったと受け取られかねませんから。ですから、テープの破棄は福島教授ご自身にとって不利なことなのです。
鑑定をした時には菅家さんは犯行を認めていたので、テープさえあればこれは騙されても仕方ないな、これから騙されないで鑑定するにはどうすべきなのだろうというような話にもなるかと思います。
破棄したと思っていたのはダビングしたコピーテープで、原盤はうっかり棚の奥の方に忘れていたということもよくあることで、もう一度探してみられることをお奨めいたします。案外簡単に見つかったりするのではないでしょうか。
ところで、これはあらたにすの独自記事なんですかね。判りにくいな。

『再審通信』という雑誌の2006年10月1日号に、足利事件に取り組んでおられる笹森学弁護士のテープ開示訴訟についての報告が掲載されていました。
福島教授は最初、自分の名前は「福嶋章」なのに「福島章」と記載されているという理由で訴状の受け取りを拒否したそうです。精神鑑定書も法廷での宣誓書も自ら「福島章」と署名しているのにも関わらずということで、福島教授のこの精神鑑定に対する姿勢が窺えるもうひとつの事例としてなかなか興味深いです。なにやら、フロイトさんなんかが喜びそうな。
ちなみに、訴訟の根拠は、憲法の自己情報制御権、個人情報保護法、医師と患者の間の契約関係に基づくものだそうです。
福島教授が破棄したと主張している時点よりも前から、弁護団はテープ開示とともに適切な保管を再三要請していたのに、なぜか無視して破棄したようです。弁護団も、ほんとは破棄していないのではないかと疑っています。
2007年5月28日に東京地裁医療事件専門部は請求を棄却しました。控訴したかどうかは判りません。
このテープ開示訴訟については各新聞とも栃木版でしか掲載していません。こちらのブログで知った、菅家さん逮捕に貢献して表彰された巡査部長の「ジャンボ宝くじが当たった気分」という記事も朝日新聞栃木版にちゃんと載ってました。なかなかすごいなこれは。
この巡査部長に罪があるわけではないんですが。ただ、一年間もシッポを出さないので、菅家さんは犯人ではないんじゃないかという空気が現場にはあったみたいですけど。