以下の「ニッポン・ニート列伝」という文章は、2008年4月に出た『m9(エムキュー)』創刊号に掲載された原稿の原型です。編集部の要望やスペースの都合で書き替えてますが、『m9』はまだアマゾンでも買えるみたいなので、物好きな方は読み比べてみていただければ。
この論考で私が云いたかったのは、昔は酷いニート犯罪がたくさんありましたよというようなことではまったくなく、最後のほうに記している「ニートは武士の魂を受け継ぐ正当な後継者」という部分です。
ほんとはこの続きとして、<ニート哲学としての『葉隠』入門>なんてのを書きたかったのですが、『m9』も廃刊となって、私も『戦前の少年犯罪』の続編がなかなか完成しないのでそれどころではなくなってしまいました。
いまこんなものを引っ張り出してきたのは、昨今はベーシック・インカムについての論議がさかんで、日本人の労働観みたいな話もよく出てくるので、益することもあるかと思ったものですから。
直接の切っ掛けは、ベーシック・インカムについてヨーロッパと日本を対比して論じてる方のブログをたまたま読んで、どうも、日本で働くのが偉いなんてことになったのはサミュエル・スマイルズ『自助論』のせいだということが知られてないんじゃないかと思ったことにあります。邦題『西国立志篇』でも判るように、舶来思想なんですな。
日本ではまずいことに武士の絶滅と『西国立志篇』ベストセラーがぴったり同時期に起こってしまった。ヨーロッパでは『自助論』熱が冷めたあとにも武士と同じく労働を軽蔑する貴族が生き残っていた。ここに違いが出てしまいました。
オリンピックでアマチュアリズムなんてもんが最近まで根強く残っていたのは、オリンピックでやるスポーツはヨーロッパ貴族のものだったからで、「労働によって報酬をもらうなんてのは労働者階級のやることで、我々をそんなウジ虫連中といっしょにするな」という崇高なる精神だったわけです。貴族にとって労働というのはもっとも卑しいことなんです。
米国もヨーロッパと同じく階級社会ですが、米国の支配階級は建国以来、貴族ではなく資本家なのでその点で労働観が違う。オリンピックも米国のものになってしまってから、ようやくアマチュアリズムが廃れました。
日本も武士が滅んだあとに貴族は多少残って戦前までは無職のほうが偉いという思想がそれなりにありましたが、戦後は米国に完全に解体されてしまいました。
ヨーロッパ貴族と違って、日本の武士は庶民以下の食うや食わずがほとんどで、ベーシック・インカムのモデルとしてはぴったりです。
また、ヨーロッパでは階級意識が強くて全員が貴族のように働かなくともいいような社会にするには抵抗があるかもしれませんが、日本人は階級意識がまったくなくて全員が武士の末裔のような気になってますし、実際にも日本は血筋ではなく家系なので、江戸時代には金を払って養子に入れば誰でも簡単に武士になれたので問題ありません。なにもヨーロッパにモデルを探さなくともこっちから世界に広めればいいのです。
ベーシック・インカムなんて云うと導入に反対する人が多いでしょうが、日本の武士の魂を取り戻すためのシステムだと云えば実現できるのではないでしょうか。武士道復活に反対するような輩は日本人ではありません。侍の魂を復活させよとか、米国に毒された戦後日本を精算せよとか主張している方は、ぜひにもベーシック・インカムを推進すべきでしょう。
戦国時代以前のほんものの武士は主君を裏切ったりするのが当たり前のリアリストだったのに、平和な江戸時代に唯一の仕事である戦のなくなったバーチャルなんちゃって武士のために武士道なんて妙ちきりんなものが編み出されたのは、仕事のなくなるこういう時代が訪れることを見越したファウンデーションみたいなものだったのかもしれません。御先祖様は偉大です。


追記
どうも、説明が足りなかったようで、書き足しておきます。
明治4年に『西国立志篇』が出版されるとたちまち100万部突破といういまなら数千万部にも匹敵するかという天文学的な鬼ヒットで、当時の字を読める青年のほぼ全員がこの本を手にして、日本人の国民性が根本から変えられてしまったのです。
明治の雑誌を読むと、当時の若者の立身出世への凄まじい熱狂が見て取れます。そこにこの本がいかに大きな影響を与えたかは、星新一が『明治の人物誌』で翻訳者の中村正直のこととともに取り上げてるので読まれることをお奨めします。この書はほかの登場人物たちも魅力的で、星新一ならではの語り口がたまりません。ショートショートよりおもしろい。
はてブに張っていただいた清水宗治の辞世の句を何人が読んで、さらにその何割が実践したのかは存じませんが、『西国立志篇』はそういうお説教とはちょっと違って、若者の血をたぎらせる熱血ヒーロー物で、部数から云っても全盛期のジャンプ漫画以上の衝撃を与えるものだったのです。そうでないと世界中で桁外れのベストセラーにはなりません。ぜひ、一読を推奨いたします。
ただ、最近の翻訳の『自助論』は大幅にはしょって訳文も単調なのであまりおもしろくありません。講談社学術文庫の中村正直・翻訳『西国立志篇』がやはりお奨めです。
明治のはじめの文章ですから読みにくいですが、迫力は感じ取れるはずです。なにより、明治の若者を鼓舞して日本を変えてしまったのは、スマイルズではなく、この中村正直の文章なのです。
なお、ここで述べている武士とは、あくまで戦のない平和な江戸時代で呑気に生きていたバーチャルな武士のことで、戦国以前のほんものの武士のことではありませんので、その点もお間違えなきようにお願いいたします。
せっかくのニートの話なのにちくはぐな記事になってしまったよ。まあ、働きたくない奴はとことんニートに徹して、働きたい奴は熱血ヒーロー物に熱狂して働けという、これがベーシック・インカムの正しいあり方なのか。



■ニッポン・ニート列伝■

 何故か貧しい時代にニートはいなかったと思い込んでいる方がいるみたいなんですが、むしろ昔のほうがぶらぶらしているニートが多かったことは、拙著『戦前の少年犯罪』の第11章「戦前はニートの時代」を読んでいただいたみなさんにはすでにご承知の通り。
 二・二六事件はネオ麦茶事件に近い典型的なニート犯罪だったことなどをそこで解き明かしていたりもしますが、やはり「働け」と云われてカッとして親を殺したりするのが一番よくあるパターンでして、あまりに数が多いので本には載せられなかった事件にはこんなものがありました。

昭和13年(1938).5.31〔17歳ニートが働けと云われ父親殺人未遂〕
 埼玉県南埼玉郡の自宅で、四男(17)が父親(51)の胸をノミで刺し、倒れたところをさらに顔を何度も刺して重傷を負わせて逃走、すぐに逮捕された。小学校高等科1年で中退して父親の家具製造業の見習いとなったが、最近は仕事をせずに遊んでいるため「おまえのような親不孝者は死んだほうがよい。仕事をしない者は出て行け」と父と次兄(26)に叱られ2人の殺害を計画、妹(7)を負ぶって風呂から出てきたところを待ち伏せして襲い、次兄も殺そうと探したが見つからなかったもの。


 埼玉読売新聞によりますと、逮捕直後に「殺し切れなかったのは残念です」と話したそうです。無口でおとなしく、近所の評判はよかったということなんですが、妹を背負ってる父親をめった刺しにするんですから、なかなかのもんです。

昭和19年(1944).7.7〔29歳ニートが死刑になるため母親殺害〕
 秋田県江刺郡の自宅で午前4時、四男(29)が炊事中の母親(69)の頭をナタで数回殴り、倒れたのを見て立ち去ろうとしたが兄嫁が母親を連れて逃げようとしたのでさらに数回母親を殴って殺害、駐在所に自首した。
 高等小学校と農学校を卒業して小学校の代用教員を3年勤めていたが虚弱のため退職して昭和13年から部屋に閉じこもり、近所の者だけではなく家族とも接触を避け、自分の不健康は亡き父のためだと仏壇を壊し、母親に暴力を振るっていた。やがて厭世的となり、死ぬために母親を殺害して死刑になろうと計画したもの。中流の農家。弁護士は心神喪失を主張したが、盛岡地裁は心神耗弱のみ認めて懲役15年の判決を出した。


 戦時中もこんな事件がありました。この人の場合は、村の同年輩がみんな兵隊に召集されてるのに自分は行けないという焦りもあったみたいで、津山三十人殺しと同じパターンです。三十人殺しの都井睦雄も最初に自宅でおばあさんを殺してますから、満21歳のニートによる尊属殺人だったわけです。べつに戦争が好きなわけではなくて、秀才は挫折すると周りに置いてけぼりにされたと勝手に思い詰めて無茶をする傾向があります。

戦後も受け継がれたニート精神

 戦後になってもニート事件は相変わらずです。反日的な人は憲法だとか日教組だとかのチンケなもので日本は変わってしまったなんて歴史を捏造するような自虐的なことを平気で云いますけど、愛国心のある人はきちんと判っているように日本の精神はそんなもので易々と変えられるほどヤワではありません。

昭和22年(1947).12.18〔17歳ニートが働くのが嫌で強盗殺人して死刑判決〕
 鹿児島県鹿児島市の雑貨商宅で、無職(17)が押し入り、主人(41)、長女(5)の頭を斧で殴って殺害、妻(31)に瀕死の重傷を負わせ、3千4百円と衣類などを強奪、証拠隠滅のため放火して屋久島に逃走したが逮捕された。
 横浜市の私立中学2年生のときに窃盗で中退、軍属となったが1ヶ月で逃走して窃盗や強盗で満15歳の時の昭和20年7.17に軍法会議にかけられ昭和22年11.23に刑務所を仮出所、見習い工になったが働くのが嫌いで退職し、暖かいだろうというだけの理由で鹿児島に来たがおもしろくないので帰る金を盗ろうとしたもの。


 南日本新聞によりますと、「旅費を働いて稼ぐことは考えなかったのか」と裁判長に問われて、「働くのは嫌だ」とニートとして天晴れな決意を法廷で云い切ってます。また、「殺しても悪いとは思わぬ」とも証言したそうです。
 戦前の少年法では満16歳以上なら死刑にできるので、一審二審とも死刑判決だったんですが、直後に少年法が改正されて18歳未満は死刑にできないことになりましたから、恩赦で無期に減刑されました。もっとも、戦前は少年に甘かったので、戦前に裁判をしていればそもそも死刑判決が出なかった可能性が高いのではないかと思います。

昭和24年(1949).9.14〔18歳ニートが覗きで隣りの銭湯一家5人殺害〕
 神奈川県小田原市の銭湯に深夜1時過ぎ、隣家の無職(18)が押し入り、主人(48)、妻(43)、母親(81)、長女(19)をナタでめった打ちにして、次女(7)、長男(4)の首を肉切り包丁で切り、長女を除く5人を即死させた。長女は病院で危篤状態。2月に工場を辞めてからぶらぶらしており、日頃からトラブルが絶えず、3ヶ月前に2階から浴場を覗くので窓をふさいだことに馬鹿にされたと激怒、1ヶ月前から包丁を買って研いでいた。自宅から猟奇小説雑誌が大量に発見された。


 この手のニートの異常な無差別殺人や通り魔事件は最近は激減してしまいましたけど、1970年代までは毎週のように起きてました。
 横浜地裁で死刑判決が出て控訴しないつもりだったんですが、この判決を出した裁判官が死刑反対論者で涙を流して上訴を勧めて、結局、最高裁で死刑が確定。ところが直後のサンフランシスコ講和条約恩赦で無期に減刑、昭和45年に仮釈放されます。
 昭和59年、53歳になった男は東京都杉並区の路上で、中学3年生(14)と2年生(13)の女子2人の首や顔などを登山ナイフでめった刺しにして2ヶ月と3週間の重傷を負わせ逮捕されました。2人が小学生の時から交際し、家出中の2年生と横浜市のアパートで同棲していたんですが別れ話をされて、3年生のせいだと疑って3年生の自宅に押し掛け、そこにいた友人7人に「歳が違い過ぎる」「おじさん帰れよ」などと云われてケンカして家を出て、激怒して2人とも殺そうと呼び出して襲ったんですな。殺人未遂で地裁では懲役8年の判決でした。

ニートの恋

 こんな男でも何故かロリにモテモテだったりするんですから世の中は判りませんです。一応は付き合っていた相手を殺そうとする事件ばかりではなく、ニートが一方的に想い詰めた相手を殺してしまうストーカー殺人事件は昔は日常茶飯事でした。しかし、さすがに授業中の教室で射殺というのはなかなかありません。山奧の小さな村での事件です。

昭和37年(1962).7.17〔20歳ニートが授業中の女高生を射殺〕
 富山県東砺波郡の県立高校で、無職(20)が猟銃2丁と弾帯を持って授業中の教室に押し入り、教師と生徒18人を黒板の前に整列させて、女子高生(18)に2発撃って殺害、逃走して橋から飛び降りて自殺する計画だったが下を覗いて怖くなって死ねず、橋の中央で銃を構えて追っ手と対峙したが、説得されてすぐに逮捕された。
 3月までこの高校に通っており、殺した女子高生に片思いしていたが相手にされていなかった。農家の六男で、国体で活躍するスキー選手だが、凶暴性があり学校でもたびたび暴力事件を起こし、卒業後はぶらぶらしていた。銃は近所の家から盗んだもの。富山地裁は懲役15年の判決。


文学系ニート

 異様な犯罪をやらかすニートはたいてい文学好きの夢想家だったりしますが、昔は想像を絶する事件がよくありました。文学なんか読むのも書くのも禁止したほうがいいかもしれません。

昭和26年(1951).4.2〔30歳ニートが母親殺害し裸で引きずる〕
 京都府京都市の京都大学で、無職(30)が母親(55)の頭部を仏像で殴って殺害、竹棒5本で脳をえぐり出し、全裸にして縄で縛って引きずっているところを逮捕された。1年前に母子で江戸川乱歩邸を訪ねて探偵小説の原稿を見せており、乱歩の推薦で探偵作家クラブに入っていた。京大心理学科卒。


 母ひとり子ひとりで、お母さんは和歌山市で<ロゴス書店>を経営して学費を支えていたのに息子は卒業しても働かずにぶらぶらして、就職先ができたと嘘をついて学校に連れてきて殺したというのが泣かせます。本人は「安楽死させた」と云ってまして、「一切の秘密は母の肉体に秘められている。母は若返り法を実行していた。凶行場所は高度の医学的集団の連中も手を出せない場所だから選んだ。脳は彼らで作れないから取り出す必要を感じた」などと話したそうです。
 なお、京大では学生数十人が呆然と見ていたそうで、たしかにこんな場面に出くわしてもどうしていいのか判りません。

昭和28年(1953).7.11〔20歳ニートが小説執筆のため少女殺害〕
 愛知県名古屋市の田んぼで、夜間高校4年生(20)が中学3年生女子(14)を絞殺。自転車の荷台に乗せて自宅の自分の部屋に運んで床下に隠して家出した。13日に下半身ハダカの死体が発見され、15日に逮捕。高校にはほとんど登校せずぶらぶらしており、両親とも口を利かず、自室に閉じこもり文学に熱中、17歳の時に文芸部の同人誌に愛する女を殴る「マゾヒズム」という小説を掲載していた。


 レイプとかの目的はまったくなく、小説を書くために殺人を体験したかったというのが動機なんだそうです。文学は虚構ではなく体験を基にしなければならぬというリアリズムの信念の持ち主で、サンデー毎日によると「人を殺したことが何故悪い。殺してもよい場合がある」などとも話したそうで。
 テレビゲームのない時代は恐ろしいです。ゲームをしないで本なんか読んでいると、脳が異常になるのかもしれません。

どら息子系ニート

 親が貧乏でも学費も掛からずただ食べるだけのニー ト一人くらい養うことは充分できますから、貧しい時代からニートはめずらしくないんですが、もちろん金持ちのどら息子系ニートもたくさんいました。
昭和40年(1965).4.9〔25歳ニートが金欲しさに父親殺人〕
 東京都千代田区の自宅で、三男(25)が父親(58)を殺害、逃走したが4.25に自首した。父親は元朝日新聞記者で、政界暴露新聞『マスコミ』を発行して影響力を持ち、ダム汚職の証人として国会喚問されたばかりだった。
 成績優秀な兄弟の中で三男だけが劣等生で大学受験に失敗してからグレて、父親は自分の後継にしようとしたが働かずに会社の金を持ち出しスポーツカーを乗り回して女と遊び歩いてぶらぶらしていた。金欲しさに父親をアイスピックでメッタ刺しにして現金20万円を強奪、豪遊していたもの。死刑が求刑されたが、東京地裁はコーヒーの飲み過ぎによる刺激性不安状態にあったとして無期懲役判決。


 この事件は映画『金環蝕』のモデルとなっています。何不自由ない生活でそのまま呑気に生きていけばよさそうなものなのに、どら息子はどら息子なりに妙なコンプレックスを抱くようで、こういう焦躁感を爆発させるような事件がちょくちょく起きていました。

昭和24年(1949).12.6〔19歳ニートが同性愛の愛人を毒殺強盗〕
 東京都中央区銀座のビヤホールで、無職(19)が店員(38)を殺害、ラジオ、オーバーを奪って逃走したが、古物商に売ったため足がつき12.9に逮捕された。10月に日比谷公園で知り合って援助を受けるため同性愛関係になっていたが、金目当てに青酸カリ入りの茶を飲ませたもの。山口県阿武郡出身で、去年東京の大学専門部に入学したが今年の4月に中退、その後も郵便局員の母親の仕送りをもらってぶらぶらしていた。東京地裁で無期懲役判決。

 この時代に東京の学校に行く費用を仕送りするなんて大変なことだったと思います。母ひとり子ひとりで息子には大変な期待を掛けていて、読売新聞によりますと「きょうはあなたの誕生日で赤飯をたき、あなたの写真の前へ供えたが食べてくれないのでさびしかった。どうか一生懸命に勉強して下さい」という手紙をお母さんは一ヶ月前に出していました。泣かせる話です。カーチャン…。

ニートの母

 ニートのお母さんもこんな事件を起こされたりばかりではかないませんので、いろいろと考えるものです。数々のニート犯罪を収集してきたこのわたくしも、これが一番印象に残る事件だったりします。

昭和50年(1975).8.21〔16歳ニートが母親に同棲させられる〕
 北海道札幌市で、カップルが万引きで捕まった。少年(16)はIQ130だが勉強嫌いで成績も悪く、3月に中学を卒業してから親に勧められても高校には進学せず仕事にも行かず家で引きこもっていた。母親は結婚すれば勤労意欲が湧くだろうと、アパートを借りて高価な家財道具を月賦でそろえてやり、勉強嫌いで高校を1ヶ月で中退した家事手伝い少女(16)をそそのかして家出させて息子と同棲させた。しかし、少年はアパートに1日中引きこもって、少女にホステスをやらせてたりして暮らしていた。母親は未成年に淫行をさせる罪で逮捕された。少女は妊娠3ヶ月。


 なんだか、ひたすら前向きです。政府もこんなニート対策でもやってみたらいいんではないでしょうか。もっもと、ニートには夢のような生活で、ますます外には出なくなってしまうかもしれませんが。そもそも、こんなお母さんだからこそ、息子がニートになってしまったのでありましょうか。家財道具を買い与える金はあったのにわざわざ月賦にしたのは返済のために働かざるを得ないだろうと考えたためなんですが、すぐに質入れしてしまったそうで、筋金入りのニートなんでどうしようもありませんです。

ニートの生命は、全地球よりも重い

「人命は地球より重い」というセリフは、ダッカのハイジャック事件で人質と交換に過激派を刑務所から解放するという超法規的措置を取ったときのものとしてみなさんご存知だろうと思いますが、人質に米国人が大勢いて、特に大統領の友人だった人物を真っ先に殺すと日本赤軍は宣言してましたので、日本政府は配慮したんであって、あれは「アメリカ人の人命は地球より重い」という意味だったみたいです。そもそも、米国政府から要請があったというような話もありまして、日本政府と違って米国政府は自国民を徹底的に守ろうとしますから何も云わないということはありえず、いまの福田首相のお父さんがあそこまでの決断を短時間でしたのは、そういう背景があったと考えたほうが判りやすいところではあるのですが。もともと超法規的措置の前例は、この二年前に日本赤軍が米大使館を占拠したときに米国政府が要求を呑んでさっさと過激派を釈放してやれと日本に云ったことからはじまったんですし。
 それはさておき、この言葉はもともとニートの命、それもお母さんと妹を殺したニートの命についての話を、先代福田首相が引用したものなのです。

昭和21年(1946).9.16〔19歳ニートが母親と妹殺害して死刑〕
 広島県佐伯郡の自宅で、無職(19)が母親(49)と妹(16)を殺害した。自動車会社の金を使い込んでクビとなって2月に実家に帰ったが、田舍の仕事を嫌って働かず、母と妹の内職でかろうじて食べていた家計を圧迫したため冷たくされ、妹に「仕事もせずに遊んでいる者は飯を食べなくてもよい」と云われたことから殺人を計画、深夜1時に就寝中の2人の顔をワラ打槌で殴って死体を井戸に捨てた。翌年1.17、2人が行方不明になったことを不審に思った友人に死体を発見されて逮捕。父親は小4のときに死んでおり、貧しい家庭だった。


 一審は無期だったんですが、二審で死刑判決が出て、死刑は残虐で憲法違反だと上訴しました。最高裁は「一人の生命は、全地球よりも重い」と云ってこのニート君の命の価値を最大限まで持ち上げておいて、でも死刑は必ずしも残虐とは云えませんよと上告棄却して死刑が確定してしまいました。いったい、どっちやねんという判決です。

ニートは武士の魂を受け継ぐ正統な後継者

 この「地球より重い」のさらに元ネタはサミュエル・スマイルズの『自助論』に出てくるものだったりします。「とにかく一生懸命に働け」「人の助けは当てにせず自分の力だけでひたすら努力せよ」ということのみを熱血キャラ五百人による怒涛の波状攻撃でここまで云うかとしつこくしつこく繰り広げるこの本は、明治4年に『西国立志篇』というタイトルで翻訳されて100万部突破という今なら数千万部にも匹敵する数で、『ドラえもん』『ドラゴンボール』みたいな巻数の多いシリーズ物より上なんじゃないかという驚異的大ベストセラー、それまで呑気にふらふら生きてきた日本人を瞬時にして勤勉で立身出世競争大好き民族に変貌させてしまった、ニートの宿敵の如き一冊なんですから皮肉なもんです。
 こういう明治の時代の流れについていけなかった武士は各地で反乱を起こして滅んでゆきましたが、要するにそれまで三百年間働かずに食べていたのに、自分で働いて稼げとはナニゴトか!というニートの反乱だったわけです。中には自分たちのプライドを満足させる条件のいい働き口を寄こせという求職闘争としてやっていた者もいて、今のニート問題とまったく同じ様相を呈しておりました。
 働きたくないと陸軍大将のまま引きこもってニートになっていた西郷隆盛は、ニート反乱のシンボルとして西南戦争に担ぎ出されて無理やり働かされてお可哀想でした。靖国神社に入れらなかった西郷さんは、ニートの神様として祭ってもいいのではないかと思います。
 武士は滅んでしまいましたが、働くくらいなら死をも辞さずというその気高き侍の魂だけは決して滅ぶことなく、ここで見てきたように昭和を経て今日に至るまで、ニッポンのニートの血潮の中に脈々と受け継がれているのでした。日本の精神は易々とは死なないのです。
 明治から昭和にかけては、呑気にふらふら生きていることに妙な後ろめたさを抱いて、満21歳のニートによる津山三十人殺しのように無差別殺人や猟奇的犯罪に走る輩も多かったのですが、この手の事件が最近めっきり減ったのは、働かないだけではなく、そのことに誇りを持つという真の侍の心が復活してきている証拠でしょう。
 欧米でも大ベストセラーとなった『自助論』は今ではまったく読まれず、スマイルズの名を知ってる欧米人はいないそうです。無闇に働くことが偉いなどという一時のちゃらちゃらした流行が去った現在、時代を先取りしていた武士のニート魂を世界に広めてゆくのが、日本のニートの使命というものです。
 元々、武士道というのは、唯一の仕事である戦がなくなった平和な江戸時代において、目標もなくぶらぶら生きていくしかない武士がいかにして誇りを持ち続けるかという処世術として編み出されたものでした。『葉隠』なんかもニートになってしまった侍の生き方を説いた本で、ニート諸君は毎日朝晩、欠かさず読むべきです。
 いまだにヤケになって犯罪なんかに逃げ込むニートはそのあたりの覚悟が足りません。現代の侍としての誇り高い自覚を持ちましょう。

世の中に寝る程楽は無きものを、知らぬうつけが起きて働く。