私は少年犯罪データベース主宰であるとともに、子どもの犯罪被害データベース主宰でもありますので、ここらで児童虐待についての基本的なデータを示しておきます。
『非行臨床の現場からとらえた子どもの成長と自律』の著者のひとりである前島知子さんが、掲載論文のために厚生労働省の人口動態統計にある死因のうちの年齢別他殺被害者数統計をまとめたものを送ってきていただき、それに刺激されて幼児の中でも殺され方の性質がまったく違う0歳児(嬰児)だけを別に分けたものを私が追加したものがちょうどできあがったところでしたので。

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当サイトではすでに嬰児殺(赤ちゃん殺し)と幼児殺人被害者数統計というのをアップしておりますがこちらは警察統計で、昭和47年以降しかありませんし、また未遂事件も含まれています。
厚生労働省の統計は完全に殺された者だけの数が判りますし、戦後を網羅しているのでこちらのほうがデータとして活用範囲が広いのではないかと思います。
ただ、5歳きざみですので、小学生や小学校入学前などの分類は判りませんが。10〜14歳のデータを入れても、1〜9歳とグラフの軌跡はほぼ変わりませんで省きました。中学生になりますと他殺の内容もかなり変わってきますし。

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人口比に関しましては、0歳児人口の推移をまとめたものが見つからず、統計から各年のデータをひとつづつ拾っていくのは手間ですので、やむなく各年の出生数で代用(1〜9歳は0〜9歳の人口から出生数を引いたもので代用)していますので多少ズレているはずです。
こんな基本的な統計がまとめられていないとはまことに嘆かわしいことです。どなたか、正しい0歳児人口(各年の10月1日現在推計値)を基に集計し直していただければ。
まあ、この場合はズレても0.01程度でしょうから、過去と現在の比較には問題ありません。0歳児は生まれてすぐに殺されることがほとんどですから、人口よりも出生数のほうが実情を反映しているような気もしますし。

9歳以下の幼児を殺すのはほとんどが親か祖父母です。これで戦後の親の子殺しが概観できます。
グラフをご覧いただければお判りのように、殺される1〜9歳は昭和30年の12分の1、バブル期と比べてさえ、6分の1ほどに減っています。人口比で見ても、昭和30年の7分の1、バブル期と比べてさえ、4分の1ほどに激減しています。

厚生労働省の人口動態統計は各県の統計をまとめたものですから、各県の年齢別死因統計と照らし合わせながら地方紙の記事や各県警資料を精査すると、児童虐待などによる死亡事件や重大事件についてはおそらくほぼすべての事件内容をつかむことができます。
昔の新聞も子どもが殺されるような事件には飛びついて、まずすべて記事にしていますので。全国紙の縮刷版は基本的に東京周辺の事件しか載っていませんから、各県の地方紙を見る必要はありますが。
統計を見れば判るように、1980年前までは9歳以下だけでも毎年500人前後が殺されていますから、当時の新聞を読むと、実子を殴って殺したり、おねしょをしたからと熱湯をかけて殺したり、食事をあたえずに餓死させたりといった陰惨な事件が文字通り毎日、新聞に出ています。
そのごくごく一部は子供の犯罪被害データーベース 親による虐待・子殺しにまとめていますが、こういう無作為抽出みたいな半端なものではなく、すべての事件内容を把握することは極めて重要なことです。
たとえば、昭和三十年代の新聞記事や各県警資料で具体的内容をひとつひとつ見ていくと、こういう事件を起す家庭のうち統計上は貧困家庭となっているものも、じつは働くのが嫌いな親ニートだったり、働いていても酒やパチンコなどに入れあげているために貧困になっている家庭がほとんどであることが判ります。病気で働けない家庭などは生活保護を受けて、ギャンブルなどに使わない限り最低限は食べられますし。
過去の新聞記事や各県警資料を精査するなんてことは中学生レベルの能力があれば簡単にできることですから、こんな基本的なことをやっていない者は小学生レベルの能力しかないということでして、そういう方は軽々しく児童虐待問題などについて発言すべきではありません。いくらなんでも最低限必要な知識とデータはあります。まさしく、考える前にやるべきことはあるだろということです。ワイドショーで適当なこと云ってるコメンテーターを笑えません。
つーか、ワイドショーに出てくるエセ学者やブロガーなんかはともかくとして、いままでこんな基本的なことをどの学者もやっていないというのは驚くべきことです。日本の大学の学者がやってる研究などというのはママゴト遊びに過ぎません。基礎データがない処に、どのように立派な研究を積み上げようともすべては無意味無価値です。中学生レベルの能力さえない、小学生のお遊戯です。
ポスドクでまともな就職先がない方なんかは、就職活動としてぜひともやっていただければ。このような網羅的事例データペースを構築するだけでも、あなたは斯界の第一人者となりますが、それらのデータを基にすれば、あなたの論文は既存の学者のものなんか一蹴できる精度の高いものとなって、なによりその精度の高さが誰の目にもすぐ判るようになります。
児童虐待はいま流行の問題ですから、大学だけではなくあらゆる方面で引っ張りだこになりますよ。
こんなことはチームを組めば一年でできることなんですけどねえ。少なくとも研究と関係ないバイトなんかするよりもよろしいかと思いますし、いろんな人に勧めたりもしているのですが、誰もやらないのはまことに不可思議なることです。現代日本の研究者養成では、基礎データを集めることよりも愚にも付かない感想文の類を綴ることが研究だと教えているんでしょうか。
現状はこんなレベルでさえなく、私みたいなもんがしこしこ作業しないと人口動態統計さえまとまっていないというお粗末さではあります。
現代は情報氾濫時代みたいなことを云う人がいますが、実際にはこんな基本的な情報さえない、情報貧困時代なのです。その原因は、あなたが基本的なことをさぼってノイズを増やすことにしかならない無意味無内容な感想文を綴っているからなのです。

なお、親が育児を放棄したような事件は、警察庁『犯罪統計書』の少年の福祉を害する犯罪のうち「保護責任者による幼者遺棄」の統計で判ります。いまたまたま手元にある資料から検挙者数を見てみますと、昭和34年80人、昭和36年64人、昭和37年80人、昭和39年68人、昭和40年67人で、最近はと云いますと、平成18年20人、平成19年16人、平成20年18人となっています。親が子どもの養育を放棄して逮捕されるのは四分の一まで減ってます。子供の数は半分ほどになっているので、子供の人口比でも半分に減ってますな。
虐待につきましては、同じく少年の福祉を害する犯罪のうち「保護者等による第二七章(傷害)の罪」を見れば判りますが、検挙者数は昭和34年110人、昭和36年84人、昭和37年35人、昭和39年57人、昭和40年78人で、この「保護者等」というのがどこまでの範囲なのかよく判りませんが、実父母、養父母、継父母、内縁関係、祖父母などその他の保護者を含めた児童(18歳未満)への傷害罪の平成20年の検挙者数は、144人となっています。
飛んでる年は、資料洪水の中、いまコピーがどっかに行ってしまいました。昭和33年以降は警察庁『犯罪統計書』に毎年載っているはずですから、どなたかまとめておいてください。
これらも当時の地方紙の記事と県警資料を集めれば、傷害と云ってもどの程度のものなのか、おそらくほとんどすべての事件内容を把握できて、たんなる統計の数字だけではなくかなり精密に過去と現在の比較をすることができます。
私が読んだ範囲では、昔は焼け火箸で全身に繰り返しヤケドを負わせる事例がやたらと多いですが、現代はどの程度で逮捕されてるのか、たかだか百件ほどですから、どなたかまとめておいていただければ。
過去との比較は、単に増えたか減ったかというような問題ではなく、個々の事例の違いや時代背景の変化による違いを客観的に分析して、原因や対策のシミュレーションになることが重要なのです。現在の目に付く事例だけを見て原因を考察して対策を立てても、狭い視野によるの場当たり的なものにしかなりません。統計だけ見ても、上記のように時代による基準が違うので意味はなく、網羅的事例データペースと統計を突き合わせた分析が極めて有効です。

統計の中でも時代による基準のぶれがないのは他殺統計くらいですが、改めてグラフを見てみますと、0歳児も1〜9歳児も、1980年直前までは人口比でも殺される率は、驚くべきことに戦後すぐと同じレベルだったことが判ります。
成人も含めた全体の他殺被害率を見ますと、

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日本の経済成長に合わせるように昭和三十年代半ばから順調に減っているのに、子どもの場合は、同じく昭和三十年代半ばから一度は減ったように見えて、団塊世代が親になると数だけではなくて率でもまた元の水準に戻ってしまうのです。団塊ジュニアの受難はこんな時からすでに始まっていたのでした。
もっとも、団塊ジュニアの親は団塊世代よりもひとつ上の戦前戦中生まれのアプレ世代が多いそうで、あらゆる面で凶悪凶暴なこの世代の本領が発揮されたということなのやもしれません。
このあたりも具体的にどんな原因があったのか、網羅的事例データペースがあれば解明できるかと思います。とくに加害者である親の年齢は完全につかめるはずですから、世代が判るだけでもかなり大きいのではないかと。

グラフの元になってる統計データはこちらのページをご覧ください。
また、子どもを放置して餓死させたような事件も一応下に提示しておきます。これらはごくごく一部にしか過ぎませんが。



※追記
このクソ忙しいのにわざわざ人口動態統計書60冊以上から苦労してデータをひとつひとつ拾って0歳児と1〜9歳児を別けたのに、ふたつ並べると7分の1も減ってるのに減り方が判りにくいグラフになってしまって、がっくりきていたんですが、やはり気になるのでグラフをふたつに分けて、それに合わせて文章も削りました。

ついでに、はてブにお返事。
doopylily55さん。湯沢2003、内田2009とは、湯沢雍彦『データで読む家族問題』と、内田良『「児童虐待」へのまなざし』のことでありましょうか。
二冊とも、警察庁の嬰児殺統計のグラフで、ここで出しているのとは性質の違うものですし、しかもこちらのページにアップしているような元の統計データもありませんが、どこかで公表しているのでしょうか。共有も検証もできないただのグラフに意味はありません。
内田2009はひょっとすると湯沢2003のグラフを検証しないでそのまま転載してるんですかね。6年分のデータを追加していないので、検証していないように見えますが、検証しているのなら自分の責任で出せるはずですから、データを公開して共有できるようにしていただかないと困りますね。
しかも、この記事で問題にしているのはそんな統計ではないのです。ここで示している基本データというのは網羅的事例データベースのことで、統計などその構築のための手掛かりに過ぎません。
「9割が復活」云々は例えばの話で、そういうことも含めて網羅的な基本データを精査しないと、一切なにも判らないということです。
新聞記事や県警資料の事例をすべて集めて、さらにそれでも不充分なら現地調査をする必要が当然あります。年間500件、戦後65年で3万件程度ならすべて現地調査は可能です。
ごく常識的に考えて、ここまでデータを揃えてから、初めて研究の第一歩がはじまると思うのですが、日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを云うことが研究だとやはり考えられているのでしょうか。

sionsuzukazeさん。統計から読み取れることはたかが知れてますので、網羅的事例データベースの構築が重要だと、貧困家庭の例などを掲げて訴えた記事ですので、できればもう一度読んでいただければ幸いです。
団塊ジュニアが生まれた頃に何故また率が上がったのか、しかも戦後すぐとほぼ同じ率になったことになんらかの意味があるのか、統計だけではなにも判りません。現在のことも判りません。
その前に当然、統計を誰でも活用できるようにまとめておくのは大前提ではありますが。

deep_oneさん。一応、研究者やその志望者に向けて書いたものですが、べつに誰でもできることですので、できれば皆さんやってもらえれば。
何から始めればいいのか判らない方は、昔の新聞を読んで本にあなたの名を刻もうに参加していただけると名前も残るし本もゲットできますよ、という宣伝でありました。

なお、私は有用なデータを提供しようなどとはさらさら思っておらず、みんなちゃんと基本的なことをやれっ!というのがこの記事の趣旨ですので、そこのところをお間違えなきように。
私の活動は、基礎的情報システムをまず最初に構築せよと訴えるのがメインで、少年犯罪や児童虐待などはそのためのサンプルにしか過ぎず、それらにまったく興味はありません。
人としてもっとも基本的な欲求である世界の真理を解き明かしたいという渇望を満たすためには、そのような基礎的情報基盤が必要だという当たり前のことを云ってるだけで、とくに研究者にとっては云うまでもない当然の話で、上から目線とか云われても困るのですが。
以前にも記しました阿久悠作詞の歌をここでもう一度。
「不思議の謎を解かねばならぬ」ねばならぬのだよ。
「ある日突然、眠りを覚まし地球を襲う神秘の影に誰かがむかっていかねばならぬ」ねばならぬのだよ!
以上です。



○子どもを放置して餓死させたような事件
 その他の事件は子どもの犯罪被害データベースをご覧ください。

昭和26年(1951).2.18〔父親が妻に逃げられ長男虐待〕
 東京都で父親(26)が、妻に逃げられ長男(5)を虐待して殺人未遂で逮捕。元暴力団員で働かずに妻に暴行を加え続けて、昨年の2月に妻が逃げてから長男に食事も与えず大ヤケドになっても医者に見せず虐待、路上で倒れていたのを近所の人が病院に運んで発覚したもの。

昭和27年(1952).10.14〔父親と継母が幼女虐待〕
 熊本県人吉市で、父親(33)と継母(33)が長女(3)を虐待していることが発覚し、逮捕された。継母には連れ子があり、6月に夫婦の子どもが生まれたこともあって辛く当たり、食事をほとんど与えず体重わずか7キロの骨と皮状態で、おねしょをすると焼け火箸を押し付けるなどして全身数十ヶ所に火傷や傷跡があった。2人とも懲役5年が求刑されたが、熊本地裁は懲役2年6ヶ月の判決。

昭和28年(1953).1.24〔祖母が孫娘を餓死させる〕
 兵庫県城崎郡の自宅で、祖母(56)が孫娘(1)を餓死させた。母親(37)は祖母に子どもを預けて芸者をしながら養育費を送っていたが、祖母はその金で暮らしていながら孫を邪魔扱いにして食事も与えていなかった。

昭和30年(1955).1.26〔母親が長女虐待で重態〕
 神奈川県三浦市の自宅で、母親(28)が長女(8)を虐待して傷害容疑で逮捕された。結婚せずに産んだ長女をすぐに施設に預けて働き、5年前に違う男と結婚して次女を産み、去年長女を引き取った。しかし、なつかないため夫のいない時は焼き火箸を押し当てたり殴る蹴るの暴力を加え、食事も与えず、体重は10キロもなく重態。路上のミカンの皮を食べているのを見た近所の住民が通報したもの。

昭和41年(1966).1.22〔愛人に逃げられ、赤ちゃん放置し餓死させる〕
 東京都で愛人に逃げられ、赤ちゃん放置し餓死させる。

昭和42年(1967).11.21〔父親が実子二人を餓死させる〕
 岩手県岩手郡の農家で、父親(32)が長男(3)と長女(1)を自宅に放置して玄関や窓の鍵を閉めて東京に行き二人とも餓死させ、11.29に舞い戻ったところを逮捕された。妻に逃げられて養育に困ったもの。最高裁で殺人罪懲役12年確定。

昭和42年(1967).11.29〔両親が先妻の子を虐待〕
 福島県郡山市で、牛乳配達員の父親(42)とバーホステスの内縁の妻(23)が、長男(5)と長女(4)を七月から食事もろくに与えずに物置で生活させ栄養失調として、11.29に保護責任者による幼者遺棄容疑で取り調べ。一年前に離婚した先妻の子を虐待していたもの。近所の人の通報で発覚。

昭和45年(1970).3.6〔カゼの1歳の長男を放置、死なせ、埋めた母逮捕〕
 長野県安曇村の主婦(22)がカゼの長男(1)を放置して男友達と遊び歩いているうちに、長男を死なせた。夫に浮気がバレると困るため親戚に預けたとウソを付き、死体に床下に埋めたが、発見され逮捕。

昭和46年(1971).3.12〔両親が食事も与えずせっかん死させる〕
 神奈川県川崎市の自宅で、無職の父親(29)と母親(28)が次女(4)に昨年秋頃からほとんど食事も与えずに自宅に監禁してせっかんを続けて衰弱死させ、過失致死と保護責任者による幼者遺棄容疑で逮捕された。いたずら好きで云うことをきかないため懲らしめようとしたもの。

昭和47年(1972).10.7〔母親が自宅を釘づけ2児置き去り餓死寸前にする〕
 栃木県宇都宮市の自宅で、ホステスの母親(34)が雨戸を釘づけにして長男(3)と次男(2)を置き去り、男友達と三日間遊び歩いて二人を餓死寸前として、10.7に保護責任者による幼者遺棄容疑で逮捕された。父親は詐欺で服役中。家主が子どもをあずかると云っても、「躾の邪魔になる」と断わっていた。

昭和50年(1975).5.8〔障害もつ娘もてあまし、妻の留守中、父が餓死させる〕
 東京都で障害もつ娘もてあまし、妻の留守中、父が餓死させる。

昭和51年(1976).4.27〔21歳継母が幼児を虐待殺人〕
 千葉県千葉市の自宅で、母親(21)が長男(5)を殺害、5.11に傷害致死で逮捕。2年前に結婚した夫(35)の連れ子で半年前から食事を与えず縛って殴る蹴るの虐待しており、脳内出血させたもの。長女がおり、妊娠中。近所の人も虐待を知っていた。

昭和51年(1976).12.3〔新しい愛人でき、子供邪魔と餓死させる〕
 静岡県で新しい愛人でき、子供邪魔と餓死させる。

昭和53年(1978).11.15〔別れた夫への恨み、2歳のわが子をせっかん餓死させた母逮捕〕
 北海道で別れた夫への恨み、2歳のわが子をせっかん餓死させた母逮捕。

昭和55年(1980).12.3〔6歳と3歳置き去り、残飯でしのぐ、母逮捕〕
 宮崎県で6歳と3歳置き去り、残飯でしのぐ、母逮捕。

昭和56年(1981).8.18〔介護疲れの母、障害もつ子に食事あたえず、死なす〕
 高知県で介護疲れの母、障害もつ子に食事あたえず、死なす。

昭和57年(1982).5.12〔食事あたえず、わが子殺した両親逮捕〕
 茨城県で食事あたえず、わが子殺した両親逮捕。

昭和57年(1982).6.12〔家事手伝い両親不在、幼い5姉妹1週間自炊、赤ちゃん餓死〕
 大分県で家事手伝い両親不在、幼い5姉妹1週間自炊、赤ちゃん餓死。

昭和58年(1983).2.25〔食事あたえぬせっかん、5才児衰弱死、両親逮捕〕
 大阪府で食事あたえぬせっかん、5才児衰弱死、両親逮捕。

昭和59年(1984).1.21〔養護施設の前に2児置き去り、母スキーに〕
 千葉県で養護施設の前に2児置き去り、母スキーに。

昭和59年(1984).4.17〔母親が赤ちゃん放置して遊び歩き餓死させる〕
 千葉県市川市の自宅で、無職の母親(24)が、長男(2)と次男(生後五ヶ月)を放置して男友達と三日間遊び歩き、次男を餓死させ、死体をビニール袋に入れて押入に隠してその後も一週間遊び歩いていたが自首した。一ヶ月前に離婚していた。千葉地裁は、保護責任者遺棄致死と死体遺棄罪で懲役2年6ヶ月の判決。

昭和63年(1988).7.22〔中1ら3人が母蒸発の家で幼い妹せっかん殺害〕
 東京都豊島区のマンションで、押入から次男(生後数ヶ月)の死体が発見され、次女(2)も殺害されていることが発覚した。母親(40)は離婚して他の男の元へ走り、仕送りはしていたがまったく家に帰っていなかった。子供達は出生届も出さず、小学校にもまったく行っていない長男(14)が自炊して長女(3)と次女を養っていた。
 長男の友人の中学1年生2人が自分たちのラーメンを食べたとして、次女を持ち上げ何度も床に落とし、長男にもやるように強要して、次女は死亡、秩父の山に遺棄した。次男は殺していないと自供。

平成11年(1999).5.15〔18歳母親が赤ちゃん衰弱死させる〕
 千葉県市川市の飲食店女従業員(18)は、長女(1)に1カ月間も食事を与えず衰弱死させ、保護責任者遺棄致死で捕まった。平均体重が11キロなのに対し、5キロしかなかった。

平成12年(2000).8.〔殺人〜両親による幼児殺入事件〕
 実父(25歳)と実母(23歳)は、被害児童(3歳男児)に対して、日頃から食事を満足に与えないなど看護を怠り、栄養失調による慢性的な衰弱状態に陥らせ、同児童が死亡するおそれがあることを知りながら、医師の診察等の看護の措置を取らず、低栄養により死亡させた。(8月、山形) 警察庁「少年非行等の概要」引用。

平成12年(2000).12.〔殺人〜両親による幼児殺害事件〕
 実父(21歳)と実母(21歳)は、被害児童(3歳女児)が、栄養失調のため生存に必要な保護が必要であるにもかかわらず、児童に十分な食事を与えず、医師の診断を受けさせる等の療養看護もすることなく、自宅台所に必要な保護を加えず放置し餓死させた。(12月、愛知) 警察庁「少年非行等の概要」引用。