昭和初期の映像がちょっと話題になっていたようです。
映像は結構なものですが、最近つけたとおぼしいナレーションで、大恐慌時は「大学卒業生の9割が就職口を得ることができなかった」なんて出鱈目を云ってるのはまことに困ったものですな。



文部省の統計によりますと、世界大恐慌に直撃された昭和5年(1930)の大卒就職率は前年より5.3%下がって55.8%。就職氷河期だった平成15年は大卒55.1%ですから、それより良かったのです。
しかも翌年の満州事変により始まった軍需景気と満州景気、高橋是清の見事なデフレ対策で大恐慌からいち早く脱して就職率もすぐに上向きとなり、昭和10年には69.5%まで回復しています。
一番底だった昭和5年に大卒で進学する人と兵役に就く人は合わせて10.5%。統計では一緒になってますのでそれぞれの数値は判りませんが、平成15年の大学院への進学率は大卒の11%ですから、就職からの待避率も同じようなもんですね。
疑問を持つ方もいるやもしれませんから一応云っておきますと、大卒に限らず日本の徴兵率は昭和19年以降の短期間を除いて極めて低くて、国民皆兵というのはまったくの嘘ですから。
つまり、平成15年やそれよりも大変だと云われている現在の就職氷河期は、昭和初期の大恐慌時よりも厳しいのです。ここを決して間違ってはなりません。現在の問題を見る上での、これがもっとも重要な前提です。

私が戦前の就職率の典拠としているのは、文部省が昭和32年に出した『大学と就職』で、さらにその大元は戦前も毎年出していた『文部省年報』掲載のデータですが、『大学と就職』はたんに統計をまとめただけではなく、将来予測も含めてかなり多角的な分析をしていて、就職率の推移を考察するには必読の書です。

竹内洋さんのように、戦前の就職率に関しては、内務省の中央職業紹介事務局調査による『知識階級就職に関する資料』の統計を利用する人が多いように思いますが、昭和10年以前は大卒と高等専門学校卒が一緒くたになってるうえに、各学校に調査表を送って返ってきたものを集計してるだけなのに、一番の基準となる卒業生数が文部省の就職率統計よりも何割も少なくて、どうも回収率が悪いので、このデータを使うのはいかがなものかと私は思います。
中央職業紹介事務局は昭和13年に内務省から分離された厚生省に移り、文部省とは違った観点からの調査ではあるものの、独自に動いた調査ならともかく、こんな学校任せの調査方法なら素直に文部省からデータをもらってくればいいようなもんで、縄張り争いでもあったのでしょうか。
いずれにせよ、文部省管轄である学校からの受け身の報告で文部省に敵うわけがありませんし、何よりも現在の就職率は文部科学省の統計なんですから、比較するなら文部省のものが自然でしょう。

戦前の超エリートだった大卒といまの大卒を比べるのはいかがなものかというようなご意見もあろうかと思いますので、高等専門学校卒も合わせて提示しておきます。
ご覧のように大卒よりもずっとよかったのです。昭和7年以降落ちてるのは、『大学と就職』によりますと、それまで官立(国立)専門学校のデータだけだったのが、その年から公私立の数字が加わったためだそうです。
さらに低学歴の実業学校卒はこれよりもっと就職率は高くて、大卒だけでも現代よりマシなのに、全部まとめるといまの若者は大恐慌時の若者よりも何倍も大変な時代を生きてるわけです。五・一五事件や二・二六事件、帝大生らが宗教リーダーの指示で財界トップを暗殺した血盟団事件なんかがよく起きないもんです。





















 大学卒 高等専門学校卒
卒業年次 就職率進学と兵役就職未定と不詳 就職率進学と兵役就職未定と不詳
1926昭和157.19.233.8 73.413.912.7
1927昭和258.710.930.4 77.710.212.1
1928昭和362.110.227.7 75.412.212.4
1929昭和461.111.027.9 77.512.110.4
1930昭和555.810.533.7 71.912.915.2
1931昭和656.411.332.3 70.111.118.8
1932昭和758.010.331.7 57.912.529.6
1933昭和859.79.930.4 66.511.921.6
1934昭和963.68.128.3 64.012.123.9
1935昭和1069.59.820.7 63.314.122.6
1936昭和1170.810.418.8 61.015.423.6
1937昭和1272.012.615.4 63.416.620.0
1938昭和1374.113.912.0 66.221.012.8
1939昭和1475.816.87.4 63.822.713.5
1940昭和1575.916.57.6 63.923.113.0
1941昭和1677.115.67.3 66.724.88.5
1942昭和1765.523.311.2 61.627.211.2
1943昭和1870.719.49.9 65.116.818.1


一番高学歴である大卒の就職率が特に下がったのは、第一次世界大戦による好景気で大卒就職率が80%を越えたような大正バブル期に、大学や旧制高校が増設され、不況になった昭和の初めに大学を卒業したので大卒数が一挙に増え、団塊ジュニアが大学を出た頃にちょうど不況とぶつかったのと同じ事態が起きたからでした。
小津安二郎監督の『大学は出たけれど』の公開は昭和4年(1929)ですが、こういう時代背景です。

戦後にもちょっと似た状況があり、新制大学一期生が卒業した昭和28年には大卒が前年の二倍に増え、朝鮮戦争特需の終了と重なって就職難だと大騒ぎしていたのですが、昭和28年79.8%、29年80.3%。昭和29年の金融引き締めによる<吉田デフレ>から人為的に引き起こされた不況で、昭和30年の就職率は大幅低下で大変だ! と新聞はこの世の終わりのような論調だったのですが、それでも大卒73.9%なのです。あれだけ浮かれてたバブル期でさえ80%以下がほとんどで、一番就職が良かった1991年は81.3%なんですが。
その後の高度成長で、昭和30年代後半はバブル期よりも高い大卒85%以上、中卒でさえ<金の卵>と呼ばれて服やカバンをプレゼントして青田買いするなんて超売り手市場となったために、直前の世代は自分たちがものすごく悲惨な就職難に遭ったと勘違いしてるのですが、いまと比べると天国のような状態だったのです。
過去の就職難というのはこの高度成長直前と大恐慌時のことが語られるわけですが、漠然としたイメージによる歪んだ記憶でいまより酷かったと思い込んでいるだけで、こうやってデータを元に俯瞰で見ると実際にはいまが一番大変なわけです。

小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』なんて本を読んでいましたら、大島渚が卒業した昭和29年の京大卒業者の就職率が驚くほど低くて法学部でさえ55%、文学部に至っては13.7%だったという大島渚の本の記述を元にして、当時の若者は大変だったなんて話が出てきて呆れ果てました。
大島渚が典拠としているのは『京都大学新聞』(当時のタイトルは『学園新聞』)昭和29年1月25日の記事でその時点での集計の話です。3月22日には〔各学部とも意外と好調〕なんて記事があって、世間の就職難予想の論調に反して就職戦線絶好調だった様子が判ります。
文学部は自治体の予算の都合で採用決定が遅い教員志望が多いのでこの時点でさえ最終的な就職率が判明しておらず、1月の集計に何の意味もありません。1月25日の記事でも文学部は3月下旬までがヤマだと記されているので、大島渚も記事をまともに読まずに適当なことを書いてるわけです。
翌年4月25日の記事によると、デフレ不況で前年よりも遥かに厳しくなった昭和30年京大卒業者は、就職を諦めて大学院進学や留年に切り替えた者がいるもののほぼ全員の行き先が決まって「完全なルンペンは極少ないと(京大)厚生課では見ている」ということなので、昭和29年はまず好調でしょう。
大島渚が同期の文学部卒業者として名前を出してる小松左京のように、共産党員の籍が残ってたために就職に苦労した人はいますが、共産党が武装闘争路線を放棄する前のテロ組織だった時代なんですからそれは当然です。
だいたい、文部省統計を見れば上記のように昭和29年大卒就職率80.3%とバブル最盛期並みだったことはすぐに判ることなのに、こういう最も基本的な時代背景さえ理解できていない人が、なんの裏も取らずに適当に本から孫引きするだけで本というのは書かれていて、なんのチェックも受けないままに出版されているのです。
それをまたなんの検証もせずにそのまま読んで鵜呑みにする読者がいて、読書なんて害毒しかありません。文学部13.7%の数字を得意気に出している学者なんかもおりました。少なくとも、学者には本を読むことを禁止したほうがいいんではないかと私は真剣に思います。本を元に書かれた本なぞ、まったくの無意味無価値です。
ちなみに、『京大新聞』の記事では文学部17%なんですが、『〈民主〉と〈愛国〉』は大島渚の写し間違いをそのまま裏を取らずに孫引きしてるのです。どっちの数字にせよ、戦後史の基本を理解していたら、すぐにおかしいと気づくはずのことなんですが。
中小企業を嫌って大卒エリートに相応しい大企業ばかりを希望していたからこんなに就職率が低かったと大島渚の本にもちゃんと書かれているのに、『〈民主〉と〈愛国〉』ではそれを隠して当時の若者は困難に見舞われてたなんてことになるんですから、孫引きのうえに都合のいい部分だけのつまみ食いでまったくたちが悪い。
『京大新聞』の記事でも学生は中小企業をまるっきり相手にしてなかったことが判ります。それでもバブル並みの好調だったのです。小松左京なんかも大手新聞社だけを受けてたから「苦労」したわけで。高度成長期とのギャップでイメージが歪んでいる人の本を孫引きしても何も判りません。
大島渚も当時大人気の一流企業である松竹に就職してるわけで、バブル期にテレビ局に就職したバブリー親爺が「オレたちも就職では苦労したんだよねー」と云ってるようなもんです。
京大の昭和29年の学部別就職率は京大には資料があるでしょうから、どなたかまとめておいていただければ。

高度成長期前のバーチャル就職難とは違い大恐慌時はいまよりマシだとは云え、やはり困難な時代で、しかしノンキに遊んでいた若者も一杯いたわけで、そのあたりのことは拙著『戦前の少年犯罪』を読んでいただければ。

ところで、『文部省年報』は昭和12年以前の大卒就職データが見当たらないのですが、『大学と就職』の統計は何を元にしてるのかお判りの方はご教示いただければ。
私はなんか見落としておりますかね。学校別の卒業のところにないですよね。

※追記 やっぱり見落としておりました。ちゃんとありました。
しかし、誰ひとりとして教えてくれんな。これだけ話題になってて、ひとりも一次資料に遡って検証してないんですかね。困ったもんだ。日本には情報の消費者しかいないんですかね。
なお、『文部省年報』の統計は卒業の翌年の3月1日現在の状況でした。卒業から1年近く後のデータですね。実際に1年後に学校に報告する卒業生はあんまりいないと思いますので、卒業後2ヶ月ほど後の5月10日現在の状況を調査してる『知識階級就職に関する資料』と時期の差による違いはあまりなく、就職率の違いはほかの問題だと思いますが。

「昔の新聞を読んで本にあなたの名を刻もう」 も、引き続きよろしく!