『社会学ワンダーランド』という本の一章21ページに、当方のブログについての記述があるとメールで教えてくれた方がおりました。
「児童虐待についての基本データ」
「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを云うことが研究だとやはり考えられているのでしょうか」
という文章について、突っ込まれてるから訂正したほうがよろしいのではないかというのです。
訂正を促すとなると、<網羅的事例データベース>はすでに学者の手によって構築されているということなのかな。まさか、『青少年非行・犯罪史資料』あたりの資料を指して云ってるわけではないだろなとかいろいろ思いつつも、近所の図書館にその本はなく、国会図書館ではほかの調べ物に手一杯で、半年ほど読めなかったのですが、先日ようやく見てみました。予想の斜め下というやつで、いささか驚きました。

学者さん数人が執筆した社会学の入門書らしいんですが、一章は佐藤俊樹東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授という方が担当されてます。そこでは、少年による殺人は減ってるのに社会学者は都合のいい証拠だけを集めて増えたように煽ってるとパオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』なんかで莫迦にしてるけど、実際にはちゃんと減ってると云ってた人もいましたよという話を出して、その注釈としてこんなことを書いておられます。

こうした常識も強固らしく.たとえば私は2008年に「事件を語る現代」(前出大澤編「アキハバラ発』所収)で「少年犯罪データベース」を紹介して図も引用させてもらいましたが,その少年犯罪データベースドアに「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを云う」とあったりします(2010年8月10日付)。

つまり、私のあの文章を、殺人が減ってるのに増えてると社会学者が主張してると私が書いてる、と読み取ったわけなんですかね。
しかし、「統計を見て」いるのなら、増えてるか減ってるかくらいは判るでしょう。
統計なんかではなく、<網羅的事例データベース>をまず構築して精査しないと研究にならないということを何度も強調しているのですから、そんな話ではないことは普通の読解力があれば判ることだと思うのですが。

あの記事では最初から、グラフは厚生労働省の人口動態の死因統計であって警察統計とは性質がまったく違うことをわざわざ説明しているのに、その私のサイトにはすでに何年も前からアップして、あの記事にもリンクを張ってる警察統計と同じものを出してきて「ガイシュツ」とか、はてブに書く人がいて驚いたのですが、社会学の方はデータを読み取る以前に、まともに文章を読み取る力がないということなのでしょうか。
はてブの人も、湯沢2003とか内田2009とか読んでるということは少なくとも社会学の読者ではあるでしょうし、すぐにどの本か判らないこんな不便でいい加減やめるべき書式の使用から大学関係の方なんでしょう。
メールの人も含めると社会学の方が文章を読み取れないサンプルが三例となりました。ほかに社会学の知り合いもおりませんので、私の中でははてブを見た時の疑問が確信に変わりつつあります。
メールの方にはあの記事をどのように読み取り、どのような訂正を求められたのかを問うてみたのですが返事がありません。まあ、半年も前のメールに対する返信で、捨てアドなら読んでないのは致し方ないので、ブログにもアップした次第です。

この本を読んで、佐藤氏という方が当サイトのグラフを『アキハバラ発 <00年代>への問い』という本に引用していることを初めて知りましたが、あれはなんの検証もせずに転載しているのですな。検証しているのなら、引用なぞせずに自身で作成したグラフとして載せることができるはずですから。犯罪統計は警察庁の犯罪統計書なり犯罪白書なりを基にすればいいので、当サイトを経由する意味はまったくありません。
これもまた驚きました。学問の基本についてなんの訓練も受けていないのでしょうか。
「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを」云々の直前には、検証もせずにグラフをただ転載することを批判しておいたのに、こんなことをドヤ顔で著作で述べるとは、私の理解を超えております。
これでは確かに、「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを」云々は訂正して、「日本の社会学とやらでは統計さえ見ない」としなければいけなくなってしまいます。
『アキハバラ発』で佐藤氏は、
「すでに「少年犯罪データベース」のような、かなり信頼できる情報源がある」
なんてことも記してますが、いったい何をどう検証して信頼できると結論づけたのか。もし、何割かでも検証したと仰るのなら、まず絶対にあるはずの間違いを指摘してくれんと困まります。そういうフィードバックによってのみ研究なり学問なりは発展させることができるわけです。

拙著『戦前の少年犯罪』を出したときに、一般読者は間違いを指摘してくれたり建設的な意見が多かったのですが、学者さんは「この事件の出典はなんですか」とか「出典表示のないものは研究として認められない」というような見当外れのものばかりで、いったいどうなってるのかと驚きました。
あの本や当サイトのデータはすべて県名と年月日を出してますから、出典にはすぐに辿り着けるようになってます。戦時統制以降はひとつの県に地方紙は一紙だけ、それ以前も主要なものはせいぜい二紙、全国紙の地方版三紙と合せても五紙、検証のためには五紙すべて見るのは当然のことです。当方のデータに事件にとっては本質的でない逮捕日を必ず入れてるのは、記事への指標になるからです。日付は五紙バラバラだし、複数出ることもあるので、煩雑だからいちいち表記はしてません。文章をそのまま引用する場合は本では明記してます。サイトではなかなか追っつきませんが。新聞以外の出典は書いてますし。
ちゃんと検証できるようになってることが重要で、形式なんかにまったく意味はない。狭い村の意味のない約束事なんか関係なく、真面目に学問やってる方には判ることです。
こういう反応を見て、どうもいまどきの学者さんは自分で典拠を検証することに慣れてない。それ以前に、出典表示とはなんのためにあるのか、きちんと学んでいないのではないかと感じました。出典表示は遡って自分の眼で検証するためにあるのに、孫引きのための便利な道具だと思ってるらしいんです。

「就職は大恐慌時より今のほうが厳しいのです」に於いて
「学者には本を読むことを禁止したほうがいいんではないかと私は真剣に思います。本を元に書かれた本なぞ、まったくの無意味無価値です」
なんてことを記したのは、このことなんですね。出典表示だけではなくて、本なんてもんはすべて原典データに辿り着くためのたんなる案内に過ぎなくて、きちんと検証してフィードバックするのが学問だと理解しているのなら、べつに本なんかいくら読んでもいいんですけど。いまどきの学者さんは、学問のいろはのイについて訓練を受けていないようなんです。ノイズを増やすようなことしかやってない。大学はいったい何をやってるんでしょうか。

「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを云うことが研究だとやはり考えられているのでしょうか」
に対する突っ込みがあるとしたら、この二種しかないはずです。
「<網羅的事例データベース>はすでに構築してるよ」
「<網羅的事例データベース>なんて必要ないよ」
もし、後者であるのなら、フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』だとか、長尾真氏提唱するところの<第三次近似>だとか持ち出して、そもそも学問とは何かという基本から教育してやらねばいかんかのーと、この半年ほど手ぐすね引いてたのですが、どうもそういう高尚な段階でもなかったようです。愚かなる私は世の中を甘く見ておりました。

学問の基本としては、<網羅的事例データベース>構築が必須ですが、統計さえまともに構築せずに、当方のサイトのグラフなぞを頼るようではそれ以前の話です。
あの記事では、
「日本の大学の学者がやってる研究などというのはママゴト遊びに過ぎません」
なんてことも書きましたが、ママゴト遊びはもうちょっと真剣なもので、これではママゴト以下です。

社会学を志す学生さんなり研究者さんなりは、まず初歩の初歩たる出来合いの統計構築からやっていただければ。
『人口動態統計』や、『文部省年報』をエクセルデータにしてウェブにアップして皆で共用できるようにしていただきたいと何度も呼び掛けているのに、反応がまったくないのはなんでなんですかね。
つい数年前までは膨大なる時間と金を使ってコピーしてからの作業なので大変だったのに、いまでは長尾真館長のおかげでこうして戦前分だけでもすべて国会図書館サイトで画像が閲覧やダウンロードができるようになって、夢みたいに便利になったというのに。犯罪統計書も戦前分は『内務省統計報告』で全部見れます。
私なんかに云われるまでなく、大学ではなんでこういうことをさっさとやらんのですかね。それともすでにどっかがやってますか。やってるなら教えていただければ。この手のは別々に二箇所以上でやって付き合わせなければいけませんが。

誰かが作成した統計やグラフを眺めてるだけでなく、この程度の単純作業でも自分の手でやると見えてくることが結構あります。項目毎に時系列で並べて、年齢別は10歳毎にまとめたりすれば特に。
学生さんの教育には最適かと思いますが、こういう状況ではまず学者さんにやらせたほうがいいですね。ママゴト遊びを脱して、初歩ながらも学問とは何かを知るいい機会かと思います。
これで初めて、
「日本の社会学とやらでは統計を見て適当なことを云うことが研究だとやはり考えられているのでしょうか」
の段階にようやく到達して、<網羅的事例データベース>はその先の話ですが。
このままではまた無報酬の私が統計までやらんといけなくなります。それを、給料もらってる学者さんが「かなり信頼できる情報源」とか云いつつ検証もせずに引用したりするんですかね。

てなことを思ってるときに、たまたま山形浩生氏の「ニコニコ学会ベータでの失望」というのを読みました。
はてブでは、
「マネタイズできない学問は死ね」っていうホリエモンの意見って、研究・学問に対する冒涜でしょ
なんて云ってる方もおりますが、どっちかというとマネタイズで研究・学問を冒涜してるのはあの大学の学者さんのほうではないですかね。
自分が給料もらえるマネタイズの仕組みを維持するために、理屈をつけてるだけですから。そんなに大切なものなら、給料なんかもらわずに自分の金でやればいいのに。
どこからも金をもらわずに自腹で少年犯罪データベースを十年以上やってる私なんかには、この手の話はどうもよく理解できんことです。
学問マネタイズシステムとしても、学者養成機関としても、大学は無駄が多過ぎます。いやもう全部無駄のような気もします。
山形氏も大学に寄付なんかするより、研究者個人へ寄付すればいいのに。どうせなら、大学以外で埋もれている研究を発掘して、金を集めて流すキュレーターみたいな役とかのほうが有益でしょう。
ニコニコ学会って何やってるのかまったく知りませんけど、そういう研究者個人へ金を流す支援システムとかはやるんですかね。

じつは少年犯罪データベースも、「ご協力のお願い。あるいはぶっちゃけ金よこせ。」をアップしたときに寄付を申し出てくれた方がおひとりだけおりまして、三年で3万円いただきました。あれは助かりました。
新聞報道や警察資料を集めてるだけなのに、犯罪をあつかってる当サイトはグーグルアドセンスの審査がどうしても通らないらしいのです。実入りはかなり少ないけど審査基準のゆるい忍者AdMaxというのを一年前に教えていただき、これで経費くらいは賄えるようになるかと思ったんですが、同時期からアマゾンが紹介料率をぐっと引き下げ、売り上げ減少もあり、結局は差し引き変わらずのままです。
経費くらいはなんとかしたいもの。国会図書館の食堂でランチが食えるようになるのは遠い夢であります。

寄付は金だけではなく、データや情報、フィードバックなども歓迎します。訂正を促すメールが一番ありがたい。間違いを正すことができれば、当方も進化できますので。情報を出してるのは、人様に何かを教えようなんてことではなくて、こっちが情報を知りたいからなんです。特に統計の間違いを指摘してくれる方が少ないので困ってます。
そう云えば、長谷川眞理子氏が殺人事件のデータベースを作成していると昔なんかに書いておられましたけど、あれはどうなったんですかね。ご存じの方はご教示いただければ。

※こちらの記事も参照してください。
グラフを更新したついでに、リンゴとミカンはどっちが多いかについても


2014/1/6追記
寄付の話は少年犯罪データベースを活用されている方に向けて書いたものです。
山形浩生氏に関する記述は、べつに当方に寄付を促すつもりで書いたわけではないのですが(そもそも、山形氏が少年犯罪データベースや『戦前の少年犯罪』を読んでおられるとは思ってなかったですから)、山形氏から寄付を申し出ていただき、かなりの額を賜りました。
次の本の執筆に何年も掛かり切りになってしまったためいささか困窮し餓死も目前に迫る事態となっていたのですが、これで本か出るまでなんとか生き延びられそうです。少年犯罪データベース作成の経費も賄えて、まことにありがたいことです。
ゆめゆめ徒消することなく、必ずや真理究明のため活用する所存でおります。
なお、山形氏はすでに大学だけではなく研究者個人にも寄付をされているそうです。