拙著『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか 冤罪、虐殺、正しい心』では、日本初のプロファイラー、内務省の吉川澄一技師について詳しく紹介しています。
確立した専門職としては、おそらく世界初のプロファイラーと云って間違いないでしょう。
なにゆえ、戦前日本の警察が世界に先駆けてプロファイリングを重視したのかは、内務省と司法省の激烈なる闘争を中心として、本書で解き明してますからぜひとも読んでいただければ。
しかしやはり、そんな政治的背景よりは、シャーロック・ホームズにも匹敵する天才的犯罪分析能力を有した吉川技師の存在がなにより大きかったのでした。

ところが、この天才プロファイラーが、現在ではまったく忘れ去られてしまっています。
犯罪マニアや警察の専門家でも、本書を読むまでその存在を知らなかったという諸氏がほとんどでしょう。
まったくもって、嘆かわしいことです。
探偵小説作家の方々には、ぜひとも吉川澄一技師を主人公としたシリーズを展開して、本物の名探偵がこの世に実在したことを全世界に広めていただければと思います。
なにせ、犯罪分析の天才だっただけではなく、そのクセのある性格の面でも、探偵小説の主役にふさわしい際だったキャラなのです。
そのあたりも拙著を読んでいただければ。

彼は名探偵にふさわしいアイテムまで所持していました。変わった形状のパイプを愛用していたらしいのです。
しかし、私はパイプに詳しくありませんので、具体的にどのようなものだったのか、文献を読んでもどうもよく判りません。
パイプに詳しい諸氏は、ご教示いただけると幸いです。
『刑事鑑識 吉川澄一遺稿』357p、吉川技師の弟子たちによる追悼座談会での、この発言がパイプに関する私が知ってる資料のすべてです。


万善 嗜好品としてはタバコが非常にお好きでしたね。タバコのパイプも一種独特なパイプで(笑)、抜きさしができるパイプでした。それでゴールデンバットを喫っておられて、お客の接待用としては敷島を買っておられました。
橋本 あのパイプをどうされたかこの間お家にお伺いした時に聞いてみましたら、亡くなる一寸前にこわれたとか話されておられましたよ。われわれはよくあのパイプを開けたり閉めたりしながら話されるのを承わったものですが……。
荻野 あのパイプは妙なパイプでしたが、吉川さん自身にしてみれば、あれは脂を取るのに便利だったんですか、どうですか。
万善 途中でこうやるとスパスパと入っていってしまうんですね。喫み残りが中に入って消えてしまう。また出すと火がつけられる。灰皿に落さないでもこの作用によって自然に消えていくというところにパイプの特徴があったんです。
荻野 だからタバコが合理的、経済的に喫えるという意味か、或は吉川さん一流の火事にならないようにという考えからか、どっちなんだろう。
万善 あのバイプは畳に置いても焦げないし、自然に消えてしまうから火災にならないというところじゃないかと思いますが。
高尾 一時は若い人の間にあれが流行しましてね、その頃から絶対にあれでなければいかんと徹頭徹尾お亡くなりになるまで使っておられました(笑)。


吉川澄一技師は病的なまでに用心深くて、つねに火事や強盗に備えていました。
その性質が天才的な犯罪分析能力の源泉ではないかということも、拙著で説いております。
この特殊なパイプも、おそらく火事を恐れて使っていたと思われますが、この説明だけではどうも形状がよく判らない。
図書館にあるパイプの本は、一応一通り見てみたんですが。
パイプに詳しい方なら、すぐにあああれだと判ったりするんでしょうか。
タバコを差して吸うものですから、キセルと云ったほうがいいんですかね。そのあたりからして、よく判ってない。

座談会で云ってるように、警視庁鑑識課の若手も、吉川課長を真似てこのパイプを使っていたらしいです。
戦前の鑑識課員はノンキャリア官僚で、安月給の代名詞だった当時の刑事よりは高給取りだったのですが、それでも若手が使うということは、そんなに高価なものではないでしょう。
戦前は犯罪実録物の本が大量に出版されていましたが、ひょっとしたらこのパイプの描写も、どっかにあるかもしれません。見つけた方はご教示をいただければ。

また、推理小説作家の大坪砂男が、当時の警視庁鑑識課に勤めてました。
大坪は吉川課長を崇拝してましたから、このパイプを使っていたのはまず間違いありません。
その作品に、もしこのパイプの描写がありましたらご教示いただければ。私は代表作の『天狗』くらいしか読んでないのです。
大坪砂男のご子息である和田周さんや、孫の虚淵玄さんに、このパイプが伝わったりはしてませんかね。

なお、吉川澄一技師はプロファイリングに留まらず、当時最先端だった指紋、被害者自らが付けて絞殺死体の首に残る引っ掻き傷で他殺か自殺かを見分けられる<吉川線>を提唱、死体にたかるウジの大きさで死後何日経っているかを知るために、自らハエを卵から飼って温度や湿度による変化を繰り返し実験するなどなど、ひとりCSIと云える八面六臂の大活躍なのですが、実在の人物はもとより、物語のキャラでも、これだけの傑物は他にいるんですかね。
データベース構築といった面でも先駆者です。吉川澄一技師を外しては、日本の、そして世界の情報史を解明したとは云えないのです。
情報の歴史なぞ研究している諸氏は、偉大なる先達のことを知らぬでは、これから先、決して赦されませんぞ。