2018年09月18日

3連休の最終日は、夜コモンがありました。
ジャワのお土産・辛めのカレーです。
子どもや辛いものが苦手な人向けに辛くないカレーも作ってくれました。

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食後は、先日放送されたEテレ「明日も晴れ!人生レシピ」の上映会もありました。
かんかん森が取り上げられたテレビ番組です。
子どもたちも一緒に見ながら、住人が画面に映るたびに「あ、○○さんだ」などと反応していました。

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(20:10)

2018年09月15日

久しぶりに書きます。
いまだ夏休みボケから抜け出せていません。笑

3連休初日の朝、コモンに向かう通路はパンの香りが漂っていました。
パンは、丸パンとフランスパン。
他のメニューは、
 サラダ
 ウィンナー
 スクランブルエッグ
 スムージー2種類
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焼きたてパンは、やっぱりとってもおいしい!

ファミリー世帯も多く参加し、連休のウキウキ感もあってにぎやかな朝食になりました。

(10:30)

2018年09月09日

かんかん森The Interview第11回は昨年9月、都内の別のコレクティブハウスからかんかん森に移ってきたシングルウーマンAさん。自分のことを「いつもぼんやりしている」と言いますが、いやいや、とても深い考え方の持ち主です。そのことが徐々にわかるインタビュー、まずは趣味の話から始めようとしましたが・・・



聞き手:たとえば私の場合は何かにはまるとそれにがーっと熱中してしまうんですが、ある日突然関心を無くしてしまう質なんですが、Aさんはどうですか?

Aさん:わたしはそういうの、ないですね〜。子どものころから、何かに熱中するとか、アイドルに熱を上げるということはなかったですし。だから何かひとつのことに夢中になって、とても詳しい人達を端から見ていて、楽しそうだな〜とは思います。でも、自分はそういうタイプではないですね。

聞き手:では趣味と呼べるものってないんですか?

Aさん:う〜ん。何か挙げるとすれば読書かな。でも、これも体系だって読むわけではなくて、特にすごく好きなジャンルがあるわけでもないんです。まあ、どちらかというと純文学ではなくエンタティメント系で、日本人作家のものではなく、外国人作家の作品の訳本を読むことが多いです。

聞き手:エンタティメント系ってどんなもの?

Aさん:ミステリー、SF、犯罪小説などですね。

聞き手:ふ〜ん。じゃあ、これまで読んできたものの中で面白かったなあと思い出す本は何かありますか?

Aさん:う〜ん、そうですね。北欧のミステリーは人気があって、私もコンスタントに読んでます。たとえば、スウェーデンの作家ヘニング・マンケルのヴァランター警部シリーズ。ワーカホリックの警部が出てくるんです。

聞き手:スウェーデンでワーカホリック?それって面白いですね。高福祉国家で、幸せ大国(幸福度ランキングで常に上位)で働き蜂とは、これ、いかにって(笑)。

Aさん:(笑)ミステリーという設定上だからかもしれないですね。

聞き手:そういえば、そのヴァランター警部シリーズって、柳沢さん(「かんかん森The Interview第1回」に登場されているかんかん森に住む翻訳家)が翻訳されているんじゃない?

Aさん:あ、そうそう、そうなんです。

聞き手:自分が面白いと思った本の訳者が同じところに住んでいるなんて、すごい偶然というか、とても嬉しい驚きですよね。

Aさん:そうなんです!柳沢さんには新刊をサイン入りでいただいてしまいました。

聞き手:よかったですね〜。Aさんは普段、どうやって読む本を選んでますか?

Aさん:以前は本屋さんに行ってよくチェックしていたんですけど、かんかん森に引っ越してきてからは、通勤途中に本屋さんがないので、行く機会がなくなってしまいました。だから今は書評を集めたサイトをよく利用してます。書評を読んで面白そうと思ったものを読む感じですね。

聞き手:どんなのを面白そう、読んでみようと思うんですか?体系的に読まない、パターンがないということでしたけど、何かが決め手になって読む本を選んでいるわけですよね。

Aさん:う〜ん、確かにそうですね〜。現代社会もの、たとえば今だとAIとか、最近のバズワード、ニュースなどでよく耳にする言葉など、どんな意味があるのかもう少し知りたいなと思っていたことなどが書評に書かれていたりすると読もうかなと。それに、歴史物、といっても戦国時代とかではなくて、第一次世界大戦より後の時代のノンフィクションとかが気になりますね、あまり読めているわけではないけど。

聞き手:へえ〜。なぜ第一次世界大戦後なんですか?戦国時代などが好きな歴女とも違いますよね。

Aさん:現代へのつながり感が強いからですかね。戦争とその後、まだ終わっていないし。フィクションで舞台設定を近代にとった作品だと本当はどうだったのかなと思ったりして。学校で学んでいるはずだけどそれほど深く学んでいるわけではないですしね。

聞き手:なるほど。映画はよく観るんですか?

Aさん:よくってほどでもないですけど、たまに映画館で観ます。

聞き手:自分の映画ベスト3ってあります?

Aさん:ないんです。そういうのは(笑)。これも本と同じで、特別にこのジャンルが好きというのもないんですよね。たとえ実話がもとになっていても、映画になった時点でそれは作られたもの、フィクションになると思っているから、フィクションかノンフィクションかも気にしないですね。でも、やっぱり本と同じで映画も邦画より洋画を見ることが多いです。邦画はテレビドラマの映画化版がよく宣伝されていたりして、それだとドラマを見ていないとわからなそうだし、あまり邦画は自分の視界に入ってこないですね。

聞き手:そうなんですね。最近見た中で印象に残っている映画は何かありますか?

Aさん:そうですね〜。「ウインド・リバー」というアメリカ映画ですかね。ワイオミング州にある先住民族の保留地で実際に起こった事件を題材にした作品です。果てしなく広がる雪の大地で、ある日、国立公園のハンターの仕事をしている男性が女性の遺体を発見して。保留地は州警察の管轄外だから、FBIが来るのだけど、その女性捜査官がハンターの男性の助けを得ながら、慣れない雪深い土地ですごく苦労して捜査を続けていくんですね。その、途方もなく広い、白い大地が頭に焼き付いてます。亡くなった女性の死因が、レイプされたうえに殺されそうになったので、逃れるために極寒の大地を走っているうちに、肺が零下30度の冷気で凍り付いて口から血が飛び出して、自分の血で窒息死んでしまったというもので。これは他殺と言えるのか―。これ以上は言わないほうがいいですね(笑)。

聞き手:なんか知性を感じさせるプロットの映画みたいですね。ぜひ観てみたい!特にスター俳優は出ていないんでしょう?

Aさん:いや、割と有名な人が出ていたと思うけど。

聞き手:好きな映画スターとかはいないんですか?やっぱり―(笑)。

Aさん:いないですね(笑)。あまり固有名詞が頭に入ってこなくて。最近は監督の名前くらいは覚えようとしているけど。

聞き手:映画は昔からよく観るんですか?

Aさん:いえ、映画館で観るのって安くはないので、もっと若いころはあまり見られませんでした。今はそれが出せる年齢になったかな。一時期、疲れて集中力を失って本を読めなくなってしまったときに、「フィクションが欲しい!」と思って、映画だったら観れるかなと思って見始めた感じです。

聞き手:へえ〜、リラックスするため?

Aさん:そうですね、とにかく作られたものが見たいという感じ。映画を観たら、今度は映画の原作とか関連本を読んで、広がりがでてきてよかったなと思ってます。

聞き手:映画はDVDをレンタルするのではなくて、映画館で観るんですか?

Aさん:自宅にはテレビを置いていないし、PC用のDVDプレーヤーも持っていないのでDVDは観られないんですが、映画は映画館で観るほうが画面も大きいし落ち着いて観れるのでいいと思っています。

聞き手:昔からそうやってひとりで本を読んだりして自分のワールドにいるのが好きなんですね。

Aさん:そうですね〜。あんまり新しい場所に行って、人に会いたくないので。。

聞き手:そう?ひとりが好きっていいながらも、こういったコミュニティのあるかんかん森に住もうと思ったわけですよね。普通のアパートの方がもっとひとりになれるでしょう。

Aさん:自分のひきこもり予防策ですね、かんかん森は(笑)。かんかん森内は「半外(はんそと)」という感じで、ありがたいんです。普通のアパートでひとり暮らしだと、だれかと知り合おうとすると本当に外に出て、習い事をするとか何かのサークルに入るとかする必要があって、完璧に「外」で大変。でも、かんかん森なら自室から一歩でれば半外でコミュニティの人達とすぐ会えるからいいなと思ってます。

聞き手:ふ〜ん、端から見ていると、定例会でも発言していたり、書記をやっていたりとか、あまり引きこもりには見えないんですけど。

Aさん:(笑)それはなんかジャンルが違うというか、社交ではないから。労働とは言わないけど役割だから。共有していることを分担したり、どうやっていくか話し合ったりすることは嫌ではないし。

聞き手:つまり、役割としてあればそれほど嫌ではないし、言うべきときには言っておこうと思っているわけですね。

Aさん:う〜ん、定例会については慣れもあると思います。前のコレクティブハウスには5年半いて、毎月定例会やってましたから。

聞き手:そうそう、そもそもコレクティブハウスに住むことになった経緯はなんだったんですか?

Aさん:まずは、家賃もリーズナブルで、バスもトイレも分かれていて部屋の作りがよかったから。それに、住人が自主管理で暮らすのもいいなと思いました。

聞き手:実際住んでみて思っていたような感じでした?

Aさん:今振り返ると、お世話になったなという感謝の気持ちしかないですね。そこに住み始めて1年半くらいのとき一時期体調を崩して、定例ミーティングに出られなかったり、月1回のコモンミールを作る役割もこなせなかったりしたことがあったんですが、皆さん、見守ってくれていたのでありがたかったなと思います。

聞き手:それは具体的に何かヘルプしてくれたりとか?

Aさん:特に何かしてくれるということではないんですが、でも暖かい雰囲気を作って気兼ねなく暮らせるようにしてくれていたなと。

聞き手:ほどよい距離感で見守ってくれていたわけですね。では、そこから引っ越そうと思ったのは?

Aさん:通勤にとても時間がかかっていたので、勤め先からもう少し近いところに住み替えたかったのと、金銭的にも少し余裕ができてもう少し家賃が高いところでも住めるようになったというのがあります。

聞き手:通勤にはどれくらいかかっていたんですか?

Aさん:1時間20分くらいかな。ある日もうこれは遠い、と思って変わろうと決意したんです。ひとり暮らしで1時間以上通勤にかかるってなんだろうと思って。

聞き手:郊外の環境の良いところで子育てをしたいってわけでもないのにということですね。

Aさん:そうそう。

聞き手:大学では政治理論を専攻されていたと聞きましたが。なぜ政治を選らんだのですか?

Aさん:実は、私は一度大学を中退していて、もう一度入り直した大学でまず言語学を専攻したんですが、ちょっと違うなと思って。言語学は、最初に音韻とか、基礎をやった上で、どの言語の、どの分野か、歴史とか社会学系とか、を選んで進んでに行くわけですけど、「ああ、これはだめだ」と思って転科しました。そういう学生も結構多かったんですよ。私はそれまでに受講した課目の中で一番興味を持った政治理論に移りました。

聞き手:政治に興味を持ったのはどの辺が面白いと?

Aさん:倫理的なことが議論できるから。基本的に学問は「こうなっているね」という話をやるなって思っていて―。

聞き手:「こうなってるね」っていうのをやるってどういうこと?

Aさん:社会学系だったら現代社会はこういう仕組みになっていると考えたり、経済学だったら一番現実に近い経済モデルは何かを考えたりとか、現実がどうなっているかを記述するというか、研究するイメージがあります。でも、政治理論は何をするのが正しいのかという倫理的な議論ができると思って、そこがいいなと決め手になって専攻することにしました。それだけではないですけどね。

聞き手:へえ〜、すごい大学生ですね。

Aさん:そんなことないですよ。ぼんやりぼんやりだけど。

聞き手:政治理論に移って実際に面白かったですか?

Aさん:基本的にはそうですね。

聞き手:では、政治理論ではどんな議論をするんですか?

Aさん:そうですね〜。たとえば、平等論。平等主義という分野があって、どんなことが平等かという文献を延々と読んでいくんですけど。

聞き手:確かに平等はどこに視点を置くかによって変わってきますね。Aさん的にはどういう平等がよいと思いました?

Aさん:わたしは基本的に再配分を支持する派です。国が税金を徴収してそれを再配分する。たとえば、高等教育を無償にして、経済状況が良くない人にも教育を受けられるようにすることは良いと考えてます。

聞き手:経済状況とは関係なく、その子のやる気や能力に応じて機会がきちんと与えられるべきであると。わたしも同感です。

Aさん:子どもやお年寄りにケアが必要でそこに税金が沢山使われることにはやぶさかではないですね。政治理論はもっと哲学的、理論的なことだからあまり具体的政策とつながっているわけではないけど、ではなぜ他人に自分が稼いだお金を使わなければならないのかという議論もありますし、また、自分も逆の立場だったらどうかというのを正当化する議論もあります。

聞き手:自分だって補助を受ける立場になる可能性もあるから、今、必要な人達に使ってもらっていいですよと。

Aさん:えっと、ただ、困っている人達への思いやりという話ではなく、もともとルールは正しいものであるべきという考え方があります。ルールを作る時に、現状お金持ちと貧乏な人達がいて、お金持ちは自分達に有利なルールにしたいと思うだろうし、その逆もしかりで、そのルールは正しいとはいえないよね、という考え方があります。では、ルールを作るときはみんな自分のことは何も知らないことにしよう、自分の出身とか年齢、性別、バックグラウンドなど全く知らない「無知のベール」をまとって考えるという方法もあります。そんな状態でルールをつくるとしたらどんなルールになるか、自分がどんな立場であっても納得できるルールを作るはずだよね、という立場もあれば、いやそんなことはないだろうという反論もあるんですね。

聞き手:へえ〜。本当にそんな立場でモノを考えることが人間、いるのかしら?

Aさん:そう、「無知のベール」をかぶった状態でもその議論自体に偏見があるんじゃないかといった議論もあります。

聞き手:そういえば、しばらく前に話題になったマイケル・サンデルの白熱教室って見たことがあります?

Aさん:ああ、公開授業ですね。ちょっとあります。

聞き手:なにか似てるところないですか?

Aさん:あの人の立場はコミュニタリアンの人で、リベラリズムとよく対比される、共同体主義と訳される立場の人なんですけど、ただ、あの公開授業自体はもっと基礎的な、一般的なことをやっていますね。確かにあのような授業も大学でありましたよ。でも、それは本流ではない、1年生向けの授業でありました。

聞き手:面白いですね。あの人気は日本だけのものだったのかどうか知りませんけど、日本のテレビ局がサンデルを招待して公開授業もやっていた覚えがあります。

Aさん:あれが新鮮だなと思って興味を持った人がいたなら、私が大学で政治理論を専攻に選んだときの気持ちと似ているなと思います。あのような話は大学というかアカデミアではしないのかと思っていたんです。でも、実際は他の学問でもガンガンにされていて、「こういう話もするんだ!」という感覚。その時、自分にとっては新鮮でした。

聞き手:彼の場合はナビゲーターとしてうまいんですかね。

Aさん:上手ですね。ただ、かなり支配的な感じ(笑)

聞き手:自分がスターだと言わんばかり?

Aさん:というか、結局、議論はコントロールされているんですね。でも、別にそれはそれでいいと思います。たぶん、学生は課題を読み込んでいて、事前ディスカッションもして、たぶんエッセーも簡単なのを出しているんじゃないかなと思います。

聞き手:事前準備しているわけですね。そうじゃないと、あんなに意見言えないですよね。どんなに頭がいい人たちが集まっているんだろうと思っちゃいますよ。当てられると、バッシッと言いますもんね。

Aさん:あれも、自分で課題を読んで出たらちゃんと身になるわけです。ティーチングアシスタントも投入されていると思います。

聞き手:なるほどね〜。

Aさん:確かに、どうして日本で人気が出たんですかね?

聞き手:日本では、やっぱりああいう議論の機会が少ないから新鮮だったということなんでしょうね。英語の勉強している人たちにも学習のいい題材になったりとか。サンデルが書いた「ジャスティス」っていう本を読んだときに、トロッコ列車の話題など、どちらを選択するのがジャスティスと言えるのか一杯事例が出てきて確かに面白かったし。そういえば「24」(日本でも大ヒットしたアメリカのテレビドラマ)でも、ジャック(主人公)が国を救うのか自分の家族を救うのか、どっちだ〜と迫られてたなと思い出したり(どうしてそっちへ飛ぶかって?!)(笑)。

Aさん:(笑)サンデルが出してくる問題設定はたぶん基本的に思考訓練用だから、そこでいろいろ考えてみましょう、というものですね。二者択一の話でいつも思うのは、その二者択一の状況というのは本当にそうなのか、ということは考えなければいけないということです。

聞き手:「本当にそう」というのはどういうこと?

Aさん:「24」だと本当にそうかもしれないけど(笑)。もし現実に、たとえば、「小学校の教員を増やしてほしい」といったお金がかかる要求があったときに、「じゃあ税金が高くなりますよ」(A)とか「生活保護給付金を減らすことになりますよ」(B)という条件が出されて「どっちがいいの?」と問われたたときに、そのA、Bが本当にそうなのか疑ってみるということです。別に税金増やさなくても教員を増やすことができるかもしれないし、何かを減らす必要があるときに、どうしてその対象が生活保護費なのか、確認が必要です。そんな風に現実に何か起こるときには、大体、すでに条件などがセッティングされていて二者択一を聞かれるわけだから、そもそもそのセッティングが正しいのかをまず問うべきだと思うわけです。

聞き手:なるほどね〜。一歩深いですね、ものの見方が。一般的な人はじゃあどっちかなと考えるわけじゃないですか。でもそのセッティングされた状況が正しいのかというところから見る必要があるわけですね。

Aさん:そう。とりあえず、セッティングは常に疑うべきですね。誰がセットしたのか、というのもありますし。新聞も両論併記とかするときがあるけど、2つの論説を掲載するときに、捨てている他の説もあるわけだから、他のはなんだったんだろうという視点も大切だと思ってます。これはあまり政治理論とは関係ないけど。

聞き手:でも物事の裏側を見る、そういう視点を学んでいるというのはいいことだと思いますね。わたしのほうがず〜っと、いつもぼんやりしてる感じがしてきました(笑)。今日は、新たにAさんのいろんな側面を知ることができてとても楽しかったです。ありがとうございました。

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(14:04)

2018年08月19日

かんかん森The Interview 第10回目は、やんちゃで疲れをしらない5歳児と、圧倒的な愛らしさでみんなのアイドルの1歳児の2人の息子さんと、若々しく快活なパートナーとの4人家族で暮らす、元新聞記者・現(読んでお楽しみ)の中戸川誠さんの登場。夫婦共に仕事を持ち2人のお子さんを育てる忙しい毎日。その中でも自身の価値観を柔軟に変え、実践していく中戸川さんの言葉にはライブ感とパワーがあります。ロングインタビュ−ですが今回は一挙公開!インタビューは、わたしがぜひお聞きしたいと思っていたことから始まりました。



聞き手:新聞記者のお仕事で、いっぱいされていたと思いますが、インタビューのコツはなんでしょう?

中戸川さん:そうですね、先輩からはよく「最後の最後まで諦めるな、最後の最後でぽろっと出てくることもあるから」って言われてましたね。なかなか核心を話してくれない場合は話を脱線させてまた戻ってくるとか。でも難しい人ほど世間話にも応じてくれないですね。ど直球の質問の方がいい場合もありますし。

聞き手:難しいなと思ってて、でも上手く展開する場合って何が功を奏した場合?同じこと聞くにしても聞き方がありますよね。

中戸川さん:う〜ん。そうですね。ひとつ言っておくと、僕がやっていた仕事はテレビのインタビュアーとは違います。居酒屋でこっそり聞き出すとか、そういうケースの方が多かったですね。正式に場を設定してのインタビューとは頭の筋肉の使い方が違うんです。取材なのか友達付き合いなのかわからない雰囲気で居酒屋に行って、こっそり聞き出す。どちらかというとそのほうが僕は得意でしたね。

聞き手:難しい人は誰にとっても大変でしょうね、おだてても乗ってこないとか。そういう人は何回も会って関係を作っていくしかないですかね。

中戸川さん:そうですね。口数は多いけど質問に答えない人は企業経営者や政治家に多いんです。気難しくてあまりしゃべらない人は芸術家などに人が多い印象でした。政治家や企業経営者はしゃべるのも仕事のうちだからあれこれしゃべるけど、聞きたいことを言わない。同じ話を何度も繰り返すとか。そういう人はとても多かったですね。そういうのは軌道修正をさせていく力がないと1時間が無駄に終わってしまうんです。

聞き手:そういうことに長けていくには場数が必要ですか。

中戸川さん:そうですね。大学出たての頃からやっていたので、場数が大事だと実感しています。

聞き手:では、核心をちゃんと話してくれる人はどんな人ですか?

中戸川さん:苦労せず話してくれるのは誠実で嘘をつけない人ですね。質問に答えられない場合はわからないとか知らないときちんと言う人。でも、とても少ないですよ。

聞き手:大学を出て新聞社に就職してずっと記者をやってこられたということですけど、最初はどんなジャンルを担当されていたんですか?

中戸川さん:始めはひたすら尾行。

聞き手:尾行?!

中戸川さん:そう。始めは社会部で、東京地検特捜部の動向をひたすら水面下で追いかけるという仕事です。

聞き手:なんだかテレビの刑事物ドラマみたい。

中戸川さん:はは、そうかもしれませんね。特捜部というのは検察庁の中にあって、昔ならリクルートやロッキードなどの世の中を揺るがすような大きい事件を扱う組織です。

聞き手:警察じゃなくて検察ですよね(ちょっと混乱)。

中戸川さん:そう。特捜部は検察。警察とは違いますよ。警察は地べたをはって捜索して、起訴する時は検察に上げるわけです。実際に起訴するかしないか決めるのは検察官。それで、社会の名だたる人達の犯罪を追う検察庁内の部署が特捜部です。で、こちらは検事を毎日追うわけですけど、何も言ってくれないんですよね、これが。

聞き手:へえ〜。大学出たての若い社員に検事のところに行ってこいというほうが無謀じゃないですか?

中戸川さん:でしょう?水面下で捜査していて、検事だけじゃなくて被疑者も取材するわけです。被疑者といっても企業のお偉方だったりする。そういう人を夜中に自宅近くに張り込んで追うんです。もともと会社でやっていたことが突然犯罪として表沙汰になって追求される立場になってしまう人。昔から引き継いでやっていたことで、濡れ衣みたいなことが多い。特に人を殺めたような事件でもなく、犯罪構成要件というのがよくわかんない。若造がそういう人を追うんですよ。

聞き手:へえ〜。なんだかますます刑事ドラマみたいになってきた感じ。

中戸川さん:いや、ほんとの話。それで、夜、人に会って聞いた話を翌日検事に会って「今こんな感じらしいですよ」とちらっと話すわけ。基本的に相手はインタビューする側が知っているレベルでしか答えてくれないですからね。「こいつ、何も知らんな」と思われたら答えてくれないけど、いろいろネタを探してきて核心に触れるようなことをちらっと出すと、「おっ」と思って答えてくれたりするんです。俺らの日常の会話でも一緒だと思いますけど。そういうのを日夜繰り返す。「こうですよね」と言って、相手が「おお」と言っただけでもヒントになって、先輩に電話して「認めてくれました」と伝える。そういうやりとりを繰り返していましたね。深夜に相手の自宅近くに蚊に刺されながら立っていて、何度、警察に尋問されたことか。誰を待っているかなどは言いませんけどね。

聞き手:すごいですね〜。定時なんて全くない世界。そりゃ、若くないと勤まらないですよね。

中戸川さん:でも、反省なんですけど、新聞は捜査機関に寄った記事を書くんです。例えば、ゼネコンの汚職があったら、ゼネコンの連中は悪いことをしていることを前提で記事を書くわけです。振り返ると、僕らが書いた記事に関する事件で逮捕された人達が20人くらいいたとしても、その後ほとんど無罪になってるんですよ。あれだけ悪いことしているという記事を書いたのに、結果、無罪じゃないかと。最初からバイアスがかかった形で記事を書かざるを得なかった。ライバル社も一杯いて、同じような記事が出ている中のひとつだし、競争もありましたしね。そういうのがメディアが一番よくないところだと思っています。人を奈落のそこに陥れようとする。。

聞き手:自分の意に反してでも会社のスタンスに従わないといけないわけですよね。

中戸川さん:そう。あれはどこだったかな、結構都心から遠いところだったけど、各テレビ、新聞10数社が毎日行きまくっている人がいて、ある日、その人家から出てきたら顔がものすごく腫れている。ストレスでそこまで腫れるかというくらい腫れているわけ。「悪いなあ」と思いながらもこちらも仕事だから止められない。テレビでよくやっているでしょう、質問しているけど相手は答えない、でも映像だけでも撮れば流せるからいいんですよ、テレビは。新聞は書くネタがとれないと話にならないですからね。

聞き手:確かに。それにしても、メディアは世論を左右する力がありますから、ターゲットとなった人はどこに行っても犯罪者扱いされてしまって、自殺しちゃったりとか。。

中戸川さん:そう。実際に自殺は特捜部の取材ではつきものなんですよ。やはり地位のある人達だから、特捜部から「聞き取りに来てください」と言われただけでも自殺する人がいるんです。特に秘書。親分を守らなければならないということで自殺する人が多いですよ。

聞き手:え〜、そんなに多いんですね。

中戸川さん:特捜部は世の中の目立つことをやるための組織ですからね。たとえば、最近、文科省の局長が息子を大学に不正入学させた問題が取り上げていますけど、ポジションが高い、スーパー高級官僚だから取りざたされたんだと思います。裏口入学の話なんて昔からあるわけですから。

聞き手:あそこまで連日クローズアップされてしまうと、その後どうなっちゃうんでしょうね。それまで輝かしいエリートの道を歩いて来た人が。

中戸川さん:もう静かに生きていくしかないんじゃないかな。そんな風に、普通に今まであったようなことが、誰が起こしたかによって突然事件になる。政治的なバランスで「あいつを消せ」というようなこともある。政治と検察はそういう関係ですよ。

聞き手:あの、森友学園の夫婦もあんなに長期牢屋に入れる権限はないはずでしょう?

中戸川さん:あれは牢屋じゃなくて拘置所ですね。牢屋に行く前の段階です。

聞き手:あ、そうか。

中戸川さん:推定無罪だから、まだ。受刑者ではなく被疑者というわけで、罪の疑いはあるけど確定していないケースです。

聞き手:それにしてもあんなに長期間入れておけるものなんですか?

中戸川さん:できますよ。検察が裁判所に許可を申し出てOKが出たら、ずっと拘置所に入れておけるんです。僕も1年目は東京拘置所に行って、被疑者に接見に来る弁護士を捕まえて話を聞くのが仕事でした。証拠隠滅を防ぐというのが拘置所に入れておく建前。森友も異常な長さで入れられていたでしょう。

聞き手:それって、今の政権になってからですか?

中戸川さん:いえ、ずっと前からそういう風です。捜査機関がそう思ったらそうなる。犯罪を認めたら出してやると言って、認めないとずっと入れておかれるわけです。よくその後の裁判で、「認めるように言わされていんだ」という人が出てくるでしょう。あんなところにずっと入れられていたら、認めてしまおうという気持ちになってしまいますよ。

聞き手:それ、本当に国家権力の怖いところですね。日本は法治国家でよかったと思うこともありますけど、法治国家って何だろうと思ってしまいます。一般市民として普通に暮らしている分にはいいんだけど、何かの拍子に事件に巻き込まれてしまって、犯罪者と間違って思われてしまったときが怖いですね。痴漢のえん罪のケースとか。

中戸川さん:おっしゃり通りですね。

聞き手:社会部でのお仕事は長かったんですか?

中戸川さん:いえ、記事も書かずに人を追っかけ回しているだけだったので、記事を書ける部署に異動させてもらいました。外食企業の動向を追う部署で、それはおもしろかったですね。マクドナルドやモスバーガー、ケンタッキー、和民がどうとか。外食企業は創業者が一人でたたき上げで始めたとか、バイトから社長になったとかという人がいて、そういう人たちの話は面白いし勉強になりました。ライバル社同士が競争合戦をやっているところを取材したり。リーマンショックの影響は特に外食にはなかったですけど、デフレでなんでもかんでも安いほうがいいという時期ではありましたね。

聞き手:その頃、280円の弁当を「いくら作っても儲からない」と半分泣きながら作っているおじいちゃんをニュースで見て、悲しくなったのを覚えてます。なんでも安い方がいいという消費者が多いけど、回り回ってそれが自分の首を絞めることになるってどうして気づけないかなと。

中戸川さん:モノが安いばかりだと賃金も安くて働く人も集まらないから、最近はちょっと変わってきているでしょう。消費者も二極化していると思いますね。とにかく安い方がいいという人達と、高くても良い方がいいとか。

聞き手:確かにそうですね。食品関係の担当はどれくらい?

中戸川さん:2年程度で、ちょうど東北の震災があった年に大阪に転勤になりました。もともと関西(兵庫県)の人間だから、関西のノリは分かっていたので楽でしたね。自動車部品とか機械系企業の取材を担当して、日本のものづくりや自動車産業のサプライチェーンのつながりが学べて勉強になりました。その次はエネルギー担当に。震災後でエネルギー問題はトピックとして重くなった頃ですね。関西電力(関電)は原発の比重が高い会社だから、原発事故後はとても影響を受けて、いろんなトラブルが起きたんです。そういうことをひたすら追いかけました。関西は震源地から遠いけど、関電は石油火力の利用を止めて、原発に経営資源をほとんど投入するような経営をしていて、事故後は、当時の政権の民主党が「原発は止めろ」という政権だったものだから、その影響を一番受けてしまったわけです。一日ごとに赤字が膨らんでいく状態でした。関電は「原発が使えないので停電しなければならない」と言う。それで、関電が言うことは原発を動かしたいだけの理屈じゃないかという論争も起きたりしました。

聞き手:へえ。現場におられただけあって生々しいですね。そういう取材を通してどうしたらよいと思われましたか?

中戸川さん:僕がいた新聞社は経済新聞だったこともあって電気料金が上がる事に対してネガティブなスタンス。「原発があったから電気料金が安かった。電気料金が上がるのはよくない」という論調の記事を書かなければならなかったんです。社論を書かなければならないのもストレスでしたね。電気料金が上がることに対して、原発再稼働も必要ではないかというトーンの記事を書いていてました。電気は貯められないから太陽光があってもダメだと言うけど、実際には停電を起こさず、原発なしでも何とかしのげたわけです。原発を動かしたいがために理屈を並べる人達がいるんですよ。

聞き手:福島でのようなことを考えても、日本のような災害大国で原発を使うのもどうかと思いますよね。

中戸川さん:そう、日本では福島でのようなことが起こりうることが見せつけられたわけですね。一度起きてしまうと事実上、半永久的に土地が汚染されて使えなくなる。でも原発を無くすこと、廃棄も難しい。無くすために最大限お金と知恵を投じるのもありだと思います。わけわからんものを扱っているのが原発なんです。今の識者が集まってもどうしたらよいかわかっていない。

聞き手:いやはや、次世代にすごいモノを残すことになってしまっていますよね。それで、大阪勤務はどれくらいでした?

中戸川さん:4年くらいでした。東京に戻ってからは経産省担当になったんですが、経産省はエネルギーを管轄している役所なのでまたエネルギーを担当しました。エネルギーをじゃんじゃん使う時代が終わりつつあることを感じる日々でしたね。自動化などのイノベーションのもと、化石燃料を使わなくなっていく方向にあるでしょう。それはそれで中東の国々で困る人達も多いだろうと思いますけど。経済を石油に頼っている国々―ああ、サウジアラビアなんて、やっと女性も車の運転を許されるようになったんですよね。

聞き手:そうですね。男女平等問題は大きいと思いますけど、日本もそれはかなりの問題ですよ。男女平等ランキングというのがありますが、2017年度ですと、対象国144カ国中、日本は114位ですから。経済(的参加度)、教育(達成度)、健康(と生存)、政治(的権限や地位)の4つの指標個別のランキングでは、経済が114位、政治になんて123位です。健康は当然1位ですけど(笑)。つまり日本では女性の社会的地位や参加度は、発展途上の多くの国々より遅れているというわけです。

中戸川さん:戦後は国会には女性がもっといたと思いますよ。新しい民主主義だということで。社会が安定するとともに減っていったんですね。専業主婦率が高いのはなにも日本の伝統ではなくて、昔は女性も普通に仕事をしていたけど、郊外に住宅ができて核家族が増えていったころから、専業主婦も増えていったんじゃないですかね。

聞き手:都市化、核家族化で子どもを面倒見てくれる人がいなくなって、ということですね。

中戸川さん:この専業主婦問題は根が深い。男の心理の裏にはそうのがすごくあると思います。

聞き手:妻に働かせないのが男の甲斐性だと思っている?

中戸川さん:というか、これまで企業による男の働かせ方がそうだったでしょう、今でもまだまだそういうところがありますけど。転勤や勤務時間の長さ。男は家のことは何もできないようになってしまっている。働く側はそれでいいとは思っていなくても、人生、企業とともにあり、という感じ。

聞き手:終身雇用、年功序列。でも、今はまったくそういうのに頼れなくなってますよね。「それでどうしますか?」と突き付けられています。

中戸川さん:僕は、親世代の話は参考にならんと思ってます。価値観が違わないとこれからやっていけないですから。

聞き手:AIでいろんな仕事が淘汰されていくと言われていますしね。私はまだしも、これからの世代の人達、どう社会を生きていけばいいんだろう、と思ってしまいますね。この辺、中戸川さんはどう思われますか?

中戸川さん:俺はまともに教育を受けた気がしていないんでよくわからないけど(笑)、好きなことをとことんやるしかないと思います。虫が好きならとことん虫のこと追いかけ回していくと、どこかで価値が生まれるんではと思います。

聞き手:ひとり一人の個性をとことん伸ばしていくわけですね。でも、日本はそういうの得意ですかね。幼稚園のかけっこで順位をつけないとか、みんな同じであることを重視しますでしょ。

中戸川さん:そういうの、僕は雷同性といっているけど、この前、私立小学校に見学に行ったら、先生達みんな同じような格好をしていて。あんなのを見るとおかしいと思う。一人だけ違う格好をしているのは目立つし控えようとする日本人のメンタリティー。

聞き手:自由な発想でイノベイティブなものを生み出せる国々と日本とでは教育が相当違いますからね。今になって、政府はイノベーションを起こせる人材を育てていかなければと言ってますけど。まず教える方の育成をどうするのかと思うと、時間かかりそうだな〜と思います。ところで、昨年、転職されたとお聞きしてますが、それはこれからの社会を見据えて、ということですか?

中戸川さん:そうですね。ずっと大きい企業にへばりついているイメージがあったんです。退職前は農業政策担当で、そこで土地の風土や歴史を考えるのが好きになりました。転職先は、創業7年の農業ベンチャー。都市と農業をつなぐというコンセプトで、都市住民に農的サービスを提供しています。農地を借り受けて農園をやるだけではなく、どれだけ財を生み出すかということも考えますよ。農業を儲かる仕事にしたい。その難しさは肌身に感じていますけどね。大企業も悩んでいて、相談を持ちかけられることも多いんです。これから従業員を食わしていくために何をするか、人口も減っていくし、ということで。AIが入ってきて、人口も少なくなる、となるとパイも小さくなるし、あまり成長の道が考えられないわけです。大企業など体力のある企業なら海外に出ていって勝負というのも考えられるだろうけど、日本の企業の大半が中小ですからね。20年、30年後を考えたときに、道路を作る仕事が果たしてあるかというと、ね。

聞き手:そう、変化が急速で、5年、10年先だってどうなっているんだろうと思いますもんね。でも、農業は沢山の可能性を秘めているんじゃないですか?日本の農作物は質が高くておいしいから、海外でも果物なんて人気でしょう。

中戸川さん:そうなんですよ。おいしい!いちご、ぶどう、もも。農作物の輸出は伸びていくと思うけど、ポイントはマーケティング。農家の方々は作ることの専門家で、マーケティングしてどう上手く市場につなげていくか、なんて知らない。そこに援助の必要性がある。ただ、輸出となると、生鮮品だから時間的制約があるのがネックですね。近場の国しか対象にできない。果物なんて、アメリカに空輸したらすごく高額になってしまう。

聞き手:そうですね。逆に輸入について考えると、目下のところ、日本は食物の6割を輸入に頼ってますよね。

中戸川さん:貿易自由化の流れもありますね。日本は自動車をはじめとする工業製品を輸出したい、だから関税を下げてもらう。その代わりに日本は相手国から農作物を輸入して関税を下げてね、というバーターになっているわけです。その犠牲が農家にいっているわけで、かわいそうな部分もあります。

聞き手:確かに、その視点も大切ですね。これからの変化の激しい時代、中戸川さんは今後どんなふうに生きていこうと?

中戸川さん:う〜ん。大切にしたいのは価値観の多様性ですね。凝り固まらず、フレシキブルでありたい。そして、10年、20年後どう変わっていくか見届けたいなと思う。

聞き手:見届けたい?客観的ですね(笑)。

中戸川さん:元記者としての野次馬的な見方かもしれないです(笑)。農業の価値を上げていきたいけど、明るい未来が待っているとも思っていないし、人口が減っていくのは大きな話で、農業は変わらざるをえない。その変化は見届けたい、という気持ちです。どうしても客観的に見てしまう。自分で「こうします」という言い方はあまりなじまないんです。フリーの記者業務もやっていきたいと思ってますが、転職は価値観を変えたいというのが一番でしたね。若い人も一杯農業ベンチャーに入ってきているし、おもしろいですよ。若い人が増えていくのはいいことだと思います。みんな、これからの日本どうにかしなければという思いが強い。そういった新しい血が入ってきて、変わっていくんです。企業はなくなることがあるし、市場が消滅することもあるけど、農業は産業的にはなくなることはないですからね。

聞き手:ある市場が消滅したからといって、自分も消滅しては意味がない。そこでフレキシブルに価値観を変えて生きていけるか。そういった力がこれからますます必要になっていくわけですね。

中戸川さん:そう。子ども達にとっても、いろんな意味でおもしろい大人が必要なんだと思いますよ。

聞き手:同感です!今日はすごく勉強になりました。ありがとうございました。


(10:15)

2018年08月15日

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夏休みさなかのコモンミールは、するする食べられて夏バテ防止になりそうなネバネバ食材をどっさり使って。

・ネバネバ丼(長いも、オクラ、なめこ、納豆)
・モロヘイヤのスープ
・つるむらさき入りのナムル
・相馬ミルキーエッグの卵焼き
・ようかん(おみやげ)
・ぶどう(おみやげ)

お盆前で留守にする居住者も多いなか、当番Zさんのお姉さんファミリーが来てくれて大盛り上がり。
おいしいフルーツのおみやげもいただきました!

相馬ミルキーエッグはこんなかわいいパックに入ってます。
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(13:20)

2018年08月07日

かんかん森は、毎年8月が夏休みで、定例会とコモンミール当番がお休みになります。
ですので原則的には今月コモンミールはないのですが、先日のバーベキューがあったり、他の月の分を8月にやる住人がいたりで、ちょこっとだけコモンミールの予定が入ります。

そんなわけで、今日もコモンミール。
スイカは当番Wさんの差し入れです。
大きなスイカだったそうでコモンでは食べきれず、希望者への持ち帰り用もありました。
(もちろん我が家はありがたく持ち帰りました 笑)
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(22:00)

2018年08月05日

毎年夏になると、肉の伝道師Fさんとパパたち主催のバーベキューが行われます。
元居住者などゲストも沢山参加してくださり、今年もにぎやかでした。
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Fさんのこだわり(?)で、お肉はすごい量!
最後にはSさんが仕込んだタンドリーチキンも出てきて、食べる私たちは大満足でした。

子どもたちは、食後にすぐそばの公園で、これも毎年恒例の花火です。
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エアコンの効かないコモンテラスでずっと火のお世話をしてくれたFさんとパパさんたち、おかげさまで楽しい時間を過ごせました。ありがとう!



(22:00)
かんかん森The Interview第9回 豊さんのインタビュー続編をお届けします。肺結核のゼータク病人時代を経て細田商会に転職し、債権取り立て係から、天職とも言える営業担当となった豊青年のその後は?



豊さん:当時、細田商会はデビアス(ダイヤモンドの採鉱・流通・加工・卸売会社)の代理店をやっていて、デビアスから工業ダイヤを輸入して日本の工場に販売していてね。わたしは営業担当として工場長や仕入担当の人達を接待して親しくなって、年間契約を取れるように頑張ってたなぁ。細田商会がデビアスの傘下に入って、わたしはデビアスの社員になったんだけど、当時の私の売上記録は今も破られていないんですよ。

聞き手:すご〜い!大いに遊ぶ人は仕事も大いに出来るって聞くけど、豊さんもそうだったんですね!

豊さん:そうですよぉ(笑)。年に2回サファリツアーもやってね。私はその世話役として、南アフリカに10数回行きましたよ。あの頃はデビアスが南アフリカの経済を牛耳っていたから、大統領よりデビアスのほうが力があって。治安が悪いというけど、私たちが行くところにはお付きがついてきてくれたから安心して観光できたんだね。

聞き手:南アにサファリツアー!なんてバブルな!いろんな動物を見られたんでしょう?

豊さん:見たねえ。ライオンがインパラを襲って食べるところなんかね。夜は動物の目だけが光っていて怖いの。砂漠で泊まる時は、ホテルなどないから、竹を周囲に張り巡らして、入り口には火を燃やして、その内側で寝ましたよ。

聞き手:ワイルド〜!よくライオンに食べられませんでしたね。

豊さん:全然、大丈夫。ああ、食べると言えばいろんな肉を食べましたよ。インパラが一番おいしかったな。ワニも鶏肉みたいでおいしいけど、カバは臭くて食べられなかった。基本的に肉食動物の肉は臭くて食べられないんだよね。

聞き手:へえ〜。肉はいいから、私もサファリツアー、一生に一度はしてみたいです。ところで、豊さん、今の趣味って何ですか?

豊さん:もう今はあんまり体も動かなくなっちゃったからね〜。今の一番の趣味は競馬。競馬サークルの人達と福島とか札幌とか、自分の持ち馬がレースに出るときには見に行くので、その際に温泉に行くというの続けているけどね。わたしが競馬に興味を持ち始めたのは結構遅いんですよ。今から20数年前、そう、定年のちょっと前くらいだね。

聞き手:何がきっかけですか?

豊さん:えーっと。あ、そうそう、競馬の前にハマっていたのがスキューバダイビングでね。

聞き手:また、飛びますねえ!(笑)

豊さん:まだ、30代で営業でバリバリやっていた頃なんだけど、会社が銀座6丁目にあってね、接待は銀座だけど会社の連中と飲みに行くのは新橋だったわけ。飲んだ後にコーヒーとか欲しくなるでしょう。それでいつも立ち寄っていたコーヒーショップがあって、そこのちいママと仲良くなってね。彼女がダイビング好きで、誘われてするようになったのね。仲間とボルネオやフィリピンなどあちこちのダイビングスポットに行ったなぁ。

聞き手:へえ、海外にまで行かれていたんですね。

豊さん:そう、ほとんど海外。でも、沖縄も素晴らしかったですよ。で、ある日、佐渡のコブダイを見に行こうということになって、皆と行ったんだけどその中に初心者がいてね。100本潜らないと一人前じゃないというところ、その人はまだ10本程度しか潜った経験がなかった。潜るときは安全のために2人組で潜るんだけど、そのとき、私はその初心者と組むことになってしまってね。前の晩は両津港でおいしい牡蠣を食べたり酒を飲んだりしたもので、翌朝調子悪くてなかなか耳抜きができなかったわけ。でもペアの相手がさっさと潜っていってしまうものだから、初心者だし世話をしなければと、耳抜きができないまま潜ってしまったんだね。それで水面に上がってきたら、耳や鼻から血が出てきてびっくり。鼓膜を破ってしまったわけ。それできっぱりダイビングを止めました。300本以上は潜ったからもういいかなと思ってね。

聞き手:そうなんですね。車の事故の時といい、アクシデントが起きるときっぱり止める性質みたいですね。

豊さん:そう、その辺はさっぱりしてるね。

聞き手:それで、どう競馬につながっていくんですか?

豊さん:ダイビングを止めた後も例のコーヒーショップによく行っていたんだけど、そこには競馬サークルの連中も来ていて、いろいろ研究していたわけ。それで、彼らと顔を合わせているうちに引っ張り込まれてしまってね。それからは、サークルの会長と毎年馬を2頭ずつ買うことになって、多いときは10頭くらい持っていたなあ。

聞き手:馬を買うって、数十万とかで買えないでしょう?

豊さん:馬は安くても1頭2000万円はしますよ。

聞き手:え〜、じゃあ、毎年何千万円も馬にはたいていたんですか?

豊さん:いやいや、複数の人たちとの共同購入でね。一口いくら、というもの。馬を所有する会社が買い手を募集して、それがいい馬だと思うと購入するわけ。一時は持ち馬が年に10勝くらいしたこともあってね。翌年はその賞金で馬を買ったりして。でも最近は負けてばっかり!

聞き手:へえ〜、もともと馬はお好きだったんですか?

豊さん:そうね。大学時代には乗馬クラブに入ってましたね。

聞き手:あれ?大学の時はスキー部に入っていたんですよね?

豊さん:あれは同好会、乗馬は部活。1年のときから馬の世話を続けて、ちゃんと乗せてもらえたのは3年のときから。馬は人を見るんだね、最初の頃は乗ろうと思っても乗せてくれないの。馬が嫌がる。だから世話をして関係を作っていく必要があるんだね。馬ってかわいいから、世話が好きというわけではないけど、ちゃんとやっていたな。

聞き手:乗馬は大学卒業後も続けられたんですか?

豊さん:いや、馬を飼って乗ると言ったって場所がないから、乗馬は大学時代だけだったね。でも、その経験があるから競馬が好きなのかもしれないね。

聞き手:ごひいきの騎手とかいらっしゃるんですか?

豊さん:いますよ。福永祐一。親父さんが落馬して脊髄損傷で寝たきりになってしまったんだけどね。祐一は性格もいいし、乗馬も上手い。そこをいくとYTは嫌い、親父が調教師で力があったから、よい馬を選んで自分の息子に乗せるんだね、いい馬に乗っているんだから成績がいいのは当たり前だろ、という話。何かにつけて話題になる馬に乗っているでしょう。それに比べて福永祐一はそれほど恵まれていないね。でも馬の個性を活かす乗り方をするところがいい。自分の見せ場を優先してパフォーマンス重視で乗る騎手は馬をダメにしてしまうことがあるからね。最近は外国人騎手が出てきて、本当に才能があるから、どの馬に乗っても速いわけ。日本人騎手には手強い存在になってきているね。

聞き手:よく競馬の勉強をするって聞きますが、どんなことされているんですか?

豊さん:そうね、まずそれぞれの馬の血統を見る。親父やお袋はどの馬だったか、特にお母さんの血統をずっと見ていく。その血統からどういう馬が出ているかね。それに、過去7,8レースはどういうレースをしてきたか。当該レースのタイムも調べる。血統として、雨降りでコンディションの悪い馬場が得意か、天気が良くて乾いている馬場が得意かも調べるのね。普通の馬は馬場が悪いと本来の走りができなくなるけど、蹄の面積の広い馬は馬場が悪くても安定感を持って走れて強いわけ。天気がいいときはビリのほうを走っている馬でも、雨の日には勝ってしまうことがあるんだよね。

聞き手:へえ〜深いですね。面白い。

豊さん:そうよ。それに、直線の長い競馬場と、カーブが多い小回りの競馬場があって、どちらに強い馬か調べたりね。速い馬はトップスピードで走るから直線が長い方が強い。カーブが多い小回りのコースの場合は、最初から1番で走っている馬にメリットがあるとも言えるの。なぜなら、インコースのいい場所を取れるからね。また、騎手との相性も考えないといけない。

聞き手:勉強しなきゃいけないことが盛りだくさんですね。

豊さん:そうよ、それで徹夜したことだったあるんだから。ボケ防止に役立ってます(笑)。

聞き手:いいですね〜(笑)ところで、騎手からこの馬に乗りたいって言うことは出来ないんですか?

豊さん:出来ないね。馬主が騎手を指名するか、もしくは馬主が調教師と相談して指名するか、だね。だから、騎手はいい馬の指名が来るように、出来るだけいい成績を残して馬主や調教師の信頼を得るしかないね。

聞き手:へえ、そうなんですね。今日はバラエティーに富んだお話を沢山お聞きできてすごく楽しかったです。こんな映画みたいな人生送ってきた人が身近にいるとは!!最後に、ご自身の人生を今振り返ってどうですか?

豊さん:わたしはいつも仲間に恵まれてきたと思うね〜。裏切られたこともないし、仕事でもプライベートでもいつもいい人たちに恵まれてきたなぁ。本当に良かったと思っています。

聞き手:それは豊さんのお人柄がそういう人達を呼んだとも言えるんじゃないかと思います。これからもかんかん森のBig Daddyとしてずっとお元気でいてください!ありがとうございました。

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(09:34)

2018年07月28日

周年パーティのことを書き終えたら気が抜けてしまい(?)しばらく更新していませんでした。。。

かんかん森では7月も、相変わらずコモンミールが開催されています。
今日のメニューは冷やしうどん。
休暇をとる住人が提供してくれたというお野菜も使って、300モリ。ありがたいです。

丸く切られたお豆腐は「筒豆腐」と言うそうです。
広島出身の調理担当さんが用意したもので、西日本ではポピュラーなものなんですね。
関東地方出身の私ははじめて食べました。

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(22:00)

2018年07月22日

かんかん森The Interview第9回は、かんかん森在住歴14年にして最年長の我らがBig Daddy豊さんの登場。2時間半、たっぷり語られたエピソードの数々は、破天荒だったり、潔かったり。加山雄三の若大将時代の映画(観たことないが!)に出てくる友達のような趣味の連発。そこには小さい頃から一環して明るくて面倒見がいい豊さんがいる。さて、そのワンダフルな人生とはいかに!(長編のため2回に分けてお届けします。)



聞き手:どんな少年時代だったんですか?

豊さん:結構な腕白坊主でね、幼稚園から「明日からもう来なくていいです」と言われ退学になってしまって。いったい、何をやったのか覚えていないけど、お袋は、「もう行かなくていいから」と言うのでこれ幸いとばかりに、2才上の兄は毎日園に通っているのに、自分は近所の子どもと遊び回っていました。

聞き手:園児にして追放ですか!お母様がそれに動じないのもいいですね。その頃、時代としては戦争の影響などあったのでは?

豊さん:そうね、終戦までの1年半ほど、親元を離れて栃木県のほうに児童疎開してましたね。。まだ小学1年生だったので親が恋しかったけど、しっかり者の兄がいたからよかった。東京出身で、帰る田舎というものがなかったので仕方がなかったんだね。食事はまずいし、人魂が出るし(!)、地元の子ども達にはいじめられてばかりいたし、つらい思い出しかないなあ。終戦になって東京に戻ってきて、幸運にも家も両親も無事で、また家族揃っての生活が始まって。戦後の復興が軌道に乗るまで、そうだなあ、中学生になるまでの日本は貧しかったなぁ。

聞き手:小1で親元を長期離れるなんて辛い体験をされたんですね。その後、小学校ではまた腕白ぶり発揮でしょうか?

豊さん:わたし、これでもその頃は水泳も得意だったし、走るのも速かったんですよ。小学6年のときには身長155センチくらいあって結構大き方だったから、相撲も強くてね。相手を投げ飛ばして粋がっていたなぁ。水泳では5年生のとき港区の記録を持っていたこともあるの。兄貴は頭が良い優等生だったけど、スポーツはわたしのほうが出来ましたね。

聞き手:へえ、意外にもかなりのスポーツ少年だったんですね。

豊さん:そうですよ。一方ね、高校時代だけど、ハワイアンバンドのマネージャーをやっていたこともありますよ。ハワイアン歌手の弟がそのバンドのマスターをやっていてね。わたしは練習場所を探して予約したり、演奏スケジュールを設定したり。でもお客が集まらないこともあってね、困ったこともあったなぁ。

聞き手:えー!これも意外。そんな事務方の役回りをされていたとは。

豊さん:そういう事も結構好きなんですよ。浅草通いを始めたのも高校生の時からだね。あの頃の浅草には面白いところが一杯あってね、OSK(歌劇団)のレビューを見たり、映画館に行ったり、飲み屋に行って、じいさん達とワイワイやったりね。今でもある神谷バーにもよく出入りしたな。

聞き手:高校生で飲み屋通い?それこそよく追放になりませんでしたね(笑)。

豊さん:そうだね(笑)。親父が通産省(現 経産省)の役人で、お袋は料理上手ときているから、親父はしょっちゅう家に部下を呼んで宴会をやっていたんで、子どもの頃からこっそりお酒を飲むことを覚えてしまったんだね。

聞き手:お酒とのお付き合はその頃からですか!じゃあ、高校時代はスポーツはされなかったんですか?

豊さん:いや、水上スキーに熱中してましたよ。兄が始めたので自分も、ということだったんだけど、その頃はまだ日本にモーターボートというものがなくてね。アメリカから輸入してたから高くて買えない。そこで、競艇場でボートに引っ張ってもらったりして。

聞き手:えっ?競艇場ってそんなサービスするんですか?

豊さん:いや、皆にしてたわけじゃないけど、兄貴が話をつけてきたんだね。山中湖などの湖にある観光用の2人乗りモーターボートにも特別に頼んで引っ張ってもらったりしてましたよ。楽しかったなあ。

聞き手:なんとう高校時代でしょう!?映画みたい。めちゃくちゃ楽しんでましたね。

豊さん:そうね〜。大学生になってからは、スキー同好会に入って、今度はスキーにハマっちゃって。大学の寮が蔵王にもあって、毎年冬の3カ月間合宿してスキー三昧だったなぁ。

聞き手:え、3カ月も?授業はどうしてたんですか?

豊さん:まあ、ちょっとサボってね。同好会の他の連中は入れ替わり立ち替わり来ていたけど、わたしは結構ずっといて(笑)。その甲斐あって、スキーの腕前は指導員になれるくらいまで上がったけど、指導員になるには1年間の指導経験が必須でしょう。学生の自分にはそんな経験ないから、免許は取れなかったね。

聞き手:結構なスキーヤーだったんですね。想像出来ないけど、すごいなあ(笑)。

豊さん:そうそう、趣味と言えば、高校生時分から温泉巡りを始めてね、これも兄貴の影響なんだけど、社会人になっても続いて、北は北海道、南は沖縄までずいぶんいろんなところに行きましたね。兄は文学青年だったんだけど、あるとき、白骨温泉の宿に1週間泊まって読書を楽しんでいたら、温泉の女中さん達が入れ替わり立ち替わり兄の部屋に様子をうかがいに来たというんだね。どうも、自殺するんじゃないかって心配されてたらしい。若い男一人、部屋もあまり出ずに1週間も泊まっているなんて珍しいことだったんだね。

聞き手:へえ、面白い。お兄様からはいろんな影響を受けていらっしゃるみたいですね。

豊さん:そうだね、兄には車の運転も教えてもらったなあ。でも、事故を起こしてしまってから運転はすぐに止めましたよ。あれは、大学を出て就職してまだ間もない頃でね、当時、仕事で長野にいたんだけど、冬で道路も凍てつくある晩、酔っ払って運転していて、橋のところでスリップしてしまって。ガソリンスタンドの建物に突っ込んでしまったの。幸い夜で無人だったので、自分がちょっと怪我をしただけで済んだけど、それ以来、きっぱり運転は止めました。

聞き手:その辺、潔いですね。ある意味、車よりお酒を選んだといいますか?!当時どんなお仕事されていたんですか?

豊さん:大学を出てから、鉱山会社に就職して、当初は3カ月毎に違う山に行って研修を受けてました。その後、島根県の鰐淵鉱山に配属されて労務管理の仕事をすることになってね。毎日必ず現場を見に行くことになっていて、発破を掛けるところにいたから、毎日灰燼を吸い込んでいたんだろうね、肺結核を患ってしまって。鰐淵というところは「弁当忘れても傘を忘れるな」というくらい、よく雨が降って冬は相当寒くてね。たびたび風邪も引いていて体が弱ってもいたんだろうねえ。それで病院に入院したんだけど、ちょうど、当時は、三者併用療法といって、パス、イソニアジド、ストレプトマイシンという3つの薬を併用する効果的な治療法が日本に導入された頃でね。わたしは両方の肺が結核に冒されていたんで手術は出来ないから薬で治すということになって、1年療養すれば治るという話だった。でも、入院中に仲間ができてしまってね〜。警察とか、料理屋の親父さんとか、税理士とか、いろんな人たち6人の仲間でね。一番上でも50才くらいで、私が一番下っ端。それでみんなで温泉に出掛けて、その後で飲んじゃうわけ。

聞き手:えっ、脱走ですか?

豊さん:そう、脱走。帰ってくると婦長にこんこんと小言をもらってね、1週間おとなしくしているんだけど、うずうずしてきて、また出掛けてしまって。それを繰り返していたから、結局、1年で治るというところ3年かかってしまった。

聞き手:え〜、3倍ですか!ゼータク病人!(笑)

豊さん:いやあ、充実した療養生活だったね(笑)。というのは、会社から給料が出続けていたし、結核なんとか法というのがあって給料と同じくらいの補助金がもらえたし、お袋からは同じくらいのお小遣いを送ってくるしで、懐具合が良くてね。そうなると、まだ若かったから遊びに行きたくなっちゃって。だから鳥取や島根の温泉は軒並み行ったなあ。

聞き手:その頃って病院は患者の出入りに結構ルーズだったんですね。今は全く出来ないでしょう、そんなこと。体がつらいことはなかったんですか?

豊さん:初期段階の結核だったから、あまりつらくはなかったんだよね。結核が治ってから、今までのような労働条件の所は向いていないということで、高校時代の先生から、細田商会はいい会社だからと紹介してもらってね、入社したの。大学は法学部だったから、その知識を活かしてということだろうね、債権取り立てを担当することになって。でも、ある日、債権を抱える会社の社長の実家行ってどれくらいの資産があるか調べたんだけど、何にもなくて馬鹿らしくなって温泉に行ってしまった。それで、もう取り立て係は向いていないということで、営業に移してもらったのね。

〜〜〜〜〜〜〜カット!〜〜〜〜〜〜〜〜

お楽しみのところすみません!豊さんのインタビュー、あまりに長編なので2回に分けて掲載させていただきます。豊青年の営業マン時代から現在の趣味の深いい話までますます豊節が炸裂します。続編のアップは2週間後です。乞うご期待!

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(08:09)

2018年07月01日

かんかん森The Interview第8回目は、アジアンテイストのファッションが似合いそうな、やさしい雰囲気の女性、Nさん。自分では「淡々と生きてます」と言うけれど、いや、内側に熱い情熱を秘めたチャレンジャーそして国際派とお見受けする。それは今回のお話の展開からわかります。さて、始めましょう。



聞き手:以前からお聞きしたいと思っていたんですが、お仕事でよく海外に行かれていますよね。どんなお仕事をされているんですか?

Nさん:NGOで働いてます。私はマレーシアとスリランカのプロジェクトを担当していて、会議や進捗確認、事業計画のために昨年は2か月に1度いずれかの国に行ってました。

聞き手:へえ、そうだったんですね。マレーシアではどんなプロジェクトをやっているんですか?

Nさん:高校生や大学生を対象とする現地社会や英語を学ぶプログラムです。学校側から団体(NGO)にアプローチが来ることもあれば、こちらからすることもありますが、基本的に個々の学校の要望に応じたオーダーメイドのプログラムを作っています。マレーシアはマレー人、中国人、インド人の他民族国家ですし、英語を話せる人も多いから、多民族共生社会を学ぶにも英語を学ぶにもうってつけの国なんです。

聞き手:確かにそうですね。マレーシアは英語をある程度話せる人が多いけど、ネイティブではないから、日本人が片言の英語を話しても優しく対応してくれるから話そうという気になるって聞いたことがあります。

Nさん:そうなんです。学校の担当者からも、欧米に留学した学生は「話せなかった・・・」と戸惑った気持ちで戻ってくることがあるけど、マレーシアに留学した場合は、「間違ってもまず話せばいいんだ!」と勇気をもらって戻ってくるって聞きます。

聞き手:いいですね〜。使える英語を学ぶファーストステップとしては理想的ですね。

Nさん:そうですね。それに、留学先として学校側は安全を第一に考えますが、その点でもマレーシアは安定していますね。アセアン諸国の中ではシンガポールも安定した先進国ですが、都市化されすぎている感じ。マレーシアなら都市と農村の生活両方を体験できますし、環境、開発、多民族などいろんなことが学べます。

聞き手:授業は現地の大学や高校で受けるんですか?

Nさん:前はそうしてましたが、現在は独自の英語学習プログラムを実施してます。英語だけではなくて、現地の歴史や社会、文化など要望に応じて、現地の講師を手配して講義をしてもらいます。多民族共生をテーマにする学校もありますよ。「みんな分かれて暮らしているので共生などしていないじゃないか。」という学生もいれば、「お互いに相手を配慮して生活しているのを感じる。」というシニアの方もいます。いろいろ感じ取ってもらえればよいと思っています。

聞き手:なるほど、そうしたプログラムのアレンジや引率、大変そうだけど面白そうですねえ。スリランカのプロジェクトはどんなものですか?

Nさん:スリランカは2009年まで約30年間内戦をしていました。その復興事業で、現地事務所から車で一時間ほどの漁村でプロジェクトを実施してきました。現地では、漁業は男性の仕事と考えられていますが、内戦で夫や父親を亡くした女性が少なくないんです。でも、女性には仕事の口が少ないし、仕事に就くトレーニングを受けていない場合が多いんですね。そこで、女性たちが収入を得られる仕事を作ろうと目を付けたのが、サリーです。

聞き手:あの、民族衣装の?

Nさん:そうです。結婚式など特別なイベントの際に身に着けたりしますが、公務員など以外は普段は着ることがなくて、日本の着物のようにタンスの肥やしになってしまっていることが多いんですね。この点に着目して、現地の女性たちに手解きをして、サリーを洋服やバック、アクセサリーなどに作り替えて販売しています。私たちが主に行うのはマーケテイングや販売の支援ですね。

聞き手:作ったものはどこで販売してるんですか?

Nさん:スリランカは現在経済発展が目覚ましくて、観光業も伸びているんですね。欧米諸国からの観光客がとても多いんです。そういった観光客対象のお土産屋さんに商品を置いてもらっています。売れ筋はバッグ類です。

聞き手:日本でも買えるんですか?

Nさん:ええ、日本でもイオンのFairy’s Favorite にバッグ類だけですけど、置いていただいています。それから、元スタッフが立ち上げたオンラインのセレクトショップでも取り扱ってくれています。

聞き手:へえ、ぜひサイトチェックしてみます!

Nさん:この事業は、助成金事業としては2018年3月で終了したんですけど、元スタッフたちが現地の会社引き継いで継続しています。販路の維持拡大や搬送手配など女性たちにはできないので、そこを仲介しているんですよ。団体としても今後も見守っていきます。

聞き手:そうですか。やはりプロアクティブな方々が多いですね〜。では、他にお仕事で行ったことのある国で印象に残っている国はありますか?

Nさん:う〜ん、東ティモールですね。

聞き手:東ティモール?すみません、東ティモールって国でしたか―?

Nさん:そうですよ。インドネシアのすぐ近くにあります。

聞き手:そうですか。私、結構、世界地図見るの好きなんですけどノーマークでした。。

Nさん:東ティモールはポルトガルの植民地支配に続いて、1970年代にインドネシア軍に占領された歴史があって、2002年に独立したんです。石油収入に依存した経済です。

聞き手:そうですか。人口はどれくらい?

Nさん:120万人くらい。それに、平均年齢が19歳なんですよ。

聞き手:きゃー、19歳?!すごく若いですね〜、びっくり!

Nさん:そうなんです。そこが希望ですね。支配されてきた歴史が長くて、近代化されずにずっとやってきたから、自ら産業を興して国造りをしていく方向になかなかならないのですけど。

聞き手:そうですか。独立国としてまだ道半ばなんですね。

Nさん:スリランカは内戦から10年でNGOとしての活動を終えて、現地化しましたけど、東ティモールは国となった歴史が浅くて、スリランカとは国としての基盤が違いますね。東ティモールではNGOとして15年以上活動していますが、今後も続けていきます。

聞き手:国の情勢に応じて対応していくわけですね。ところで、Nさん、ご出身はどちらですか?

Nさん:大阪です。大学まで大阪で、就職して東京に出てきました。

聞き手:こういった国際協力事業に従事することになった経緯は?

Nさん:大学時代から国際協力に関心があったんです。大学を出て、東京で就職して、仕事のかたわら平日の夜や週末に国際協力関係のセミナーやボランティアに参加し、続けていくうちにいろいろな人と知り合い、その人達から「現場が一番おもしろいよ。」と聞いて、思い切って転職、ケニアに行ったんです。でもそこで英語力が必要であることを痛感して、イギリスの大学に留学しました。

聞き手:そうですか〜。それで、日本に戻ってきて今のNGOに?

Nさん:そうです。スリランカのプロジェクトがあるよと言われて、即行くことにしました。3年弱、ジャフナという北部の町に駐在しました。

聞き手:いきなりで躊躇しませんでした?

Nさん:いえ、海外の仕事をしたくて留学したわけだし。また、よく知らなかったから飛び込めた部分もありますね。

聞き手:それで、実際に行ってみてどうでしたか?

Nさん:スリランカはケニアに比べてアジアだなと思いましたね。

聞き手:どういうこと?

Nさん:ケニアの人達は、言いたいことを英語でストレートに言ってくるんですけど、スリランカの場合は、相手をいたわって遠回しに言ったり、気を遣ってやんわり言う人が多いんですね。どちらがいい、いやもないですけど。

聞き手:それで、スリランカのほうが馴染みやすかったと?

Nさん:う〜ん、個人的にはストレートなほうが好きなんですけどね(笑)

聞き手:えっ、そうなんですね!(笑)スリランカでは危険な目に遭うことはなかったですか?

Nさん:私が赴任したのは2010年の12月で、内戦の傷跡が残る時期だったんですね。場所によっては、通過するのに軍のパスがないと入れないところもあって、外国人の私が入るときは、特別な措置を出してもらうんです。外国人は全く標的にはならないので怖いと感じることはなかったですね。でも、内戦中は国の中で行き来が止まってしまうでしょう。外国人の私だったら簡単に行ける観光地でも、同世代のスリランカ人スタッフは30年以上生きてきても行ったことがなかったりして、話を聞いていると胸が痛むことがいっぱいありました。とにかく、そこでは自分が出来ることをしようと思ってやっていました。

聞き手:いや〜、ユニークな体験を一杯されていますね。

Nさん:そうですか?淡々と生きてますが〜。(笑)
聞き手:また海外に駐在したいですか?

Nさん:うん〜、長期はともかく、事業の立ち上げには参加したいと思います。また、日本も変わってきているので今は日本のことに向き合いたいと思ってます。

聞き手:そうですか。将来へのビジョンなどは?

Nさん:ビジョン―?特に野心や野望はないんです。世界平和や平等は願ってますけど。。私は出会ったもので進んでいくという感じですね。今までもそうですけど、「現場がおもしろいよ」と言われてケニアに行って、次に勉強でイギリスに行って、次に仕事でスリランカに駐在して、東京に戻ってきてスリランカとマレーシアのプロジェクトを担当して、逆に日本社会の問題に直面して―。そこから、海外に学生さんを送ってもっと学べるようにとやってます。やることはいっぱいありますね。

聞き手:常に全力で生きていると、そういう風に道が開けてくるんでしょうね。自分がこうしたいと思っていると、そういうものが来る感じがしませんか?

Nさん:え〜、全力というわけでもないんですけど。あ、ちょっと違う話をするようですが、最近、東ティモールに長く駐在していたスタッフが日本に戻ってきて、日本の子どもたちが気になる、日本は大丈夫か心配、ということで彼女はこの度、子どもや高齢者の方々含め誰でも立ち寄ることができる居場所づくりを担当することになったんです。日本にはコンビニ弁当を孤独に一人で食べている子どもがいるけれど、東ティモールでは子どもがいっぱいいて、ひとりでご飯を食べることなんてありえない。みんな鼻を垂らして、走り回って、歌って踊って、楽しんでいると。

聞き手:あちらでは引きこもる個室もないですもんね。貧しいかもしれないけれど、みんな連帯していて、お友達が一杯。

Nさん:そうなんです。

聞き手:その東ティモールから帰任された職員の方のアイデアがあって事業化するということですか?

Nさん:はい。日本の子どもの貧困が言われるようになって、何かしたいと考えていて、うちの代表もぜひ一緒にやりたいということで。

聞き手:それ、いいですね。職員がぜひこれをやりたいと挙げると、それにトップが共鳴してくれれば事業化してやっていけるということですね。

Nさん:そうですね、それが小さな団体のよいところかもしれません。

聞き手:ところで、Nさん、何か趣味はお持ちですか?

Nさん:仕事関係で、人とのつながりが国内でもいろいろあって、職場のつながりで知り合った人が市民農園をやっていて、週末にそこに行って野菜を育ててます。先日、かんかん森に入居されたKさんも一緒に畑に通っていたんですよ。

聞き手:へえ、その活動で知りあったんですか?

Nさん:いえ、まず、私の所属団体で彼女がインターンをやっていて知り合って、それから畑にも一緒に行くようになったんです。

聞き手:そうだったんですね。Nさんが、かんかん森に住むきっかけは何だったんですか?

Nさん:2013年にスリランカから日本に戻って来るまで、海外ではいつも誰かとシェアあるいは間借りして暮らしていたから、日本でまた一人暮らしを始める気にはなれなかったんですね。それで、ちょうど巣鴨のコレクティブハウスに住んでいる友人がいて、コレクティブハウスの生活もおもしろいよ、大泉のコレクティブハウスに空きがあるよ、と紹介され、住むことになったんです。

聞き手:へえ、で、どうしてかんかん森へ?

Nさん:通勤に便利だからです。職場は神田にあるんですが、大泉から遠くて通勤が本当に大変でした。でも、かんかん森からは近いので楽になりましたよ。成田空港に行くにも便利ですし。
聞き手:かんかん森での生活はどうですか?

Nさん:係の分担とか忙しい面もあるけど、ゆるやかに、やれる範囲でやっています。コモンミールでは、料理を学べていいな、と思っています。

聞き手:同感です!今日は、いろいろ興味深いお話をありがとうございました。

マレーシアの村の行事
マレーシアの村の行事

旧正月のペナン
 旧正月のペナン



















(09:57)

2018年06月25日

記録係mです。

かんかん森では、周年パーティー毎に「森の風だより」という冊子を記録係がつくります。携わった今回は8号になります。
今まで一色刷りだったのですが、なんと今回はオールカラー☆!!
折り方も今までと違います。
畳んであるとA4サイズですが、広げるとA2のポスターの様に〜!!!
「かんかん森のどこが好き?」の質問に住人達が答えいます。
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今回初めて携わらせていただきました、m。
どのようなデザインにするか話し合い、デザイナーに依頼したり、イラストを描いたり、写真を選んだり、文章を住人に書いてもらったり、普段経験出来ない事ばかりでいっぱいいっぱいになりましたが、もう一人の記録係MとアドバイザーSに先導してもらい、楽しみながら進めることが出来ました。

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(18:00)

2018年06月24日

パーティの第2部は、例年と同じく、手作り料理でゲストをおもてなしする食事会です。
今年は初の試みで、食事スタートの前に少しだけ「交流タイム」を設けました。
住人とゲストが入り混じって各テーブルにつき、「お題」について語り合うというものです。

当日会場で発表されたお題は、「と・き・め・き」でした。
会場からは「えー」「なぜそのお題?」などの声も…(笑)
でもみなさん、「もうときめくことなんか、ないよー」と言いながらも、楽しんでいることや最近気になっていることなどを笑顔で伝え合っていました。
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お料理は、いつも通りもりだくさん。
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飲み物も、アルコール・ノンアルコールともに各種ご用意しました。
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最後には、これまでの15年を振り返るスライドもあり、15年周年という節目のパーティらしい内容だったと思います。
ゲストのみなさんが楽しんでくださったことを願います。

お越しくださったみなさま、そしてこれまでかんかん森を支え見守ってくださっているみなさま、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございます。
これからもかんかん森を応援してください!

記録係M

(23:53)
今年のパーティは2部制で、第1部は建物1階にて、コレクティブハウス住人たちによるパネルディスカッションが行われました。
聖蹟・巣鴨・かんかん森と、異なるコレクティブハウスに住む人たちがそれぞれの暮らしの様子や問題点などについて話しました。
事後のアンケートを読みましたがなかなか好評で、住人にとってもそうでない方々にとっても興味深い内容だったのかなと思います。
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その頃コモンダイニングでは、第2部の準備が進んでいました。
写真は、食事前の「交流タイム」でつまめるようにとUさんが作ったものです。
(チーズ味で、パクパクいけちゃうのです)
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そしてこれまた同じ頃、小学生男子たちは何をしていたかと言うと、3階の図書スペースでカードゲームに興じていました。。。笑
スガモンズジュニア(=スガモフラットのお子さんたち)とは以前巣鴨でのイベントで一緒に遊んで友達になったようで、今日また会えるのをお互いに楽しみにしていたそうです。
かんかん森は未就学児が多いので、小学生同士で遊ぶ様子はなかなか新鮮。
この後かんかん森元住人の小学生Mくんも加わり、みんなで遊んでいました。
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(22:00)
前日から当日、いろいろなお祝いをいただきましたのでいくつかご紹介します。

まず、遠方でパーティに参加できない元住人からのお品。
函館から届いた天然酵母パンです。かわいいです。
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京都からの大きなバルーンです。これもかわいい!
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次にパーティ参加者からいただいたお花。
当日の会場を華やかにしてくれました。
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他にも、「お料理に使って」とジャガイモをいただいたり、海の向こうからもお祝いメッセージをいただいたり、さくらんぼをいただいたり(さくらんぼだと気付かず、パーティでお出しできませんでした。。。パーティ後の片付け時に、かんかん森住人たちでおいしくいただきました)と、とにかく沢山のお祝いをいただきました。

いつもかんかん森を見守り、支えてくださるみなさん、ありがとうございます!

(21:00)

2018年06月23日

今年は15周年という節目のお祝いということもあり、時間をかけてイベント係を中心に計画してきました。
前夜のうちに会場準備がスタート。

子どもたちも一緒に、風船を沢山用意しています。
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過去の住人たちが作ったという「かんかん森かるた」をあちこちに貼っています。
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どんな内容なのかしら? 1枚見てみると…
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なるほど! 今もいるいるこんな住人!(笑)
今も昔も変わらないんですね。

明日、素敵なパーティになりますように!

(22:00)

2018年06月10日

6月はかんかん森全体がとても忙しい時期です。
5月で期が終わって6月から係のメンバーが入れ替わり(前期から引き続きになるメンバーも一部いますが)、第2日曜には1年の総まとめとして総会を行います。
総会では、会計報告だけでなく、すべての係・グループの活動を振り返り次の1年の計画も共有します。なので時間がかかります。
年によっては朝9時スタート、昼食をはさんで午後さらに総会が続いたこともありました。。。

今年はプロジェクターを使い、進行も時間短縮を意識して、12時前に終了!
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お昼はコモンミールです。
当番さんが前夜のうちに準備してくれたカレーをみんなでいただきました。
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午後は毎月行っている定例会がありましたがこちらもさほど時間はかからず、今年の6月第2日曜は早めに終わったのでした。


ところで、記録係メンバーの大文字Mと小文字mについて、いつか書こうと思っていたので今日書かせてください。
体の大きさや年齢というわけではありません。
(年齢はMが少し上ですが、大文字小文字ほどの大差はないはず 笑)
たまたま先に係になった私が大文字を使っていたので、後から入ったmさんが小文字になってしまっただけなのです。

総会が終わると、次は24日にある15周年パーティの準備です。
かんかん森の6月はとにかく忙しい!

(22:00)
かんかん森The Interview第7回は、シェフとして忙しい日々を送る夫君のKさんと、はにかんだ表情がなんとも愛らしい5歳のM君とともに暮らすIさんの登場。まだ引っ越してきて1年も経たないのに、かんかん森でヨガのレッスンを受けられるようにアレンジしたり、子ども達にアートのワークショップを開催したりと大活躍のIさん。さて、今回はどんな風に話が展開するかな?

 

聞き手:かんかん森に引っ越してこられて8カ月くらいになると思いますが、ここの暮らしはどうですか?

Iさん:子どもにとって良かったと思ってます。以前は賃貸マンションに住んでましたが、住人の中に子どもは2人くらいしかいなくて遊び相手も少なく、Mは私と一緒に部屋にいることが好きな子でした。でも、今は遊び仲間が一杯いるので楽しいみたいです。「○○君ん家行っていい?」と自ら積極的にお友達の家にも行くようになって、活発になったなと思います。

聞き手:(Iさんの隣にちょこんと座っているM君に)M君は、かんかん森に引っ越してきて楽しいですか?

M君:うん、楽しい〜!

聞き手:よかったね〜。子ども同士で良い影響を与え合っているみたいですね。Iさんご自身はどうですか?何か変わりました?

Iさん:そうですね、少し変わったかなと思います。私は人と関わるのが苦手だと思っていたんですけど、ここで記録係や防火管理係を担当して、同じ係の人達と一緒にやっていくことで楽しくなってきました。他の(かんかん森の住人ではない)人に係の事とかを話すと「大変そうだね」と言われて、あまり分かってもらえない感じですけど。

聞き手:そうでしょう。でも、係の仕事やコモンミールがなければ交流が生まれず、コミュニティも形成されていかないですもんね。

Iさん:そうですよね。うちの場合、夫は仕事が忙しくて家にいないことが多いので、ほとんど私一人で子育てをしなければならなくて。これでもし前のようにマンション住まいだったら、私、爆発して夫に八つ当たりしていたかもしれません(笑)。でも、ここの場合、皆さんに助けてもらえて、母子2人きりの状態にならないので、すごく助かりますし嬉しいです。夫はそういう意味でもここに引っ越してきて良かったねと言っています。

聞き手:夫君のKさんご自身はどうですか?すごく多忙なのに、毎月1回コモンミールを担当し、そして係の仕事もありますし、大変では?

Kさん:大変ではありますけど、それ以上に良いことが多いと考えているみたいです。

聞き手:なるほど。そういうお話を聞くとすごく嬉しくなります!ところで、Iさん、最近かんかん森の子ども達対象にアートのワークショップをされてますよね。前からお聞きしたいと思ってたんですが、ああいうことは以前からやってたんですか?そのスキルをどうやって身に付けたのかと。

Kさん:やったことはなかったんですけど、子どもに教えることに興味はありました。それで、まずは子どもとの関わり方について学びたいと思っていろいろ調べたら、チャイルドマインダーという資格があることを知って、その勉強をしたんです。

聞き手:チャイルドマインダー?

Kさん:そう。子どもひとり一人の個性を尊重して自立心を育んでいく、質の高い関わり方が学べるんですよ。

聞き手:その資格を取ったんですか?

Kさん:はい。それで、かんかん森入居前にコモンミールに来たときに子ども達の様子を見て、もしかしたらここで何かできるかなと予感しました。

聞き手:そうだったんですね。それで実際に「アトリエもりこや」を始めたというわけですね。ちゃんと実現していてすごい!この前、ここでプラスチックの材料でアクセサリーなどを作るワークショップをやってましたね。普段、やんちゃで動き回っている子ども達が真剣な面持ちで取り組んでいたのがとても印象的でした。これまでワークショップは何回実施されたんですか?

Iさん:3回です。1回目はモンスター作り。子どもが頭からすっぽりかぶれる等身大の大きさの紙袋を作って、目のところはあらかじめくり抜いておいて、子どもに「さあ、モンスターを作りましょう」と言って、好きなように紙に色を塗ってもらうんです。

聞き手:確か、それ、コモンテラスのプランター作りの日にやってましたね。色とりどりのモンスターができて、子どもってクリエイティブだな〜と感心してました。2回目は?

Iさん:人型作りに挑戦しました。

聞き手:ひとがた?へえ〜、どんな風に作るんですか?

Iさん:大きい紙の上に子どもを寝かせて、別の子どもが寝ている子どもの体の輪郭を描くんです。同じ紙に複数の子どもに寝てもらって線を重ねていく、すると不思議な輪郭ができますね。輪郭を描いたら周囲をいろんな色で塗るんですが、ワークショップの時はみんなエキサイトして塗りすぎて人型が見えなくなっちゃいました(笑)。今、廊下に張り出してありますけど。

聞き手:ああ、あのものすごいいろんな色で塗りたくってある(失礼!)あの作品ですね!何だろって思ってました。正に爆発しちゃったゲージュツだわ!(笑)

Iさん:(笑)それで3回目があのプラ板作りです。

聞き手:あれ(プラスチックに絵を描いた後)、小型のトースターで焼いてましたでしょ。焼かないでも完成させられそうだけど、焼くとどうなるんですか?

Iさん:焼くと、色が鮮やかになったり、艶がでたり、プラスチックに厚みが増したりして変化が楽しめるんですよ。

聞き手:へえ〜、それはおもしろそう。どれも大人がやっても童心に帰って楽しめそうですね。私もトライしたいです!そういうワークショップのアイデアはどこから?

Iさん:実際にそういうことをしている知り合いにお願いして教えてもらうことが多いですね。会社の隣の席の女性もそういうことをしていて、いろんなアイデアをいただいてます。

聞き手:確か、かんかん森に来てくださっているヨガの先生もIさんの同僚の方ですよね。ユニークな活動をされている方が多い楽しそうな職場ですね〜。ところで、Iさんはもともと美術系の人なんですか?美大出とか?

Iさん:そう、、武蔵美の短大を出てます。

聞き手:おっ、やっぱり!「早く言ってよ〜!(笑)」専門は何ですか?

Iさん:油絵です。人物画を中心に描いてましたね。

聞き手:どんな人物画ですか?写真を見て描くとか?

Iさん:実在する人ではなく、空想上の女の子の絵を描くことが多いですね。

聞き手:そうですか!私も油絵を描きますけど、写真の通りに描くんではなくて、自分のスタイルを確立したいと思って、今、修行中なんです。私も早くIさんみたいに自分の画風を持てるようになりたいな〜。好きな画家はいますか?

Iさん:そうですね〜、マレーネ・デュマスという女性画家が好きです。人物を描く人ですが、以前、展覧会に行って、すごい衝撃を受けたんです。私の画風も影響を受けたと思います。

聞き手:デュマス――。聞いたことありませんでした。チェックしてみます。
*マレーネ・デュマス:(1953年〜)オランダ・アムステルダム在住。出身国の南アフリカがアパルトヘイト(人種隔離政策)の下にあったこともあって、主に人種差別をテーマにしたポートレートを描く。

聞き手:Iさんのワークショップで子供たちがつくった作品、もし今年も秋祭りでコモンダイニングをカフェにするなら、壁などに展示したら面白いんじゃないかしら?それこそ、Iさんの作品も!

Iさん:そうですね〜。実は9月は有志3人でグループ展を浅草でやろうって企画しているので、すごく忙しくなりそうなんですよね。。

聞き手:ご自身の展覧会ですか?すごい!これまでにもやったことはあるんですか?

Iさん:はい、子どもができるまでは、年に1,2回、声を掛けられて作品を出してました。今回は子どもができてから初めての展覧会で、これから作品を作らなきゃいけなくて。。

聞き手:9月なんてもうすぐだから、がんばらないといけませんね。

Iさん:そうなんですよ。眉間に皺を寄せて歩いているのを見かけたら、ああ、追い込みかけてるんだなと思ってください!(笑)

聞き手:了解!これから「アトリエもりこや」をどう展開していきたいと考えてますか?

Iさん:とりあえず、月1回のペースでワークショップを実施して、経験を積んでいきたいなと思っています。とにかく、子どもは正直で面白ければ熱中してくれるし、面白くないとすぐ他のこと始めるので、注意力をどう保ってもらうかという意味でも、とても勉強させてもらってます。いずれはかんかん森だけでなく他のお子さんも呼んだり、あるいは出かけたりして活動を広げていければなと思っています。

聞き手:いいですね〜!子ども達はみんなクリエイティブだと思いますけど、そのポテンシャルがIさんによってどんどん伸ばされていく。大人も伸ばしてほしい!(笑)

Iさん:そういえばこの前、Nさん(かんかん森のママ仲間)と話していてアドバイスをもらったんですけど、かんかん森内外の人たち対象に、夫が親御さん向けの料理教室、私が子ども向けのワークショップを同時開催しても面白いんじゃないかと。そういう視点で考えたことがなかったので新鮮でした。住人の皆さんからいろんなアイデアをいただけるのもかんかん森に住んでいていいなと思うところですね。そうそう、「アトリエもりこや」も、自分でもやれるかなという予感はあったんですが、最終的にはNさんや他のママ仲間から背中を押されて踏み切れたんですよ。

聞き手:そうだったんですね!挑戦を後押して応援してくれる仲間がいるのもここのいいところですよね。「アトリエもりこや」の活動拡大に向けてぜひがんばってください!

「森の風だより」(かんかん森の情報リーフレット)に載せる挿絵とか飲物のビンのラベルなどを作ってと言われて、最初はちょっと負担に思ったけど考えているうちに案外できるかもと思えてきたと語るIさん。そう、かんかん森は大人になっても新しい自分の発見ができるところ!

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(08:29)

2018年06月06日

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メインの鶏肉は2種類の味付け。手前に写っている方は梅としそで香りもさわやかでした。
付け合わせのジャガイモは、日曜に菜園で収穫したものです。
その様子も紹介しますね。

ジャガイモは、花が咲いた後、葉が黄色くなってグッタリした頃が収穫時期です。
根元に大小さまざまなジャガイモが付いているのがわかるでしょうか?
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この日収穫したのはメークインと男爵。
細長い形がメークイン、丸っこいのが男爵です。
小さいおいもも、よく見ると形が違っていてどちらの種類かわかります。
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記録係M


(22:00)

2018年06月03日

平日ありがたいコモンミールは、週末も、お出掛けから戻った後に支度しないで食事ができる、やっぱりありがたい存在です。

今日の主役は、コーンもひき肉も沢山入ったキーマカレー。
さわやかなサラダと、香り高いディルのスープ、またまた撮り忘れましたがデザートもありました。

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かんかん森は6月から新年度になります。
係のメンバーも新年度を境に入れ替わりますが、記録係は前期と同じ二人が今期も継続することになりました。
これからまた1年、かんかん森のいろいろなシーンをお伝えしていきたいと思います。

記録係M


(22:00)