塞翁がジャジャ馬ー60代でも乳房再建ー

アラ還の主婦です。2011年に乳がんの手術を受けました。 右全摘、腋窩リンパ節郭清手術後、半年の化学療法を受けました。 2015年10月、自家組織による乳房再建(副直筋皮弁方)。 2016年7月、修正手術。 抗がん剤の後遺症で手足の末梢神経障害があります。 今は無治療ですが元気です。

明けましておめでとうございます

と言っても、もう今日は4日。
三が日はあまりいい天気ではなかったが、今日は寒いけどいい天気。
雪の鈴鹿山脈が綺麗‼️
写真だとよく分からないけど、いつもよりずっと近くに見えるような気がする。
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このお正月は娘と孫達は来なかったので、とても静かでノンビリとしたお正月だった。
婿殿は神職なので、お正月は忙しく、ほとんど神社に行ったっきりになるため、大抵は我が家に来ていた。
でも、婿殿が寒い誰もいない家に帰るのは可哀想と、一番下の孫④もあまり手がかからなくなったこともあり、家にいることにしたようだ。
おかげで私たちは久しぶりにノンビリできた。でも少し寂しいお正月だった。

元旦に、次男と彼女が昼過ぎにやって来て、一緒に新年を祝って乾杯し、御節を食べた。
彼女と仲良く暮らしている様子に一安心。
長男達が来るまで待っていて欲しかったが、あちらのお家もお姉さんが来て待っているとのことで、一足違いで帰っていった。
その後直ぐに長男達が来て、来年はみんなが揃うように時間を調整しなくっちゃね。

夜は夜で長男夫婦と一緒にお祝い。
朝は夫婦だけでお祝いしたから、この日だけで3回も乾杯して、お酒を飲んでしまった。
流石に少々飲み過ぎたかも。

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御節もいつもよりこじんまり。

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義姉から頂いた蛤を土鍋で酒蒸しにしたら、美味しかった。
孫たちがいたら、こんなにゆっくり食べたり飲んだりできない。
嬉しいけど、今頃娘は一人で大変だろうなと思うと少し胸が痛む。
今度は私たちが奈良に行ってやろうかなぁ。 (御節を持って)

昨日、次男は彼女と一緒に暮らすために家を出て行った。
同じ市内とは言え、車で30分はかかる所に1LDKの部屋を借りて同棲生活を始めた。
結婚を前提としてという事で彼女のお母さんにも許可していただいたそうだ。
もう30を過ぎた息子に対して、親として許可も何もあったものではないが、彼女と仲良く笑って暮らしてくれたら、こんなに嬉しいことはない。

前日、ワンボックスのレンタカーを借りてきて、家に届いていた組み立て式のベッドや衣装ケースを夫と一緒に詰め込んでいた。
そして今日、私は仕事で手伝えないが、彼女と彼女のお母さんと一緒に、身の回りのものを運んだ。
何度か荷物を取りに行ったり来たりして、夜遅くに「もう今日から向こうに行くから。じゃあ」と言って、出て行った。
最後の荷物を運んで車に積んで、「彼女と仲良くね。車の運転、気つけや」と言って、車が角を曲がるまで見送った。

空の巣症候群という言葉があるが、今まさに我が家はその状態になってしまった。
ホッとした反面少し寂しい。

結婚して娘が生まれるまでは二人だった。

1年半後、娘が生まれて3人に。
その3年半後、長男が生まれて4人。
その2年後、四日市に転勤になったと同時に夫の祖父母両親と同居となり、一挙に8人家族になる。
そのまた1年半後次男が生まれて9人に。

次男が4歳の時に義父が亡くなり、翌年お祖父ちゃんが亡くなり、7人家族。
これが10年ちょっと続いた。

娘が結婚して6人になったのは2005年。
そして2008年には義母が亡くなって5人。
2009年に長男が就職して大阪へ行ってしまって4人になり、直後におばあちゃんが亡くなって、とうとう3人家族に。
そして今日から又2人きり。

猫の悟空ちゃんを次男が連れてきたのは6月。
彼女と付き合いだしたのは夏頃だったか。
自分が家を出ることになるとは思っていなかっただろうが、なんだか空の巣にならないように次男が置き土産をしていったようになってしまった。

土日が休みではない次男のせいで、休日の朝寝坊ができなかったが、これからは朝寝坊ができると思っていた。
が、しかし---
朝6時半、悟空がお腹を空かせてニャーニャー鳴いて起こされた。

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やっぱり朝寝坊は無理のようだ😞

前回の更新から随分日にちが経ってしまった。

この所忙しくて、なかなかiPadに向き合えない。
本来の塾の仕事ではなくボランティアだけど、必要とされていると思えば、ついつい頑張ってしまう。

乳頭再建後の抜糸は20日。ちょうど手術から一週間後。
月曜日はW医師は午後だけという事で14時に病院へ。
午前中より空いていて、これならいつも午後にした方がいいかも知れないと思った。

全部抜糸するのかと思っていたが、一部分もう少し待った方がいいとの事で、来週の月曜日に残りを抜糸することになった。
お風呂にはもう入ってもいいらしい。
ただ、やはり圧迫しないように、ガーゼを何枚か重ねて穴を開けた物で保護するように言われた。

痛みとかはほとんどないけど、時たま、再建胸の奥の方でチクンとするような痛みを感じることがある。
神経が繋がってきているならいいけど……
縫ったところは 見た目は痛々しい。乳頭の周りの脂肪を取ったところが内出血して青黒くなっている。

その一週間後、全部抜糸できた。もうガーゼを当てなくてもいいとの事。
次回は手術からほぼ一ヶ月後の12月18日。

この秋は何回も綺麗な虹を見ることができて、何かいいことの前兆ならいいのにと思っていた。

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夏頃からテニススクールに行き始めた次男は、えらく熱心に練習に行くなあと思っていたら、新しい出会いがあったようで、
本当に何年ぶりかで女の子を連れてきた。

いつもは長続きしない事が多いんだけど、今回は結構続いている。
いつも家では素っ気なく無愛想なのに、彼女と楽しそうに話しているのを見ると、今回は大丈夫かなと期待してしまう。
それどころか一緒に住もうかと言う話も出ているらしい。
それならいっそ結婚したらいいやんと言うと、まだ付き合いだして半年も経っていないから早すぎるやろと言う。
それもそうだねと、案外いろいろ考えているんだと妙に納得。

ついこの間までは、俺は結婚なんかしないなんて言っていたのに、変われば変わるものだと思っていたら、自分でもそう思っていたらしい。
縁というのは不思議なものだ。
まだまだこの先どうなるかわからないけど、独身主義でもなかったんだと分かって、親としては一安心。

この年末は、彼女の亡くなったお父さんの故郷である九州に一緒に行くらしい。

このままうまくいくといいな。

11月15日、乳頭再建から二日。

11時半の予約だが、おそらくかなり待つことになりそうな気がしていた。
予約でいっぱいのところに無理矢理押し込んだ感じだったので。
やはり、呼んでもらったのは13時少し前。

W医師は今日は午前中だけだったかなとスマホで病院のホームページを見ていたら……なんと‼️

F医師の名前が載っているではないか。
かの有名なT医師の助手を長く務めて来られた方。

T医師が名古屋へ行かれた後、後任のK医師と一緒に私の腹直筋皮弁法による乳房再建をしてくださった医師である。
仕事が丁寧で、優しくって、その上かなりのイケメン。
F医師がどこかへ移動された時は残念で、どこへ移動されたのか調べたけど分からずじまいだった。
きっとどこかで腕を振るっておられるとは思っていたが、まさか又四日市に帰って来られるとは!

それに、今度は医長になっておられるし、
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会責任医という肩書きも付いている。
きっとT医師がおられた頃のように乳房再建の患者さんが増えるだろうな。

もう少し早く復帰して下さっていたら、私の修正手術もお願いしたのに、残念!
今の主治医もきちんと治療して下さっているけど、F医師は乳房再建のスペシャリストになる人だと思う。

そんな事を考えていたら、やっと名前を呼んでもらい、診察室へ。

ガーゼを取ると、少し汚れているだけで、ほとんど出血していなかった。良かった。

今日からはもうシャワーもオッケー。ただ、胸まで浴槽に浸かるのはダメ。
乳頭には触らずに、お湯でそっと洗い流すだけにして、その後ワセリンを塗っておく。
ガーゼに穴を開けたもので乳頭を保護して潰れないようにする事。
とにかく、そおっとしておくようにと言われた。

抜糸は一週間後と言う事で20日の午後になった。

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ストーブが付いていると、大抵この位置にいる悟空ちゃん。

眠そうだね〜😪

前回の記事では乳頭再建の方法について、あまり詳しく書いていなかった。
乳頭再建については様々な方法があるが私の場合は皮弁立ち上げ法といって、移植した腹部の皮膚の一部を切開し、まあるく形作って縫合するというものである。
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分かりにくい図で申し訳ないが、完全に切り取らずに一部分だけ繋げたまま皮弁をカットし、丸めて縫合す
る。
出来上がった乳頭は丸くて可愛いという表現がぴったりのものだった。
もちろんこのままの形ではなくなるだろうけど、形成外科の医師の腕前には感心するばかり。

家に帰ってから、洗濯をして買い物にも行き、全く普段どうりだった。

夜になり、胸は濡らさないようにと言われていたので、下半身浴をしようと服を脱ぐと、テープの隙間から見えるガーゼが真っ赤になっていた。
前の部分麻酔による修正手術の時は全くそんな事はなかったので、少々心配になった。
テープは防水のものではないし、夜眠っている間に染み出して来たらどうしようと思った。
それ以上出血している様子は無かったのだけど、あまり眠れなかった。

朝になり、もう一晩こんなに心配しながら過ごすのは嫌だと思って、病院に電話した。
今すぐ来れるなら別の医師だけど診てくれると言うので、化粧もしていなかったが飛んで行った。

診てくれたのは若い女医さんで、見たところ妊娠されているようだ。
こんな先生いたっけ?と思いながら状況を説明する。
テープとガーゼを外すと、やはり一番上のガーゼまで真っ赤になっていたが、もうそんなに出血はしていないとの事。
血液が中に溜まらないようにドレーンが挿してあるので、そこから出た血液なので心配ないと言われた。

言葉遣いも丁寧で優しくって、ホッとした。
ガーゼを何枚か重ねて丸く穴を開け、乳頭が潰れないように保護してからガーゼで覆って止める。
は〜良かったぁ。これで今夜は安心して眠れる。

一応明日も予約通り来てくださいと言われたので、3日連続の通院となる。

ーーつづく

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