絵を載せたりするブログ


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姉帯さんの村と遠野との結びつきについて少し考えてみました。
宮守探訪記事の後で上げようと思っていましたが、先にこっちの方が出来てしまったのでもうアップしてしまいます。絵はないです。
考察と言えるほど根拠のあるものでもないので、こうもコジツケられるよね、くらいの軽いテンションで読んで頂けると幸いです。

オンリーの情報はもちょっとお待ちください。
上手くしたら、新刊が出ます。上手くしなかったら出ません。す、すみません…





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・姉帯さんの村の所在地について

まずこの記事を書こうと思ったのは、一年ほど前、私的素敵ジャンクさんの姉帯豊音と山女についてという記事を拝見したことがきっかけでした。宮守女子のメンバー一人ひとりに関する興味深い考察を連載されていて、当時毎回更新を楽しませていただいておりました。以下記事を一部引用します。
  • 姉帯さんの住んでいる村はどこにあるのか?
結局、姉帯さんと六曜の繋がりについては謎のままなんですが、それを解くカギとなるかもしれないと個人的に思っているのが彼女が住んでいる村についてです。(中略)
第93局[歓迎]の1コマ。また、この時の時間は18時50分である事が別のコマから確認できます。宮守女子のモデルとなった遠野高等学校情報ビジネス校は宮守駅から徒歩15分です。これらの情報から考えると彼女がいう次の電車は上り、あるいは下りの19時15分の電車の事で間違いないと思います。とすると、彼女が住んでいる村の最寄駅は宮守を19時15分に出発するとギリギリ最後のバスに間に合う駅という事になるんです が…ちゃんと調べたわけではないので断定は出来ないんですが、この条件に当てはまる駅ってわずかしかないと思われるんですよね。岩手県交通のHPを見る限りだと北上駅と花巻駅ぐらいかなぁ。という訳で、姉帯さんの村がこの辺りにあるのではないかと仮定して彼女と六曜を繋ぐ何かがないか考え中です。


これを読んで、姉帯さんの村は一戸(いちのへ)の旧姉帯村にあると何の疑問もなく思っていた私は激しく動揺しました。
もうすでに頭の中では姉帯さんが一戸から宮守まで毎日新幹線通学し、卒業後は二戸に新居を構え、春には一緒に三戸城で花見をし、初夏には連れ立って八戸にウミネコを見に行く予定だったからです。
ウミネコの飛び交う頭で慌ててジョルダンを開くも、姉帯を走る岩手県北バス・面岸線は一戸駅から乗るとして終バスが16時台という有様。検索するまでもなく、19時15分の電車では間に合わないことを確認しました。
設定キチと名高い立先生がこれを考慮してないなどありえるだろうか?ああ…。


そんな折、水沢に漢字は違えど同じ音を持つ地名、姉体(あねたい)があることを知りました。
姉帯さんの村候補に姉体が浮上です。

anekarada
岩手県奥州市水沢区姉体(旧胆沢郡姉体村)

旧姉体村は県南奥州市にあります。
村は1954年に廃止され今は姉体町として地名が残っています。
さて、バス停は「姉体」としまして、系統は正法寺線・生母線・大平線。岩手県交通。
平日用時刻表をチェックすると、こちらもまさかの17:11分がラスト…。
つまりは、一戸の姉帯であろうと水沢の姉体であろうと18:50分に宮守を出発して最終バスに間に合うのは不可能だという事なのでした。
加えて言えばこの姉体、水沢市街から近いです。ぶっちゃけ言って都会です。更に言うと山が全くないので、皆が持っているであろう”姉帯さんの村のイメージ”とは程遠いです。

やはり姉帯さんの村は一戸でも水沢でもなく、花巻・北上近辺なのでしょうか?
バスを信じるならばそうなってしまうんだろうけれど、それは個人的にイメージじゃないなあ…。
何故と言われても説明できませんが、姉帯さんには何処となく県北の人の印象を受けるのです。なのでどうせどちらもバスが間に合わないのなら、やっぱり私は姉体よりは姉帯を推していきたい。現実に姉帯姓が多いのも一戸・二戸の方だし。

aneobi
やっぱこっちだな…

何より、「岩手から来ました姉帯豊音です」「ここも岩手だよ……ってでかっ!
という遣り取りがあったことを皆さん覚えていると思います。
あのセリフから姉帯さんが「もうここは岩手じゃないんだろーなー」って思っちゃうくらい、相当な距離を移動して宮守に来たと推察できるのではないか、と考えました。
バスや電車に乗ればすぐに隣県に出られたり、生活圏が当たり前のように複数の県に跨る都市圏と違って、(もちろん場所にもよりますが)岩手で「県外に出る」って余程のことです。
それが北上や花巻、ついでに水沢付近からだとすると、感覚的にちょっと近すぎるかなあと…。あまり村外に出たことがなかったので、姉帯さんのそこんとこの距離感が一般人とは違ったという可能性も無きにしも非ずなのですが…。



・四門九戸の制


前置きが長くなりました。ようやく本題です。
そんな訳で姉帯さんと一戸旧姉帯村を結びつける何かがないか考えた結果、思い付いたのが岩手県北・青森東部に広がる「戸(へ)」にまつわるあれこれでした。

nukanobu
緑部分は現青森、紫部分は現岩手

これが戸(へ)。
東北の方はご存知かと思いますが、この辺り一帯には一戸から九戸まで、数字の付いた地名が並んでいます。
一戸から出発してズンズン北上、七戸でUターンし、時計回りで九戸で岩手に帰ってきます。
一戸二戸は知らなくとも、青森の港町・八戸は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。今でも四戸以外は全部地名として残っています。
ちなみに現在一・ニ・九戸が岩手県、それ以外は青森県に属します。
半分以上が青森県で岩手関係ないやんと思われるかもしれませんが、このへんは昔おんなじ南部藩だったのでまぁ些細なことです。

かつてはこの「戸(へ)」の地域を糠部(ぬかのぶ)郡と呼びました。
糠部郡(ぬかのぶぐん)とは、かつて陸奥国にあった郡。現在の青森県東部から岩手県北部にかけて広がっていた。
糠部郡には、「四門九戸(しもんくのへ)」の制がしかれていた。 四門九戸の制とは、糠部郡を東西南北の四つの門と、一から九までの「戸」に分けるものであり、糠部郡内の主な地域を一戸~九戸に分画して余った四方の辺地を東門、西門、南門、北門と呼んだと思われる。
wikipediaより引用。
注目してほしいのは四門九戸の制についてです。

一から九。
東西南北。

あーこれ、麻雀ですね。三元牌まで揃っている札幌には敵いませんが(発寒だけは区じゃないんだっけ)、おしりが統一されてて美しい。
で、思い出したのがトシさんの「自然と牌のある場所に足が向くのさ」というセリフ。
シロはボケで流していましたが、何だか異質な香りのするセリフでした。
牌のあるところに足が向くという特異体質のトシさん、数牌と風牌の揃っている旧糠部郡に向かっても不思議じゃないです。不思議じゃなくない?

「こっちに来る時に少し遠回りをしたんだけどね」「そこで面白い子を見つけたのよ」
トシさんのいう「遠回り」とは、一気通貫を作るように、もしくは局を進めるように、糠部をぐるっと一周りしてきたという事ではないでしょうか。なるほど遠野に行くには大分遠回りです。
そして一戸で、姉帯さんを見つけたと。

この理屈でいくとトシさん岩手に来る前に京都とかにも寄ってそう。

omogisi
旧姉帯村の中で、何の根拠もないけど私が勝手に姉帯さんの集落があると思っている”面岸”の場所はここ(面岸についてはこちらの記事をどうぞ)。
位置的に一と九のちょうど狭間あたりというのも、何だか急に暗示的な気がしてきましたよ。



・十番目の戸

そんで、四門九戸がどう遠野・宮守に繋がるかというと、遠野は十番目の戸、「とおのへ(拾戸)」だったという説があります。
これに関しては拾は遠野ではなく十和田のことだとか、元より拾は存在しないとか、いやそもそもトオノはアイヌ語だとか、色んな意見があります。
ぶっちゃけ私自身「遠野=拾戸」は眉唾だと思ってはいるんですが、今回はそういう説が「存在する」ということが重要なので真偽性はおいておきます。(今見たら遠野市のwikipediaにも言及がありました。へええ…)
まあ、麻雀に10はないからハナから関係ないと言われると痛いところなんですけれど。大局的な流れとしてはアリ…かと。
救世主たるトシさんが、地元の村に閉ざされていた姉帯さんを一の戸(と)から九の戸まで開いて拾戸(遠野)に連れて行ったという読み方もできるかもしれません(口では何とでも言えるなぁ…)。

1-10
トシさんによる姉帯さん引き抜きは、一(姉帯)から十(遠野)までを駆ける壮大なストーリーだったのかも、などと。


ともかく、トシさんが一戸から拾戸までを辿って宮守に来たとすると、ひとつ上手く説明できるようになるかもしれないシーンがあります。

10巻第85局、トシさんの乗った電車に塞さんが塞ノ神パワーで気付くシーン。めがね橋の上を走っていたことから、トシさんは釜石・遠野方面からの上り電車に乗って宮守にやってきたということが分かります。
これ、実は結構難易度の高い乗り方です。福岡から来たトシさんは、素直に宮守に行こうとするなら花巻からの釜石線下りに乗るはず。
上り線に乗るには一旦何らかの方法で沿岸側に出なければなりません。
なんでこんな不自然な乗り方をしたかといえば、九戸を走る340号線をそのまま下り、東北本線に戻らずに遠野を経て宮守に来たからではないでしょうか。

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ないでしょうか。とか書きましたが、いかんせん九戸から遠野に行ったことがないので実は完全に想像です。参考にしようと二戸出身の人に質問を投げてみましたが歯切れの悪い返答でよく分かりませんでした。そもそもやっぱり九戸から遠野に行った経験がないとのことでした。まあ、そうだよね。
後、今は北リアスが全線復旧してないからというのもあるかも。
九戸-遠野間はどう移動するのが自然なのか、地元の方の情報お待ちしています。



・姉帯さんと六曜について

「姉帯さんの村と遠野との結びつきについて」は以上で終わりです。
最後におまけとして、六曜についても少し…。

結論を先に言いますと、姉帯さんと六曜を結びつける「これだ!」という説は思い付きませんでした。
上記の糠部=麻雀説を考え付いたのが一年ほど前で、六曜について何か確固たる考察ができたら合わせて記事としてアップしようと目論んでいました。しかし一年間これというひらめきは終ぞ生まれず…。
が、ここにきまして、アニメにおいてエイスリンちゃんの能力描写の大幅な追加があり、姉帯さんの六曜に関しても何かしら大きな補足が来るのではないかという希望が持てました。
そんなら、アニメの前に現時点での予想を未熟でも出してしまおう、と気変わりした訳であります。

さて、何とか糠部と六曜を結びつけられないかと捏ねくり回しているうちに妄想は飛躍を重ね、珍説がいっぱい生まれました。説明するのも恥ずかしいのでここには書きませんが、まあ…こじつけの域にも達せていないものばかりでした。(九曜、七曜、五曜までは何とか繋げられるものが見つかるんだけど、六曜だけはサッパリ見当たらないんだよなぁ…)
なので一番マシなのをひとつだけ。



kappahaha


糠部糠部言っててアレですが、出典は立ち返っての遠野物語です。
偉大な先人ブロガーさん達の研究もありまして、姉帯さんの外見のモデルが山人というのはもはや揺るぎないでしょう。六曜についても先行研究が多くありますが、遠野物語との間にはどうも繋がりが見付けられないようです。
そこで遠野物語の山人に関するエピソードの中から、”六曜そのもの”ではなく、組み合わせることでリンクさせられそうなものを引っ張ってきました。


107話。長身の山の神に見入られて占いの術を得る娘の話が出てきます。娘はその後”山の神の子”になります。
続く108話には、このように山の神によって占術を得た人が他にもいることが書かれています。(ただこちらの話では占術とは「人の心を読む」こととされています。)
まずこの山の神(=山人)から授けられる占術についてが一つ目。

次に、作中で度々出てくる六角牛(ろっこうし)山についてです。
六角牛は早池峰・石上と並ぶ遠野三山の一つで、特筆すべきは遠野の中でも突出して山人に関する話の多い山ということ。
そして気になるのは、豊音の名前の由来になったのでは?とも言われている山女「トヨ」の登場する遠野物語3話も、六角牛山での出来事だったとする資料があることです(菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」より)。

六角牛山のふもとには六神石(こちらも読みは「ろっこうし」)神社があり、大小合わせて六つの社があるそうです。一説には元々”六人の皇子”で六皇子(ろっこうし)だったのだとか(ご神体はなぜか遠野と縁の薄い住吉三神らしい…)。
この辺は孫引きですが、ともかくやたらめったら「六」と関係が深いことは分かりました。
これが二つ目。


で、この二つ、即ち「」+「占術」を合わせて六曜なのではないか?
というのが、私の考え得る現時点での仮説です。
六曜は暦注で、占いとしての性格を色濃く持っています。
占術も六角牛山も、どちらの要素も山人にリンクします。
力技なのは否めませんが、そんな感じで。


………。
…………………。
県北に姉帯さんのルーツを見出そうとして書き始めた記事なのに、最終的に遠野に回帰してしまいました。ちょっとした敗北感があります…。
ともあれかくもあれ、アニメでの六曜の描写追加を楽しみにしています。




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以上です。
考察っぽい記事は初めてで、試行錯誤しましたが何とも読みづらい文章になってしまいました…。すみません。
長くなりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。


kappakun
おわり



Comments

    • わーい's comment
    • 2014年02月15日 16:43
    • 本気のプレゼン、惚れ惚れと拝聴させて頂きました!

      実際の交通機関では、姉帯・姉体、いずれも時間切れとなれば、
      ダイヤの問題は一先ず横に置き、視点は環境や曰くに向きますよね
      そこへきて、つんさんの示される要素は非常に魅力的で、心動かされました
      何より、ここまでに相当なお時間を移したかなと思わされます…

      ところで、「牌に足向く」発言のトシさんですが、あの直後
      顔も知らぬ4人目の面子、胡桃ちゃんの入室を察知していたような様子で
      シロ塞に対局を持ちかけていました
      あの素振りによって、トシさんの第六感を言葉通りの「牌に足向く」に限るよりは
      「雀士の気配諸々まで察する」という点にまで広げて解釈する事も可能と思います

      このことは、四門九戸⇔姉帯さん間の繋がりに直接には働きかけません…が、
      トシさんが単なる有能なスカウトマンでなく、そのような第六感を主な頼りにして
      日本各地を巡ってきたのでは、ということへの予想に繋ぐことはできます

      ひいては、その活動の傾向がトシさんに、敢えて四門九戸の地への「遠回り」をさせた
      とすればつまり、トシさんが姉帯さんと出会ったのは、北岩手の一戸?
      で、しかもその後、しっかり九戸側まで見て通ってきた?
      だから最終的にめがね橋経由?
      と言った風に、間接的に結びつけることができるのかな、と思います
      やはり力技なのと、九戸~遠野間の具体的な交通手段もやはりわかりませんが…

      でも、本当に四門九戸というのは眼の覚めるような要素ですね!
      思わずおおと言ってしまいました、トシちゃんに道を指し示されたとよねの如く
      いずれにしても、今後のアニメがどのような展開を見せてくれるのか
      まったくもって楽しみですね
    • たぬき's comment
    • 2014年02月15日 22:34
    • 花巻市から一戸町までの距離は100kmあります。それに宮守から一戸町や九戸村までバスがあるという話は聞いたことがありません。でも、豊音の実家は二戸市周辺にあるのだと思います。
    • 姉帯さんかわいい's comment
    • 2014年02月15日 23:36
    • 読み応えのある考察、どうもお疲れ様でした。
      実際の歴史ドキュメンタリーを読んでいるようで非常に興味深かったですし、何より姉帯さんファンとして
      ここまで深い考察を行って頂けたことを感謝いたします!

      姉帯さんの出身地については私も気になっていたのですが、調べれば調べるほど謎が多く、迷宮入りしておりました。
      トシさんの「村」という言葉を信じれば、現九戸村あたりが有力かと思っていたのですが…。
      あと、九戸から遠野への移動は、九戸~久慈~宮古~釜石~遠野というルートになりそうですね。
      九戸から久慈に出るまでのルートがバスでしか移動手段が無く、ネックです…。

      四門九戸の制と麻雀の関連性についてはただただ感心です…。
      改めてつんさんの知識の広さ、考察の深さ、そして宮守愛の強さを痛感いたしました。
      いち宮守ファンとして是非見習いたいです…。

      …いっその事、宮守好きの人を集めて学会のようなものを開いたら面白いかなと思ったり。

      最後ですがオンリーの新刊、上手くいくことをお祈りしております。
    • 姉帯さんかわいい's comment
    • 2014年02月24日 21:41
    • 連続での書き込みになりますが、失礼いたします。

      姉帯さんの村の検証についてですが、気になることがありました。それは交通手段(電車・バス)についてです。
      恐らく検証されている方々(私も含めて)は現在の時刻表を参照していたかと思います。

      しかし、姉帯さんの設定(午後7時頃に学校を出ないと最後のバスに間に合わない)を立先生が作り上げたのはいつなのか…。
      姉帯さんの台詞が出てきた2012年頃なのか、全国編が始まった2010年頃なのか、あるいはもっと前なのか…。
      場合によっては、現在では到達不可能なダイヤでも、その設定を作った過去では可能だったのかも知れません。

      特に2010年以前となると東北新幹線が八戸までしか開通しておらず、在来線を含めてダイヤに大幅な変更があったかと推定されます。
      また、例の姉帯バス停のダイヤも平成22年(2010年)12月に改正されておりますので、夜でも運行している幻のダイヤが存在していた
      可能性もあります。

      流石に過去のダイヤ(特にバス)を調べるとなるとかなりの労力が必要になりそうですが、一考の価値はあるかと。
    • あねかわ's comment
    • 2014年03月08日 12:13
    • 3連続ですいません…。

      姉帯村の件、私なりに考察してある程度の結論が出ました。
      が、ここに書くのもご迷惑になりそうなので、ブログ立ち上げました。
      よろしかったらご覧になって頂けると嬉しいです…。
    • つん's comment
    • 2014年03月26日 01:00
    • >わーいさん
      妄想のような記事を丁寧に読んで頂きほんとにありがとうございます…。
      トシさんの底知れなさというか「何かあるだろう…」感は凄いですよね。
      四門九戸、自分では客観的な判断が付かなくなっていたので、そう言って頂けると嬉しいです!

      >たぬきさん
      宮守から一戸町や九戸村までのバスは、確かにないでしょうねえ。
      私も二戸近辺、県北にあってほしいなあと思っています。

      >姉帯さんかわいいさん
      いえ、気を遣わせてしまってすみません!
      過去の時刻表から繋げた理詰めの考察、メールの方でも書きましたが見事でした。
      これからもあねかわさんの考察が読めるのを期待しております。

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