佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2012年10月

名鉄竹鼻線 南宿(みなみじゅく)駅周辺


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「南宿駅」は岐阜方面からは羽島市への入り口の駅になります。足近町にある駅です。
その名の通り昔宿場がありました。
これは鎌倉幕府が出来ますと、京都から鎌倉に向けて街道が出来、鎌倉街道と呼ばれます。
この辺りはその街道筋に当たる訳です。

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             今電車が隣駅「須賀駅に向けて発車しました。少し追ってみます。

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                晴れた日には西の方に伊吹山がよく見えます 

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                      逆川沿いを電車は走ります

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                レトロな橋桁を渡りやがて須賀駅に到着です

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「南宿駅」から「須賀駅」にかけて羽島の柿生産の中心地で、到る所柿の木が植えられていました。それでも古老の方の話では「昔と比べると随分減った」そうです。

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              逆川の分岐点で、境川に注ぎ、やがて長良川へ吸収されます

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南宿駅周辺を一軒代表してカメラに入って頂きました。門正面で写すのが気が引けましたので花に隠れての遠方からのショットと相成りました。南宿駅周辺でした。


花祭りの記録 大仏寺

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カメラが故障で、前のカメラを出しましたら花祭りの写真がありましたのでご紹介。
花祭りはお釈迦様の誕生日祝いで4月8日ですが、旧暦とか色々ありますので、大仏寺では4月29日に固定して実施しています。ずっと続いているのではなくて、五年前に復活して行う事にしました。
花祭りをもっともっと広く若い方や子ども達に知って欲しい、そんな願いから始めました。

はるか遠い日。花祭りになると、祖母と一緒に近くの野畑にレンゲを摘みに行きました。
何はさておき、私の一番なつかしい幼年時代の思い出です。

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            今は数㎞離れた「羽島市桑原町東方」の畑で摘んできます

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   羽島市商工観光課で「ふれあいラリー」実施中で、遠方からも大勢のお客様に来て頂けます。

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生まれたばかりのお釈迦様に甘茶を灌(そそ)ぎ

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                  甘茶をいただく

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[ ただそれだけ ]   その爽やかさがサイコーにステキです!(ネクタイ 私)

身体続く限り実施して参ります。それが私の夢です。(大仏寺代表 永田章) 
   

名鉄竹鼻線「竹鼻駅」周辺

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名鉄竹鼻線は最初は大正10年笠松駅~竹鼻駅間を「竹鼻鉄道株式会社」として開通しました。
大須駅までの全線が開通したのは昭和4年でした。
そして昭和18年に名古屋鉄道株式会社に合併し、名鉄竹鼻線と呼ばれる様になりました。

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この写真は大正10年開通した時の駅前でのお祝いの様子です。

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これは昭和20年代のものです。今と似ていますが無人駅ではなく、数名の駅員さんがいました。

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近くに円覚寺さんがあります。羽島市唯一の浄土真宗本願寺派(所謂お西)のお寺です。
ちなみに大仏寺が保有している寺院名鑑(平成13年)によれば、羽島市の岐阜県仏教会に所属するお寺の数は89ヶ寺です。一番多いのは真宗大谷派(所謂お東)で、何と55ヶ寺を数えます。圧倒的にお東の地です。

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昔ながらの製材所ですが、私なんかが子どもの頃にイメージした竹鼻駅周辺の光景です。
 
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町中にある送電塔。「つんぼり高い」と言うのは方言らしいのですが、まさにこの写真通りです。

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駅から東西に延びる道で昔はここも商店街で賑わっていたと思いますが、今はその面影はありません。


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近くの逆川の鉄橋を渡る名鉄電車です。逆川は竹鼻にとっては「ふるさとの川」と呼ぶに相応しい身近な川ですが、もう少しキレイだといいのですが。

夏の涼みはヨ 逆川ほとり コラサ  恋の蛍が遭いに来る サッサヨイヨイ 遭いに来る」 

これは昭和4年に出来た竹鼻音頭の四番ですが、昔は浪漫チックな川沿いだったのでしょう。

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竹鼻不動明王で昔から多くの人に信仰され、今でも結構お参りされる方がみえます。

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                 中の様子です。ろうそくに灯が点っています。

竹鼻駅の報告でした。竹鼻線残すは南宿駅と歩いて1分羽島市役所前駅の二つになりました。

秋の大仏児童公園

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大仏児童公園は、大仏寺の裏手にある公園で市営です。名前は大仏町という町内名に由来しています。
町内名自体は佐吉大仏にちなんで昭和初期に名付けられました。私の所までは上鍋という江戸時代から続く名称です。

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大仏公園の象徴タコです。最近まで別名タコ公園と呼ばれていました。
背後の寺は浄栄寺で真宗大谷派です。よく間違えてこのお寺に大仏を尋ねて行かれます。

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浄栄寺を借景としてフレームで囲みますと、中々捨てがたい味が出てきます。実際には?

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私は五年来公園掃除をしていますが、その最大の理由はここにあります。「佛佐吉彰徳碑」は、大正五年、当時の竹ヶ鼻町教育會で建立された五㍍程ある立派なものです。
題字が永平寺の管長、撰述が明治・大正を代表する宗教学者南条文雄(ぶんゆう)、書が当代一の楷書の書家と云われていた現中日書道会初代会長の大島徳太郎の豪華トリオで構成されています。
荒れるに任せると言う訳にもいかず、必ずしも奉仕精神だけでしているのではありません。

この南条文雄という方ですが、岐阜県大垣市出身で我が国第一号の文学博士です。ヨーロッパ語に翻訳して仏教を広めたり、東大に梵語学科を設立し近代仏教学の礎を築くなど、その功績は図り知れません。
余りナショナリズムを走らせてもいけませんが、内村鑑三、新渡戸稲造等、優秀な方がキリスト教に新しい文明を求める中で、欧米に仏教を広めようとする気宇の壮大さに感動です。



DSC02172写真小さめで。スリッパの儘で花壇のお手入れとは。

この花壇の手入れが私の一番の難所と云いますか、生まれて初めてですから、失敗ばかりです。安い花しか無理ですので、パンジービオラを植える予定です。コツがあったら教えて下さい。

春→秋シーズンは、マリーゴールドと日々草を植えました。日々草の方は市から100苗頂戴し、生存率半々でした。今年の夏は長くて暑かったのではないですか?



DSC02185誠に秋たけなわです。

落ち葉拾いは大変そうですが、やってみると軽いもので、さっさっと一気に片付きますので、いかにもやったという達成感を味わえられます。

一年 春夏秋冬 この公園と共に生きています。子どもの頃にはサーカスや見せ物小屋がテントを張ったりしました。

子どもの頃の思い出に生きている盆踊りの復活は出来ないものか
と昨日のなまず祭りでも大活躍の青年会議所のメンバーの方に話している所です。

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                     秋の「大仏児童公園」からでした

「花の名は?」 たずねし人あり♪ ◇マチコがれし答へ有り

◎やろいさんからコメントを通じて花の名を教えて頂きました。気付かれない方もみえると思いますので、各花の所にも書かせて頂きました。
やろいさんも確認して欲しいと書かれていますので、意見がありましたらお願いします。

いろんな花・植物を写真に撮り、連想された言葉を標題に付けて遊んでいます。
暫くこの項に新しい写真も順次付け足していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
・別の題を思いつかれましたら、花一つでも構いませんので、遠慮無くコメントして下さい。ハンドルネームと一緒に直接書かせて頂きます。複数の言葉でイメージが膨らむことは素晴らしい事だと思います。

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                     「グレースケリー」(バラ)

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                     「テネシーワルツ」(サルスベリ)

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                     「カルメン」 (バーベナ)

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                       「アニーローリー」 (バーベナ)

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                      「Hush little baby」(ヨメナ)

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                     「私だって夢見る」(アメリカセンダングサ)

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                         「自立」(ナデシコ)

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                     「華やか」(ヒロハホウキギク)

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                         「輝き」(ビラサンカの実)

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                      「嫁入り前」(石榴の実)  

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                 「カーテンコール」(フジバカマ:秋の七草の一)

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                     「たとえば・・・ 志村喬」(カリン)

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                   「たとえば・・・ 山田五十鈴」(ハツユキカヅラ)

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                                                              「一人思い」
 
                                                                                               
       

美濃竹鼻なまず祭り(5) 翌年へと

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「テキ屋殺すに刃物は要らぬ、雨の3日も降ればいい」うろ覚えですが、こう言う言葉があったと思います。
鯛焼きを売っていた香具師の若い衆に、五個ばかりの鯛焼きを買って「申し訳なかったですねぇ」と語りかけましたら、彼は静かなほほえみを返してくれました。
新しい祭りですが、その中に昔からのものが入ることで、ただその時だけの面白さだけでなく時間の流れの中で生きているという実感が湧いてきます。
又、見物客の方にしても、例年より人は少なくても、旧商店街の両側に並んだ香具師の店を眺め、祭り気分に浸ることが出来ます。彼らこそ今も昔も変わらぬ祭りの演出者です。
共存共栄のこの世の中。春には竹鼻祭りもありますし、翌年もよろしくお願いしたいなぁと思います。

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なまず祭りは羽島商工会議所の一大イベントでした。その商工会議所のブースに陣取る三名のお歴々。
結構若いのですが、ぬいぐるみを取ると、平均年齢が若干上がります。カメラマンが入るとかなり。

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                 Thank you very much for you from HIRAME.
    

美濃竹鼻なまず祭り(4)絢爛! 「大和」チーム

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実に見事なパフォーマンスを披露してくれた「大和」チームに感謝を述べたいと思います。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら、踊らにゃ損損」と阿波踊りにありますが、大雨でまばらな観客の中、見せるためではなく、先ず何よりも自ら踊ることの楽しさを遺憾なく発揮されたこと、この第23回なまず祭りに大きな指標を残されたと思います。

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                       鉢巻きを凛々しく結んで

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                        かけ声合わせて

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                      雨ですべる地面に意識を集中させて

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                       跳べよぉー!

お話しによれば「大和」は岐阜聖徳大学のOBの方が中心となって結成したダンスチームで、多くの方は教職に就いているのだとか。私も教員をしておりましたので、担任した生徒に聖徳大学を卒業し教員になった方もいますし、同僚には勿論多くの卒業生がいました。
イイですね、先生として。
教える児童生徒にとっての魅力もありますが、自分自身が踊る事で、きっと自身の人生の表現や飛躍、そして現実的には一番躓きの元となるストレスの発散に役立てられるのではないでしょうか。

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                  表情は豊かであるべし


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        ジャンプの手の届く所、その後方に羽島市歴史民俗資料館の屋根が見えます。
                     関係のない事かも知れませんが。                           

美濃竹鼻なまず(3)土砂降り雨の中 なまずは舞う

結局、昼からも雨は止まず、メインの「なまずみこしコンクール」に、雨量は最高潮に達しました。
篠突く雨、観客も少ない中で、コンクールの参加チームは祭りのエネルギーを燃焼させました。


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「共同生活はしま」チームのみこし。竹鼻のゆるキャラ「タケちゃん、ハナちゃん」のハナちゃんです。

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午前中にご紹介した「長良歌謡音楽チーム」のデモンストレーションです。チョット不気味な感じ。

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一緒に見ていた町内の子どもが一番喜んだのがコレ。チーム名は「ワンパチくん」。
私の記憶では、元々なまずみこしは「本町商店街」とか「中心街」とか、竹鼻商店街が中心となってチームを作っていたと思うのですが、そういうチームはなくなって、一番地元の私が知らない団体が次々と登場。誠に時代の変遷。
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「羽島市役所 互助会」チーム。ご苦労様です。公的機関がこう言った祭りに、一緒になって参加する事は大変嬉しいことです。今後ともアイディアを出して、お願いしたいと思います。

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地元羽島高校は今年で目出度く90周年を迎えました。戦前は女学校で羽島高女と略して云われていました。
その時代のことですが、佐吉大仏の境内の掃除や花の生け換えは、羽島高女の生徒が行っていました。
佐吉翁の肖像も作法室に設置されていました。今は大仏寺の方に移されていますが、結構関係の深い高等学校です。
この行進には校長先生も同行し、生徒と一緒に雨の中を練り歩きました。素晴らしい事です。

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中央会場でチーム毎にパフォーマンスが行われますが、羽島高校は自慢のブラスバンド部がノリの良い曲を演奏しました。

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羽島高女と言うのは戦前の話で、今は男女共学の筈ですが ・・・・ 男性は指揮者の先生だけ!私も高校の教員をしていたことがありますが、受け持ちの部活動がサッカー部で、女子生徒は一人もいませんでした。
話がなまず祭りから外れました。ともあれ羽島高校、頑張って下さい!!

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「ユリダンスセンター」チームのパフォーマンス。この時はもの凄い雨脚で、シャワーでした。小学校一二年生位から中学生まで位かな、全然雨にも負けず、飛び跳ねていました。

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                 マイケルジャックソン「スリラー」に乗せて

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全11チームの最初に登場したのが「羽島ウインズボーイズ」チーム。雨の中、威勢の良いかけ声に、「オー!なまずみこしは本当に出るんだナー」と感激した人もいたと思います。

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「羽島市硬式野球クラブ」チームの皆さん。爽やかで良いですね。チームワーク、きっと抜群。 

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「川町区川照会」チーム。ここで唯一の竹鼻町の町内名を聞きました。
川町は竹鼻祭りの山車のお囃子でも実に見事で、私たち上鍋地区のお囃子の先生です。
川町さん、頼もしい限り。

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しんがりは「円空そば研究会」チーム。羽島は円空上人生誕の地としてよく知られています。羽島市上中町中地区に観音堂があり、そこに多数の円空仏が祀られています。岐阜県で最初に文化財として指定されたのもここの仏像群です。そこをお世話している方が中心となったチーム。
土砂降り雨の中、まさに水を得た魚、快活な表情で酒樽に乗ったなまずが宙を舞いました。

美濃竹鼻なまず祭り(2)  雨こそよけれ!

美濃竹鼻なまず祭り2日目の今日は雨で明けました。

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創作御神輿にも幌がかけられ、路面も雨で濡れています。普通の祭りなら中止です。

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      「何を云うか!僕はなまずだぞっ!」   雨こそよけれ !
と、立ち上がったなまず君、雨が降ろうが槍がふろうが、時間通り午後から練り出す決意です。

「大和」は岐阜市からのお目見え、参加団体が広がっていると聞いていましたがビックリ。

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地元岐阜県立羽島高等学校創作のなまず君、イエイエなまず娘です。
羽島高校は戦前は高等女学校で、その伝統を受け継ぎ女子が強いみたいです。

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雨の中一人幌無しで平気な地元の音楽事務所作成のみこしです。
歯のあたりが漫画「おそ松くん」の「イヤミ」を思い出しました。チョット古いですか!

少し町の様子をご紹介します。

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祭りは祭り。昔さながらのセルロイド仮面のお店です。郷愁に誘われます。

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商店街には結構人が集まっていました。香具師のおじさん方も明るく歩行者に声かけ。

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以前竹鼻案内でご紹介した門得寺(もんとくじ)前の境内広場にも、特設の店が出ています。

サァ、そう言う事で、午後からの模様は続報(2)としまして、ご紹介したいと思います。
               
                  少し空も明るくなってきたようです。

美濃竹鼻なまず祭り(1)開幕 10月27日(土)子どもが主役

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今日から2日間、第23回美濃竹鼻なまず祭りが開催されます。今日は1日目と言う事で子どもみこしや鼓笛隊のパレードが中心です。
なまず祭りは竹鼻商店街の活性化を願って始まったイベントで、なまずをモチーフにした創作みこしのコンクールをメインとしています。

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   大仏寺の前を続々子どもコンクールのみこしが通ります。とにかくテーマはなまずです。

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        一体これが何か分かりませんが、はではでのみこしであります。

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     これは今年の岐阜国体のマスコット「みなも」君ですが、足の方がなまず化しています。

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            写す方も写る方も、大人も子どもも祭り気分です

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            はかま姿が何とも嬉しい!履き物がズックという所が現代

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佐吉大仏はスタンプラリーのコースで朝から賑わっています。
お参りに来られた方に心ばかりのおもてなしで、四国の漢方薬局から取り寄せた正真正銘の甘茶をサーヴィスしております。

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これは午前11時頃の商店街の様子ですが、結構な人だかりです。大人みこしが出る明日は、ごった返すことになると思います。
でも、手作りの傑作な祭りですし、甘茶もサーヴィス致します。一度は、いらして下さい。
駐車場は羽島市役所を利用できます。

ではまた明日続きを報告します。

世界は様々な構成要素から出来ている

ブログを初めて今まで関心がなかったことに目が行く様になりました。
先ず自然の山川、ついで花植物。
私は、人間に関する事が中心で、精神的な事に関係がない事には余り興味が湧きませんでした。

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それがカメラを持ってウロチョロしていますと、色々な対象が眼に入ってくる様になりました。
新たな展開で犬が登場して来ました。この犬というのは動きますので、花の様に構えて写すことは無理です。上の二枚は不審者と捉えたのか私に吠えている所で、比較的優しい表情を選びました。

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猫は更に難しい。この種族の方たちは自分勝手と云いますか、人に付き合うと言う事をしてくれません。

これは私の性格なんだと思うのですが、犬猫共々放してある状態の方がずっとカメラを向ける気になります。朝の散歩で見るからに愛嬌のある犬を連れて歩く人も結構みえますが、あんまり写真を撮って紹介したいと思いません。

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「今度は鳥だぁ!」と思って、飛ぶ鳥の姿をレンズで追いながら、こんな言葉が浮かびました。


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                 「世界は様々な構成要素で出来ている」
この地球は人間が支配していて、人間の都合の良い様に作り替えていく。それが文明であり、進歩というもの。
確かに言葉を有し、喜怒哀楽の感情を表現し、世界に価値を創造しているのは人間でしょうが、意志あるものは必ずしも人間だけとは限られない。
勿論私たちは人間として生きる以外無く、人間以外の生き方など出来る訳はないが、分かる事のない多くの構成要素に包まれていると感ずることは、精神を羽ばたかせる原動力になるのではないかと思ったのです。

名鉄竹鼻線 新羽島駅周辺


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名鉄「新羽島駅」は新幹線「岐阜羽島駅」と接続していて、その周辺という事になると、先ず新幹線駅の紹介と言う事になります。

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新幹線駅構内で特に珍しくないのですが、羽島という地域内で捉えると、まるでここだけ別の世界と言っても過言ではないと思います。

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南口にあるこのモニュメントは今井田一巳氏の作で、現在羽島市美術協会の会長さんです。大仏寺に来て頂いたこともあります。
縁のある人が多く登場する所が多くある普通のブログと違う点かも知れませんですね。

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駅正面。何と言っても目立つのは円空巨大モニュメントですが、全く白紙状態でこの像を駅頭で眼にされた方はどんな印象を受けられるのでしょうか。訊いてみたい気もします。

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羽島に新幹線を誘致した当時の自民党の実力者大野判睦氏夫婦の銅像です。今では流石に歴史の中の政治家だと思います。よくよく考えれば大野氏も力があったと思いますが、大野氏を動かした当時の羽島もエネルギーの溢れた市であったと思います。

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この急な階段を上って「新羽島駅」プラットフォームに出ます。まだバリアフリーという考え方が一般化していなかった時代に設計されたと思います。

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名鉄駅側から新幹線「岐阜羽島駅」を写しました。結構高い所にある駅です。

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                   高架を通り電車がやってきました。

名鉄竹鼻線は元は羽島市南端の桑原町大須駅まで行っていました。江吉良駅から向こうが廃線になり、「岐阜羽島駅」の方に路線が変更になりました。旧竹鼻線は言わば羽島の背骨の様な感じで単に交通の便だけでなく、市としての一体感と歴史の継続性に寄与していたと思います。
時代の流れで仕方がありませんが、「岐阜羽島駅」を新しい羽島のダイナミズムには結びつけることが出来なかったと思います。新幹線の土産物売り場では、近隣の岐阜市、大垣市だけでなく名古屋のういろうまで売っているのに羽島地産の物が一つとしてない現状は寂しいと言わざるを得ません。
繊維産業の衰退が何と言っても大きかった訳です。
小さな市に新幹線の駅(岐阜県では唯一)の存在は大きく、ここから意識を自由にしての新しい羽島の未来像はまだ築けていないと言えます。

羽島市の面積はニューヨークの摩天楼が並ぶマンハッタン島位です。半世紀前、それだけの地に大風呂敷も過ぎるのですが、「100万都市羽島」を目指してと言う途轍もない夢を語った時もありました。

現に今稼働している駅を見て「兵どもが夢の跡」の句を思い浮かべるのは、批判されると思います。

この名鉄竹鼻線の駅シリーズの一番頂点であるはずの「新羽島駅」で、感興はむしろ冷え、周辺の田畑で花や小動物の写真を撮るのに夢中になっていた私でした。

羽島市随一の大寺 西方寺 

羽島は余り宣伝しませんが、歴史と伝統が豊かです。特にお寺関係は旧中心地の竹鼻町だけでなく、岐阜県全域に誇られる名寺が多くあります。
岐阜県文化財一号指定の永照寺、円空仏が最初に県で文化財に指定された中観音堂、名古屋大須観音の元の羽島の大須観音真福寺、宝暦治水関係で岐阜県史跡指定第二号のある清江寺、同じく三号の竹鼻別院、岐阜県史跡第五号※がある本覚寺と目白押しです。
中でも飛び抜けた寺歴と寺宝を有するのが、今日ご紹介する足近町直道にある西方寺です。

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西方寺はその始まりを推古天皇十年(602)まで遡ります。今は真宗大谷派ですが、元は法相宗で、天台宗を経由して今に至っています。
寺宝の方は盗難相次ぐ時代ですから写真は載せませんが、聖徳太子自刻・自筆の伝承を持つ仏像や軸があります。
併せてこれは伝ではなく、伝教大師・楠木正成・足利尊氏・一休・織田信長・斎藤道三等々と言った錚々たる方の書が並びますから、足が震えます。
浄土真宗としても、開祖親鸞上人・蓮如上人・覚信尼の自筆軸があります。
ご関心のある方は、羽島市歴史民俗資料館に西方寺に関する冊子が置いてありましたので、そちらにお問い合わせ下さい。(羽島市歴史民俗資料館 ℡058-391-2234)

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                   鐘撞堂です。非常に風格を湛えています。

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本堂です。内陣は非常に立派です。
今は住職夫婦でお守りされていますが、昔はこの一円の中心寺として何人ものお弟子を抱えていました。
私はお恥ずかしいことに、ごく最近までこんな立派な寺が羽島にあるとは全然知りませんでした。

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本堂のアップです。今回は余り詳しく報告できませんが、羽島の色々なお寺を紹介していく中で、取り敢えず西方寺という大寺があると言う事を知って頂きたいと思い、ブログに紹介した次第です。

※これは佐吉翁の墓です。それで間の岐阜県指定史跡第四号と言うのが佐吉大仏です。岐阜県の第一回指定は文化財と史跡を併せてわずか22ヶ所で、羽島市がこれだけ持っております。
この部分は羽島市の人に読んで頂きたい所です。                                       

アナタは犬派それとも猫派?

                     
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                     アナタは犬派ですか?
                         それとも

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                      猫派ですか?
 
私は動物嫌いでnon-nonですが、どっちかと言えば下の方。これは性格によるのでしょうか?
血液型はB型なんですが、関係ないのかな

イチョウのお寺「一乗寺」と寺カフェ「亜伽」

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羽島市小熊町にある臨済宗妙心寺派「一乗寺」はイチョウの美しいお寺としてシーズンには多くの観光客を集める羽島市随一の観光寺院です。
見頃としては11月半ばから月末当たり迄位でしょうか。
歴史的にも大変古いお寺で、起源は弘仁十年(819)の真言宗の空海の開基まで遡ります。
またこの当たりは関東に向かう交通路にも当たり、様々な歴史舞台になっています。


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参道には三十三観音が祀られています。イチョウのシーズンにはビッシリと黄色い絨毯が出来上がります。観音様はそれぞれ表情が異なり、一体一体心を込めて拝観したいものです。


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本堂です。中で「般若心経」の写経をしておられる方もみえます。

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この辺りが源平合戦の墨俣川(今の長良川)の戦いの激戦地で、非常に多くの死者が出ました。
それらの方を弔った墓群です。詳しくは一乗寺の寺歴を参照して下さい。

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観光寺院としての「一乗寺」の顔と言うべきものが、寺カフェ「亜伽」です。
お寺の方がしておられるのですが、非常に洗練された文字通りアカぬけた雰囲気です。
この日は休みでしたので二年半程前の「板東そこ知りリサーチ」のテレビ場面を紹介します。
この番組では大仏寺も紹介されましたので、録画してあります。

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これは室内です。今はギャラリーも設置されていて、更に雰囲気的に良くなっている様です。

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室内ではなくて外の鐘撞き堂前のテーブルで召し上がりです。野草を調合し健康にも役立つ様な料理とテレビでは説明されていました。

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一応私も便乗させて貰います。これは明治時代の岐阜縣地理教科書に佐吉翁が載せられているのを当時の教科書を使って板東英二さんに説明している所です。
この番組では、撮影日の前後の日に、ディレクターの方と羽島市全体について長時間お話しして、大変懐かしい記憶として残っています。
非常に若くてキュートで頭が冴えた女性ディレクターでした。(化粧は余りうまくなかったみたい)

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