佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2013年01月

写真で辿る「時の移り」 

月・水・金とブログを配信と記しましたが、本日何もありません。
それで溜め込んだ写真から二番煎じですが、「時の移り」と題して適当にこしらえます


                      
竹鼻別院の藤

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蓮田

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ハスの花の季節はまだブログをやっておりませんでした



伊吹山

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大仏児童公園

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マイ フェイバリット スポーツ

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昨日の綴(つづ)れ 今日の錦(にしき)

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単に駅風景を撮りに行っただけ


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今 羽島市で一番有名な人 


少年老い易く学成り難し 1寸の光陰軽んずべからず

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‘ I am what I am.’  何ちゃって    

竹鼻のマスコット「たけちゃん&はなちゃん」 オリジナルソング完成!


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1月26日(土)佐吉大仏では、「な・な・ほ」の演奏会に続き、竹鼻のマスコットキャラのオリジナルソングの発表と、歌詞応募作品の表彰が行われました。
私は別の来客対応で様子は分らなかったのですが、今朝の岐阜新聞に大きく載っていました。
本当に楽しそうですね。「な・な・ほ」の演奏場所と同じところです。


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下二段の記事部分のアップです。ここに紹介されているプロジャズピアニストの「はちまん正人」さんのミニコンサートもこの後で開かれました。
私自身は聴けなかったのは残念でしたが、この日は和楽器を中心とした「な・な・ほ」とジャズの両方が佐吉大仏の前で披露された訳です。

誠にもってメデタイ一日でありました


「な・な・ほ」 佐吉大仏での演奏会 ご報告

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1月26日(土)は佐吉大仏堂内で和・洋楽器のコラボバンド「な・な・ほ」の演奏会がありました。
更にこの日は第二部として竹鼻商店街のゆるキャラ「タケちゃんハナちゃん」のテーマソングの発表会と作曲者によるミニコンサートも開かれたのですが、そちらは来客接待で写真が撮れず、取り敢えず「な・な・ほ」の部分だけのご報告となります。

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朝からの様子。寒い日で、しかも前日天気予報は降雪。家中から石油ファンヒーターを集め、8時からずっと点火。こういうイベントの前例がなく、ともかく町内からもイスを借りて80席用意しました。


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公演は午後1時と2時の2回で、10時からのリハーサル風景です。構成は、薩摩琵琶:細川華鶴子、鳴物:望月たきこ、 箏十七絃・二十絃:長澤康子、フルート:長澤映子、ヴァイオリン:伊藤壽美(特別出演)


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        お堂の外 これは商店街を中心とした有志のグループによる豚汁サーヴィス


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      その日の我が家の夕餉に上がった提供された豚汁 具たくさんでサーヴィス満点!


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こちらは甘茶コーナーでウチの提供 お菓子は差し入れで大してお金はかかっていません


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そうこうする内に開始時間になり、駆けつけて下さった松井聡羽島市長からご挨拶頂きました

この日は他にも星野明市議会議長始め数名の市会議員の皆様方、三時からの二部の方には
副市長と教育長が参加されて、大仏寺始まって(昭和35年)以来の一番の賑わいとなりました


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箏を演奏する長澤康子さん フルートの長澤映子さんと親子での参加


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恐らくは、一般の羽島市民が人生で初めて実際の琵琶の音色を耳にした時
私の隣で聴いていた松井市長も「琵琶と言うのは何と美しい響き!」と感嘆
薩摩琵琶の細川華鶴子さんは「日本音楽集団」元団員


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数年前まで私は竹鼻祭りの山車囃子の鼓担当でしたが、全然上手くなりませんでした。その原因は本当の優れた鼓の音を聴いた事がなく、一体どういう音が良いのか見当がつかなかったからです。
一度は力を入れ過ぎて叩いたので、皮を破ってしまいました。
商店街連盟から話があった時、「な・な・ほ」招請を強く推進した背景にはこの事があります。
鼓は望月たきこさん。東京芸大邦楽科長唄囃子別科卒業。琵琶と鳴物で演奏した「鶴」は圧巻!


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フルートの長澤映子さんと「な・な・ほ」としばしば共演されるヴァイオリンの伊藤壽さん
お二人の参加で音楽の幅がグゥーンと拡がり「な・な・ほ」独特の世界が展開されます
ブルーとピンクのロングドレスがひときわ華やかです


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公演は二回とも大盛況でした


美しい音楽を通じて参加した全ての皆様が幸せな時を持つことが出来ました

ボランティアで協力した人と今後も実現していきたいと熱く話し合った素晴らしい一日でした


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「な・な・ほ」の皆さん 素晴らしい演奏を有り難う御座いました

雪の朝 真冬の「大仏児童公園」

                

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厳しい寒さの雪の朝の「大仏児童公園」雪がキラキラ輝き綺麗でしたので写真を撮ってきました


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青空が大変美しい朝でした


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銀色のアーチをくぐって公園の中にお邪魔しました


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外の道路は凍てついたママです 運転には十分注意したいものです


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公園の主 蛸(たこ)です


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滑り台


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雲梯(うんてい)子供の頃を思い出します 一つトバシ二つトバシ ダンダン手を長くした


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雪の精の舞の跡


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ビオラのかまくら


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名前を知りませんが 綺麗ですナ

◎アイマイさんからのコメントで南天と教えていただきました。有り難う御座いました。
「この木の名前、何てんの?」 ・・・ 「南天!」


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雪花桜 後始末をしなくて済むだけ春よりもずっと好ましい ワタシ的には


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お寺の屋根も雪化粧 左下が「永田佐吉翁彰徳碑」


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これは大仏児童公園とは関係ありませんが、昨日行われた佐吉大仏での
「な・な・ほ」演奏会用に立掛けられた看板です。その模様はこの後アップ!

版画の楽しみⅡ「武田史子銅版画作品集」

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   武田史子さん 1963年東京生まれ
   1991年東京芸大大学院修了
   修了制作が買上賞となる

   私はこの人が大変綺麗だと思った
   空を見る眼差しが誰かに似ていると思った

   後でそれは結婚前の正田美智子さんだと
   気付いた、見比べるためではないが
   顔に惹かれて買ったようなものだ。

   当時はそう言う心の状態であった。




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この本には想い出がある。この本を見つけたのは長い間通っていた心療内科の待合室。マァいろんな本が揃えてあって、置いてあるテレビ画面には人形アニメ「サンダーバード」が写されている。

医者が患者の話をするのは職業倫理に反するが、その逆はどうなのかしらと思う。
面白い医者だった。どっぷりと精神科医に浸かれきれずに、精神の解放場所を非常に多い休診日だけでは足らず病院の中にまで持ち込まずにはおられないようなそんな気がした。


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この版画が幾らしたのかは知らない。壁に立てかけたこの版画の前に座る医者に、私は訊いてみた。「待合室に武田史子銅版画集がありますよね。今度まで貸して貰えません?」きっぱりと医者は「嫌です。本と言うのは人に貸したら返ってきません!」余程その本に思い入れがある言い方であった。
少年のような目をした生真面目な医者であった。


DSC01674_exposure     少し追求すると、彼は大垣市の画廊「ゆう」
  での武田史子個展で買い求めたと云った。

  「ゆう」は一度見学に行き、記帳を残したら
  いつも案内が来る画廊でよく知っている。

  行って聞けば在庫が有り8千円と云う。そんな
  お金を本に払った事はないが、これも何かの縁
  と思って購入したのがいきさつである。




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今写していて、「ラピュタ」みたいと思ったけれど「ガリバー」かも知れない。題は「記憶の箱船」

※「ラピュタ」と言うのは言うまでもなく宮崎アニメの「天空の城ラピュタ」を指すのですが、よくよく考えれば「ラピュタ」と言うのはガリバー旅行記に出てくる色々な国の一つで、宮崎アニメの題も元を質せば「ガリバー旅行記」に起因します。思想的には違うのでしょうが。(1月28日)



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銅版画は木版と比べてくっきりと輪郭が浮かび出て、発光しているような色合いが妖しい感じがする。超現実的と云うか。この版画のタイトルは「夢の住み処」とある。



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「鏡の中の風景」よく見れば時計の文字盤が逆であることが分かる。意識の逆転から始まる



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「夜半の雫Ⅲ」どうもどこかの漫画で見たような気がする。1990年作者27歳 芸大収蔵



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「小さな記憶・響」 16.5×15.5cm  ed.50 1998とある。縦・横の長さと50部刷ったと云う意味



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写真を撮るのが非常に難しい。小さな光が一様の筈の黒に変化をもたらせてしまう



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「ジオラマ」・・・立体模型風景図とでも云うのか。江戸川乱歩か夢野久作だったか「浅草十二階パノラマ」の話が書かれている。関東大震災の前である。展望からの風景は今まで見たことのない不思議な光景で、文明がかえって神秘の世界へと誘う。私も子供の頃の博覧会でしばしば経験した思いである。 



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「夢に見し土地」  34.1×51.5   ed.30   1993    堅牢な支柱を通して海の風景が広がる
何となく「芭蕉の松島」と云っては雰囲気を壊すが、結局夢を追い求め創造の中に実現する

  

コメントに寄せて 「ピカソ」 「デゥフェ」 「ダリ」 「ジャコメッティ」

「私の辞書には音楽と美術と云う言葉はない」と長らく広言してきましたが、ここの所雲行きが怪しい!
サヨナキドリさんから音楽に続いて美術に対しても非常に素晴らしいコメントを頂き、誠に感激していますが、知識も感性も全く不十分で、にわかに知識を仕入れております。

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美術の画集関係は結構沢山持っております。これは佐吉大仏のお堂で皆様に寛いで見て頂くと良いと思い、主にブックオフで購入したものです。ですから私自身は殆ど開いたことがありません。

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しかしながら、美術に関するコメントを頂いた事は「少しは開いて自分でも読め」と言う天からの声と受け止めまして、所有する画集の中からサヨナキドリさんが挙げておられた「ピカソ、デゥフェ、ダリ、ジャコメッティ」の四名の作品を探してみようと云うのが今日の目的です。

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四名の芸術家(ピカソ、デゥフェ、ダリ、ジャコメッティ)は愛好家なら直ぐ頭に浮かぶと思いますが、私のような門外漢は「名前は知っているいるけれどサテどんな作風だったか?」と言うのが大抵です。
そう言う事で、今回はサヨナキドリさんのコメントの註としての役割もあると思います。


ピカソ  

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ピカソのイメージはこんな感じですか?「朝の曲」1942年作。二頁見開きで一頁36.5cm×26.5cmですから結構な迫力です。実物は195cm×265cmです。

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          こんな美しいピカソもあるのかと驚きました。題「恋人たち」1923年作


デゥフェ

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左「木陰の騎乗者達」1931年 右「ゲルマ小路のアトリエ」1935年~1952年


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                       部分


ダリ

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左側ダリ「コンポジション」1931年、ダリは1904生まれ、27歳の作!右側はミロ「闘牛」1945年


ジャコメッティ

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ジャコメッティ(1901~1965) ディエゴ1960 ブロンズ 38×33×19cm


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ディエゴ頭部

ジャコメッティとボナノッテを比較してみて如何でしょうか?昨日の
ブログのボナノッテの彫刻を、もう一度見て下さると嬉しいです。


※所蔵は、ピカソの「恋人たち」ワシントン国立絵画館 残りはパリ国立近代美術館。
 講談社版「世界の美術館」1966発行  裏の鉛筆書きの値段を見ましたら200とありました。

版画の楽しみⅠ補則 「季刊版画館1988春号」チェッコボナノッテの作品


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上の作品は「版画館」で紹介されている1942年イタリア生まれの彫刻科チェッコ・ボナノッテの作品(全図)
1986年とありますから44歳の時です。

サヨナキドリさんからコメントで良いといわれたので見直したら、版画ではなくて、ブロンズ鋳造という技法で作成された彫刻です。そんな区別も付かずお詫びがてらに、「版画館」掲載の他の作品もご紹介したいと思います。


サヨナキドリさんから素晴らしいコメントを前回、今回と頂きました。是非読んで下さい。
それに対応している解説を「版画館」から末尾に引用します。著者は乙葉哲氏(東京都美術館学芸員 当時)
又、「版画の楽しみⅠ付録 サヨナキドリさんのコメントに寄せて」を明日アップしますので、そちらの方もご覧下さい。


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「馬と人」と題された1987年の作品。左側がブロンズ、右側がシルバーです。
サイズは右(13×12.5×5.5cm) 左が(17×16.5×5.5cm)

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これは「凧」と言う題でブロンズレリーフ金メッキと書かれています。空への憧れでしょうか。
サイズは23.5cm×23.5cm、1984年作 本はもう少し金が鮮やかです。

 
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色彩的にはこちらの方が近いですね。ブロンズ、レリーフ、金メッキ、題は同じく「凧」1984年


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母子像(部分) ブロンズ レリーフ 金メッキ


版画館第22号80頁
 
技法的に見れば、彼は鑞型鋳造法による制作を主としているが、その鋳造法の特徴の一つは、適度に軟らかな蜜鑞を使用するため、細部にわたって、非常に精緻な、また有機的で柔らかな形態をを作り出すことが可能なことである。 ・・・ 彼の創造物はあたかも、今まさに、暖かく柔らかな有機体が分裂し、融合して一つの生命体を生み出したようなイメージを与える。その生命体の誕生したばかりのような姿態は極めてしなやかで、どうかすると弱々しくさえ見える。しかし、そのことが逆に、生まれたての若々しい生命力の輝きをきらめかしているように思える。(下線 ヒラメ)


同85頁

彫刻が体積空間としてのマッスであるという概念から解き放されて既に久しいが、ボナノッテの作品もまた、周囲の空間へ量感が迫りだしていくオーソドックスな彫刻の系譜というよりも、周囲の空間がマッスを削り取り、内部に容積空間としての場を占めていくタイプの脈絡上にある。その点ではジャコメッティなどに近い地平に立つバナノッテであるが、彼の場合は単体ではなく、複数の創造物が有機的に複雑に絡み合いつつ、その全体の内部に、また外側に、軽やかに上昇しようとする空間を構築している点でジャコメッティとは異なる世界を創り出してきている。 ・・・ 絶妙なバランス上に立つ空間世界が成立している。(下線 ヒラメ)

版画の楽しみⅠ 「季刊版画館1988春号」より 色彩の楽しみ

疲れた時は言葉を追うより、美術を目で味わうのも疲労回復の妙手です。

「季刊版画館1988春号」を所有していて、廃刊になった本ですので、この中の幾つかの版画をご紹介して、その色彩を楽しんでみたいと思います。

①池田満寿夫(木版)

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2 堀江良一(木版)
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3 前田政晴(木版)
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4 百瀬寿(シルク)
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5 久保晃(木版)
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6 黒崎彰(混合技法 木版、手漉き紙、墨、柿渋、シンコレ)
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7 高部多恵子(シルク)
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8 青山容子(木版)
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9 為金義勝(木版)
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10 武蔵篤彦(エッチング) 
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11 チェッコ・ボナナッティ(鋳造 ブロンズ・シルバー)

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◎ 次回「1月25日(金)」は私が一番お金を出して買った本「武田史子銅版画作品集」(8千円)から、
 普段あまり馴染みの薄い銅版画作品を十点ほど選んで紹介します。

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名古屋市覚王山 「揚輝荘」 朝の散歩

1月14日(月)の朝、かねてより気になっていた「揚輝荘」(ようきそう)を短時間ですが、散策してみました。

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あいにくの冬の雨で結構寒くて訪れる人もまばらでした。この門から入りますが入場無料です


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少し進むと右手に風流な池が見えて参りますが、立ち止まらず前へ進んでいきました


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最初に行き着くのが「伴華楼」(ばんがろう)という建物で、元は尾張徳川藩から移築された茶室付きの和室です。「揚輝荘」は初代松坂屋社長の伊藤次郎左右衛門祐民(すけたみ)によって大正7年(1918)着工、昭和14年(1939)に完成された別荘です。


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近代建築の巨匠・鈴木禎次の設計で1、2階の洋室が増築。英語のbungalow(小さな家)をもじって「ばんがろう」と呼びます。
蛇足ながら日本のキャンプ地で言うバンガローはcottage、粗末な住居はcabin又はhutと言います。


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この日は建物の公開日(土・水の10時11時13時14時の四回)ではありませんでしたので、外から写真を撮っただけでした。出来た当時は1万坪と広大でしたが、現在縮小され2千坪程度だそうです。又、南園の方が修理中で、簡単にグルッと一周まわることが出来ました。


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外から中の展示品を写しました。説明付きで中に入れる日に来たいものです。
                  

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江戸時代の呉服屋の模様を描いた絵が掛けられており、じっくり観ると興趣が尽きないと思います


◇ 今度は少し池の周りを巡ってみたいと思います。

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お邪魔している北園は、京都修学院離宮を模した池泉回遊式庭園です。芭蕉のよく知られ
た俳句に「名月や池をめぐりて夜もすがら」とありますが、サラッと一句出来るとイイですね。


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見てお分かりのように結構強い雨脚でした


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これは「白雲橋」と言って北庭園のシンボルなんだそうです。修学院離宮の千歳橋を模しています。


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           松坂屋の社長宅から移築した煎茶用の和室です。「三賞亭」と言う名が付けらています


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        池を回って、向こう側から部屋の中をのぞいてみました。池を見ながらお茶を飲むのです。


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                            ⑥北庭園


予定時間が短かったので十分味わう事が出来ませんでした。次回への楽しみにします。
終わりに印象に残った所の写真を数点ご紹介し、揚輝荘の散策を閉じたいと思います



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稲荷信仰が伊藤家にあるのか商売人に付き物なのか


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読めそうで意味が不明な道標


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冬ですから色彩乏しい中で一人気をはいていたと言うか


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濡れてなければ一回は腰を下ろしたくなるようなベンチ

「ばあさん思い出すのぅ」 「エィエィ おっそぅまで おまはんとおったもんで お巡りさんに怒られてしもうたがな」
幼少の頃喜んで唄っていたヒット歌謡 曽根史郎「若いお巡りさん♪」 を連想しておりました


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手裏剣の練習にもってこいのような壁


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牛車か山車の輪をリサイクル利用した様な石段


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ステキな蹲踞(つくばい  ・・・  茶庭の手洗鉢)  この漢字をそんきょと読んでしまうとお相撲さんの
仕切りになってしまいます。共に腰をかがめ蹲(つくば)う動作からですから、同じと言えば同じ。


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もう一種、蹲踞を写してきました。

 是非、サヨナキドリさんから寄せられたコメント1を読んで頂き
たいのですが、上の様に円形ではなく四角形で四面に仏が刻ま
れているものを称し「四方仏蹲踞」(よほうぶつのつくばい)と言います


よい情報を教えて頂き有り難う御座いました



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昭和14年揚輝荘 赤字現存



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忙中自ずから閑有り  寒中求むれば暖有り 
冬の雨降りしきる名古屋市千種区法王町「揚輝荘」からでした 

信仰の灯

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一日に一回、100円ショップで買ってきた5時間持続する蝋燭の灯を二本点している。
今の所、これをするのは私一人で、私以外の誰も行わない。だから私が朝早く外出した日や、疲れたり落ち込んでいたりして、灯を点す気になれない時は、灯は消えたままである。
妻には何回か頼んだけれど、もう言うのは止めている。
蝋燭の灯を点すことは労力的には簡単なことであるが、実はそう簡単なことでもない。
私としては毎日灯を点し続けたいと願ってはいるが、中々難しいとも感じている。

随想 「自己という素材」

「美味しい」  「不味い」  「甘い」  「辛い」  「酸っぱい」  「苦い」 「生臭い」 ・・・
こう言った味を知るには、私たちはどうしたら良いだろうか?

これは言うまでもなく、料理を味わいその感じた事を言葉と結びつけていく以外ありません。梅干しは酸っぱいといくら本で読んでも、酸っぱいものを食べてみない限り、酸っぱい味を知ることは不可能です。

では、「嬉しい」 「楽しい」 「悲しい」 「寂しい」 「腹が立つ」 「おかしい」 「おそろしい」と言った
「喜怒哀楽」の感情についてはどうだろうか?

これらも、言うまでもなく自分自身の経験を通して一つ一つの言葉の意味を身につけていく以外には拾得する手段はありません。

私は今までの人生経路を通して大変楽しい時もありましたが、非常に落ち込む時や口惜しい気持ちに駆られた時も少なくありませんでした。
精神科や心療内科を受診したことも何度かありますし、一度で止めましたが催眠術師の所に行って「自分の気の小さいところを直して下さい」とお願いしたこともありました。

深く谷底に落ち込んでいくような時は、何とかそこから逃げ出したいともがき苦しみましたが、矛盾する言い方ですが、自分自身から逃げたいとか自分を捨てたいという思いを持ったことは一度もありません。

それは、世全般を知ると言いましても、やはりそれも自分の身体経験を通して知る以外ありませんので、その肝心要の自己を失ってしまっては世の中の事を知ることは出来ないからです。

私がいつも考えていたことは、酸っぱいという味を知るために例えば梅干しという素材があるように、世を知るために自己という素材が与えられていると言う事です。
「苦しい事」も「幸せに感じる事」も自己という素材を通して知る事ですから、「苦しい時」は苦しいことを、「幸せな時」は幸せを知っていく機会であり、知るという目的に照らせば両者は同価値です。

私たちは幸せを求めてもがきますが、もがいている時はもがいている時であり、そのもがきに在る自己をしっかり見つめることによって、もがきの段階や変化を知る事が出来、より深い自己認識に到達することが出来ます。
よく自己から目を逸らすなと言いますが、そんな締め上げるような物言いでなく、料理を味わうようなノリで自己と関わっていくならば、万博料理フェアに劣らぬ位に自己は様々な味覚に満ちている事に気付くと思います。

自己は人間と人間が作り上げた世界を繋ぐ回路ですから、自己が豊かであることはそのまま人間世界の豊かさに繋がります。

今現に感じている状態が、寂しいならば寂しいで、今はダメな時であると全てをマイナス感覚で捉えてしまわずに、自己という素材は寂しいという感情を提供しているのだから寂しさを体験的に知るチャンスと思えば、寂しいこともそう悪くないと思います。
第一、寂しさを知らない人間が寂しい人間を慰めたりその方達と共感することは不可能です。

私は非常に気が小さく、この辺りは父親そっくりで恨めしくも思いますが、逆にDNAの結果ならば気が小さいことに責任を感じる必要はないので、気の小ささから生じる世界との交感を肯定的に捉えて、しっかり知る事が貴重なことだと思います。
気が小さいことは世界に対してどうしても敏感に作用しますから、持って行き方次第では感受性が豊かになりますので欠点と言うよりも長所と捉えるべきですね。

自己を大切にと言いますが、自己あればこそ森羅万象・喜怒哀楽の数々を味わうことが出来る訳ですから、自己を労り慈しみ、自己に感謝することは忘れてはならないことだと思います。
ケッコーな結論に到達できたようです。


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佐吉大仏前の灯明に腰掛けて S.29

 

名古屋市熱田区 「白鳥庭園」 点景 



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講談師古池鱗林の高座の会場となった「白鳥庭園」の正門入り口です。雨ですからそんなにも寒くはなかったのですが、この日は朝からひっきりなしに降っていました。


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案内に拠れば白鳥庭園は1989年(平成元年)開催された世界デザイン博のパビリオンとして整備され、閉幕後本格的日本庭園として整備されました。
世界デザイン博て懐かしいですね。私は個人的にはテーマが統一されていた所為か、愛知万博よりもこちらの方がしゃれていたと思います。確か世界ヨットトレース「アメリカズカップ」の優勝ヨット艇が麗々しく展示されていたと記憶しています。


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「梅見門」文化講習とか講談の様に伝統文化の会場となる「晴羽亭」への入り口となっています



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どの場所か分かるように北方向にビルを入れた写真を撮りましたが、羽島市の住民としましては、これを南方面と言われても区別が付きません。熱田と聞いて思い浮かぶのは熱田神宮だけですからその近くかなと、思う事が出来るだけでありました。


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「上の池」の中の「晴羽亭」 池に架かる渡り廊下を挟んで二棟構成で講談会場は左の建物


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これは講談会場から右の建物を写したものです。実はこの日までの予定で「小原美術工芸和紙の世界」展が晴羽亭で開催されていて、大きな蝋燭のように写っているのはその展示作品です。


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    「橋」です。そんな事は見れば分かる!と、叱られそうですが、頭の中はグルグル

「このハシ渡るべからず」と看板を置いたら面白いだろうかとか、「明日に架ける橋」と言う歌があったなぁとか色々で。いっそ「浄土への架け橋」とでも名を付けて、「般若心経」の一巻唱える習わしも悪くはない。
そう思って見渡せば、広壮な日本庭園なのにお稲荷さんも鳥居もないのは些か寂しいと思うのは、寄る歳の所為であろうか・・・


さて庭園全体で白鳥庭園冬のあかりアート」展が開催中で、美濃和紙で作成した作品がいくつか置かれていました。夜ではありませんが形は昼間の方が分かり易いですので、幾つかご紹介します。

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夜の感じはチラシにありますので、下に転写します。その趣と言ったものは想像の中です。

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DSC03029   1月14日(日)の白鳥庭園から

   名古屋市熱田区熱田西町2番5号

   もう一度季節の良い時に是非来たい
   と思いました。

   21日(月)は揚輝荘の模様を予定
    



サヨナキドリ様へ 「文才について」の私見

拝啓

いつも楽しいコメントを下さって本当に有り難う御座います。

さて、私は文才があるとコメントで何回か誉められました。しかし私の意識では文才があるなどとは全然思っていません。でもこれだけですと、それで「文才が無いと言うのならば私はどうなのか」と反論されるかも知れませんので、真意をご説明したいと思います。

先ず結論を申し上げますと、私は精神的に弱く57歳で退職し、暫くは悄然と過ごしていたのですが「一つの考えるヒント」のような出来事があり、「信仰」と言う事を前向きにと言いますか、知性や理屈に反しない納得出来る形で追求していける様になりました。

この事がそれ以降の私の言動を大きく変えることになりました。
文章を書くと言うことも変わったことの一つで、それ以前は中々書けなかったのです。

何が一番大きく変わったのかと言いますと書く時の意識の持ち方です。それ以前は文章を書く時には「他人からどう思われるのか?」と言う思いが非常に強く作用していました。
この意識が際だって少なくなりました。

有りの儘の自分で良いと先ず自分自身に思うわけですから、言動も自由になります。人からバカにされたり見下されたり笑われたりするのが怖くて自分の事を素直に表に出せないのですが、そう思われても構わないとなれば誰だって思った通りのことがサッサと書けるようになれます。

その書いたものがどれだけの基準にあるかと言う事は、他人が決めることなのであり、そう言う事には余り拘らなくなりました。
そんな事よりも自分が何を思っているのかを大切にする様に変わってきました。

一番肝心要は自分の心の中に自分自身の思いを持つ事でないかと思います。
私たちはお金を貰うプロではありませんので、その表現手段の巧拙は二義的な事だと思います。
場合によれば箇条書きとか一覧表の様なものでも良いと思います。

文庫本など読みますと、ジャンルを問わず巻末に解説が付いています。読み巧者による解説を読むことは本文を理解する上で大変役に立つ事だと思います。
でもやはり大切な事は、解説も併せて自分がどう思ったかであり、本の紹介として解説の方が優れているので、折角自分が思ったことを横にどけてしまい、解説の要約を書くような読書感想をしてしまえば、自分の記憶もアイマイになり、結局読書の経験が薄れることになると思います。

別に書くために読む訳ではありませんから、「面白かった」の一言で十分でないでしょうか!
それに「とっても」、「ものすごく」、「時間の経つのも忘れてしまうほど」、「ゾクゾク」と言う言葉を付け足せば読書の楽しみは非常に良く伝わります。

解説に書いてある事が理解出来ない事がしばしばありますが、そんなものは専門家が書いていることですから、そんな境地に到達できないのは当たり前のことで、それで自分を卑下する必要など全く無いと思います。

「文才なんて関係がない、どう思われても構わないと思えて、初めて私は書けるようになった」事の例として文庫本を例に取り説明しました。

最初に「信仰」と言う超越的な言葉を使いましたのでビックリされたかも知れませんが、本の感想一つ取っても「信仰の及ぼすところ」、即ち、「自分の心の中の思いを大切にしてそれを育んでいく以外に術は無い」と言う発想が出来るようになった事で、私の場合は束縛が目に見えて少なくなり自分を現され易くなりました。

以上お書きした理由は、私に文才があるなどと言って貰っては困るからですが、それとは別に私が自由に書けるようになれたので、場合によっては他の人にも役立つ考え方でないかとも思ったからです。

「そうは言われても、ヒラメさんのように本も読んでいませんし、私はそんな風にとても書けません!」と言われるかも知れませんが、この「・・・」内の発想をすることから先ずは心を解放する事が大切だと思います。

繰り返しになりますが、私が敢えて「信仰」という言葉を使ったのは、自分自身の心の有り様を見定めることが物事の根底にあると言いたいからです。

どうぞ、これからもよろしくお願い申し上げます。佐吉大仏へのご参拝心待ちにしております。
出来るだけ沢山の人を連れてきて下さい!!                            敬具

  サヨナキドリ様 へ             2013年1月18日  観音様の日の朝に   ヒラメ

大須演芸場の華 女流講談師古池鱗林 その魅力に迫る

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きょうは名古屋大須演芸場をホームグランドに、各種イベントや文化行事に活躍する女流講談師の古池鱗林(こいけりんりん)の魅力を伝えます。



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名古屋白鳥庭園の新春行事「伝統芸能の集い」で、チラシに書かれている様に古池鱗林は高座を持ちました。私は鱗林のブログを読んで知り、久しぶりに高座に出かけることになりました。



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待ちわびること20分、鱗林は袴姿もすっきり着こなし、奥の方から腰を低くして登場しました


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40分の持ち時間。前半20分は気楽に笑いを誘いながらのまくら話。目線で追うのは客席の数とか様子とか、サスガに上がったというような感じは全くありません。とても快い声の調子でした。


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鱗林は高校時代はソフトボール部だったそうで、その時の経験が活かされるている口の動き
                           イイ球っ!


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とても愛敬のある表情!子どもに良くありますね、こびるような拗ねるような。
ここで、古池鱗林を知らない人のために少し経歴をご紹介。一番始めは幼稚園の先生です。
ご本人の話では、子どもが怪我して泣いていると、手で押さえて「痛いの痛いのそのままっ!」 と言うともっと泣き出したそうなんです。
そう言う訳で、次ぎに愛知万博の昔の言葉で言うコンパニオンガールに応募し見事合格、続いて東海ラジオのレポートドライバーとしてタレント古池真由美が誕生し、東奔西走、走りまくる毎日を過ごします。


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東海ラジオの先輩に本当の姉のように慕うタレント兼講談師の水谷ミミさんがみえて、彼女の後を追い妹弟子として上方の旭道南鱗講談師に師事して2009年に晴れて古池鱗林として高座を務められるようになったというのがざっとした経歴です。講談師としてはまだそんなに長いキャリアではありません。

私が鱗林を知るようになった経緯も紹介したいと思います。


DSC03015_exposure  これは彼女のブログから撮った写真ですが当時
  永田佐吉展が羽島市歴史民俗資料館で開催中
  彼女が東海ラジオの取材のついでに佐吉大仏
  に立ち寄った時のものです。
  まだ襲名して間もない頃で、タレント古池真由美
  の名前の方を先に使っていました。
  すらりとして長身、気品と誇りを感じる言葉使い
  第一印象は若い新進気鋭のジャーナリストと目
  しました。大体全部間違っていたのですが。
  私は懇意にしている近所の家具屋のおっさんに
  慌てて走っていって「今人生で一番美しい女性に
  出会った」と報告に行きました。
  その後私はゴリさんウドちゃんと言った有名タレント
  に会うのですが感激の全てを鱗林に使い、どんなタ
  レントが来ても、もう感激しなくなってしまいました。


  
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実はブログも彼女から見てくれと言われて、初めて知りました。ブログと言う言葉の意味さえ知らなかったのです。そのブログに蟹江温泉で高座予定と書いてありお礼がてら聴きに言ったのが最初です。
「わらび餅の歌」とかってあります。そのメロディーに乗せて「金持ぉ~ちは 冷たぁぁいよ♪」と歌った時は、会場に響く声で「その通り!」と相槌を打ちました。
同じことを名古屋朝日新聞ビルの会場で行った時、会場がシーンとして静まりかえった事があります。金持ちが沢山いるところではそのギャグは封印した方が宜しいと思うとご進言しました。


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この日の演目は「家康」と「秀吉」の出会いの段、競争心と隠忍自重、今に見ておれと互いが互いに思う様子を面白おかしく語ってくれました。正確な内容は忘れましたが、この場面は家康が秀吉に頭を下げている場面でしょうか。右手握り拳に悔しさを現しております。



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外は朝からあいにく冬の雨。内は和やか、アットホームな高座の時。名古屋まで来た甲斐がありました。
話をする講談師だけでなく聴きに来られた皆様方も穏やかな人柄の方ばかりに思われました。話者と聴衆の持ちつ持たれつは、単に芸を超えて、人間と人間の共同の大切さを感じさせられるものです。
東京のしのぎを削る女流講談師に比して、まだ精進の余地は有ると思われますが、人と人を繋ぐ場の演出については鱗林は名人に近いものがあります。


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万雷の拍手に一人一人頭を下げて丁寧にお礼を言いながらの退場です。落語家は師匠と呼ぶ習わしですが、講談師は先生と言うのが正しい呼称です。格が上と言う事です。さりながら、本当に腰低く愛想の良い名古屋の産と言うに誠に相応しい鱗林先生です。
東京では結構な女流講談師のブームだそうですが、この名古屋では鱗林一人その松明を高く掲げて頑張っています。大須演芸場は客が三人入ると沢山と数えるのだそうですが、古池鱗林のブログにはその予定が載っていますので地域文化の維持発展のためにも応援していきたいものです。



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お疲れ様でした



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白鳥庭園に咲く花




素適なお客様 ぎふチャン(岐阜放送)児玉佳奈さん

1月15日(火)佐吉大仏は大変ステキなお客様をお迎えしました。

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岐阜チャン(岐阜放送)児玉佳奈さんです。月~金ラジオの火曜日担当リポーターです。
と言う事は、実はこれは本番前の打ち合わせ。この後すぐに生中継に入ります。後ろ姿の方は録音担当の方でお名前を聞き損なったのですが、斬新なネールアートがイカしてました。

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無事本番修了。児玉さんは心が自由で本当に素晴らしく、お堂の中の色々な事に興味を示されてチャレンジ。
「お堂というのは一番はお経を詠むところ」と私が説明するとさっそく「じゃぁ詠んでみます」と児玉さん。経台から経本を取り上げてしっかりと詠まれました。
相当な方でも前にサッと座ってお経を詠める方は珍しいので私は感動してしまいました。不思議なものでお経を詠まれると人間的な信頼感やツナガリが自然と生じてきます。


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お腹の中に入りたいという事は電話で聞いていました。とことんと梯子を上がり・・・


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ご機嫌に顔をのぞかして頂けました。
佐吉翁に歌を捧げた柳原白蓮や野口雨情への関心造詣も深く、理知的で本質を突いた質問、私は岐阜放送をコペルニクス的に見直してしまいました。
出身は愛知県だそうですが、今後ともよろしくお願いします。
もっと気楽にデートの場所にも、胎内はどうかと思いますが?佐吉大仏を選んで下さいまし
本当に深く感謝申し上げます。


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                                普段は表に出ない裏方さんにも有り難う御座いました
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