佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2013年06月

大仏公園 花壇の花

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佐吉大仏の西隣の大仏公園の花壇に夏~秋用の花を植えましたのでご報告します。


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私は帯状疱疹も発症し、このシーズンは気力がわかず諦めかけていましたが、ボランティアで手伝ってくれる方が現れて、その方に殆どおんぶして、何とか草ぼうぼうの状態にならずに済みました。


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羽島市の方で一年に一度苗を買って頂けることになっていますので、さっそく電話しましたらベゴニアの苗100株持ってきて頂けました。私は百日草と日日草の区別がつかない程で、この選定は市役所の職員の選んだものです。この3年の歩みはペチュニア(?)→日日草(か百日草)→ベコニアです。

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これは同じ花壇を反対方向から撮ったもの。ベコニアはカチッとまとまり良い花だと思いました。何とか根付かせたいと願っておりますが、子どもを育てる様な訳にもいかず(女房に任せる事が出来ないの意)不安ですが、後日に、盛りのベゴニアを報告できるように心がけたいと念じております。



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愛より慈悲

「般若心経」の解説を読んでいましたら目から鱗が落ちる様な事が書いてありました。

私たちは「愛」と言うと、一番最高の事として無条件に求めますが、仏教と言いますか大乗仏教でしょうが、「愛」は執着する心を生み出すものとして、憑りつかれてはいけない感情として否定的に捉えられています。

仏教では「愛」ではなくて「慈悲」の心を大切にするように教えられます。


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私はどちらがどうのということは無く、両面あってよろしいかと思います。

ただ世の中、歌の文句を聴いていましても、一方的に愛だけが強く謳い上げられますので、たまさか失恋でもして「愛を無くした」とでも言われると、頭の中だけでも「身投げでもしないと収まりがつかない」様な気になってしまいます。

所がです。日頃より「慈悲の心を大切に」と自分に言い聞かせておりますと、「失恋して分かる人の心の痛み」という思いが持てたりします。


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私が自分の人生を振り返って、自分が一番感じる強烈な愛は、我が子に対する思いです。

全て一般化はできないでしょうが、親が子供に持つ愛ほど狂おしいものはないと、大体は言えるのではないでしょうか。

「慈悲の精神」ではこれを妄執として斥けられます。

自分の子供と他人の子供との間に区別は無くなり、今一番助けや保護を求めている子供に関心が行きます。自分の子供は後回しです。


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「愛」より「慈悲」の精神の方が広大ですが、私が思うに、この二つの精神は決して排斥し合うものではなくて、互いに補完し合ってより高い次元へと昇っていくのではないでしょうか。

そう思う根拠は、親や親に代わる種々な人の愛は、人間に必要な滋養の様なもので、さんさんと降り注がれた人は、心は大きく保つことが出来て、いつもいつも「愛」に飢えるようなことはなく、利他の精神を身につける事が容易になっていると考えられるからです。


ということで、言葉をもじって結論的に言いますと、「愛より慈悲」と言う事は、「愛でなく慈悲」という意味ではなくて、「愛より(出でて)、慈悲へと辿る」という風に捉えたいのであります。


今の私の願い

私の目下の最大の悩みと言いますか、懸案と言った方が正しいかもしれませんが、永田佐吉顕彰会を作れないかと思っている事です。

顕彰会の立ち上げについては、数年前から地域の人にアドバイスを受けていたことです。しかし機運が盛り上がらない事にはできませんので、何とか今日まで頑張ってきました。

お蔭様で、テレビや新聞にも採り上げて頂ける様になり、いろいろなイベントにも関与できるようになってきました。これからさらに発展していくためにも、又市外県外のより多くの人に永田佐吉翁の事を知って頂くためにも活動母体となる顕彰会が必要であると痛感する毎日です。

一つには個人的な事情で、昨年秋から諸行事が続きその疲れもあってか二月ほど前から帯状疱疹を患い、中々本調子に戻りきらず、私の元気がなくなり相談したり助けてもらえる人がいたらいいなぁと、つくづく感じている事があります。

より本質的な事ですが、私は永田佐吉翁から数えて八代目の直系子孫にあたる者です。佐吉翁は生涯独身で両貰いの子孫で血のつながりは無いように思われるのですが、子孫は子孫です。
この立場からでは、顕彰会を立ち上げることは大変困難です。佐吉翁の業績の素晴らしさや様々に今日まで語り継がれている事例の多さは、調べれば調べるほど驚かさせられるほどですが、人間の心理としまして子孫がそんなことを語ると先祖の自慢話として敬遠されることも多々あります。

私もイベントの度に、推薦状を書いていくつかの新聞社に手紙を出したり、直接話にも行くのですが、正直な所自分を売り込みに行くような感じに受け取られかねないので、辛いなと思います。
その点他人のことだと言いやすいのです。昨日のブログは「レンコン試食会の案内」ですが、これは心意気も含めて声を大にして声援を送ることが出来ます。


恵那市岩村町の佐藤一斎顕彰会の年会費は500円です。会長さんの鈴木隆一氏は元高校の商業の先生で、人徳豊かで、話しぶりは非常に気さくな方です。私もすぐ打ち解けて話すことが出来ました。

永田佐吉翁は地元の小・中学校の校歌の出でてくるような方ですから、子孫のする事はお墓のお守ぐらいで、佐吉翁が建立した佐吉大仏も含めて地域全体の共有財産と言いますか誇りの様なものとして捉えて行って頂ける様になると良いなと思っております。

その為には前面に出て頂ける顕彰会の様な組織が必要だと願っております。
祈る思いで毎日暮らしております。




井村右水 薩摩琵琶弾奏「佐吉大仏」発表会について


薩摩琵琶の奏者井村右水氏の弾き語りによる「佐吉大仏」の詩が出来ました。
以下の要項で発表会を行います。
ご希望の方がおみえでしたら、お金は不要ですが、準備の都合がございますので、お葉書かお電話でお申し込みください。(〒501-6241 羽島市竹鼻町209 大佛寺 ℡058-391-5032)



              「発表会要項」


1 期 日 
   平成25年7月6日(土) 14時~(一時間程度を予定)

2 場 所    大佛寺佐吉堂内(羽島市竹鼻町209)

3 プログラム  ・読経  (観音経普門品偈・般若心経) 数分程度
         
           ・挨拶   松井聡羽島市長  恵那市の佐藤一斎顕彰会の鈴木隆一会長

           ・薩摩琵琶弾奏とお話(井村右水) 40分程度              

           ・懇親  10分程度ですが、茶菓子でご歓談

4 駐車場    大佛寺信者用駐車場にお願いします

5 その他    必要なお経と薩摩琵琶の詩はこちらで準備します。
           期日的に暑い事も考えられますので、その点はご容赦ください。



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井村右水氏(80)

永田佐吉翁の今日的意義

久しぶりに随想的なことを書かせて頂きます。

私は永田佐吉翁については、ずっと関心が無かったのですが、退職後色々な事績に触れる中でだんだんその素晴らしさを自覚できるようになりました。
具体的なことにつきましては今まで何回かに分けて書いてきたつもりです。

是非とも戦前の様に多くの人の心に蘇らせたいと思うのは、次の理由からです。

以前新聞で読んで、非常に参考になることが書いてありました。

人間は自分を向上させるためには本を読むか自分より優れた人に出会うかどちらかしかない。

本も人物も同じ事ですね。自分より優れた事物に出会わなければ向上の糸口は見いだせません。音楽家でも優れた演奏家の演奏を知る事によって、目標やヒントをつかむことが出来ると思います。

戦前の道徳教育は殆ど偉人伝の形で行われてきましたが、現実に生きた人物像があって向上の糸口が見いだせるからだと思います。完全な創作では、いくらでも書けると言えばそれまでです。

今日スポーツですと、いろいろな人が国民栄誉賞をとって一つの目標になっていると思います。その他にもノーベル賞とか文化勲章の受賞者もそうなれたらいいなと国民の目標像になっていると思います。

歴史的な方ですと、今人気があるのは織田信長公、武田信玄公、ぐっと方向を変えれば一休さんとか良寛さんもそうかも知れません。


佐吉翁は江戸時代の綿屋と言う全く市井の方です。やったことと言えばたくさんの道標や橋の設置、大仏の建立と確かにトータルして考えると相当凄いと言えますが、権勢とか地位とかは関係ありませんし、親孝行とかお世話になった方に恩を忘れないとか、相手によって差別しない思いやりの心とか、そのままは無理にしてもやろうと思えば誰でも出来る日常の善い行いです。

勝ったり負けたり、成功失敗、上下優劣とか、こういう事も大切でみんなは上を目指して頑張るのでしょうが、全ての人間に通じる人間としての良さもある筈です。

その様な美しい心を持った人で、普通の仕事をしながらという人で、無理なく寄り添えるような人。

意外と歴史上で手本となれる人は、いないと思います。
普通ではまねのできない人ばかりが偉人として讃えられるからです。

頑張る人も頑張れなかった人も、強い人も弱い人も、佐吉翁の側に来るとホッとする。叱られたり説教されたりはしないのに、何故だか自分もいい人間になりたいという気持ちになってきます。

以上の理由で、私は佐吉翁が一番とか全てと言う訳ではありませんが、掛け替えのない手本となる人物の一人として蘇らせてほしいと強く念ずるものです。

そうだと思われる方がおられましたら、どうかできる一歩をお進み下さいます様に。

よく日本再生と言いますが、再生にも色々な事があると言う事を知るべきだと思います。


佐吉大仏の発見

昨日は永田佐吉翁に関するパネルディスカッションが開かれました。私もパネリストの一人として招かれ事績の写真を中心としたお話をさせて頂きました。

誤解される恐れがありますので、会場並びにその後の佐吉大仏見学でお話ししませんでしたが、このブログで一番肝要と思っておりますことをお書きします。

私は生まれついてこの方、佐吉大仏とともに生活しています。育ての親ともいうべき祖母からは「大仏を守る事が私の人生」と言われ実際大仏の事を中心とした人生を送ってきました。

しかしながら大仏の事を私自身が内心で大切に思っていたかと言いますと、むしろ逆で「何でこんなものを背負って生きなければいけないのか」と言う被害者意識の様なものの方が強かったと言えます。
ましてその建立者の永田佐吉に関しては、彼の売りともいうべき親孝行の人と言う事自体私は反発的で、人生無縁の方だと思っておりました。

私は57歳で退職します。考えるきっかけはあるのですが「信仰」と言う事を考え始めました。「信仰」という言葉を使いますと宗教的に捉えられ、法的・霊的・修行と言ったことに取憑かれたかのように思われると困りますので、黙っている訳ですが、自分自身の心の中に「敬いの心」を育てていくことの大切さに気付いたのです。

「形」と言う事も大切なことであると思いまして、我が家は曹洞宗の檀家ですので、仏壇と大仏さんの両方に曹洞宗のお経を唱え始めました。これは一つの礼拝形式でして、「敬いの心」と言う事に関しては神仏区別はありませんので、今まで冗談でもお参りしたことが無かった氏神様の八劔神社にも機会があれば参拝するようにしました。

3,4か月続ける中で形がダンダンと決まって来まして、大仏さんに毎朝「般若心経」と「観音経」を唱える様になりました。

私は理屈好きですので、単にお経を読んでいるだけでは納得できず、お経の意味とか仏教全体の思想や歴史、更には仏像についての知識の習得にも努めました。必然的に大仏の建立者である永田佐吉についても分かる限り調べつくしました。

この過程は試行錯誤の連続ですが、身を入れて上記の事を行う中で、大仏さんの価値とか佐吉翁の素晴らしさと言ったことにも共鳴出来るようになってきました。
これは自分の思いだけではなくて、苦手だった人間関係も克服して、多くの方と交わり、格別佐吉翁や大仏参拝の方の意見に耳を傾ける中で、培われて来たものであります。

恥ずかしい話ですが、佐吉堂内に置いた記帳ノートに地元の方が「私の人生で最も尊敬する人は佐吉翁です」と書かれていて、いくら何でもそうまで思うほどの人ではないでしょうと思いました。
始めた頃はこんなもので、私自身何か分かって自信をもって持って始めたわけではありません。

大仏の方も、岐阜大仏と比べて、あちらは日本三大仏の一つなので、そんなところに恥ずかしくて名乗りを上げられるようなものではないと思っていたほどです。
この比較しての思いですが、皮肉な事を書きますと、岐阜市から参拝にみえた人が覆されてしまいました。具体的には書きませんが、「仏像に対してそんな言い方をしてはいけないのではないのか」と私の方から嗜めたことが再三ありました。

言いたいことは最初から目標と見通しをもって行っていた訳でなく、10cmずつ足を運ぶ中で人との出会いに刺激されて色々な事を体験する中で今があると言う事です。その中にはゲートボールとか美術展との関わりが入っています。ゲートボールも結構一生懸命やりました。

繰り返しになりますが、私の場合は大仏の宣伝とか佐吉翁の顕彰とか最初は頭にはなくて、私が「信仰を持つと言う事が可能であるのか」と言うただ一点だけが関心事でしたから、取り敢えず自分の家のお経を唱えてみることから始めたわけです。
必ずしも「信仰」的な関心事だけが入り口でもないと思います。以上は私の実践事例にすぎません。

未だ「信仰」については行きつ戻りつですが、大仏さんについてはイイなぁと心から思える様になりました。大仏さんについて特権的に私にあるというものではないと思いますので、皆様方にも気楽に親しんでもらいたいと思います。今日も中学生が遊びに来ておりました。

昨日の発表に対する補足的な内容でした。

第5回寺子屋羽島「仏佐吉について」の様子


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「一体誰だろう」と思わず首を傾げてしまいましたが、表題の通りスクリーンに映し出された佐吉翁の建立した道標の説明をしている所です。
主に年配の方を中心とした7,80名の方が会場に集まりました。写真でざっとこの会の様子をご報告します。


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これが会場の羽島市文化センターです。一番右側の看板「坂本冬美ショー」です。7月6日ですが、聞いたところによると切符売り出しと同時に何重にも人がならんで大混雑だったそうです。


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私は開場時間と開演時間を間違えて1時間前に到着し、時間になっても人が全然来ないので、内心落胆気味でした。未来を築く会のメンバーが、この方たちは若い少なくとも私よりは、会場つくりをしている所です。


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時間が余りましたので4階ベランダから外の写真を撮る事にしました。風景写真を撮るのは久しぶりです。その所為かあんまりパッとしない写真ですね。中央から左寄りの所にうっすら見えている高い建物が名古屋駅前の高層ビル街でないかと思います。


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もう一枚すぐ南横にある公園を写してみました。噴水をどう入れるかが思案のしどころです。


そうこうする内に誤解も解けて、会場の方に移る事にしました。


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メンバーの女性の方は和服で集合と言う事で、「全世界に発信するために」と言う理由で、写真を一緒に写させて頂きました。一番左の方が和服教室の先生ですね。


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トップの写真とダブりますが、これは正面から撮ったものです。正確には撮ってもらった

中々盛況で意見や質問もいくつか出ました。1時間40分ほどで終了し、その後希望者はバスを仕立てて佐吉大仏の方に参拝と言う事にあいなりました。


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                        誠に風情があります。


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                               説明は出来るだけ手短に


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木魚を叩いている方、資料を見ている方、大仏に登られる方、様々でした


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お茶所の方には説明で使いました佐吉翁の軸の本物を展示しました


あっという間の午後昼下がりでしたが、一歩一歩皆様の中に浸透していくことが如実に感じられ
努力してきた甲斐があった感謝の思いに駆られました。

若い人たちが頼もしく思いました。本当にありがとうございました。


明日のパネルディスカッションに向けて

明日は羽島市文化センター401号室で、(羽島の未来を築く会主催)「永田佐吉翁をテーマ」にパネルディスカッション形式の研修会が開かれます。

私もパネラーの一人として30分ほど話をさせて頂きます。又研修会が終了後バスをしたてて、佐吉大仏に見学予定が入っています。

第5回企画となっていますが、前後の4回と6回は羽島市生誕と伝えられる円空上人がテーマです。

思えば57歳で教員退職後、佐吉大仏の広報的なことを始めて5年余月、羽島市の中でも落としてはならない人として永田佐吉翁が採り上げられる所までやっと来たなと言う感慨無きにしも非ずです。

皆さま方の力で、もう一度、永田佐吉翁をこの世の中に蘇らせてほしいと強く望んでいます。

「一体何が正しいのか?真実とは何か?」正直言って未だ私には全く不明確です。しかし此処に多くの人に感動を与える人間とその人が作った仏像があると言う事は伝えるべきであると私としては考えます。

明日写真を撮れましたらその模様も本欄にてご報告したいと思います。

おやすみなさい。いい夢を!
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