佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2014年04月

仏教の今後の在り方「自力か他力か」

佐吉大仏に参拝される方の多くが「南無阿弥陀仏」ととなえられます。

私は「南無阿弥陀仏」と言う気にはなりません。これは「佐吉大仏」が釈迦像であるという理屈からではなくて、我が家は曹洞宗なので、幼い頃より「南無阿弥陀仏」と言う機会が無く、仏像礼拝と「南無阿弥陀仏」を結びつける発想がないからです。

キリスト教徒ですと「アーメン」ととなえますが、大体の日本人は「アーメン」と口ずさんでみても、あまり神妙な気持ちにはなられないと思います。それと同じことです。

さて、ここから思想的なことに入ります。仏教は煩瑣な教理に満ちていますので、専門外としてはそういう難しいことは能力外ですので、極めて大ざっぱに、一番根幹に関わっていることで疑問に思うことを投げかけ、その解答を出してみるのが、今日の小文のねらいです。


浄土真宗では「絶対他力」という表現を使います。
曹洞宗では、他力とは言いません。勿論自力であり、自律した精神を良しとします。

私は又、中村元著「仏典をよむ1~4」(岩波書店)を読み、その内の、釈迦の肉声に近いと言われる原始仏典にあたる1,2巻を読む限り、釈迦の考える仏教は徹底的な自力宗教と思わざるを得ません。

曹洞宗と浄土真宗の違いは、その姿勢に於いて極めて大きく、宗派というよりもはや宗教が違うと言っても良いくらいだと思います。

ネーミングの違いだけで、浄土真宗はキリスト教と同じでないかと思うくらいです。

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〇私が最初に書いた疑問に対する解答というのは、この大きな違いをどのように捉えれば、仏教全体として包含できるのであろうかという一つの試みです。

◎両者は完全に対立するように捉えられますが、弁証法でよく言われる正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)という思考方法を用いれば、矛盾無く精神の動きとして統合できます。

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正・反・合について別例を設けて説明します。

この社会には「結婚制度」があると思います。昔は結婚するのが当たり前で、夫婦で子どもを作るのは義務のように考えられてきたと思います。

今、夫婦別姓とか同性婚、事実婚とか、従来の結婚制度の根本に関わる修正がなされようとしています。

これは正・反・合の考え方の例として言っていますので、結婚の在り方を論じようとしているのでありませんのでお間違いないようにして下さい。

「結婚制度」の改善の方法は、従来の制度を基盤に社会の変化に応じて少しずつ手直ししていくのが普通のやり方だと思います。

しかし又別の方法もあります。

それは結婚に対する「反・アンチテーゼ」を提出する方法です。
則ち、結婚そのものが間違った制度である、下世話な言い方では「結婚は諸悪の根源である」とはよく言われることですね。

これですと結婚派と非結婚派の間で対立が生じ、食うか食われるかの争いしか起きないように思われますが、そんなことはありません。

なぜなら、求めているのは「合」にあたる部分で、「反」というのは「合」に導くための仮説として提供されているからです。

調整的な改善方法と比して、この方法のよい点は、結婚制度全体を眺められる点です。調整的な方法ですと、問題部分だけに焦点が当たりがちで、取り繕うことを続けると気がついた時には、何が何だか訳が分からなくなる事にもなりかねません。

改善方法として考えると、両者の善し悪しはあると思います。

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仏教について正・反・合という方法を選ぶのは、異なっている両者の開きが大きすぎて、自力を原則として考えている私としては、「絶対他力」という発想には絶対に歩み寄ることなど出来ないからです。

しかし「反・アンチテーゼ」としての表現だと捉えれば、十分に受け入れられるべき言語になります。

その理由は、仏教には「絶対自力」という発想が根幹にあり、それを止揚する、より優れたものに改革するという意味、ためには「絶対他力」という発想に立ってみることも必要です。

「絶対自力」など聞いたことがないと言われるかも知れませんが、「天上天下唯我独尊」ならどなたも知ってみえると思います。
お釈迦様が生まれた時の第一声として説話化されているということは、仏教の根幹として提示されていると捉えるべきであり、私自身も、全くその通りだと思っている考え方です。

もし、「天上天下唯我独尊(=絶対自力)」を少しずつ現状に合わせて手直ししようとしますと、気持ちの上では負けたような、妥協したような感覚になるのではないでしょうか?

そうではなくて、<絶対自力←・・・→絶対他力>の宏大な振幅幅の中で、それらを総合した上に仏教の精神世界が築かれると捉えた方が、達成感は得られますし、自己の絶えざる向上に結びつくように判断されます。

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今回は夜郎自大も良いところで、身の程知らずの言語を弄しましたが、単立無宗派の仏教系宗教法人の代表責任の立場としては、自分の頭の中だけでも矛盾を解消し、より良い方向に結びついていける考え方を取る必要があり、この所考えていることを記した次第です。

佐吉大仏の今日的価値

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仏像はなんのためにあるのか?

その前でお経を詠むために、或いは、祈りを捧げるためにあります。
仏像も色々ですが、本尊仏についてはそう言えるのであって、少なくとも建立時には、デコレーションや作仏の楽しみで作っているのではありません。

では何のためにお経を詠んだり祈りを捧げるのかと言えば、それは人それぞれで、これが正しい祈り方ですと言えるものではありません。

「佐吉大仏」と長らく関わり合って思うことは、「お参りすること」が、「人生を考えること」や「自分を見つめ直すこと」とこれほど直結する仏像も珍しいと思います。

勿論受験前にはお参りに来る生徒もいますので、ご利益祈願の人も少なくありません。

又、安らぎや癒やしを感じられる方も多く、佐吉大仏の温和な表情の持つ魅力だと思います。

同時にですが、「自分はこの様に生きたい」と言う感想や「人間の生き方についての反省云々」と云った意見を持たれる方の比率の多さは、顕著なものがあります。

「人生を考えること」は、仏教関係書を読むとつくづく分かりますが、仏教の本道と云えます。

でも今日、そういう事は忘れ去られている傾向が強い様に思われます。

それは、仏教以外の所で生き方を考えるということもありましょうが、仏教側が提示するものも自分が現在生きている生活とはかけ離れすぎている事もあるのでないかと思います。

例えば、阿弥陀如来の様な人間精神が生み出した仏様でも、弘法大師のような現実に生きていた人間でも、自分がその身になって考えてみることは、理想としても現実感を持ち得ません。

しかし、ただ崇め奉るだけでは、主体性をもって生きる上でのヒントにはなりません。

佐吉大仏は、神仏と触れ合うことを拒否してきた人や美術工芸として見つめてきた人に、「仏様と云うことを否定することなく接することが出来る」希有な仏像でないかと思います。

全ての人に当てはまるとは決して言えませんが、腕を組んだまま佐吉大仏を眺め、お堂の中をグルッと一周して、帰り際にそっと合掌されている方の姿を何人も私は見てきました。


毎日佐吉大仏と接している私が、相変わらずのぐーたらですから、眉唾だと思われる向きもあろうかと思いますが、「徳のある良い人生を送りたい」という思いを新たに持たれる方がおられることも事実です。

私は仏像を多く知りませんので他を言うことは出来ませんが、佐吉大仏はそういう特徴を有している仏像であると言えます。

祭りの準備

今日は、町内9時に招集かけられて、祭りの準備。

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山車を仕組むのですが、これは試し曳きのためです。


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人気者の布袋のぬいぐるみを上に載せます。ぬいぐるみに入って踊る芸は、日本で唯一と聞きました。先年大垣市で新規に作りましたが、人気の程がうかがわれます。


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                     神主さんのお祓い


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    神主さんも大変なお仕事です。この服装では町は歩けません。伊勢市なんかは別かも


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          併行して會所の準備もしましたが、空き店を利用しての會所作りとなりました。


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昼からの試し曳きの光景です。こっそり抜け出て一枚だけ慌てて撮って、押すのに戻りました。


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同じく試し曳きの川町が大仏児童公園で休んでいましたので、横幕を撮ってきました。


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上:鳳凰、下:麒麟。作は宝暦(1751~)と伝えられていますが、もの凄い贅沢で当時の竹鼻の繁栄が偲ばれます。


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最後に一枚。今、竹鼻別院の藤祭り開催中で、佐吉大仏も結構賑わったのですが、たまたま地元の中学生が来ましたので、後ろから写しました。騒がしいのなんのって「授業中もそんなにうるさいのか!」と思わず訊きました。学校の先生も大変ですね。


ご案内二つ

5月3日は、竹鼻祭りですが、その前後に色々な行事が行われます。
フェイスブックで案内しましたが、ブログの方でも2種類そのチラシを転写したいと思います。


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これが全体的なお知らせです。部分的に拡大します。


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「美濃竹鼻ふれあいラリー」が行われていまして、佐吉大仏もポイントになっています。
是非来て下さい。右下の方にあります「会場案内図」だけ写します。


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「佐吉大仏」は地図の名鉄「羽島市役所前駅」から、市役所方向にに向かって200㍍です。
駐車場もありますので、自由に使って下さい。


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これは5月3日(祝)にJR東海主催で行われる、「JR東海さわかウオーキング」の案内です。
新幹線「岐阜羽島駅」から徒歩で1.8kmに「佐吉大仏」、最初のポイントに指定されています。

全行程14.1kmの長丁場、気楽な気持ちでは参加できないかも知れませんが、挑戦し甲斐のあるコース設定でないかと思います。


竹鼻別院の藤祭り・オープニングセレモニー


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竹鼻別院の藤祭りのオープニングセレモニーに出かけていきました。家から5分です。



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お茶席も設けてあり、風雅なモノです。


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境内にはお店も出まして、いつになく華やいでいます。黒服の方は市会議員ですね。殆どの方が来てみえました。私も最近は顔なじみになり、7,8人挨拶しました。



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A:上から見た藤



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B:下から見た藤



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C:横から見た藤。一本しかありませんので撮りようがありません。



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私もちょっと記念撮影



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式が始まりました。日頃お世話になっている羽島市長さんのご挨拶。



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別院が経営している竹鼻保育園の園児による鼓隊演奏



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可愛いものであります。


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演奏後列を作って歩いていましたので、写真に撮りました。


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何でもそうですが、幼子が出て来ますと主役は奪われます。


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D:どうやったら良い写真撮れるかと思い、又一枚。



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最後に竹鼻別院で一番重要な史跡。
左は竹中伝六の墓で、岐阜県の史跡の3番目に指定されています。宝暦治水の幕府方の目付
で、工事の責任取らされて切腹自害したと思われます。
右は濃尾震災(明治24年)の竹鼻町犠牲者を悼む碑。南条文雄という我が国近代仏教学の
礎を築いた大宗教学者が碑文を書いています。東大に梵語学科を創立しています。

本覚寺のぼたん祭り

昨日本覚寺のぼたん祭りに行ってきました。

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どれから紹介して良いか迷いますが、本覚寺自慢の鐘楼前に咲いたぼたんです。


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アップです。ぼたんというのは藤と違い、既にしぼみかけだったり、まだ蕾だったりして、統一して咲かせるのは中々難しいなぁと思いました。


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くどいようですが、又別角度で同じぼたん。本覚寺の新しく立て直した庫裏をバックに撮ってみました。中も大変立派で、感心しました。



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                    白の大輪 以下三色続けます。


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これは本覚寺らしい風景ですね。観音様があって藤棚があり電車が走る。前には小池。
右方向奥へ行きますと竹鼻稲荷。どういうわけか「ちくび」稲荷と読んでいます。


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曹洞宗にはお稲荷さんが付き物です。有名な所では豊川稲荷がそうですネ。


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                      本覚寺のぼたん祭でした。

本覚寺の藤棚

本覚寺のぼたん祭りも盛りになってきましたが、藤の続きで本覚寺の藤棚を先にご紹介します。

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本覚寺です。道路からもぼたんが咲き誇っているのが分かります。


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ここが入り口です。いつも本堂が開けられていて、非常に入りやすいお寺です。
曹洞宗にはお寺に、格寺、法寺、准寺の3つの格式があるのですが、岐阜市を含む岐阜第一教区で格寺の位にある唯一のお寺です。
江戸時代は本覚寺が竹鼻の役所代わりであったと聞いたことがあります。大寺と言うことです。


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すぐ横を名鉄電車が走っています。私の家の墓がありますので、気楽と言えば気楽です。


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「藤と鯉のぼり」というテーマで。青空ですが、逆行光で、どうしても空が白っぽくなります。カメラに詳しい方でしたら、上手く加減できるのかも知れません。



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「鐘撞き堂と藤」というテーマで。本堂に入って上から撮ると、眺めも良く藤棚全体を愛でることが出来ると思います。私自身は、竹鼻別院のように、どーんと藤だけ大きく目立つより、全体があって藤がワンポイントになっている本覚寺の方が好みです。

別院から北へ行くと本覚寺、南へ行くと「佐吉大仏」。歩いて数分、さして距離は変わりません。どっちへ行くか思案のしどころですが、時間があれば両方行くのが良いと思います。


竹鼻別院の藤祭り

竹鼻別院の藤祭りは4月25日(金)からですが、本覚寺のぼたん祭りの写真を撮りに行った帰りに、別院に立ち寄り数枚写してきました。


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完全な逆光ですが、入ってすぐ見える姿です。



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鐘撞き堂の上から見下ろした藤。枝張り:東西33㍍南北15㍍の一本藤。



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樹齢は260年くらいで、岐阜県の天然記念物に指定されています。



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陽気もよく、開幕前でしたが、ちらりほらりと見物客が来ていました。



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近づく竹鼻祭り

五月三日は竹鼻祭りです。私の町内上鍋でも、囃子の練習や演し物の練習で大忙しです。


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これはお堂のフェンスに山車13台の写真を並べたモノです。もう少し近づきますと・・・



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例年7台・6台と隔年毎に出ますが、今年は羽島市制60周年記念ということで全車揃います。


中心地が過疎化していまして山車を出すのは大変なんですが、ボランティアに助けられて何とか出すことが出来ます。


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この写真は私の子どもの頃の祭りに子どもみこしを担いだ記念写真です。上鍋・下鍋の二つの町内が一緒に写っています。下鍋の方は新しい人が転入してきて、多少子どもの数はあるのですが、上鍋は子供会はゼロです。
子どもがいないと言うことは大人も少なく、私は63歳になりますが、若手とは言えないにしても未だ中堅です。

去年のブログ写真の再録ですが、以下10枚ほど並べます。


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神社で捧芸している所を後ろから撮ったものです。



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これは私の町内・上鍋の布袋踊り、全国で一つだとか聞きました。



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からくり人形です。素晴らしいですね。



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捧芸を終わって町に繰り出す福江町の山車。後ろの幕が実に勇壮です。



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これは同時期に開催されている竹鼻別院の藤祭りの様子です。



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竹鼻別院です。



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下城の會所(山車の立ち寄り箇所)。金屏風が眩しいです。



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町を練り歩く上鍋の山車。押している人の真ん中の背の高い男性は息子ですね。



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家の近くで撮ったのですが、途上もなく立派な山車ですね。



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大仏さんも大賑わいで有り難いことです。



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暗くなると一気に人は減ります。昔はこれから増えたのですが。



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夜山車(よやま)は情緒があって良いものです。右手前の方の提灯は、通る町内の人のお出迎え。



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囃子も夜山車用のゆったりとしたテンポの曲が流れています。



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山車の上で踊る女の子も一生の記念に残るのではないでしょうか。

中野京子『「怖い絵」で人間を読む』の紹介文

「佐吉大仏」に対する認識の始まり

私は、「佐吉大仏」について一生懸命取り組んでいますが、元々そこで生まれたモノですから、そういうものだと思って幼い頃より大仏さん優先で生活を送ってきました。

特に素晴らしいとか価値があると認識していたわけではありません。

退職して佐吉大仏に取り組み出してから、ほぼ6年になりますが、当初、大仏に地する認識を新たにする事がありましたのでそれを記したいと思います。

実名を書くのは控えますが、遠方の国立大学の教授が訪ねてきました。彼は近世大仏を専門に研究して、その調査研究のために来られたわけです。
そんなことを専門にする人も少ないでしょうから、学術的には大仏に関する日本的権威なんでないでしょうか。

「佐吉大仏」は地域からも忘れ去られてしまい、夫婦で細々と維持管理していただけですから、私は恐縮してしまい「奈良の大仏の足元にも及ばないのに、わざわざ来て頂いて申し訳ない」と云いました。

するとその教授は「奈良の大仏は大きいだけで、私はなんの価値も認めていない」と言われたわけです。
私に取りましては目から鱗が落ちるような一言でした。

この教授が言われることに妥当性があるかどうかは人それぞれだと思いますが、世の中の基準や順番で決め込んでしまっている私の頭を自由にしたことは間違いありません。


これに類似したことで、ちょっとイヤらしい話ですが、実際生じたことですから、併せて記します。

岐阜市に日本三大仏の一つとして有名な岐阜大仏があります。昔から「日本三大仏」という言い方はよく知っていまして、私の所からは別格、雲の上の存在と思っていました。

幸い「佐吉大仏」にも岐阜市からも来られる人が増え、そういう方とお話しをすると、何人かの人が「あれは、張りぼてだから・・・」と嘲笑気味に話されました。
この発言を肯定しませんし、多くの誇りに思っている岐阜市民もいると思いますが、これも私の固定観念を打破した言葉であったことは確かです。

要は、世上の評価は一つの参考にする必要はあろうかと思いますが、自分の価値は自分で見出すしかなく、価値があると思ったならば、臆することなく堂々と語れば良いと思ったのです。

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今私はフェイスブックで、5月3日に予定されている竹鼻祭りの、主に山車を中心とした宣伝を行っています。

私は上鍋という町内で山車を曳行する立場にある人間です。

私は昔から不思議に思っていたことがあります。それは羽島市内ならともかく、市外からも大勢の人がみえて、熱心に山車の写真を撮っている方たちがいることです。

わざわざ来るに値しない祭りに来て貰って、かえって肩身が狭いような気になっていました。

今私は燃えるような情熱で竹鼻祭りを宣伝していて、羽島市の商工観光課の職員に煙たがられている存在になっています。

高山祭りと比べたら・・・そもそも比べる方がおかしい
ではその隣の飛騨古川の起こし太鼓と比べたら・・・今日の中日新聞には一面にカラー写真が載っていました。竹鼻祭りは昨年、地方版ですら1行も報じられませんでした。

岐阜市の道三祭り、大垣市の・・・切りがありません。

メディアの報じるまま、自分で価値を否定し、義務感だけで携わっている限りは、価値など見出しようがありません。

竹鼻祭りに対しても、「佐吉大仏」に対すると同様、良いと言われる方の意見にも素直に耳を傾け、自分自身の目で確かめることによって、評価が大きく変わりました。

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この評価の変化について、子どもの頃より携わってきたと言うことは、非常に大きく影響を及ぼすことであったと言えます。

そういう意味では、コトの大小にかかわらず、情熱の籠められいる事には、心を打つモノがあります。

「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」という言葉がありますが、評価軸や価値というモノは、自分の中から生み出すようになってから、本当のモノが生まれてくると思います。

宗教に何を求めるか??

宗教に「病気治し」を求める人が結構多いようですが、子どもの頃から私は変な話と思っていました。

不治の病もありますが、昔、大昔ならなおさら、いくら神仏に頼んでも治せなかった病が、病院で簡単に治せてしまいます。

これを見れば、要は医療技術の問題で、ファンタジスティックとしか言いようのない神様に祈願して何にになろうかと思っていました。

合格祈願でも交通安全でも同じことが言えて、前者は自分の学力と努力次第だし、後者は安全運転に心がける以外ないのであって、お札などぶら下げている人の気が知れないと思っていましたし、今でも基本的には変わりありません。

この様に目的に対して合理的手段を模索していきますと、宗教など要らなくなってしまいます。

葬式にはお坊さんを呼び、初詣を欠かさない人の多くが、問われれば「無宗教」と答える背景には、しきたり上宗教と付き合っているだけで、その意味とか意義とかに確信を持てないからだと思います。

さて、私は「佐吉大仏」を本尊とする大仏寺の責任代表です。今の私がどのように考えているのかを述べたいと思います。文字通り今の私という軽いノリですが、母の入院している病院からの帰り道、歩きながら考えた理屈です。

「宗教に何を求めるか?」という問いの前に、「自分の人生に何を求めるか?」と言う問いがあるはずです。

人生に求めるものは時々に変化しますが、「何を求めるべきか」と「それをどのようにしたら、手に入れられるか」の二つの問いを巡って、様々に模索します。

そのために科学や文学や哲学や芸術があり、経済も考えねばなりません。そして勿論、宗教もあって、人類は人間の思いや願いに応えようとして宗教を創造してきたと言えます。

宗教には生活実践的なことも含めて、ぎっしりと多くの叡智と体験が籠められています。ここと全然関わらないのも勿体ないことです。「宝の持ち腐れ」と言えるのではないかと思います。

宗教熱心な人は、自分が見聞きした霊験・霊能をよく語ります。気のない顔をして聞いていますと、段々熱を帯びてきて「嘘ではないっ!」と、これでもか、これでもかとたたみ掛けるように例証を挙げていきます。
こちらは白ける一方です。

何故なら、私が人生で求めているものは霊験や霊能ではないので、仮に言われることが本当であったとしても、そんな宗教を私は必要としないからです。

結論になりますが「宗教に何を求めるか??」と「?マーク」を二つ付けた理由は、「自分の人生を見つめるという行為が先に来る」ということを言いたかったからです。
その上で、今はインターネットで色々な情報が手に入りますので、ある程度無難で、且つ有用と感じられたならば、一歩足を踏み入れてみて体験することも大切だと思います。

母の入院

数日前、齢91になる母が、軽い脳梗塞をおこし入院した。

弱っていく一方で、今日は呼びかけにも応えず寝たままの状態であった。

虚弱な体質の割に長生きしたと思うが、10年以上前から緩慢に老衰し、今日に到った。

思えば人間の一代もはかない限りで、嫁いでよりの苦労、それ以前の幼少の頃は、太平洋戦争を挟み、激動の世界を生きてきた。

容態を観るに、明日明後日とも思われないが、言葉が交わせなくなれば、別の世界に生きていると思われてもくる。

静かなものだ。

人は、張りをもって生き、些細なことにも一喜一憂し、意地を言ったり我を通し、まるで人生の王者のように、暮らしや世の中について語っているが、それもうたかた、全てをゆだねる時が来る。

病人を見下ろしながら、看護師と見通しを話してきたが、天地逆にすれば、見下ろされているのは我々の方であって、人間意識の世界の中でうごめいている。

新聞に韓国の船転覆のニュースが載っていた。多くの修学旅行生が未だ行方不明のままである。「真白き富士の根」の歌を思い起こさせる悲劇で、言葉もない。

全て待つ身は同じと言えるが、長寿を生き苦痛無く眠っている母は、人としてあらまほしき待つ身であると言える。
そう急ぐことも無いので、出来る限りの措置はするつもりである。

本覚寺ぼたん祭り最初の一輪


4月中旬から始まる本覚寺のぼたん祭りですが、今日住職が常飯に来られたので、うかがいましたら一輪だけ咲いているというので早速撮ってきました。

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後は蕾でしたが、そちらの様子も撮ってきましたので、ご覧下さい。

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電車沿いの花壇にあるぼたんですが、まだちょっとという感じでしょうか。


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本堂前の花壇ですが、咲けばさぞかし見事でしょう。


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これから一日一日、大輪のぼたんの数を増やしていくことでありましょう。

犬山城 昔の絵と見比べ

フェイスブックと同じ記事になります。

meijoさんより、中日新聞に昔の犬山城の絵が載っていると情報を寄せて頂きました。

行ったばかりで、夜でしたが、同じ方向から写真も撮ってきました。誠にご縁、特にトピックもありませんので記事と写真を並べて比較してみたいと思います。

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これがその絵です。縦方向にデフォルメされているようです。

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真っ暗なんですが、明度操作で思い切り明るくしました。よく似ています。

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犬山の市街に掲示されていた昔の地図の当該部分写真です。


これだけのことですが、面白いものだなぁと思いました。記事全体も下に載せておきます。

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