佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2014年07月

濃尾古城探訪の会様(40名)ご参拝

昨日7月27日濃尾古城探訪の会様(40名)に佐吉大仏に参拝して頂きました。

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愛知岐阜にまたがる結構広域の団体です。暑い日に有り難いことであります。


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この会は年ごとに地区を決めて廻られるそうで、今年は羽島地域です。羽島に八神城、竹鼻城があったことは知っていましたが、本郷城というのもあると言うことを知りました。
お城と言いましても、すぐ名古屋城や岐阜城を連想してはいけないので、多少大きめのお寺ぐらいと思っておいた方が良いのかも知れません。


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お城関係を廻られる時、折角なのでと言うことで地域の名所も見ていかれますが、おそらく「佐吉大仏」と円空仏の「中観音堂」に行かれたのではないかと思います。
写真は柵に掛けてある柳原白蓮のパネルを見ておられる所です。白蓮は佐吉翁の短歌を作っているのですが、誰も知らないので説明用に作ったのですが、「花子とアン」でスッカリ有名になって、このパネルも生きることになりました。


最後に思いがけないことが起こりました。写真は控えますが、ご一行の中に中学の同級生がいて、ほぼ半世紀ぶりのご対面が出来ました。
2,3年と同一クラスで、学級委員をしていて、女子の方の、言わば私の相方です。
出会いもあれば再会もあるのが人生です。


竹鼻商店街の七夕祭りの様子

聞く所によりますと、今年で最後の七夕祭りが昨日・今日とありました。

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これは昨日の様子で、催しが始まる前で閑散としています。往時と比べれば吹き流しの数も全く少なく、潮時というのも致し方がないと思います。


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ここが商店街の一番中心の御坊瀬古(ごぼぜこ)前広場になります。


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一日明けて、さすがに祭りの雰囲気が出て来た御坊瀬古広場です。意外と頑張っていまして色々な催しが企画されていましたので、連続して数枚、写真でご紹介します。


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ビンゴゲーム大会

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夜も近所で太鼓の音がしていましたので、まだやっているのかなと思って、撮ってきました。


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振り返りますと、この七夕祭り、棟続きの親戚が菓子屋をやっていまして、だいぶ前から飾り付けの準備に入ります。当時は千代紙のようなものを何枚か重ねて、花をを作っていましたが、私も手伝いました。手先が不器用なので、花らしくならずに苦労したことが懐かしい記憶です。

新幹線開通50周年と言うことで、おもちゃの新幹線の乗り物が催しに登場していました。
今や新幹線の駅は日本中至る所にある普通の駅でしょうが、未だに新幹線「岐阜羽島駅」が唯一の自慢では、停滞振りが察せられます。

来年から形を変えて別の企画もあるようですが、殆どがサラリーマンですから、商店街は関係の無い方向に持っていかないと市民参加のイベントにはならないでしょう。

「竹鼻商店街七夕祭り」にはさよならの日でした。別に七夕を止める必要はないので、羽島市幼稚園・保育園連合七夕祭りにでもすれば大いに盛り上がるのではないでしょうか!

奈良「薬師寺」山田法胤管長様、ご参拝

羽島市文化センターで講演される「奈良薬師寺」山田法胤管長様にご参拝頂きました。

山田管長は岐阜県出身と言うことも大きいのですが、それにしましても感激の極みであります。

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最初に読経ということで、正式に開経偈から詠んで頂きました。


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お詠み頂いたお経は、「般若心経」と「観音経の偈」で、奇しくも私が日頃となえているお経と全く同じでした。


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時間は30分でしたが、家に上がって頂き佐吉翁の軸を見て頂きました。

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家でも最初にお経と言うことで、我が家に取りましても誠に名誉と言える日になりました。



サヨナキドリさんに捧げるブログ{バロックとは何のこと?}

よくバロック音楽という言葉を聞きます。バッハとかヴィヴァルディとかそうですね。

でもここで言うバロックとは何の意味かよく分かりませんでした。

DSC01826 この写真の本は篠沢秀夫「フランス文学講義」
 第1巻です。5巻まであります。

 篠沢教授が文学史の講義で話した内容を本に
 まとめたものです。
 1970年代の数年にわたる講義が元です。

 この34頁に『バロックとは行き過ぎ』と言う見出
 しがついていました。
 一回読んだくらいでは忘れてしまいますので、
 メモ代わりに要旨をまとめておこうと思います。

 サヨナキドリさんはクラシック音楽を愛しておられ
 ますので、関心を持たれるのでないかと思い
 敢えて「サヨナキドリさんへ捧げる」と言う
 キャプションを付けました。笑って見逃して下さ
 います様に。


『「バロック」というのは、もともとは真珠について、「ゆがんだ」という意味のポルトガル語を語源としています。ゆがんだ真珠というのは美しいでしょうね。一種のむしろバロックな真珠を好む人がいるかもしれません。しかし、いやだという人もいるかも知れませんね』

この記述からですと、バロックというのはゆがんだ方を取るみたいで、自然そのままとか形が整う方向を向いていない事が分かります。

『つまりバロックというのは何かというのを、フランス人も日本人も、非常に混乱したことを言っているのは、バロックという概念を誰かが待ちだしたのに過ぎないのに、バロックというものが固定的にあったように考えて、じゃバロックの文学って何だろうという風に考えるから分からないのですね。・・・
簡単に言ってアンリ四世とルイ十三世の知性の文学傾向を示すと言うことなんですが、これは結局のところ、バロックな傾向というふうに考えればいいんで、固定的にバロック派というのがあるわけじゃないんですね。当時ぼくたちがバロックだと称した作家たちがいたわけじゃひとつもないんです。ちょうど1660年代の作家たちが、自分たちはクラシックだなんて、一つも言っていないと、この間言いましたね。』

長い引用でしたが、要はある時代の一つの傾向を指す言葉で、後から作った言葉だと言うことです。ではバロックな傾向とは何かと言うことですが・・・

『結局はバロックというのは「行き過ぎ」です。』

『行き過ぎの「プレッシュー」と、行き過ぎの「ビュレスク」という両方の行き過ぎを考えますと、これを両方まとめる概念としてはバロックということが言えるのです。』

ここで問題になるのは「プレッシュー」と「ビュレスク」の意味ですが、前の方に書いてありますのでまとめて記載します。

プレッシュー   何でも高貴な表現を物事に与えようとする。良い趣味を広めようとすること

ビュレスク     偉大なものを卑小に表現する。英語でバーレスクと言う言葉があります。

二つを比べるとまるで正反対で、片方はいわゆる「お高くとまる」、もう一方は「茶化したりこき下ろす」ですが、実物通りと言うことではなくて、上下どちらかの方へ誇張して表現するのが「バロック」的傾向と言い得るようです。

今は序論ですから現実的にどういう作家がでてくるのか分かりませんが、バロック音楽家においてはどうでしょうか?門外漢で分かりませんが、バロック的傾向というのは窺われるでしょうか?

 

「れんこん感謝祭(レンコン餃子作り)」の記録

7月21日の羽島市文化センターでの、「れんこん感謝祭」に行ってきました。
その記録を順を追ってご紹介します。

① 会長さんの挨拶と講師の先生のご紹介
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中央で挨拶をしているのが「羽島れんこん友の会」の会長れんこん料理「竹扇」の馬場さん
その左隣の方が本日の講師、岐阜餃子共和国の鈴木清倉さん。
NHKと長良川ケーブルテレビの2局が撮影に来ていました。


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会場に掲げられた看板です。


② 象鼻杯の体験
れんこんの茎を辿って、飲み物を飲むという象鼻杯の体験がありました。

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使われているハスの葉は大賀ハスで、古代品種で長生きになれるような気がします。


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一階の円空ギャラリーで「水彩画展」が開かれていて、偶然象鼻杯の絵がありましたので係の方に頼んで絵を写させて頂きました。


③レンコン餃子作りに挑戦
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最初に、作り方の指導がありました。皆さん真ん中に集まり熱心に見てみえます。


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とても手慣れた様子で、講師の鈴木さんから褒められました。お母さんも満足そうです。

◎レンコン餃子作りの模様を数カット続けます。

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④ 用意されたレンコン料理の数々
勿論レンコン餃子だけでなく、数々のれんこん料理も用意されました。続けてご紹介します。

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⑤ 和気藹々の試食会
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⑥ お楽しみ抽選会

最後に全員外れなしのお楽しみ抽選会が開かれました。

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一番価値ある賞品は、FC岐阜のラモス瑠偉監督のサイン入り色紙であります。

それで私がゲットした賞品は?・・・

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FC岐阜のサッカー試合の招待券でした。いずれ、このブログで観戦記録を書きたいと思います。


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スッカリ満足して会場を出て、すぐ前の羽島公園を一枚。梅雨明けて、真夏が到来していました。



岐阜市の日本料理店「布武」(ふぶ)でのLive

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ここは岐阜市にある日本料理の「布武」(ふぶ)結構探しにくい所ですが、インターネットにホームページが掲載されていて、ご関心ある方は「布武」で調べてください。


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岐阜市民なら知っている伊奈波神社の近くですが、静かな所でこの対面の写真も撮りました。


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これが側面。全く閑静な場所です。駐車場は店の横に入っていった所にあります。


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「布武」ではサーヴィスでLiveを行っています。ランチタイムと夜を併せて月四回程度。


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店の雰囲気と全然違うのですが、ジャズ&ポップスです。


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お目当てはこの方で、今は大垣市の老舗の染物屋「福田屋」のお嫁さん


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フェイスブックで知り合い「来て欲しい」と言われましたので、出かけました。こういう事はお互い様で、私も「佐吉大仏」に来て欲しいという思いがありますから、近場の場合誘われれば大抵出かけていくことになります。福田さんは既に来られたことがあり、答礼になりました。


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Liveなるもの、以前は話に聞くだけで人生無縁なことだったのですが、前回の川鰭祐子さんと言い、積極的に参加して、人生の幅も拡がったと言えます。
昔の話ですが、小学校の頃からテレビでヒットパレードを見ていて、それからもポップス系統の音楽をラジオやレコードで好んで聞いていたことが大いに役立っております。


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歌われる曲も知っている曲ばかりで、ムーンリヴァーとか、大変楽しく聴くことが出来ました。


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ほぼカップルばかりで、私の様な年配の一人者というのは皆無でしたが、そういう事を言っているとどこにも行けませんので、「佐吉大仏」の営業も兼ねまして、大いに出かけていきたいと思っています。

何と明日21日はレンコン料理フェアで、レンコン餃子を作って食べるという集いに出かけてきます。


「ヴァネッサ」でのモーニングコーヒー

今朝は新幹線岐阜羽島駅のすぐ近くにある「ヴァネッサ」という喫茶店でモーニングコーヒーを楽しみました。

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左真ん中に見えるフェンスが新幹線でもう五〇〇㍍ほど右に駅があります。


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「ヴァネッサ」と言う名前は歌手の大城ヴァネッサから取ったモノです。オーナーは青山さんという地元では大変なお金持ちで篤志家としても知られた方ですが、奥さんは演歌歌手もしておられます。
NHKのど自慢の海外アルゼンチン大会で優勝した大城ヴァネッサさんを育てて上げようとしてこのお店を作られたようです。苗字から推測できるように元は沖縄の方です。


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モーニングセットです。いくらなのか?チケット持っている人に出して頂いたので分かりません。
400円前後でないでしょうか。


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コーヒーは好き好きがあるので何が美味しいか公正な評価は難しいのですが、見た目にこくがありそうな感じがします。実際、ブラジル直輸入を店の看板としています。


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これは店入り口の掲示板です。左下側に見える像は永田佐吉像です。以前ブログで十六銀行の跡地の写真を紹介しましたが、オーナー夫婦が資金を出して「青山スクエア」という広場ができますが、その中に設置されます。
原型は竹鼻小学校にあるものですが、同じものを作りました。
今、青山スクエアは工事始めたばかりで、いずれ姿を見せると思いますので、その時には又ブログで紹介したいと思います。

フェイスブックの工夫(川鰭祐子ジャズコンサートに寄せて)

岐阜市在住のジャズシンガー川鰭祐子さんの岐阜県立美術館でのコンサートに行ってきました。

早速フェイスブックに掲載しましたら「いいね!」のコメントが過去最大級に寄せられました。

三枚組の写真ですが先ずはご紹介。

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これが面白くて三枚目の川鰭さんの写真だけ取り出して「いいね!」が集中していて、私の知らない方ばかりです。どういうシステムになっているのか私には分かりません。
確かなことは次の写真をご覧下さい。

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元のこの写真を出していたなら誰も「いいね!」を押さなかったでしょう。私自身後で見てゾッとしました。一人だけで全身を写せば良かったというのが後知恵です。
実は周りに一杯人がいて、ファンの方を押しのけての撮影であります。

いろんな方と知り合いになりました。十年前の教員時代には考えられなかったことです。

思い出のフランソワーズ・アルヌール

一番好きな女優は誰ですか?という質問があります。

皆様方の意見を聞きたいものです。

私は、フランソワーズ・アルヌールというフランスの女優が一番です。

その思い出は中学に遡り、当時テレビで三時過ぎからテレビ名画座という番組がありました。家がすぐ近くでしたので帰りの会が済むとすぐ飛んで帰り、テレビ画面に齧り付いたものです。

殆ど忘れてしまったのですが、ジャンギャバン、ビングクロスビー、ソフィアローレン、ジョンウエインと言った往年のスターを知ったのもその番組を通じてでした。

「そして今は」というスタンダードナンバーがテーマソングでなかったかと記憶しています。

確か「自転車泥棒」というイタリア名画を見たのもその番組でなかったかと思います。

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フランソワーズ・アルヌールですね。当時憧れた雰囲気そっくりの写真です。独特の眉毛で、コケティッシュというのですが、当時としては大胆な場面もありました。

中学時代にこんな女優さんに憧れていた私は、相当ませていましたが、憧れのすべてを使ってしまったようで以来夢中になる女優さんとかには出会っておりません。
マリリンモンローにエロスを隠し、知性を上乗せしたような感じと言えましょうか。

今もご存命なのでしょうか?

写真を見ながら懐かしいなと思っている自分は、中学時代からチットモ変わらず、生長もしていないようで、女性の放つ魔力は、年齢を超えて生命の核心を打つようです。

猫好き必見 小室幸雄展&陶猫体験


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   本日7月14日(月)
   
  これで3回目の岐阜市金園町4丁目
  にあるギャラリー「イマジン」さん

  小室幸雄展&陶猫体験にお邪魔

  地味な垂れ幕が迎えてくれました。












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  階段を上っていくとそこは
  猫の町であった

  と思ったところ、ごく普通の絵が
  かかっている

  ニャンとも分からない

  ヒマに任せて中に入ることに
  しました
 








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お邪魔しまーす


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いつもは広く落ち着いた展示・今回は一杯である


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ここは体験コーナー、私も勧められたが土いじりは苦手


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作家としては正面の絵が本業なんだそうだが、前の置物に目が行く


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ここにもぎっしり、少し細かく見てみよう


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猫のお出迎え 


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こちらには猫の他にもカメ、ゾウ、クマ・・・


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カメとウサギ、美術展という感じではありませんな、子供も楽しめる


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可愛らしい


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こんにちは


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猫のにらめっこ


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これも又面白い、床に並べて楽しみました


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置物はこの辺りで、続きまして壁の絵<猫尽くし>を見ましょう



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アップにすると迫力あります



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猫パワーにしばらくうなされそうな実在感!

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この絵は男か女かでイマジンのマダムと議論しました

まだ普通の絵もありましたが撮り忘れてしまいました


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大変楽しく、敢えて言えばキティちゃんに会えなかったこと位が、心残りと申せましょうか


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宗教に関して思うこと二つ

1 始めに

 平成20年5月佐吉大仏に専念する志を得るまで、宗教についてそんなに考えていたわけではありません。宗教に対する関心を持つのは、主に問題や事件を通してですから、どちらかと言えば否定的に捉えていました。

 すぐ思い浮かぶのがオーム真理教事件、それ以前にも輸血拒否とか修学旅行で神社仏閣に参拝しないとか、色々と困ったことが報じられ、そのたびに宗教に対する疑問が生じました。

 テレビでカルト教団と正しい宗教の区別として、「お金をむやみに集めようとしているか否か」という見分け方を曾野綾子さんが話していたのを覚えています。それは一つの目安としては言い得るとは思いますが、問題なのはお金だけではありませんし、曾野綾子さんが正しいと推奨するカソリック教団もかつて莫大な資金を集めたり免罪符を売っていた歴史があります。

 又より根源的なこととしては、宗教に正しいとか悪いという区別がつくのかという思いもします。

 何れにしましても、その頃までは、宗教について真剣に考えてはおりませんでした。

2 佐吉大仏と関わって
 
 「佐吉大仏」に専念し始めて、真っ先に気づいたことは、ここは他ならないお寺であると言うことでした。そこで「お寺とは一体何だ?」という基本的な疑問にぶつかりました。
 法律上は仏教系の宗教法人と言うことです。しかしこの宗教法人と言うこともよく分かりません。

 「佐吉大仏」を本尊とする「大仏寺」は、建立者の永田佐吉翁の遺徳を偲ぶ名所としてあると割り切っていれば簡単でしたが、始まりは佐吉翁よりも信仰に主体を置いた取り組み方をしましたので、「お寺のあり方」、「信仰と宗教の違い」や「仏教の全体像」と言ったことを考えることになりました。

 とりわけ、宗教は様々な社会的問題を起こしていましたので、大仏寺として責任ある行動を取るためには、私なりに宗教の持つ問題点を明確に把握する必要がありました。
 この記事で私が述べようとしていることは、私が感じた問題点についてです。

3 宗教法人の孕む問題点
 
 「はじめに」でカルト宗教と正しい宗教の見分け方について、曾野綾子さんの意見を記しました。しかしながら、正しいと言われる宗教にもかなり疑問を感じますし、お金さえ貰わなければそれで良いのかという疑問も生じます。
 
 私が問題点として挙げたいことは次の二点です。

 但し断っておきますが、これは「大仏寺」という「単立・無宗派」で、責任者の思い方次第という所だから言えることです。
 私の考え方が色濃く反映していますので、普遍的に正しいことであるということは言えません。

① 全ての組織に共通する問題

② 「帰依」という信仰の姿勢に対する疑義

 順に説明していきたいと思います。

4 全ての組織に共通する問題

 私は教員時代、一時組合に入っていました。名前を岐阜県高教組と言います。岐阜市に本部があり、そこには組合専従者がいます。又、執行委員長や書記長の様な役員は一端学校を辞め、専従者になることになっていました。任期終了後教員に復しますが、この部分は横に置いておきます。

 さてこの専従者にとって最も重要なことは何か?と言うことを考えてみたいと思います。
 そんなことは考えるまでもありません。岐阜県高教組としての主義主張が通るか通らないか以前の問題として、組合の存立が一番死活的に重要なことになります。
 さらに組合が大きくなれば資金も豊富になりますし、それだけ影響力も増しますので、必死な思いで勧誘に努めます。
 まとめれば組織の維持・拡大を最も重要なこととしていると言えます。

 どの宗教でも、一端教団化されると、組織としての同じ問題が生じてきます。
 
 自分達が聖職専従者として生活可能なのは生活を支えてくれる一般信者がいればこそですし、信者が増えれば増えるほど、生活面もそうですし権限も大きくなってきます。

 どの宗教教団も維持・拡大を図りますし、それに貢献した人は教団内で大いに讃えられると思います。これはその宗教が持つ思想的な面とは関係が無く、あらゆる組織の専従者としては、どうしてもそうならざるを得ないわけです。

 これを信者の立場からみれば、どの教団にもそう簡単に辞められないような論理や、新たな信者獲得を誘導するような考え方が入っていると言えます。

 救いを求めて信者になれば、病院の様に、救いが得られたならば「全快おめでとう。それではさようなら」と送り出す事が出来るかと言えば、そんなわけにはいきません。
 病院も次から次へと病人が来ると信じているので、簡単にさようならを言えますが、次の患者がいつ来るか分からなければ、出来るだけ病気が治らないようにしなければならなくなるでしょう。そうしなければ、医師である自分だけでなく勤めている看護師や事務の方も路頭に迷うことになります。

 最初の質問に戻りまして正しい宗教か否かを見分けるコツは、教団の組織上の都合で設けられている教えのようなものを、排除して考えることが出来る眼を持つことです。

 具体的にはしつこい勧誘のない事と入退の自由が保障されているかどうかがポイントです。いくら物理的に自由でも、辞めたら地獄行きというような教義を持つようなものは、論外です。

5 「帰依」という信仰の姿勢に関する疑義
 
 今イスラム教世界で大変な争いが起こっています。これはイスラム教側が悪いとは言えませんが、殉教とか自爆テロと言った普通では考えられないような手段には驚かされます。

 短絡的にイスラム教は恐ろしいなと思ってしまいますが、キリスト教だって歴史を繙けば異教徒の殺戮や殉教話に満ち満ちています。
 

 本来殺生を戒めているはずの仏教でも、地下鉄サリン事件を起こしたのは仏教系の新宗教でした。一体教義のどこに無差別殺人を可とする条項があるのでしょうか。

 あの事件が起こった時、宗教は恐ろしいなと多くの人は思ったと思います。
 
 何故この様なことが可能でしょうか?宗教はそれぞれ異なり教える内容も違います。

 では、全てに共通していることは何であろうか?ここを考えてみたいと思います。

 私の考えるところは、既に章題から明らかなように、全ての(かどうか知りませんがみんなそう思える)宗教は「帰依」を持って良しとしています。
 
 では何に帰依するのか?
 「神様!」、「仏様!」、「法華教!」、「聖書」・・・そんなことはあり得ません。

 人間に指示できるのは人間だけです。
 曹洞宗の日常勤行の「修証義」の中に「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧」という一言が入っています。重要なのは最後の句だけです。何故なら「仏」も「法」も、「僧」の口を通して、解釈や説明があるからです。信者になると言うことは、指導僧に従う事を意味します。

 信者になるということは、教主や導師と言われる人に無条件に従うことです。
 心をまっさらにして、疑義を差し挟まず、言われた通りになろうとすること、これが「帰依」です。

 これが大変問題なのは、教義や思想と導師の指示が異なる場合、導師の指示の方が優先されることです。「帰依」するには、個人としての主体的判断を捨て去らねばなりません。

 有名な聖書の逸話で、アブラハムが神にわが子をいけにえにする様に命じられ、その指示通りに行う場面があると思います。
 子供をいけにえにすることなど、誰が考えてもダメに決まっていますが、神に忠実に従ったということでアブラハムは褒め称えられ、以降のキリスト教徒の信仰の手本となります。

 例え話として捉えれば受け入れられないこともないのですが、大問題なのは神の声を聞ける人など普通は存在せず、神の代理人と称される人が命令を下しますから、その時の都合により、自分で判断したら絶対しないようなことも、従わざるを得なくなってしまいます。

 ブッダは帰依について、「自己に帰依する」と云っておられます。
 お弟子さんにとって、ブッダの方針に従うと言うことは、ブッダに帰依するのではなくて、それぞれがそれぞれ自分自身に帰依することを意味します。
 平たく言えば、最終決断は自分で自己責任で行うと言うことですから、問題はありません。

 私は、「帰依」という言葉を使わず、「共感」することが大切であると考えます。
   

6 まとめとして、大仏寺について


 以上のことから、大仏寺としては組織というようなことは考えない事と、教えを説いて導師になったような気にならないことが重要だと思いました。

 大仏寺は、戒律・義務なく、お金もいりません。その謂われや建立者佐吉翁の生き方に関する情報は、出来る限りオープンにして、これも無料で手に入れられます。

 仏教に限らず、世界で最も開いた宗教施設と自負しております。

 良い事尽くめですが、実はコインの裏表で、良いことが則ち欠点になります。

 四国八十八ヵ所巡りに同行二人と言う言葉があります。一人では心細いのです。
 「南無妙法蓮華経」と「南無阿弥陀仏」では表す意味が全く違うはずですが、多くの人とともに唱えることによって得られる法悦の様な事に関しては同じと言えるのではないでしょうか。

 その気になると言うことが、思想信条に劣らず、結構大切なのです。

 「帰依」についても然りです。自分で分からないから、迷っているから「帰依」するのです。

 私がなそうとしていることは、言わば、図書館に行き、「この中にあなたが求める真理があります。自分で探して下さい。私が教えられることは検索の仕方程度です」と言っているようなものです。

 一番自由で気楽、誰にも大きく開かれている筈が、逆に、最も狭くて険しい道のりとも言えます。

 この辺りは捉え方次第ですが、私自身がしていることは、文字通り図書館に行き云々ですから、それ以外のことは言えません。
 


   これはあくまで私、もっとサッパリした方法もあると思います。各人各様が大仏寺です。


郷土史家尾関章氏の研究発表会

畏敬する我が友人尾関章氏による、下に写真で紹介の記念講演会に行ってきました。

会場は岐阜県図書館の研修室で250名収容、例年ですと数十名位だそうですが、本日の講演は空席は前の方にあっただけで、ほぼ満席の大盛況でした。

尾関さんとは30有余年前、岐阜県立加茂高校で同僚として知遇を得たわけですが、その頃から授業に対する工夫は抜きん出ていまして、出来るだけ余談でごまかす私とは好対照でした。

パワーポイントを多用された講演でしたが、単純に資料だけを写しているだけでなく、視覚効果を充分考えて、光効果、画面の構成等、研究発表と言うよりは、テレビなんかのミステリー物語に入り込んでいくような雰囲気を醸していました。


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演題は通説に真っ向から挑戦するもので、これは昔から一貫していて、彼は権威におもねることを決してしません。私としては昔懐かしい思いが先に立ち、なかなか理解できないところもありました。
単に私の基礎知識が貧しかっただけですが、1時間半の長丁場、それでも面白く拝聴できたと言うことは、話の端々に迸るような学問に対する情熱、少年のような探究心が感じられたからだと思います。

以前サヨナキドリさんとしてコメントを頂いた方が、ご主人と一緒に聴講されました。

後で、ご主人は尾関さんの参考資料の方を読んで、任那出兵6万人という歴史事実に、一体この当時6万人も兵を出すことなど可能なのだろうか?この頃の朝鮮との関係は不思議だと言ってみえました。

サヨナキドリさんの方は「思ったよりずっと若くていらっしゃる」と言われました。それで私が「私よりも3,4歳上の筈」と教えてあげましたら、「逆でも良いくらいに感じます」ダトサ


代々祭りの思い出

代々祭りは、竹鼻町の家や商店が代々続くことを願って江戸時代から始められた祭りです。
中心となる15町内で実施されていました。商店街を南北2つに分けまして、7月1日と15日に行うようになっていました。


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これは私の所です。左に赤い提灯が見えますが、私の町内(上鍋)の秋葉神社です。


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各戸毎に笹竹に赤い提灯を点けるのが習わしでしたが、商店街の方にでると殆ど提灯など見当たりませんでした。


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かろうじて催し物会場に点けられているぐらいですが、ホンの数年前までは色々な人が参加して盛大に歌や踊りの披露をしていました。


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それはそうでしょうね。仮に中で住んでいても、店終いした店主が祝う気にはならないでしょう。
我が町竹鼻の衰退を最も良く象徴した代々祭りでした。


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私の代々祭りの思い出と言えば「みそぎ団子」に尽きます。これは代々祭りの日だけに限定してお饅頭屋さんが一斉に売り出す団子です。
あんこの入ったお餅に、さらに砂糖のタップリ入った赤味噌をつけて炭火で焼きます。
それはお雑煮と同じ様に縁起物として、近隣の村からも買いに来て、評判のお店では列をなして買っていきました。

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とりわけ評判の高かったお店は「大仏百科堂」です。昔は饅頭屋さんは町内毎にあったくらいですが、他所の町内からも次々お客が集まってきて、肩身が狭いくらいであったのです。

「大仏百科堂」とは、我が家と棟続きにあったお店で、戦争で疎開してきた伯父が開いたお店です。昔は永田薬局だったのですが、歯科医をしていた祖父の死と共に店は開けなくなり、一家の主とも言うべき祖母は家の一部を提供して、みすぎを図らねばならなかったのです。

さてこの代々祭りの時は大変で、朝から団子をホセに刺す作業が人手が足らず、私より年長の4人の従姉だけでは追いつかず、まだ小学生の私まで手伝いに借りに出されました。

いくら売れても単価が知れてますので、今から思えば大した事はないのですが、ざくざくざくざくとお金が入っている感じで、急にお金持ちになったような気がしたものです。

「大仏百科堂」は他店よりもチョット贅沢な砂糖を使っていて、私も比べてみて、他所は味気ないような気がしました。

プーンと店中に漂う味噌の焼ける香ばしい味、車座になりながらワイワイがやがやと、一日中団子にホセを刺していく作業。
商店にとって店が繁盛するのが何よりの生き甲斐であり、お祭りでもあったと思います。

半世紀以上の昔ですね。親戚がいて祖母がいて、年ごとにネオンサインが増えていき、竹鼻は活気に燃えていました。
私の原点の全てが、竹鼻にあったと痛感した今年の代々祭りでした。


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