佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2014年08月

羽島市新採教員研修会in大仏寺

今年度羽島市に新しく採用された7名の先生に、研修として大仏寺に来て頂きました。

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羽島市の学校からはしばしば見学に来て頂きますので、色々と体験して頂きました。
合掌は余り難しく考えずに、T.P.O.として自然に出来るとイイですねとお話ししました。


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最初はお茶所で羽島市の文化財の説明をいたしました。若い方との話が弾み、予定の半分位で終わってしまいました。肝心要の佐吉翁の話は、「資料を見て下さい」で終わり。


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先生達の出身地はマチマチで、市内の方が3名、市外3名、愛知県から1名でした。驚く事にすぐ近くの大仏町の方もいました。私の家の隣から大仏町で、佐吉大仏にちなんで付けられた町名です。
教育委員会からは、学校教育課の先生が引率で来られました。教員をしていた私の経験から、大体恐いものです。しかし今日は、顔はチト強面風ですが、ユーモアを解し柔らかい心をお持ちでした。


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お話しの続きは体験学習で、線香をあげて仏具を使用、締めくくりは大仏さんの胎内に入胎。子供達がやりたいと言った時、行うにせよ止めるにせよ、先生が内容を予め知っておく事が肝心です。


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今までの経験から、大体の方、初めは変な音になるものですが、先生達は音楽が堪能なのか、若いからなのか、皆さん実に美しい響きを奏でておられ、感心して聴いていました。
私が教員になった頃と比べ、競争率もアップして優秀な方が多い所為かも知れません。


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胎内への入胎は危険を伴いますから、絶対知って置いて欲しいので全員の方に入って頂きました。
最初は唯一人の黒一点と言うか、白一点と言うべきか、羨ましいような境遇の男先生から。
私も高校スタートでなく、小学校からだったら人生が変わっていたかも知れません。


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皆さん、けれんみなく積極的で宜しい!児童生徒の心の健康は、なにがしかは先生の心の反映でもあります。「悩むにせよ頑張るにせよ、素直な心が大切です」と、いつになく説教調の私ですネ。
羽島の子供達が、ここに集う若い人たちと、貴重な時間を共にするのであります。


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頑張って下さい!

雨の地蔵盆

毎年8月24日は地蔵盆の日で、大仏寺でも実施しました。

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こんな感じで、朝から準備しましたが、提灯が濡れないようにビニールを被せてあります。


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こちらはひさしの下ですから、多少の雨なら大丈夫です。


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祭壇の様子で、近所の方が供えて夜取りに来るという習わしです。昔は並びきれないほど多かったのですが、今は私の所で補わないと空きが目立つようになりました。
町内単位で行いますが、私の町内の上鍋は子供会ゼロですから、寂しくなりました。


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供養は6時半からで、菩提寺の本覚寺からお庫裏さんに来て頂き法要を勤めて頂きました。


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お経は「般若心経」と「地蔵経」という比較的長いお経を詠んで頂きました。


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最初に本尊の大仏さんの方にお参りして、それからお地蔵さんという順です。


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いつもですと子供さんが自転車に乗って何カ所も廻り、賑わうのですが、今年は子供の数か少なく残念でした。


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また来年と云うことになります。


野口雨情の言葉から


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昨日、名女さんからのコメントに「雨情の歌は憂いに満ちているものが多いがどうしてか?」という質問がありました。それで、買ったままで開かなかった本を読むことにしました。

質問に対する直接の答にはならないと思いますが、本の中に童謡十講(抄)という項目があり、その中に雨情の童謡観が記されていますので、いくつか引用したいと思います。

①一体日本の国民ぐらい詩とか音楽とかについて感覚の鈍い国民は、世界中、他に類例がないかも知れないと私は思っています。欧米各国では、タイピストがタイプライターを打つにも、カフェーのコックが調理するにも、道路工夫が道普請をするにも、何れも詩的感興と音楽のリズムによって手を動かし、仕事をする様に自然となっていると言うことであります。
 そんなわけですから、ピアノの音を聞けばすぐに詩を想い浮かべ、詩を吟じているのを聞けばすぐに踊りを思い浮かべる様になるのであります。かくて音楽と詩と舞踊とは、彼らの生活から片時も離すことが出来ない、切実な必要事になっているのであります。

②ある人はこの滑稽味と諧謔とを混同して考えている様でありますが、それは大変な間違いであります。滑稽と諧謔とは全然別種のものに属しているのであります。
 童謡に滑稽味の含まれていることは、その童謡をして無価値な、唾棄すべき作品としてしまうことであり、淡い諧謔の含まれていることは、その童謡をしてますます光を増さしめるものとなるの相違あります。童謡をして、淡い諧謔が含まれていなかったなら、その童謡の価値は半ば減ぜられるといっても、過言でないと思います。
 しかしそうは云っても、必ずしも淡い諧謔が含まれていなければ真の童謡で無いというのではありません。子供の感情に訴えて、その感動を誘発するに足るだけの力あるものなら、立派な正風童謡と見て差し支えないのであります。何となれば、諧謔は真摯な、涙ぐましいまでに率直な感情から出発しているものであり、その真感情こそ、子供の心に触れて、彼等を動かしていく力であるからであります。
 現今の多くの童謡を見ると、子供の感情に訴えずに、まず理知に訴えていこうとするものが多いのです。そのためか、内容にのみ腐心して、調律を無視して、童謡の本質に触れていない、或いはまた民謡の境地に近いものや、小唄の範囲に入るべきものを、しかも堂々と童謡と銘打って発表し、恬として恥じない人があるのです。

③童謡は子供にも大人にも分かり易い言葉で唄った、子供の生活を土台とした謡であります。そしてそれは勿論現代語で、お話しの際に用いるものと同じものを指すのです。それは童謡は唄うものであって決して読んだり味わったり、理知に訴えて、その善悪を判断したりするものではないのであります。

④私は優れたる詩は、優れたる言葉の音楽であると考えて居ります。童謡はあらゆる詩のうちでも、最も純真な詩でありますから、唄いまた、踊ることはその本質でなければなりません。

⑤子供の作品に多く見るような、唄うことの出来ない童謡は、童謡としての価値のないものであります。それらの作品は、単に童謡の境地を云い現した自由綴り方の範疇に入るべきものでありまして、童謡として名付けることは出来ないと思います。

⑥繰り返して申しますが、童謡は童心性の表現であります。

⑦とにかく子供の心に理知を以て判断する余裕を与えないほどまでに直接感情に訴えていく力のこもった熱のあるものが正しい作品であり、正風の童謡なのであります。このことに関しては、幾度か繰り返し申しました。そしてこの本全体もまた、、要すにるにこのことの繰り返しになるかも知れません。

⑧ですから、私の主張する童謡教育の必要は、現在教育の欠陥から出発することになるのであります。
 では何が現代教育の欠陥でありましょうか。
 現代の教育は(勿論小学校教育です)、主知主義から来た物質教育だと、私は思います。反対の方から云いますと、情操教育が欠けている、理知の教育ばかりしかない、と言うことに帰するのであります。
 その結果はどうなるでしょうか?考えただけでも恐ろしいことではありませんか。何も知らない、天真無垢な児童は、理知一遍の教育から、どんなに荒々しい、がさがさした、利己的人間に育て上げられていくことでしょう。

⑨童謡はうたうべきものであって、決して読んで味わうものでありません。だから第一に気をつけなければならないことは、その階調であります。・・・
 第二には児童の感情から入って、その核心に触れて行くものでなければならないと思います。理知に訴えて後、感情を動かしていく様な童謡は、極力排斥しなければなりません。何故かと申しますと、それは児童の情操陶冶には、何の益もないからであります。・・・
 理知にひからびている彼等の心に清い水を与えるところに、私の童謡教育の目的があります。

⑩人間はいつでも物質生活以外に、何らかの慰安なしに生きていけないものであります。・・・
 児童が童謡をうたったからといって、直接学校の成績はよくならないけれども、間接的に考えてみますと、直接的の効果にもまさって大なる利益があるのです。田の稲は農夫の手と肥料ばかりによって生育するのではありません。日光と空気と水がなければなりません。この表裏両用のものが一つとなって、はじめて稲は完全に生育し成熟するのであります。児童もまた表面的な成績の良否によってばかり人間となっていくのではないのであります。

⑪真の童謡は子供の目をよろこばすような綺麗な言葉のみ選んで並べたもの、則ち玩具のようなものであってはなりません。又、子供の好奇心をそそることばかり重きを置いた、手品や魔術のようなものであってもなりません。・・・
 苟も童謡作家として立ったからには、手品師や玩具作りの真似はしなくてもいいのです。・・・童謡作家には童謡作家としての本分があるからであります。
 もう一つ童謡作家として避けねばならないことは、香水のような匂いを発する童謡を作ることであります。香水は一時は香しい匂いを発して美感らしいものを与えますけれど、程過ぎると匂いを失ってしまって、何の残るところもなくなってしまいます。童謡にしましても、そうした香水童謡は、一時は非常に美しい新しいもののような気がしますが、何度も何度も読み返し、唄い返しているうちには、すっかり香気が失せてしまって、はじめは美しく、新しいと感じたものが、いつか嫌味の多い、古くさいもので、耳について仕方がないようなものとなってしまうのであります。

野口雨情さんの中日新聞の記事に寄せて

8月19日中日新聞夕刊の一面に野口雨情さんの記事が大きく載せられました。

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起(おこし)というのは、木曽川を挟んで羽島市の向こうにある愛知県一宮市の町の名前です。

雨情さんと言えば佐吉翁の歌も作ってみえます。
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数年前になります、市内の某小学校が見学に来ました。私は一寸鼻高々に「雨情さんが歌を作ってみえるほど、佐吉さんは立派な人ですよ!」と説明しました。
小学生は知らなくても普通でしょうが、引率されていた先生数名一人も雨情さんの名前を知りませんでした。「皆さん、シャボン玉の歌は知っていますか?」と訊いたら、全員「ハーイ」と答えました。

優れた先人が忘れ去られていく現状を嘆いていても仕方がありませんので、雨情さんよりももっと忘れられているに違いない柳原白蓮女史と並べて説明パネルを作りました。

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白蓮さんはテレビドラマの「花子とアン」で大ブレークで、作った甲斐があったのですが、今回は雨情さんの記事で、二人とも蘇ってきた様で嬉しい限りです。雨情さんのパネルを拡大します。


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引用した歌詞は「旅三章」の一つで、雨情さんの中でも傑作とされています。
私の近所に雨情さんの直筆の色紙を持ってみえる方がおられます。パネルの中の羽島高等女学校の初代の校長先生の娘さんです。娘さんと言いましても、御年90近くなられるのですが。


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『竹が鼻小唄』は詩集「波浮の港」に掲載されている歌詞です。少し見難いですが雨情さんの原注で「竹が鼻は美濃の国にあり、仏佐吉の出生地なり」とあります。それだけで全国に分かったわけですから、当時の佐吉翁の名声は日本中に拡がっていたのです。
又『飛んで行きたや翼(はね)欲しや ・・・  せめて雀の翼欲しや』の文言に、雨情の佐吉翁を慕う気持ちが大変良く籠められているのでないかと思われます。

インターシップの学生4名、山田県議の引率で御来訪

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今日は岐阜県会議員山田優さんの引率で4名の学生さんがご来訪されました。


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先ずは記念写真、暑いものでこの後すぐにお茶所の方でのお話しに切り替えました。


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訊けば名大、日本福祉、南山(←私の母校)の学生さんで、私にとっては懐かしくも思い出多い学校ばかりで、全体で30分の予定が1時間余りになってしまいました。


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お話しを聞く態度も素晴らしかったと思います。事前に注意は受けていると思いますが、それを実践できることは中々できないもので、日本の若い人に対する信頼度が大いに増しました。


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この後に大仏さんの方に戻りまして、大仏寺でないと中々難しい「大きいけいすや木魚の使用」と「佐吉大仏胎内体験」をして頂きました。


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学生さんへ・・・今日は私が一方的にお話をしました。次回は、皆様の夢や社会に対する考えをお聞かせ頂ければ誠に嬉しく思います。どうか溌剌と毎日をお送り下さいます様に!


大雨の日の木曽川

昨日は長良川の写真を紹介しましたので、今日は笠松の橋を渡った時車窓から撮った木曽川の様子をアップします。

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一枚目が上流(各務原・犬山)方向で、二枚目が下流(羽島・一宮)方向です。

長良川と比べますと水量も多くゆったりとしています。

長良川の西側には揖斐川という大河が流れていて、この三つの川が羽島市・海津市あたりでぐっと一つに集まってきます。大雨にもかかわらず、堤防が決壊することなく大きな災害に到らなかったことに、宝暦治水以来の先人の治水への努力に感謝したいと思います。


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岐阜市から愛知県の一宮に行く途中の柳津町で雨が小降りになり、金華山が見えましたので車中から撮りました。私が撮ったのではなくて、助手席にのっている懇意な若い衆に「なんでも良いので数枚バチバチ撮れ」と言って撮ったものの一枚です。


奔流の長良川

豪雨の中、知人と岐阜市までドライブしてきました。奔流の長良川の様子です。

《長良橋周辺》

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 ・川原町
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《鏡島大橋周辺》
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《羽島市南濃大橋(岐阜市の長良橋より20㎞程下流) 午後7時》
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お盆三日目② 読経と送り火


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お盆の最終は送り火を焚いて祖霊を送ります。今日は妹の家族4人が来てくれました。


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妹の先導でお経を詠みました。左が旦那さんで、後ろの二人は妹の長男夫婦です。


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詠み上げているお経は「般若心経」です。


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雨模様でしたので送り火の線香はここに置きました。背後に「佐吉大仏」が見えています。


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若い方も一緒に参加されるのは、励みににもなりますし伝統を伝える意味でも素晴らしい。


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道路から全体を写してみました。今年のお盆もこれで終了で、月日の経つのは早いものです。

お盆三日目① 大施食(おせじき)法要

お盆3日目の午前は本覚寺での大施食法要に参加し、塔婆を頂きお墓に供えます。


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本覚寺です。式は本堂で行われます。


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私が参りました時はちょうど休憩時間でした。左手に祭壇が祀られています。


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皆様方はこの祭壇に向かってお焼香します。


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上から掛けられている諸仏の垂れ幕を写しました。


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本覚寺の宝の絵天井です。


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開式です。


正確な順でありませんが式の模様を何枚かの写真でご紹介


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導師焼香


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供養する家を導師が呼び上げています。8家族位をまとめられているようです。


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祭壇にも導師焼香


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お坊さん方に続いて、一般の方も焼香します。


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僧侶は全部で10人ほど。読経しながら堂内を廻ります。(お経は修証義第三章)


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龍の見下ろす絵天井の下です。


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参加者はここで塔婆を頂き、お墓に向かいます。


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本覚寺の今年小一になる坊やも一緒に参加していました。


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『施食会為永田家先祖代々之供塔婆』と墨で書かれています。


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お盆も残す所、送り火を焚いて祖霊を見送ることとなりました。


お盆二日目 お盆棚経

お盆中日の8月14日は特に行事はありませんが、菩提寺の本覚寺のご住職に来て頂き、仏壇に棚経を唱えて頂きました。

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子どもの頃からお寺で育ち、永平寺でも正式に修行しておられるだけに、実にお坊さんらしい感じです。
床の間に描けてある軸ですが『実誠(じつまこと)徳は堪忍御萬歳君も栄えまします』と読みまして、佐吉翁直筆で、86歳の時と記されています。


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仏壇の中を見て下さい。果物等のお供えだけでなく、結構小皿が並んでいまして、女房は朝早くから大変でした。終わったら捨てればイイかと思うとそういう訳には行かず、線香くさいお下がりを食べねばならず、気がつかない苦労があります。
仏壇の本尊は地蔵菩薩で珍しいと思いますが、「佐吉大仏」がお釈迦様ですから、本当の意味での本尊は大仏さんの方だと思っております。


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月例の常飯と異なる所は、仏壇から過去帳を取り出しまして先祖代々の戒名を詠み上げる点です。一年一回のお盆に相応しいしきたりだと思います。


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私の家は亡父で13代を数えますので、詠み上げがスッとは終わらず、お坊さんも大変だったと思います。後ろで聞いている方としましては、それだけ有り難みを感じました。

お盆第一日目

本日は8月13日、昔から続くお盆の第一日目です。

少し前まではどの家でもしきたり通り行っていたと思いますが、今は葬式もごく簡略化する時代ですから、お盆の風習も廃れつつあると思います。
私の家は仏事と関係していますので、きっちりと行っています。しきたりは地域や宗派によって異なると思いますが、一連の流れを記録に留めると共にご紹介したいと思います。

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先ずは先祖のお墓参りを行います。我が家の菩提寺は本覚寺と言いまして曹洞宗です。


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この正面が永田家の墓です。正面見えているのが「永田佐吉の墓」で岐阜県史跡の第5号に指定されています。大したものですが、そういうことが分かったのもこの数年のことで、それまでは無関心で、年一回のお盆の日だけの関係でした。


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本覚寺の和尚さんにお経を唱えて貰いました。手前の可愛らしい坊やは、小一になる息子さんで、「自分も小一から父親と墓行に出たから息子も小一から」と仰ってみえました。
子どもの頃からの一歩一歩の修行が、非常に重要だなと感心いたしました。


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帰る頃には日が暮れかかり、大勢の人達がお墓に集まってきました。やがて灯籠や提灯にもロウソクの火がともり、お盆の風情を醸し出してくれます。

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家に帰りまして、早速迎え火を焚きました。祖霊を家に迎え入れる意味があります。


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子どもの頃には、竹鼻町の多くの家で行われていましたが、今では数えるほどです。こういう行事は一人、二人でも寂しいものです。母は完全に病院生活になってしまいましたので、初めて母のいない迎え火になりました。


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8月15日に送り火を焚いて、お盆の行事と言うことにないます。


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迎え火が済んだら仏壇前で読経します。「般若心経」と曹洞宗の日常勤行の最も代表的な「修証義」の中から、「第一章総序」を全員と言いましても、3人で、唱えました。

これにて、一日目が無事終了しました。

岐阜市ジャズスポット「After Dark」でのジャズライブ

昨日は古池鱗林さんの講談を聴きに名古屋の「徳川園」に行きました。

今宵は多少知り合いの川鰭祐子さんのライブ。岐阜市のジャズスポット「After Dark」に行きました。

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二夜連続とは初めてですが、そもそも生の演奏は、人生殆ど縁がありませんでした。

それがブログやフェイスブックを通じて知り合い、半ば義理で応援するつもりで出かけ、結果的に自分の今まで知らなかった世界と交わる事が出来ました。
直接足を運ぶことが、大切なことです。

この日は「堀之内正カルテッドwith川鰭祐子」という出演で、川鰭さんは2ステージで8曲程。
曲目を書いてこれば良かったのですが、サラボーンの名唱でジャズファンお馴染みの「バードランドの子守歌」、「デスパレイト」、曲名忘れましたが8ビートでノリノリの曲等でした。
それからシャンソンで有名な「セシボン」。
最後は客席も手拍子で一体化して、「マックザナイフ」で締めくくり。2時間があっという間でした。

今宵は川鰭さんのヴォーカルも素晴らしかったのですが、ジャズトランペットの堀之内正さんが圧巻でありました。

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パワーフルかつノリノリで、アドリブ演奏(正確にはインプロビジョンと言うのですが)も自在。
この写真を見られて、堀之内さんは何歳だと推測されますか。


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写りが悪く読みづらいと思いますが、見出しでお分かりのように78歳!『ギネスに載るまで』と記されています。是非実現して欲しいものです。私はスキーの三浦雄一郎氏を思い出しましたが、人をハラハラさせるのではなくて喜びを与えると言う意味で、堀之内さんが目指す所の方が立派だと思います。

『体力維持のため毎日坂道を一時間歩くのが日課』だそうですが、平地15分歩けない自分が情けない。明日から頑張ります。(口だけですが)


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同じセットで9月7日公演予定。いつも1人ですから誰かを誘って行きたいものだと思っております。

古池鱗林 徳川園高座模様

雨の名古屋市東区徳川町にある「徳川園」。

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本日名古屋市「徳川園ガーデンホール」で予定されていた「海演隊笑エネ寄席」は、雨のため屋内に変更。従って入園料なしの無料となりました。ラッキー!「海演隊」というのは「東地区に芸を拡げたい」をキャッチフレーズに集まった名古屋の5人の芸人さんのグループ名。
落語3人,講談1人,曲芸(江戸コマ回し)1人で構成されています。


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こちらの雅な建物が高座会場となりました。蘇山(そざん)荘と言いまして、戦前行われた汎太平洋博覧会の迎賓館を移築したものだそうです。


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こちらは右側の「徳川園」入り口、中へ入るには300円要ります。


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お目当ては勿論女流講談師「古池鱗林」。トップバッターで登場。と言っても二人ですが。


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開演まで少し間がありましたので、外の庭を写してみました。


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誠に結構な眺めでありました。さすが徳川さんです。


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鱗林さん登場。後ろの軸は鱗林さんの好きな鯉の絵が掛けられています。「古池」の「こい」から好きになられたようで私も鯉グッズをプレゼントしたことがありますが。「こい」は実らず。


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カメラをハンディに変えたら、ピンぼけが多く使えるのが少なく残念でありました。


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演目は「西行歌行脚」で西行法師を題材にしたもので、この辺りが落語と違います。と言いましてもマクラで半分、その間は笑い詰めです。大須演芸場閉鎖の件も取り入れていました。
今まで余り思わなかったことですが、透き通る様な美しい声だなと思いました。顔の方はお会いして丸4年経ちますが、相変わらず綺麗で若々しいですネ。


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こちらは落語の雷門獅篭(かみなりもんしかご)さん。鱗林さんの方が、会場の笑いの回数も沸き方も、多かったのも変な話です。話芸としては獅篭師匠の方が上でしょうが、鱗林さんの場合はタレント的カリスマがありまして、客席の雰囲気を明るく伸びやかにする所が、単なる芸人とはひと味違う持ち味と云えると思います。


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高座が終わり外に出ましたら、すっかり夜が更けていました。

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海演隊を作っている5人の芸人さんの近々のスケジュールです。「大須赤門28寄席」では「桃」と呼ばれているのが鱗林さんの出番です。8月9月共に出演予定です。

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余分ですが少し周りの写真を撮ってきましたので、ご紹介。

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徳川園の入り口から反対方向を眺めたもの。スーパーの「マックスヴァリュー」の赤い建物がみえると思いますが、徳川園の駐車場が一杯でしたのでここへ入れました。有料ですが1時間までは無料で、1時間毎に百円だったと思います。お陰で総額200円で済みました。ご参考までに。


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徳川美術館で締めくくりです。尾張徳川家の文化財が魅力的で、一度訪ねたいと思っています。

「白川郷」からの暑中見舞い

DSC05284  永田佐吉翁が紹介された月刊「ぷらざ」

  折角ですので宣伝に利用しなければと
  思い方々に送っております。

  以前「白川郷」を訪ねた時、「長瀬家」を
  見学しました。

  「佐吉大仏」も宣伝しようと思い、当家の
  方に「羽島市竹鼻町と言っても知られな
  いでしょうが」と前置きしましたら、世界文化
  遺産で忙しくなる以前は、その御方(品の
  良い女性)は、何と!竹鼻町にある羽島市
  立病院にご勤務。



そんなことで、長瀬家の御方と多少お知り合いになり、お送りしたのでした。

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少し下の方を消してありますが、お礼状に暑中見舞いを頂きました。白川郷と言いますと和田家が有名なんですが連れが「長瀬家」の方が立派であると言って、こちらの方に伺いました。
長瀬家は最上階まで見学できますし、確か家業は代々加賀藩の御殿医とかで、合掌造りも立派。


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「ぷらざ8月号」の白川郷の当該2頁を下に転写します。

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柳原白蓮 美人写真ベスト3

大正3美人と謳われました柳原白蓮、本の中から美人写真ベスト3を選びます



1位

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2位
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