佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2014年09月

地元竹鼻小学校3年生120名の「佐吉大仏」見学

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元気一杯、地元の小学校の児童120名が社会見学として佐吉大仏に来ました。

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最初に皆さんにご挨拶。60人づつ2グループに分かれての見学です。


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先生も一生懸命にノートを取っていますが、年とったせいか、若い先生達が子供さんみたいに可愛らしく見えます。


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最初に全員で竹鼻小学校の校歌を歌いました。二番を見て頂くとお分かりのように『仰ぐかヾみは佐吉翁』と、佐吉さんが歌に読み込まれています。

ところでこの校歌ですが一番に「いらか」、二番に「かがみ」という難しい言葉が入っています。3年生の児童では意味が分かりません。「いらか」は雅語で「瓦」の意味、「かがみ」は図鑑の「鑑」と言う字を書いて「お手本」と言う意味です。

実は先生も知りません。校歌の意味ぐらいは教えなければいけませんと言って、数年前からお願いしているのですが、どうも困った事ですね。伝統文化がすたれるわけです。

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体験学習で、みんな喜んで線香をあげていました。


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後ろから覗き込んだらステキな大仏の絵を描いていました。

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子供がとらえた仏様の顔、素晴らしい!


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表に冷たい甘茶とお水を用意しましたら、みんな喜んで飲んでくれました。


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地元ですから、「自分の庭だと思って土・日に遊びに来て下さい」と言って送り出しました。

大変嬉しいご来訪でした。

敬恩寺での「な・な・ほ」のコンサート

9月24日のブログでご案内した大垣市敬恩寺での「な・な・ほ」コンサートに出かけていきました。

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敬恩寺(きょうおんじ)の山門で、コンサートは向こうに見える本堂内で行われます。


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中はこんな感じです。遅れてくる人もみえて中頃には席も埋まってきました。


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ご本尊を入れて撮りました。敬恩寺は浄土真宗ですが、東本願寺派と言いまして真宗大谷派が分かれてできたグループに所属しています。
今日は報恩講で昼からの門徒サーヴィスと地域文化の育成と言う両面で企画されていると思います。


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この場面は薩摩琵琶と鳴り物だけで「竹取物語」の語りを披露されているところです。比較的伝統に則した演し物だと思いますが、童謡、ラテン、歌謡曲と多種多様で、飽きせず1時間があっと言う間に過ぎました。
今回はNHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」のテーマ曲が圧巻で、多重な音色にわずか5人の演奏とはとても思えない重厚感が出ていました。


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これはお寺に合わせて「な・な・ほ」の伴奏で、最初「恩徳讃」、締めくくりに「真宗宗歌」を斉唱しました。我が家の曹洞宗とは考え方がかなり違いますが、皆さん神妙に歌われていて、しんみりとしてとてもよい雰囲気でした。ここまで言うと言い過ぎですが、お経を意味も分からず唱えているよりも、こういう綺麗な歌を歌った方が余程心にしみるのでないかと思いました。


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皆さんとても満足して家路につかれました。私もこういう企てが出来ると良いなぁと思いました。


大垣宿本陣見学とその界隈

事の起こりは、フェイスブックのお友達の嫁ぎ先の「福田屋」さんという老舗染物屋の写真を撮りに行きますよと約束していて、取り敢えず行ってみました。

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「福田屋」は、江戸時代の東海道のバイパスとも言うべき美濃路沿いに有り、お陰で歴史的な建物や情緒に浸る事が出来ました。
通りの雰囲気もどことなく風情が漂っていました。
メインは「大垣宿本陣跡」ですが、見て回った順にご紹介します。

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本陣はお殿様が泊まる所ですが、ここは「問屋場跡」と言いまして、馬とか牛とかそれを扱う人夫が休んだり泊まったりするところです。

壁に掛かっている看板が面白かったので二つ撮ってきました。

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先ず美濃路を知る必要があります。東海道は愛知県の熱田にある「宮宿」から七里の渡しと言いまして桑名まで船に乗っていかねばなりません。
殿様のような偉い方は陸路で行きますから、今の愛知県の稲沢市や一宮に廻り、大垣西方の垂井まで行き中山道に合流します。
朝鮮通信使も殆どここを使い、非常に華やかでなかったでしょうか。


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雰囲気に合わせて木で作ってありますので読みにくいのですが大変勉強になる掲示です。

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さていよいよ本陣です。見学無料ですから喜びいさんで入る事にしました。


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建物は再建で情緒には欠けますが、昔の見取り図にそって建てられています。左の方に場違いな鳥居があって余り写らないように撮りましたら、あとで本陣宿にはお稲荷さんを祀るのが習わしであると教えて頂きました。初めて知った事です。


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ガラガラと戸を開けまして中はいたって雅。係の方が懇切丁寧に案内して下さいました。


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展示コーナー。手前が江戸時代の本陣宿の模型図です。復元されているのは4割程度でしょうか。


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「旅館清貞」というのは、本陣には泊まりきれませんので、特に上級武士は傍で泊まれるようにするために、近くに宿屋が作ってあるのです。


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美濃路についての説明がこちらでもなされていました。


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写真が鮮明でないので申し訳ないのですが、私がひときわ関心を持ったのは山車の写真です。大正年間ですが13両あります。その起源は慶安元年(1648)ですから竹鼻より100年余り前です。おそらく岐阜県で最も歴史があるのではないでしょうか?
大垣は戸田十万石の城下、美濃飛騨合わせて、岐阜県下一番です。

但し笠松に美濃郡代がありまして、こちらは30万石と言われていますから、本当の中心は笠松であったかも知れません。(飛騨郡代は六万五千石ほど)


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これはこの竹島町の江戸時代までの山車です。朝鮮通信使の仮装行列です。何でも14回あって、その内10回この本陣宿で休んだそうです。竹鼻の山車にも、江戸時代には唐人行列がありまして、往時は祭りにかける民衆の情熱はいかばかりかと思い知りました。


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これは一番奥の部屋、殿様が泊まるところです。明治時代に入って11年には明治天皇が泊まられました。それを記念して正面にはご真影が飾られています。


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畏れ多いという感じですね。


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このあたりの木材は江戸時代のものをそのまま利用しているのだそうですが、鴨居に菊のご紋章。明治天皇行幸にあわせてあつらえたものです。


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<周辺散歩> 美濃路通りやその周辺の写真を撮ってきましたので、雰囲気を感じて下さい。

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あの頃

57歳の12月に退職するまでの3年半不安神経症を理由に3年半休職した。

時系列を辿って何をしていたかを正確に思い出すのは難しい。

殆ど自室に閉じこもってはいたが、市営プールにしばらく通ったり、2,3㎞離れたスーパーまで散歩を繰り返したりしていた頃があった。

半年ごとの診断書の提出で、復帰時期が近づいてくると落ちこみ始めるが、大抵は精神的に安定していて、プールサイドでぼんやり時を過ごしたり、あらぬ空想に耽ったりして時を過ごした。

テレビや新聞など世間と関わるものとは全く無縁にしていたものの、本は読むことは出来、しょっちゅうレンタルで借りて観た映画と併せて、学生時代以来の自由生活とも言えた。

あと思い出すことは、病院通い、月に一度の心療内科と尿の出がおかしいので泌尿器科に通っていたぐらいであろうか。

何もする事もない、何をしなくてもよい、ただ時を茫洋と過ごすのみ。

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タバコをくゆらせながら、部屋の窓からポツンと青い空を眺めている自分。

振り返ってみれば、今の自分の原点はあの頃にあったのでないかと、思われもする。


今日のブログ訪問者数

今日のブログの訪問者数は40人。クイック数は140です。

これは何を意味するかと言いますと、一人平均140÷40≓3.5で、一人が3つか4つの記事を見た事を意味します。

普段と比べるとかなり多い方です。

しかし平均という事はあり得ませんので、一人か二人の人が非常に多くの記事に目を通された事を意味しています。

私のブログはコメントはほぼ二人の人しかいませんので、一体どういう方が幾つもの記事を読まれてどんな感想を持たれたか知るよしもありませんが、時には一言二言の言葉でよいので知りたいと思う事もあります。

サラッとした人間関係が疲れませんので、見る方は見るだけ、私の方は今日はクイック数が多かったので良かったなぁと一人合点に喜ぶのが無難ではありますが、何にも起こらないのも寂しくもあります。

あと五分で日にちが変わり、9月28日になります。

秋の夜長は孤独がしみますネ。

「な・な・ほ」コンサートのお知らせ

大垣市敬恩寺さんから「な・な・ほ」コンサートのお知らせが来ましたのでご紹介します。

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敬恩寺の正確な住所は岐阜県大垣市長松町817ー1

お灸のお寺として有名で、大仏寺も五日灸の会場としてお世話になっています。
一度大仏寺でもコンサートをお願いし、大変な好評でした。鼓の音が素晴らしいですね。当日はお庫裏さんの趣味と言う事もあるのでしょうが、お寺の永代経の門徒サーヴィスで無料で行われます。
人数が少なく、勿体ないようなもので皆さんにも行って下さるようにご案内する次第です。

何かありましたらコメントの方でお訊ね下さい。

岐阜市「布武」での福田美代子さんのライブ

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これが「布武」の入り口です。伊奈波神社のすぐ近くの閑静な場所にあります。


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「布武」(ふぶ)の中に入りました。この左側のスペースで、毎月第3金曜にライブが行われます。


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こんな感じです。ヴォーカルの福田さんとはフェイスブックで案内を受け、折角の機会なので7月にお邪魔して、今回が二回目です。ビートルズのヒットナンバー「イエスタデイ」から始まってライブは、ゲストにヴァイオリンを加え、比較的ソフトなノリのジャズ&ポップス。

前回のも交え(黒いドレス)、ライブ模様を数枚の写真を並べてご紹介したいと思います。

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年譜の確認② 2008年

2008年は嵐のような年で、人生は全く一変してしまった。
ポイントになる出来事を記したい。

〇3月私は一冊の本を読む。

それは世界聖誠会を立ち上げた秋田弘子氏の一代言行録「拝まれる信仰」で、世界聖誠会にとっては聖書にあたる本である。
この本の教えにより、信仰の糸口を摑む。
秋田弘子氏は30余年前に亡くなられているが、妻の実家がこの教団の幹部で、妻もかつてはそれなりの信者であったので、この本を所有していた。


〇4月 仏壇と大仏にお経を詠み始める

〇5月10日 飛騨河合村の妻の実家で法事があり、参加する。この法事を区切りとして、村を引き払い、可児市に転居する。
同日、飛騨坂上にある世界聖誠会聖殿に拝礼に行くも、殆ど人はおらず、聖殿には鍵がかかり、入られず、ただ外から拝むに留める。

この出来事をきっかけに、私の意識は、大仏とその建立者永田佐吉に移っていく。

〇5月
大仏名は、県史跡名の「佐吉仏」でなく、我が家での呼び名「竹鼻大仏」に決めたが、見学に来た市内足近小学校の児童に竹鼻とは言いにくく、思いつきで「佐吉大仏」という呼び名で説明した。
後で調べるとこの呼び名は、毎日新聞と町作り委員会で作られた「佐吉の画伝」でも使用されていて、前から使われていた事を知った。

〇5月 大仏寺で販売していた「佐吉の画伝」が、部数少なくなり、改訂版を計画。佐吉の事績について調査を始める。
改訂本は、色々な説が矛盾し、一つの本にまとめきるのが私の手に余るので断念し、テーマをわけたチラシを作る事にした。但しこの作業を通じて今まで縁遠く思っていた佐吉翁が非常に身近な人に感じられるようになった。

〇大仏寺は外に説明がなく入りにくいので、看板を作り入りやすくした。又堂内掲示も充実させ、魅力ある大仏寺作りを始めた。

〇一連の活動の中で、昔常飯に来て頂いた市内堀津町の秀悦寺の尼僧と懇意になる。

〇10月 秀悦寺尼僧の描いた墨絵の色紙展を羽島市文化センターで行う。

〇11月 羽島市図書館の図書館祭りの日に、館内の一郭を借りて永田佐吉展を開く。

〇NHK「鶴瓶の家族に乾杯」の羽島シリーズで、名所として十秒ほど佐吉大仏の顔が写される。

〇この年の7月から翌年の6月にかけて羽島市ロータリークラブの活動に永田佐吉の顕彰が採り上げられる。一年間は蜜月が続いた。



「音と語りのお話の世界」の観賞

昨夜はチラシの「音と語りのお話の世界」の観賞に、岐阜市上宮寺へ出かけました。

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鈴木さんと柚葉さんのコンビには、来る10月13日の永田佐吉翁顕彰会のアトラクションとして「佐吉物語」を披露して頂きます。リハーサルで素晴らしい内容である事は分かっていましたが、来て頂くだけでは申し訳ないので、気は心で、私の方からも出向いた次第です。


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この近辺はお寺さんの多い所で、上宮寺さんもこぢんまりとした感じでしたが、大変床しさが感じられるお堂と境内でした。


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鈴木さんと柚葉さんは大熱演で、特に「耳なし芳一」は聞き応えがありました。私も最近出歩くようになりまして、色々な所で情熱を持った方達が、価値高い活動をされている事を知りました。

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10月13日の「佐吉大仏」での本番が待ち遠しく思われました。写真はリハーサルの一場面。

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敬老会のお手伝い

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昨日は羽島市各町内で敬老会の催しが行われました。写真は、羽島市文化センタースカイホールでの竹鼻町地区の式典です。

私は民生委員としてお手伝いをしました。私自身にお声がかかるにはまだ少し間があります。

敬老会に参加したのは、もう遙か昔、竹鼻小学校6年まで遡ります。竹鼻町地区は当時は竹鼻小学校講堂を使って行われ、小学生達が器楽演奏で催しに参加しました。

昔は75歳以上の老人が一人暮らしという例は非常に少なく、家族に付き添われ多くの方が参加されました。平均寿命も短い頃で「本当におめでとうございます」という式典でした。

終戦記念日、原爆慰霊の日、最近ですと東日本大震災など悲劇の日に国を挙げて祈りを捧げますが、国民道徳の啓蒙という意味では、敬老の日が一番大切にすべき日でないかなと思いました。

年譜の確認① 教員退職までの確認

次から次へと色々な事がおき、知らないうちに終わっていき、あれは一体いつの事かと思い出せなくなってしまう事がある。

私はフェイスブックを始めてほぼ一年、大変役に立つものであったが同時に要らない気遣いも多く、終了する事にした。
それで今までの歩みを振り返り、頭の中で年代がゴチャゴチャになっている事が分かった。

一つ起こった事を年譜風に確認してみようと思い立った。

◎私の記録上の都合だけでアップする記事なので、読み飛ばして下さい。

1950年(昭和25年) 7月 8日 誕生
1957年~1963年 竹鼻小学校  
1963年~1966年 竹鼻中学校
1966年~1969年 岐阜北高校
1969年~1973年 南山大学英語学英文科

〇1959年皇太子結婚、伊勢湾台風 〇1964年新幹線岐阜羽島駅開通、東京オリンピック
〇1970年大阪万国博覧会 〇1972年札幌冬季五輪

1973年~1976年 岐阜県立飛騨農林高校勤務(現飛騨高山高校) ※高山市・古川町在住
1976年~1981年   〃   加茂高校勤務 ※美濃加茂市在住
1981年~1982年   〃   各務原東高校勤務(現各務野高校) ※羽島市に帰省
1982年~1993年   〃   岐阜聾学校勤務  1989年(昭和64年→平成元年)
1993年~2003年   〃   関養護学校勤務
2003年~2004年7月 〃   岐阜聾学校勤務
2004年7月~2007年 〃   岐阜聾学校在籍(病気による休業・休職12月31日付けで退職)

〇1975年結婚 〇1978年(昭和53年)長男誕生 〇1977年9月~12月東南アジア青年の船
〇1988年岐阜県未来博 〇1989(平成元年)名古屋デザイン博 〇2005年愛知万博
〇1988年長野冬季五輪 〇2000年(平成12年)父歿 

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長い年月ですが、ご自身でおやりになると分かるように、あっと言う間です。
私の場合祖母の死はサッと言えるのですが、身辺にもっと大きな影響を及ぼした子供の誕生や父の没年を女房に訊かないと分からないというのは、私のアイデンティティの形成には関わらない事が大きいのかも知れません。
教員時代は、悩んだ事が多く、あの年精神科を受診したという記憶の方が鮮明です。教員としては全く失格でしょうが、生徒に関する思い出は少なく部活指導は厄介な事があるなぁと思っていただけです。
自己に拘り続けた半生であったと総括できると思います。

退職後「佐吉大仏」に専念するようになり、メディアにも様々に採り上げられるようになり、時系列的に記録しておきたいと思って記しているわけですが、これでその前段階の年代確認が出来ました。

飛騨家具フェスティバル見学

何回かに分けてご紹介した「暇やら三世」君との、高山・多治見行、今回が最後となります。


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「飛騨の家具フェスティバル」は、大規模で垢抜けた展示会でしたが、時系列を追って紹介します。


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朝10時前に「飛騨ミュージアム・飛騨生活文化センター」に到着しました。岐阜県としては巨大な施設で、写真だけでは全然分かりませんので頂いたパンフレットを下に写します。

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今日は初日でこれから開会式。相棒の「暇やら三世」君はここに座りますが、代理人です。


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横から写してみたのですが、男ばっかりで異様ですね。代理出席が多いので、世相に少し気を利かして女性役員を派遣してきて欲しいものです。


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テープカットしまして、一番先頭の写真になりました。


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入ってすぐの展示。天井の高さが展示規模の大きさを予感させてくれます。


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高級デパートのショールームにいるような雰囲気でした。一つ一つ撮るとよいのですが、撮影禁止。皆さん撮ってましたので、全体的な所を2,3写させて頂きました。


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会場内クラシックのライブ演奏が流れ、実にゴージャス。



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こちらはクラフト展で常設されていますので、観光の祭には是非立ち寄りたいものです。


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中に入ってすぐの所。展示は非常に素晴らしかったのですが、撮影禁止ですので、ご関心ある方は実際に行ってお確かめ下さい。


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最後の写真になります。階下にも展示コーナーが設けられ、出口にはお土産コーナーがあります。


中部経済新聞で佐吉大仏紹介

本日9月12日中部経済新聞の裏表紙にあたる20面に佐吉大仏紹介の記事が、実に大きく載りました。

新聞には結構載せて頂く様になりましたが、岐阜周辺を越えるのが至難で、どうしたら名古屋地区に拡げられるかと悩んでいましたので、大きな記事であったと思います。

専門紙ですので、部数は少ないと思いますが、目立つ場所ですし実に大きな一歩だと思います。

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この記事はフェイスブックを通じて今朝知りました。取材にもタッチしておりません。
これは、影で押して下さる人がいると言う事だと思います。

全く感謝の限りです。小さい囲みで恐縮ですが、羽島市歴史民俗資料館と料理屋の「うき與」さんの紹介も嬉しい事です。

展望台から高山市街を見下ろす

高山市街を見下ろす事が出来る展望台に行く事にしました。

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展望台へ向かう途中の車の中から写真を一枚撮りました。


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到着。広場では親子連れも来て仲良く遊んでおります。


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看板を写しました。真ん中に高山市役所と書かれていますが覚えておいて下さい。


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正面薄く連なる山が見えると思いますが、乗鞍で高山の象徴ですね。左手に穂高、槍ヶ岳と連なるのですが、曇っていますので、写真にはなりませんのでこれだけという事になります。


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3角形が出ている建物があると思いますが、高山市役所です。


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高山駅方面。ボーリングのピンの右側の辺りが駅だと思います。



家田陽介作品展 in 高山市

岐阜県美術館で教育普及係をされておられる家田陽介氏から個展の案内を頂きました。

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家田氏とは略歴中の県美での雑魚展でお会いし、作品もわけて頂きました。これは絶対に行くべきです。さりながら、そう簡単に決断するわけにも行きかねます。何故なら ↓


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これは展示会場に行く前に撮った写真で有ります。もっと紹介するとすぐ分かりますが、高山です。

いくら何でも羽島からと、パスするつもりでしたら、いつものように「暇やら三世」君(この無理無理の命名、出所が分かったアナタはエライ)から、「せんせいぇーぃ高山行くけど乗ってくかぁ」との電話☎。

これを仏慮と言わずして、何とする!

会場の高山市山田町にあるオシャレな喫茶店 [mintcafe] に乗り付けてもらいました。

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4枚目はチョット暗いのですが、上からの飾り、モジュールと言うのですか、をメインで撮りました。

〇チョット角度を変えてみて・・・・・・

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処で、コーヒーぐらいは注文しなければ思いまして「暇やら三世」君にも、「ここは先生にお任せしなさい」なんて、教員時代も自分の事を先生などと言った事はありませんので、「コーヒーをお願いします」と申し上げましたら、何と・・・

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家田氏太っ腹、観に来た人にはコーヒーサーヴィス。天国で菩薩に会ったようなものです。


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この作品は正面に飾ってあった2014年と記された最新作です。新境地かなと感じました。

実は、写真にはこの横に、高山慕情を歌いたくなるステキなママさんが映っておりましたが、許可取り忘れましたので、泣く泣く割愛。真偽確かめたい方は、直接お出かけ下さい。


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