佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2015年10月

思いの屈するジョージルーカスの言葉

「アメリカン・グラフィティ」という映画をレンタルで借りて観た。
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この映画はアメリカ映画の歴史に残る映画らしい。映画の終わりに付録の映像が着いていた。


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監督のジョージルーカスが製作意図を語っている。私の3,4歳年上のアメリカの高校生の、卒業の日の夜から次の日の朝までを描いた映画である。スーパーを読んで頂きたい。

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映画は面白かったが、ジョージルーカスのこの言葉に、我が人生をふりかえりみて、やりきれないというか取り返しがつかないというか、スッと通り過ぎることが出来ない屈託の念を感じた。

『故郷や家族に別れを告げ実社会へ巣立って行く』・・・そんなものは私にはなかった。だが、この言葉はアメリカだけでなく日本でも自然に受け取られるであろう。

日本では、必ずしも「故郷や家族に別れを告げる」人ばかりでもないだろうが、「巣立ち」という母屋から解き放たれる思いは男女限らず持つことだろう。

私にとっては、私の巣が私の巣であって、高校卒業どころか小学校の5,6年生の頃にはもう既に、私の家の本来の主は私であって、私の両親は私の家の住人という意識を持っていた。

私の家は戦前は代々当主が襲名する家で、私の生まれる前に死んだ祖父は6代目であった。私は数年前まで7代目と思い込んでいた。父が入るから8代目であって、どうしてこんなふうに思っていたのかは、祖母が徹底的に私の頭に染み込ませていたからだ。

それは良いとしても、「巣立ち」、自分の人生をどう切り開こうかという思いは私には無縁のものであって、故郷や家族に別れを告げるのであれば、親の方に出て行って貰わなければならぬ。

これが実入りのある家なら我慢も出来るが、出る専門なので、社会とも適当に折り合っていかなければならない。

こういう境遇の良さも悪さもあるので、愚痴ばっかりこぼしてもいけないのだが、青春とかって私にはなかったなぁという思いに襲われる。

人生の折り目節目の感激も、ほどほどだった。

ブッダは妻子を捨て王位を捨て出家したけれど、私の場合、家に大仏があるので出家すると言っても、全部家の中でまかなわなければならない。

高校を卒業したときの大人として巣立っていく時の心に湧き上がる思いとは一体何だろうか?

私にとって思い出すことは成人映画の解禁で、結局、それが私の人生を通して一番大きな出来事でありましたたような   


羽島市江吉良町のイルミネーションフェアを見に行く

私の住居から自転車で10分ほどの所にある江吉良町という所で開かれているイルミネーションフェアを見に行ってきました。

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着いてすぐ撮ったものです。中々夜の写真を撮るのは難しくて知り合いの方に会って教えて貰いました。


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水に映ったイルミネーションが大変美しい。地域活性化の事業の一環だと思います。


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光のトンネルとでも申しましょうか。


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上を見上げますとロマンティック。私は一人で自転車に乗っていき寒さ堪えて撮ってます。


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おばさんコーラスの歌が聴けました。選曲が幼児向きな感じでした。森のクマさんとか。


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お店も出ておりまして賑わっていました。私は夕食前で遠慮しました。


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全体風景ですがボケてます。こういうのが多かったのですが、残念でした。


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自治体や学校がパネルを出していましたので並べて見ました。最後にもう一枚。



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羽島高校ご来訪

本日、羽島高校3年生クラスが地元を知りたいということで、見学に来てくれました。

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市内の小中学校の児童・生徒が例年見学に来ますが高校生は初めてです。


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写真を出しても構わないと言われたのでご披露します。皆さん美人揃いですね。


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私も入って記念に1枚。羽島高校と佐吉大仏は非常に縁が深くて、戦前は羽島高校(当時は羽島高等女学校)の生徒が当番を決めて、境内を掃除したり花の手入れをしていました。


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男の生徒は恥ずかしがって写ってくれませんでしたが、皆さん礼儀作法を良く心得ていて、大仏さんに合掌礼拝を、心をこめてなさっていました。大変感激しました。


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先生も今度仲間の先生と来たいと言われましたが、御仏の前では先生とか生徒とかそういう区別はないでしょうね。又、一人の生徒さんから「悩んだときに来てイイですか?」と訊かれましたが、これも同じで、悩んだときも楽しいときも、普通のときも、いつでも門は開いています。

本日は有り難うございました。皆さんの幸せを祈っています。


中山道「中津川宿」を歩く

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私は午前中「佐藤一斎まつり」に参加した後で、午後から中津川に行きまして、中山道の中津宿の勉強会に参加しました。上の写真は「中津川中山道記念館です。


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写真の方は安藤館長さんでラフな姿には訳があります。


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安藤館長さんは中津宿の研究の講師をしておられ、私は図々しくお邪魔しました。


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この日の講義は、話の方は10分ほどで切り上げ、中津宿の周辺を歩くというものです。私はネクタイ、上着を脱いでついていきました。ラッキーな研修内容でした。

説明は出来ませんが歩いた順で写真を紹介したいと思います。

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出発進行であります。


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工事があったことが残念でしたが、いよいよ中山道に入るというそんな雰囲気であります。


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流れる水が清冽で、飛騨古川を思い出しました。


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羽島で言えば千代菊のような立派な造り酒屋がありました。「恵那山」と書いてあります。


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ポイント毎にで安藤先生の説明が入ります。以前に先生をしておられた経験も活かされていると思いますが、スケッチを用意されて非常に分かり易い説明でした。
中山道は左側の大きな道ではありません。下の写真の道です。


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いやはや驚く程の狭さですが、此処に検番の様な所を設け、怪しい人が出入りしないように見張っていたのだそうです。


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「これはあの川上屋?」とおうかがいしたら、まさに川上屋の本店でした。


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敬意を表しまして、その対面にある建物で、以前はこちらが本店だったとか。

余談ですが、研修中ですから買い物はしません。家に帰りましたら女房の友達が行楽帰りの土産物を届けてくれたのですが、何とこれが中津川で買った「川上屋の栗きんとん」
偶然にしたら出来すぎた話で、神か仏の思し召しか!


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この辺りが中津川の本陣ですが、建物はありません。


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真ん中の建物の間の狭い道を歩いてきました。中山道ではなくて、脇本陣から本陣へと続く避難道です。


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これは最初にご紹介した記念館のすぐ横の「中津川宿脇本陣跡」です。中に入りました。


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左に白壁の所から入場します。


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ハッハァーという感じで畏れ入りましたという感じですね。


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続きまして脇本陣前の長ぁーい壁の家にも入りました。

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看板をじっくり読むと面白いのですが、島崎藤村「夜明け前」に小野三郎兵衛として登場する庄屋さんの家です
。まさに歴史の跡を歩いている感がします。

所でこの「夜明け前」ですが、だらだらと考証のようなことが書いてありまして、退屈と言いますか2,3度゙挑戦しましたが、100頁が限度ですね。
ブルーストの「失われた時を求めて」と同じですね。これは私の読書力がないだけの話です。


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普通は鍵がかかっていて入れません。講師が館長さんならではのことです。


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ドンドン進んでいきます。


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高い天井の空間があります。この辺りで羽島市の隣の笠松町で見た「旧杉山邸」とよく似ているなと思いました。奥へ進んでいくと庭があり蔵があると言う構造です。


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ここを後にしまして、更に「中津川宿を歩く」が続きますが、この辺りで私は疲れてきまして、写真を殆ど残しておりません。

誠に有意義な研修でした。有り難うございました。中山道が本当に身近なものになりました。

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「第19回言志祭~佐藤一斎まつり~」と会場周辺の樹木

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ここは恵那市岩村町の歴史資料館。10月24日に佐藤一斎を顕彰する式典が行われました。


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「永田佐吉顕彰会」にも参加の呼びかけがありましたので、会を代表して参加してきました。


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最初に献花という儀式が執り行われます。トップバッターは「佐藤一斎顕彰会」の鈴木会長。


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内容を一部ご紹介しま。恵那市長の佐藤一斎を称える言葉。佐藤一斎(1772~1859)は幕末の儒学者で、東大の前身の昌平黌の督学で、「言志録」を始めとする「言志四緑」を著し、佐久間象山、吉田松陰、西郷隆盛と言った錚々たる幕末の志士たちに多大な影響を与えました。岩村藩出身と言うことで、当地で顕彰の儀式が行われています。


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こちらは舞踊で、佐藤一斎を称える歌「佐藤一斎今ここに」に振り付けしたものです。


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こちらは佐藤一斎の詞に曲を付けたもので、「順境は春の如し」と「三学」の二曲歌われました。


下に、歌詞を書いておきます。

『順境は春の如し』

順境は春の如し  出遊して花を観る

逆境は冬の如し  堅臥して雪を看る

春はもとよりたのしむべきも  冬もまた悪しからず  また悪しからず


『三学』

少にして学べば 則ち壮にして為すことあり

壮にして学べば 則ち老いて衰えず

老いて学べば  則ち死して朽ちず

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式が終わりましてから周辺の写真を撮りました。岩村の家並みであります。


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紅葉も深まり樹木が美しく色づいていました。上の写真のもう少し右の方も写しました。


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ここは恵那市の観光の中心の一つで、多くの観光客も訪れていました。2,3枚続けて終わります。


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羽島市「なまず祭り」にちなんだ行事

明日、明後日と新幹線「岐阜羽島駅」周辺で、羽島市「なまず祭り」が開催されます。

セレモニーの中で演歌歌手の大城バネッサさんが、羽島市観光大使に就任されます。

マイクを持って歌ってみえる方ですね。

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今宵はその前夜祭と言うことで町内の方に誘われて私も付いていきました。

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始まりは主催者の挨拶で、大城バネッサさんを育てておられて、今日の会のスポンサーでもある青山るみさん。旦那さんとお二人でしておられますが、前に出るのはいつもるみさんの方です。


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続いて羽島市長さんのご挨拶。明日明後日と大変なんですが、人前で話すことの嫌いな方は政治家にはならないでしょうから、充実した毎日となるでしょう。


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昨日急遽決まった会で、よくこれだけ人が集められると関心します。


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今日も全員に配られましたが明日のなまず祭りで来られた方にお渡しする団扇です。どれ位の参加人数になるのか分かりませんが、数千枚は作ったと思います。これ全部青山さんの寄贈だと推測します。


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注目すべきは団扇の裏ですが、「仏の佐吉音頭」。この会もそうですが、「なまず祭り」は完全な部外者と思っておりましたがビックリしました。勿論嬉しいことです。


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アトラクションは大城バネッサショーが数曲、カラオケ大会が十人ほど。


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すべて終わりまして、最後にご自身も演歌歌手である青山るみさんが登場しまして、何と「仏の佐吉音頭」を歌い始められました。私は大変感激しまして、場内の様子を撮ろうと思って移動しました。


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そうしましたら上へ引っ張られて、るみさんと一緒に歌うことになりました。分かっていたらむすこしマシな服装で来たのですが、かえって良かったのかも知れません。


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るみさんとは同じ町内同じ学校でしたが、一年年長ですので、一緒に遊んだ記憶はありません。雰囲気が普通の奥さんとは違いますね。夫婦協力してカンボジャに14の学校を作ったことを始め、奨学金や図書費など、年に一億とか、噂ですが、寄付に使われてみえるそうです。
長男さんが最近タレントの観月ありささんと結婚されましたね。

人の話では、名鉄羽島駅舎内で、焼きそばを焼いていた時代もあったとか。そういう苦労が、お金持ちになってからの慈善行為に繋がっていったのかも知れません。


羽島市の今昔

◎フェイスブックに「はしまっぷ」という投稿欄があります。今連続して羽島市の昔と今の写真を紹介しています。羽島市外の方には興味がない記事だと思いますが、記録に残すという意味で、ブログの方でまとめて紹介したいと思います。

①昭和橋(市内竹鼻町・昭和12年)

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② 新橋(竹鼻町・大正末)

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〇竹鼻町の逆川にかかっていまして、江戸時代は港町として栄えました。上の二つの橋の間は100㍍ほどでその間飲み屋が多く、芸者さんも沢山いたそうです。下の写真は弘法様を迎えるためのお出迎えなのですが、芸者さんを先頭にしている様に思えます。


③ 名鉄竹鼻線竹鼻駅(大正10年開通のお祝い)

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昔は10人位駅員がいましたが、今は無人駅です。開通の祝いに芸者さんが踊るというのは、いかにも時代を感じさせてくれます。


④ 羽島市役所前(昭和42年当時の名前は羽島駅)

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上の写真は私が岐阜の高校に通っていた頃のもので懐かしい光景です。駅前は本当に沢山の人が集まり、売店もあれば駅舎内にうどん屋もあると言う、隔世の感がします。


⑤ 竹鼻商店街(昭和28年)

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私の町竹鼻は昭和30年代まで、丁度新幹線「岐阜羽島駅」が開通する頃までは、本当に賑わいました。これは繊維を中心とする街であったので、時代の流れとともに産業が下火になっていくのは仕方がないことだと言えます。自動車で決定的にダメになるのですが、その前に既に斜陽になりつつあったと言えます。


⑥ 新幹線岐阜羽島駅(昭和39年開業時)

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駅前の砂利道に目眩がします。田んぼの中の駅と揶揄されましたが、その後発展することなく、新幹線付設の失敗例として語られています。


⑦ 名鉄竹鼻線(須賀~南宿間の鉄橋 大正10年)

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⑧ 羽島高校(昭和8年)

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羽島高校は戦前は羽島高等女学校と云って結構なお嬢様学校でした。戦後もしばらくはその流れがあって、女子中学生の多くは羽島高校進学を目指して頑張ったものです。
地域密着型で花を咲かせて頂きたいと願っています。


⑨ 新幹線岐阜羽島駅(昭和39年)
 
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田んぼの中の駅として全国で話題になった「岐阜羽島駅」。集客が全く伸びず、失敗例の見本として取り上げられたりします。仕方がないですよね。時代の流れ。


✰ 続きます。

韓国映画の風景(「風の丘を越えて」1993を観て)

原題を「西便制」と言って、旅芸人として賤視されてきたパンソリの姿を描いた映画で、韓国では歴代一位の観客動員数とネットに書かれていた。

かなりリアリズムで恐らく日韓基本条約前位の韓国の状況と思われる。

パンソリを演じる場面が多く登場し、その具体的な姿を知るには絶好の映画と思われるが、同時にチョット昔の風景を知るにも参考になる。


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韓流というのは別物で、芸術の名にふさわしい映画もあると言う事だが、この映画を通じて知られるのは韓国の貧しさで、日本に同程度を求めるとすれば戦前も相当昔にさかのぼる。


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エンディングは何となく「砂の器」のハンセン氏病で村を追われる男とその子どもの道行き場面を思い出させる。

知らないことが多く知れて、面白い映画だった。

家に咲く花


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「家」の替わりに「大仏寺」と書いても同じですが、子どもの頃はお寺でありませんでしたし、本山があってその宗旨に従うこともありませんので、意識上は家で、上の写真は玄関前。


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此処までが文字通り家の部分で、お寺ですと庫裏と称します。ですから、花の面倒を見ているのはお庫裏さんで、すなわち私の女房ですが、もとよりその様な意識はありません。

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黄色の花が目立たないので、少しトリミングして写真を大きくしましたが、元の方が良いかな?

此処から外へ出まして、お堂のフェンス沿いに咲いている写真を並べたいと思います。

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柳原白蓮さんの看板を挟むように花が咲いています。次は看板の向こう側の写真です。


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木の実のようなものも乙だと思い、縦向きに撮ってみました。


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一番西側の酔芙蓉の花、夕方になると花の色が変わるそうです。明日にでも撮ってこの下に貼り付けたいと思います。


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朝8時と午後5時の酔芙蓉 同じ花
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お   し   ま   い

花の写真

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これを花とは言わないでないかと叱られそうですが、花音痴で区別がつかない


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花の写真ばかり出しておりますと、「お前は余程の花好きか」と誤解される怖れがあります。

昔私は送別会で花束など頂きますと、家に着くまで、どの辺りで捨てようかと思案するほどの花など、どうでも良い人間でした。実にこのブログを始めてから、関心を持ち始めました。

又、折角記事が続いておりますので、途絶えないように何か手頃な写真はないかなと思っていますと、今まで関心のなかった風景にも目をやるようになりました。


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今日は岐阜へ行く途中にこんなコスモス畑に出会いました。


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幸い路肩に駐車できましたので、降りて行って、コスモスの花の写真を撮りました。


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実は逆光気味で若干暗いのですが、その分空の青色が鮮やかに目に飛び込んできます。

続きまして、接写したものを2枚。どちらが良いか分かりませんので、二枚とも披露します。

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お し ま い



平成27年度永田佐吉翁彰徳祭の記録

1 始まるまで

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受付の様子、颯爽とした後ろ姿は羽島市長さんです。役員で係を分担して行っています。


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次々と大仏寺「佐吉堂」に入って行かれます。今日の参列者数は役員を併せて約80人


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中の様子。「こんにちは」とお互いに挨拶を交わし合って始まりを待ちます。


2 式前半

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本日司会担当は永田佐吉顕彰会の近藤理事、実は私の妹


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長島副会長による開式の辞


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始めに「般若心経」と「観世音菩薩普門品偈」を読経しました。先ずは「合掌」。


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導師は佐吉翁の墓がある市内竹鼻町にある本覚寺住職の大橋陵賢師。


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野田光彦顕彰会長の挨拶


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顕彰会名誉顧問の松井聡羽島市長のご挨拶


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武藤容治衆議院議員のご祝辞


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先日の組閣で外務副大臣に就任されたばかりというご多忙の中でのご参列で一同大感激!


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山田県会議員の祝辞、二期目に入られて風格のようなものが感じられます


3 後半

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後半お待ちかねの冨田美穗ミニコンサートの開演


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最初に「永田佐吉彰徳歌」を冨田さんの歌唱指導をまじえて全員で唄いました


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続いて「小さい秋みつけた」から日本の名曲の数々を朗唱、伴奏の大橋さんとも息もピッタリ


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豊かな声量と美しい声がお堂一杯に響き渡り、佐吉翁彰徳祭の忘れ難い記憶を残しました


4 反省会(という程のことでもありませんが)

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座敷の方で、冨田さんもまじえて全体の感想を述べ合って、無事終了することが出来ました


多くの皆様方のお陰で近年にない盛大な彰徳祭を行うことが出来ました。深く感謝申し上げます。

仏とはだれのことか?

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これは竹鼻別院の入り口に貼ってある言葉を撮ってきたものです。フェイスブックで時々こういう写真を見かけましたので、それを思いだして撮ったものです。

ここに『仏さま』と言う言葉が記されています。

別院は浄土真宗のお寺ですので、「仏さま」というのは言うまでもなく「阿弥陀如来」を表していて、それ以外ではあり得ません。

ですが我が家は曹洞宗ですし、私は勝手気ままな仏教愛好家ですので「仏さま」をその様には解釈しておりません。

仏教の本来においては「仏さま」というのは、人間のことです。

さらに付け足しますと、仏教は私たち自身が「仏さま」になることを目指す宗教であります。

ですからこの場合における「仏さま」も、自分自身を捨てた形で、「他の誰かが或いはこの世のどこかに、私のことを見守り心配していてくれる人がいる」と捉えては間違いです。

広い世界には仏のような慈悲の心を持った人がいて自分のことを我が事のように心配してくれる人がいるかも知れませんが、それも自分自身が仏を目指す過程の中に置いて気付くことであって、その意味において、『心をくだく』のは、だれよりも先ず自分自身でなければならないはずです。

元々の仏教は結構厳しい宗教で、先達であるブッダの偉大な歩みも参考事例の一つで、その人その人の主体的な生き方を強く求めています。


「詩歌(うた)の香展」への誘い

今週土曜日10日から羽島市歴史民俗資料館で「詩歌の香展」が開かれます。

我が家で保管している永田佐吉翁の軸も展示されますので、準備状況を見に行ってきました。

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私の行ったときには殆ど完成しておりましたが、貴重品も多く神経を使われたと思います。


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これが佐吉翁の軸です。入り口入ってすぐの所に展示してあります。佐吉翁の軸は7点提供しましたので、会期中に一度展示替えをする予定です。
このガラスケースすぐ上の所に一枚の色紙が掛けられています。


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『佛佐吉さま 佛でくらす だれも佛で世をおくれ』という野口雨情の直筆の詞です。

この詞は「旅三章」と言う詩の一節で、四国の高松、養老と竹ヶ鼻を詩にしたものです。

ちなみに「竹ヶ鼻」の全文を紹介しますと、

だれも来ないが 垣根のそとへ 鼬ァはだしで 今日も来た

昼寝するまに 糸でも引きな 軒の蜘蛛さへ 糸を引く

佛佐吉さま 佛でくらす だれも佛で 世をおくれ

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ここに写っている書・軸は全て野口雨情直筆です。旅三章と併せてこれだけ野口雨情直筆が出るとは全く驚きで、地方の展示会としては驚くべき事だと思います。


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下の説明だけ写しましたが、ここの所で雨情と竹鼻との関係が分かります。きちんとお知りになりたい方は「野口雨情 旅三章」でインターネット検索して頂きますと、「野口雨情の足跡」という岐阜女子大学の先生の書かれたブログがありまして、それを読んで頂きますとよく分かります。

この展示会が市内外の方の話題を呼んで、盛況になりますことを祈念しています。

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竹鼻散歩その2 イロイロ

先回は植物ばかりでしたが、今回はその他も入ります。

・羽島市役所の池に泳ぐ鯉と水鳥

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・逆川にかかる川町橋

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・昭和橋 東から写したものと西から写したもの

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・路傍の花

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・八劔神社

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・バラ

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続きます





竹鼻散歩 植物(バラ・コスモス・・・)

カメラを持って竹鼻散歩、気楽に植物の写真を撮った順にズラッと並べます。

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オ シ マ イ



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