佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2015年12月

「信仰」をめぐる大晦日の綴り

「信仰」を定義しますと、価値言語の内在化と言えるのでないかと思います。

練達のセールスマンが、顧客の心を幸せなものにしても、これを慈悲の実践とは言えません。セールスマンの心に在るものは業績を上げることで、歩合給であればお金儲けの手段としての弁説ですから、このセールスマンの信仰対象はお金儲けと言えましょう。

「信仰」と「宗教」は同列に語られますので、「お不動さん」や「お稲荷さん」を信仰していると普通に言われますが、私は別物だと思っています。

「お不動さん」や「お稲荷さん」をお参りに行くのは宗教行為で、「信仰」は心の中にある価値観の方であると私は捉えています。
この場合の具体的に「信仰」しているのは、「病気治し(=健康)」、「商売繁盛」、「優勝」等々といった事でないかと思います。

「犬山成田山」に「優勝祈願」したら、本当に優勝できるのなら中日ドラゴンズは毎年優勝できるはずですが、そうはならない。にもかかわらず「優勝祈願」するのは、そうすることで、希望を感じて今年も頑張るぞぉと言う気持ちがたかまってくるからでしょう。景気づけと言いますか。

摩訶不思議で超越的なことも、たとえ実現できなくても、そうなったような気持ちになることも効果的ですから、不可能不可思議なことを羅列している神社仏閣も少なくありません。

ここまでをまとめますと、心の中にある価値観を「信仰」と言い、気持ちを高めたり確かなものにするために存在しているものが「宗教」と表現しています。

思い返しますと「オーム真理教」や「統一教会」が大きな社会問題として、メデイアで大きく採り上げられた時期がありました。

古くは創価学会が非常に強引な布教活動など社会問題化したこともありました。

これらのニュースを通じて、多くの人は「宗教は危ないものだ」と言う認識を持ちました。

しかし本当に危ないものは、「宗教」ではなく「信仰」です。このことをしっかり認識したいものです。

ガンが治ると信じれば際限なくお金を投じるのは、確かにそういう事を売り物にしている宗教団体は指弾されるべきですが、命を寿命として捉える事ができるのであれば、家屋敷が全部失う事がない冷静な判断が下せます。病気治しを手段として詐欺的なお金儲けをしているのは宗教だけではないのです。

世俗的な「お金儲け」ということでしたら、世間にいくらでも騙された例は見かけられます。

「宗教」と「信仰」の違いをしっかり認識したい理由は、「宗教」は必ず神仏の装いを取りますので、神仏を語るものに近付かなければ「宗教」で身を滅ぼすことはあり得ませんが、「信仰」の方はいくらでも別の表現をとって近付くことができるからです。

お金儲けしようとして、元金を増やすどころか全部なくして借金マルケといった例はいくらでも聞きます。それくらいならタンス預金の方が余程マシです。

あれだけ儲かって、余生は「ありとキリギリス」の話ではありませんが、ゆったりと遊んで暮らせるはずが何にもなくてパートで何とか食いつないでいる人を近所でも見かけます。

医学部がどれだけのものか私は知りませんが、親の持つ激しい医学部信仰が殺人事件や放火事件を引き起こした例を近所で見聞しております。
登校拒否の多くの子供は親の学歴信仰の犠牲者でしょう。

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さてここまで、私は本当に大切なものは「宗教」ではなくて「信仰」であると書こうとして、あたかも別の結論、「本当に危ないのは信仰である」、になりそうなので中仕切りしました。

価値言語の内在化と言うことの説明ですが、日めくりの人生訓話とか壁に貼る生活信条十ヶ条と言うようなものがあると思います。

私も壁に「禁煙一日五本まで」と書いた紙を貼ってあります。
五本までと言うのは一箱を標準として、それを越えること五本までと言うことで、何とかかつかつ守られている状況で、来年は一箱までにしたいと考えております。いい加減なものです。

女房は喫煙=ガンと信じておりますので、少しでもタバコの匂いのするところには近付きません。
「タバコ=悪」という言葉が内在化していると言えます。私の場合は全く内在化していません。

生活信条十ヶ条も、今日は祭だから無礼講でハメを外す、と言うことならば、信条は内在化しておらず単なる努力目標か言い訳程度のものであるに過ぎません。

内在化された言語ならば、外に貼って見えるようにしておく必要などありません。

本題の「信仰」についてですが、「信仰」は人間の生き方に関する価値目標だと思います。

全ての人に共通して言えることは「幸せ」と言うことですが、何を持って幸せとするかで、道が異なってきます。

「幸せ」は、宗教に頼らずしても人間が本能的に持っているものなので、完全に内在化している価値言語です。、全て人間は「幸せ教」の信者と言えます。

この幸せをより確かなものにする装置として宗教があります。仏教も勿論そうです。

主体はあくまで個々人にありますので、自分が何を持って幸せとするかを把握する必要があります。

しかし、自分が何を持って幸せとするかは、そう簡単に把握できるものではありませんので、考える機会や幾つかのモデルを仏教は提示しています。

おそらくキリスト教も同じだろうと推測しています。

書きながら思いが広がっていき収拾がつかなくなりそうですが、宗教に関わって思うことは、この段階で大きな分かれ道が存在していることです。

幸せになる手段として、宗教には「主体性の放棄」という方策があります。そうなれば簡単な事です。

話が飛び散りますが、ここで親鸞上人の「絶対他力」という考え方が頭に浮かびます。

私は浄土真宗をやっている人に訊きたいのですが、言語的な論理の展開でなくて日常生活の普通の感覚で「絶対他力」という思いをもって生きているのでしょうか。
何か良いことが起きたときに「おかげさまで」という感謝の気持ちを持つ程度のことでないでしょうか。

親鸞上人について書いた人で思いつくところでは、昔からは丹羽文雄、吉本隆明、五木寛之、最近の評論で山折哲男ですが、この方達みんな自分がという自己主張の強い人ばかりで、説くのは親鸞の絶対他力でも、ご自身の生き方は自己本位としか思われません。

自我意識が強すぎて、その救いや戒めとして「絶対他力」があると言う事で、世間で普通に生きている人がそのまま生きるわけにはいかないと思います。

やはり自分の人生には自分で責任を持ってと言う普通の考え方で、大抵の人は生活していると思います。

主体性を先ず放棄させる宗教は、やめるにやめられませんので、用心してかかる必要があります。

その簡単な目安を言いますと、自分では人に向かってとてもそんなことは言えないということを言う人の言葉は話半分として聞いておくだけにすべきです。
信じられないことは信じられないのですから、信じられない自分を責める必要はありません。
人生の段階によって受け入れられるようになるかも知れませんし、嘘だと見抜けるようになるかも知れません。

今の段階の自分の感覚を基に考える以外、主体姓を保つことは不可能です。

「自分を捨てよ」と安易に口にする人は、私は信用しません。

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長くなりました。

「大仏寺」は、仏教の伝統と「佐吉大仏」の建立者の佐吉翁の事蹟を除いては成立しません。

佐吉翁80歳の道歌に次の歌があります。

『佛とは何を岩間の苔むしろ ただ慈悲心に如くものぞなし』

佐吉翁の生涯は、「徳を積む」という最も優れた実践例だと思います。

今までの文章で縷々綴ってきたことを合わせて考えますと、宗教法人「大仏寺」の役割は「徳」と「慈悲」という二つの言葉を、生きた言葉として自分自身の心の中に根付かせることの手助けをすることだと思います。

ではどのようにして手助けすべきかと言いますと、佐吉翁の道歌を二つ引用します。

『心より他にはのりの船もなし 知らねば沈む知れば浮かびぬ』

『曇りなき一つの月を持ちながら 浮き世の闇に迷いぬるかな』

この二つの道歌より翁の思いを察するならば、【自分自身をしっかり見つめ我が心にある悪や欲からも目を逸らしてはならない】、ということだと思います。

これは自分で行う以外無いことです。

「大仏寺」は戒律が何も無い気楽で自由なお寺ですが、その本体は極めて厳しいと言えます。





知りたい!クリックされた方?

私のブログにはコメントが殆どないので書く方としては正直言って寂しい。
「面白かった」とか「私はここの所は違うように考えている」とか、或いは「読んだよ」とかいう簡単な言葉でも欲しいものですネ。

もう一つの張り合いにクリック数があります。

昨日の数値は、32人の人(正確には32台のパソコン)が訪れて、延べ数で43項目が読まれている。一人の方が複数の記事を読まれることもあるので、人数とクリック数が異なってきます。

ともかくコメントとクリック数は、ブログを書いているものとしては大いなる関心事で、記事を書かないときでも一日に2,3回はパソコンを開いて確認します。

今開いてみたら、10人のご訪問で、延べ数で202の記事が読まれたと記されていました。
一人の方が平均で20の記事を読めばこの数字が生じますが、先ずそんなことは考えられなくて、一人の方で100とか150の記事に目を通された事を意味していると思われます。

今までにも稀にそういう数字が生じることがありました。

「一体どなたなのだろう?」と思うのは自然なことです。

それは音楽会や絵画展と同じで、何度も足を運んで頂けば感謝の気持ちが湧きます。

又感想も聞きたい。それは鋭利な批評を望んでいるわけではなくて、そんなに多く読まれるにはどこか良い点もあるからなので(可能性としては腹が立ってあらを探すということもありましょうが)、良い所を伸ばしていきたいと思うからです。

最後に、年を取って人と接する機会が減ると、ささやかなれど人と人のつながりはいっそう有り難く思えてくる。挨拶程度の言葉がけも嬉しいものです。

最後の最後といたしまして、沢山記事を読まれる方やコメントを頂ける方は勿論、その他の一度だけの訪問の方も含めまして、「佐吉大仏ヒラメ記」にご訪問頂きまして厚く感謝申し上げたいと思います。

話ついでに、Merry Christmas and A Happy New Year


上石津町「日本昭和音楽村」での「辻彩奈コンサート」

大垣市上石津町にある「日本昭和音楽村」での「辻彩奈」コンサートに行ってきました。

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今日は小雨が降り、空もどんより曇っております。


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この写真は過日撮った、コンサート会場の江口夜詩記念館


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会場は落ち着いたヴァイオリンのソロコンサートの雰囲気にピッタリであります。開演時には二百数十人定員のホールが満員になりました。


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天井写しましたが、音響は抜群であります。


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演奏終了後、挨拶に出てみえましたので、写真をお願いしたら気軽に応じて下さいました。左が辻さんで右がピアノの村上尚美さん。

私のあとに皆さん次々と記念写真をお願いしてみえましたので、良かったなと思いました。ご本人も結構嬉しかったのでないかと推測いたします。


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プログラムです。私はヴァイオリンは初めてで、どう聴いて良いのか躊躇いながらの鑑賞でありました。好みとしましてはバッハの無伴奏が1番聴き応えがありました。

帰路、運転しながらも何となく心が豊かになったような気になっておりました。

又、聴きたいと思いました。

鉛筆画の思い出話 出口友佳子展を観て

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その昔、かれこれ20年ほど前、私は関養護学校で教務という校務分掌に携わっていました。
教務の大きな役割が時間割を組むことにあります。先生もいろいろな専門教科の免許を持ってみえて、重なったりもしますので、職員配当も考えなければなりません。


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私は鉛筆で描かれたこの作品を観て、昔を思い出しました。

美術の女の先生が二人いました。30代と40代の仲の良いお二人でした。

関養護学校は肢体不自由の養護学校で、重複障害で知的にも相当なダメージを負っている生徒が多いのですが、知的には遅れのない単一障害の生徒もいて美術は三学年共同で行います。

7,8名のクラスですが、私はお二人の先生に共同で受け持ってもらうように時間割を組みました。

その共同の授業がビックリする授業で、始め3ヶ月位、鉛筆でもって線ばかり描かせていたのです。鉛筆の線が濃かったり薄かったり、強かったり弱かったりと変化させることで、豊かな表情と描く人による個性が出るということを教えられていたのです。


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私は美術は全くの門外漢ですから、生徒は飽きが来ないかと気懸かりでしたが、不思議なほど楽しそうに授業に参加していました。

私が思いますに、線を描くことも面白かったに違いなかったでしょうが、女先生お二人が実に楽しく幸せそうに授業を行っていたことが、生徒にも伝わっていったのではないでしょうか。

お二人の先生は、小・中交流と言いまして、普通の小・中学校から3年を単位として研修のために特殊教育学校に赴任されてこられた方で、次の年にはお二人とも転勤していかれました。

普通学校で二人で授業を受け持つことはありませんし、殆ど教員に任された自由なカリキュラムを組むことも難しいでしょうから、生涯の記憶に残る一年でなかったかと思います。


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又考えてみまするに、肢体不自由は様々な器具の発達によって行動の自由が相当確保されてはきましたが、やはり健常者と比べれば制約の多いことも事実であります。

肢体不自由という厳しい障害の中で、鉛筆による線描写という手軽な行為にも、豊かな思いと可能性を表現できることを学んだことは、生きる力と喜びを育む事に繋がったと思います。

往時を思い返しますと、熱いものが込み上げてくるのを押さえ切れませんが、幸い私でも購入できる額でしたから記念として、二つ目の格子模様の作品を手に入れました。

大仏寺のお茶所に飾っておこうと思っております。

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『出口友佳子展』の様子を数枚の写真でご紹介しておきます。


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上石津町訪問記② 郷土資料館とその周辺

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上石津町訪問記の②。前回は上の地図で右下の湖の所にある日本昭和音楽村の様子です。
そこから365号線を岐阜の方に戻って(上側、下は三重県)、現在地と書いてあるところ(この地図は合併前の村役場の入り口に設置)の、「現」という漢字の辺りにある郷土資料館を訪問しました。


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郷土資料館に着きました。上の方に上っていき初めてではスッと見つけにくいのですが、諦めずに探して下さい。奥行きがあって大変立派な施設です。


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館内撮影禁止ですのでパンフレットを写します。火曜日休館。入場料100円です。


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歴史に興味のある方には入ってすぐの企画展示室と高木家資料室が目を惹くと思います。

今回宝暦治水関係の展示があり、大変興味のあるものでした。私は羽島市ですのでどうしても地元から宝暦治水を見ますが、上石津の高木家が大変大きな役割を果たしたことを知りました。

館長さんがお留守で話をうかがえなかったのですが、宝暦治水の関心のある方は一度是非訪れて、館長さんに教えてもらうと良いと思います。


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館内に置いてあった地図を3部頂きました。どうしても欲しかった理由があります。


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両面に印刷されていて、非常に中身の濃い地図で大垣巡りには必携です。上の方を拡大。


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この地図の右上の道しるべ、旧中山道沿いですが、佐吉翁建立です。
今日に残るのは、実に素晴らしい事だと思います。


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歴史資料館の裏手にある西高木家陣屋跡です。説明は下の看板を読んで下さい。


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高木家は西・東・北の三家あり、徳川幕府直参、併せて五千石足らずですが大名格とあります。

海津市が好例ですが、大名家のあるところは、やはり郷土の歴史文化を非常に大切にしていると思いました。羽島も石河家という一万石の城主と言って良い尾張徳川藩の家老がいましたが、中心地の竹鼻が何と言っても商家の町で、歴史文化に対する意識の比重は、海津や上石津と比しますと、やや軽いように思いました。


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固い内容になりましたが、歴史資料館前の道路から下を見下ろした景色です。


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通りかかりの方が名前を教えてくれたのですが忘れました。歌に出て来る名前でした。


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木の実を入れて写真を撮りました。


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これは蜜柑でしょうか。羽島のような平地とはおもむきが異なる感じがします。


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これも近付いて写しました。



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下を見下ろしますと記念碑がありましたので何かなと思って降りて行きました。


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先の大戦の英霊を祀る碑でしょうか。この辺り立派な家も多く、昔からの名残を留めています。


大垣市との合併以前は上石津町は養老郡で、養老町は子どもの頃から到って馴染みの多いところでしたが、上石津は全く知らない所でした。

地名も知らなかった位ですから、同じ岐阜県でも心理的には飛驒や東濃よりも遠いところだったと思います。今回グッと近付きましたので、又訪ねたいと思います。

「所功先生」ご来訪

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日本の歴史文化について多数の著作があり、皇室伝統を考えるときの権威でもあられる所功先生にご参拝頂きました。


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所先生は当地でご講演をなされて、その帰りに立ち寄られたものであります。


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お供の方も次々とお参りされまして、素晴らしい朝になりました。


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永田佐吉座像の前でも修身の復刻始め多数の資料に関心を持たれて、話をさせて頂きました。先生は同じ岐阜県生まれで今後機会を見つけ佐吉翁の事蹟も話していきたいと仰って頂き、誠に有り難いことだと思います。


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佐吉翁の直筆軸写真にじっくりご覧頂きまして、今まで読めなかった文字も教えて頂きまして、やっぱり違うなと、当たり前ですが、思った次第です。


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家の方から一軸本物の方を持って来ましたら、大変気に入られてお供の方に写真を撮って欲しいと言われました。私としても嬉しい限りでした。


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1枚一緒に記念写真を撮らせて頂きました。大変光栄なことです。


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上石津町訪問記① 日本昭和音楽村

福井県と三重県を結ぶ国道365号線を途中左(東方向)に折れますと、目指す「日本昭和音楽村」に向かう道路に入ります。

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車は、がぜん木立の中に入っていきます。車から撮ったものです。


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と思いますとすぐに開けてまいりまして向こうに入り口看板が見えてまいりました。


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まだ少し行かねばいけないようですね。此処で車を降りて廻れ右して後方を1枚。


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そう広くないのですが実に整然と手入れされています。左の山は鳥帽子岳(865m)かな?


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こういうのを切り通しというのでしょうか。ここを越えると目的地。国道からそう遠くありません。


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到着。前方の建物は「江口夜詩記念館」。予想したよりはるかに素晴らしい建物でした。

その右手には結構洒落たレストランがありました。


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前方は打上調整池で「水嶺湖」と名付けられています。実に美しい眺めでした。


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広場には上石津の発展に多大な貢献をした桑原久富翁の胸像が設置されていました。

それでは、お目当ての「江口夜詩記念館」に入っていくことにしましょう。

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江口夜詩氏は上石津出身の偉大な大衆音楽の作り手です。後ほど説明します。入場無料。


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中は魅力的な設計でした。丁度、切り絵の展示会が開催中(12/23まで)でしたので、3点選んでご紹介します。とてもステキです。これらの写真は凡て館長さんにご挨拶して、許可を取ってから写しております。館長さんも少しでも当館が世に知られることは有り難いと言われて快く許可して頂きました。
ちゃっかり「佐吉大仏」の宣伝もしてきました。そこはいつも忘れません。


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さて中仕切りしまして、江口夜詩氏の説明に移りたいと思います。

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入り口近くのこのパネルを見ますと存在の大きさが一目瞭然に分かります。


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この中にはレコード・楽譜・写真など貴重で興味深い資料が一杯展示いてあります。
写真を見ますと錚々たる方と写っておられます。


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試聴コーナーがありました。欲を言いますと、この前に背もたれのあるイスを置いておいて頂きますと、ゆっくり聴けると思います。若い人は立ったままで構わないかも知れません。


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3枚目のキングレコードの曲が有名ですが、タイトル的に真ん中のコロンビアの曲がイイじゃないかと思って3曲ほど聴きました。


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これは館内に展示されている江口夜詩氏の死去に際して、音楽家の服部良一氏が捧げられた弔辞の全文です。非常に達筆で心のこもった言葉が記されています。


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江口夜詩氏は東京芸大を卒業されスタートはクラシック音楽ですが、途中で大衆音楽に転じられます。この弔辞冒頭を読ませて頂きますと、名曲を作っただけでなく、日本大衆音楽の可能性を創造的に広げられていったことが分かります。素養がしっかりしていればこそできることだと思いました。

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ホールはこのチラシ写真だけからは充分には分からない斬新なデザインで、「誰が設計されましたか?」と訊きましたらヤマハ直々の設計で音響も抜群だそうです。


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全く予定していなかったのですが、このホールで聴いてみたいなと突然思いまして、チケット1枚購入しました。最前列であります。雪が降らないのを祈っております。

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◎本当に素晴らしい施設で、一度お時間あるときには是非お立ち寄りになると良いと思いました。もっともっと知られて多いに活用されるべきです。



「エクソシスト」の?

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映画「エクソシスト」は1973年ハリウッド映画、その年の興行成績№1を記録したオカルト映画で、それ以降のオカルトブームの先駆となりました。日本でも大ヒットしましたです。


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こういう映画がヒットするというのは、ある程度悪霊の存在を信じている人がいることと、好奇心や憧れから霊的な事に関心を抱く人が多くいたことがあると思います。


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悪魔祓いの場面がクライマックスですが、此処までアーたらコーたら、医学的な検査や神学的な理屈もまじえて、徐々に見る人を怪異な世界に引きずり込んでいきます。

大の二人の男が声を揃えて「悪魔よ去れ!」と呪文を唱えている場面ですが、いきなりこの場面ですと、ドタバタ喜劇かなと思いかねません。この場面に辿り着くのに約2時間経過です。


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「エッ!」と思って、画面を止めて写真を撮りましたですが、真ん中上のアルファベット、ローマ字で「たすけて」と読めます。左上の字はひらがなの「よ」ですね。
何故コンなところで日本語が出てくるのか、首を傾げました。

セットでしょうから、偶然というようなことはないでしょう。考えられるのは英語からすれば日本語は神秘的な言葉で呪文のような感じになるのでしょうか。

もう一つ考えられるのは、「エクソシスト」自体が日本の怪談映画の影響を受けていて、それに対するオマージュなのかも知れません。


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このメイキャップ、昔の日本人なら誰だって「お岩さんだぁ!」と思うはずですヨ。


昨日の一日

昨日はいろんな事を一日で済ませました。

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先ずはレンタルショップ「GEO」に行きまして、DVD3枚、CD5枚借りてきました。

・「エクソシスト」 ブルーレイ版
・ミュージカル「レミゼラブル」 ブルーレイ版
・「赤と黒」 スタンダールの原作読んで映画版も視てみようと思いました。以上DVD

・ハービーハンコック「リヴァー」 ジョニーミッチェルに捧げるトリビュート ジャズですね。
・ホリーコール「テンプテーション」 女性ジャズシンガーでサラッとしてお気に入り
・「JAZZ EVER MOVIIE」 ジャズミュージッシャンによる映画音楽 二枚組お得
・「ミュージカル映画ヒット曲集」映画を見出すと映画音楽も聴きたくなりますので
・「マーラー ベストオブベスト」 マーラーはイイいう方もみえて勉強用に 二枚組

続きまして、DMでご案内頂きました県美術館の写真展

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日曜日と言うこともありまして、中庭では多くの人が寛いでいました。

続きまして、隣の県図書館に行きまして借りていた図書を返却、新たに10冊借りました。

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3冊小説が入っていますが読めるのかどうか?一番上の高田里恵子「グロテスクな教養」を50頁ほど読みましたが、文章が読み辛く何が言いたいのか良く分からずオシマイ。東大を頂点とした権威主義を批判したいのでしょうが、自分自身が東大卒でそのプライドが出ていて、否定したいのか自慢したいのか、頭をすっきりさせないと明快な文は書けないでしょう。

と言ったところで、時間を見はからって、ここより十数㎞離れた大垣市で行われている大垣「ジャストワンナイトコンサートに移動。

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ここは「JR大垣駅」近くの喫茶店「CAFEパビリオ」。会場は十数カ所に分かれて音楽を中心として一夜の宴が繰り広げられています。


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クリスマスムードたっぷりですが、奏でられる音楽は結構本格的なジャズです。ここを選んだ理由はヴォーカルの女性、福田美代子さんと仰います、がフェイスブックを通じてお友達になっておりますので、馳せ参じたわけです。
フェイスブックを知らない人のために、お友達と言いましても、パソコン上を通じてやり取りするだけのことで、別に一緒にどこかに遊びに出かける仲というのではありません。


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できるだけ後ろから撮ったのですが、まだこの後ろにも沢山の人がみえて、大垣市の文化を愛する姿勢に感心させられました。

これから大慌てで再度岐阜市に戻りまして、ジャズ喫茶「アフターダーク」に、これもフェイスブック上でヴォーカルの方とピアノの方がお友達で、今年の締めの声援も兼ねまして、聴きに行きました。


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写真をあまり撮ってこなかったのですが、「アフターダーク」はジャズを聴くのに素晴らしい雰囲気のジャズ喫茶です。
敢えて欠点を指摘しますと、真ん中の柱。この写真ですと本日の目玉、岐阜市のジャズの草分けと言って良いトランペットの堀之内正さんの熱演が柱に隠れて写っておりません。


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もう70過ぎてみえると思いますが、すごい迫力で感嘆の一語です。
この場面はアンコールで、FBFでヴォーカルの川鰭祐子さんが客席にいたお弟子さんを引っ張り上げて、デゥエッとで「サニーサイドオンザストリート」を唄っているところです。お二人とも大変素晴らしい歌唱力で、たっぷりジャズの楽しさを堪能できました。

もう一人ピアノの豊田麻由美さんもフェイスブックのお友達ですが、他のメンバーの熱気に呼応するように、鍵盤をたたく指が飛び跳ねて、アメリカのオールドジャズメンの演奏を聴くような感じでした。

かくて家に帰ったのが10時過ぎ。それから寐るまで何をしたか、よく覚えておりません。


大仏児童公園の樹木

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ポケットにカメラを入れて、久しぶりに隣の大仏児童公園に行きましたら樹木の様子がすっかり冬めいてという言葉があるのか知りませんが、そんな感じでした。


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空のブルーと木の葉の赤を共に鮮やかに出すのはどうやってよいのか分かりません。実際にはもう少し明るいのですが、中々難しい。


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後に見える仏佐吉彰徳碑は5㍍ほど。文面は南条文雄博士、日本仏教学の礎を築いた我が国最初の文学博士、書は大島徳太郎で当代一と言われた楷書の名家で初代中日書道会理事長、という偉大な二人によって碑面が作られています。


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毎年育ててきたパンジービオラ、今年はギブアップしましたら、近所のおばさんがパパッと替わりに植えて頂きました。草むらにしておくよりはるかに良いですね。


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もっと近付いて上から写しました。


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隣の柿畑で道路から写しました。くるっと後ろを振り向きますと・・・


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蓮田になっております。



仏の思し召し

「仏の思し召し」とか、よく似た表現に「仏縁」とかいう言葉がある。

これを文字通りそのままどこかに神様のような存在の仏がいて、ハッキリとした指示を与えてくれると思ったら大間違いである。

「仏の思し召し」も「仏縁」も、自分の頭でその様に思わなければ存在しない。

それが証拠に、私は生まれてこの方ずっと「佐吉大仏」の傍で生活し、金銭的にも労苦という意味でも、多大なものを捧げているが、啓示のようなものは一遍もない。

と、ここまで記すと「仏の思し召し」を否定するために書いていると思われるだろうが、実は反対である。

或る事象を「仏の思し召し」と捉える事によって、その事柄に価値や必然性を感じて、一生懸命に取り組むことが出来るようになるのである。

又過去を振り返ってみて、あれは「仏の導きだった」と捉える事によって、今の状況に対する評価が高まり、これからの力強い方針も得ることが出来る。

単なる偶然に過ぎない人との出会いも、仏縁によると思えば、裏切ってはならない、正直でなければならないという気持ちになるであろう。

要は自分にプラスになる物事の捉え方をする事が肝心であるが、「仏の思し召し」と言う気持ちを持つには、仏と接する機会を持たなければ出て来ない事も事実である。

それが面倒なので、お坊様に間に入って頂きお言葉を頂戴する場合もあるが、自分から得たものでなければ責任を持つこともなく簡単に捨てられる。

又、そう自分に都合のよいような事ばかりで仏を利用しても、その時そういう気分になるだけで長続きはしない。

仏というも自分の身の丈に合った仏しか出て来ないもので、自分を高める以外に策はない。



関市の喫茶店「さくら」と「ピアノライブ」

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昨日は関市の喫茶店「さくら」で行われたピアノライブに行ってきました。


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演奏されますのは名古屋市からお越しの仲井文子さんという若くて綺麗な女性でした。


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演奏の様子です。クラシック系かと思いましたら、ポピュラーな曲が中心で、曲目は殆ど客席からのリクエストに応じて、譜面無しで演奏されました。驚いてしまうのですが、不明な場合はイヤホンで聴きながら演奏されるようで、現代的な演奏スタイルですね。


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ゴッドファーザー、ムーンリヴァーといった映画音楽、枯葉とかパリの空の下セーヌは流れるといったシャンソン、ポールモーリアで一世を風靡した恋は水色、シバの女王、ジブリアニメからトトロや千と千尋など、次から次へとよく知った曲が演奏され1時間半があっと言う間に過ぎました。

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さて、この喫茶店「さくら」。独特の雰囲気。凝りに凝っております。


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お休み(日月火)、こんな喫茶店は初めてです。先ずは外観から、写真を続けます。


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関市といいましても完全な町外れ。それにしてもこの大量の薪は何だろ?と、中にお邪魔。


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テーブルにサッと出ました本日の特別メニュー。演奏代込みで全部で500円也。おはぎは甘みは上の餡子だけで格別美味しい。仲井さんは完全なボランティアです。


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しばらく経ちますと、急須に飲み直しのお茶を入れて給仕。誠に結構な雰囲気であります。


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天井見ますと太い梁。古民家を買われたのではなくて新築して造られたとのことでした。


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下を見ますと薪ストーブ。先ほど外にあった大量の薪の訳が分かりました。感激。


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座った席から厨房を写しましたが、小物ショップのお店屋さんを覗くような感じがしました。


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その反対側、この奥が文字通りショップになっていまして、中に入ってみます。


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これ以外に喫茶スペースにも、おそらく近隣で採れたキノコのような自然食品が並んでいました。
実はこの「さくら」は、学校の先生が退職して始められたものです。定年退職されたようで、道理で「脱サラして第二の人生にチャレンジ」というようなせせこましさが感じられません。
中学校の数学の先生をしてらした、余り数学と結びつきませんが。


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真空管のステレオ装置が目につきましたので、是非試聴とお願いして昔懐かしいLPレコードを聴かせて頂きました。ご主人は誠に気さくな方で、すぐ応じて下さいました。


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ターンテーブルに載せましたのは、アンディウイリアムズ「ムーンリヴァー」とポールモーリアグランドオーケストラの美しいメロディ。ステキなジャケットですね。今のCDでは味わえない気品を感じます。

天井からは澄み切った音色が降り注ぎました。

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《 場  所 》

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地図と比べながら見て頂きたいのですが、写真の左手に見える高架道路は、橋(今川橋)を渡ったところです。この高架道路を降りる途中にある左側に行く細い道に入り、道なりに少し進むと上の写真の道路に突き当たります。
上の地図の説明は、高架を降りてから右に折れて、グルッと一周して、この高架の下をくぐって来る道順が書かれています。こちらの方が道路が広いので良いかも知れません。

ランチもあると聞きましたので、ご関心ある方はお出かけ下さい。
今度はLPレコードのビートルズを聴きに再訪するつもりです。

溝口映画の女優たち

昨夜は溝口健二監督の生涯を関係者がインタビューで語った1975年の記録映画を見ていました。監督は新藤兼人で、助監督を務めるなど大変親しい間柄でした。


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内容はさることながら、私の両親世代でしたら懐かしい女優が一杯出て来ましたので、途中から往年の美人女優さんだけカメラで撮りました。
皆さん何歳にお成りなんでしょうか。1975年として推定年齢を横に記しました。


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入江たか子64

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木暮実千代57


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香川京子44



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京マチ子51


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若尾文子42


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田中絹代66(この2年後に亡くなられています。まだ若かったですね。)


〇 溝口監督の映画をDVDで視てみようかなと思いました。

12月始めの八剱神社

お客人を案内してそろそろ秋も終わりかけの氏神様の八剱神社にまりました。

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こういう時でないと樹木にも目が行きませんので、ポケットからカメラを散りだしてデジ写。


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この木何の木?、気にならないので名前を知りません。鮮やかなものです。


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こちらの方は逆方向、神社の中側から写したものであります。


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空に向かって鮮やかに輝きを放っているように見えました。


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過ぎ行く秋の定番、庭に落ちるイチョウの葉。人生もこの様に暮れていくのか!、とこれも定番の慨嘆。「いつまでも若いつもりでいてはいけない」という注意がしっくりし出したのがもう30年以上前。


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この渋い藍色を見て一眼レフを持ってこなかったことを後悔。と言ってもオートで写すだけですから、同じ様な気もします。


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失敗写真も愛敬で、カチッと木の実を捉えたかったのですが、シルエットしか写りません


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