佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年01月

今はアンナ・ネトレプコ

私はレンタルのTSUTAYAの宅配会員になっていて、月に8枚ずつDVDかCDを借りることになっております。

元々は昔の名画を観ようと思っても、映画館では観られませんし、店に探しに行っても置いてありませんので、会員になってみるかと思いました。

しかし私は映画を観るより本を読む方が好きで、また、お金の点でもCDを借りた方がずっとリーズナブルであります。せっせとダビングしまして、コレクションを増やしております。

傾向としましては最初はジャズを集めていたのですが、だんだんクラシックに移り、そのクラシックでも初めのピアノからオペラ歌手の方に重点が移ってきております。

そして今は、歌姫「アンナ・ネトレプコ」であります。

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二枚ずつ送ってきます。(今VERDIをセットしましたら途方もない声が聞こえてきました)

好み変遷の原因は、私は元々音楽には何ら素養がありませんので、音楽でどなたかと多少の縁ができますと、その人の影響をモロに受けてしまうからです。

私にとっての最近の大きな出来事は、名古屋のコンサートホールに新春オペラコンサートを聴きに行ったことであります。
そこでS席三万八千円也の、アンナ・ネトレプコの宣伝用チラシを見てなかなかと思いました。

私は声は分かりませんが顔は分かります。オペラを一遍も観たことがないのにこういう事を書くのは何ですが、オペラ歌手の場合、見た目は非常に重要でないかと思います。

例えばですネ、マイフェアレディというミュージカルがありましたが、主人公のイライザの役がオードリーヘップバーンだからイイ様なものの、〇〇〇〇さんだったらストーリーは弾みません。

〇〇〇〇はどなたでも思いついた方でよろしいが、私が最初に浮かんだ方が泉ピン子さん。申し訳ありませんが率直な所。
同じ美人でも、クレオパトラを演じたエリザベステーラーだったらどうでしょうかネ。やはり適材適所であったのでしょう。

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アンナ・ネトレプコ1971年生まれ。だいぶ前の写真でしょうが、多少心配なのはこの方ロシア人。ロシア女性と結婚するときは、「母親を見てから考えよ」と言われます。
若いときはよろしいのですが、ネットで最近の写真を見ますとかなり心配な向きも。

歌の方は私は何も言う資格がありません。最近読んだ吉田秀和「これを楽しむ者に如かず」(2009年発行)からアンナネトレプコに触れた一節を引用して終わりにします。

2006年のザルツブルグ音楽祭は、このスザンナ(フィガロの結婚の登場人物)を歌ってネトレプコが

大評判をとったらしい。私はCDできき、またDVDでみただけだが、確かに彼女の歌はよかった。この

人の大変な人気は、何も彼女の並外れた容姿の美しさによるのではない。彼女の「歌」には強烈な

存在感の裏付けがあるからである。私はそれを ー あれは何年だったか ー 彼女が《椿姫》で

ウィーンにデビューした時から感じていた。声も重量感を持っていたし、技巧もしっかりとした基礎の

上に立つものだったが、それよりも何よりも、私の気に入ったのは、はっきりした表現意欲に裏付け

られた重量感の印象を観衆に与えずにおかない存在感だった。

◎余分のことですが、同じ文の中で吉田秀和氏は、コロラトゥーラの驚くべき名手としてディアナ・ダムラウの名を挙げています。その歌手の名前もコロラトゥーラの意味もよく知りませんが、取り敢えず来月の予約CDにダムラウさんの歌曲集を申し込みました。

三岸節子さん生誕110周年記念展示会

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一宮市三岸節子記念美術館に生誕110周年記念展示会を見に行ってきました。


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この展示会は全館を三岸さんの作品や資料で埋めつくし、美術作品展にとどまらない、三岸節子という一個の人間の生きた歩みが浮かび上がってくる素晴らしいものでした。


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入り口付近を写しておりますが、中は写せませんので、購入した絵はがきを3点ご紹介します。


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最初の作品で自画像。20歳の時です。上手いものですネというのも野暮な言い方ですが、けれんみのない前向きな性格が彷彿させられます。見事です。


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三十前後の作だと思います。この作品は1935年刊行のD.H.ロレンス「チャタレイ夫人の戀人」(伊藤整譯)の表紙にも使われました。ある意味日本を震撼させた小説ですから、その表紙に若い女性の絵が使われるということで、三岸節子さんも話題の人になったのではないでしょうか。


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私の好みで若い頃の作品ばかりになりました。若い頃と言いましても、94歳まで現役で頑張られましたので、40歳ぐらいですと多いに若いと言うことになります。

もう二度と出来ない様な大がかりで素晴らしい展示会です。近くの方は是非観に行って下さい。

3月6日(日)まで。


竹鼻小学校児童3年生児童129名来訪

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本日は地元の竹鼻小学校3年生児童129名が来訪しました。


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落ち着いて聞くにはクラスごとの方が良いと思いまして、4回に分けてお話ししました。


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地元だけに皆さん大変よく勉強していて、活溌に質問してくれました。これは「仏像の手の組み方」についての質問です。
小3、9歳で知るべき知識ではないのですが、お参りに行かれる方は、当然意識に入れて置いた方が良いことです。この質問に関連して、「佐吉大仏」というのは通称で、本当の名前はお釈迦様ですという非常に重要な事柄をお話しできました。実に良い質問でした。


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「どうして佐吉翁は優しい心を持てたか?」、腕を組んでしばらく考え込みました。
自分は優しいといっても優しくないときも結構ありますし、「一緒に考えていきましょう」という以外ないのですが、心の有り様に関する質問が出て来ることは、素晴らしいと思いました。


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私の写真ばかりで恐縮ですが、一遍やニ遍はたいていの子どもが来ており、中には5回以上の子もいて、時折家族団欒の場のような気持ちにもなり、誠に結構な見学でした。


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教員時代、余り記憶にない4時間連続授業をしたような気になり、全て終了したときにはドッと疲れましたですが、今日のような子ども達の訪問は、最も大切なことだと思っています。



演歌歌手「大城バネッサ」さんの新春の集いに参加

今日は大城バネッサさんのファンクラブの方が集まって「新春の集い」が行われました。

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会場であります。招待客を入れて、300人近い方が集まりました。


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のぼりを立てて入場してきました。紅白に出るほど売れてはいませんが、最新曲の「男の漁火」は5万枚出ているそうで、大したものであります。


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壇上に登りまして、育ての親の青山るみさんと二人でご挨拶されました。


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青山るみさんもCDを出しておられて、今日は最後の方に「仏の佐吉音頭」を歌われます。その関係で私もご招待に与らせて頂きました。


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今日の驚きはなんと言ってもこの方で、「若井あつこ」さん。1998年から8年間世界空手選手権者で連続チャンピオン記録としてギネスに登録されているとインターネットに書かれていました。「若井あつこ」で検索して頂きますと、フランス大会決勝の模様を見ることが出来ます。「形」ですから格闘するわけではありません。


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私は以前にインターネットで動画を視ていまして「すごいなぁ」と思っていたら、岐阜の方と知って驚いたのですが、本日直接お目にかかるとは思っても見ませんでした。
今は大垣市にある西濃運輸の監督と、岐阜県会議員をしてみえます。
何となく髪型などから、女子プロレスの神取忍さんを連想しますが、正統の世界を生きておられるだけに、表情に陰りがなくすっきりしておられますね。


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大城バネッサさんのショーもタップリ楽しませて頂き、本当に有り難う御座いました。


小熊小学校来訪

昨日(201.1.21)羽島市内の小熊小学校3年生児童30余名が「佐吉大仏」に来訪しました。竹鼻見学の立ち寄り場所の一つとして見学に来たわけです。記録も兼ねまして記事としてアップします。

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エッチラオッチラ徒歩でやって来ました。この後、席に着くまで4枚連続します。


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お話しするのに丁度手頃な年齢ですね。年令を訊いたら9歳。今では90歳と聞いても驚かなくなりましたが、9歳と聞きますと、そんな年令がこの世に存在するのだろうかと、感に堪えません。


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別角度から。私が写っているのは私で撮れるわけありませんので女房任せです。機械を間に挟むと結構仲のよい夫婦と言えましょう。


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最後にご挨拶して終了であります。


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また来てねと見送っているところです。26日には近くの竹鼻小学校3年生が来ます。


私がどういう話をするのかと言いますと、もちろん大仏さんと佐吉さんの話しをするのですが、それに付け加えまして、合掌を教えます。
私がいつも言うことは「礼儀作法として覚えておきなさい」ということです。ですから必ず神社の場合は合掌ではなくて「二礼二拍一礼」だと、これも動作をさせながら教えます。
線香とかろうそくも時間があれば自由にして頂きますが、「こういう意味があってこうしている」と教えます。今では親、下手すれば祖父母でさえも伝統を忘れてしまっていますので、知るだけは知っておいて、するしないは大きくなってから自分で決めれば良いことです。


私が美術を見に行く理由

私は美術がサッパリ分かりません。

音楽ですと、フルトヴェングラーやヘルベルトフォンカラヤンは単に名前を知っているだけですが、エルヴィスプレスリーやビートルズなら非常に熱心に聴きました。
都はるみさんや美空ひばりさんを聴いていた時期もあります。

歌謡曲やロックもミュージックであるにはクラシックと同じで、はるか低級なのかも知れませんが、CDも沢山持っていて私は結構な音楽愛好家であります。

それに比べて美術は一体何が良いのか、価値とか意味とかいうものが私には全くつかめません。

たとえゴッホだろうとフェルメールだろうが、絶対に金もうけしてはならないという条件を付けられたら、要りません。邪魔なだけです。

まして自分が創作するとなると、苦痛以外の何物でもなく、時間の無駄遣いとしか思えません。

それではなぜ観に行くのかと言いますと、知り合いから案内状が送られてきて義理で観に行くということがありますが、もう少し積極的な理由を挙げてみたいと思います。

一つには「人間に興味がある」ことが言えます。

非常に熱心に創作に励んでいる方は、個性のある人が多く、面白い生き方をされています。

殆どの人は世間的な価値に従って、妥協してといった方が良いかも知れません、生活しています。それは社会的な地位の向上と金銭の取得という二つの価値に集約されると思います。

具体的にしていることは個々マチマチであっても、追い求めていることが同じですから、自由で拡がりのある考え方に出会うことが稀です。

その点、美術の方には、地方の無名の人であっても、世間的価値観だけ追い求めていては創作できませんし、自分を見つめなければいけませんので、個性的で刺激的な人格の持ち主が多いと思います。作品を通してそういう人に触れることは得難い人生経験と言えます。

また今日の芸術は、昔よりも自我の内面を表現することが重んじられますので、絵とか彫刻から、文学や思想関係の一冊の本を読むのと同じ様な感興を持つこともできます。

以上は、人間に対する関心からギャラリーや美術館に行くということです。

もう一つ更に重要だと思っていることを挙げたいと思います。

私達は何も分かる世界ばかりと付き合って生きているのではありません。

私達の周りを取り巻いている世界は、好きなこと、楽しいこと、存在理由が分かるものばかりで成り立っているのではありません。嫌なこともありますが無関係なことがほとんどです。

私は美術館に行っても他の方のように楽しめませんし、ちっとも幸せな気分にはなれません。

どんな感想を言って良いのか、どう感じたら良いのか、正直なところ途方に暮れます。

中にはルノアールやルドンのように世界的価値のあるものもあれば、知り合いの方が余暇を利用して描かれたものもあります。

私にとっては、どっちも同じで、なくてもイイものばかりです。

しかしそれはあくまで私という固有の人生経路を辿った者の感想で、観に来ておられる方の多くは、人生の豊かさを満喫しておられると思います。

創作された方にとっては、命の次、更には命そのものと作品を捉えている方もみえると思います。

ですから当然、私にとって価値がないということは、目の前に有る作品に価値がないということではありません。

私も、私という個別に閉ざされた自我を捨て、意識をもっと上の処、大層な言葉を使えば、天とか神のような視点に立って、この美術館全体を見下ろしてみるならば、意味がわからず途方に暮れている人間もいれば、感動のあまり身体全体を振るわせている人間もともに見出すことができるでしょう。

その様な視点でもう一度自分の目にしているものを捉えてみますと、感動している人もあくびをしている人も、早く帰ろうと駄々をこねている子どもも、みんなが私です。

そう言った全てを総合した中に、ヒラメという一個の人間も含まれて存在している訳です。

この世界が大変豊かなものであり多様性に満ちていることを実感するには、分からない事とも触れ合って、その全体世界の中にいることを体感してみなければなりません。

ですから美術館にもギャラリーにも、クラシック音楽専門のコンサートホールにも足を運んで、何か分からず途方に暮れる事も必要なことなのです。

これは、いつかはその価値が分かるために足を運ぶのではなくて、私がサッパリ分からないと云うことは、その反対に、よぉーく分かるという人もいるはずで、世界はその両者、並びにどっちつかずの人もいて、多様に成り立っているということです。



羽島ホームニュースの取材と宣伝

今日は地元中日新聞折り込みサーヴィスの「羽島ホームニュース」の記者さんに、お堂で開催中の『芸術家からの年賀状・展』の取材に来て頂きました。

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大変寒い日で鼻を押さえながらの説明でした。

実はこういう取材はこちらの方からお願いして行って頂く事が多くて、教員時代は何も知らなかったのですが、今ではできるだけ宣伝するようにしています。

価値そのものを押しつけてはいけませんが、知られなければ評価の対象外ですから、宣伝する事も必要だと思っています。

お願いしてもほとんど取材があると言う事はないのですが、今回は取材に来て頂けまして本当に有り難いことです。記事が掲載されましたら、またブログでも採り上げたいと思います。


「芸術家からの年賀状・展」を行います


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「佐吉大仏」お堂に入って頂きますと、右手展示が入れ替わっております。


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右壁面を利用しまして、「芸術家からの年賀状・展」を三月末頃まで開催することにしました。


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これが展示作品全体で、右側が堀江良一さんから頂いた年賀状16点。
左がギャラリー「いまじん」からお借りした年賀状16点、併せて32点の展示です。


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こちらが堀江さんです。あとからもう2点足しております。上の方から時計回りで「ね・うし・とら・う・・・」と12干支揃っております。



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なかなか精悍な寅さんであります。



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続いて左壁面に移らせて頂きます。「いまじん」からお借りした年賀状、16点(作家数は11人)です。お一人横に隠れております。粒ぞろいの賀状です。数枚を拡大してご紹介。



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松原智子さん。東京芸大日本画科大学院を卒業されています。「養老天命反転地」を設計された国際芸術家の故荒川修作氏は松原さんの叔父さんです。左は墨の直筆。



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桂川成美さん。以前ブログでも採り上げましたが、大変な手作業による版画を創作しています。版画に命を吹き込む「手」を一年の始まりの年賀状に表されることに引き締まった決意のようなものを感じました。



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小島基弘さん。全国的に幅広く活躍されている方だとお伺いしました。



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誠にユニークであります。



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小笠原宣さん。岐阜市の方ですが安井曾太郎賞を受賞されています。



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近藤幸さん。慈愛に包まれたこの感じは、素晴らしいの一語!



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左:荒井克典さん、右:安藤孝信さん。光が入ってしまって後で撮り直そうと思います。
荒井さんは、羽島市竹鼻町在住、ということはご近所。



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渡辺裕司さん。動き出すお猿さん、新しい年への意気込みが伝わってきます。。


大賑わいの関市「善光寺」行

仏像がラグビーの五郎丸選手のポーズと似ていることで話題の関市「善光寺」に行きました。

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予想したよりも奥行きのある伽藍の立派な寺院でした。


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この階段を登って行きます。私としては今年の初詣も兼ねております。


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本堂を横から写しております。上に鐘撞き堂があり、時折荘厳な音色が響いてまいります。


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真ん中に見えるお堂が話題の宝飾大日如来の祀られているお堂です。


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中は撮影禁止ですのでネットから拾ってきました。如何?


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岩山を穿って如意輪観音が祀られています。霊妙な雰囲気です。


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高台に位置していますので関市の市街地が一望に見渡せます。


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カメラを右方向に向けますと千手院という曹洞宗の立派なお寺が見えます。


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下に降りて撮った千手院。千手院という名ですから、本尊は「千手観音」だと思います。こちらのお寺は一人も参拝の方は見かけませんでした。お寺も役目役目があって、初詣は「善光寺」さんになるでしょうか。あまり人が写っていないのは、肖像権もあって人が少ないときにシャッターを押したからで、駐車場に入れるのに苦労しました。おそらく正月三が日は大変な混雑でなかったでしょうか。


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善光寺「駐車場」前の竹を撮りました。落ち着きのある日本的な感覚を与えてくれました。


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帰り道に見た「冬ソナストリート」(岐阜県各務原市)の光景。大変幻想的です。


生きるとは本を読むこと、価値あることは徳を積むこと

三浦しをんのエッセイに次のようなことが事が書かれていた。

『学校にいたころ、「趣味は?」という欄があり、他に書くこともないので一応「読書」と記入するが、私にとって「読書」は趣味なんかじゃない。生きることそのものだ。』

私はよくぞ言ったと思わず膝を打ったものですが、かくいう私にとって読書は生きることそのものかといえば、そこまで徹底していない。

三浦しをんの書いたものを読めば、一週間ぐらい読書に没頭し、何を食べたかも分からず風呂にも入らず、外出もしないこともあるそうで、偉大な読書家と実に尊敬している。

私は思うのだが、退職して暇ができて、何をして過ごすのが最も充実した時間の過ごし方かと考えると、読書に優るものは考えられない。

旅行、美術・音楽鑑賞、映画もある、色々と自分を豊かにしてくれるものは数多くあるけれど、老い先短いかどうかはともかく、限られた時間と言うことを考えると、本を読むことほど凝縮して自由に自分自身の世界に取り込めるものはない。

そういうことで、本を読むことだけが生きることとは思わないが、自分にとって1番有意義な時間の使い方は、本を読むことだ。

いつもかなりの強迫観念に取り憑かれ、「今日も充分読めなかった、時間を有効に使えなかった」と嘆く毎日になるが、挫折にめげず、叱咤しながら読書に励みたい。

昨日一昨日と、またまた、岐阜県立図書館(写真上)と羽島市立図書館(下)から借りてきた。(簡単な感想を別ブログ「Bの朋友協奏曲」で書いていますので、気が向かれましたら)


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借りた本ばかりで、日本文化向上のためには、時には新刊本も購入すべきことは分かっているが、年金生活では使わなくて済むお金は節約しなければならない。
言い訳じみるが勤めている頃は自分でも結構本を買った。

本が売れないことを図書館の所為にする識者も多いが、違っていると思う。

本が売れないのは、本を読む人、本に関心を持つ人が少ないということだ。

売れる売れないは経済の問題として、書く人、読む人双方で読書を大切にする文化を育てていきたいものである。

最後に、読書はあくまで自分の楽しみで、褒めてもらうようなことではない。

愛書家も、私の妻のように、本など読まない人にも共通して言えることは、生きる道として価値あることは「徳を積むこと」であって、そこは忘れてならない事である。


大仏寺「お茶所」ご利用のお勧め

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お地蔵さんのお堂の奥に見えているのが大仏寺「お茶所」であります。


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入ってすぐの室内の様子です。右に見えますのは友人木版画家堀江良一さんの作品。


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天井近くに掛けてありますのは、羽島市内在住の色鉛筆の画家の石井さんの作品。


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こちらは今小・中学校の校長先生ですが昨年度まで岐阜県美術館で学芸普及員をされていた美濃市の家田さんの作品。


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最後になりますが、今日岐阜のギャラリー「いまじん」で購入してきました出口友佳子さんの作品を真ん中に、左が浅村理江さん、右が堀江さんで、相当若い時の作です。
利用されるのはご老人が多いのですが、抽象3作を目にされてどんな感想を抱かれるでしょうか。


このお茶所ですが、会合とか茶話会で利用して頂く目的で作っております。私の願いは「佐吉大仏」にもっと自然に接して頂く事ですから多いに利用して頂きたいと思います。広い駐車場もあります。夜間も自由に使えます。お金は要りません。活溌に使って頂きたいと望んでおります。

お申し込みは「大仏寺」☎・FAX 058-391-5032です。

人と人との繫がりの輪が拡がる

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本日、岐阜県美術館で開かれたニューイヤーコンサートに行ってきました。


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素晴らしい会場で歌っておられる方、家田さんと仰って、私のフェイスブックのお友達で、家田さんのご案内でコンサートにまいりました。


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もう一人のソプラノ歌手、篠田さんが歌って見えます。左の方向から写したものですが、美術館らしい素晴らしい彫刻に囲まれた誠にゴージャスの会場でした。
誰か知っている人はいないかなぁと思って会場眺めましたら、フェイスブックのお友達や美術関係の方やら、十数名の方にご挨拶しました。


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篠田さんは、大晦日のNHK大晦日の第九でソプラノを歌った森麻季さんを彷彿させられる美しくてゴージャスな方でした。国立音大声楽科を卒業されていて、平成12年度岐阜県芸術文化奨励賞を受賞されています。家田さんの現在のお師匠さんと聞きました。
それはさておき、この日にご挨拶した十数名ほどの方、4,5年前までは知らない方ばかりでした。ブログやフェイスブックを通じて人の輪が驚くほど拡がっていることに驚かさせられます。


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こちらは1月1日の佐吉大仏、ご賓客が初詣に到来されました。


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お名前は画面に書かれています。お名前の読み方は、「つのだこうすけ」さんです。


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これはテレビ「題名のない音楽会」の画面です。ズラッと勢揃いされた出演者、音楽界では全員日本的に名前をよく知られた方ばかりです。
勿論この角田さんも数年前は知りませんでした。それがブログの縁から派生しまして、お話しさせて頂けるようになりました。


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これは収録会場の東京オペラシティですが、世界的にもすごい会場でないでしょうか。


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縁は不思議なモノだと言いますが、私が思うことは、縁は自ら作り出していくものだということです。本日のコンサートも呼びかけに応じて岐阜県美術館まで出向いたことによって、FBFの家田さんだけでなく多くの方と親交を深められましたし、新たにお一人とFBFになることも出来ました。

正直言いまして、思い通りにならない事や気を使って疲れることもありますが、何かが生まれるには、苦労もあります。
あなた任せでの受け身の姿勢では頼りない繫がりしか生まれてこないと思います。

良いこと尽くめの二日間でした。明日からの励みとしたいと思います。

バレーにまつわる想い出

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昨夜大晦日は、久しぶりにテレビを視ました。N響アワーですが、昨年亡くなられたマイヤ・プリセツカヤというバレリーナの在りし日の映像が放映されました。

私はバレーなど無縁で思い出など何もありません。知識としては少女マンガから得たものだけです。

ただ一つこの画面を見ながら、ジーンと思い出したことがあります。

私の叔父は音楽の先生でした。中学3年の時、何を間違えたのか、音楽の担任の先生がこの叔父でした。

私の家は親戚縁者の中心のような役割を果たしていて、叔父もしょっちゅう我が家に来て、父と碁を打ったり人の悪口を言ったりして、遊んでいきました。

当時は兼業が普通で、叔父の家では何人もの生徒がピアノレッスンに集まっていました。

楽器販売の松栄堂とは当然懇意で、ピアノを売ることに関しては中々のやり手と私の母は皮肉っておりました。

この叔父が音楽の授業で次の様なことを言ったのです。

「オペラは音楽の全てを集めたものだ。バレーは夢の世界にいるように思う」

50年前ですから、当時の田舎中学の男子生徒にオペラもバレーも関係ありません。

私も、家で鼻くそほじくりながら碁を打っている、むくつけきオッサンが、「何を夢の世界!」などと似つかわしくないことを言うのか、気色悪いなと思って聞いておったのです。

この10年近く後に、叔父さんは心臓が弱くて心不全で亡くなりました。49歳でしたので私が教えてもらったのは40そこそこでした。

もういい加減ロートルでくたびれかかったように感じたのは、少年の目から見てのことで、まだ青年の志も残るような気力充実した年頃であったと思います。

私はマイヤ・プリセツカヤのバレーを視ながら思ったことは、「バレーは夢の世界にいる」と言った叔父の言葉はきっと真実であったということです。

私が夢の世界に誘われたというわけではありません。私にはバレーは分かりません。

ただ、難しい親戚づきあい、家の普請の算段、出世競争と言った世俗の労苦にまみれているようにしか見てこなかった叔父の心に、夢という言葉に結晶される純粋な思いが存在していたと、感じたのであります。

一年の締めくくりの日に心が清まるような体験でした。

今年一年もまた、人間の美しい魂とより多く出会いたいと願って文を閉じます。


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