佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年04月

指導と感化

指導と感化は教育の二本柱で、どちらに惹かれるかは、その人の性格に左右されます。

感化の方を理想とする先生が、その通りにできるかと言えば大変難しくて、実際には指導的な姿勢に終始する場合も少なくありません。

一つの理由は学校教育は指導に重点が置かれていて、そのノルマを達成しない限り、個人的な意見を言うことなど許されないからです。

もう一つのもっと本質的な理由は、感化の力を持つには、先生自身が相当な情熱を持って人生を生き抜いていないと、生徒の心に憧れを抱かせられないからです。これは至難の業ですね。

私の場合は、率直に書きますと、指導は最初から放棄し、感化は自分自身が感化力を持てる人間だとは全く信じられませんでしたので、逃避的教員生活を送ってきたと言えます。

しかし逃避的と言うことに関しては一貫しておりましたので、どことなく人間的だぁというような捉え方のできる生徒には結構受けも良かったと言えます。

私が仕事をしていたのは実質54歳の誕生日まででした。全く誇りにできるようなものはありません。

性に合わない職業を選んだとも言えますし、教員だから54歳まで続けられたとも言えます。

以上は与える立場に立って言っていることですが、翻ってみて受ける立場で考えてみるとどうでしょうか?

学校教育というと20代も後半になれば関係なくなりますが、一例を挙げますと宗教ですと指導者は聖職者で信者は被指導者になるかと思います。

ここで私は非常に強く感じることですが、被指導者である信者側は、指導して貰うことを求めすぎていないでしょうか。
先生の例で言ったことと同じことが受け手の場合にも言えて、感化されるためには感化されるだけのものを自分の中に持っていないと、感化されることもできません。

指導者側に立って考えると、相手は指導されること専門でいて貰った方が楽に決まっていますから、素直に人の意見に従うことを良しとすると思います。
その点、お坊さんも先生も一緒です。

しかし指導されてばっかりでは、自分の心に自分自身の生きる指針の源を生み出すことは不可能で、どこかで自分のことは自分で決める、自分の頭で考えると言うように姿勢を切り替えていかねばなりません。

そうすると今まで気付かなかった人に新たな魅力を発見し、より主体的な生き方が出来る様になると思います。

同時に、受け手側の素直な姿勢に頼って指導に専心している人には魅力は失せるはずです。

私は、お坊さんに衣を脱いで、ジャーパンかジャージーで常飯に来てほしいと言ったことがあります。
衣の権威に頼っていてはいけないと思ったからです。

「竹鼻まつり」山車の試し曳き

竹鼻まつりは5月3日ですが、25日には試し曳きをする町内がありました。

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私の町内「上鍋」ですが、安全を願って、先ずはご祈祷をして貰います。


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皆さん、神妙に頭を下げております。私は女房に任せて写真撮影であります。


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いざ出陣であります。


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いってらっしゃい!


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そうこうしている内に祭り囃子が聞こえてまいりまして、我が家の物干し場から写しました。


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休んでいるところを写しに行きましたが、見れば見るほど豪華な川町の横幕「鳳凰」。


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反対側の「麒麟」。



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後ろの垂れ幕、見送りと言います。


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専用梯子をかけて、山車に上り下りします。



竹鼻まつりの豪華な山車幕

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竹鼻は昔から織物どころで、祭りの山車も屋台自体は大きくありませんが幕が見事です。


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先ずは飛びっ切り目をむく川町の大幕。豪華極まりないですね。一番古くて佐吉大仏と同じ頃に作られました。


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これは夜山車で曳行している所ですが、鳳凰が浮かび上がって凄い。


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私が最も素晴らしいと思うのは、上城の大幕で、唐の子どもの遊んでいる姿を刺繍にしたものです。この絵柄を見るに当時の竹ヶ鼻人はお金があっただけでなく、風流をよく解したと思います。


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この図柄も面白くて「何だろう??」と思いました。


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「遣唐使」です。「アッ!唐の港が見える」と指さしているのでしょうか。


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竹鼻祭りの山車は13両あります。残念ながら明治24年の濃尾震災で半分焼失しました。新たに作ったものは無地の赤幕が多いのですが、宮町は豪華な幕を作り直しました。


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竹ヶ鼻町の初代町長を務められた小見山さんという大金持ちがいて殆ど出されたと推測します。


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これも雅な図柄で「竹林の七賢人」。左右合わせて7人の風流人がいます


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全体です。大幕の上の垂れ幕を水引と言いますが、図柄は「唐八景」。鮮やかです。
この町内は上町(かんまち)ですが、30軒位しかないはずです。よくやるなと思います。


〇水引の例を2つ

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大西町の「竹に虎」。



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よく似てますが下鍋の「仙人と虎」。



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新町の「雲龍図」



・後ろの垂れ幕、見送りと言いますが、を数点紹介して終わりにしたいと思います。

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素戔嗚尊


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岩上鷲


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義歯大人


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張良


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岩上の虎


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唐獅子


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鶴一番(ひとつがい)

竹鼻別院「藤まつり」開会式点景

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御案内頂きまして、竹鼻別院「藤まつり」開会式に行ってきました。写真でご紹介します。

<開会式>

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羽島市観光協会会長さんのご挨拶


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松井羽島市長さんのご挨拶


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山田県議さんのご挨拶


<藤>・・・大体七分咲きと言ったところでしょうか。

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<竹鼻保育園児の鼓笛隊>

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<お店>

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お抹茶300円也。右手の方は市会議員の南谷先生。議員さんだからイイでしょう。


<その他>

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左は宝暦治水の義歿者竹中伝六の墓、岐阜県指定史跡の3号です。
右は明治24年の濃尾震災の犠牲者を追悼する碑。碑文は南条文雄が書いています。


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たいへん綺麗に感じました。


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別角度から・・・竹鼻別院「藤まつり」開会式点景オシマイ。




インドカースト制を考える

DSC09981この本はカースト制について書かれた本ではなくて、ヒンドゥー教の諸側面についてまとめられていて、好著だと思います。

勿論カースト制の起こりや考え方についても記されています。

カーストは大きく四つに分かれ、それを色と漢訳されるヴァルナと言いますが、更に細かく職能によってジャーティと呼ばれる集団に分化されます。

そしてその理論的根拠として、業の理論とか霊魂の不滅や輪廻の思想が補完していきます。

この理論的な部分を読んでいますと、カースト制度も何となくもっともらしく思えてくるから不思議なものです。

カースト制度にも必然的な理由があったのだろうかと下手をすると思ってしまいそうですが、ヒンドゥー教の元になるバラモン経典にはカーストには触れてないそうで、段々と出来上がってきた制度だと分かります。

カースト制度が中々なくならない本当の理由は、理論にあるのではなくて、それで得をする人がいるからに他なりません。(得というのを経済的のみ考えてはいけないので、「自分は偉いのだと思うこと」や「人を見下して差別できる」というのは相当な快感で、そのための努力を惜しまないはずです)

インドでは、近年でも差別をなくそうとすると、暴動が起こったり、時には大変痛ましい事件になることを別の本で読みましたが、この本質は既得権益を侵されることに対する反動に他なりません。

日本でも世界でもいくらでもあることで、理論は違っても、既得権益を守ろうとすることでは同じです。理論に踏み入り、大枠を忘れてしまってはイケナイと、本を読みながら感じたことです。


「本覚寺の絵天井」が一目で

幕末の絵師浮田一恵が描き、岐阜県指定文化財の「本覚寺龍の絵天井」に掛けてあった天蓋が別の場所に移され、一目で鑑賞できるようになりました。

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まさに龍が天空で舞っているかのようです。



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これが今までの状態で比べてみれば一目瞭然です。



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これは真下から撮った写真で、今までこんな角度で写真を撮ることは出来ませんでした。

2,3年前に訪ねて来られた江戸時代の文学を研究されている慶応大学准教授の方を御案内したところ、「浮田一恵の絵が観られただけでも羽島市へ来た甲斐があった」と言われました。
羽島市の在住の私としては大変誇りに思ったことでした。


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これはお堂への入り口から写した写真ですが、視界広々として結構です。チョット見辛いですが、奥の方に上から金の天蓋が下がっているのが分かります。こちらに移されたようですね。

機会ありましたら是非お訪ね下さい。住所は岐阜県羽島市竹鼻町2434-1です。駐車場も十分ありますので、車でも大丈夫です。

本覚寺の「ぼたんまつり」と気品の漂う境内

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佐吉翁の墓があります羽島市竹鼻町「本覚寺」に行ってきました。


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「ぼたんまつり」開催中で、誠に気品の漂う境内でした。


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山門入ってすぐ左手の池ですが、向こう側に品良くぼたんが植えられています。

アップで5枚ぼたんの写真を続けたいと思います。

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誠に美しいものであります。

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こちらは本覚寺の藤棚です。竹鼻別院の藤とは品種が異なり、垂れ下がってこないそうです。
本堂に入り、腰を下ろしてじっくりと眺めてみるのも風雅の趣ではないでしょうか。

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新築なった庫裏の前庭。綺麗に整備されて品格が感じられます。


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やがて苔むして、心に染み込む光景に変わっていくことでしょう。



依存的な信仰から

昔、新体操の山崎浩子さんや歌手の桜田淳子さんが統一教会に入信し、霊感商法や合同結婚式で騒がれた時期とも重なり、脱退させようと色々な人が骨折られたことがありました。

テレビで見ていて、コメンテーターの言われたことで気になった一言があります。

「一つの宗教に取り憑かれている人を脱退だけさせようとしても無理なので、別の宗教を見つけてあげなければならない。」

その時、聞いていておかしいな??と思ったのは、これでは同じことで、宗教にとらわれないことこそ重要な事でないのかと思ったのです。

しかし今は大変良く分かります。

宗教は何のためにあるのかと言いますと、そういう方の場合ですが、依りかかる対象としてあるわけです。

対象としているものが、理性的に或いは論理的に考えて、正しいかどうかということは二義的なことで、依りかかれるかどうかが鍵です。

これは親を例にとって考えれば理解されると思います。

私達は親を一個の人間として捉え、世の中に存在する自分の親以外の多くの親と比較検討してみて、自分の親に依りかかって良いかどうかを判断するわけではありません。

大切なことは、自分の親という事実と、依りかかっても大丈夫という気持ちをもつことです。

逆に「親を一個の人間として捉え」という発想が出てしまえば、親離れが出来て、精神的に自立したと言えます。

宗教についても同じことが言えて、自分の所属する宗教を数多ある宗教の一個と捉え、他の宗教と冷静に比較検討することが出来るのであれば、精神的に自立しているのであって、宗教に取り憑かれるというようなことは先ず起こりません。

宗教にすがる根本原因は、依りかかるものを得て精神的に安心したいという気持ちにあるわけです。
ですから、強い縛りのある宗教から脱会させようとするときは、当人としては極めて強い不安状態に陥りますので、もっと大きくて依りかかることが出来る宗教を提示する必要があります。

「守って貰う」、「助けて貰う」、「支えて貰う」という思いで宗教と関わるのは、依存的な信仰だと私には思えます。
さりながら、「宗教に対する依存的な姿勢は止めよう!」と言ってもそんなことは無理です。

人間にとって依存する対象は、第一義的には当然人間であるでしょうが、そう自分にとって都合の良い人間が適時に出現するはずがありません。
悩んだり落ち込んだり、自分では解決がつかず、病気になってしまい、最悪の場合には自殺してしまうことになるよりも、神仏に自分の思いを仮託して、当面の支えとすることは決して悪いことだとは思いません。

社会的な問題としては、カルト教団に誘い込まれないように気をつける必要がありますが、これについては別の方が言われていると思います。

私として言いたいことは、「何何して貰う」という受動的な神仏との関わり方ではなくて、創造的な関わり方に切り替えてゆけるように出来ないだろうかと言うことであります。

病気だから、不幸だからという理由からではなくて、元気だから、幸福だからこそ神仏と関わるということは考えられないだろうかと言いたいのです。

具体的に書きますと、「徳を積む」ことは大変価値ある生き方だと思いますが、何も無いところでは貫けないものです。「徳を積む」という行為の精神的バックボーンとしての信仰があって良いと思います。

依存的な信仰が決して悪いのではなく、それを信仰と関わる一つの契機として捉え、いつか創造的な信仰へと歩みを進めていくことが肝腎かと思います。

私は何もあり得ない話をしているのではなくて、その最も優れた手本として佐吉翁を間近に知ることが出来ます。


歴史を何故知るか?

『歴史に学ぶ』とよく聞きます。

勉強より遊びが好きだった私としては、そういうことなら、歴史からは遠ざかっていたいものです。

政治を中心とした社会状況を論じるときに、過去を知ると知らないとでは多いに違いがあります。例えば昨今の安保法案の改正を考えるに、アメリカ占領下でのGHQの方針を知らなければ根本的なことは分からなくて、メディアの言うがままに流されるしかありません。
ですから知ると知らないとでは大違いなんですが、いずれにしても私には関係ないこと。

関係ないことないだろう!と、云う人も多いかと思いますが、一億三千万人の一票、有権者はもっと少ないにしても、無力であることに変わりません。

大勢如何ともし難いことに日々の神経を摩耗して、老齢迎えてますます貴重なる人生の残り時間を消費したくありません。

人生は短く、最近のセブンイレブンの人事の攻防を見ても、一代の偉業も終われば終わり、振り返れば束の間の出来事であることは、セブンイレブンなるもの最近出来た新しいコンビニぐらいにしか思えないことから知られます。

塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読み始め、今は五賢帝と言われる紀元二百年前後のローマをふらついておりますが、遠く懸け離れた縁のない昔の人という様にローマの皇帝が記述されているのではなく、自分の親を書いたとしても、気持ちとしては同じ人間として書かれています。

自分の親の歴史なら、それは同時に自分自身の歴史とも言えて、親の生き方を知れば自分の人生の幅もそれだけ拡がります。

これで言いたいことに近づいて、自分のような小人・凡人にあって人類の歴史に一石投ずる様な事は無理無体なことであるが、人類の歴史を自分自身の歴史として歩むことは出来ます。

読書することによって、それは可能になるのです。

ジャンルを限らず、広く豊かに、洋の東西南北、数千年の悠久の彼方にも歩を進め、煌びやかに我が残り時間を彩りたいものと思います。

(「Bの朋友協奏曲」というブログタイトルで読書記録を書いていますので、気が向かれたら)


4月8日は花祭り

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4月8日は花祭りであります。中断してしまってから月日が経って、以前のブログに掲載したものを、もう一度利用して気分だけ盛り上げたいと思います。


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これは2階の私の部屋から撮った写真です。屋根をレンゲで飾るのが自慢ですが、近隣の農家でレンゲの花が手に入らなくなり、中断したわけであります。


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日付を4月29日に設定して、別院の藤祭りと兼ねて大勢の方に来て頂けました。

大人も子どもも嬉しそうにお釈迦様に甘茶の産湯を濯いでみえますので連続してご紹介。

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昔、祖母と一緒にレンゲを摘みに行った思い出があって、再開して行ったわけです。


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お堂の中では甘茶を召し上がって頂けるようにしました。

実は女房も私も大変で、一度止めると流石にもう一度という気力が起きないのであります。近所の方で一緒にやろうという方が出て来ると出来るのですが。

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可愛いものですな。





大仏児童公園の桜とその他の桜

桜の季節もあっけなく終わりましたが、終わりがけに撮った大仏児童公園の桜です。

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大仏児童公園の人気のタコの滑り台が写っています。


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反対方向から写した写真です。


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公園の入り口に天に向かってすくっと立っている桜の木


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同じ木を角度を変えて写しました。右下にチラッと写っている建物が「大仏寺佐吉堂」


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ブランコの横の桜の木をましたから見上げて写しました。


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お隣の淨栄寺の本堂を借景とした桜の木。もう2,3本立っていますと名所的風景になりますネ。


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「残る桜も散る桜」という言葉がありますが、名残の香りを漂わせると言いましょうか。

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これは3月31日のお茶所の窓ガラス越しに写したものです。秋のような雰囲気を感じます。


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ここは3月30日の青山スクエアです。左の道路沿いに写っているのが我が家であります。大仏児童公園と青山スクエアに挟まれて大仏寺があります。


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昔はこの辺りは中心街と言いまして大賑わいの道路だったのですがね。


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桜の種類が違うのでしょうか?大変風情を感じます。


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アップで捉えてみました。

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これは名古屋伏見近くの名も知らぬ公園の桜の木。御園座の数百メートル南ですね。


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ポケットカメラで雨も小降りで、明るく撮れませんでした。


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一昔前の写真を見ているようであります。


「ぐるっと羽島 はしま観光交流センター」の様子

カメラを変えて新しく開設された「ぐるっと羽島 はしま観光交流センター」を再訪してきました。

<外観>
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右側の建物は羽島歴史民俗資料館・映画資料館


<休憩室>
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<売店>
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<蔵二階の「美濃縞」の実演・体験及び道具等の展示>
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✰この施設は見学も体験も無料で年末年始を除いて年中無休です。隣の歴史民俗資料館と併せて、ぜひお越し下さい。


羽島特別支援学校内覧会参加

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待望久しかった羽島特別支援学校がいよいよこの4月から開校。内覧会に行ってきました。


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広々とした敷地面積。充実した設備。岐阜県下でも最高・最新の特別支援学校と聞きました。


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駐車場は満杯で、市民の方の関心の高さが窺われます。


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玄関入り口ですが大きすぎて全体を捉えられませんでした。


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入ってすぐに保健室が設けられていました。


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教室。中央可動式の壁で仕切られていますが、授業に合わせて大きく使用できます。


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外の庭の様子。子ども達が歓声をあげて走り回る姿が目に浮かびます。


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中庭の方ですが、この立木は国際クラブの青山馥・るみ夫妻が寄付されたものです。


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グランドを移したものですが相当広いですね。まだこれから整備すると思われます。


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2階の教室。木目を活かした親しみを感じる入り口。の昔の教室のような感じがしました。下の写真の天井、灯り取りのようなものが設けられていて、広びやかな気持ちになりました。


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2階廊下の上を見上げましたら天井から光が差し込むようになっていて、既存の小中学校では考えられないキメの細やかさですね。


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ここは主にコース別で職業訓練をする場所です。


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掃除用具が一杯並んでいますが、清掃作業の仕事を覚えるための器材です。


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園芸の勉強の部屋で、作業そのものは外に出て行います。


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窯業用ですね。最初から計画的に作ってあるというのは適切です。


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体育館。2階に設置されていました。


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プールですが、ジャグジープールで屋外に普通のプールが設置されています。


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プール。一般の学校と比べてチョット狭いのでないかと思われるかも知れませんが、小・中・高の3つの学部が有り、合わせて120人。5~10人位の授業になると思いますから充分です。大きすぎて目が届かなくては危険です。将来的には200名を超えることになると聞きました。


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音楽室。買ったばかりのヤマハのグランドピアノが置いてありました。


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此処は2階、寛ぎの喫茶コーナー、エチケットを学び社会に融け込むには必要なことです。


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エレヴェーター。操作するのにチョットした工夫が要ります。


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障害の重い子供用のトイレ。


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かつて養護学校にも勤めておりました私には遙か彼方にありました校長室。

私はヒラ教諭のままで終わりましたが、羽島特別支援学校の初代校長先生は、20年前の関養護学校の同僚の出口さん。岐阜高校⇒筑波大学を卒業した秀才で、岐阜県特別支援教育のエースとして将来を嘱望していました。同じ中学部に所属していまして、一緒にやけ酒を飲んだこともありました。


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管理職の方は知っている方ばかりで、特別支援教育のモデル校として、県内は勿論、県外からも多くの見学者が訪れる学校に育って欲しいと願って止みません。


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「岐阜県立羽島特別支援学校」に集える全ての皆様に幸あれと深く祈りを込めます。


「ぐるっと羽島 はしま観光交流センター」の開館

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今日は「はしま観光交流センター」の開館で、招待もありましたので、式典に参加してきました。


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カメラの方向を右手の方に移しました。右から歴史民俗資料館と休憩コーナーがあります。


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市長さんの挨拶です。式の方は型通りで、ウキウキした祭的な演出が欲しいと思いました。


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テープカット。たすきの女性は羽島観光大使の大城バネッサさん。


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中は、2階の伝統産業の「美濃縞織」しか写してきませんでしたが、素晴らしいと思いました。


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見学だけでなく体験もできます。無料ですので、是非多くの方に来て頂きたいと思います。


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展示品も見やすく充実しています。


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壁に掛けられていた「美濃縞」の説明。関心お有りの方は、写真をクリックすると写真が拡大されますので、読んでみて下さい。

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