佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年05月

平成28年度「永田佐吉顕彰会」総会の記録

以下は、5月22日大仏寺で執り行われた平成28年度「永田佐吉顕彰会」総会の記録写真です。

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受付に会員の方が見えました。


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入り口で礼拝


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総会が始まるまでしばし待機の時間


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読経(「般若心経」と「観世音菩薩普門品偈」)


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合掌


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野田光彦顕彰会長の挨拶


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当会の名誉顧問でもある松井聡羽島市長さんの挨拶


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予算や事業案等の議案の審議


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意見交流(私も最近の冊子等での佐吉大仏の掲載について話しました)


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本日のアトラクションは柴田直子さんの三味線弾き語り「佐吉物語」


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「佐吉大仏」の足もとでの演奏


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右端が私ですが、寐ているわけではありません。目を閉じてじっくり聴いております。


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最後は 佐吉翁の名も詠み込まれている「新竹ヶ鼻音頭」を全員で斉唱♪


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柴田さんと一緒に歌うは、「佐吉物語」を作曲された神田先生


皆様方の協力のおかげで時間通りに無事に終了することができました。


パソ・コンワク??

どこかでミスタッチをしたのか、ウインドウズ8が10に入れ替わり、暫くブログの管理画面に辿り着くことができませんでした。

甥の処に行って操作を教えて貰ってきました。

私が丁度その甥くらいの歳でしょうか、職場にもパソコンの話題が出てきて、教員研修会でもパソコンの講座が開設されるようになりました。

当時はベーシックと言いまして、チョコチョコとアルファベットを入れますと、○を書いたり三角形が現れたりして、一体これが何の役に立つのか、サッパリ見当がつきませんでした。

やがて、と言いましても数年後のことですが、ワープロが登場してきまして、ワープロ専用機が電化用品店の大きなウエイトを占めるようになりました。

私のパソコンとの関わりは専らゲーム専門で、PC88とかPC98を買って、ゲームソフトをダビングして遊んでばかりいました。

その他テレビゲームも熱中しておりまして、買った機種はファミコン、スーパーファミコン、任天堂デジタルシステム、ソニープレステーション、ソニープレステ2。

ワープロ専用機も3種類程買いましたから、合わせると10台程になります。

ワープロ専用機はいつ頃からパソコンに入れ替わったのか、定かに覚えておりませんが、教員の世界では「一太郎」というソフトを使っていまして、これに慣れすぎてしまい私は未だ一太郎であります。Wordというのは使えません。

パソコンに関することは、止むに止まれず覚えるだけで、新たなことは頭に入ってきません。用語もサッパリ分からずチンプンカンプンです。

上記のことは40年の歳月を経て起こった事ですが、あっと言う間の出来事でした。

教員になった頃、街頭テレビで力道山のプロレス中継に人が群がった話をしたものでしたが、テレビは10年後にはカラーテレビが当たり前になりました。

それを思えばパソコンの進化もさほど速い訳でありませんが、変化について行くのは至難です。

よろしくお願いいたします。




大仏児童公園の清掃

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今朝ほどは私の町内の上鍋屋町老人会の奉仕作業で、大仏児童公園の清掃を行いました。

実は私が老人会長で、まとめるのに多少の神経も使いまして、今までとは気分が違いました。

若い頃は、お年寄りが掃除をしているなぁと見ていましたが、上の写真を見るに格別老人達とも思えません。

が、しかし、子ども達から見れば、人生終わりかけの高齢者の集まりに思えるでしょうね。

この後揃って、喫茶店のモーニングに行きました。一時間ほど談論して帰ってきたところですが、女房グループは未だ喫茶店から帰らず、おしゃべりに精を出しております。


タレントの「流れ星」さんご来訪

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駐車場の辺りがバタバタとしております。


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実は、「東海Walker」という本屋やコンビニで販売する雑誌の7月号に竹鼻界隈が紹介され、その一齣に「佐吉大仏」も掲載される予定で、その取材であります。


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案内人は流れ星さんという二人組のタレントさんです。テレビを視ない私は初めて聞く名前ですが、テレビ人間の女房はよく知っておりました。
説明するのは、黃緑色のジャケットを着た羽島市観光ボランティアの清水さん。永田佐吉顕彰会も理事に入って頂き羽島のために活躍されています。


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取材の後はお決まりの記念撮影。私の右隣は従姉で、目の前でクリーニング屋の代理店をしています。女性は概ねタレントさんが好きですね。(ヒラメ・・・たまには女性タレントにも来て頂きたいですね)



「偶像崇拝禁止」という言葉のとらえ方

イスラム教は偶像崇拝が禁止されていて神像は存在していません。

キリスト教はイエスの磔刑像とか聖母マリア像とかあるようですが、元々は偶像はなかった様です。

仏教は像だらけで、私の所も「佐吉大仏」を祀って、お供えを供えたりろうそくを灯して線香をあげています。「偶像崇拝禁止」と叱られそうな気がしますが、チョット待って下さい。

仏像それ自体に秘めたる力が宿り、経文を口にすれば超自然的な現象が起きると思って、お経を詠んでいるわけではありません。

一つには優れた美術品に対するのと同じで、仏様というイメージにピッタリの佐吉大仏に、感動することがあります。

また佐吉大仏は仏陀像で胎内には観音経が入っていますので、この像の背後に有する思想・哲学に仏像を通して触れ合うことが出来ます。

更には佐吉大仏は、佐吉翁の名前が付けられている位ですから、佐吉翁の願いや思いがこの像に籠もっているという感慨が持てて、自分の人生に対する教訓や励ましを得ることができます。
それと同時に、懐かしい故人の遺影を見たときに感じるのと同じ様な気持ちにもなれます。

それやこれやで、敬うべきは敬って、大切にお守りし接していきたいと思っております。

私は「偶像崇拝禁止」という言葉を聞いたとき、像そのものは作らなくても、宗教に対する崇拝という点で、キリスト教やイスラム教の方がよほど激しい様に感じています。

浄土真宗で、阿弥陀如来像を祀って拝めば「偶像崇拝」で、像は造らず「南無阿弥陀仏」と六文字書いてそれを拝めば「偶像崇拝」に当たらないなどと言えるのかどうかを考えてみれば、両者は本質的に変わらないとしか思えません。

私ならば、何かを、像に限らず神殿や教祖や言語を、闇雲に崇め奉って、それが正しい信仰のあり方とする考え方を振り返るために「偶像崇拝禁止」という言葉を使いたい。

さりながら、一神教の場合、崇拝度を高める意味で偶像禁止ということもあるでしょうから、見当外れのことを言っているかも知れません。

あくまで仏教に照らして思う、とであります。




二元論と一元論

DSC00095左の本は2001年新潮社から発行された塩野七生ルネッサンス著作集第1巻『ルネッサンスとは何であったのか』です。

全体的な感想は別ブログ「Bの朋友協奏曲」で簡単に記して、ここではルネッサンスの特徴として最後に述べられていたことから、キリスト教に関する部分を引用して、私なりの意見を付け加えたいと思います。

先ずはその部分を引用しますので、読んで下さい。


(ルネッサンスが現代のわれわれに遺した)遺産の第三は、二元論ではなくて一元論的な考え方。キリスト教では神は「善」ということになっているので、「悪」のほうは悪魔の担当としないと説明がつかない。
人間界から「悪」を完全追放するなどということはできない相談ですから、「悪」は誰かに転嫁しなければならないからです。

これが西洋人の考える二元論の出発点。善と悪、精神と肉体、神と悪魔という、二つの「元」に分かれているということでしょう。

ところが古代のギリシャやローマでは、多神教であった事情から、神さえも「善」と「悪」の双方を共にもつ存在とされていました。
それが人間となればなおのこと、自分の内に「善」と「悪」の双方をもっている。精神と肉体があってこそ、一個の人間であるのですから。となると、悪を押さえて善をより多く発揮させながら生きるにはどうすればよいか、が最重要課題になる。ゆえにこれがソクラテスの教えであったのです。

この古代を復興したルネッサンスでは、当然ながら人間が中心とならざるをえない。
善悪ともを内にかかえる人間が中心となれば「悪」は他人が行うことで自分は知ったことではない、などとは言えなくなります。つまり悪魔に責任転嫁はできなくなったと言うことですネ。悪もまた我に有り、なんです。

ただしこれは、自己コントロールを求められるということですから、精神も強靱でなければならず、ルネッサンスとは、精神のエリートたちによる運動であった、と言えるかも知れません。詩人ダンテは、精神の貴族、と呼んでいますが。

二元論とか一元論という言葉は余り馴染みでないですが、世の中を善と悪、白と黒と分けてしまい、自分を正しい方に位置づけてしまえばいくらでも他を批判することができます。

この結果、相手を悪いと言えば自分が正しいと言うことになりますから、自分の正しさを論証しなくても、意見の異なる相手を批判することで、自分の正しさを主張することができます。

聞く耳持たないというのは、それだけ本当は自分に自信がなく、批判することによってしか自分の正当性を証明できない証拠なんですが、こういう人に限って主張が多くて、メディアにはそういう意見に満ち溢れていてウンザリします。

所で、二元論とは少し離れますが、権威を持ち出して自分の正しさを主張したり自分が偉くなったりする気になる人も少なくないようですが、これも自信がないことと言えましょう。

私の例で言いますと、私がいくら佐吉翁のことを熱心に話したところで、或いは末裔だからといって、私が佐吉翁の様に人徳者で尊敬に値するはずがありません。
それは良く分かっているのですが、頭を下げられれば悪い気はしなくて、知らぬ間に増長することも有り、反省したいものです。

偉人や成功者を崇めるということと、自分の論の正しさは全く別の事で、自分の意見の妥当性は、あくまでもその人なりの生活実践の中に表されることを忘れてはいけないと思います。

それはこのブログの記述についても同様です。

自分を棚に上げないことが一番肝腎です。そうするとそう簡単に人は批判できないものです。それどころか感嘆することが多いですね。(親父ギャグで失礼


羽島の大須観音真福寺のイベントで見た昔の地図

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羽島市桑原町の大須にある真福寺でイベントがあり参加してきました。


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薄くて読みにくいのですが寺歴を見ると凄いもので、伊勢、美濃、尾張、三河、遠江、滋賀にある真言宗のお寺は全て真福寺の末寺であったと書いてあります。寺領は1万石以上とあるのも驚嘆します。

所で、イベントは羽島の歴史に関するものでしたが、昔の地図を紹介して頂きました。

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ハンディなカメラでしっかり撮れていないのですが、拡大してみたいと思います。

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1294年前と書かれていますので、奈良時代の始まりの頃(701)でしょう。今長島、津島、枇杷島、中島と島と呼んでいるのは本当に島であったことが分かります。
驚くことは犬山、各務ヶ原まで内海のようであったことです。

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織豊時代でしょうが、こうだったんでしょうかね。今に相当近くなりました。


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真福寺の隣は徳林時と言ってこちらも中々古いお寺です。お堂と寺歴をアップしますので興味ある方は見て下さい。

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竹鼻まつりスナップ集

今年は一日「佐吉大仏」に貼り付き、家の近くを時々撮っただけでした。写した順に。

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大仏寺の駐車場では「本町の山車」を展示。雨の心配な朝でした。


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お隣の青山スクエア。六幸市(ろくさいいち)というマーケットが開かれています。


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左はテレビでも紹介され有名な「奥田農園」のテント。特大一個5万円のイチゴで話題ですが、そういうのはアラブの王侯の結婚式あたりで使われるのでしょう。


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道路を挟んだ前にある上鍋町の會所。数年前に引退した「初代布袋様」が鎮座。


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結構時間が経過しまして、「佐吉大仏」前にも山車がやってまいりました。


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左は親戚の娘ですが、娘をもつと物入りなことです。


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思いついて我が家の物干しから写真を撮りました。娘の親がカメラを向けております。


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何やら楽しそうに話しております。


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これが全体と言うことになります。


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風流な「竹林の七賢」を横幕の図柄にした上町(かんまち)の山車。


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福江町の山車。横幕は『猩々緋ラシャ、金銀色紙「遣唐使」図』、水引(上の垂れ幕)『「花鳥」図』


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これは大仏寺の駐車場で行われた「羽島太鼓」の実演。



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最後は、上鍋の山車の写真。毎年撮っていますのでこれ一枚。




<付録>

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