佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年08月

「羽島新報」の記事に関連して思うこと

地元のフリーペーパー「羽島新報」の一面に以下のような記事が載せられた。

DSC_0870 (1)-2

記事の内容としては、羽島市歴史民俗資料館の夏休み行事に「佐吉大仏」と円空仏が祀ってある「中観音堂」と「長間薬師寺」に行ったというもので、特に変わったものではないが、私としては上の見出し『羽島の偉人 円空 永田佐吉の時代を学ぶ』を眺めて、若干の感慨に浸るものがある。

私は永田佐吉の顕彰作業を始めて8年余りになるが、始めてから半年ほど経った或る日、「このまま行くと円空とぶつかることになるかも知れない」と思って、身震いしたことがある。

永田佐吉については地元の羽島でも殆ど語られなくなっており、末裔の私でも大仏さんを作った人程度の認識しかなかった。

一方円空はどうかと言えば、信長とか斎藤道三という武将を除けば、岐阜県としては一枚看板と言って良い巨大な存在であった。
永田佐吉と相撲で比較すれば、横綱と前頭どころか十両と言った方が相応しく取り組みとして成立しない。

それでも私が両者を並べられるのは、円空は子どもの頃には殆ど語られることなどなく、羽島と言えば佐吉大仏と大方の人が思っていたのであり、人間として比べれると、円空上人と佐吉翁では佐吉翁の方が遙かに多くの人に共通して手本になる要素が多いからである。

私がブルッとしたのは、羽島は他ならない円空の生誕地なので、ここで評価が逆転すれば岐阜県としても由々しい事になると思って、私としてはトンデモナイ事を始め出したのかも知れないと思った。

とは言え、その時一瞬そう思っただけで、大仏さんと言ってももう隣の町内になると知らない人が大勢出て来るような状態だったので、現実的にはお参りに来る人に一人一人に語りかけることから始めることしかできなかった。

もう一度「羽島新報」の横見出しに戻ってみたい。

羽島の偉人 円空 永田佐吉の時代を学ぶ

今私は、円空と永田佐吉の名がが並んでいる見出しを何の抵抗感もなく当然のこととして読める。「羽島新報」の編集者にとっても、配布地域の羽島市の人にとっても、それは同じであろう。

どちらかといえばより一層の親近感と敬意を永田佐吉に抱いている可能性もある。

一方羽島市以外では、円空という権威ある名前と並べることによって、ローカルな人物を持ち上げている記事として判断されるだろう。

ともあれ、江戸時代の羽島の中心部の狭いところに、全国的に名をはす偉人が二人も誕生したというのは、希有なことと思われる。

今の私は羽島市円空顕彰会とも協力し合って、羽島の活性化に寄与したいと思っているし、殆ど風前の灯火とも言える仏教信仰の見直しにも努力していきたいと願っている。大それた思いと言うことは分かっておりますが。


雨の地蔵盆

8月24日は地蔵盆でした。

DSC00656
雨が降っていて往生したのですが昼頃から止んできました。


DSC00657
正面の提灯もきれいに下げて、ほぼ準備をし終えました。


DSC00660
中はこうなっております。町内の方がお供えを供えて、夜になると取りに来られます。


DSC00654
大丈夫だと思いましたが、念のために提灯を守るためにビニール袋を被せてあります。


DSC_0831
さてこの写真は午後5時から始まった供養です。詠まれるお経は「般若心経」と「地蔵経」の2つです。「地蔵経」は詠まれる人が少なく、羽島できちんと詠むことが出来るのは本覚寺のお庫裏さんと先代住職のお二人位だと推測しています。私は「地蔵経」が絶えないようにという思いもあって、特別お願いして詠んで頂いています。


DSC_0830
この辺りから雨が再び大変な勢いで降り始めました。


DSC_0833
提灯は外に出していくわけにはいきませんので、大仏さんのお堂に持ち込んで、此方でろうそくの灯を点すことにしました。


DSC_0847
こんなことは初めてだったのですが、荘厳な雰囲気で良かったと感想を言われる方もいて、ホッとしました。大仏さんのお陰です。


DSC_0840
ほぼ正面からです。カメラのフラッシュを使いましたので明るく写っています。


DSC_0853
提灯の裏側には名前が書いてあって、子どもの無病息災を願って、親や祖母が作ります。2,30年前に作ったものもあれば最近のもあります。下左は私の初孫ですね。


DSC_0855
今日の主役はあくまでお地蔵様で、皆さん手を合わせていました。


DSC_0866
雨も小降りになってきて、お参りに来る方も意外と大勢みえました。


DSC_0867
夜の8時に終了、後片付けにほぼ1時間。今年は雨の地蔵盆でしたが、何年かに一度はあるでしょうし、雰囲気も変わってそう悪くはなかったと思いました。



平成28年度羽島市新採教員研修会 in 大仏寺

本日「平成28年度羽島市新採教員研修会」の一環として当大仏寺にもお越し頂きました。

DSC00619
誠にピリッとして説明する私も気持ちいいものがあります。


DSC00616
ところがですネ、「希望者は胎内に入れます」という標示をどなたかが見つけられ、最初に大仏入胎で盛り上がってしまいました。


DSC00609
そんな訳で楽しそうなフレッシュな先生方の様子を数枚続けてご紹介します。


DSC00613

DSC00614

DSC00612

DSC00615

DSC00618
手にしている石は、大仏胎内に入っている「経石」と言って、「観音経」を墨で一石一字にして書いたものです。これが佐吉大仏の神髄と言えると思います。

大仏入胎は、地元の子ども達はしょっちゅう入りに来ますので、先生方にも体験して頂いたことはたいへん有り難いことでした。


DSC00625
折角盛り上がりましたので、予定していなかったのですが、仏具の方も体験して頂きました。


DSC00628
手前大きな木魚、羽島市一だと思いますが、お寺というのは敷居が高くて中々触ることはできません。やはり体験してみるのは大切なことで、大仏寺の気楽な単立無宗派の良さを活かして、全員の方に音色を味わって頂きました。


DSC00630
くわしいことは分かりませんが、名前をけいすと言うそうです。左の大きい方を「大けい」、右の小さい方を「小けい」、手にしているものを「ばい」と呼ぶと、これは曹洞宗のお坊さんから聞きました。
けいすの中には金が含まれていて、それによって余韻を長く伸ばせるのだそうです。

DSC00627
皆さん方にお話したのですが、「お堂の本来の目的はお経を詠む」ことで、仏教もそこから始まります。お経の意味もしっかり捉え、生活に照らし合わせて、取り入れるものは取り入れる、合わないものは取り止めておくと自分で判断することが肝腎かと思います。

ただ仏教の歴史は長く、思考も幅広く多岐に渡っていますので、ある程度は「学ぶ・習う」という姿勢も必要かと思います。仏教は半ば学問の様なもので、この辺りは多く忘れられていると思います。


DSC00631
さてここからが本番です。
最初からお茶所に入って羽島市の簡単な歴史と数多く点在する文化財・史跡の説明をする予定でしたが、大仏さんが盛り上がって、端折った説明になりました。

お伺いしたところ、十名の新採教員の内、羽島市出身者は1名だけと言うことですから、タップリ時間をかけて説明すべきですが、この後に羽島市歴史民俗資料館にも行かれますので、そちらにお任せして要点に留めました。それでも15分超過しまして誠に申し訳ありませんでした。

何をさておきましても、記憶に留めて頂くことが一番重要なことで、若い先生方の楽しそうで和気藹々の姿に接することができて、私としてもアッと言う間の倖せな一時を過ごすことができました。

先生方に感謝申し上げますと共に教員として大成されることを祈念してブログを閉じたいと思います。



「竹鼻別院」の一夜研修様ご来訪

本日は「竹鼻別院」の「一夜研修」という行事で、佐吉大仏にも研修の一環として約50名のお子さん達に来て頂けました。

DSC00604
最初に、最後に写した写真をご紹介しますが、左端の黒シャツのお方がこの行事の係を担当された「聞得寺」のご住職です。


DSC00606
「聞得寺(モントクジ)」は我が家からほんの50メートルぐらいの処で、ひとっ走りして撮ってきました。


DSC00607
鐘楼を兼ねた門が大変風情があります。「聞得寺」の紹介でした。


DSC00591

DSC00599

DSC00600
残暑厳しい中でしたが、大勢の方に来て頂いて、お堂の中は大賑わいでした。


DSC00592
特に勧めたわけではありませんでしたが、大仏さんの中に入れるとなると、皆さん希望されてほぼ全員の方が入られたと思います。


DSC00593


DSC00601
小学校1年生の可愛らしいお子さん方で、下でしっかりと支えていたのですが、大変身軽で一番危なげがありませんでした。


DSC00603
小学5,6年の児童さん方ですが、1年生の後ですと、大人という雰囲気が漂ってきます。


DSC00598
私も一枚お願いしました。地域を愛する心を育むのに素晴らしい行事でした。
お寺さんが企画された行事ですね。小さな一歩だと思いますが、これからの仏教の進むべき道の一つを指し示されていると感じました。今後ともお続けになられる様、願って止みません。


「近藤幸木版画展」を観に行く

DSC_0733
ギャラリー「いまじん」で開催されている『近藤幸木版画展』を観に行きました。


DSC_0735
いつもの様に紺青色の階段を登って行きますと、浮き世と離れた芸術の世界が待っています。


DSC_0737
ブルーを基調とした静かで穏やかなる世界。次に両サイドを写してみました。


DSC_0742
左のサイド。後ほど一点ずつ観ますが、タイトルは左2点「現の夢」、中「月映」、右「時のほとり」


DSC_0741
右のサイド。比べてみますと色合いが優しくなっています。太陽が昇る前の空が明るくうすく拡がっていく様な感じを受けました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


DSC_0774
近藤幸さん、徳島県ご在住の方です。ここには書かれていませんが、中学校の現職の先生をしておられると、「いまじん」のオーナーからお聞きしました。
私も長年教職の身にありましたから、そのご苦労が分かると共に親近感も湧いてきました。

実は私は作品を観るのは初めてですが、近藤幸さんの名前は前から知っていました。

DSC_0702
右壁面は、「いまじん」のオーナーからお借りして、「佐吉大仏」のお堂で行った「芸術家からの年賀状展」の模様で、その中に一点近藤幸さんからの年賀状がありました。

DSC_0696
慈愛に満ちた感じが実に素晴らしく、まるで「聖母子像」を前にした時の様に心が和みました。お堂にはピッタリの絵柄に心動かされ、差出人の近藤幸さんの名前がしっかり記憶に残されました。


DSC_0773
文面から、『今を生きる命の言葉』、『あるべき姿を探り続けたい』の二句を取り出してみましたが、近藤幸さんの言葉にも耳を傾けつつ、作品の数々を観ていきましょう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


DSC_0758 (1)-2

DSC_0760
月映 



DSC_0744
時のほとり



DSC_0769 (1)-2
現の夢(2)



DSC_0745
初草



DSC_0767
森を映す



DSC_0746
                              中空(なかぞら)

美術は全く門外漢で蘊蓄傾けられる知識はないのですが、私が大変感心したのはタイトルにつけられた言葉です。実に「繊細」。日常の慌ただしい生活の中では、置き去りにされている言語。
近藤幸さんの木版画に『中空(なかぞら)』という言葉が重なって、私の中にも「イメージ」が湧き上がってくる。その「イメージ」はやがて「思い」を育み、命の在処を知らせてくれることでしょう。


DSC_0748 (1)-2
夕凪



DSC_0750 (1)-2

DSC_0751
現の夢(4)



DSC_0765

DSC_0764
月をゆらす



DSC_0749 (1)-2
                              浮遊

ありきたりの表現ですが、精神の浄化ということをつくづく思います。美術とか芸術とかいうジャンルに拘らず、心が美しくある事は大切で、人それぞれの道々において、魂に語りかけられることを忘れてならないのかな、とそんな思いにもつながった希有な個展でした。
勝手気ままに書いてますので、全く見当違いかも知れませんので、その点ご容赦を。



DSC_0770
少し雰囲気を変えまして。「promiss」と題された作品。ルドンを思わすタッチでこれも又魂の在処。



DSC_0775 (1)-2

DSC_0776 (1)-2
近藤幸さんが製作された置物を二方向から。気分が変わって寛ぎの雰囲気。



DSC_0753
この写真は一杯300円の「いまじん」お値打ちのアイスコーヒーを飲みながら、入り口辺りを写したもの。最後にレンガの壁に掛かっている「春を宿す」と題された作品をご紹介します。
心にしみ入る素晴らしい個展だったと思いました。近藤幸さんにはこれからもご活躍されることを祈念申し上げまして、駄弁を閉じさせて頂きます。有り難う御座いました。


DSC_0756

DSC_0754
春を宿す





「創り上げるものとしての宗教(続)」

私たちは、大人になって必要な基礎知識を身につけるために小学校で学びます。自分の意見を発表する機会もありますが、それは考える力をつけるため、並びに発表の仕方を学ぶためで、意見そのものに期待されているわけではありません。


中学校・高校と進むにつれて学ぶ内容はより高度になり、中には全ての人が身に着ける必要がない専門的な内容も出てきます。

その傾向は大学に進みますと一層顕著になり、専門外の人には分からないことが殆どでしょう。


このように小・中・高・大と内容は異なってきますが、取り組む姿勢としては、先生から習うということで一致しています。勉強するとは言えても学問するというのはおこがましいように思います。


自分としての説を発表したり、新しい解釈や理論を打ち出そうとして初めて、学問すると言えるのでないかと思います。


上の話を宗教に当て嵌めて考えたいと思いますが、皆さん方はいつまで自分を生徒の立場に置いて、宗教と接しておられるのか疑問を感じるものがあります。


学者=聖職者と捉えますと、自分は聖職者などになるつもりはないと言われるかも知れませんが、聖職者なるもの、その話を聴くと、生活規範や生き方についての話が主です。


そんならみんな同じこと!


人生経験もある程度は必要で、先輩諸賢の意見に従うことも大切ですが、「四十にして惑わず」という言葉がありますように、四・五十歳になれば自分の生き方の良し悪しや方向性は自分で見定められるようにしたいものです。


自分自身の人生という学問は、他の誰も未到達の新しい研究分野であり、自分以外の誰も身を入れて研究できる人は存在しません。


宗教を自分の人生の根本と関わるものとして捉えようとするならば、学校における生徒の立場に身を置いていては本当のものが得られるとは思えません。


自分の宗教は自分で創り上げるものだという所以であります。


実は私が信仰に強く関心を抱いたのは57歳も半ばを過ぎてからです。佐吉大仏の傍らで育っていますので、仏教との関わりの中で信仰を考えていくことになりましたが、『一宗一派唯一人』、としてしか私の目指す仏教はあり得ないと思いました。


どこかに立派な大系というものがあり、そこに近付いていくことが正しい道とは考えませんでした。


法灯は自分の心の中に打ち立てるものであり、自分の心の中以外のどこにも存在しないものです。


そのように決意しましたし、それは今でも変わりありません。


その時と今と違ったことと言えば、それは思ったほど容易なことではないと強く感じるようになっていることです。何事にも王道はないようでした。



お盆15日「送り火」

8月15日はお盆の最終日で、例年本覚寺のお施餓鬼法要に行ってお墓参りをする。これが午前の行事です。

夜になると仏壇にお経を唱えて、送り火を焚いて3日間のお盆が終了します。

DSC00536
後ろからばかり写真を写していましたので、座敷側から大仏さんが背景に写るようにして写真を撮りました。妹夫婦と甥っ子が来てくれました。年ごとに寂しくなる一方ですので、有り難い限りです。

8月15日というと終戦記念日、最近では靖国神社に行く人も目立ってきましたが、我が家ではお盆が結構大変な行事ですから、お盆の最終日と言う意識で子ども時代から育ちました。これからもずっとそうだと思います。

また来年ですね。


お盆のお墓参りと本覚寺の様子

DSC00516
お墓入り口に祀られている万霊塔の提灯に灯ともし頃、お盆のお墓参りに行ってきました。


DSC00503
既にお参りに来ている家族もいました。


DSC00504
早速本覚寺のご住職に読経をお願いしましたら、可愛い小僧さんも一緒でした。

DSC00506
少し前から写させて頂きました。むずかしそうな感じですね。


DSC00505
後ろから。大変麗しい光景ですね。


DSC00507
拡大すると分かりますが「大悲心陀羅尼」という大変難しい漢字がズラッと並んだお経です。


DSC00508
こちらは「舎利礼門」(シャリライモン)。ライの字が正しくでませんので礼で代用しました。


DSC00509

DSC00511
私。しおらしくお参りしているようですが、種明かしをしますと、実はハンディカメラを平の処に置いて、セルフタイマーで写しております。やり直しが数回、誠にせわしげなお参りでした。


DSC00519
折角の機会ですので、本堂にもお参りしてまいりました。


DSC00521
本堂の中は15日に行われる「施餓鬼法要」の準備が滞りなくなされていました。


DSC00522
本堂から境内を写しました。こちらの万霊塔にも提灯が飾られていました。


DSC00523
本覚寺は名鉄竹鼻線の線路沿いにあります。丁度電車が来たところです。


DSC00526

DSC00525
だんだん日が暮れるにつれて、崇高な雰囲気が辺りに漂ってきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

DSC00528

DSC00531
家に帰りましてから、迎え火を焚きまして、祖霊を迎え入れました。


「岐阜わかもの会議 in Hashima」ご一行様

「岐阜わかもの会議in Hashima」という催しがありました。

DSC_0737

その一環として「佐吉大仏」にも20名ほどの若い方に来て頂きました。ご許可頂きましたので、その模様を撮った順に説明抜きでご紹介します。
来られた方で見て頂けると嬉しいですね!

DSC_0717



DSC_0718



DSC_0720



DSC_0723



DSC_0724



DSC_0725



DSC_0726
DSC_0727



DSC_0729



DSC_0730



DSC_0731



DSC_0732



DSC_0733



DSC_0734






「創り上げるものとしての宗教」

我が家は大仏寺という正真正銘のお寺で、私はその代表者です。

この大仏寺というお寺は、単立無宗派で決まった信者も存在しません。
理解されやすく説明しますと、普通の家に極めて大きな仏壇があって、一家で世話するのもたいへんですから、岐阜県にお寺として認証して頂いていると言えると思います。

ですから大仏寺の運営については私と女房で自在に行うことができます。

きちんとした家ですと常飯があるはずで、仏壇に月ごとにお坊さんがお経を唱えに来られると思います。

私の家にもあるのですが、大仏寺も大仏寺として、我が家の方と同じお寺にお経を唱えに来て頂きます。これは恐らく佐吉大仏が建立されてからずっとそうしてきたのだろうと思います。

お経についてはお坊さん任せでしたが、よくよく考えれば代表者は私ですから、私が詠むのが一番でないのかと思うのですが、そこは付き合いもあってお願いしています。

正式な坊さんでないと有り難いとか有り難くないとか思われる方もいます。
しかし、これはよく分からない話です。

理屈をこねますと、この「正式」と言うことにも引っかかりを感じます。

「正式」を法的な側面から定義しますと、僧侶(僧尼)とは仏教系の宗教法人で教師免許を有するものとなります。教師免許を発行するのは本山(事実上はその宗務局)です。
創価学会にも、名乗るか名乗らないかの違いがあるだけで、僧侶と同様の方はいるはずで、日蓮正宗から分離しても全く困らないのです。

話はずれますが、「真如苑」という密教系の新宗教があります。聞くところでは、創価学会とはだいぶ差がありますが、実数100万余で、新宗教の中では我が国第2の信者数を誇っています。
こちらの場合は、京都の醍醐寺で修業し得度を受ける必要があるようです。伝統仏教の流れを活かして、僧侶としての信用性を獲得しているのでないかと推測しています。

大仏寺へ戻りますと、到って気楽なもので、書類を書くときに教師欄に名前を記入すれば、その人が大仏寺としての「正式」な僧侶になります。

現在は私と女房の二人です。二人ともお経も碌に詠めませんでしたので、他宗にお願いする以外になかったのですが、一応曲がりなりに詠める今は、私が詠めば良いというのが普通に導き出せる結論になります。

社会的信用性と言いましても、誰も聞いていませんから、拘る必要もありません。

しかし、以前からのお付き合いもありますので、お寺にお願いしております。

とは言いましても、私が代表者ですので、「あーしてこーして」と多少のお願いはしていますが、「聞いて貰えない」というのではなくて、お坊さんの方に習慣というのが染みついていて、そこから離れることは全く難しいと感じさせられます。

お坊さん側の意識としては、決まった形に入っていくのを良しとする考え方から離れられない様です。

タイトルに書きました「創り上げるものとしての宗教」という発想を持てないかと思うのですが、最近はそういう話をするのも諦めております。

大仏寺は私が代表だから好き勝手に出来るのでないかと言われるかも知れませんが、そんなことははなくて、お参りされる方には「南無阿弥陀仏」と言われる方もいれば「南無釈迦牟尼仏」と言われる方もいます。
中には神社のように柏手を打たれる方もいて、その方は多分神道に熱心な方で、同じ敬虔な気持ちを抱いて柏手を打ってみえると思います。

一般の家庭においても、常飯の時に僧侶は型通りにお経を詠むだけだと思いますが、ある程度自分の自由にお経を詠み、またお世話をされていると思います。

浄土真宗では般若心経が禁じられていて、お坊さんが棚経で詠めば免許取り消しになります。だからといって個々の門徒が従う必要はないはずです。
と、思ってしまったとき、実は自分の宗教は自分で創り上げるという考え方の方に、足を踏み入れています。

宗教を創るというと、如何にも傲慢で大それた行いのように思うかも知れませんが、実際日常生活の中で志の或る方は試行錯誤されながら試みておられることで、何もかも教えのままに行えるというそんな便利な導師などいないと思います。

平成28年度 小学生夏休み親子歴史教室

DSC00485
DSC00486

8月3日毎年恒例の小学生夏休み親子歴史教室が実施され、佐吉大仏にも来て頂きました。

DSC00457
順を追ってご紹介したいと思います。


DSC00458
皆さん席に着かれたようです。先生やお母さんと併せて良く20名の方です。


DSC00460
DSC00461
最初に私の方から20分ほど主に佐吉大仏について説明しました。


DSC00462
DSC00463
DSC00475
続きまして体験学習。お線香のあげ方。ポイントは「合掌することを忘れずに」。


DSC00464
DSC00466
DSC00471
大仏の中にも入って頂きました。3枚目の写真、女の子が手にしているのは石に書いたお経。



DSC00473
DSC00477
写真が多く撮れなかったのですが、大きな木魚とけいすも使用して頂きました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

DSC00484
DSC00481
DSC00483 (1)-2
羽島市のバスに乗っての親子歴史教室ですが、バスの横には「佐吉大仏」と「円空仏」の絵が描かれていました。大変嬉しく思いました。



遠藤周作氏の宗教論文を読んで

DSC00456

遠藤周作氏の本を読んで、非常に根本的なところで違いを感じます。

本の感想は別のブログで書きましたが、その違いという処についての見極めを書いてみたいと思います。

自信の持てないままに思いきって書いてしまいますと、その違いの一番のポイントは、「神仏にすがる信仰」と「神仏を目指す信仰」の違いです。

遠藤周作の云う信仰は、氏は私より遙かに学識は高く文章表現は巧みですが、何処まで行っても「神仏にすがる信仰」なのです。

私の主張する信仰は、言うまでもなく後者で、自分自身が神仏になることを目指す信仰です。

このようなことを書くと、「幸福の科学」の総裁や、天理教や大本教の教祖の様に途方もなく夢物語を言っていると思われるでしょうが、そんなことはありません!

乳幼児期の子どもにとって、親は神様に匹敵します。子どもにとって本当に必要なのは、神様ではなくて親もしくは親に代わる保護者です。

良い親なら、その子にとって良い神様に巡り会えたと同じことと言えます。

大人に近付くにつれて、乳幼児期の親に当たるようなスーパーな存在は見当たりませんので、どこかに神様をみつけてすがりつきたくなりますが、素敵な異性が現れると、神様のことなどすっかり忘れて、幸福感に浸ることができます。

幸福感や安心感を与えてもらえるのが神様ならば、論理的にはそれらを人に授けることによって自分自身が神様になることが出来るはずです。

要は自分自身を保護者の立場において考えるか、被保護者の立場において考えるかの違いです。

神仏というのが、さほどにまでも素晴らしいものであるのならば、当然それらになるように努めるべきであって、頼り切ったままでは、自分自身が何かをなしたとは言えません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう少し現実的に考えますと、通常の会話で良く口にする神仏はとらえどころのない存在です。

それにもかかわらず、利益を求めて神社仏閣に参拝するのは、「お参りするとしかじかの利益がありますよ」と請け負ってくれる人がいるからです。

犬山成田山に行くと、商売繁盛とか交通安全とか、細かいところではガン封じ、ボケ防止、糖尿病平癒はあったかどうかは知りませんが、100位のご利益を書いた大きな看板があります。

これが確かかどうか?をご本尊の不動明王は答えてくれませんので、代わりに答えるのが僧侶で、であるのならば、私たちがすがっているのは、不動明王ではなくて、僧侶という人間であるということになります。

裏返して言えば、たとえ人間でも、成田山の僧侶になることによって、不動明王に、又は不動明王と同じ力を持った人間になることができると言えるのではないでしょうか。

密教の僧侶になるには氷水につかるような厳しい修行があるのでトテモできないというのであるならば、不動明王など目指さなければいいだけのことです。

神仏にも色々な形があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上の段は少し茶化した話になりましたが、私たちは「成る」という意識を持って生きてこそ主体的と言えるのであって、「待つ」という意識では、受動的な生き方になってしまう。

この「成る」という意識の目指す所が仏教では仏と言って、その完成した姿を如来と言います。

仏というのは、死後のことではなく、他の人を指しているのでもなくて、自分自身が日々意識して生きる到達目標のようなものであると言うことが出来ます。

ですから「神仏になることを目指す」と言っても、突拍子もない事を言っているのではなくて、仏教では本来あるべき一番普通の姿勢です。

問題とすべきはそんなところにあるのではなくて、どんな神仏を目指すのかと言うことで、私の信仰の師である秋田弘子師は『徳を積むことによって神仏の姿が変わってくる』と仰っておられます。

また、私の先祖の佐吉翁は「仏とは慈悲心に他ならない」と道歌に書いておられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が遠藤周作と異なった考えを持つ原因は、「大仏寺」という単立無宗派の仏教系宗教法人の代表者と意識することから宗教と関わりだした事もあると思います。

待っていても誰も教えてくれない。

近所のお寺で言うことは、大仏寺とはまるで違う。

全部自分で考えて、自分で納得できることしか言うことが出来ない。

上のような特殊事情があったからだと思いますが、誰においても、お坊さんや牧師さんの言われる通りに従っていれば良いとはとても思えないとも感じます。

今日は『遠藤周作氏の宗教論文を読んで』と題しまして、私との違いを表してみました。



最新コメント