佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年11月

あんドーナツの誘惑

私は3時か4時頃まで起きていますので、やはりお腹がすいてきます。

糖尿病境界値で夜食は禁物ですが、たまにはイイだろうと思って、セブンイレブンへ行って、シナモンロールパンを買ってきて既に食しました。

男が一個ぐらい買うのもかっこわるい。普通はタバコでセット買いますが、手持ちに15箱ある。

それで、明日食べればよいと思って、一番好きなパン種であるアンドーナツも買ってきました。

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リアルタイムで書いていますが、これが明日まで待てないのだナァ。

立派なことを言おうとしても、自分は言う資格がない、と思わせられることの一つですね。


大仏児童公園の仏佐吉彰徳碑と花壇にまつわるお話

「佐吉大仏」の西隣の「大仏児童公園」の奥まったところに「花壇」と「仏佐吉彰徳碑」があります。
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この滑り台の上に乗って、写真を撮ってみました。


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私が佐吉大仏の価値に気付き、その広報に努めだしたのは2008年のことであります。その頃此処がどうだったかと言いますと、鉄棒から向こうは草がぼうぼうに生えていて、雨の降った日にはとても中へ入っていけない有り様でした。

一年ほど経ってからか、当時の本居宣長の日本での第一人者と言ってよい故岩田隆先生から人を介して、「仏佐吉顕彰碑」についての言づてを伺いました。

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この本の著者ですね。

先生が言われるには、『「仏佐吉彰徳碑」の碑文を書いた南条文雄は大した人なので、もっと「仏佐吉彰徳碑」を大切にして欲しい。草ぼうぼうで中に入って行かれないようではイケません』。

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インターネットで調べたら、南条文雄は我が国文学博士第一号で近代仏教学の礎を築いたような大人物であることが分かりました。また後日になりますが、書を書かれた大島徳太郎も書の世界では歴史に残る人物であることを知りました。


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当時は誰も手伝ってくれる人もいませんでしたので、一人発奮しまして、草むしりやらゴミ拾いをしていましたら、羽島市がその事実を知って、業者を入れて白い玉砂利を敷かれて、中に入りやすくなりました。


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この花壇は私の町内の上鍋の子供会の活動用に作られたものです。私の時代は3~40人ほど子どもがいたのですが、一人になってしまい、今では0人ですが、手入れが出来なくなり、ほかってありました。

廻りが綺麗になると欲が出てくるもので、苗を買ってきて、園芸などしたことがありませんでしたが、手入れをし始めました。

しかし元々趣味でありませんので、2年前にドロップアウトしてしまい、止めてしまいました。


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すると捨てる神あれば拾う神ありで、町内の老人会と言っても、私の女房と同世代の老人会若手のご婦人方が、花壇の手入れをされるようになりました。

私が一人でしている時には、誰も手伝ってくれなくて、止めると始め出すというのも癪な話ですが、ともあれ有り難い話であります。


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冬を無事に乗り越えて、来年5月の竹鼻祭の頃まで元気に咲き続けて欲しいと願っています。



クリスマスCD聞き比べ(その5)

このクリスマスCD聞き比べは思いの外長くなりました。それだけ書くことが多かったのですが、書いていることは昔の思い出話ばかりで、最後の今回も例外でありません。


《ポップス》


1 ペリー・コモ 「グレイテスト クリスマス ソングズ」

チョットしたことが記憶に残ることがあり、それはどこか琴線に触れるところがあるからでしょう。

昔の話になりますが南山大学の英文科に入学しました。
LL教室という時間がありました。今では語学学習にオーディオ機器を使うのは当たり前ですが、当時は個人では難しく、大学としてもそれが売りでもありました。

私は英会話関係の授業は大きらいで、LL教室もウンザリしながら出席していましたが、クリスマスシーズンが近付き、女性助手の方が「私の一番好きなクリスマスソングです」と言って、流してくれたのがペリー・コモの歌う「オーホリーナイト」でした。

その曲を聴くのは初めてでしたが、すっかり気に入ってしまい、以来私の一番好きなクリスマスソングになりました。
クリスマス音楽を聴き始めたのは最近のことですが、頭の中にはいつも「ペリー・コモ」と「オーホーリーナイト」がセットになって入っていました。
幸い、アマゾンの扱う輸入CDに見つけることが出来て、19歳で一度聞いて以来、47年振りに再聴する事が出来ました。

「正調」と言いますか、「朗々に歌い上げる」という記憶が強かったのですが、全体を聴いてみると、意外と優しく甘く歌っているように感じました。

今では「オーホーリーナイト」はマライアキャリーで聴くことが多くて、絶唱というのに近い様な迫力満点の名唱で聴いていますので、どうしても彼女と比べてしまい、高らかに歌い上げているという風には聞こえてこないのでしょう。
ある意味最もオーソドックスなクリスマスソングとも言えて、BGMとして流すには、一番なめらかに聞こえてくるようにも思います。


2 ジュディ・ガーランド 「クリスマス アルバム」

騒々しい拍手から入り、人びとの会話も聞こえてきて、まるで映画の中のクリスマスパーティの場面をサントラで聴いているような作りになっています。

それにしましても、ジュディ・ガーランドという名前を口に出すだけで、私は痺れるような哀切の思いに駆られます。「如何に多くの人の青春がジュディ・ガーランドとともにあったのだろうか!」、と思われてならないからです。

ジュディ・ガーランドは第二次世界大戦の対日戦意高揚映画に出ていた位ですから、勿論リアルタイムで聴いていません。

私がジュディ・ガーランドが歴史的な存在だと感じたのは、有名な「オズの魔法使い」ではなく、MGMミュージカルのさわりを集めて作った映画「ザッツエンターテインメント」を通じてです。

この映画にはフランク・シナトラやクラーク・ゲーブルなどスーパースターが続々登場しますが、主役はフレッド・アスティアとジーンケリーです。この映画を製作された時は、二人とも存命でこの映画の中でもインタビュウされています。

「ザッツエンターテインメント」はCD等で10回以上視て、私にとってはベストワンフィルムと言えます。

このフレッド・アスティアとジーン・ケリーの二人の大御所に、女性側で拮抗する存在が他ならぬジュディ・ガーランドで、ミュージカル仕上げの青春学園コメディのシリーズ映画で大活躍します。

1940年代のアメリカ人の思いに共鳴するのもヘンですが、まさにアメリカン青春グラフィティ、青春の中の青春を映画に出現させた歴史的存在でしょうね。
この後に、エリザベス・テーラー、ナタリー・ウッドとアメリカ青春史が続くのだろうと思っているのですが、その元祖と思います。

チャーチル、ケネディ、キング牧師などの演説を聴いて感激しますが、このCDを聴いて思うことは、意味こそ違え、心に働きかけてくる力においては少しも遜色ないなということです。

ラスト曲は「虹の彼方に」。

サントラ盤以外でジュディ・ガーランドが歌うのを聴いたのは初めてです、有り難や


3 ジュリー・アンドリュース 「クリスマス ソング」

ジュリー・アンドリュースと言えば、私にはミュージカル映画「サウンドオブミュージカル」を除いては考えられません。

私が見たのは名古屋の中日シネラマ劇場のリバイバル上映をした時で、大学生でした。

当時は大体はピンク映画専門で、文部省推薦映画は避けていましたので、どうして観たのかよく分かりません。名画と言われているものは、一応、観ておこうと思ったのかも。

処が、私は映画が始まるやいなやスクリーンに惹き付けられて、気がつけば涙をボロボロこぼしている有り様でした。今でも良く覚えております。

但し私が感激したのは、前半のトラップ家の子ども達との心温まる交流の場面で、「ドレミの歌」もそこで歌われるのでありますが、後半に入り、トラップ大佐との恋愛劇が始まると、「結局そういうことか、おぬしらも同じ男と女であった」と大いに白けました。

とは言え、映画の冒頭、ジュリー・アンドリュースがアルプスの野や丘を駆けながら、テーマソングの「サウンドオブミュージック」を歌う場面は圧巻で、そこで聴いたのと同じ声がこのCDを通して聞こえてきた時、思わず手を合わせたくなりまいた。


4 ザ ベスト オブ クリスマス (オムニバス)

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最後の最後に、定番のクリスマスソングを集めたオムニバスCDを一つ紹介したいと思います。

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字が小さくて見難いのですが、3枚組みのアルバム、ショッピングモールで1000円か1500円位で3年ほど前に買ったものです。

知らない人やグループもいますが、若い頃よく聴いていたポピュラーミュージシャンも多彩で、懐かしいなという思いに駆られます。

一曲目がビングクロスビー「ホワイトクリスマス」。クリスマスソングと言って文字通り一番最初に名前が出るのがこれで、クリスマスのイメージを作ったと言えると思います。

甘くてゆったりと優しい歌い方、声もスイートボイス、ついでに歌詞にも触れますと、「ホワイトクリスマス」は子どもの頃の雪の積もったクリスマスを思い出すという、余り宗教色を感じさせない歌で、そういう意味でも世界中でヒットする要素があったと思います。

その他懐かしい名前を挙げ懐旧の情に浸りながら、クリスマスCD聞き比べを閉じたいと思います。

フランク・シナトラ、ドリス・ディ、ナット・キング・コール、ペギー・リー、ハンク・スノウ・・・

追加:エディ・フィッシャー 美しい歌声が聞こえてきたので誰だろう?と思って、プログラムを見てみたらエディ・フィッシャー。違っていたらゴメンナサイ。12,3歳の頃読んだ「映画の友」の記事です。

甘いマスクに惹かれてかどうか知りませんが、魔性の女優エリザベステーラーは、愛妻デビィ・レイノルズから夫のでエディを奪って4度目の結婚をしました。日本では大人気のデビィに負けないでという励ましの声が沢山よせられました。

やっぱり顔だけではダメみたいで、エリザベステーラーはすぐリチャードバートンに乗り換えて5度目の結婚をしました。その後の事は知りません。(マイケル・ジャックソンと仲が良かったとも聞いておりますが)


《クリスマスCD聞き比べ その4》

《ソウル》


1 ダイアナ・ロス  「ア ヴェリー スペシャル シーズン」

私の若い頃は、リズムアンドブルースと言っていたと思います。
中学から高校にかけて、アメリカのヒットパレードはビートルズに占拠されていたと言って良い位ですが、その中でアメリカ勢として1番精彩を放っていたのが、ダイアナ・ロスをメインヴォーカルとする女性3人組の「シュプリームズ」でした。

私はシュプリームズが大好きで、シングル盤を買ってきてはくり返し聴いたものです。リズミカルなメロディと、ませた子供がややコケティッシュを装っている様なそこはかとない色気が魅力でした。

ダイナロスが独立してからも、憬れの歌手として時々聴いていました。シュプリームズ時代と違って、ずっと大人っぽく心に訴えかけるような歌い方になったと思います。

彼女は、ハスキーでそよ風が肌を撫でていくような感触のする美声だと感じています。

このクリスマスアルバムは、子どもに聴かせるという様な気持ちが若干感じられて、ダイアナロスでもシュプリームズ的でもない感じ(「感じ」という表現が多くて恐縮ですが、自信があるわけでないので)がして、少し残念。


2 ホイットニ・ーヒューストン  「ベスト・ウイッシュィズ」

ソウルをどう定義して良いのか?黒人が歌っていたらソウルなのか?

よく分かりませんが、日本の演歌のように通常のリズムを中断してこぶしを効かせるような部分もあって、ホイットニーのこのCDはダイアナロスよりずっとソウル的だと思いました。
またマライア・キャリーと同じ「オーホーリーナイト」を聴いていましても、マライアキャリーがなめらかにすっと歌声が入ってくるのに、ホイットニーは曲の中に溜めの様なものがあって、相対的に聞きにくいとも言えますし、感情が込められているとも言えます。

ホイットニー・ヒューストン、映画「ボディガード」に主演した頃が、絶頂でした。
哀れな末路でした。最後までゴージャスな人生を送って欲しかったですね。


3 アシャンティ  「クリスマス」

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クリスマスCD聞き比べ、多くは鬼籍に入られた懐かしの歌手ばっかり追っているようですので一人若手の歌手を。
と、言ってもアシャンティ36歳、マリリンモンローの死去した年。亡くなる直前のモンローを若手とは言えないでしょう。教員時代30年、何かに付け余裕がなくて、世の動きからずいぶん離れていたものです。

結構可愛らしい声で、柔らかい歌い方をしています。

3名の中で1番クセを感じさせない聞き易い歌声です。意外とホイットニーが1番黒っぽい。


4 クリスマス イン ザ シティ(モータウンレコード)

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ソウルは数が少ないので、シュープリームズが所属していたモータウンレーベルの歌手によるオムニバスCDを一枚挿入します。

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いつ頃の録音か分かりませんが、仮に1965年とするとスティービー・ワンダーが15歳。聞いた瞬間、15,6歳の若者の歌い方に思えたのも道理でした。

スティー・ワンダーは北島三郎ぐらいの年かなと思ってましたら、私と同年齢

7曲目にダイアナ・ロスとシュプリームズの「きよしこの夜」が収録されているが、ライナーノートに次の様に書かれている。

『シュプリームズのフローレンス・バラードのリードヴォーカルによるキャロルで、目立たないフローレンスが中心となり彼女の優しいアルトの声がダイアナ・ロスとメリー・ウイルソンのソフトなソプラノにブレンドして特に純粋なサウンドをクリエイトしている』

一部にシュプリームズでは、フローレンス・バラードの方が歌唱力があるという人がいることは知っていたが、ソロの歌声を聴いたのは初めてで、ライナーノートも読むべきだと思いました。
私の至高の「きよしこの夜」としてインプットしておきたいと思います。

全体として思うことだが、歌は世に連れ世は歌につれという、それだけ歌は世相を反映しているのだが、モータウンサウンドが黒人差別解消に果たした役割は実に大きかっただろう。

理屈や観念だけではダメで、やはり魅力ある人間がいてこそ、差別は消えていく。大リーグの黒人野球選手の果たした役割をモータウンサウンドはポップミュージックの世界で果たしたと私は思う。
後にマイケルジャックソンを生み出したことでも分かるように、モータウンサウンドは決して黒人専用サウンドでなく、世界中が彼らに熱狂した。

若い頃の私には、「ブラック イズ ビューティフル」という標語は、ダイアナ・ロスのために作られたと言ってもよい様に思われたし、ダイナロスによって証明されたと言って良いように思えた。


1971年「羽島市広報誌」を見る

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大仏のお堂の横にあるお茶所の本棚を見ておりましたら、1971年の羽島市の公報誌が出てきました。地元の人間としては今から40数年前の羽島の様子が分かり面白いので、本から何枚か写真を抜き出して紹介したいと思います。


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先ずは何と言いましても1964年開通した東海道新幹線「岐阜羽島駅」、田圃の中の駅として一躍有名になった「岐阜羽島駅」ですが、余り変わらないようですね。
写真の右の方のビル街の様子を次にご紹介。


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一見すると岐阜市の問屋街のようですが、それもそのはずで、岐阜市の問屋街が大挙して引っ越しをして、一大問屋街を形成する予定で人工的に作られたビル街です。
新幹線開通の1964年の時点で繊維産業は下火で、新たに問屋街を設置する活力はなかったことと、私に言わせれば夜汽車を使って買い出しに来るバイヤーと、新幹線を使える層とは全然違っていて、最初から無理な計画であったと思います。
このビル街が今もそのままゴーストタウンのように残ってしまい、どうしようもない状況にあります。


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白黒写真のせいか、中国のように感じますね(中国に失礼かな)。当時としては、立派な工場があって羽島はスゴいなぁという感じで写したのだと思います。


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これも今から見ると驚きですが、左下の商店街の賑わい!イベントの日かなとも思うのですが、ひょっとしたら普通の日の買い出しの風景かも知れません。
当時は竹鼻の町に3件のスーパーマーケットがあり、日本で(岐阜県でない)一番物価が安い町として新聞に載ったことがあります。
今は一人もいません。車社会が全てを変えました。


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この写真があったので紹介したようなものですが、「佐吉大仏」が羽島市を代表するという感じで堂々と掲載されていることに、驚きもし感激もしました。
新幹線が出来る頃までは、何と言っても大仏さんでしたが、ドンドン忘れ去られて地元の方でも知られなくなってしまいました。最近盛り返してきましたが、色々な物が出てきて、昔のように大仏さん中心というわけにはいかなくなっています。お互いが宣伝しあえばイイのですが。


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次のページに円空仏が載せられています。この頃から羽島市の観光としては円空一色になります。一般の市民から盛り上がったわけではないので、市外の方が思うほど「羽島と言えば円空」と市民が思っているわけではありません。今の私は協力し合って盛り上げていこうという方針でおります。


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こちらには羽島の観光としては1番有名な竹鼻別院の藤が載せられています。今ほど観光客が訪れるという事はなかったと思います。


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共に坂倉準三設計事務所の設計した市民会館と中央公民館。坂倉準三氏は確か1969年歿で完成を見ずになくなっています。ですから遺作になります。
コンクリートの打ちっ放しが晩年の坂倉氏の通例でしたが、この市民会館を見て、コンクリートがいかにもむき出しの感じがして、工事未完了だと思っていました。それが使われ出してみっともないなぁと思いました。坂倉氏が生きていたらもう少し表面を綺麗に仕上げていたのでないかと思っています。

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今では巨大な円空仏の壁画が描かれていて、それもあんまりなと思います。


クリスマスCD 聞き比べ(その3)

《ジャズ》

1 Kei Kobayashi   「 Kei sings X'mas」

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3年ほど前、岐阜地域の女性ジャズシンガーを知って、それが縁となってジャズを熱心に聴くようになった。アメリカの有名ジャズシンガーのオムニバスで、Kei Kobayashiが一人混じっていて、まったく引けを取らない軽やかなジャズフィーリング、英語の発音も苦にならない。
感激してしまって、アマゾンから3枚購入した一枚がこれ。

段々音楽慣れしてきて、今聴くと声に伸びやかさがないのかなと感じたり。英語の歌など聴いて分かるわけがないので、同じ分からないのなら、現地の方の英語を聞いた方がよいかも。


2 スウィングル・シンガーズ  「unrapped」

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昔、由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」という歌が流行ったとき、スキャットの説明で「11PMという番組の始まりにダバダバダバダバという歌が聞こえてくる。アレのこと」と聞いてすぐ理解。

スイングルシンガーズはそのスキャット専門グループという知識を基に、購入。

処が今2曲目「In the Bleak Midwinter」、歌詞が聞こえてくる。これでは他と変わらない。

3曲目「Christmas Song」、歌の背後に軽快なスキャット。
やはり特徴は出しているみたいです。・・・・結構楽しい、こればかりでも疲れますが。

ラスト曲は何と「ホタルノヒカリ」。ちゃんと「蛍の光 窓の雪」と歌っている、ビックリ


3 ダイアナ・クラール  「クリスマスソング」

耳にしたあらゆるクリスマスソングの内で、白人女性ジャズシンガーのダイアナクラールが歌うジングルベルが最高でないかと思いました。
もっともそう思ったのは3年前のことで、まだ今ほど沢山聴いてはいなかった頃です。特に、スキャットの部分はどうしてこんなに軽く歌えるのか神業のように感じた。

白人ジャズシンガーと黒人ジャズシンガーでは、聴いた感じがドウモ違っていて、後者は魂と言いますか、韓国で言う恨(ハン)の様なものが籠められている感じがして、心に重い。

白人ですと、リズムだけ頂いて、軽やかに流し、聴き方によっては口先でいい加減に歌っているようにも聞こえ、それがスキャットのリズムと実に良く融け合う。

都会的センス。適当のこころ。

ダイナクラールはカナダ人ですから、アメリカ人より更に根っこから自由で、爽やか。


4 ニッキ・パロット 「ウインター・ワンダーランド」

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TSUTAYAの紹介文をそのまま写しました。この人もやはり白人ジャズシンガーで、渋みとか臭みというものがなく、気楽に聴けます。
歌としては、ダイアナクラールよりこちらの方がクセがなく、ジャズ調のクリスマスソングとしては、非常にオーソドックスで聴きやすい感じです。

思うに、黒人・白人の違いだけでなく、キリスト教に対して敬虔な信仰心を抱いているか否かも、結構歌に反映してくるのではないでしょうか。
カナダとオーストラリアですから、お二人とも抹香臭いことからは、離れていることでしょう。


5 ルイ・アームストロング  「クリスマスソング」

いきなりパーティのようなにぎやかな雰囲気の中からデキシーランドジャズが鳴り、ご存じサッチモのだみ声が聞こえてきます。
ドンチャカパーティーのBGMにピッタリという感じですね。

椅子に腰を下ろして、静かに清聴するというものではありません。一度音楽の専門家にルイアームストロングの歌は歌としてどんなものなのか、訊ねてみたい。’What a a wonderful world’なんかは、胸に沁みて感動的としか言いようがないのですが、また別の捉え方もあるのかも知れません。

サッチモぐらいになりますと、その声に時代の響きやジャズの歴史を感じて、別格ですね。

P.S. ネットで知ったですが、ジャズのスキャットは、サッチモが歌詞カードを落とし咄嗟の判断でダバダバとやったのが起こりだと書いてありました。(真偽未定とカッコが付いていましたが)



「横地洋司展」を観に行く 於:ギャラリー「いまじん」

ギャラリー「いまじん」で開催中の「横地洋司」展へ行ってきました。

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テーマは何でも「頭の中のもやもやを描く」と言うことらしいです。

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私は絵など描きませんし、美術愛好家でもありませんから、そう積極的に美術展へ行きません。案内が来るから観に行くだけです。特に期待してという訳ではありません。

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しかし何にでも意味を見出そうとする性格ですから、決して無意味とする訳ではありません。次にどんな意味を見出しているのか列記したいと思います。

・「分からない事を知る」という意味
よく「分からない事が分かる喜び」と言いますが、そういう事ではありません。
この世は分かることだけで成り立っているのではなくて、殆どのことは分からないと云った方がよいと思います。自分のよく知って楽しめる世界ばかりと接していたら、この世界の拡がりを感じられず、自分の世界だけに閉じこもってしまいます。
「さっぱり分からない」という経験も、「分かる分かる」という経験と等しく、大切だと思います。

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・「物事に対する見方を自由にする」という意味
優劣や善悪正邪の判断も年と共に深まり多様化していきますが、一方偏屈になったり自分で判断しているつもりが実はメディアの情報に動かされているだけということも多くくあります。
「へぇこんな風に見えるのか!」という驚きが、自分の固定した心に風を送り、精神を自由にします。

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・「人間を知る」という意味
作品の背後には、必ず描いた作者がいます。「作品だけで評価すべき」と言われた方もいますが、それはどちらかといえば美術プロパーに近い方の意見でないかと思うのです。
私は文学好きもあってか、作者の人となりがあって作品があると言うふうに思います。
作者を知ればより一層興味関心も高まりますし、作品の背後に一個の人間を見ることによって、色々な人間がこの世の中にはいるものだ!という人生勉強になります。

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理屈が長くなりました。短時間でしたが「横地洋司展」を観させて頂き、「あれまぁ!」と直感的に感じた作品を幾つか写真に撮らせて頂きましたので、続けてご紹介します。

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金色の目


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金色のボディ


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亀裂のある頭部


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小さなmedaillon


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「横たわる何とか」と書いてあるのですが、ちょっと読めません。


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目から始まる

佐吉大仏(大仏寺) 最近の写真から

ファイスブックで紹介した最近の写真をブログでも掲載しておきたいと思います。

◎ 新しいところから遡っていきたいと思いますが、これは「新しいおもちゃ」と題した記事です。

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木のおもちゃは結構高いのですが、大垣の墨俣という所にあるリサイクルショップ「サンタの倉庫」へ行きますと、安く手に入れることが出来ます。木のおもちゃの場合は、殆どが新品で衛生的にも心配が要りません。
一応スギ薬局にも行き、手指消毒薬も新しいのに取り替えました。

出来るだけ沢山の子供に遊びに来て欲しいと思っています。


◎ 11月5日の団体参拝の様子です写真です。
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大勢の方がみえておられるのですが、これは近所の方が会社OBの同窓会の楽しみとして竹鼻見物を入れられてその一環として参拝されたものです。
普段は団体さんは女性ばかりですが、今回は男性陣ばかりというのも、そういう理由からです。


◎ 11月2日です。

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れんこん料理の「竹扇」さんが企画された竹鼻見物です。伊賀上野からの御一行です。


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この日はまったくハプニングで、若い歓声が聞こえてきましたのでお堂に行きましたら、地元高校が学級活動で地域の文化財見学と奉仕活動の一環で参拝。
女性の先生が体育科と言うこともあるかと思いますが、指導力があって全員揃って合掌させるところなどは見事です。私もつい調子に乗ってしまい肩をぽんと叩き、下手すればセクハラ。凄い分厚い上腕で、「リオ五輪のレスリングで優勝した人か?」とひやかしてしまいました。

公園掃除の方は、掃除なのかなんなのか、ゴミ袋を手に動いているのは先生だけのようですね。今時の高校風景でありました。


◎ 新聞記事

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10月16日の中日新聞岐阜地域版のコラム(左下)に、佐吉翁についての記事が載りました。そこだけ拡大します。

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佐吉翁の今日的意義が書かれている素晴らしい内容で、私の名前も載せて頂き恐縮しました。


◎10月26日

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これは「長良川おんぱく」という岐阜市を中心としたその周辺の観光企画で、竹鼻は「れんこん料理・美濃縞織り体験・佐吉大仏・本覚寺」のコースで参加しました。
中々良い雰囲気でした。


◎彰徳祭の記事

去る10月10日に行われた永田佐吉翁彰徳祭の模様が中日新聞に掲載されました。戦前はいざ知らず、私の知る限り彰徳祭が新聞に採り上げられたのは初めてのことでした。

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以上です。


歎異抄六から『親鸞は弟子一人ももたず候ふ』の解釈

歎異抄六の中の『親鸞は弟子一人ももたず候ふ』という言葉に惹かれて歎異抄に興味を持つようになった、という文をどこかの批評家の本の中で読んだことがあります。

実は、私も歎異抄の中で一番聞くべき言葉でないかと思っています。

ただ、その解釈についてはイロイロあるようなので、正しい捉え方を述べたいと思う、と大きく出ましたが、私の説明の当否は読まれる方が自分で判断すべき事です。

多くの方が、対象は親鸞でも道元でも、お釈迦様でも良いのですが、私から見て誤解しているように思える理由は、信者の立場に立って言葉を捉えようとするからです。

親鸞は決して親鸞教の信者ではなくて、開祖・教祖なのであって、究極の師としてお釈迦様は存在していたと思いますが、自分の考えは自分で考え自分の言葉で表現しようとしたのであります。

目の前に道はなく、自分の道は自分で切り拓かれていった過程が歎異抄の言葉として残されていると捉えるべきです。

多くの人の行っていることは、親鸞の切り開いた道を、どのように歩んでいったら親鸞の辿り着いた目的地に到着できるかという、方策を論じていると言って良いと思います。

喩えてみますと、新幹線を新たにどのルートに敷設するのかを検討することと、完成してしまった後に適切なる運行を検討することでは、同じ検討でもまったく内容が違い、参考にすべき専門文献も、アプローチする意識も変わってくると思います。

私は親鸞は前者の心構えでいたに違いないと思いますので、新幹線の喩えで言えば、この地方でも新幹線を作りたいとか、もっと別の列車形態は考えられないかという、開発者や創造者の立場に立たなければ、その言動を正しく見極めることは出来ないと思います。


さて、そこで、親鸞の『弟子一人もたず』という言葉に立ち帰って考えてみますと、親鸞の教えの通りに行っていたら新しい新幹線が作れるかと言いますと、JR東海の経験をJR関東で活かすことは出来そうな気が致しますが、JR東海にない地形については自分で判断しなければなりません。

JR東海としては一々訊きに来られても困るでしょうし、第一責任の持ちようがありません。

子会社ならともかく、関東は関東で考えて欲しいと答えざるを得ないでしょう。親鸞の言葉に即して言い換えると、関東も九州も北海道も弟子ではない、ということになります。

親鸞は鎌倉時代の人で、その世相の中で生活を送られたと思いますが、信仰の道はどこに築かれたかと言いますと心の中ですね。

行いは外に現れますが、考え方の道筋はあくまで内面で作り上げられていきます。

たとえ親鸞といえども、同時的に把握できる内面は、あくまで自分自身の内面だけですから、歎異抄を表した弟子の唯円に対しても、自分の道は自分で作って欲しいと言わざるを得ないと思います。

『弟子をもたず』ということは、自分は師匠に成る気がないし、成ろうとしても成れるはずがないと言っている事に他なりません。

今度はお店で喩えてみます。

親鸞が築き上げたのはセブンイレブンかイオンのような巨大なマーケットで、私がしているのは夫婦だけで維持している田舎の小っちゃな八百屋さん程度です。

されど、経営者は経営者なので、お客さんとは立場も考え方も異なってきます。

それじゃ、自分もお寺を作るとか、祠でも建立しなければならないのかと言われるかも知れませんが、全然違います。

法灯は自分の心の中に築くものであり、誰にでもその為の敷地は確保されている筈です。

心の中に手を差し込んで、一緒になって築き上げられる人など誰もいないということです。

その覚悟を示したのが、『弟子一人持たず』という言葉だと思います。

クリスマスCD聞き比べ(その2)

《クラシック》

1 キリテ・カナワ 「アヴェ・マリア」

このCDはクリスマス曲でなく教会音楽と言うべきですが、聴く気が起きるのはこのシーズンなので。

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キリテカナワの名前を初めて知ったのは25年近く前、スコットランド民謡集を買った事による。
カラオケへ行っても演歌など歌う気にならないので、「Home sweet home(埴生の宿)」や「アニーローリー」を原語で歌えるように努力しました。無駄な努力であった。

爾来20年の月日が流れ、刺激を受ける方もいて、クラシック音楽も聴き始め、アマゾンから初めに声楽部門で仕入れたのが名前のよく知るキリテカナワでした。

聴いてみて思ったことは、教会音楽と言うこともあるのでしょうが、正調と言いますか、教会で意義を正しくしてハッハーと聴く感じで、ポップスで耳が慣れた私には、クリスマスにやんわりと聞くCDでないようだ。

今CDを再生しましたが、全曲流して聴いたのは初めてでありました。


2 イル・ディーヴォ 「クリスマスコレクション」

何か病気の名前のようなグループ名ですが、イケメン男性4人組のコーラス
こちらはお馴染みのクリスマス曲ばかりで歌い方もムードたっぷりですが、アルマーニがよく似合うという雰囲気のジャケット写真に、聴く気が失せますネ。

男から女性へのクリスマスプレゼントに良い。


3 ルネ・フレミング 「クリスマスインニューヨーク」

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ネットに書いてあった現代世界三大ソプラノ歌手というと、アンナ・ネトレプコ、ナタリーディセイにこのルネ・フレミングを加えた3人だそうです。
2年前まで一人も知りませんでした。聞く耳を肥やすのは至難ですが、雑学を仕入れるのは実に容易なるものです。ついでに私が知っていた人というと、エリザベート・シュワルツコップ、マリカ・カラス、アンナ・モッフェ、グアンドラ・ヤノヴィッツ、伊藤京子さんでいずれも高校の時に名前を覚えた人です。
大学に入学後はそんな方々より、小柳ルミ子さんや天地真理さんの方が大切になりました。

このCDですが、歌い方がオペラのような朗々たる響きではなくて、オペラ歌手が軽く歌ったクリスマスソングという感じで、クラシックと言うより、イージーリスニングという風に聞こえました。


4 サラ・ブライトマン 「ウインター・ファンタジー」

サラブライトマンという人は、クラシック歌手の中ではものすごい人気のある人で、レンタルショップに行きましても狭小たるクラシックのスペースに結構並んでおります。
私はラスベガス公演のDVDも借りてみましたが、退屈な感じがして最後まで視られませんでした。
クラシックですからそうなるのも当然なんですが、その割にはフワッとして情感的で、キリテカナワには感じる心棒の様なものが感じられませんでした。

どうしてこんなに人気があるのか分かりません。ルックスは好みですが、アンナネトレプコの方が、魅力的に感じています。


5 キャスリーン・バトル 「きよしこの夜」

レンタルしておりますTSUTAYAの謳い文句に『超ベストセラーを記録した、バトルのクリスマス・ソング・アルバム』と書いてありました。

クラシック歌手とポップスシンガーの歌うクリスマスソングのどちらが良いのか?と言えば、クラシックの方だと細かく聞く耳がありますから、比べものにならないと答えられるかなという風にも思っていますが、共にプロの歌手ならば、訴え方や聴かせ所の違いであって、両者に優劣はない様にも思われます。

特にクリスマスソングの場合には、各人それぞれクリスマスやクリスマスソングを耳にした時の状況等に思い出もあって、聴く側に集中力が要求されるクラシックよりもポップスの方が合っているように思います。

要はムードに浸りたいわけですね、私は。

綺麗に美しく歌うという部分とムードを高めさせるという両面を兼ね備えているいう点で、一番と言って良いCDだと思いました。このCDはよく聴いています。


6 ウイーン少年合唱団 「クリスマスソング」

今余りウイーン少年合唱団と言いませんね。私の子どもの頃は毎年ディズニーがプログラムピクチャーとして「美しく青きドナウ」とか「野バラ」とか題を付けて映画化していました。
ウイーン少年合唱団はクラシックプロパーから離れて、日本人全体の中に親しく融け込んだ名前であったのです。

真面目すぎて退屈でした。


7 シャルロッテ・チャーチ 「ドリームアドリーム」

TSUTAYAの惹句に14歳の天才歌手と書かれていました。美空ひばりも14歳の頃には天才歌手と呼ばれていたことを思い出します。

内容はクリスマス曲に賛美歌を交えたもので、まさにクリスマスにうってつけの曲目です。

先頭が「ドリームアドリーム」でこの曲だけはオリジナルなのかも知れませんが、実に堂々たる歌いっぷりで天才振りが知られます。

ただ私の様に夜中静かにCDを聴くことしか出来ない者にとっては、思わず音量を絞らなければならず、夢を見るのではなくて夢から醒めてしまいます。


8 ヘイリー・ウェステンラ 「冬の輝き」

この方もレンタルでよく見かける名前ですね。「白い巨塔」のテーマソングやサントリーのCMに起用されて人気を得るとWikepediaに書かれていました。
一般的な人気を得るためには、コマーシャリズムに乗らないと難しいのでしょうね。

この方の惹句は「天使の歌声」で、1のシャルロッテ・チャーチの様に堂々と声を張り上げて歌うような歌い方ではありません。割と可愛らしく聞こえます。天使ですから、きっとそうでしょう。


クリスマスCD聞き比べ(その1)

アマゾンから注文した中古CDが届きました。
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やはり季節ものでこの時期になると、ちょっと聴いてみるかという気になってきます。

私はTSUTAYAの通信レンタル会員にもなっておりまして、一月に8枚ずつ届きます。ずいぶん集まりましたので、ここでヴォーカルに絞って、聞き比べをしてみたいと思います。
オムニバス(寄せ集めのもの)は省きます。

《洋楽ポップス》 ※ジャンルわけは適当です

〇エルヴィス・プレスリー 「クリスマスソング」
声聞いてエルヴィス!と音楽音痴の私でもすぐ分かる。一つの時代。
美空ひばりさんを聴くようなものです。

〇マライア・キャリー 「メリークリスマス」
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世界で何千万枚売れたか分からないクリスマスアルバムの大ベストセラー。
オリジナルの「恋人達のクリスマス」がシングルでも大ヒットしましたが、定番の「オーホーリーナイト」の歌唱は、全てのクリスマスソングの1番と言って良い位の圧倒的な歌唱。


〇カーペンターズ 「クリスマス ポートレイト」
「トップオブザワールド」の様な軽快なノリがカーペンターズの魅力と感じている私には、ややもの足らない。
「クロースツーユー」というバラード風のヒット曲がありますが、全体がそんな感じ。


〇レイ・チャールズ 「ザスピリットオブクリスマス」
ピアノのくねるようないつもの弾き語りが聞こえてこない感じ。オーケストラをバックに綺麗にやり過ぎている様に思いました。
他でも感じるのですが、クリスマスソングというと、変に正調で歌ってしまい、ジャズの人でも唱歌を聴いているような感じになってガッカリすることがあります。


〇ナタリーコール 「クリスマスソング」
ナットキングコールの娘さん。
ナットキングコールと言って通じるだろうか?ジャズとポップスをミックスしたような甘い歌い方で、日本では大人気でした。1965年死去とありますから、私もずいぶん子どもの頃から知っていたものです。
ナタリーコールさんは1950年生まれで私と同い年。ショックなことには2015年に死去。

父親似でジャズ・ポップス・ソウルをミックスしたような、大変歌のうまい方だと思いました。
CDと一緒になって歌を歌おうとするならばベストだと思いました。

何でも上手に歌いこなせる分、ややインパクトに欠けるように感じます。


◎ジャズクラシックも含めて、まだまだたくさんありますので、3,4回に分けます。


優等生という落ちこぼれ

今の学校制度では、成績の優秀な生徒は褒められ良い気持ちで学校生活を送ることができる。

しかしそれはごく一部なのであって、たいていの子供は目立たない褒められない状態で毎日を過ごさねばならない。これが並みの児童生徒であって、殆どはそうである。

中には勉強について行けず、できない子供とレッテルを貼られ、自分のことをダメ人間と思わねばならない子供もいるかも知れない。

成績さえなければ自分について、「末は博士か大臣か」というのは昔の言葉であるのだが、少なくとも子供の間は限りない夢、インポッシブルドリームを見ることができるであろう。

日本の殆どの子供は10歳満たずして、言わば人生の落魄、自分は凡人であるという自覚を持たねばならぬ。

だが、よくよく考えてみるが良い。

一体凡人でない人間などいるのだろうか。

私たちは自分を知り、自分を受け入れ、その背丈にあった自分なりの目標を持って着実に人生を歩んでいくことが大人になると言うことで、その自覚は早ければ早い程良い。

処がクラスでいつも一番とか、学年で10番以下に落ちたことはないというような子供は、いつも褒められて、叱られるべき時にもしばしば見逃され、自尊心ばかりふくれあがらせ、社会に出たら当然受けるべき叱責や低評価に対する耐性を身に着けるチャンスを失う。

端から見るに、ずいぶん頑張って羨ましくさえ思われる人生を送られた人の中に、自分が酬われないことを嘆き、社会に対する怨みや怒りを投げかける人がいる。
よほど芥川賞か文化勲章でも受けねば、自分に値する人生でなかったかのような口吻だが、そんな栄華に浴せる人など能力に加えて運も味方したごく一部の人なのだ。

自分の人生の成否を決めるのは自分次第で、自分を素直に受け入れられず、他人と比較して、ましてやメディアでチヤホヤされる人を引き合いに出して、自分に悔しく思うことなど馬鹿げていると思わざるを得ない。

今の学校制度、成績の上の人だけが酬われ多くの一般生は早くから人生の悲哀を味わわねばならない、そこに真に学ぶのは一般生の方で、自分に対する過大な評価とうぬぼれから解放される。

優等生の陥りがちなことは、一番重要なこと、自分に能力の限界があり、出来る事しか出来ないという当たり前のことを知るに遅れ、大抵の人にとっては挫折とも言えない事に敗北感を抱き、出来ることが出来た時に当然味わうべき幸福感に浸られず、周囲に対する感謝の念を抱くことが出来ないことだ。

自分を知るということが学校で最も学ぶべきこととすると、優等生はその落ちこぼれになる怖れがあることを知っておいた方がよい。


五木寛之『歎異抄の謎』から

普段、本は別のブログで書いていますが、更新も滞りましたのでこちらで。

この本は、五木寛之が『歎異抄』について論じている部分は少なく、主要部分は五木寛之による現代語訳で成り立っています。原文も入っています。
相当私感の入った訳でないかと思われますが、私としては読んでから感想を書くのではなくて、読みながら立ち止まったカ所を引用して適宜感想を付けます。
何カ所出てきますでしょうか?

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自分(親鸞)は亡き父母の供養を願って念仏をしたことなど、一度とてない。
そもそもあらゆる命あるものは、くり返しくり返し生まれ変わり、生き変わりするなかで、すべてつながっていくのだ。
だから命あるものは全部が父母であり、肉親、兄弟姉妹であり、生きるものすべてが家族である。

(ここで永田佐吉を思い出すのですが、親孝行で有名な永田佐吉の孝行を尽くした相手は実の両親でなくて継母です。実の親であろうがなかろうが、親としての恩を受ければ、実の親と同じということでしょう。また佐吉翁は妻帯しませんでしたから、当然子どもはいません。しかし孤独の人生を送ったかと言えば、決してそんなことはなく、生前も、死してから今日に到るまで多くの人に慕われています。歎異抄に述べらている通りです)




わたし親鸞は弟子などひとりもいないと思っている。
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弟子云々にこだわる人は、もともと阿弥陀如来のはからいによって受けた念仏を、自分で弟子にあたえたものとでも思っているのか。


(長年教員をしていますと、結構自分が生徒を育てたと思いたくなるものです。自戒すべきです)




念仏とは、それをとなえる者にとって、修業でもなく、善行でもない。
それは自分の決意や労力によって行われる行ではないからだ。だから「非行(ひぎょう)」である。
自分の力によって積まれる善でもない。だから「非善(ひぜん)」という。
念仏はひとえに、阿弥陀仏の大きなはたらきかけによって、おのずとら発せられるものである。ゆえに自分の行う修行でもなく、またいわゆる善行とはかけはなれたものである。


(八章の全文。他力の根本的な考え方が示されていると思います。常識的に考えれば、自分の意志で自分から発せなければ念仏をとなえることは出来ない。ただそれをこれは正しいからとか修業だからという様に価値や意味を賦与してはならない。私は真宗の考え方と違うのだけれど、「色即是空」という般若心経の「空」を思い浮かべました)


十二

尊い経典やそれについて書かれた本などを深く学ばない者は、決して浄土に往生できないだろうという人がいる。
これはまったくもって見当違いの意見である。
本願他力について説かれた様々な正しい経典、書物には、「阿弥陀仏の約束を信じて念仏をする者は、かならず浄土に行ける」とある。その他に何の学問が必要というのであろうか。

(ここまで読んできて、親鸞の説くところは殆どキリスト教そっくりだと思わざるを得ません。上の文から『心まずしきものは幸いなるかな。天国は彼らの者なり』という聖書の有名な山上の垂訓を思い出します。それからもう一つ「信じる者は救われる」。キリスト教の絶対的テーゼですね。キリスト教に限らず帰依を説く宗教は全てそうですが)


十三

「本願ぼこり」の人びとは往生できないとする説は、結果的に阿弥陀仏の誓いを曲解している。悪も善も、自分の意志によってなされるのではなく、過去の行い、宿業(しゅくごう)によるものであるということが本当にわかっていないのだ。

(有名な悪人正機説を考えるとき、忘れてならない重要な指摘がなされています。悪をなそうにも善を行おうとするも、本当は自分の意志で自由に選択して行えるものでないと知ることが重要です)


十八

寺や僧侶達に寄進する金品の多いか少ないかで、仏の大小が決まるなどという主張がある。
これは問題外の論であって、お話にならないことだ。

(言われていることは当たり前のことです。
ここで私の賽銭やご仏前についての考えを言いますと、寺は誰のためにあり、誰が所有しているのか?と言えば、本当は信者です。
信者という言い方が抵抗があれば、多少とも関心を持つ者と言っても良いと思います。
そして、専心して世話する者を寺族と言い、その代表者を住職と言います。
寺を護持するにはお金がかかる事は間違いないことで、佐吉大仏の場合、殆ど我が家でお金を捻出していますが、賽銭が多ければ助けになることは間違いないことです。
ご利益と言うこととは別に、利用する人たちが維持費を負担し合うということが大切です。また、負担する部分もあって、初めて自分自身のものとして施設を捉えていく事が可能になると思います。
信仰や思想とは別の事として割り切って考えていく必要があります



最後に「後序」から

親鸞様のおことばには、次のようなものもある。

「そもそも、なにを指して善というのか、悪というのか、私は知らないし、まったくわからない。もし仏がはっきりと善であると認めたり、悪である認めたものなら、たしかにまちがいないだろう。

しかし煩悩にまみれた凡夫であるわれわれの暮らすこの世は、燃え落ちる家のようにはかなく無常な世界であり、すべては空虚な、偽りにみちた、評価のさだまらないむなしい世界である。

真実はどこにも見当たらない。

その中で念仏という行為だけが、はっきりとした真実として存在し、人びとの心を支えることができるものなのだ」そう言っておられた。


(結局、自分が生きている現世と、現世における自分自身の活かされ方をどう評価するかで、どういう考え方を求めるかも決まってくるように思われます。その現在の自分の自己認識をしっかり見つめて行うことが大切だと思います)


◎巻末に評論家の川村湊氏と五木寛之氏の対談が載っており、その最後の最後に川村氏より「宿業と向き合うためにはどう捉えたらよいとお考えですか」という質問が出されました。

それに対して五木氏は、モハメッド・アリとマイケル・ジャックソンの名を引き合いに出して、「私たちは宿業を負わされている存在であるだけでなく、未業を目の前にしている存在である。宿業を意識的に背負うことは明日へのバネになるはずです。そう考えれば、宿業という言葉に暗い運命的なものだけを感じずに向き合えるのではないのかと思います。」と答えて、この本を締めくくっています。

そう締めくくることによってこの本全体をダメにしてしまっています、なんて書くと、いかにも批評家めいた口調になりますネ。一回やってみたかったのカナ

上に引用した文の十三に「宿業」という言葉が使われていて、他力の眼目として紹介したものです。

私の捉え方では最も大切なことは、「宿業」ということではなくて、「悪も善も、自分の意志によってなされるのではなく」ということです。
この考え方を導き出す方便として、「宿業」とか「前世の縁」という概念を利用して、自分の意志や判断で何事も行うという思いから解き放す訳です。
宿業は方便に過ぎませんから、般若心経の「色即是空」でも良いですし、平家物語の「諸行無常」でもそういう気になるのであればそれで良いと思います。

「宿業を乗り越える」というキャプションを付けて、未来に向かって前向きに進むという様な事を口にしては、折角の「他力」から離れてしまうではないかというのが私の疑問です。

真実はと言いますと、自力がテーゼなら、他力はアンチテーゼで、両者を止揚したジンテーゼにあるのでないかと思われます。
但し一回の正反合で結論が出ると思えませんので、何度も何度も試行錯誤をくり返し、その過程が生きる道と申せましょうか。


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