佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

2016年12月

人生を劇場に喩える

よく人生を劇に喩えて言う人がいます。

私が勤めていました学校でもよく言うのですが、「君は人生という名のドラマの主人公だ!」と。

先が見えない若い間はイイのですが、ダンダン年も重ねますと、栄華を感じられるのはほんの一部の人であることが分かってきて、「主人公と言われてもナァ」と、却って人生の悲哀を感じてしまいかねません。

「人生の主人公」というのは、あくまでも自分一個の人生経路に関しての主人公と言うことではありましょうが、どうしても主人公という響きに惑わされてつくづくわが身は脇役人生だったなぁと思われてきます。

そこで私は考えました。

人生を「劇」に喩えるから間違えるので、「劇場」に喩えれば良いと思います。

「劇場」の主人公は誰か?

劇場は観客を喜ばせるためのものですから、スターも劇場主も切符売る人も、全ては観客のために存在しています。この場合、主人公という言葉以上に王様という表現を使いたくなりますね。

「自分は人生の王様である!」と思えるならば、エッ、と途端に気持ちが高まりますよ。

しかもこの王様は他人を蹴落とす必要がありません。それどころか他に優れた王様が沢山いてくれた方が楽しいのであります。自分の王国を大きくて充実したものにしたいのであれば、色々な劇場を観て廻り、鑑賞力を高めれば可能になります。

更に良いことには、人を幸せにもしてくれます。
例えば音楽会なら、ゆったりと腰掛けて至福の一時を過ごした後に、拍手喝采するだけで、演奏者を幸せにしてあげるだけでなく、他の観客のハートに火をつけます。

お金もかかりません。

勿論、リッチな人は惜しみなくお金を使って欲しいのですが、私の様な年金暮らしにはそんなことは無理です。デモ最寄りの公立図書館に行けば好きな本を何冊でも借りて読むことが出来ます。その上館員の方から丁寧にお礼まで頂戴します。

そんなわけで私は〝独りぼっちのクリスマスイブ、愛を打ち明けられる人などいるわけない〟と嘆かずとも、豪奢な世界劇場の王様になることが出来ました。

ちなみ、現在借りている本、市立から10冊、県立から7冊を写真で並べて見ます。

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一番下はバートランドラッセル「西洋哲学史全4巻」ですが、少し読んでみて、結構難しくて、先ずは概説を知らなければ読みこなせないと思って借りてきたのが、「物語 哲学の歴史」(中公新書)です。

「十夜」は少しは小説もと思って借りてきたもので、10人の現代作家が選んだ短編集です。

水上勉はそれなりに読んでいるのですが、加賀乙彦は読んだことがありません。堅苦しく生き方を問う小説家という先入観を持っていまして、読んでも面白くないだろうと思っているからです。
そういうのは、フィクションよりもノンフィクションで語っていただいた方が興味深いと思って借りました。

これに加えまして、私はTSUTAYAの通信レンタル会員になっていまして、足掛け3ヶ月で20枚以上のクリスマスCDを借りてダビングしました。

明日からは聴く気にならないでしょうから、何か一枚選びまして、心落ちつく深夜のBGMとして流しながら、読書を楽しみたいと思います。


別にどこにも行かなくても、自分の部屋が時空を越えた世界劇場になります



松原智子「輪廻の旅」展 (愛知県)岡崎信用金庫資料館

師走も押し迫った12月21日、岡崎信用金庫資料館で開催中の『松原智子「輪廻の旅」展』を観に行ってきました。

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誠に風格ある建物です。初めて走る場所ですが、すぐ「ここだ!」と分かりました。


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いつ頃の造築でしょうか?かつての本社屋を展示会場として利用。立派な社会貢献です。


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堂々たる入り口から足を踏み入れていきます。日常から離れたような気持ちになりました。


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『松原智子「輪廻の旅」展』を知らせる表示です。では、中へ足を踏み入れたいと思います。


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高く広々とした空間、気品を感じさせてくれる部屋に、ゆったりと作品が展示されていました。


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「キーン」とか「カーン」とか、擬音を使って表したくなる様な、清澄で崇高な気持ちに誘われます。


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『見えるもの ー 見えないもの』、『形を成すもの ー 成さないもの』、言葉尻だけみると対立的に思われてきますが、これらは現象の捉え方であって、見えるものも目を瞑れば見えなくなるし、形に成らない君の愛は200グラムのサーロインステーキよりも僕を元気にしてくれる筈。
作者は対立と固着する心を戒め、まるで変幻自在にこの世をわたる観世音菩薩の様に、豊かで拡がりある世界にジョインするのをススメてくれているようです。


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この個展全体のタイトルにもなっています「2 輪廻」と題された縦・横1775×3660mmの大作。


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『5 宇宙の森』と題を付けられた作品をを観ている私です。


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〇 これから写真を続けて、作者の思いの現れである作品の数々をご紹介します。


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air pocket 1



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輪廻 2


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                            木兎鳥の庭

〇 ここで作者の松原智子さんから、上の作品について直接頂いた説明を記させて頂きます。
   
      ギャラリーの庭に茶室を作っておりまして、お茶室の中に入りますと時間によってですが、
      隙間からさす光が星のように見える空間が生まれるのです。それを観たときの感動を絵
      にしました。後から搬入しましたのでリスト(※下に掲載)に入っていませんでした。
   
     


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富士星図屏風 4 


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痕跡 3



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輪廻 9



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逆さ満月を望む 7



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花群 14



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乙女椿 13



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輪廻 11


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〇 写真ですから、サイズや材料が分からないと思いますので下に表を写しました。

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1と2の材質が少し見辛いですが、「1 杉 檜 岩絵具 水干」、「2 襖絵 墨 銀箔」です。


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しっかり記念にスタンプも押して、思い出に残る岡崎行の締めくくりとしました。


<付録>  1月に年賀状展を「佐吉大仏」で行いブログで紹介しました。「いまじん」さんからお借りし松原智子さんの年賀状も展示させて頂きました。以下はその時の写真です。

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二点とも松原さんです。ご縁がありますと何か親しみを感じます。来春も行えればと願っております。

ロシアプーチン大統領との交渉に関するネットニュースの一節に思った!

<ネットニュースの一節>

『日本にとってロシアと言えば、第一に「北方領土」であり、次は「石油、天然ガス」である。』

私がピッ!、ピッ!と来たのは、上の一節です。

私にとってロシアと言えば、先ず何と言っても第一にドストエフスキーであり、夏目漱石、谷崎在潤一郎、川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、これで五名になりますが、この五名を併せたより大きいと云って良い存在でした。

よく読んでいるのはドストエフスキー一人ですが、トルストイとチェーホフは少しかじりました。

最近では、音楽のチャイコフスキーとラフマニノフが入りかかり、プロコフィエフは今の所は未定。

話の筋が違うじゃないかと言われるかも知れませんが、政治・経済の関心ばかりではなくて、も少し文化的な面とか歴史的な面に目を向けられないかと思います。

どれ程日本がロシアから文学・芸術方面で恩恵を蒙っているのかを考えますと、北方領土の比ではないのでないかと思います。

だから北方領土は差し上げて良いというのではなくて、多方面にわたる関心があって、本当の繫がりが生じてくると思います。

思えば我が岐阜県出身のピアニスト、上原彩子さんはチャイコフスキーコンクールでピアノ部門でグランプリを受賞しています。
同じくヴァイオリン部門でグランプリを取った諏訪内晶子さんを招聘し、歓迎の演奏会でロシア曲を演奏し、全ロシアに放送したならば、相当受けたのではないかと思います。

日本が科学技術や経済だけの国でもないということを示されたと思います。

残念なことでした。




『家田陽介作品展』を観に行く

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先日、岐阜市金園町のギャラリー「いまじん」で開催中の『家田陽介作品展』を観てきました。


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二階のギャラリーへと続く階段を上っていきますと、私には馴染みの家田陽介さんの作品が出迎えてくれました。


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作家の家田さんとは、ご夫婦共々知り合いで、アットホームな気持ちでお伺いできました。
入ってすぐの「左壁面」と「正面から右壁面」にかけての順で2枚写真を続けます。

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「いまじん」では初個展で今迄の歩みが分かるように、種々な作品を展示されています。
今回は特に、お生まれの美濃市の伝統産業である美濃和紙の材質を活かされた作品が目を惹きました。画の優しいタッチと郷土に対する作者の愛情が重ねって見えてきて、私自身も自分のふるさとや子供時代が思い出されてきて、しみじみとした詩情の世界に誘われました。

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〇「黎明」と名付けられたシリーズの作品を7点続けてご紹介。副タイトルとしてそれぞれ「長良川に初雪」など季節にちなんだ言葉が付せられています。

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黎明・・・林2月


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黎明・・・棚田 春

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黎明・・・長良川 1月


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黎明・・・長良川 早春

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黎明・・・長良川 初雪


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黎明・・・長良川 3月


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その他の作品を。先ず、近年格別情熱を注いでおられるとお聞きした油絵から。

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続きまして、お人柄が偲ばれる・・・

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私が初めて家田さんにお会いしたのは、岐阜県美術館に勤務されている時ですが、今は校長先生をしておられます。悩みを抱えた生徒が、教室に行けなくて保健室登校するという話をよく聞きますが、校長室登校がしたくなるような優しさにみちた絵ですね。

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私が美術館で出会った作品は、上のタイプの作品です。「爽やかですね」と傍にいた方に話しかけたら、偶然にも作者の家田さん。「では、差し上げます」と言われまして、展示してある2点を頂いてしまいました。その内一点を大仏寺のお茶所に飾ってあります。
最後にその作品をご紹介し、ブログを閉じさせて頂きます。

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竹鼻町老人会日帰り旅行

私の地元の竹鼻町全体の老人会で、忘年会を兼ねた日帰り旅行がありました。

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私は上鍋という町内の老人会長で、誰に頼んでも参加して頂けないので、町内を代表して一人参加しました。


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最初の訪問地はトヨタ自動車で、目の前の建物は豊田本社。私達が見学するのは道路を挟んで手前にあるトヨタ記念館です。


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会館の受付嬢達。余りアップで撮るのもあんまりと思いましたので、遠目ですが、皆さん方大変整ったマスクの方ばかりで、明らかに美人を集めていると思いました。世界のトヨタですが、ある種の後進性のようなものを感じました。


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沢山車が並んでおりました。当たり前ですね。


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名前が同じなので、「佐吉大仏」の建立者の佐吉翁とよく間違えられます。この展示会場では、格別豊田佐吉翁にスポットが当てられているわけでなく、気がついた資料は上の写真ぐらいです。

堤家のことを思い浮かべるのですが、一時は世界を代表する金持ちでしたが今は何処へ。わずか2代で終焉を迎えました。それに比すると、豊田家は大したものです。初代の豊田佐吉翁と堤康次郞氏との差を感じます。
上の遺訓を見ても、二宮尊徳翁と記してもそのまま通じるようなもので、これを守る限り、豊田家はこれからも続くと思われます。


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戸外に設置された喫煙所で一服。私の唯一の写真です。


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タバコを吸いながら撮った写真。


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続きまして昼食と宴席は、西尾市のみかわ温泉「海遊亭」。お風呂に入ったのですが剣劇ショーはご無礼して、外を散歩しました。


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光をどう処理して良いか分からないのですが、取り敢えず渥美湾・海の風景写真です。


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最後の立ち寄り場所は「ヤマスイ」さんという海産物店。まぐろの解体ショーの誘われて、お土産にマグロの切り身を買いました。

帰路バスの中でビンゴゲームを楽しみながら、家に着いたのは午後6時半。すっかり夜でした。



江口夜詩記念館と周辺の風景(大垣市上石津町)

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「江口夜詩記念館」は全体として「日本昭和音楽村」と言う施設の中にあります。


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これは記念館の出入り口から写したものです。


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向こうの方には養老山脈が連なっています。


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記念館の右隣にレストランが設置されています。更にその奥に建物が見えています。


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コテージと呼ばれていて、音楽練習をする人たちが合宿できる様になっているのだと思います。


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瀟洒な四阿が作られていて、私は此処で一服しました。


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四阿の前から人造湖の方を撮りました。四季折々大変美しい処だと思いました。




江口夜詩記念館(大垣市上石津町)のコンサートに行って驚いたこと

フェイスブックでお友達になっているジャズ歌手の福田美代子さんが、大垣市上石津町の「江口夜詩記念館」のコンサートに出演されると知って、出かけて行きました。

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こちらがそのホール。ヤマハが直接手がけていて、大変音響が良いことで知られています。


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中に入りますとこうなっています。左手半円形の切り込みがホールへの入り口になっています。


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会場です。大体300人ぐらいの定員でしょうか。


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こちらの方がお目当ての福田美代子さん。ずいぶん年の差がありますが、私と同じ高校卒で、会う度に先輩、先輩と言われて結構照れます。


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彼女はMCも担当しています。大垣市の文化活動の、若手ではリーダー格だと思います。


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白い壁に、来演された方のサイン入り色紙が展示してありました。これ見てビックリ!左手から。


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千住真理子さん。有名度では日本一と言ってよいヴァイオリニストですね。


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五島みどりさん。思わずのけぞりました。上石津町は2006年に大垣市に併合されましたが、それまでは養老郡。三重県境の山里で、農家の庭先にはイノシシ退治に猟銃が置いてあると聞いていました。江口夜詩記念館の建設費もそうですが、どこに千住真理子さんや五島みどりさんを招聘する資金があったのか??
そもそも聴きに来る人が何人いたのやら。続きまして。


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村地香織さん。クラシックギターで一番最初に名前が浮かんでくる人、或いは唯一の方。


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寄せ書きですが中心人物は寺井尚子さん。私はレンタルしてダビング専門ですが、一時一番沢山持っていたのがジャズヴァイオリニストの寺井尚子さん。


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川井郁子さん。ギタリストの村地さんを挟んで、日本のヴァイオリニストの有名な順に上から4人選んだと言ってよい位のラインアップに、魂消た感じになりました。


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ジャズピアニストの山中千尋さん。この方のCDも持って、帰りの車の中で聴いていきました。


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反対の壁に掛かっていたジャズトランペットの大野俊三さん(左)とヴァイオリニストの辻彩奈さん(右)、辻彩奈さんは若手でこれからの人ですね。
この隣にマイク眞木さんという懐かしい方の色紙がありましたが、撮るのを忘れました。


今日はここまでとします。明日は周辺の建物や景色などをご紹介します。



カルビニズムは何故近代資本主義を生み出したのか?

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写真の本は日本を代表する二人の社会学者のキリスト教を巡る対談で、示唆に富んだ数多くの考察が述べられていて、知的にスリリングな本です。
ご関心ある方は是非読んで欲しいのですが、このブログではその中で語られているカルビニズムと資本主義の関係について、私なりの意見を述べてみようとする試みです。

この本において先ず、カルビニズムが要約され、次にマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に記されている、カルビニズムが近代資本主義を生み出したとする、マックス・ヴェーバーの説が紹介されます。

此処までをかいつまみますと・・・。

カルビニズムはプロテスタントの一派ですが、神についての究極的な考え方をとります。

それは、「根本にあるのは神様は絶対という考え方で、救うの救われないのということは、神様が予め決めてしまっていて、人間ごときが何を努めようが、また何をしないとしても、神様の決定に影響を及ぼすようなことはあり得ない」ということで、これを予定説と言います。

《勤勉VS怠惰》という対立軸において、この考え方に適用しますと・・・

神様が地獄行きと決めていたら、どれ程勤勉に働いても地獄行きなので、怠惰の方が良い。
神様が天国行きと決めていたら、どれ程遊びまくっていても天国行きなので、働くだけ損。
と、論理的にはなるはずで、なぜこれが職業を天職として勤勉を美徳とする資本主義を生み出したのか分からない。

そこで著者の一人、橋爪大三郎氏によるマックスヴェーバーの解説では・・・

『どこに秘密があるのかというと、自分はこのゲームからはみ出していることを証明したい。

地上の自分の利益を考えて行動すると、自堕落に暮らすことが支配戦略(優先される考え方)になる。

そういう状況で、もし勤勉に働いている人がいたら、それは神の恩寵によってそうなっているのです。

勤勉に働くことは、神の命じた、隣人愛の実践である。

この状況で、勤勉なことは、神の恩寵の表れです。

となると、自分が神の恩寵を受けていると確信したければ、毎日勤勉に働くしかない。』


この説明を読んで成る程と思えたら凄い頭。私は何度も読んで考えていますが分からない。

全てが神によって決められているのならば、労働意欲を持つこと自体も、神の差配によって生まれた時には決められてしまっている。働けば傍を楽に出来て、聖書で説かれている隣人愛の実践につながるので、労働意欲を持っている人は神によって選ばれている人だ、という論理展開までは理解できます。

だからといって、神の恩寵を受けていると確信するために、毎日勤勉に働くのでは、人間としての作為性が入るので、矛盾が生じます。


私だったら、こんなアクロバティックな論理展開などせず、もっと自然に考えます。

私が思うに、マックス・ヴェーバーはキリスト教徒で、プロテスタンティズムを称楊したいから、どうしてもプロテスタントであることに積極的な理由を見出そうとして、上のような論理を組み立てたのでないかと推測します。
仏教愛好家の私はキリスト教に義理立てる必要はありませんのでここは自由です。

人間は欲のかたまりです。大抵の人にとっては、その欲の一つ一つを成就することに幸せを感じるものです。

それではいけないので、「断捨離」という流行の言葉でも知られるように、仏教は煩悩を戒めていますし、キリスト教も、恐らくイスラム教も強欲を制御する教義とか戒律を含んでいると思います。

処が、カルビニズムによって、現世での行いと神による救済の有無とは無関係と言うことになれば、神の裁きを怖れて、無心無欲や質素倹約に努めなければならない制約から自由になれます。
あの世のことなど分からなければ、今の仕事を天職と捉え、現世に全力を傾注する以外無い。

例えば、隣人愛の実践として利子を取ることを禁じられていたならば、もうそんな気遣いをする必要はなく、大いに利子を取って金持ちになればよろしくなります。

好き勝手に自堕落に暮らしていたら、今の日本で言えばフリーター、更にニートに、最後にはホームレスに堕ちてしまうでしょう。
もっと遙かに生存環境が厳しかった17,8世紀のアメリカ合衆国ではなおさらのことです。

ですから、決して橋爪大三郎(マックスヴェーバー?)氏の言うように、支配戦略は自堕落に暮らすことではなく、自力で幸福を追求することで、その内容として考えられることは現世主義、効率主義、快楽の肯定と言ったことになるでしょう。
望むべき考えとしては独立独歩、自立の精神( Self-reliance )が自ずから生まれてきます。

私見でした。

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