佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

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2017年07月

大仏児童公園 夏の草花

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女房始め町内の数人のご婦人方で「大仏児童公園花壇作り会」を結成して頑張ってみえます。


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以前は私がやっていたのですが、ギブアップしましたら女性陣が出てきまして、かくなりました。


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私の時とは格段の進歩で、女性の力は大したものだと思います。


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久しぶりの草花の写真でした。



「般若心経」について

「般若心経」は日本仏教の中で一番よく知られたお経で、その精神を分かりやすく《か・こ・と》と説明しています。

《か・こ・と》とは「かたよらない」、「こだわらない」、「とらわれない」の頭文字を並べたもので、この三つの気持ちを忘れないようにしようということです。

私はもう少し中味に立ち入って、私の捉える「般若心経」について説明していきたいと思います。

「般若心経」は全部で262文字、お経としては大変短いものですが、その構成はお釈迦様が弟子たちの中でも知恵第一と称されている舎利子に対して、観自在菩薩がどのような心境に到達して、一切の苦厄から解放されたのかを説いたものです。

観自在菩薩は日頃の仏教では余り聞き慣れない菩薩名ですが、元のインドに辿りますと、観世音菩薩、略して観音様と同じで、中国語に訳されるときに二通りに訳されただけのことです。
ですから、ここからは観音様という親しんでいる名前で説明していこうと思います。

「般若心経」は大乗仏典ですから、お釈迦様の没後数世紀後に現れたものと思われますので、実際にお釈迦様が言われたわけではありませんが、仏典の多くはお釈迦様に仮託して、弟子たちにお釈迦様がこう説かれたという形式で書かれています。
「では本当はどなのか?」というような堅いことは言わずに、そのままに受け取りたいと思います。

さて、私は「般若心経」を詠んでいまして、舎利子という方が気になってきました。

仏教は社会的役割をほっぽらかして、ひたすら瞑想に耽る様な宗教ですから、当然出家者は知識人や思想家の集まりです。

舎利子はその中でも知恵第一であることにおいて衆目が一致しているような方ですから、今で言えば東京大学の学長とかノーベル賞を貰うような大変な知識人であるわけです。
別の言い方をすれば動く百科事典・六法全書と言えるような人です。

その彼に対して、平たく言えば、「そう知識ばかりに惑わされず、少し頭の中を空っぽにしたらどうか!」と言われたことが、『色即是空』という言葉で表されていることであると思います。

煩瑣な教理上の解釈はその類の本に任せておきまして、私の一番言いたいことは、お釈迦様の法を説く相手が私であったら、或いは、我が女房であったら、舎利子に対して言われたことと同じ様に言われたのか疑問に感じると言うことです。

「仏は人を見て法を説く」と言います。私はそれなりに本を読んでいますが、気の向くままに適当に読んでいるだけです。体系的・学術的・専門的なものは何も持っていません。私の女房はテレビは非常によく見ていますが、本など読んでいるところを見たことがありません。

場合によれば、舎利子に対して云われたこととは逆に、もう少し勉強してみたらどうかと言われるかもしれません。

そのように私が思う一つの根拠があります。

「般若心経」は観音様についてのお経であるとは、この文の最初に述べました。「般若心経」は短いものですから、観音様について総合的なことがよく分かりませんが、幸いなことに「観音経」という観音様について書かれた比較的長いお経があって、それを詠むと観音様の事がよく分かります。

私は何度もくり返し「観音経」を詠んで、観音様の一番根幹としてあるのは、次の章句であると感じています。

真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈悲観

これは人や物事を観るとき、判断と言うことでしょうが、の心構えについて述べられているものです。

当然真っ直ぐで正直なものの見方をすべきでしょうし、よこしまな気持ちや欲張りな気持ちで世間に向かってはいけないわけです。三句目ですが、当然慈悲の心、要するに思いやりの心を持って世の中に対処しなければいけないことは言うまでもないことです。

引用から分かりますように、真ん中に「広大智慧観」という文句が入っています。やはり相手のことや世の中のことを知るには相当な知識が必要であるということです。

知識と智慧は違いましょうが、広大な智慧を働かせるには、それに見合う広大な知識が必要で、それを世の中に役立たせるようにうまく活用できるのが智慧です。

観音様は広大智慧観の体得者です。

ここで「般若心経」に戻りたいと思います。

お釈迦様は決して舎利子を否定しているのでは無く、舎利子の広大な知識は前提として、その運用について、知識にとらわれすぎて自由な発想が出来ていないと仰っています。

謂わば、医者が患者の話をろくすっぽうも聞こうとせずに、戸棚から分厚い医学書や薬学事典を取り出して、この中に適正な処方があるはずで有ると必死に調べるようなことをしているとお釈迦様は指摘しているわけであります。

それでは観音様のような名医には成れません。本を一回捨てて、白紙な心で患者に向かいなさい、ということです。

これが私の考える「色即是空」の意味です。

「般若心経」を「救いの経典」と読もうとすれば<か・こ・との心>が抽出されますが、<観音様への道>が記されていると捉えますと「か・こ・との心」では済まされないものが出て来ると思います。

最後に、気休め的になるのかも知れませんが、「仏は人を見て法を説く」の「人」とは自分自身に他なりませんので、自分の状況を見据えながら文言を解釈するのが一番大切なことで、そうあって生命を前向きに捉える事に繫がります。

仏教はニヒリズムに陥るためにあるわけで有りません。


「楽書会」展示リニューアル

地元のお絵かきグループ「楽書会」の佐吉大仏の堂内展示がリニューアルされました。
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スッカリ夏の装いです。もっと近寄って見ていきましょう。


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先生が板をつくってその上に紙を貼り、作品を載せてから夏らしくポイントを書かれています。


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四角いのは葉書ですが、長細い円形は朴葉の葉の上に絵を書いたものです。


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こんにちわ ありがとう 夏一番に咲いた花


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暑いからこそおいしい 食べてがんばろう


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お久しぶり なつかしさ一杯で 暑さがふっとぶ しわの数だけ幸せ  下線部が一番人気


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写真を撮っていましたらやはり気になるのか、会員の方が見にみえました。


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百円ショップで買った板に布を巻いた手製の額、大変オシャレで素敵ですね。


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ちょっと傾向の違う作品、私の推薦、 先生の作品でないかしらとの話。


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夢のまた夢が目の前に現れようとしています。どんな夢でしょうか?

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健康トマトのお薦め、私の女房が好きそうな作品です。


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仲間の作品をいつまでも見ておられました。良い勉強会になったと思います。

皆様も見に来て下さい。




今朝の出来事:さわやか体操と団体参拝

過日行った「チャレンジデー2017」の続きで、月に一遍さわやか体操を行うことになりました。

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先ずはラジオ体操第一、朝から熱い陽ざしで私などこれでグロッキーです。


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引き続きまして会場の青山スクエアを羽島市に寄贈された青山馥氏の奥さんのるみさんが考案した「歌声チャチャチャ体操」。こちらの方は割と楽で年寄り向けです。


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参加者にお駄賃の「美里のごはん」が頂けます。青山馥氏の提供です。私の女房が手渡しております。写っているのは近所の知っている方ばかりであります。


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「美里のごはん」。30個入りケースの三箱目ですから、70名ほど参加されたことになります。次回は9月3日の朝8時からで所要時間は15分です。近くの方は参加して下さい。


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汗びっしょりで寛いでおりましたら、玄関ピンポンと鳴り、介護施設の「あいかわ」さんの2回目の団体参拝。「さわやか体操」で頭が一杯ですっかり忘れておりました。慌ててお迎えの準備。

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今回は車イス使用の方が多くて、お堂の中も一杯になりました。しかし、床はフラットでなめらかですので、車イスご使用の方でもスムーズに動き回れます。ぜひお越しいただきたいと思います。


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今回は職員の方お一人に代表して大仏胎内に入って頂きました。
縦に写すと中々高さがあり、慣れないと恐いものです。


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ご参拝有り難う御座いました。またのお越しをお待ちしております。



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