佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

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2019年03月

岐阜新聞「素描」4と5

暫くブログにアクセスできない状態で更新が滞っていました。

別に壊れた訳でなく、操作方法を知らなかっただけなんですが、甥っ子に教えてもらい、再びアクセスできるようになりました。

取り敢えず今回は佐吉翁について岐阜新聞で書いているエッセイの2回分をまとめて掲載したいと思います。ご一読お願いします。

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岐阜新聞「素描」その3

本日、岐阜新聞のコラム「素描」に掲載している佐吉翁のお話しの第3回が出ました。

今回は戦前の国定教科書「修身」に載せられている話で、「恩を忘れるな」というタイトルがついています。

内容は読んで頂ければお分かりになると思います。

ところで私は修身六学年分全てを手元に持っていますので、サッと目を通しますと、岐阜県出身者で採り上げられている人物は、佐吉翁の他には春日局一人です。

春日局は昔、大原麗子主演でNHKの大河ドラマで採り上げられましたのでご存じの方も多いと思います。今の岐阜県揖斐郡春日村の出身から春日局という呼称が付けられました。

「規則を守れ」というタイトルで、春日局の話が載せられています。

ただ岐阜県出身と言いましても、春日局は中央で活躍された方で、岐阜県と結びつけられることは少ないと思います。私も最近知っただけです。

その点佐吉翁は美濃聖人と言われ散るくらいですから地元直結です。そういう意味でもう少し関心を持って頂きたいと地元にお願いしていますが、中々難しいのが現状です。

岐阜新聞には本当に感謝しています。


素描第3回 (2)

「東南アジア青年の船の思い出3」:ジャカルタまで

「東南アジア青年の船」というのは、当時のASEAN5カ国(インドネシア・タイ・フィリッピン・マレーシア・シンガポール)と日本の30歳以下の青年男女各30名ずつ、総合計360人の若者が船旅をしながら各国を廻り、国際親善を図ることを目的としています。

最初の集合場所がインドネシアのジャカルタでした。ジャカルタまで船で一週間近く、ほとんど何もすることが無くて、ひたすら食べて、飲める人は飲んでの、時間つぶしの毎日でした。

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実は国際親善を真剣に考えているような団員は殆どいなくて、贅沢な船旅を無料で楽しむことを目的としていましたので、ジャカルタが近づくと、ずっとこのまま続けば良いなぁと口に出して言う団員もいました。
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私の場合、英会話が全然ダメでしたので、どうなることやらと心配でした。

団員はエリートと言うほどでもないのですが、それなりの大学出身者・在籍者ばかりで、気後れもありました。そういうことを苦にする当たり、私も学歴意識に染まっていたのかも知れません。

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船長さんのお話。二列目で腕を組んで斜に構えたようにしているのが私。生意気盛りの年頃でありました。



岐阜新聞「素描」その2

今回は「永田佐吉を知っていますか」をタイトルに、佐吉翁が戦前は学校教育の徳育の中心であったことを述べています。

特に地元の岐阜県ではスゴいもので、いろいろ調べてみて私自身が驚いています。

是非お読みください。

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「東南アジア青年の船の思い出」その2

◎ 「私は特に行きたい訳でなかった」


ある夜校長から電話がかかってきまして自宅へ来いと言われました。

そこで「東南アジア青年の船」の団員に推薦したという話を聞きました。

私は何のことやらさっぱり分かりませんでした。

これは、総理府の主催で国際親善の催しがイロイロあってその内の一つですが、県ごとに公募して、県代表が全国で試験をして決まります。

実は全国試験は形式で、県代表になることで事実上決定します。岐阜県はこの制度を英語教員の研修に利用していて、要するに英会話の実施訓練をしてこいと言うのが県の狙いでした。

私は英語が苦手の英語教員でしたが、格別英会話が出来なくて劣等感を持っていました。なのでこの話を聞いた時、嬉しいなんて全然思わず、頭を抱えてしまいました。

試験はトミー植松という当時英会話に関心のある人なら誰でも知っている人が担当していました。

英会話の前に筆記試験があり、私の成績は大変良くて誉めて頂きました。

It's my businessと答えたのを覚えています。会話が出来たのはそこまでで後は口ごもるだけで何にも言えませんでした。

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上のアルバムは晴海埠頭での見送りに来た父と妻の写真です。

父は随分じじぃだと思っていましたが、思えば今の私より10歳も年若い頃で、壮年と呼んでも差し支えないくらいでした。

女房の方は私が思っていたより美人のように感じましたですが、今更ということですネ。

今日はここまでです。



東南アジア青年の船の思い出1

私は面倒くさがりですから、旅行は嫌いです。国内旅行でも億劫ですから外国旅行などしたくありません。

ということで外国旅行は27歳の時総理府主催の「東南アジア青年の船」の団員として当時のASEAN5カ国を「日本丸」で旅した一回こっきりです。

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その思い出を今更書くのは、単にブログの穴埋めに過ぎません。読む価値などありません。書く私も気が乗りませんが、それを敢えて書くのは、(つけもの)さんという方から何でもよいのでブログを続けよとコメントされたからです。

書く材料が無いと反論したのですが、今度は(かんのん)さんという方から、加茂高の教員時代に行った東南アジア青年の船を書いたらどうかと言う提案があり、うかつにも「分かりました」と返信してしまったが故に、「東南アジア青年の船の思い出」というタイトルで書くことになりました。

孤独な身の私に取りましては、お二人の方のコメントは乾土の慈雨ですから、到底無視し得ないのであります。

あくまで目的はブログの空白期間の穴埋めですから、早く終わっては意味をなしえませんので、20回ぐらいだらだらと綴っていこうと思います。

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我が家からの旅立ちですね。1977年9月23日と記載。

右下の写真で、中央に並んで立っている一組の男女の女性の方は、年賀状のやりとりがあって、家族写真が載せられていますので、今のお姿も分かります。

男の方は私でございますが、こちらは隠しようもありません。

取り敢えず今日は出だしと言うことで。





本日のボウリングの成績

岐阜市茜部のボウリング場「ACグランド」は午前中の受け付けですと、10ゲーム1300円で出来ます。

大変お値打ちですからしばしば利用します。

写真は本日の成績表で、二枚ある内の後半4ゲームの成績が記されています。

9ゲーム目には225点、会心のゲームで華丸であります。

ボウリング成績3月4日 (2)

10ゲームトータル1569点、アベレージ156点で大したことないのですが、時々よいスコアが出ますから止められません。

始めた頃はスペアが出ますとヤッタァー!という感じで、ストライクは臨時ボーナスの様なものですが、段々点数が上がってきますと、悪くてもスペアは取りたいという風に気持ちが変わってきます。

その内シニアを対象としたボウリング大会に出てみようかなと思っています。


定義:凡人は非凡な人より素晴らしい

非凡と言う以上は、少しぐらい優れている程度では言いません。他に隔絶した能力や業績があってこそ、「あの人は非凡である」と評価されるのでないかと思います。

であるとすると、割合としては千人か一万人に一人ぐらいの率でないでしょうか。

さて、私が「凡人より非凡な人の方が素晴らしい」と定義づける論拠を述べさせて頂きます。

普通は理由があって結論が出てくると思います。しかし、この場合は逆です。先ず始めに「凡人は非凡な人より素晴らしい」という結論がありまして、後からその理由付けを考えるという作業をしなければなりません。

ですからこのブログを書いている今の今も、説得力のある理由をうまく拵えられるか、かなり半信半疑でおります。

加えて思いますに、理由付けというのは謂わば白黒分かれて行うディベート合戦のようなもので、言葉遊びの類いのような気もしています。

むしろ私が凡人の側を選択した理由を述べる方が適切だと思いますし、その中に本質的な答えも含まれているような気がしています。

私が何故凡人の側を選んだのかと言いますと、先ず第一に、私が他ならない凡人だからです。

68歳になった今更、自分に対してひっくり返ったような夢を描いて、他人に優越することばかり求めていても、無理という以外有りません。

それよりも、「凡人である方が非凡人より良い」と定義した方が、心安らかですし、自分なりのレヴェルで自分を活かすことも出来ると思います。

これが第一。先ず自分をありのままに受け入れることが肝心です。

もう一つ理由があります。非凡人は多く見積もっても千人に一人です。世間ではその一人が異常に褒め称えられて誠に世の中不公平です。

仏教と関わって思うことは、そんな千人に一人のことよりも、その他大勢の999人が納得して満足できる考え方を提示していくことがもっと大切ということです。

その他大勢も個別に能力を発揮できれば非凡かと言いますと、仮に全員が非凡な能力を発揮したら、その非凡人は普通並みになりますから、やはり世の中の大多数は凡人です。

スマップに「世界に一つだけの花」という大ヒット曲がありますが、これもどちらかと言えば非凡の方にウエイトを置いた内容です。

「ミンナと同じ」と「ミンナと違う」のどちらが良いのか、言葉の綾のようなものですが、「同じ」が「違う」よりもイイという見方も出来ます。大勢の人と同じというのは、人間として一番の大通りを歩んでいますので、こんな良いことはないと言えないこともありません。

大変理屈っぽくなりました。仏教も元はめちゃくちゃ理屈っぽい宗教で、私にピッタリです。

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さて、ここから凡人の方が非凡人より優れている理由付けです。

私は教員をやっている35年間慢性的なノイローゼ状態で生活をゆったりと楽しむことが出来ませんでした。

夏休みに家族旅行に言っても、二学期からの授業が心配で、景色など上の空でした。実に勿体ない時間の過ごし方をしたなぁと悔やまれますが、過ぎた時間を悔やんでも仕方がありません。

今は年金と幾ばくかの貯金を下ろしながらカツカツの生活をしていますが、時間を豊かに楽しむことが一番大切だと思っていますので、仕事など決してしたくありません。

退職してから色々な人との繋がりが生じて、美術展に行ったりジャズやクラシックのコンサートに行ったりするようになりました。

そこでいつも思うことは、自分が楽しむことが出来るのは、自分が凡人だからに他ならないということです。

つまり、優れたものに接した方が当然楽しいですし時間も有効に活用できたと言える訳ですから、凡人であればあるほど、理屈の上からは、廻りが優れものばかりになり、楽しむことが出来る材料になります。

要は人生の目標は楽しむことで、色々なものを豊かに、且つ自分勝手に、適当に、味わうためには、凡人である方が都合が良いと結論づけられます。



何も書くことがない。

時々コメントを頂くつけものさんから、私のブログを読んでいる人がいるから、何でも良いので書けというコメントをもらいました。

先ずは深く御礼申し上げたいと思います。

私は人生振り返りまして、廻りの方の期待に応じて動くというのが基本的行動パターンでありまして、何もなければブログも続けられません。

好きなことなら続けられるのですが、今夢中のボウリングでも、昔嵌まったテレビゲームも、勿論読書も、全て一人で行えることです。

好きなことで今チョット思いついたのですが、色恋はどうか?これには相手が要りますが、その替わり公に書くことは許されません。

そこで本題ですが、いざ書こうとしても特段書くべき事は何もありません。

ブログを一生懸命書いたのは始めの間だけで、種が尽きてしまいました。

自分並びに他人に対する愚痴や批評・批判ならいくらでも思いつきますが、そういうことを書いてどうするのかという気がしています。

『物言えば唇寒し秋の風』、『言わぬが花』がイイのだ・・・と言って既に愚痴ごとに堕しております。

しかしマァ万一期待してみえる方がおられるのでしたら、内容のリクエストや質問等をして下さいませ。

あたうる限り誠意を持ってお答えするつもりであります。


岐阜新聞「素描」欄の記事その1

岐阜県の地方紙「岐阜新聞」に「素描」という連載コラムがあります。

県内の色々な方が二月ごとに入れ替わりながら執筆していきます。

大変有り難いことですが、この3・4月の金曜日は私が担当させて頂くことになりました。

私が書くことは「佐吉大仏」と建立者の永田佐吉翁に決まっていますので、担当9回分全てそのお話であります。

岐阜県以外の方は眼にすることは難しいと思いますので、私の欄のみこのブログにも転載さてて頂きます。ご一読賜れば嬉しく存じます。

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