代々祭りは、竹鼻町の家や商店が代々続くことを願って江戸時代から始められた祭りです。
中心となる15町内で実施されていました。商店街を南北2つに分けまして、7月1日と15日に行うようになっていました。


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これは私の所です。左に赤い提灯が見えますが、私の町内(上鍋)の秋葉神社です。


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各戸毎に笹竹に赤い提灯を点けるのが習わしでしたが、商店街の方にでると殆ど提灯など見当たりませんでした。


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かろうじて催し物会場に点けられているぐらいですが、ホンの数年前までは色々な人が参加して盛大に歌や踊りの披露をしていました。


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それはそうでしょうね。仮に中で住んでいても、店終いした店主が祝う気にはならないでしょう。
我が町竹鼻の衰退を最も良く象徴した代々祭りでした。


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私の代々祭りの思い出と言えば「みそぎ団子」に尽きます。これは代々祭りの日だけに限定してお饅頭屋さんが一斉に売り出す団子です。
あんこの入ったお餅に、さらに砂糖のタップリ入った赤味噌をつけて炭火で焼きます。
それはお雑煮と同じ様に縁起物として、近隣の村からも買いに来て、評判のお店では列をなして買っていきました。

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とりわけ評判の高かったお店は「大仏百科堂」です。昔は饅頭屋さんは町内毎にあったくらいですが、他所の町内からも次々お客が集まってきて、肩身が狭いくらいであったのです。

「大仏百科堂」とは、我が家と棟続きにあったお店で、戦争で疎開してきた伯父が開いたお店です。昔は永田薬局だったのですが、歯科医をしていた祖父の死と共に店は開けなくなり、一家の主とも言うべき祖母は家の一部を提供して、みすぎを図らねばならなかったのです。

さてこの代々祭りの時は大変で、朝から団子をホセに刺す作業が人手が足らず、私より年長の4人の従姉だけでは追いつかず、まだ小学生の私まで手伝いに借りに出されました。

いくら売れても単価が知れてますので、今から思えば大した事はないのですが、ざくざくざくざくとお金が入っている感じで、急にお金持ちになったような気がしたものです。

「大仏百科堂」は他店よりもチョット贅沢な砂糖を使っていて、私も比べてみて、他所は味気ないような気がしました。

プーンと店中に漂う味噌の焼ける香ばしい味、車座になりながらワイワイがやがやと、一日中団子にホセを刺していく作業。
商店にとって店が繁盛するのが何よりの生き甲斐であり、お祭りでもあったと思います。

半世紀以上の昔ですね。親戚がいて祖母がいて、年ごとにネオンサインが増えていき、竹鼻は活気に燃えていました。
私の原点の全てが、竹鼻にあったと痛感した今年の代々祭りでした。