8月19日中日新聞夕刊の一面に野口雨情さんの記事が大きく載せられました。

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起(おこし)というのは、木曽川を挟んで羽島市の向こうにある愛知県一宮市の町の名前です。

雨情さんと言えば佐吉翁の歌も作ってみえます。
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数年前になります、市内の某小学校が見学に来ました。私は一寸鼻高々に「雨情さんが歌を作ってみえるほど、佐吉さんは立派な人ですよ!」と説明しました。
小学生は知らなくても普通でしょうが、引率されていた先生数名一人も雨情さんの名前を知りませんでした。「皆さん、シャボン玉の歌は知っていますか?」と訊いたら、全員「ハーイ」と答えました。

優れた先人が忘れ去られていく現状を嘆いていても仕方がありませんので、雨情さんよりももっと忘れられているに違いない柳原白蓮女史と並べて説明パネルを作りました。

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白蓮さんはテレビドラマの「花子とアン」で大ブレークで、作った甲斐があったのですが、今回は雨情さんの記事で、二人とも蘇ってきた様で嬉しい限りです。雨情さんのパネルを拡大します。


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引用した歌詞は「旅三章」の一つで、雨情さんの中でも傑作とされています。
私の近所に雨情さんの直筆の色紙を持ってみえる方がおられます。パネルの中の羽島高等女学校の初代の校長先生の娘さんです。娘さんと言いましても、御年90近くなられるのですが。


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『竹が鼻小唄』は詩集「波浮の港」に掲載されている歌詞です。少し見難いですが雨情さんの原注で「竹が鼻は美濃の国にあり、仏佐吉の出生地なり」とあります。それだけで全国に分かったわけですから、当時の佐吉翁の名声は日本中に拡がっていたのです。
又『飛んで行きたや翼(はね)欲しや ・・・  せめて雀の翼欲しや』の文言に、雨情の佐吉翁を慕う気持ちが大変良く籠められているのでないかと思われます。