◎ 「私は特に行きたい訳でなかった」


ある夜校長から電話がかかってきまして自宅へ来いと言われました。

そこで「東南アジア青年の船」の団員に推薦したという話を聞きました。

私は何のことやらさっぱり分かりませんでした。

これは、総理府の主催で国際親善の催しがイロイロあってその内の一つですが、県ごとに公募して、県代表が全国で試験をして決まります。

実は全国試験は形式で、県代表になることで事実上決定します。岐阜県はこの制度を英語教員の研修に利用していて、要するに英会話の実施訓練をしてこいと言うのが県の狙いでした。

私は英語が苦手の英語教員でしたが、格別英会話が出来なくて劣等感を持っていました。なのでこの話を聞いた時、嬉しいなんて全然思わず、頭を抱えてしまいました。

試験はトミー植松という当時英会話に関心のある人なら誰でも知っている人が担当していました。

英会話の前に筆記試験があり、私の成績は大変良くて誉めて頂きました。

It's my businessと答えたのを覚えています。会話が出来たのはそこまでで後は口ごもるだけで何にも言えませんでした。

seas3 (2)

上のアルバムは晴海埠頭での見送りに来た父と妻の写真です。

父は随分じじぃだと思っていましたが、思えば今の私より10歳も年若い頃で、壮年と呼んでも差し支えないくらいでした。

女房の方は私が思っていたより美人のように感じましたですが、今更ということですネ。

今日はここまでです。