「宇宙」をテーマにした、この素晴らしい展示会の、Part Ⅱをアップさせて頂きます。

1 「いまじん」のドアを開けて

ふたりの宇宙展1 (2)



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「いまじん」のドアを開け、一歩中に足を踏み入れると、そこはアナザーワールド。


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テーブルに向かって座り、私はお茶をいただきながら、贅沢な気分で左手の棚に並んだ小品に目をやりました。


2 作品を鑑賞しながら展示テーマの「宇宙」について考える

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上の二段には洋画家の渡辺由紀子さんの作品が展示されています。


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下段に置かれている書芸術作家の臼井千里さんの作品からも2作選んで。

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いずれも大変印象に残る作品ですが、言葉でどう説明してよいのか見当がつきません。

テーマとなっている「宇宙」とどう結びつけてよいのだろうか?

上の作品には「小宇宙」というタイトルが付けられているので、その言葉を手がかりに。


「小宇宙」とは何か?・・・宇宙をドンドンドンドン小さくしていく、

地球があって、日本があって、ふる里があり、自分の家があって、

と考えて行くと、辿りついた先に自分自身がある。

このように考えることが許されるのであれば、自分自身を描くことが

同時に「宇宙」を描くことと言える。


また、次の様に考えることも出来るかも知れない。


私たちは宇宙というと、夜空に天体を見上げるような「大宇宙」を考えて

しまうが、宇宙は様々な構成要素から成り立っているのであるから、

眼にするものの一つ一つが宇宙をなしている一つ一つだと言うことも出来る。

すると、月や星が宇宙を象徴するものであると同様に、目の前に置いてある

リンゴも宇宙の一要素と捉えてみることも出来るのである。



3 ユニークな臼井千里さんの作品


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「Love」と書かれておりますが、面白いですネ、としか言いようがありません

以前名古屋の「中日書道展」でハングルを書にしたものを見て、書道は「漢字とひらがな限定」と考えることはないと思いました。

臼井さんはアメリカでも展示会を開いてみえます。書の世界をまさに全世界に開かれようと努めておられるものと、感服申し上げます。


4 渡辺由紀子さんのエネルギー迸る作品を見て

ふたりの宇宙展3 (2)



ふたりの宇宙展6 (2)



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渡辺さんの作品からは、迸る様なエネルギーを感じます。岡本太郎さんの様な「芸術は爆発だぁ!」という雰囲気の方かなと内心不安でしたが、ご挨拶させて頂くと、温厚で控えめな方でホッとしました。

絵から受ける感じと、お話しして受ける感じの違いということから、思い出したことがありましたので記させて頂きます。

江藤淳の文芸評論『作家は行動する』に書いてあったことです。

「作家は行動する」と言いますと、直接デモに参加する様なことを思い浮かべますが、江藤淳の言うことはその反対で、「作家は現実の行動を断念した時から作家としての行動が始まる。その行動の軌跡が文体である。」 ※文体=その作家独自の個性を有した文章表現 

絵描きとしての行動は当然キャンバスの上で行われ、政治活動や家庭生活等で思いの昇華が出来てしまえば、あえて作品に自分の思いをぶつける必要はないことは、絵も文学も同じ事かなぁと思ったことでした。

ということで、絵から受ける雰囲気とそれを描いた画家から受ける雰囲気が違っても、根本的な矛盾ではないと思いました。

渡辺さんの事は何も分からず、失礼なことを書いているのかも知れませんが、絵についての専門知識が皆無なので、他分野の読書を手がかりに思いを記していく他ありませんので、どうぞご勘弁下さい。


5 臼井千里さんの作品その2 心の中の世界

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臼井千里2 (5)


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心の中の世界は目に見えません。目に見えない世界を目に見える絵で表そうとするのは理科的には無理な話で、具象画なら本物そっくりとか、ここがデフォルメされているとか言えますが、心の中では確かめようがありません。

そこを敢えて確かめようとするならば、一端目でも瞑って自分の心の内を探ってみて、こう言うものかなぁと共感してみるほか有りません。

そういうことで一番最後に紹介した部分の写真が、私としては最もこの辺りかなと思ったことです。

一つ上の写真と比べてみて、自分の心は真っ黒という訳ではないなぁ、と多少の違和感を感じ、更にその上の緑青が浮いた絵は、作品としては魅惑的ですが、私自身は魅惑から遠い人間ですから、私の人生、色は無かったなぁ、という感慨に到りました英語では。英語では単調をMonotonousと言います。 My life is monotonous itself.と言った所。(←他人が私をどう思うかはまた別で、あくまで自分で自分を見てのお話しですから)

しかし心も宇宙と同じで、一定不変で固定的なものでなくて、絶えず生々流転を繰り返していますので、作品の中に自分に無かった色を発見して、少しは自分に彩りを感じられる時も来るやも知れませんネ



6 最後に

最後にいい訳ですが、私は美術は子どもの頃からずっと苦手意識が強く、専門的な美術の見方がよく分かりません。
無い智恵を振り絞って書いたのが以上で、常識とか専門がないので、却って私なりの感想を勝手気ままに書ける訳です。どうか適当に読み捨てて下さいませ🙇

とは言え、自分流で行くより仕方がない歳になってしまいました。

岐阜新聞で載せられていました展示会の新聞記事も転写しておきましたので、此方の方もお読み下さって、バランスを取って頂きます様にお願いします。

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