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『異邦人』は原題には「旅人」という意味があり、こちらの方が分かり易いと思います。

「旅人」というと、その地に根付いていなくて、あたりは知らない人ばかりだと言えます。

現代人は共同体意識がなくなり、自分の家でも旅人のような気になる事があります。新しく流入したような場合、いつまで経ってもよそ者扱いされて。ホテル住まいも同じでないかと思われる事もあると思います。

では家族の中ではどうか?

親子・兄弟・夫婦等の関係も、共同体の中で位置づけられて、その在り方を無意識的に自分の中に取り組むのであって、共同体が弱くなれば、その在り方もバラバラになり、個人のそれぞれの思い方が優先されてきます。

また近代は自我意識が非常に重要視されるようになりましたので、その結果として、従来の人間関係の在り方も自然に身につく事はなくなって来ていると思います。

現代人は、誰しも、なにがしか、孤独な一人旅をしていると言えなくもありません。

カミュ『異邦人』は母親の死から始まり、主人公が泣かなかったとか、葬儀の翌日恋人とデートしたという事が非常に大きな問題として書かれています。
デートの時に、コメディを観に行きゲラゲラ笑ったとか、母親の死んだ翌日に笑うとは何事か!という事が印象的に記されています。

自意識による孤立感は、意識・肉体・感情の分裂も招きます。主人公は恋人から「愛してる?」「結婚したい?」と訊かれて、上手く応えられません。一体感を持った自己として感じられず。責任を持った回答が不可能だからだと思います。

途中経過は省きますが、第一部の最後に殺人を犯します。
この時の描写は、文章も弾みますし、自己分裂も外界との断絶もない昂揚した瞬間を迎えます。

そういう点では現代の事件を彷彿させられます。

非常にまとまった見事な中編だと思います。

第二部の方は牢屋に入れられて死刑判決を受けるまでですが、ここにもう一つの近代のテーマ「神の死」というか「無信仰」が提示されていると思いました。

こちらの方は真面目くさった議論をされますと、小説形式ではなくて評論の方がよくなり、フィクション世界の実在感が乏しいように思いました。

小説としての醍醐味としては、別に読んだ南米の小説(「族長の秋」、「妖精たちの森」、「夜のみだらな鳥」)にかなり落ちると思いました。(南米の小説をブログで扱わないのは、どうやって書いて良いのか、私には分からないからです)

第二部は、少し古めかしくも思いましたが、議論を追って行く分には、理解しやすいと思います。


昔から題名だけ聞いて、読む事がなかった、「異邦人」を読めて大変良かったと思います。
文庫本で130ページほどですから、オススメできます。