佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

いまじん画廊

松原智子展 於:ギャラリー「いまじん」

ギャラリー「いまじん」で開催中の松原智子展を見に行ってきました。

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全体的に単色、或いは淡色をベースに落ち着いて統一の取れた雰囲気でした。


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変わった感じで特に目を惹く作品と言えば、物置棚を利用して展示されたこのコーナーぐらいで、それも他の作品よりもやや強めの色が付いている程度で、快いアクセントといったところでしょうか。



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「波長」というタイトルが付けられていたと思います。波と言いますと先ずは海を思い浮かべますが、作品から感じ取られるのは、海ならば穏やか海です。
それから音波という言葉も思い浮かびますし、こころの状態とも捉えられます。



キラキラ
この作品は「キラキラ」。キラキラ星という歌がありましたが、私にはクリスマストゥリーが飾りでキラキラしているような感じにも思えて、よくよく考えれば不思議な話で、広大な星座が机上に置けるようなクリスマストゥリーの中に見つけられる。


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展示されている作品の中では、最も具象的な絵だと思います。


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私はですね、中学校の時の国語の教科書で、マッターホーン初登頂の話が載せられていて、あわや遭難しそうになった時、空に十字架が現れたという話を思い出しました。
松原さんは星の光の放射と言うだけで十字架など思われなかったかも知れませんが、一旦そういう話と結びつけてしまいますと、この星に神の顕現を感じてしまい、超越的なものを苦手としている現今、好みというわけにはまいりませんでした。雪山でいかにも寒そうだし。

これは作品がどうのこうのというのでなくて、あくまでも私の問題であります。


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変わりまして、私が心惹かれたのは「輪廻」と題された作品群です。

イイナと思ったのは、幾つか描かれている円というか、輪というか。

「輪廻」というタイトルも連想されますが、年輪も思い浮かべられますし、池の中に小石を投げると徐々に波の輪が拡がっていく様子も浮かんできました。

今写真を見ていて思いついたのは、フォークダンスで何重にも円を作って、みんなで手をつないで踊る様子。「マイムマイム」とか、余りに昔なので殆ど忘れましたが。


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「この作品は素晴らしい」とか「心が奪われる」という感情が生まれるのは何処か?と言いますと、一人一人の心の中です。
個々の作品は、思いを生み出す触媒のようなものです。

昔は、世の中の権威や定番的な解釈が、今よりもはるかに所属する集団全体に共通した思いとして受け入れられて来ました。世間で、「これは有り難いとか畏れ多い」とされているものに対しては、接する人は割合オートマティカリーに同様な気持ちになりました。

外の世界と自分の気持ちとの乖離が少なかった訳です。

ところが、19世紀辺りから自我意識が自己の本体であるという考え方が一般化してきました。
自我意識は各自バラバラですし、同じような立場の人間でも、その時々の状況によって、まるで反対の主張を取ることは幾らでもあります。自己は他から切り離されて孤立したものとして捉えるのが自我意識の特徴ですね。

この結果何が生じたのかと言いますと、芸術作品で言えば、何が優れているのかを判断する基準が、全ての人に一律なものは無くなってしまい、結局自分が良いと思ったものが良いとしか言えなくなってしまいました。
作る側では技巧的なことは優劣が付くかも知れませんが、それも過渡的な話で、AIの発達により、絵筆を一度も持ったことが無い人が、刻苦精励して技術を身につけた人よりも、上手く絵を描けるのも不思議な話ではなくなるでしょう。

結局ここで私が何を言おうとしているのかと言いますと、一つの作品を見て良いの悪いのと言ったとしても、先生がテストの点数を付けるような客観的な評価など到底出来なくて、作品について語っているようで、実は作品をダシに自分自身について語っているに過ぎないということであります。

喩えてみれば、それは異性からのプレゼントをどう評価するのかというのと似ています。

どんな素敵なプレゼントでも、数カラットのダイアモンドリングのような、顔を見るのも厭と思う相手からなら邪悪なものにしか思えません。

憧れの人なら、エルヴィス・プレスリーは汗の付いたタオルをコンサートでファンにプレゼントしていました、使い古しのコーヒー茶碗でも、「僕の気に入り」の一言を添えれば、宝物に変わります。

同じ好きな人でも結婚前と後では違っていて、マイセンのティーカップで喜ぶだろうと思ったら大間違いで、「アナタの給料、幾らだと思っているの」と怒られたりします。これは冗談。

長くなりまして、失礼しました。松原智子展に戻ります。


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この作品を見るのは三度目です。似たような作品だったのかも知れませんが。
私には何か、松原さんの様々な思いが、この一作の中に凝集しているような気がして最も印象に残る作品です。
とは言え、何を考えて見えるのかな??と、よく分からない感じもありました。

人里離れた林の中に小屋のようなものがあり、その中に星が輝いている。お話としては、家であろうが箱であろうが洞窟でも地の中でも、見えないところに光が輝いているということはありますが、私自身はそんな所に思いを馳せませんので、共鳴的な気持ちになれないのでした。

自動代替テキストはありません。

フェイスブックで懇意な方の記事に上のポスターを見て、突然松原さんの上の作品が頭に浮かんで「よく似てる!」と思いました。よく見れば全然似てないのですが、「似てる」と思った意味は別の所にありました。

私は比較的よく本を読む少年でしたが、幼少の頃読んだ童話の中でも『ヘンゼルとグレーテル』は最も気に入りの童話でした。
主たる筋は強欲な魔女に騙されるなという教訓話ですが、何よりも「お菓子でできた家」という設定に夢が膨らみました。今ほども豊かでない時代だったこともあると思いますが、ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家に惹かれてしまう気持ちはつくづく共感できるもので、ましてチョコレート・ビスケット・ケーキと言ったカタカナ名のお菓子は蠱惑に満ちた思いに誘うものでした。

その時の私の気持ちを表わせば、ワクワク、ウキウキ、キラキラと言った擬態語でしか表せなかったと言えます。

その思いを蘇らせると、松原さんの絵の中に見える「家」と言って良いか分かりませんが、その中で星が瞬いて見えることは別に不思議なことでなく、誰もが心の中に思い描くことができる光景であると私にも思われるようになりました。

気持ちがぐぅーんと作品に近づきました。


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『宇宙花』と題された作品です。



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入り口正面に向かう壁に置かれた大作。部分をご紹介して終ります。長い講釈を読まれた方には失礼しました。私は私なりにしかできませんもので御斟酌下さい。


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佐吉翁の德と中村淳子さんの絵

11月にギャラリー「いまじん」で開催された中村淳子展については前回のブログでご紹介させて頂きました。

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お地蔵さんの絵も何点か出店されていまして、非常に安価に買い求められました。

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その上、好きな言葉を無料で書き添えて頂けると言うことで、それならということで、佐吉翁の人徳を七つ選んで書いて頂きました。

ここでその七枚を続けてご紹介しておきたいと思います。

感謝報恩2



親孝行



正直



陰徳



公益奉仕 (2)



堪忍



慈悲の心


一枚一枚言葉をかみしめながら味わいたいものです。



「中村淳子展」を観に行く

ギャラリー「いまじん」に中村淳子展を観に行ってきました。
通りに面したガラスウインドウが対面する山や建物を写しています。

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テーマはKAZEとローマ字で記されていて、これは勿論「風」ということでしょうネ。写真左に展示されている作品を観てみましょう。


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風に泳ぐ2羽の鳥が見事に造形化されています。魚のように見えなくもありません。心の中では海の中にも風を吹かせることは可能で、いずれにしましても気持ちよさそうです。


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私好みで数点続けます。

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柔らかい曲線が特徴的で、何点か展示されている仏様の絵に大変しっくりしています。


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お地蔵様の顔の下の太い線が人間のようにも感じられて大変魅力的な仏様でした。



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作家の中村淳子氏のご挨拶文です。お読み致しますと、様々な素材で方向を固定されず、自由に創作されておられる様です。上にご紹介した写真からも分かりますが、絵でも抽象もあればお地蔵さんの様に具象もあります。
『源泉へそして無限の彼方へ』と、とても魅力的な言葉が英語で記されています。源は作家の魂にあるのでしょうが、外に向かって様々に放射し、豊かな世界を現出されています。

中村氏のいう『表・裏』という言葉から直ぐに、「外面・内面」とか「自己・外界」という言葉が連想されてきます。それらは対立する言葉の様に思われますが、「いまじん」に展示された様々な作品群の中に身を置くことによって、融和する気持ちに誘われてきます。


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                            中村淳子氏

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こちらは「いまじん」二階。一階に引っ越す前はこちらが展示会場でした。今は「マナンティアル」と名を変えてレンタルギャラリーになっています。今回中村さんは両方の階でご活躍です。


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引っ越しをされてまだ数ヶ月も経っていませんが、懐かしく思いました。正面ウインドウにはいつも工夫を凝らして展示されていましたが、今回も透きとおった両横のガラスを通って、テーマにある「風」が吹き渡ってくるような感じになりました。


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二階の作品も幾つかご紹介させて頂きます。

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 下世話な話ですが、お値段見ますと600円となっております。サンタクロースでなくてサンタ地蔵さんの方が日本人向きで喜ばれるのでないのかな、と思いました。


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この作品は2016年柳ヶ瀬の画廊「クロッキー」での萌土社展で、中村淳子さんが出展された「みゃく」(題の表示は脈という漢字の月偏の処が血)という作品です。

今回の展示に通じるものが感じられます。心臓をイメージされているのでしょうか。


山内寿美展(ギャラリー「いまじん」)の記録

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2階から1階に引っ越し大変入りやすくなった「いまじん」での「山内寿美展」に行ってきました。


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オシャレで粋な作品が道路沿いのショーウインドーに展示されてました。



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ドアをあけて一歩中へ踏み入れました。


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全体として、ゆったりと気品を感じる佇まいと思いました。



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「色彩と異素材とのコラボレーション」、「様々な素材が共鳴」、「感情の微妙なゆらぎ」というあたりがキーワードのような感じがします。



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加納高校美術科を卒業後、筑波大学芸術専門学部洋画コースに入られ、1989年にご卒業
では、もう少し近付いて、一作一作観ていきたいと思います。


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都会的センスにあふれたこの作品に、挨拶文にある様々な素材を見ていきたいと思います。


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共鳴しているかどうかは見る人ごとでしょうが、都会シティホテルのアーケード街にサッと飾ってあるようなハイブロウな感じを受けました。靴も高級そうに見えて、伊勢丹あたり。


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荷札が付いていると思ってよく見たら手製であります。

2017.9.19.24 [mixed media] Yamauchi Hisami solo exhibition  various cloths and WSHI 100%

遊び心か拘りか、面白いですネ。


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2作並べて。しっとりとした感じがします。


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比較的遠目に撮っております。余り近付いて見ますと素材の方が目に付いてしまいまして、部品に意識が拡散してしまいますので、手頃な距離で鑑賞するのがよいと思います。

素人の勝手な論考を致しますと、余分なものをどんどん削って、中心中核に描く対象を収斂させていくとより芸術性が高まるように思います。

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大変存在感にあふれた女性像。性格や人生に対する姿勢までも窺われてきます。それで上の方のリボンが何故必要か。この女性を描き込めばもっとインパクトの有る作品になるのでは、と思いました。

しかし、ものは考えようです。

人間にとって大切なものは一つだけなのか、又、大切なものだけがあればよいのか、という疑問も沸きます。遊びも、寄り道もあれば、お付き合いも必要。そういう多種多様なものがあって人間世界が成り立っているのであれば、一つのことにまとめ上げられないのも人間世界の実相だと思います。

ここらはあくまで私の勝手気随な感想として読み飛ばして頂きたいのですが、山内さんの作品全体から受ける印象として、何処か自分に歯止めをかけて、「あからさま」や「なりふり構わず」という姿勢にならないように気を配っているような気がしました。全てを含めての「山内ワールド」と言えるのではないかと思います。長くなりました。


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「疑惑」というタイトルに気づき、昨今の不倫報道も頭に浮かび、タイトルもちょっと注意して見てみようという気になりました。


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嫉妬に燃えた顔なのか、この女性自身が疑惑の人物か。



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「Supermassive black hole」 これはMuseというロックバンドのヒット曲だそうです。私はそんなことは知りませんでしたので、「自分の心にあいている巨大な暗い穴」と受け取ったのであります。歌詞からしますと、全てを引き込んでしまうような魅力ある存在(彼女)と云うような意味らしいです。

描いた人と見る人の思いが異なるのは当然で、作品を見るというのは、作品を見ているようで実際にはその時々の自分の心を投影していることが多く、「暗い闇を抱えた虚ろな心」というのが、きっと私の人生テーマのようなものなんでしょう


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「蝶とハート」、異種なるものの共鳴という点で、最もバランスよく鳴り響いている作品のように感じました。


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奥行きもあり、色々な思いを誘い込むようで素晴らしい作品だと思いました。



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「残像」


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聖母マリアのような気がしました。タイトルはよく読めませんが「月光〇」のようです。



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「キャミソール」、一番魅惑的なタイトルなんでは、ないでしょうか


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最後に、別の方のパーティの時に写した山内寿美さんのお写真を、ご披露させて頂きます。

集合写真は左端の方。右端が私。

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「渡辺悠太展」を観に行って

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岐阜市金園町のギャラリー「いまじん」に「渡辺悠太展」を観に行ってきました。


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ギャラリー「いまじん」は二階から一階に引っ越し、バリアフリーで一層入りやすくないました。


Ⅰ 渡辺裕太氏の作品の数々(その1)


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Ⅱ 渡辺悠太氏のメッセージ


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先ずは略歴、カメラが悪くて読みにくく恐縮ですが、1994年生まれ、1950年生まれの私としては、子どもと言うより孫といった方が可能性が高いような若さですネ。


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要するに、私達が日頃一番目にするのは何と言っても人間の顔で、毎日毎時間、目や鼻や口を目にしている。目は心の窓とも言って、作画の対象にもなりますが、耳・鼻・口はそれだけ意識して、じっくり描くようなことはしないのが普通でしょうね。
それをそのまま描いたのでは、写真と一緒で面白くもないでしょうが、画家の意識を通して頭の中に思い浮かぶ顔のパーツを描くとどうなるのか?観る側もそういう意識で観てみましょう。



Ⅲ 渡辺悠太氏の作品の数々(その2)


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社会・宇宙、時間の流れまで含めると歴史、これらを全部掌握しようとしても無理ですが、各人各様の顔の表情の中に、その人の捉えた世界全体を総合したものが現れるとしましょう。

では、顔を見ていると全部が分かるかと云いますと、観る側の力の差によって、同じ1人の顔を見ても、深く観られる人と表面的な見方しか出来ない人がいます。

芸術が創造行為ならば、生きること自体もまた創造行為と言えましょう。
若い作家には、その
双方を響き合わせながら貪欲に生きていって下さい。


Ⅳ オープニングパーティ


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この日は個展初日と言うことで、オープニングパーティも開かれました。後ろに沢山のご馳走が並んでいます。「いまじん」の宇佐美さんと画家の渡辺さんの手作りによるものです。

私は乾杯の音頭を仰せつかり、デレデレとした締まりの無い顔をしております。


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この写真の注目ポイントは本棚の方であります。私に取りましては極めつきに重要なものが写っております。さて、お分かりでしょうか?


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「佐吉大仏」のチラシであります。美術とは直接には関係無い大仏さんのチラシを置いて頂き、オーナーの度量の広さには深く感謝する次第です。「いまじん」へ行ったら、是非お持ち下さい。


Ⅴ ライブドローイング


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音楽に合わせて、その場で絵を描かれます。どんな風になるのか興味津々であります。


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演奏は少し前まで私と同じ羽島市に在住されていたジャズピアニストの三戸香さん。今日はキーボードで音楽に合わせて、いつもよりしっくり目だそう。


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完成しました。どんな感想をお持ちでしょうか?


Ⅵ 記念写真


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最後に記念写真を撮って、愉しさみなぎる土曜の夜の締めくくりとなりました



「いまじん」での「『青木千賀子展』鑑賞

ギャラリ-「いまじん」で開催中の『青木千賀子展』を観に行ってきました。

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いつもの階段を上っていきますと、優しさの漂う感じの作品が出迎えてくれました。


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予約の赤シールが付いていますが、オーナーの話ではお医者さんだそうです。待合室に掛かっていたら、さぞや心が和らぐと思いました。


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やや斜めから写したものですが。


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ゆったりと作品が並べられています。


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正面、一番の大作です。

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プロフィールを写してきました。1967年大垣市生まれ。二紀展に所属されている様です。


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植物の絵が多く展示されていました。派手やかにならず、かと言って、しんみりとさせられてしまう訳でなく、中庸という言葉が浮かんできます。丁度今の季節に相応しい春の陽ざし。


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「収穫」と名付けられた作品。タイトルと絵が見事に響き合っていると感じました。


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「薔薇 蜥蜴 蝶」というタイトルがややy妖しいイメージを醸し出しています。上に紹介した『何も特別でない日常の喜びや驚き』という作者の言葉が思い出されます。心に幾ばくかの刺も毒もあって、普通の人生が過ごされていくものでしょう。


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顔を描いた絵を見ると、羽島のある絵描きの「全てが自画像」という言葉が思い出されてくるのでありますが、昔の少女だった自分、というより現在の自分を描いたものと捉えてみるのも・・・。


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新聞記事が貼ってありました。こちらを向いておられるのは多分作者さんでしょうね。





堀江良一油彩画展 ギャラリー「いまじん」

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過日「いまじん」で開催中の堀江良一油彩画展を観に行ってきました。


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堀江さんは半世紀近くと言って良いでしょうか、木版画家として活躍されてきましたので、油彩画だけの展示会は珍しいと思います。
ただ元々は、東京芸大油絵科卒ですから、当然油絵もお手の物でしょうが、自分の新境地として木版画を開拓していったのだと思います。


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今回は画廊の企画で行われたと思いますが、多分この展覧会に向けて相当多数の油彩画を集中的に制作されたと推測します。


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色彩としては、堀江さんが木版画で30年ほど追究されてきたブルーを基調としたものが多かったのですが、上の写真からお分かりのようにブルーから離れた作品も展示されていました。


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このブルーを見て、1990年代、教員最後の頃に使われていた色合いを思い出しました。管理職的な仕事も多くなり、精神的に多少暗くなっていたのでないかと思ったことです。


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堀江さんの油彩は数年前から見ていました。デザインとしては縦長の長方形が多くて、版画のように弧が拡がる感じがなくて、その分落ち着きはありますが、性格が現れているのかなと思っていました。
こういう風船が浮かんでいる絵柄は初めてですね。やはり沢山の作品を描くなかで、自分の中にかすかに潜んでいる色々な思いも現れてくると思います。


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カメラが悪くて上手く撮れていませんが、この色も以前はなかった色です。最近ライトグレイの版画が現れてきて、年令と共に新境地かなと推測していました。私としては1番気に入った作品です。


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これも面白いですね。作品としてどうか、という点は私は門外漢ですから言うことは出来ませんが、珍しい側面と言いますか、初めて出会う感触という意味で、写真を撮りました。

総じて、堀江さんの過去・現在・未来に及ぶ、意識に上るものと、普段は無意識に沈んでいるものが、様々に混ぜ合わさってできた作品群の展示会であると思います。


これらの作品も合わせて、もうそろそろ、回顧展を開かれるとイイですね。



最近の写真から

更新が滞っていますので、この前から撮った写真を並べて振り返ってみたいと思います。

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これはバレンタインのチョコレートです。美術品のように美しいですね。一個食べたら美味しかったもので、次々食べてすぐ終わってしまいました。ごっつぁんでした。



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下の写真の真ん中の方は岐阜県教育委員会元教育長の吉田豊先生です。教育長さんと言っても何人も見えるのですが、吉田教育長は知る人ぞ知る岐阜県教育会のドンというと誤解を招きますが、戦後岐阜県教育会の最大の牽引車と呼ばれるべき方で、ビックリしました。

御年90歳前後と思いますが、偉い方というのは先ず何よりも体力が違うと思いました。


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恒例の画廊「いまじん」での個展鑑賞。私は動物は興味がなく、取り敢えずポケットカメラだけ持っていきました。余りよく写っていないのですがご紹介します。


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小田隆氏という復元画家として日本を代表する方だそうです。


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思ったよりずっと素晴らしくて、一眼レフを持っていけば良かったと後悔しました。


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右に見えるライオンの顔は、パーティ会場でジャズを聴きながらライブドローイングで描かれたものです。顔の部分をアップします。


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中々凄い迫力です。全体所要時間は50分でした。


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素晴らしいのですが、このタイプは苦手です。


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若い頃の作品で、昔の半額での提供と言われましたので、購入しました。欲しい方がおられましたら昔の値段でお譲りしますよぉ。


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作者のプロフィールです。



『家田陽介作品展』を観に行く

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先日、岐阜市金園町のギャラリー「いまじん」で開催中の『家田陽介作品展』を観てきました。


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二階のギャラリーへと続く階段を上っていきますと、私には馴染みの家田陽介さんの作品が出迎えてくれました。


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作家の家田さんとは、ご夫婦共々知り合いで、アットホームな気持ちでお伺いできました。
入ってすぐの「左壁面」と「正面から右壁面」にかけての順で2枚写真を続けます。

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「いまじん」では初個展で今迄の歩みが分かるように、種々な作品を展示されています。
今回は特に、お生まれの美濃市の伝統産業である美濃和紙の材質を活かされた作品が目を惹きました。画の優しいタッチと郷土に対する作者の愛情が重ねって見えてきて、私自身も自分のふるさとや子供時代が思い出されてきて、しみじみとした詩情の世界に誘われました。

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〇「黎明」と名付けられたシリーズの作品を7点続けてご紹介。副タイトルとしてそれぞれ「長良川に初雪」など季節にちなんだ言葉が付せられています。

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黎明・・・林2月


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黎明・・・棚田 春

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黎明・・・長良川 1月


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黎明・・・長良川 早春

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黎明・・・長良川 初雪


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黎明・・・長良川 3月


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その他の作品を。先ず、近年格別情熱を注いでおられるとお聞きした油絵から。

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続きまして、お人柄が偲ばれる・・・

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私が初めて家田さんにお会いしたのは、岐阜県美術館に勤務されている時ですが、今は校長先生をしておられます。悩みを抱えた生徒が、教室に行けなくて保健室登校するという話をよく聞きますが、校長室登校がしたくなるような優しさにみちた絵ですね。

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私が美術館で出会った作品は、上のタイプの作品です。「爽やかですね」と傍にいた方に話しかけたら、偶然にも作者の家田さん。「では、差し上げます」と言われまして、展示してある2点を頂いてしまいました。その内一点を大仏寺のお茶所に飾ってあります。
最後にその作品をご紹介し、ブログを閉じさせて頂きます。

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「横地洋司展」を観に行く 於:ギャラリー「いまじん」

ギャラリー「いまじん」で開催中の「横地洋司」展へ行ってきました。

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テーマは何でも「頭の中のもやもやを描く」と言うことらしいです。

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私は絵など描きませんし、美術愛好家でもありませんから、そう積極的に美術展へ行きません。案内が来るから観に行くだけです。特に期待してという訳ではありません。

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しかし何にでも意味を見出そうとする性格ですから、決して無意味とする訳ではありません。次にどんな意味を見出しているのか列記したいと思います。

・「分からない事を知る」という意味
よく「分からない事が分かる喜び」と言いますが、そういう事ではありません。
この世は分かることだけで成り立っているのではなくて、殆どのことは分からないと云った方がよいと思います。自分のよく知って楽しめる世界ばかりと接していたら、この世界の拡がりを感じられず、自分の世界だけに閉じこもってしまいます。
「さっぱり分からない」という経験も、「分かる分かる」という経験と等しく、大切だと思います。

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・「物事に対する見方を自由にする」という意味
優劣や善悪正邪の判断も年と共に深まり多様化していきますが、一方偏屈になったり自分で判断しているつもりが実はメディアの情報に動かされているだけということも多くくあります。
「へぇこんな風に見えるのか!」という驚きが、自分の固定した心に風を送り、精神を自由にします。

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・「人間を知る」という意味
作品の背後には、必ず描いた作者がいます。「作品だけで評価すべき」と言われた方もいますが、それはどちらかといえば美術プロパーに近い方の意見でないかと思うのです。
私は文学好きもあってか、作者の人となりがあって作品があると言うふうに思います。
作者を知ればより一層興味関心も高まりますし、作品の背後に一個の人間を見ることによって、色々な人間がこの世の中にはいるものだ!という人生勉強になります。

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理屈が長くなりました。短時間でしたが「横地洋司展」を観させて頂き、「あれまぁ!」と直感的に感じた作品を幾つか写真に撮らせて頂きましたので、続けてご紹介します。

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金色の目


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金色のボディ


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亀裂のある頭部


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小さなmedaillon


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「横たわる何とか」と書いてあるのですが、ちょっと読めません。


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目から始まる

「近藤幸木版画展」を観に行く

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ギャラリー「いまじん」で開催されている『近藤幸木版画展』を観に行きました。


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いつもの様に紺青色の階段を登って行きますと、浮き世と離れた芸術の世界が待っています。


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ブルーを基調とした静かで穏やかなる世界。次に両サイドを写してみました。


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左のサイド。後ほど一点ずつ観ますが、タイトルは左2点「現の夢」、中「月映」、右「時のほとり」


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右のサイド。比べてみますと色合いが優しくなっています。太陽が昇る前の空が明るくうすく拡がっていく様な感じを受けました。


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近藤幸さん、徳島県ご在住の方です。ここには書かれていませんが、中学校の現職の先生をしておられると、「いまじん」のオーナーからお聞きしました。
私も長年教職の身にありましたから、そのご苦労が分かると共に親近感も湧いてきました。

実は私は作品を観るのは初めてですが、近藤幸さんの名前は前から知っていました。

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右壁面は、「いまじん」のオーナーからお借りして、「佐吉大仏」のお堂で行った「芸術家からの年賀状展」の模様で、その中に一点近藤幸さんからの年賀状がありました。

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慈愛に満ちた感じが実に素晴らしく、まるで「聖母子像」を前にした時の様に心が和みました。お堂にはピッタリの絵柄に心動かされ、差出人の近藤幸さんの名前がしっかり記憶に残されました。


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文面から、『今を生きる命の言葉』、『あるべき姿を探り続けたい』の二句を取り出してみましたが、近藤幸さんの言葉にも耳を傾けつつ、作品の数々を観ていきましょう。


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月映 



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時のほとり



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現の夢(2)



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初草



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森を映す



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                              中空(なかぞら)

美術は全く門外漢で蘊蓄傾けられる知識はないのですが、私が大変感心したのはタイトルにつけられた言葉です。実に「繊細」。日常の慌ただしい生活の中では、置き去りにされている言語。
近藤幸さんの木版画に『中空(なかぞら)』という言葉が重なって、私の中にも「イメージ」が湧き上がってくる。その「イメージ」はやがて「思い」を育み、命の在処を知らせてくれることでしょう。


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夕凪



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現の夢(4)



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月をゆらす



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                              浮遊

ありきたりの表現ですが、精神の浄化ということをつくづく思います。美術とか芸術とかいうジャンルに拘らず、心が美しくある事は大切で、人それぞれの道々において、魂に語りかけられることを忘れてならないのかな、とそんな思いにもつながった希有な個展でした。
勝手気ままに書いてますので、全く見当違いかも知れませんので、その点ご容赦を。



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少し雰囲気を変えまして。「promiss」と題された作品。ルドンを思わすタッチでこれも又魂の在処。



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近藤幸さんが製作された置物を二方向から。気分が変わって寛ぎの雰囲気。



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この写真は一杯300円の「いまじん」お値打ちのアイスコーヒーを飲みながら、入り口辺りを写したもの。最後にレンガの壁に掛かっている「春を宿す」と題された作品をご紹介します。
心にしみ入る素晴らしい個展だったと思いました。近藤幸さんにはこれからもご活躍されることを祈念申し上げまして、駄弁を閉じさせて頂きます。有り難う御座いました。


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春を宿す





「芸術家からの年賀状・展」を行います


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「佐吉大仏」お堂に入って頂きますと、右手展示が入れ替わっております。


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右壁面を利用しまして、「芸術家からの年賀状・展」を三月末頃まで開催することにしました。


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これが展示作品全体で、右側が堀江良一さんから頂いた年賀状16点。
左がギャラリー「いまじん」からお借りした年賀状16点、併せて32点の展示です。


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こちらが堀江さんです。あとからもう2点足しております。上の方から時計回りで「ね・うし・とら・う・・・」と12干支揃っております。



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なかなか精悍な寅さんであります。



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続いて左壁面に移らせて頂きます。「いまじん」からお借りした年賀状、16点(作家数は11人)です。お一人横に隠れております。粒ぞろいの賀状です。数枚を拡大してご紹介。



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松原智子さん。東京芸大日本画科大学院を卒業されています。「養老天命反転地」を設計された国際芸術家の故荒川修作氏は松原さんの叔父さんです。左は墨の直筆。



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桂川成美さん。以前ブログでも採り上げましたが、大変な手作業による版画を創作しています。版画に命を吹き込む「手」を一年の始まりの年賀状に表されることに引き締まった決意のようなものを感じました。



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小島基弘さん。全国的に幅広く活躍されている方だとお伺いしました。



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誠にユニークであります。



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小笠原宣さん。岐阜市の方ですが安井曾太郎賞を受賞されています。



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近藤幸さん。慈愛に包まれたこの感じは、素晴らしいの一語!



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左:荒井克典さん、右:安藤孝信さん。光が入ってしまって後で撮り直そうと思います。
荒井さんは、羽島市竹鼻町在住、ということはご近所。



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渡辺裕司さん。動き出すお猿さん、新しい年への意気込みが伝わってきます。。


鉛筆画の思い出話 出口友佳子展を観て

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その昔、かれこれ20年ほど前、私は関養護学校で教務という校務分掌に携わっていました。
教務の大きな役割が時間割を組むことにあります。先生もいろいろな専門教科の免許を持ってみえて、重なったりもしますので、職員配当も考えなければなりません。


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私は鉛筆で描かれたこの作品を観て、昔を思い出しました。

美術の女の先生が二人いました。30代と40代の仲の良いお二人でした。

関養護学校は肢体不自由の養護学校で、重複障害で知的にも相当なダメージを負っている生徒が多いのですが、知的には遅れのない単一障害の生徒もいて美術は三学年共同で行います。

7,8名のクラスですが、私はお二人の先生に共同で受け持ってもらうように時間割を組みました。

その共同の授業がビックリする授業で、始め3ヶ月位、鉛筆でもって線ばかり描かせていたのです。鉛筆の線が濃かったり薄かったり、強かったり弱かったりと変化させることで、豊かな表情と描く人による個性が出るということを教えられていたのです。


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私は美術は全くの門外漢ですから、生徒は飽きが来ないかと気懸かりでしたが、不思議なほど楽しそうに授業に参加していました。

私が思いますに、線を描くことも面白かったに違いなかったでしょうが、女先生お二人が実に楽しく幸せそうに授業を行っていたことが、生徒にも伝わっていったのではないでしょうか。

お二人の先生は、小・中交流と言いまして、普通の小・中学校から3年を単位として研修のために特殊教育学校に赴任されてこられた方で、次の年にはお二人とも転勤していかれました。

普通学校で二人で授業を受け持つことはありませんし、殆ど教員に任された自由なカリキュラムを組むことも難しいでしょうから、生涯の記憶に残る一年でなかったかと思います。


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又考えてみまするに、肢体不自由は様々な器具の発達によって行動の自由が相当確保されてはきましたが、やはり健常者と比べれば制約の多いことも事実であります。

肢体不自由という厳しい障害の中で、鉛筆による線描写という手軽な行為にも、豊かな思いと可能性を表現できることを学んだことは、生きる力と喜びを育む事に繋がったと思います。

往時を思い返しますと、熱いものが込み上げてくるのを押さえ切れませんが、幸い私でも購入できる額でしたから記念として、二つ目の格子模様の作品を手に入れました。

大仏寺のお茶所に飾っておこうと思っております。

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『出口友佳子展』の様子を数枚の写真でご紹介しておきます。


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「原恵子展」 於 いまじん 9月20日(日)まで 

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「いまじん」のビル改装中で、足場をくぐっての訪問となりました。


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部分拡大いたします


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つぶらな瞳の女性像が浮き上がってきました


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『人の姿、形を描きたいわけなのではありません。・・・表現したいのは、感情、呼吸のような目に見えないもの』という言葉を頼りに作品を観ていきたいと思います。


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今回は写真を撮るのが大変難しかったです。家に帰ってみましたら結構失敗しておりまして、ポケットカメラではいけなかったかなと反省しました。正面をアップします。


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「感情」というと「喜怒哀楽」という言葉を思い浮かべますが、その様なハッキリとした色合いがついている感情ではないようで、例えば夢なら夢で、朝目覚めてみたら内容の全部を忘れてしまって、気持ちよい風がスッと通ったような感触だけが残っているとでも言いましょうか。


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1960年岐阜県生まれ。わたしより丁度10歳お若い。ご挨拶文の中に『いい年をした大人』と記されていまして、わたしの場合はどう言うべきか、腕を組んで考えました。「名残の年」とでも言いましょうか。


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微妙な色の違い。カメラでは再現するのが大変難しくて、是非実際をご覧下さい。原さんの絵を観ていると、バックの色が主役で、人物がその色の中に融け込んでいくような感じになりました。


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フラッシュ焚けば良かったのですが、ちょっとピントがずれておりましてスイマセン。部分写真を撮りましたので、全体もと思いましてご紹介させて頂いた次第です。


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ひっそりと静かに呼吸している感じが伝わってくるようです。


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ここで一息つきましてコーヒーブレイク。これは決して絵に合わせて書いたわけではありませんで、左端の所で坐ってホットコーヒーを頂きました。
大変美味しいコーヒーで300円、お薦めです。今日は中津川のお菓子で、栗配合のクッキーがついてきました。ここ3ヶ月位アイスでしたが、ようやく9月に入り、ホットコーヒーに切り替えました。

別にお金を出さなくても無料でお茶を出して頂けますので、それでいいのですが、多少なりと雅な時間を味わうにはコクのあるコーヒーが相応しく、今回の「原恵子展」では余計にそんな感じがしました。

一々区別立てせずに、作品もコーヒーも電気の照明なんかも合わせて、一つの雰囲気につかるのも良いものであります。


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そのコーヒー茶碗をカメラに切り替えて坐ったまま撮った写真です。


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「前はお姉さんがおんぶしてあげたのに、ずっと大きくなっちゃったね」とか、些かナイーブですが。


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控え目の中にくっきりと存在が浮かび、小さな体の中に大きな世界が拡がる

桂川成美展(ギャラリー「いまじん」)

心待ちにしておりました「いまじん」の8月企画桂川成美展に早速行ってまいりました。

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桂川さんは、大変お美しく気品を感じる女性版画家で一時間余りお話しさせて頂きまして、未だ興奮さめやらぬ中でのブログの作成と相なりました。


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「いまじん」の階段を上がっていきますと正面によく知った「桂川成美ワールド」としか言いようのない作品が掛けられていました。とは言いましても、私は以前に2回、2作品を観させて頂いただけですが、一目で桂川さんの作品だと頭に浮かぶ作風です。


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ガラス越しに3点並べて撮影。この3作は、六本木ヒルズのビルの上からの光景です。グルッと周囲を写して、それを基にイメージを膨らませ、現実と想像が合わさった芸術世界が創造されます。


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1974年岐阜県生まれ。年齢が分かってしまうのですが、観る側としては有り難いことです。幼少の頃の風景や生活は心に深く刻まれていて、後年の美的な感覚や題材に影響を及ぼしますので、女性の作家の方の年齢も知りたいところではあります。

この経歴に一つ個人的なことを付け足させて頂きますと、桂川さんは岐阜県立加納高校美術家の卒業生。私は桂川さんがお生まれになった翌年の1975年から1980年まで足かけ5年県立加茂高校の教員をしていました。そこで美術担当の堀江良一さんに知り合い、近年堀江さんの作品展を企画するほど親しくして頂いていますが、桂川さんは堀江さんに加納高校で直接指導を受けてみえます。

美術の先生は堀江さん一人ではないと思いますが、種類が同じ木版画ですから、その影響は少なくないと思います。ご縁というものを感じるのです。


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「正面の建物は何ですか?」とお訊きしましたら、実は存在せず想像で付け足されたものです。
私は、作者について割合堅くて自己抑制的な先入観をもってお伺いしたのですが、空高くビルが伸びていきその上には美しく星雲がきらめくこの構図に、自由でのびやかな心をお持ちと感じた次第です。

夜のビルは、普通は窓が輝き壁は暗いものですが、このビルは逆ですネ!


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今は便利な世の中ですから写真をトリミングして拡大しますと、ビルの後ろの雲も金環蝕の様に光っています。まるでゴージャス極まりのないウエディングケーキを見ているようなビルですネ。

お恥ずかしい話ですが、実はこの前、六本木ヒルズではありませんが、ニューオータニで息子が結婚式をしまして、もし中でそういう事が行われているという思いをもってホテルのタワーを眺めたとしますと、昼・夜問わず、現実の外観がどうであれ、タワーはまばゆい光を周囲に放っている様に見えてきてもおかしくはありません。


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何度見てもよく分からないビル上部の模様。何か分からないと云うことは、観る者が勝手に考えてよろしいと言うことだと思いまして、山々を背景にした広々とした田園風景。前からの話の続きで二人の前途に広がっている光景と捉えれば自然に受け入れられてきます。

言っておきますが、私は息子の結婚にのぼせてはおりません!至ってクールでありますヨ。

ただ心の中の思いが、景色に心の鏡のような働きをさせて、暗闇に光を授け、虚空に楼閣を出現させる話の例として、援用してみただけであります。



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日々止むことがないダイナミックな都会風景。下の作品は私としては一番欲しいなと思ったものです。真ん中やや下の横断歩道を挟む歩道が緩やかな雪崩のように流れているように感じました。



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上の文はご関心で読んで頂くこととして、その他の作品。

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これは抽象で難解と言えるかも知れません。タイトルも英語で「abyss(底の知れない深い穴)何とか」と言う、考え出すとかえって深みに入っていくような題で、余り考えず感じるだけにしといた方がよいみたいであります。

異なったタイプの作品は、技法や表現の新しい試みを生み出すだけでなく、作家の精神も拡げていくだろうと推測します。素人考えで僭越ですが。

今写真を見て思ったことは、右の作品ですが、鉄板に穴を開けたり叩いたりして凹凸を付けたような感じで、立体感を強く感じました。



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これは版画ではなくて、写真に手を入れて作品化したものです。アップで2作ご紹介します。



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写真に細かく手入れすることで奥行きのある生き生きした作品に変わってきます。こちらの方は私でもチャレンジできそうな気もしました。


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桂川さんには、ご親切に話をして頂き有り難うございました。帰り際に「金持ちになったら作品を買います」と、生まれ変わらなければ不可能な約束をしました。

しかし版画ですので、油絵とは比べものになりません。大体10枚ずつの印刷のようでしたので、希少価値も高いと思います。
また、買う買わないは別にしまして、直接眼にすることは心の滋養になると思います。

「会期中にもう一度来ます」と、これは実現可能な約束もしまして、「いまじん」を後にしました。


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どうしても反射光が入りますので紹介は止めようと思いましたが、点数が少ないのであえて載せさせて頂きます。木版画の作品としてはこれで全てです。

一作完成するのに多大な時間が掛かるそうで、少数しか作品はありません。

私は思ったのですが、作者履歴の所に、個展会場よりもむしろ、小説家のように作品名を挙げられたらどうでしょうか。それが本当の歩みのような気がしました。


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