佐吉大仏 ヒラメ記(代表:永田章のブログ)

佐吉大仏代表永田章(ヒラメ)のブログ 佐吉大仏の他にも地域の紹介等

永田佐吉

素描第9回:「陰徳」という徳目

岐阜新聞の素描欄に9回に分けて連載した永田佐吉翁のお話しも今回が最終になりました。まとめとして何を書こうかと思いましたが、「陰徳」について書くことにしました。

「陰徳」というのは、自分の名前を出さずに善い行いをすることで、中々できることではありません。どうしても、何処かに自分を自慢したい気持ちが残るものです。

佐吉翁はそこを無理せず自然の儘で自分を誇ろうとしませんでした。我欲や我執を超越していたからできたとことで、仏佐吉と称される所以だと思います。

関心を持ってお読みいただけた方には、深く感謝します。


素描第9回 (2)




素描第8回:佐吉大仏の建立(下)

佐吉大仏は江戸で鋳造し、部品の形で数艘の荷物船で当地まで運んできました。

その最初の船便で、嵐に遭遇しました。

その結末にも、佐吉翁の人徳がにじみ出てきます。是非お読み下さい。


素描8回目 (2)

岐阜新聞掲載「素描の7回目」:佐吉大仏の建立

佐吉大仏について2回に分けて書かせて頂いています。

かつては永田佐吉と言えば先ずは大仏さんが浮かび、あとは親孝行な人という知識がきて、それ以外は余り知りませんでした。

その大仏についても、その背後に謂われとか物語があることを知ったのも、10年余り前に教員を辞めてからのことです。

新聞に書いている殆どが後から知ったことですが、知れば知るほど、佐吉さんという人は実に立派で岐阜県どころか日本中で敬愛されていたことを知りました。

一人でも多くの方に知って頂くことが私の今の人生目標です。

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岐阜新聞「素描」第6回

素描第6回は、佐吉翁の一番有名なエピソードを紹介しています。

私なりに感想と解釈を書いていますが、「観音経」というお経と結びつけたのは、佐吉大仏の胎内に「観音経」を石に書いて納められたからです。

是非ご一読下さい。

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岐阜新聞「素描」4と5

暫くブログにアクセスできない状態で更新が滞っていました。

別に壊れた訳でなく、操作方法を知らなかっただけなんですが、甥っ子に教えてもらい、再びアクセスできるようになりました。

取り敢えず今回は佐吉翁について岐阜新聞で書いているエッセイの2回分をまとめて掲載したいと思います。ご一読お願いします。

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岐阜新聞「素描」その3

本日、岐阜新聞のコラム「素描」に掲載している佐吉翁のお話しの第3回が出ました。

今回は戦前の国定教科書「修身」に載せられている話で、「恩を忘れるな」というタイトルがついています。

内容は読んで頂ければお分かりになると思います。

ところで私は修身六学年分全てを手元に持っていますので、サッと目を通しますと、岐阜県出身者で採り上げられている人物は、佐吉翁の他には春日局一人です。

春日局は昔、大原麗子主演でNHKの大河ドラマで採り上げられましたのでご存じの方も多いと思います。今の岐阜県揖斐郡春日村の出身から春日局という呼称が付けられました。

「規則を守れ」というタイトルで、春日局の話が載せられています。

ただ岐阜県出身と言いましても、春日局は中央で活躍された方で、岐阜県と結びつけられることは少ないと思います。私も最近知っただけです。

その点佐吉翁は美濃聖人と言われ散るくらいですから地元直結です。そういう意味でもう少し関心を持って頂きたいと地元にお願いしていますが、中々難しいのが現状です。

岐阜新聞には本当に感謝しています。


素描第3回 (2)

岐阜新聞「素描」その2

今回は「永田佐吉を知っていますか」をタイトルに、佐吉翁が戦前は学校教育の徳育の中心であったことを述べています。

特に地元の岐阜県ではスゴいもので、いろいろ調べてみて私自身が驚いています。

是非お読みください。

素描2 (3)


岐阜新聞「素描」欄の記事その1

岐阜県の地方紙「岐阜新聞」に「素描」という連載コラムがあります。

県内の色々な方が二月ごとに入れ替わりながら執筆していきます。

大変有り難いことですが、この3・4月の金曜日は私が担当させて頂くことになりました。

私が書くことは「佐吉大仏」と建立者の永田佐吉翁に決まっていますので、担当9回分全てそのお話であります。

岐阜県以外の方は眼にすることは難しいと思いますので、私の欄のみこのブログにも転載さてて頂きます。ご一読賜れば嬉しく存じます。

素描1 (2)



岐阜新聞に佐吉翁関連の記事が二つ掲載


タクマ寄付 (2)
岐阜市のタクマ浄化センターさんが会社創立40周年を記念されて、大仏寺に多額の寄付をされました。私が目録をいただいている写真と共に掲載されました。
丁度佐吉堂の入り口扉が故障し直すにも多額の費用がかかり悩んでいた所でしたから、誠に有り難い限りです。修繕できましたらまた写真で紹介させていただきます。


②横一列の記事ですが、少し長いのでここでは半分に切りました。

美濃飛騨雑学2
みのひだ雑学2

この記事に紹介されている竹鼻小学校内の佐吉翁像と大垣市大島堤にある観世音菩薩の梵字が刻まれた道標の写真がありますので下に紹介させていただきます。

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道しるべ11
道しるべ梵字



佐吉翁建立「大島堤の道しるべ」に行ってきました

3大島堤道しるべ (2)
佐吉翁が建立された大垣市平野井川沿いの大島堤の道しるべの写真を撮ってきました。
左木曽路と刻んであります。木曽路とは旧中山道のことです。


道しるべ11
此方は別角度から。「右すのまた宿道」と刻んであります。「すのまた宿」とは美濃路街道で、真っ直ぐ(南の方)行くと美濃路街道に至ると言う意味です。
江戸時代旅行く多くの方の役に立った道しるべであったと思います。



大島堤道しるべ7 (2)

道しるべ8
写真の地図は、大垣市が中山道開設400年を記念して作ったもので、この道しるべは写真付きで紹介されていました。


梵字2
この道しるべには何度も来ていますが、今まで気がつかなかったことに気づきました。


道しるべ梵字
梵字が一字刻んでありました。私は佐吉翁の思いから、「地蔵菩薩」か「観世音菩薩」のどちらかを意味しているのでないかと類推して、梵字を見てみました。


梵字一覧
お地蔵さんは下右から4つ目、違いました。観世音菩薩は・・・


梵字観世音菩薩 (2)
やはり観世音菩薩の梵字でした。佐吉翁は道行く人の安寧を願って、観世音菩薩のご加護をこの道しるべに託されたのだと思います。観世音菩薩はその場その時に応じて変幻自在ですから、思えばこの道しるべ、観世音菩薩の化身にさえ思われて来ます。


皆さん方に大切にして頂きたいと思います。養老町根古地に設置された道しるべは養老町の指定史跡になっています。大垣市にも是非に史跡に指定して頂きたいと強く切望して、このブログを閉じたいと思います。




佐吉翁の德と中村淳子さんの絵

11月にギャラリー「いまじん」で開催された中村淳子展については前回のブログでご紹介させて頂きました。

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お地蔵さんの絵も何点か出店されていまして、非常に安価に買い求められました。

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その上、好きな言葉を無料で書き添えて頂けると言うことで、それならということで、佐吉翁の人徳を七つ選んで書いて頂きました。

ここでその七枚を続けてご紹介しておきたいと思います。

感謝報恩2



親孝行



正直



陰徳



公益奉仕 (2)



堪忍



慈悲の心


一枚一枚言葉をかみしめながら味わいたいものです。



「日蓮宗新聞」で佐吉翁が紹介される

近所にお住まいの日蓮宗の檀家の方が、「日蓮宗新聞」を持ってきて下さいました。


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小さくてよくみえないと思いますが、題字の下の所に「仏の佐吉」と書かれています。

日蓮宗新聞のホームページにも同じ内容の文が載せられていました。こちらの方が読みやすいと思いますので、写真で紹介します。

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「佐吉大仏」と言わず、丈六釈迦如来とされているところは、専門的な寺院ならではと思いますが、内容全体として佐吉翁の人徳をまとまりよく伝えていると思います。

野口雨情の詞も載せられて、興味深い内容になっています。

宗派を問わない大仏寺の良さを感じさせられる記事でもありました。

厚く感謝申し上げる次第であります。




平成29年度永田佐吉翁彰徳祭の記録

◎ 朝から時間を追ってカメラに写った順にご紹介します。

<ミニコンサートのリハーサル>

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朝9時にお越し頂き、開式前にリハーサルを行いました。増谷澄香さん、鷲見孝子さん、エレクトーン伴奏は森崎一子さんです。


<開式までの時間>

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少し雨が降りていましたので、お堂の入り口前に受付を設けました。幸い雨は上がりました。


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開式10時近くなりますと、ご覧のように大勢の方がおみえになり、お堂の中が一杯になりました。


<読経>

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式の始まりに「般若心経」と「観音経」をとなえます。皆様も熱心に唱和されています。


<ご挨拶>

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永田佐吉顕彰会の野田光彦会長と、羽島市長の代理として羽島市教育委員会伏屋敬介教育長よりお話しを頂きました。

この後に山田優岐阜県議会議員のお話し、来賓紹介、祝電披露と続き、前半の部の終了です。



<ミニコンサートのスナップ写真を連続でご覧下さい>

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誠に本格的なコンサートで、近所のおじいさんやおばあさん方は、大喜びでした。


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本日のプログラムであります。


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最後に学生時代を全員で歌って、素晴らしいコンサートの幕を閉じました。


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誠に名残惜しく皆さん方に拍手で見送られて、退場されました。


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素晴らしい演奏を有り難うございました。改めてこの場を借りて御礼申し上げたいと思います。


<式も無事終了>

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今年の彰徳祭はお堂に入りきれないほど沢山の方に参加して頂き大盛況でした。また来年もよろしくお願いします。





敬恩寺(大垣市)の御初穂経での講話

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今日は大垣市の敬恩寺さんで「御初穂経」という作物の収穫に感謝する儀式がありました。


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看板をよく見ますと、『講話 永田章師』と書かれています。何と私ではありませんか


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行くと直ぐに書院に通されました。かしこまっております。


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次にはお茶をいただきます。自然に見えるでしょうが、私のカメラで撮っておりますので、半分は宣伝用のポーズであります。


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講話が始まりました。我ながらビックリするような厳粛な雰囲気で、日頃大仏寺で子ども達を前に話をするのとはチト雰囲気が違いました。


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ちょっと寛いできました。ペーパーを手にしていますが、「佐吉翁」について今後も利用することもあろうかと思い、写真を沢山取り入れて14頁にまとめてみました。
相当時間も費用もかかっているのですが、もしお望みの方がおられましたら、A4サイズの返信用の封筒に140円を貼って頂き私の処に送って下されば無料で差し上げます。新しく改訂した佐吉大仏のリーフレットも同封致します。(〒501-6241 羽島市竹鼻町209番地 永田章宛)


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聴き手が誰もいないでないかと思われるかもしれませんが、10数名の方が後ろの壁際に並べられた椅子の上に座って見えます。今はそういう時代であります。


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講師料もいただきまして幸せ満点の日でした。

しかし私は「佐吉翁」の話をして、少しでも翁を現代に蘇らせたることを使命としておりますので、どこにでも無料で出かけて行くつもりでおります。

もしお望みの方がおられましたら人数は問いませんので、気楽にご用命下さるようお願いします。


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ご覧のように大垣と言いましても西外れの郊外にあるお寺さんです。



佐吉翁の資料にきれいなカヴァーかかりました

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昨日の記事からの続きですが、皆さん「佐吉翁座像」前に集まっておられます。


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佐吉翁像前には明治~昭和初期に掛けて発行された様々な佐吉翁の資料が並んでいます。

国会国立図書館からインターネットで取り寄せたまま、クリップでまとめて置いておいたのですが、流石お絵かきグループの皆様方、もう少しきれいに並べられないかと思案されて、コピー用紙に和紙で表紙を拵えて下さいました。


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色とりどりの表紙で見た目が大変美しくなりました。

これらを繙くと分かりますが、佐吉翁は明治時代に学校教育が始まって直ぐに徳育教育の根幹人物としてその事蹟が全国で学ばれています。また、岐阜縣では更に時間をかけて詳しく教えられています。

佐吉翁の伝える徳目は、「慈善」、「奉仕」、「正直」、「博愛」、「謙譲」、「孝行」など今日必要なことばかりですから、今一度見直されて、学校で教えられるようになると良いと思っております。

「絵手紙サークル」の皆様有り難う御座いました。


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