2010年08月30日

ドイツへ行ってみた(7)

7日目 ミュンヘン→ハイデルベルク→フランクフルト空港より帰国(8日目)

 7月30日。今回ドイツで迎える最後の朝。宿を引き払いミュンヘン中央駅へ向かい、
ICE690列車に乗る。相変わらず一等車は空いている。DB(ドイツ鉄道)の経営は
本当に大丈夫かと思ってみたり。この列車はミュンヘン始発、ベルリン行きの長距離
運転であり全区間で食堂車を営業している。折角なのでやや遅めの朝食を食堂車で
摂ろう、と2両先の食堂車へ。

 朝食メニューもあるのだが一般メニューも合わせて提供しているので一般メニュー
からチョイス。先日乗ったときに気になっていた「チキンフリカッセ・ライス添え」を選択。
フリカッセと云えば某スペースオペラで斧を振り回すやばい人が「賎民の肉」で作る
モノ、と云うイメージしかないのだが出てきたモノは鶏肉入りクリームシチューを米飯
にかけたモノであった。因みに米は長粒種。シチュー掛けご飯というとどうも日本では
下品なイメージもあるのだが割と良かった。


 車窓風景を楽しみつつ、列車はハイデルベルク駅に着く。市内観光に向かう前に
旅行鞄をコインロッカーに押し込む必要があるのだが、使い方が解らない。すぐ近く
にいた客のやった通りにやれば良いと思ったがなかなかこの客が荷物を入れない。
実はこの客も使い方が解らなかった様である。更に別の客が現れ、前の客に使い
方を講釈するのを見て小生も使い方を把握。

(役に立つかも知れないハイデルベルク駅コインロッカーの使い方)
1.料金投入口の両側2列が、その料金投入口を使用するロッカーである。
2.空いているロッカーの扉を開け、荷物を入れたら扉を閉めて数秒押さえる
3.扉がロックされるので、料金投入口のディスプレイを確認し、自分のロッカー
 番号であることを確かめて料金を投入。
4.料金投入口の横からプラスチックの円盤が出てくるので受け取る。
5.荷物を出すときには円盤を機械に入れる(不足料金表示があれば支払う)

 旧市街は中央駅から少し離れているのでバスにて移動。10分少々で大学広場に
到着。ハイデルベルク大学はドイツ最古の大学として知られているが、小生手持ちの
ガイドブックにある「6000年以上の歴史を持つ名門」というのは明らかに0が1つ多い。
この大学には「学生牢」なる珍妙な施設がある。大学は自治権を持っており、その中
には学生に対する司法権も含まれていた。夜中に高歌放吟したり、酒に酔って暴れ
たり学生同士で決闘したりといった不法行為が拘留の対象になったそうである。

 最長4週間の拘留期間中、学生たちは壁に肖像や学生組合の紋章、格言などを
書き残している。壁一面を埋めるそれらは結構見物である。しかしこの学生牢に新た
な落書きを加えようという観光客が結構居る様で、3カ国語で落書き禁止の貼り紙が
ある。ドイツ語・英語・そして韓国語である。韓国語は英語と並ぶ国際メジャー言語に
なったのだなあ、と隣国の発展に思いを致す。


 市街を見物し、聖霊教会の塔に登って市街を見渡すとネッカー川にかかるカール・
テオドール橋やハイデルベルク城など、美しい景観が広がる。下に降りて目抜き通り
を散策した後、丘の上にあるハイデルベルク城へ。ケーブルカーで1駅、シュロス駅
で降りて少し歩くと城に着く。あちこちで修復中なのだが基本的には廃墟である。

 廃墟にしては妙に壮麗なのだが日本の城跡同様、役目を終えて久しい雰囲気が
伝わってくる。流石に観光名所だけ有って客も多数で、今回の旅で初めて同胞から
カメラのシャッターを頼まれてしまう。城の地下には名高い巨大なワイン樽があるの
だが、樽と云うより木造タンクと云った雰囲気。因みに容量は220キロリットルだとか。

 ここらでカメラの電池もメモリーカードの残量も怪しくなってきたし、時間も良い感じ
なのでバスで中央駅に戻り、ICEでマンハイムへ向かう。短時間だが車内でカメラ
の電池を充電。(一等車には各席にコンセントがある)

写真(クリックで別窓/別タブが開き拡大表示、1068×712pixel)は以下の通り。
左:ミュンヘンからハイデルベルクへ向かう車窓から。
中:ハイデルベルク・大学広場にて。
右:ハイデルベルク大学の学生牢の中。

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 マンハイムで別のICEに乗り換えてフランクフルト空港駅に到着。フランクフルト・
ケルン・ブレーメン・ハンブルク・リューベック・ニュルンベルク・ローテンブルク・バン
ベルク・ミュンヘン・ハイデルベルクと北から南まで10都市を駆け足で巡った旅も、
ここで終点である。

 荷物を抱えて第1ターミナルの最上階へ、そこから第2ターミナルへスカイライン
(列車っぽい何か)で移動して日航のカウンターへ。搭乗手続きをしようとすると、
目の前には「実習中」(日本語)のバッジをつけたドイツ人のお姉さんが。英語か
ドイツ語か、と聞いてくる。すっかり日本語モードに入っていた小生、少々面食らう
有様で。結局片言英語でチェックイン完了。

 因みに一昨年イタリアに出掛けたとき、帰りの便はアリタリアが運行する(JAL
コードシェア便)機体だったため当然アリタリアのカウンターで手続きをしたのだが
このときは日本人1人、日本語ぺらぺらのイタリア人2人の配置であった。何故に
アリタリアのカウンターでは日本語完全対応で、日航のカウンターで日本語不可
なのやらよくわからない。まあ隣の上級客用カウンターには日本人係員もいたが。 

 結構余裕を見て空港に着いた為かなり暇である。空港内をぶらついて、何か食事
を摂ろうかなと思うが今一つぴんとこない。何故か巨大なマクドナルドの店舗があり、
混雑している。子どもの遊び場まで併設しており賑やかなことこの上ない。
デッキで外を見ようかとも思ったが17時までだそうで既に終了。まだ日は高いので
違和感があるのだが、まあ夏と冬で極端に稼働時間に差を付ける訳にもいくまい。
ところで冬場は午後早い内に暗くなりそうなモノだが、デッキは空いているのやら。
それとも冬期閉鎖なのか。


 することもないので出国審査を通過して制限区域に移動。手許に残った幾ばくかの
ユーロを持って免税店で買い物……と思いつつも大した買い物はしていない。何故か
安かったのでスコッチの小瓶を買ってしまったり。

 免税店の近くにはレストランもあった。機内食は時間帯的に夜食の雰囲気なので、
今の内に早めの晩飯も悪くないかと思う。しかも店先にはラーデベルガー(連載5回
目参照)の看板が。これは飲まねばなるまい。しかも缶ではなく樽出しなのである。
今回ドイツで飲む最後のビールに相応しい。食事は例によってボリューム満点。
ビールも素晴らしい。

 未だ早いが後は搭乗口でのんびりしよう、と移動。何と保安検査はこの段階にて。
成田では保安検査→出国審査の流れだが、こちらでは出国審査→保安検査となる。
妙なモノは持っていないのだが、金属探知機ゲートで引っかかる。手持ちの感知器を
持った係員が慎重に小生の体を調べ……反応した原因は何とガムの銀紙であった!
そんなものかよ、と思いつつも無事に出発ロビーに。

 出発ロビーには日本の全国紙4紙が置いてある。3紙は29日付、朝日のみ何故か
28日付。しかし30日昼に日本を飛び立った機体は既に当地についている訳であり、
30日付の新聞を用意しても不思議はないのだが。その辺り微妙なのが日航の限界
なのかもしれない。しかし久々の日本の情報なので有り難い。


 待つこと暫し、搭乗時刻となる。往路同様左の窓側が小生の席。隣の客がなかなか
来ないのでもしや空席か、と期待したのだがしっかり乗ってきた。日も落ちて夕闇に
包まれつつあるフランクフルト空港を定刻通りに離陸した日航408便は北へ向かって
高度を上げる。高度と緯度が上がった為、一度沈んだ太陽が再び微かに姿を見せる。
暫く飛ぶとまた日は沈み、薄暮の中眼下にはシュヴェリーン湖が見える。湖上には
美しいシュヴェリーン城が建つという。

 そろそろドイツ時間では23時頃か、機内食を配り始める。メニューは鮭の切り身と
ご飯のセットorハンバーグとマッシュポテトのセットである。メイドインジャーマニーの
シャケ弁、と云うのも怖いモノ見たさで興味はあったのだが順当にハンバーグを選択。
飲み物は、と聞かれてビールを、と云うと何と「あいにく国産はア○ヒとキ○ンだけで」
とおっしゃる。ドイツ発の便で何故スーパード○イなど飲まねばならんのか。まあ往路
の残りだろうか。ドイツのビールをお願いしますと云ったらちゃんとあったが。ちなみに
隣に座った女性客のチョイスはスーパード○イであった。

 飯も食った、酒も飲んだしあとは寝るだけだ。寝苦しかったが多少は眠れた。目が
覚めたら日本までまだ結構ある。何となく映画を2本ばかり見たりして時間を潰し、7月
31日の午後に無事成田に着陸。ドイツ滞在中はずっと涼しかったので日本の暑さに
愕然としつつ帰宅。

写真は以下の通り。
左:ハイデルベルク市街とネッカー川。左がカール・テオドール橋。
中:ハイデルベルク城にて。
右:ドイツ北部・シュヴェリーン湖を上空から見下ろす。

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kanonenfutter at 20:09│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!海外旅日記 

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