社員の声(朝礼)

カンパネ株式会社では、朝礼で日々の気付きや経験から得た学びなど、社員のスピーチを行っています。是非、ご覧になって下さい。

2008年02月

≪No125≫2月25日朝礼『名前を呼ぶ会話法』発表者:清水かおり

1eb4b951.JPG相手と会話を交わす際、その端々で「〜ですね、○○さん」というように、相手の名前を呼ぶことで、親密度はアップします。名刺交換の時でも、相手の名前を呼ぶ機会があれば、より相手を覚えていられるようになるでしょう。名刺をいただいた時点で「○○様ですね」というように、一度相手の名前を呼ぶと、顔と名前が自分の記憶に定着しやすいのと同時に、相手にも親近感を持ってもらうことができます。大切なことは、忘れないうちに相手の名前を口にするということです。

ところで、自分の名前を覚えてもらって嫌な思いをする人はいません。名前とは当人にとって最も快く、そして最も大切な響きを持つ言葉なのだそうです。自分の名前を呼んでくれるということは、とても気分のいいことで、つまらないお世辞よりも効果があると言われています。

一般的に、相手がお客様の場合、顧客心理の中に優越感を感じたいというものがあり、他のお客様よりも大切に対応してもらっていると感じる意識を持ってもらう時にも、効果的なのが名前を呼ぶということです。

タイミングや場面を工夫しながら、さりげなく会話に名前を織り込んでみると、好感度が上がるかもしれません。仕事だけではなく、いろいろな場面で活用することができますので、皆さん是非試してみてはいかがでしょうか。

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≪No124≫2月18日朝礼『幸福の実態』発表者:本多紳

a6ae7371.JPG ソフトブレーンという大手の経営コンサル会社がありますが、そこのアドバイザーとして活躍中の宋文洲氏の「幸福の実態」という論壇がありますのでご紹介します。

 所得が上がっても幸福感が上がらない現象は世界的な現象です。これを「お金で幸せが買えない」といえばそこまでですが、もう少し掘り下げてみたいと思います。
少数の人しか車を持っていない時点で車を持てば幸せになると思うものですが、持ってしまえば意外と幸せにならないのです。飽きっぽい本性のせいにする意見もありますが、本当の理由は別にあります。
それは自分が持てたときに他の人もほとんど持てるようになるからです。その時点でまた少数の人しか持てないものが見えてきます。この循環が限りなく続くために自分の影を追いかけることになります。
平均的な会社員がタイムマシンに乗って今の日常生活を江戸時代にもって行けばどうなるでしょうか。彼は間違いなく、日本一羨まれる存在になり、彼の幸福感は何倍にも高まります。
よくない日本語の一つには、「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。これは人間の心理の一面を見抜いたものです。分かりやすくいえば人類の嫉妬心理です。
人間は常に平均より上か下かで自分の幸福を測る癖があります。上に行けばさらに上に行きたくなります。これは悪く言えば欲望であり、良く言えば向上心です。良くも悪くも昔からの本性です。
ブランドものが売れる理由もそこにありますし、出世したい理由もそこにあります。そもそも価値とは少なさの代名詞であり、人間はあり溢れたものに価値を認めない社会になってしまいました。
魚は水の有難みを知らないのも、人間は空気の有難みを知らないのも同じ理由です。
世間と照らし合わせながら生きる人は幸福を感じられないと思います。身の回りに溢れた有難みに気付かない人は幸せにならないと思います。幸福は気付くものであり、追い求めるものではないと、この年になって「幸福の実態」を考え始めました。

 さて、これを聞いてみなさんはどう思われたでしょうか。我々カンパネは「水」という生きていくには不可欠なものをお客様に提供しているわけです。お客様が「水」を毎日使えることができて幸福感を感じるかどうかは別にして、少なくとも我々カンパネ社員は生活者のライフラインを担う重要な仕事をしているわけで、「水」が使えることの幸福感を感じ取って仕事をしてみたら、と考えました。そうすると自ずと仕事の質が変わってくるのではないでしょうか。どういうことかというと、我々の「水」に対する感謝の念は、その仕事振りから自ずと伝わるということです。それは品質向上にもつながるもので、「水」を提供する我々自身の感謝は、その仕事振りからお客様は感じ取るというものです。

 事故やクレームが発生することがあるとすれば、「水」を使えることに対する幸福感が希薄化している証なのかなぁと思いました。

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≪No123≫2月12日朝礼『自分を主張するということ』発表者:高杉晋作(仮名)

9fe3078e.JPG ある職場での朝礼のこと。ひとりの社員が次のようなことを発表しました。

「僕は、ある事故をきっかけに軽度障害者となってしまいました。しかし、日常生活に支障をきたすことはありません。したがって、発表したからといって、特別扱いして欲しくありません。今まで通りの仕事をしますので、よろしくお願いします。」

 このように、自分のポジションを主張し、周囲に再認知させることは大切なことだと考えます。与えられた職務を責任を持って最後まで行い、十分な成果が表れた時はじめて「自分のポジションを手に入れた」と言えるのではないでしょうか。

 主張すべきことは主張して、周囲に自分の存在を認知してもらって仕事をする。まさに、有言実行の姿勢です。勇気や度胸が伴いますが、成功したときは大いに満足感があるはずです。正々堂々とした姿勢で仕事をすることは、完璧に「自分のポジション」を獲得することに繋がります。それには、目標の設定から始まるPDCAサイクルの大いなる活用が大切です。

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≪No122≫2月4日朝礼『目からウロコ』発表者:海野俊一

67151eb6.JPG 今日は2月4日「立春」です。旧暦ではこの日から春が始まるということになっています。その前日(2月3日)を「節分」といい、季節の分かれ目ということからこう呼ばれるようになりました。

 節分の行事では「豆まき」があります。私も子供が小さい時はよく豆まきをしたものですが、最近はしていません。季節の変わり目には「邪気」がたまるということから「悪霊払い」の意味で豆まきをし、大声で「鬼はそと」「福はうち」と掛け声をかけていました。そして年の数だけ豆を食べるという習慣です。だいたい鬼の役は父親がすると決まっていて、昔は「お父さん、早く帰ってきてよ、鬼が居ないと豆まきできないから」と出がけに言われたものです。家族との触れ合いやコミュニケーションのためには、よい風習は残していきたいものです。

京都 話は変わりますが、我々は日々仕事に追われ「苦しい」とか「辛い」と思うことが多いのではないでしょうか。数年前、京都の浄土真宗の寺「浄泉寺」の住職、大原光夫師とお会いする機会があり、著書をいただきました。その中で興味深い文章がありましたのでお話します。

 『逆説』
 「苦しみは、それが実体ではない。楽しみが終わった状態。楽しみは、それが実体ではない。苦しみが終わった状態」(一遍上人のことば)

 苦しい中では、それが気の遠くなるほど続きそううに思います。また楽しいことは永遠に続いてほしいと思います。そんな時には、逆の立場に身を置いて物事をみる。「早くから楽しみでわくわくして待っていたものも、過ぎ去ればあっという間でした」という体験から思えば、一遍上人のことばの真意もうかがい知ることができます。

辛いと幸せ もうひとつの話は『無化』
 聞き慣れない言葉かもしれません。「意味のないものにしてしまう」と理解していただくとわかりやすいかもしれません。例えば「幸せを無化する」という場合、生まれてこの年になるまでずっと幸せばかりだったら、人はそれを「幸せ」とは感じません。「辛い」ことや「悲しい」ことを、どれだけくぐり抜けたか、そのことでしみじみと感じることができるわけです。都合の良いことばかり願い、辛い苦しみから逃れようとする人生。それを約束する宗教は、本当の生きる事を「無化」するものです。「辛い」に「一」を加えるだけで「幸せ」という字になるでしょう。辛さに立ち向かってください。

 私は目からウロコが取れた感じがしました。皆さんもこのような「発想の転換」をしてみてはいかがでしょうか。

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