社員の声(朝礼)

カンパネ株式会社では、朝礼で日々の気付きや経験から得た学びなど、社員のスピーチを行っています。是非、ご覧になって下さい。

2017年12月

《No886》12月25日朝礼『慣れ』発表者:露久保 駿

元気私は今、根岸で半年間の長期現場に同行しています。
専有部での作業で、毎日同じ流れで作業を進めているのですが、
初めはどのように作業すれば効率が良いか、一番良い施工方法で出来るか打ち合わせをしたり、指示したりするのですが、
ある程度日にちが経ってくると作業に【慣れ】が出てきます。

確かに、作業に慣れてきて作業時間が早くなってきたりすることは良いことではありますが、
その裏で慣れてきたからこそ、初めに注意していた部分や道具の使い方、色々な部分での注意力が鈍ってくることもあります。

この【慣れ】から来るミスで怪我に繋がったり、仕上がりに差が出来てしまってはいけません。
工期が長い現場を担当している人は【慣れ】という言葉を常に頭に入れて現場に入ることで、安全で且つ質の良い工事を出来るのではないでしょうか。

今年の業務日数も僅かになってきましたが今一度、施工方法や道具の使い方を確認して安全で質の良い工事をしていきましょう。

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《No885》12月11日朝礼『ジャネの法則』発表者:中村 翔

年まえ私は今、給水方式変更工事をしています。入社し早1年と9か月が過ぎました。
この1年と9か月は本当にあっという間でした。私が今まで楽しく働いて来れたのは、優しい先輩方や上司の支えがあったからです。まだまだいろいろと分からないことも多く、そのたびに優しく教えていただき周りの方には本当に感謝しています。

 

僕にとって、この1年と9か月はとても短かったです。みなさんはどうだったでしょうか?

年を追うごとに1年が短く感じられるようになったと思うこと。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、この「年を取るほど1年が早く感じるようになる現象」、

実は名前があって「ジャネの法則(ジャネーの法則とも)」と呼ぶそうです。

今回の朝礼では、このジャネの法則について話したいと思います。

 

そもそも、ジャネの法則の「ジャネ」というのは、この法則を発案した人物の名前ですが、そのジャネ氏は、

1年の長さというものをこんなふうに説明したそうです。50歳の人にとっての1年の長さは人生の50分の1

5歳の人にとっての1年の長さは人生の5分の1。であると。要するに「今年1年」というのは、「自分の年齢分の1年」。

なので、年を取ればとるほど、1年の比重が段々と小さくなっていくというわけです。

で、時間を長く感じたり短く感じたりするのは、この「1年の比重」以外に、

もう1つ大きな要因があるのですが、何だと思いますか?

 

それは、日々の充実感や新鮮さです。幼い頃と言えば、単純に毎日が新鮮。

やることなすこと初めての出来事が多くて、常にワクワク・ドキドキ状態。
一方、僕ら大人、社会人。毎日が単調になりがちです。

誰しも年齢には逆らえないですから、1年の比重という意味では、僕ら大人がいくら頑張ったところで、子供たちに敵うわけありません。

 

でも、毎日を充実させるという意味では、僕ら大人の方が、子供たちよりも、はるかに選択肢や可能性が多いはずです。

どうしても充実感というと、何か特別な出来事を想像してしまいがちだと思うのですが、

こうして毎日、目の前に自分のやるべき仕事があるというのも、少し見る角度を変えれば、

十分充実感に値すると思いますし、要はその人の考え1つだと思います。

 

ちょうど1年の節目、皆さんもぜひ、日々の充実感を再確認して頂きたいと思います。

私自身、くれぐれも体調管理と事故には気を付けて、いい形で来年に繋がるよう、気を引き締めて頑張っていきます。

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《No884》12月4日朝礼『キングダムからの名言』発表者:北川昭彦

槍

今年の5月頃からこの「キングダム」というコミックにはまっています。

この物語は秦の始皇帝「嬴政」とそれを助ける「信」という少年の中華統一までの物語です。

現在49巻発行されていて、まだ完結しておりません。

今日はこの物語の紹介ではなく、この時代のエピソードから生まれ、現在でも使われている格言、名言を3つほどご紹介します。

まずこの物語の時代ですが、春秋戦国時代という時代です。

紀元前403年以降の時代でその前は春秋時代といいます。

この春秋時代の晋という国が趙、魏、韓に分裂した後この春秋戦国時代になります。

三国志で有名な三国時代は220頃なのでかなり前の時代です。

ちなみに日本はこの頃、縄文時代、弥生時代の頃です。

この時代の中国は7カ国に分かれて戦争を繰り返していました。

その7カ国は 北の方から燕、趙、斉、魏、韓、秦、楚です。前置きはここまで。

それでは1つめの格言は、

「完璧」です。

完璧にまつわるエピソードは趙の 「欄 相如 りんしょうじょ」と秦の国王 昭王とにまつわるものです。

趙の 「欄 相如 りんしょうじょ」は、キングダムの中では「廉頗 れんぱ」、

「趙奢ちょうしゃ」とともに趙の三大天と登場します。

「欄 相如 りんしょうじょ」と「廉頗 れんぱ」の間には「刎頸の交わり」という故事あります。

さて話は戻りますが、趙の国にあった「和氏の璧(かしのへき)」と呼ばれる立派な璧を(璧というのはこれ)

秦の昭王がほしくなって、「秦の15の城と交換したい」と趙に申し出た。

「欄 相如 りんしょうじょ」が秦の国へ使いに行ったが、城と交換する気配がなかったため「欄 相如 りんしょうじょ」は
璧を命がけで持ち帰った「璧をまっとうして帰る」という故事から大事なことを成し遂げることや、
欠点が全くないさまを表すようになりました。
現在では完璧の璧は壁の字を用いて書かれることが多いです。

 

2つ目の格言は、

「臥薪嘗胆 」です。

臥薪嘗胆にまつわるエピソードは春秋戦国時代の前の春秋時代の

呉の国の皇太子「夫差 ふさ」と越の国の王「勾践 こうせん」にまつわるものです。

呉の国の皇太子「夫差 ふさ」は越の国の王「勾践 こうせん」に父である呉の国の王、

「闔閭 こうりょ」を殺されてしまいます。

「夫差 ふさ」は毎晩、薪(またぎ)の上に臥せて寝てその痛みで父親を殺された恨みを忘れないようにしました。

またぎにふせて寝ることを「臥薪 がしん」といいます。

3年後「夫差 ふさ」は越の国に攻め込み越の国の王「勾践 こうせん」を降伏させます。

「勾践 こうせん」はこの屈辱を忘れないため、干した熊の肝(心臓)を嘗めてその苦さで恨みを忘れないようしました。

肝を嘗めることを「嘗胆 しょうたん」といいます。

そして22年後「勾践 こうせん」は「夫差 ふさ」を破って、屈辱を晴らしました。この故事から目的を達成するために
苦労・努力を重ねることの意味に使われるようになりました。

 

さて最後3つ目の格言は、

「覆水盆に帰らず」です。

覆水盆に帰らず  にまつわるエピソードは周の国の「呂尚 ろしょう」とその妻 「馬氏 ばし」にまつわるものです。

「呂尚 ろしょう」とは、釣りの好きな人は聞いたことがある思いますが「太公望」の本名です

この「呂尚 ろしょう」が若いとき読書と釣りばかりしてすごしていました。

愛想をつかした妻の「馬氏 ばし」が実家に帰ってしましました。

後に「呂尚 ろしょう」が周の国の王 文王に見いだされ、周の国の軍師となり大出世した「太公望」と呼ばれるようになると

妻の「馬氏」が実家から戻り復縁を求めます

「呂尚 ろしょう」は盆の水をこぼし、「この水を元に戻せたならば、復縁に応じよう」と言いました。

しかし「馬氏 ばし」がすくえたのは泥ばかりで、水はすくえなかった。

そこで「呂尚 ろしょう」は「おまえは一度別れたのに復縁を求めてきたが、こぼした水は盆に戻せない」と言って復縁を断りました。

この故事から、

一度したことは、もはや取り返しがつかないことや、

一度別れた夫婦の仲はもとにもどらないことのたとえとして使われるようになりました。

 

我々、給水設備工事において「完璧」というのは、なかなか難しいと思いますが、

おのおのが「臥薪嘗胆」し「完璧」を目標としていきましょう。

今年も12月になりました。飲む機会も多くなると思いますが、

絶対に飲酒運転はしないようにしてください。「覆水盆に帰らず」です。以上です。

 

HP「語源由来辞典」より一部抜粋

漫画『週刊ヤングジャンプ』(集英社)のキングダム(原泰久)より一部引用

 

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