2022年06月09日

グッバイ、ガーミン!


先日マンションをリフォームしたタイミングで、今まで捨てるに捨てられなかったランニングシューズを処分した。

5、6足くらい。

これまで捨てられなかったのはひとつひとつのシューズにそれぞれの思い出があったからだ。
ただ今回それらを思い出すのには少しばかり時間がかかった。残念な事に。

かつて僕が持っていた、マラソンにたいしての「熱意」や「想い」みたいなものは随分と心の奥の方に。
背伸びし、手を伸ばさないと届かない棚の、さらに少し奥にしまい込んでいて、取り出すには、いささか時間がかかるようになっているのだ。


そんなわけで、今の僕にはたくさんのランニングシューズは必要ない。

グッバイ、ランニングシューズ!



ブログを更新していなかった、この1年。

当たり前だけど、まあ色んな事があった。

昨年の春には係長に昇進した。
おそらく来春には社内で最年少の課長職になる。

僕のスキルや人望が人並外れてあるわけではなく、経営層からの評価が特別高いわけでもない。
所属部署の課長が6月1日付で海外に転勤したからだ。

そんなわけで5月は引継ぎ業務に追われ、今月から僕の担当エリアは今までの2倍近くになり、部署間の調整的な仕事も部署内での管理的な仕事も増えた。

グッバイ、レーニン!



昨年の12月には娘が産まれて父になった。

結婚して7年、待望の第一子だ。

グッモーニン、娘ちゃん!

生後6ヶ月経った娘ちゃんはすんごく可愛い。
そんですんごくおっきい。

色白で髪は茶色のふさふさのクルクルで肌はツルツルのムチムチ、眼は切れ長だけど開くとクリっとしていて、鼻は少し小さい。
起きている時は天使で寝顔は菩薩様みたいで美しい。



良き夫であれ、良き父であれ、良き上司であれ、良き会社員であれ、良き人間であれ。

それが最近の僕の口癖だ。
(嘘、本当は「マイメロだからわかんなーい」が口癖だ)






そうか呪いかあ。

憶えていてくれたのかぁ。


僕が走れた、彼女が走れなかった、大会。

当時は面識もなかったし、僕の事など存在も知らなかっただろうけど、彼女の大会1週間前にあげた大会をDNSするってブログエントリーが僕が彼女のブログを読み始めるきっかけだし、それ以降ファンでもある。

2年半前に初めてお会いした時に、そんな話を、そしてその大会を走って欲しいな、なんて事を伝えたのだ。

少し時間はかかるだろうくど、呪いが解けるのを楽しみにしてようと思う。



そういやどんな流れかは忘れたけれど、
僕は勉強ができない
営業はできない?販売はできない?モノ売りはできない?みたいな話になって。
その時に僕がどんな話をしたかは覚えてないんだけど。

相手の心を少しでいいから揺らす、ひっかかるものを。

そういう事を意識してる。

親愛なる寅次郎さんの名シーンを。






もし産まれたのが男の子だったら、
名前は 満男 だったかも。


おしまい




2021年08月02日

今夜は男子3,000M障害決勝


日本男子が4継で銅メダル(後に銀)をとったシドニー五輪。




メンバーの塚原、末續、高平、朝原。




僕は抱き合って喜ぶ選手達ではなく、スタンドで頭抱えて涙する、為末大の姿を見て、日本短距離界が挑み続けてきた96年という歴史の重さを感じた。



悲願という、先人たちが挑んできた想い。その強さというのは、今の選手達よりも、その選手を応援している人の姿を見た時に感じるものなのかもしれない。



2003年、パリの世界陸上。



同種目で岩水嘉孝さんが予選で日本記録を更新し、決勝の舞台に立った。




決勝で入賞圏内を走る岩水さんを福士とか渋井といった女子選手を含む長距離陣がトラックの外から身を乗り出すように応援していたのが一瞬画面に映ったのが強く印象に残っている。


日本長距離界の歴史を、悲願を二十歳の若者に背負わせるのは心苦しいけれど、それでも期待してしまう、予選での圧巻の走り。





ずっと先人達が克服できなかった、世界レベルでのラスト400Mからの切替。


三浦くんの男子3,000M障害決勝は今夜の21時15分からネット配信で(怒)







おしまい




2021年05月21日

RE:富士登山競走のエントリー


定員に達しなかった為に二次抽選があって、そんでその詳細が18日の18時にメールがくるっていうんで、この2日間メールの送受信とランネットのログインを繰り返して待ってたんだけど、メールも来ず、ランネットの表示も変わらず‥。





公式ホームページを確認したら「落選の方にはメールはお送りしません」と追記されていた。


そんなわけで僕の富士登山競走2021はおわり。


山頂のエントリー資格が今回で切れると思ってたんだけれど、大会要項を確認したら去年は中止だったからノーカンで、おそらく来年もあるみたいだ。



来年か‥。


1年後、大会にエントリーする気概が果たして僕に残っているだろうか。


2年前のチャレンジ富士以降、大会に参加していない。

この1年間でエントリーした大会も富士登山競走だけのまるでまんちんさん状態だ。


この1年間色々とあったじゃないですか。色々とあったのですよわたしも。ウイルスだったり政治だったりマスメディアだったり会社にわかりやすい対立軸作らされて刷り込まれて分断されて躍らせれて他人する事にやたら厳しくなって些細な事つまらない事でいがみ合って憎しみあって傷つけあって言葉がきつくなってああっ、もしかするとこんな風に内戦って始まるのかもな、そういえば応仁の乱のきっかけはどっかの家の家督争いだったもんな、もしかすると世の中の戦争ってのはだいたい始まりはそんな感じなのかもなきっと次ぎの戦争はマスクするしないだったり寿司屋行く行かないで始まるのかもしれないな、走ったりブログだったりを辞めて、そんな中でも
シューズやウエアはいつまでも捨てられなくて結局いつも
何か走る理由やら走るきっかけを探しているよ、向いのホーム路地裏の窓こんなところにいるはずもないのにそしてやっぱり最後まで頭に残ったのは富士登山競走だった。



また1年後かあ…。


くそぅ、いつまでも富士登山競走を富士登山競争と間違えてるやつが拾われてるのにこっち3分の2で走れる大会に落選かあ…。くそぅ、ガンプよぉ…
おめでとう







おしまい