June 27, 2017

10年ぶりにブログを更新する

2007年にこのブログの更新を止めた理由は、自分自身が吹っ切れた感が、そのとき訪れたからであります。この記事を書いているときは、自分自身に言い聞かせるために、書いていたような気がしています。

2007年にブログの更新を止めて、自分自身にも言い聞かせることもなく、人生を歩くことにしたのだと思います。

この10年を振り返ると、そんな感じです。

2007年当時このブログからリンクされていた他の方のブログもリンク切れが多いのに気づきました。皆さん、それぞれの思いがあって、ブログを閉じた方もいらっしゃるのでしょう。

10年、はやいものですねぇ。  
Posted by kanyou1 at 07:42Comments(0)TrackBack(0)

December 16, 2007

「ありがとう」の理由は後から考えてもいい

今日は、何回「ありがとう」って言いましたか?

今日はまだ声に出して言っていなかったら、

とりあえず、鏡の前に立って、自分に対して「ありがとう」って言ってみる。

「ありがとう」って言う理由が見つからなくても、とりあえず言ってみる。

理由は後からゆっくり考えてもいい。

「ありがとう」って言った自分の声が自分の耳から聞こえます。

その「ありがとう」って言った自分の声が、自分のこころにエネルギーを与えてくれます。

「ありがとう」って言う理由がなかなか見つからなければ、見つける努力をしてみる。

その努力も、こころにエネルギーを与えて、こころを安定化してくれます。

「ありがとう」ということばは、感謝の気持ちの表れです。

なぜ感謝の気持ちを持つと、人のこころにエネルギーを与えて、こころが安定するのか。なぜなら、感謝した瞬間に、その人のこころは、現在にピタリと固定されるからなのです。

不思議なものです。「ありがとう」って無意識に言った瞬間、人のこころは、過去の嫌な出来事のこととか、将来の不安から離れて、今この瞬間の満足感に浸ることができるのです。

「ありがとう」という言葉は、その言葉を発した人ばかりではなく、言われた人にもこころにエネルギーを与えてくれる魔法の言葉なのです。

たとえば、喫茶店で、コーヒーを受け取るときに、店員さんに「ありがとうございます」といってみるといいです。

欧米では、こういうときにお客さんの方が「サンキュー」って必ず言います。日本では、無言でコーヒーを受け取っている場合が多い。

日々の生活で、「ありがとう」って言う機会は、思いのほかたくさんあることに気づくはずです。

この文章をこの行まで読んでくださったあなたへ、「ありがとうございます」。  
Posted by kanyou1 at 19:01Comments(1)TrackBack(0)こころ

August 29, 2007

別無工夫

「別無工夫」は、「別に工夫無し」と読みます。

人生って、山あり谷ありです。

人生には、波があります。

誰でも人生の底にいるときがあると思います。

そんなときって、どうしても底から早く抜け出そうと、あれこれと自分なりに工夫したくなる。

でも、そんな工夫は不要なのです。

人生、山あり谷あり、いつの時も、別に工夫しない。

それでいい。

つまり、工夫はさておき、やりくりもせず、この今の瞬間を、そのまま生きてゆく。

それでいい。

なぜなら、「工夫」するときって、過去の経験を反省し、自分の将来の不透明性に不安を感じて、あれこれと思案しているときで、「こころ」が「いま」から離れているのです。

そして「こころ」が「いま」から離れると、「こころ」は安定性を失うのです。

過去のことは、今更変えられないし、将来のことは誰にも予測できない。そんなことを考えてもきりがないのです。

つまり、過去の変えられないことや、将来の不透明できりがないことに「こころ」を浮遊させると、「こころ」の置き所がなかなか探せなくて、「こころ」は安定性を失うことになるのです。

だからね、なるべく「工夫」はしない方がいいですよって、

この禅僧は、そう言っているのです。

工夫をすることを「やめにする」と(あきらめると)、「こころ」は、いまこの瞬間にピタリと固定して、過去の出来事を悔やむことや、将来の不安を意識することから解放され、「安定」するのです。


「別無工夫」は、臨済宗の高僧である夢窓疎石(1275〜1351)の墨書として現存しています。その墨書は、京都の相国寺(しょうこくじ)に所蔵されています。(私は、「京都五山禅の文化展」で実物を見てきました)

<工夫は消しゴムで消しましょう>

  

June 09, 2007

「勝ち組」「負け組」で二分化するなかれ

人生に勝ち負けなどありません。

自分の人生は、他人の人生と違っているだけです。

ただそれだけのことです。

犬もネコも猿も、それぞれの生き方がある。

人間も、人それぞれ、人生、違っていて当たり前。

個人個人の人生を比較すること自体無理なのです。

よくあるアドバイスに、「自分の人生の目標に向かって突き進め」といものがあります。

「人生の目標」と言われると、聞こえがいいけれど、目標に振り回される必要はありません。

「人生の目標」なんて大それたこと、あまり考えなくていい。

「私たちは、生まれたついでに生きている」のです。

これは、「ひろさちや」さんが彼の著書の中で書かれていた言葉ですが、この言葉が私は好きです。

気持ちがグッと楽になって、気張らないで生きていられるような、そんな言葉です。

勝ち負けは、特定のルールを決めないと判断できません。

「お金を沢山稼いだ人が勝ち」というルールを決めれば、収入の高い人が勝ちになります。

「職場で出世した人が勝ち」というルールを決めれば、社長になった人が勝ちになります。

「○○大学に入った人が勝ち」というルールを決めれば、その学校の入試に合格した人が勝ちになります。

「○○の資格を取った人が勝ち」というルールを決めれば、その資格試験に合格した人が勝ちになります。

ルールは無限に考えられます。

だから、勝ち負けの判断も無限にあるのです。

「勝ち組」に入りたいのであれば、自分が勝ち組になるルールを考えてください。

さて、自分は勝ち組に入るのだろうか、負け組に入るのだろうか?

そんなこと考えてみても、ルールが無限にあるのだから、どっちに入るのか分からないはずです。

<勝ち組、負け組、決めることはできません>

  
Posted by kanyou1 at 11:41Comments(3)TrackBack(0)こころ

May 19, 2007

教室用スピーカーだ

sperker


これは、とある旅館の廊下で見つけたスピーカーですが、

小、中、高の教室には、必ずこんな形のスピーカが教壇の上にあった。

ですよね。

なんだかとても懐かしい気分。  
Posted by kanyou1 at 17:41Comments(0)TrackBack(0)photo

April 21, 2007

回転寿司理論で、人生はうまくいく

日々の生活って、回転寿司で寿司を食べるときのような気持ちでいるとうまく進みます。

回転寿司で、自分の好きな寿司を取って食べるような感じで、普段の生活を送るといいと思います。

回転寿司では、嫌いなネタまで取って食べる人はいません。嫌いなものは、選択しない。

普段の生活でも、波長の合わない人とは、最低限つきあえばいいし、離れてしまってもいい。気の合う人とつきあえばいい。

自分の好きなネタが無い場合は、板前さんに注文を出してにぎってもらう。そのとき店に用意されたネタの中から、最大限自分の欲求を満たすネタを選びます。

日々の生活でも、時には自分の我を通すことも必要です。限られた範囲・限度があっても、最大限自分の欲求を満たす努力も必要です。

自分ですしネタを持参する人はいません。店にあるネタだけしか食べられません。ネタの事前準備は不用です。

人生も、事前準備はホドホドがいい。その場で、その瞬間を大切に生きればいい。

高級寿司屋のような最高ネタは無いけれど、とりあえず欲求を満たしてくれる。手っ取り早く満足させてくれる。

人間の欲は、きりがありません。適当なところで、まず中間的なところで、手っ取り早く満足しておくことが大切です。

食べたいネタが無ければ、店を出ていい。

人生も、心機一転、転職するとか、引っ越すとか、いろいろと気分を変えてみるのもいい。

人生って、まるで回転寿司みたいなものです。

自分の寿司の好みに対して、誰一人文句を言う人はいません。

自分の人生ですから、自分の生き方に対して、他人は文句を言う権利はありません。

<自分の人生、回転寿司のように生きなさい>
  
Posted by kanyou1 at 13:24Comments(2)TrackBack(0)こころ

March 01, 2007

普通だけど目立つ

soba


フツーのおそば屋さんらしい。

今度、ここで、おそばを食べてみたいなあ。

キャッチコピーとしては、なかなかのものと思います。  
Posted by kanyou1 at 23:59Comments(0)TrackBack(0)photo

February 17, 2007

いま、いい調子

人生の目標設定は、ほどほどにしておきましょう。

たとえば、先生から、「自分自身の人生目標を明確に持って生きなさい」などとアドバイスを受けることがあります。

でも、目標は適当にセットしてかまいません。

なぜなら、目標が達成できるかできないかは、将来のことですから、どうなるか分からないからです。

あなただって、私だって、誰にも分かりません。

いま、そんな将来の不確定なことに縛られていなくてもいいのです。

将来どうなるかを考えるより、「いま」どうなのかが、もっと大切なのです。

人生、いまこの瞬間を楽しく生きていれば、それでいいのです。

「いま、いい調子」それでOKです。

たとえば、「将来社長になって、お金をがっぽり稼ぎたい」とか、

「いい大学に入りたい」とか、

「資格を取って、その道のプロフェッショナルとして活躍し、世の中の役に立って、がっぽり儲けたい」とか、

そんな目標を持つのは自由です。

でも、ほどほどのところで、「良し」としておく。

目標とは、いま実現できていないことです。

目標にこだわりすぎると、「いま実現できていないんだ」、ということに悩んでしまうことになります。

そんな将来の不確定なことに悩んでいるより、いま、この瞬間を楽しむことが大切です。

その方が、思いのほか楽に生きられます。

「今日の夕食は、ものすごく美味しい、満足満足」そんな感じで、いま、この瞬間を生きていればいいのです。

人生は、「いま」の連続です。

<目標設定は、ほどほどにしておきましょうよ>
  
Posted by kanyou1 at 18:05Comments(0)TrackBack(1)こころ

January 13, 2007

シークワーサー 泡盛 & ソーダ

soda


シークワーサーを泡盛&ソーダで飲みました。

飲みたかった方もおられるようですが、差し上げることができなくて、ご勘弁を。。。  
Posted by kanyou1 at 20:00Comments(3)TrackBack(0)photo