日本は1980年代、経済ダイナミズムを見る上で世界から注視されていた。その後、日本が注目されるのは大方、経済停滞について語る時であった。デフレと低成長の結果、日本の2015年のGDP=国内総生産は、 20年前と同じ規模である。 アメリカは134% 伸び、イタリアだって3分の 2 は伸びた。
そして今、日本は異なる理由でスポットライトを浴びている。それは、経済蘇生に向けた試みである
(attempts at economic resuscitation)。
経済再生に向けて安倍首相は、2012年12月に就任以来、三本の矢を示してきた。金融緩和、柔軟な財政政策、構造改革はアベノミクスとして知られるようになった。そのアベノミクスは実に失望だった (indeed been a disappointment)。
しかし、その前の状況に比べれば同情の余地はあるだろう。欧州をはじめ各国が高齢化、需要の停滞、増える財政赤字に直面していることを踏まえると、日本はは再び注視するに値する。
金融政策を見てみよう。アベノミクスのもとで行われた金融緩和の教訓は、効果がないことだという人が多い。日銀は2013年4月以降、国債を大量に買い入れることでバランスシートを拡大させ今年 2月以降は、マイナス金利の導入にも踏み切った。にもかかわらず、 2%の物価目標の達成は夢のまた夢のままだ(remains a distant dream)。
しかし、効果がないという人たちは間違っている。日本の場合は、消費者物価にエネルギー価格を含めており、それを他の国のように除けば32か月連続で物価は緩やかながらも上昇している。
日銀は資産価格を上げることには成功したが、消費者や企業の意欲を上げるには至っていない。企業は、記録的な収益
(bumper profits)をあげているにもかかわらず、これは長続きしないと見て、店頭価格は引き上げても投資や賃上げには慎重である。
ここから得られる教訓は、企業統治が手ぬるく、競争が不足している状況では金融緩和は効かないということだ。
安倍首相のもとで株主の権限は増した。2012年の段階で独立した社外取締役のいる主要企業はわずか40%だったが、今やほぼすべてが導入した。
しかし、株主がもっと声を発すれば、内部留保はもっと配当に、あるいは投資にまわっているだろう。また、参入障壁がもっと低ければ、もっと多くの企業が市場に参入し競争が働いているかもしれない。新規企業は高い給与を出す可能性だってある。
物価上昇に先だって賃金が上げれば、経済政策は人気を集めるだろうが、現実にはまずは物価が上昇し、賃上げは遅々として進んでいない。このため、
IMF=国際通貨基金は、日本に対して企業が賃上げを行うような所得政策を求めている。
仮に企業が消費しないのであれば、誰かが消費をしないといけない。日本ではその役割を政府が担っている。日本政府は過去20年、財政赤字を抱えている。8%への消費税増税を見るにつけ、アベノミクスは緊縮財政がいかに自虐的であるかを示した。さらに、日本の場合、財政をさらに拡大させることが持続可能だということも示した。
安倍政権の金融緩和と財政刺激は鎮痛剤に過ぎず、抜本的な構造改革の隠れ蓑となったと指摘する向きも多い(Many people argue that Mr. Abe’s monetary and fiscal stimulus has served only as a analgesic, masking the need for radical structural reform) 。
確かに、外国人労働者を増やし、企業の採用と解雇をやりやすくするための大胆な改革は必要だ。リフレと改革を同時に進められることを示したことで、アベノミクスは珍しく理路整然とした経済政策である。
アベノミクスは目標にも、大げさな宣伝文句にも届いていない。その結果、失敗だと簡単に断じることもできる。しかし、政府や中央銀行には不活発な経済を動かすだけの余地があることを示したのだ。ある意味、大げさな宣伝文句も必要だったのだ。
日本の景気低迷は、まるで自ら予言してそれを達成して満足するような事態になっていた。
アベノミクスは信じる人が多ければ成功するものだ。これこそが日本が経済実験を通じて世界に示せる最後の教訓である。目標は高く(Aim high)。

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