胃X線検査の読影に思う

ほぼ全ての人間ドックでは、ピロリ菌抗体検査はオプション検査です。ピロリ菌に感染していても初期には胃X線検査ではわかりにくいのですが(内視鏡検査でも)、5年ぐらいのスパンで見ると、胃X線検査でも次第に萎縮性胃炎の所見が顕著になってきます(写真は5年間での萎縮の進展を示す)。
 
2005年

2010年

現在、ほぼ全ての人間ドックでは、X線検査でわかる萎縮性胃炎に対して「要経過観察(1年後検査)」の判定をしています。多くの人は、ピロリ菌検査をしないで、毎年胃X線検査を漫然と受けています。年々萎縮が進んでいるけど、医者はそのまま観ているだけでいいのでしょうか?
2018年4月26日東京地裁の判決では、2002年から2003年にかけて行われた人間ドックの胃X線検査で萎縮性胃炎を要経過観察とされた件で争われていましたが(他にも争点あり)、当時の医療水準として「萎縮性胃炎が高率に胃がんを発症するという知見が確立していたとは言えない」として、医療機関の過失はないとのことでした。
しかし、今はその知見は確立されています。それにもかかわらず、胃X線検査で萎縮性胃炎を除菌治療をせずに「要経過観察」とするのは、受診者の胃がんリスク低下の機会を逃し、犯罪的行為のように思います。

反脆い

(2017年9月3日の記事です)

「まぐれ」や「ブラック・スワン」が面白かったので、本書を購入。「反脆い」という概念の提唱は面白い。この概念は、オプション取引にとどまらず、それ以外の様々な分野でも通用すると説明しています。


毎回、彼の博識ぶりには驚かされます。しかし、博識と正しい理解は別のこと。今回は、医学(医療)の分野についての言及が多いですが、これは勇み足になっています。彼は、自分に都合のいいエビデンスを一方的に引用して、現在のほとんどの医療は「医原病」を作り出しているだけと批判しています。少なくてもこの部分については、巷に溢れている医療否定本と同レベルです。

例えば、第6部の第21章「医学、凸性、不透明性」で、彼はスタチン(コレステロールを下げる薬)を批判していますが、生命予後の改善については「反脆い」エビデンスがあリます。もちろん、彼はそれは知っているのですが、薬を飲み続ければ、後日、重大な副作用が起きるかもしれないと主張しています。

確かに、スタチンの効果は、一般の人が思っているほどは高くないです。ざっくり言うと、脂質異常症の人が薬を飲まなかったら、100人中3人が心筋梗塞などで死亡するのが、薬を飲めば2人の死亡ですむ。つまり、死亡率を33%減らしたことになりますが、一人の死亡を減らすのに、100人も薬を飲まなければいけない。99人の服用は無駄になったことになります。しかし、誰がその99人に入るかは事前にはわかりません。どの株があがるか事前にはわからないので、全部買う(インデックスを買う)のが最適解というのに似ています。

医療経済学的に、このような予防的な薬は保険適応ではなく、全額自己負担にしようという話なら、傾聴に値しますが、タレブはそのような観点で話をしているのではありません。

「レストランひらまつ」に思う

 今日、株式会社ひらまつの株価が最近急落しているのに気が付きました。
 

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Covid-19のせいではなく、それ以前から業績は良くありませんでした(経常利益は、2018年1521百万円、2019年663百万円、2020年39百万円赤字)。株価も5年以上右肩下がりです。


1982年に西麻布に「ひらまつ亭」ができて、当時学生だった私には憧れのレストランでした。1988年、今の広尾に移転して「レストランひらまつ」になりました(現在は「レストランひらまつ広尾)。価格はとても高く、それなりに料理はおいしかったですが、「高いから当然」で、それほど感動はありませんでした。トイレのドアのノブがボロくて、私が壊してしまいました。低価格帯の広尾の「カフェ・デプレ」は料理は美味しくないし、トイレも汚くて驚きました。しかし、平松氏は経営に自信があったようで、1994年に株式会社ひらまつを設立し、その後レストランを急速に増やし、2016年にはホテルにまで手を伸ばしました。現在、株式会社ひらまつには34のレストランと7つのホテルがあります。


しかし、前にも書きましたが、2017年に行った箱根の「ザ・ひらまつ ホテルズ&リゾーツ仙石原」と「ザ・ひらまつ ホテルズ&リゾーツ賢島」は、1泊二人で13万円ぐらいしましたが、部屋の中に風呂があるレイアウトはほぼ同じで興醒めでした。ディナーで、サービスの方が「今からこれを料理します」と言って、生きた伊勢海老やサザエ、アワビを見せてくれたのですが、料理を持ってきた時に「このサザエとアワビは一晩燻製にしました」と言われた時は、目が点になりました。


株式会社ひらまつの筆頭株主は、現在も平松氏です(10.8%所有)が、この7年間で平松氏の株式会社ひらまつの所有比率は半減しました(直近は平松氏が少し買い戻しています)。


広尾の「レストランひらまつ」は、現在株式会社ひらまつが所有していますが、運営権は平松氏が2016年に設立したひらまつ総合研究所に譲渡されています。また、2017年に株式会社ひらまつが増資してまで取得した京都のレストランは、2019年にひらまつ総合研究所に簿価で譲渡されています。


昨年10月に、平松氏は、複数のホテル開発の助言に関する業務並びに経営及びレストラン運営の助言等に関する業務の 委託との名目で複数の契約解除に伴い、実質平松氏の会社であるひらまつ総合研究所が株式会社ひらまつを、未払いの報酬及び株式会社ひらまつとの間で平松氏保有の当社株式 200 万株を株式会社ひらまつが 取得することの合意があったなどとして株式譲渡代金の請求をしました。それを受けて、株式会社ひらまつは公平な外部調査委員会を設置し、昨年末の12月28日に調査報告書が発表されました。それによると、業務委託契約には、ひらまつ総研に業務委託報酬の名目で本件譲渡 の対価の支払原資を供与して資金を還流させる目的があり、また、2つのレストランの譲渡の代金を将来的に 条件付きで 280 百万円減額する旨の覚書を取締役会の承認 なく締結していたことが判明したとのことです。


このような内部紛争があったところにCovid-19が襲い、今後、株式会社ひらまつの経営はさらに厳しくなることが予想されます。会社にすること自体はいいのですが、レストランに関しては、拡大路線を取ると大体失敗します。


健康経営銘柄の株価リターン

たまたま私の別のブログの昔の投稿を読みました。従業員にとって働きやすい環境の企業は、労働生産性が上がり、さらに優秀な人が多く入社するので、結果として株価が上がることが一般的には期待されて、いくつかのファンドが作られました(私は当時から全く期待していませんでしたが)。

代表的なのが、Parnassus Endeavor Fund Investor Shares (PARWX)という投資信託ですが、久し振りにパフォーマンスを見ました。予想通り、悲惨な成績でした。コントロールのVOOはS&P 500のパフォーマンスに連動するように設計されたETFです。

自由に投資できる投資信託とテーマが決まっている投資信託のどちらのパフォーマンスがいいかというデータは持っていませんが、テーマの決まっている投資信託のファンドマネージャーには同情します。「再生可能エネルギー」とか「健康経営」など時代にあったテーマで、直近のパフォーマンス(設定前と設定後半年+α)がいい投資信託の方が売りやすいので、投資信託の運用・販売会社にはそのような投資信託が必要なのでしょうが、やはりS&P500などの「平均」に投資するのがいいようです。

医療現場の行動経済学

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者」を読みました。私は、20年以上前からブログなどで「医療と投資は似ている」と書いてきましたが、「我が意を得たり」と言える良書です。

投資家も、患者も、そして医師もバイアスから逃れることは難しいのですが、それを少しでも克服することにより、より良い結果がもたらされる可能性が高くなります。
 

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禁煙療法に対する補助に思う

NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINEという臨床系医学では世界最高峰のジャーナルに
Pragmatic Trial of E-cigarettes, Incentives, and Drugs for Smoking Cession”という論文が載っていました。

米国の54社の従業員を対象に、1. 一般的な情報提供と国立癌研究所提供の禁煙プログラム(アドバイスや激励をメールで行う)、2. 薬物(ニコチン補充ガム・パッチ、bupropion《抗鬱剤の一種、日本では売られていない》、チャンピックス《ニコチン受容体部分作動薬》)を無料で提供、3. 電子たばこ(註;加熱式たばこではない。加熱式たばこは米国では未発売。電子たばこは日本では未発売)、4. $600の報酬(禁煙が続くと貰える)、5. $600の償還可能な預金(最初に$600を貰い、禁煙に失敗すると返す)のグループに無作為に分け、6ヵ月後の禁煙達成率を調べました。

結果を書くと、薬物、電子たばこは、一般的な情報提供・禁煙プログラムと比べて有意差なし。$600の報償または償還可能な預金は有意差あり。報酬または償還可能な預金との間に禁煙達成率に有意差はないが、償還可能な預金の方が禁煙達成率が高い傾向はありました。得たものを失う痛みはより大きいというフレーミング効果です。

参加者一人当たりのコストは、1<<2<3<4<5ですが、禁煙成功者一人当たりのコストは、1<<5<4<3<2でした。

現在、多くの会社では、禁煙補助薬に対し実質無料の施策を行っていますが、禁煙補助薬は情報提供・禁煙プログラムと比べて禁煙達成率に有意差がなく、禁煙達成者を一人作るのにかかるコストが最大でした。日本の会社で、実際に報奨金あるいは償還可能な預金を与えたという話は聞いたことはありませんが、本気で喫煙率を下げたいと考えているのなら、一考の余地があるかもしれません。
 

高濃度乳房に思う

多くの医療機関では、マンモグラフィでの「高濃度乳房」は受診者に告知されていません。高濃度乳房は日本人に多いのですが、高度な高濃度乳房では、マンモグラフィの画像は真っ白になり、病変の有無がわかりません。多くの医療機関では、これを「異常なし」として受診者に返しています。本来は「高濃度乳房のため読影困難」とすべきでしょうが、これをしてしまうと、その後のフォローで大混乱をきたす恐れが高いので、現状は「異常なし」として返しています。高濃度乳房と言っても、1か0の世界ではないので、そこの峻別が難しいという事情があるかもしれません。高濃度乳房は「病気」ではないので、仕方がないのかもしれません。
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(http://gioire.net/kounoudonyuusen/)


健康経営銘柄

健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する経営のことです。企業がこの経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待されます。経済産業省が日本再興計画としてこれに力を入れています。経済産業省のプレゼンテーションはここ

 

健康経営という言葉はNPO法人健康経営研究会の登録商標です(しかし、なぜ岡田先生は商標として登録したのでしょうか?このおかげで「健康経営」という言葉を簡単に使うことができなくなりました。商標権は半永久的な権利だそうで、それを使用するには対価を払う必要があります)。

これは、もともとは1980年に米国のロバート・ローゼンという臨床心理学者が「ヘルシー・カンパニー」として提唱した概念で、従来分断されていた経営管理と健康管理を統合的に捕らえようとするアプローチです。米国ではそのようなシステムを構築している企業が多くあります。たとえば、米国IBMでは、副社長の一人は産業医でした。他にも、産業医が経営幹部にいる会社は珍しくはありません。優れた健康経営をしている企業に対する賞もいろいろありますが、Corporate Health Achievement Award (CHAA)やEverett Koop Awardなどが有名です。各企業の健康経営度を点数化したものにはHero scoreがあります。

 

経産省は、東証と共同で、健康経営度調査基準委員会を作り、2015年から毎年、健康経営をしている企業を、原則1業種1社銘柄を「健康経営銘柄」として選んでいます。コモンズ投信の渋澤氏、レオス・キャピタルワークスの藤野氏も委員です。藤野氏のプレゼンテーションはここです。具体的に選定された銘柄は、2015年が22銘柄、2016年が25銘柄、2017年は24銘柄です。

 

さて、健康経営銘柄は、労働生産性が高いと思われる企業なので、株価のパフォーマンスもいいことが期待されます。Fabiusは、毎年CHAAを受けた企業の株式からなるポートフォリオのリターンは、S&P 500よりいいことを実証しました。

The Link Between Workforce Health and Safety and the Health of the Bottom Line: Tracking Market Performance of Companies That Nurture a Culture of Health

Tracking the Market Performance of Companies That Integrate a Culture of Health and Safety: An Assessment of Corporate Health Achievement Award Applicants 


他にも、Everett Koop Awardでの研究でも、受賞企業の株価リターンがいいとされていますが、将来受賞する銘柄を過去にさかのぼって買い付ける方法で、非現実的です。「Everett Koop Awardは少なくても過去3年間にわたってすばらしい健康経営をしているということが受賞の条件だから」というのが著者の説明ですが、このポートフォリオは実現不可能で、投資家にとっては意味がありません。

 

投資信託では、従業員にとって働きやすい環境の大企業の株式を選ぶParnassusEndeavor Fund (PARWX)というアクティブ・ファンドがあります。これは下記の通り、すばらしいリターンを実際に出しています。

 
PARWX
 

日本では、レオス・キャピタルワークスの藤野氏が、2015年に選ばれた健康経営銘柄22銘柄からなるポートフォリオの過去10年間の株価リターンはTOPIXよりよかったと述べていますが、過去の時点では2015年にどの企業が健康経営銘柄に選ばれるかわからないので、これも実現不可能で、投資家にとっては無意味です。

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そこで、2015年と2016年の健康経営銘柄からなるポートフォリオのリターンを調べました。各年(ここでは2年だけ)受賞銘柄を入れ替える方法(I)と追加する方法(II)で調べました。具体的には、2015年受賞銘柄を受賞が発表された翌日(2015年3月27日)の始値で、各受賞銘柄を等金額(100万円)で買い付けます。株数が小数点以下まで買います。次に、2016年受賞銘柄が発表された翌日(2016年1月21日)の始値で(I)と(II)の方法で、各銘柄を等金額で買い付けます。配当は無視しました。結果は、2015年3月27日を100とすると、2年後に(I)は107、(II)は100、TOPIXは99というリターンになりました。(I)の追加方式は期待が持てそうです。もちろん、まだ2年しか経過していないので、これでリターンがいいとか悪いとか言うことはできません。今後の展開を待ちたいと思います。

「飲酒運転」のブログに思う

飲酒運転の定義ですが、日本では呼気中アルコール濃度が0.15%で、血中濃度0.03%に相当します。日本では350mlの缶ビールを1缶飲んでもダメです。一方、欧米では、これより緩い基準で、デンマークを含めた欧州では0.05%、米国やイギリス(スコットランドを除く)では0.08%です(いずれも血中濃度)(Wikipediaに詳しい)。0.08%なら、欧米では、体格のいい男性の場合、350mlの缶ビールを2缶飲んでも、飲酒運転にはなりません

しかも、欧米などでは、プロのドライバーか一般のドライバーか、年齢、運転免許取得後の年数などで、飲酒運転の基準が違います。これは、欧米では、一般のベテランのドライバーは、少しの飲酒は許されていることの証左です。つまり、欧米では、缶ビール1本や2本なら、飲酒運転にはなりません。

「妊婦=X線検査は受けられない」という誤信

おそらくICRP(国際放射線防護委員会)が1962年に出した「生殖可能な年齢の女性の下腹部や骨盤を含むX線検査は、月経開始後10日間に限って行う」という勧告がきっかけになっているのでしょう。その後、科学的な知見が積み重ねられ、1983年に上記の「10日ルール」は事実上撤回されました。
 

胸部X線検査の場合は、もともと線量が非常に少なく、しかも胎児は照射野から外れているので、胎児が受ける線量は無視できるぐらいに小さく、1962年のICRPの勧告でも、胸部X線検査は最初から対象外です。
 

次に、現在の日本人間ドック学会のホームページを見てみましょう。胸部X線検査の説明として、「X線は放射線の一種ですが、一回の被曝量はきわめて低く、極端な回数を重ねない限り人体への悪影響とは考えられません。ただし妊娠中、または妊娠の可能性がある人は、胎児への影響が心配されますので申し出てください」と書かれています。

私は「この説明の根拠は?」と人間ドック学会に質問しましたが、返事さえ来ません。返事を出さないのは、普通の会社なら考えられないことです。人間ドック学会がこの為体だから、現在でも、「妊婦=X線検査は受けられない」と信じている人が多いのです。一般人だけでなく、医師や放射線技師もそう信じている人が多いのが現状です。

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もう少し詳しく見ていきましょう。その前に、放射線の線量の単位について説明します。まずGy(グレイ)です。これは、人体1kg当たりに含まれる分子に与えられたエネルギー、つまり、人体1㎏に吸収された放射線エネルギーの単位をGyと言います。一方、放射線が人体に与える影響は上記の吸収線量のほかに、放射線の種類(X線や中性子)や、放射線が当たる臓器の組織によっても異なります。この影響の大きさを表すのが、実効線量で、その単位がSv(シーベルト)です。
 

実効線量は次の式で求められます。
 

実効線量=Σ(組織の吸収線量×放射線荷重係数×組織荷重係数)
 

Σとは、すべての組織で足すという意味です。放射線の種類による影響の違いを補正するのが放射線荷重係数で、X線は1、陽子線は2、アルファ線は20などとなっています。組織荷重係数は、臓器などの組織による影響の違いを補正する係数で、生殖腺は0.08、甲状腺は0.04、肺・結腸・胃・骨髄・乳房は0.12、などと決まっています。各組織の組織荷重係数を全部足すと1になります。1GyのX線が全身に均等に吸収された場合、実効線量は1Svです。

 

ICRP(Pub87)では、胎児の被ばくが100mGy以下であれば、健康に影響はないとされています。この100mGyという数字は、安全マージンを十分に見込んで安全と明言した線量です。ICRP(Pub84)では、胸部X線検査を受けた場合、胎児が受ける線量は0.01mGy以下とされています。つまり、健康に影響がないとされる線量の1万分の1以下の線量しか胎児は受けません。胎児に影響が出るはずがありません。別の研究(「医療被ばく説明マニュアル」、日本放射線公衆安全学会監修)によると、胎児が受ける放射線量は0.001mGyとなっていて、さらに10分の1も低い線量です。胎児が0.01mGy以下の吸収線量を受けるとすると、実効線量では0.01mSv以下になります。この線量がどれぐらい低いかを説明しましょう。
 

私たちは日常生活でも空気、空(宇宙)、大地、食べ物から、微量の放射線を受けています。その量は世界平均で年間2.4mSvです。日本の平均は年間2.1mSvです。1日あたりだと0.006mSvになりますから、胎児が最大限に受ける可能性のある実効線量0.01mSv以下という線量は、日常生活で大人が約2日間の受ける線量よりも少ない量に相当します。


以上は医学的な説明です。次に、法律から見ていきましょう。

労働安全衛生法により、20、25、30.35歳と40歳以上の社員は、年に1回の胸部X線検査が義務付けられています。例外規定はありません。妊婦も受けなければいけません。厚生労働省もバカではないので、そこらへんはきちんと調べてます。特定健診の腹囲測定は妊婦は省略可ですが、定期健康診断での胸部X線検査は、妊婦にも胎児にも害がないのだから省略不可です。それ以外の年齢の方は、医師の判断で省略ができますが、就業規則に「年に1回の胸部X線検査を受けること」と書いてある場合は、従わなければいけません(労働契約法による)。会社で健診を行う場合、あるいは外部医療機関の人間ドックで代用する場合は、法律及び就業規則を遵守しなければいけません。私も「大人」なので、柔軟に対応していますが。

拙書に対するレビューへのコメント

アマゾンで、「株式より有利な科学的トレード法」に対するレビューを頂きました。有難うございます。いくつかの理解不足あるいは誤解があるようなので、コメントを書きます。

①「著者はオプション取引の紹介本に過ぎないこの本を、このようなタイトルにしたのでしょうか。医学部を出れば論文のタイトルは最も大事で、シンプルに内容を示さなければならないという最低限のマナーを勉強したはずなのに。とにかくオプション取引の紹介本として買ってください。それならいいと思います。」

→本のタイトルは、よほど著名な方でない限り、出版社が勝手に決めるという出版業界の悪しき慣習をご理解ください。本のタイトルと内容が乖離しているのは、本書だけではないはずです。「論文のタイトルは最も大事」とありますが、最も大事なのは内容です。しかし、論文の場合、タイトルは自分で決められるのでいいです。

②「ただ、日本でオプション取引はできないですし、知らない国の米国のオプションを買うのはリスクが高いので個人的には勧めません。」

→日本でも、オプション取引はできます。

③「とにかくこの本の一番の問題点は、株式よりオプション取引が「低リスクで、より着実に資産を増やせる」ということを示す根拠がない(致命的)ことです。もしこの本を買って読んで、それを見つけた人は教えてほしいです。目次をみてもその場所はわかりませんし、中身を丹念に読んでも一切書いていません。」

→152−158ページ、185−201ページ、213−217ページ、224−226ページに、オプション取引のリターンと標準偏差を書いたので、ご覧ください。243ページ以降の戦略については、「エビデンスは薄弱である」と明記しています。

④「まず、前提に「株価が下げれば買ってもいいという株式を選びます」。そんな簡単に選べません。ファンダメンタルで選ぶのかそこがポイントなのに。」

→原資産としてはインデックスや、指数オプションを勧めています。269ページの「原資産は何がいいか?」も参考にしてください。

⑤「例えば、過去10年のオプション取引をした場合で10万取引ぐらいを抽出するとか、そうでなくても最低限自分の取引を公開したりすればいいですよ。そういうのは一切ないです(/ω\)」

→今後はなるべく自分の取引は公開しようと思います。もちろん、エビデンスとは言えませんが。

⑥「さらにはオプション取引の紹介だったとしても、著者は、何をもって科学的としているかはよくわかりません。参考文献はたったの17で、どこに引用がついているかもわかりません。ジェレミー・シーゲル株式投資とかはしっかりと引用がついています。既に引用がない時点で科学的ではないです。」

→山崎元さんの名著「ファンドマネジメントーマーケットの本質と運用の実際」(金融財政事情研究会)でも、参考文献は、本文と関連付けないで、最後に列記してあるだけなので、啓蒙書としては、それで十分と判断しました。今後の参考にさせていただきます。
 

クレストールは、すべての人にとって、長寿の薬?

以前に紹介したJupiterという治験は、LDL-C(悪玉コレステロール)が正常で、hsCRP(炎症のマーカー)が高い人を対象に、コレステロールを下げる薬の一つであるrosuvastatin(クレストール) を投与すると「 心血管リスク」が低下するという内容だった。

これと同時に米国心臓病学会(ACC)で発表された内容は、一見すると似ているが、Jupiterとは異なる内容だった。本ブログで指摘したところだが、学会発表と論文では、primary endpointが都合よく変えられていて、結論が違うことには注意されたし。

今回、ACCでの発表とほぼ同時に、New England Journal of Medicine(最も権威のある医学誌の一つ)に"Cholesterol Lowering in Intermediate-RiskPersons without Cardiovascular Disease"という論文が掲載された。

今回の治験は、血圧やLDL-C値に関係なく、心血管疾患リスクが中程度の患者12,705人を組入れて、5.6年(メジアン)間治療したところ、rosuvastatinは心筋梗塞などのリスクを有意に低下したという内容だ。

対象者は、男は55歳以上でリスク因子一つ以上、女は65歳で二つ以上。リスク因子とは高ウエスト・ヒップ・レシオ、低HDL-C値、喫煙経験、耐糖能異常、冠疾患早発の家族歴、(軽度)腎疾患だ。First co-primary outcomeは、心血管疾患死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中。

Rosuvastatin投与により、投与前のLDL-C値が高い人も低い人も、またhsCRPが高い人も低い人も、心血管疾患死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中が低下することが示された(群間で有意差なし)。

なぜ、人間は判断を誤るか?

医学と投資ほど、非科学的な誤信とそれを書いたトンデモ本がはびこっている世界はありません。本屋に行くと、「私はこの食事療法で癌を治した」という本が多く並んでいます。その大部分は誇張を交えた嘘ですが、中には本当に治った人がいるかもしれません。しかし、癌がその食事療法で治ったかは疑問です。稀ですが、癌が自然治癒することもあるからです。

また、ある有名私大元講師の医師が書いたベストセラーもトンデモ本です。彼はがん放置療法を勧めています。彼は文章がうまいので、「私はこの食事療法で癌を治した」という本で騙されない、ある程度知的レベルが高い人でも、彼のことは信じてしまいそうです。

どの世界でもおかしなことを言う人はいます。専門家の世界でも同じです。99.9%の医師はエビデンスを重視しているので、それに反することは正しいとは思っていません。しかし、99.9%の医師が正しいと思っていることでも、0.1%ぐらいの医師は正反対のことを言います。マスコミは、一般大衆の興味のあることを書いて、売り上げを伸ばすのが目的ですから、その0.1%の医師のことを面白おかしく大きく取り上げます。癌を治す怪しげな食事療法の話も、面白ければ、本になります。読者や視聴者は、それが科学的に正しいかどうかは、自分で判断しなければいけません。

株式投資の本の状況はそれ以上に深刻です。本屋に行くと、「私はこの方法で○億円儲けた」という素人が書いた本がたくさんあります。それが本当の話だとしても、大きなリスクをとった結果、運がよくて、たまたま儲かったのかもしれません。多くの人は、このような経験談が好きなようです。

科学的に正しいということは、エビデンスがあるということです。信頼性の高いエビデンスを作るためには、誤ったエビデンスを導きやすい要素、つまりバイアスをできるだけ排除する方法を採るように工夫します。バイアスとは、本来測れるはずだった正しい「真の値」から、ある方向へずれさせてしまう要因があって、それによって全体の結果に「ずれ」が生じることを指します。つまり、ある一定の方向への「偏り」があるということです。

単純化して言うと、このようなバイアスをできるだけ排除した上で、2群にある治療などをした結果を統計学的に有意差があるかどうかを検定して、有意差があればエビデンスになります。

自分が経験した例ではなく、これらのエビデンスが大事だということは、ほとんどすべての医師や学者には通じますが、一般の方にはなかなか通じません。私の著書「東大卒医師が教える株式投資術」では、「他人が作ったデータばかり引用して、自分の例がない」という全く的外れな意見もいただきました。

もちろん、エビデンスはすべてではありません。エビデンスがなくても正しいことは多くあります。しかし、エビデンスは、個人的経験よりはるかに科学的で真実に近いことであることは間違いがありません。

「がん検診のあり方に関する検討会」に思う

先日、厚生労働省の「がん検診のあり方に関する検討会」が、胃がん検診として、従来のX線検査(バリウム検査)に加えて、内視鏡検査を推奨することになり、厚生労働省は来年度からの適応を目指すことになりました。

 

がん検診のあり方に関する検討会」の議事録を読みましたが、相変わらずABC検診(ピロリ抗体+ペプシノゲン)については、「死亡率減少効果を示す(直接の)エビデンスがない」と非常に手厳しいです。しかし、今回初めて、内視鏡検診で死亡率減少効果があると認めたのですから、胃がんのリスクが高い人を抽出して、内視鏡検査を行うABC検診に死亡率減少効果があると考えるのが自然です。

 

ABC検診反対の急先鋒である国立がん研究センターの某構成員は、エビデンスを非常に重視しているようですが、「実際ピロリ菌がいないところから胃がん死亡例が報告されているんです。つい先週も抄録レベルですけど」と発言。エビデンスを重視している先生が症例報告の話をするとは、驚きを禁じ得ません。と言うか、ピロリ菌がいないところから胃がんがでるのは稀だから報告されるのであって、胃X線検査(バリウム検査)で「異常なし」とされた受診者からその直後に内視鏡検査で胃がんが発見されることなど日常茶飯事なので、報告されることもないということを知らないのでしょうか?

 

その一方で、彼は胃X線検査(バリウム検査)に対しては、非常に甘いです。検討会では、従来の胃X線検査のエビデンスについては、再検討されていません。また、前回の検討会以降、3個の論文(エビデンス)が報告されています。一つはコスタリカからの報告で、日本からの報告は二つです。その日本からの報告はいずれも2006年発表ですが、両方ともコーホート研究で、一つは1990年に胃X線検査(バリウム検査)の受診歴を聞き、その後追跡したものです。もう一つは今論文を取り寄せているところですが、13年追跡していますから、これも1990年ごろスタートしたものでしょう。今から、25年も昔のことです。その頃の検診対象者のピロリ菌感染率は80%、今は20%です。前提条件が異なれば、結果が異なるのは当然なのに、そのことを指摘した人はいません。

25年から30年前の前提条件(ピロリ菌感染率)が今と全く違う時代のエビデンスを金科玉条にして、胃X線検査(バリウム検査)は今でも有効だという主張には納得できません。今、胃X線検査(バリウム検査)の有効性を調べるスタディを始めたら、おそらく有効性は証明されないでしょう(註:罹患率が下がると、同じ検診を行っても、両群の死亡率に有意差が出にくくなります)。

 

ジャーナリストの岩澤氏によると、厚生労働科学研究費は年間447億円です。厚生労働科学研究費の配分には国立がん研究センターが非常に大きな権限を持っているので、国立がん研究センターに対しては、大きな声で反対はしにくいそうです。また、日本対がん協会の収入は779億円ですが、そのうち600億円が胃X線検査(バリウム検査)です。そして、日本対がん協会支部は地方自治体幹部の天下り先になっています。ABC検診が導入されると、検診団体の収入が激減し、これらの利権構造が壊れるので、検診ムラは既得権益を守ろうと必死ということらしいです。
 

大部分のドライバーは「平均」より運転が上手い

行動ファイナンスの啓蒙書を読んでいると、自信過剰バイアスの例として、ほぼ必ず、自動車の運転の話が出てきます。
 

山崎元氏も、「第141回 ほどよいオーバーコンフィデンスは可能か?」で、「ある調査によると、自動車を運転する人のざっと8割は、自分が『全ドライバーの平均以上に運転が上手い』と思っているという。客観的には、平均よりも上手い人は、せいぜい全体の半分程度だろうから、ドライバーの多くが、自分の運転に関してオーバーコンフィデンスにとらわれている」と書いています。

ところで、ドライバーの運転の技量はどうやって定量化したらいいのでしょうか?少なくても、事故を起こす人は「運転が下手」とは言えそうです。これだと「運転が慎重な人=運転がうまい」ということにもなるので、抵抗を感じる人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。慎重な運転は、運転の技量の大事な一つの要素だと思います。

 

このように考えると、過去の一定期間か、一定の運転距離において、事故を起こした回数を「運転のうまさ」にするのが、一番いいように思えます。実際の統計として、ドライバーの運転距離を調べるのは難しそうなので、一定期間での事故の回数を調べるのが現実的でしょう。これだとペーパー・ドライバーも「運転がうまい」に入ってしまいますが、そこは目を瞑ります。
 

さて、交通事故総合分析センターの統計によると、3年間の間にドライバーは平均0.00031回事故を起こしています。内訳をみると、2回以上の事故を起こしたドライバーの割合は0.127%、1回事故を起こしたドライバーの割合は2.719%、1回も事故を起こさなかったドライバーの割合は97.154%です。個々の事象が独立であることが前提であるポアソン分布では、平均が0.00031回の場合、2回以上の事故を起こす割合は0.000%、1回の事故の場合は0.309%、1回も事故を起こさない割合は99.691%ですから、事故は偶然ではなく、ドライバーの技量によるところが大きいことが示唆されます。つまり、事故は運転のうまさを測る、非常にいいバロメーターです。

 

ドライバーの事故の平均値は0.00031回ですから、事故が0回の97.154%のドライバーは「平均」より運転がうまいと言えます。従って、自分の運転が「平均」よりうまいと答えるドライバーの割合が7割ないし8割しかいないということは、ドライバーの多くはむしろ控えめで、自信過剰バイアスの例えとしては、適切ではないように思われます。なぜ、これがいつまでも行動ファイナンスの啓蒙書に出ているのでしょうか?
 

そこで、原著を調べました。最初は、Nååtånenらの1975年の論文”Road-user behavior and traffic accidents”のようです。しかし、この論文では、「運転のうまさ」ではなく、「安全運転」を聞いているようです(原文を読むことは、今は不可能なようです)。
 

そこで、Svensonが1980年に同様の実験をしました。彼は、「運転のうまさ」と「安全運転」の二つを分けて、対象者である大学生に聞いています。
 

結果は、どちらもほぼ同様ですが、NååtånenもSvensonも、質問では「平均」ではなく、「中位」と聞いています。これなら、納得です。大部分のドライバーが「中位」より運転がうまいと考えているなら、その原因として自信過剰バイアスが考えられるでしょうが、「平均」よりうまいと考えているのは、上述のように正しいことであり、論文のネタにもなりません。
 

おそらく、誰かがNååtånenやSvensonの論文を日本に紹介するときに、「中位」を間違って「平均」と書いたのでしょう。すべての日本の識者やブロガーは、その間違いをそのまま引き継いでいるようです。


 

胃がん検診に思う

胃がん検診には、厚労省のお墨付きの胃X線(バリウム)検査があります。多くの企業や自治体では、40歳以上の人を対象に無料(会社、健保あるいは自治体の負担)で行われています。拙書にも書きましたが、これほど馬鹿らしいことはありません。私が勤める会社ではこのために年間1億円支出しています。経費節減のために、コピー用紙の品質を落とすなど涙ぐましい努力をしているのに、1億円垂れ流しです。

検診が有効かどうか、あるいは医療経済学的にペイするかどうかは、「対象とする癌の罹患率」、「検査の感度」、「検査の特異度」の3つに大きく依存します。

国民の血税で運営されている国立がんセンターが中心になって纏めた「厚労省の胃がん検診ガイドライン 」では、20年から30年前の症例対象研究というエビデンス・レベルの極めて低いエビデンスを金科玉条のようにして、胃X線(バリウム)検査を推奨しています。

エビデンス・レベルとは、研究の方法によってその研究の信頼性が大きく変わるので、それをわかりやすく6段階に分けたものです(他にも分け方はあります)。代表的な分類によると、症例対象研究のエビデンス・レベルは、6段階の中の5段目という低さです。

しかも、その症例対象研究が行われてた当時は、社員(国民)の8割がピロリ菌に感染していましたが、現在は1割です。大雑把に行って、社員の胃がん罹患率は8分の1に下がっています(国民全体では、高齢化が進んでいるので、これほど下がっていません)。昔は国民全体を胃がんの高リスクと捉えても大きな間違いはなかったのですが、ピロリ菌感染が激減した今は、違います。研究方法と、現在のピロリ菌感染率から見て、胃X線(バリウム)検査は無効である可能性が極めて高いのですが、未だにそれを推奨している厚労省は馬鹿としか言いようがありません。

私たちが開発した、ピロリ菌抗体とペプシノゲン値を組み合わせたABC検診は、現在RCT(無作為化比較試験)が行われています。RCTは、その結果が一つあれば、それで薬が認可されるほど信頼性が高い方法です。今進行中の試験は、2019年に終わり、2020年頃には結論が出るはずです。

中間報告では、従来の胃X線(バリウム)検査での胃がん発見症例は0例だったのに対し、ABC検診では3例の胃がんを発見しました。まだ、有意差は出ていませんが、幸先のいいスタートです。

(10月19日追記)ただ、上記のRCTはエンド・ポイントが胃がん死亡でないのが難点です。胃がん死亡が減らないと、ABC検診は「見つけなくてもいい癌を見つけただけではないの?」という批判、つまり過剰診断の可能性を排除できません。

それとは別に、WHO/IARC作業部会で、胃がん死亡をエンドポイントとするGISTAR研究のパイロット・スタディを準備中です。本試験の結果が出るのは、15年後という先の長い話ですが・・・。
 

大腸内視鏡検査に思う

本日、大腸内視鏡検査を受けてきました。

便潜血反応は、死亡率を下げるエビデンスもあり、公衆衛生学的には文句ないのですが、大腸内視鏡検査についてはどうでしょうか?お金の問題で、大腸内視鏡検査を住民あるいは社員を対象にして行うのはほとんど不可能ですが、個人のレベルでは死亡率を下げるエビデンスがあるなら、受けたいという方も多いかと思います。

なお、個別のがん検診は、その検診が対象にしている癌死を低下させるというエビデンスはあっても、全死を減少させるエビデンスはないのが、ほぼ全てです。「全死が減らないなら意味ないじゃん?」というのは、真っ当な意見ですが、私は(おそらく多くの方も)後悔して死にたくはありません。早期発見が困難な膵臓がんで死ぬのは諦めがつくとしても、早期発見が可能な胃がんや大腸がんでは死にたくないのです。

大腸内視鏡検査に話が戻りますが、これは医師のレベルの格差が、一般の方が考えているよりはるかに大きいです。「大腸内視鏡検査は痛い」というイメージが強いためか、「大腸内視鏡検査の時間は短ければ短いほど、その先生の腕はいい」という誤信があるようです。

しかし、観察時間と病変(腺腫)発見率は正の相関関係があるというエビデンスがあります。そして、腺腫の発見率と検査後の大腸がん死には負の相関関係があるというエビデンスがあります。ある私立大学教授は「検査時間は5分」と公言していて、日本中アルバイトに行っていますが、私はその先生の検査は受けたくありません。

それと、おそらく厚生労働省の医療費抑制政策と密接にリンクしていると思いますが、ポリープ切除術は医療費が高いためか、日本では「5mm以下のポリープは切除せず経過観察でいい」というのが基本的な見解です(大腸ポリープ診療ガイドライン2014 日本消化器病学会)。しかし、米国では「全てのポリープは切除する」という考え方が主流です。

石坂氏の書評に対するreply

石坂さんという非常に優秀な個人投資家から、彼のブログ上で書評を頂きました。ありがとうございます。出版社が書いたアマゾンでの紹介よりも、詳しく、また的確に書いてくれましたので、敬意を表してreplyを書きます。石坂さんが指摘された点に関して、以下に私の見解を示します。

 

まず、テクニカル分析については、私は「エビデンスがない以上、テクニカル分析については意識的に無視することが肝要」と書きましたが、石坂さんは「例えば、システムトレード等で利用されている(斉藤手法や3点チャージに代表される)株価急落後に買う方法や過去数十日程度の高値を上回った時に買い付けを行う方法(ブレイクアウト)のリターンがよいことはさまざまなエビデンスがあると思います」と指摘してくれました。

私は、システムトレードに関しては興味がまったくないので、エビデンスがあることを知りませんでしたが、質の高いエビデンスでしょうか?学者でない金融機関のリサーチ部門の方も、多くのジャーナルに投稿している昨今ですので、論文があれば読みたいものです。また、有効なテクニカル分析が発表されると、みんなが真似をして、有効でなくなるといわれていますが、プロスペクティブ・スタディはあるのでしょうか?いずれにしても、私のような「週末投資家」がテクニカル分析で超過リターンをあげるのは事実上不可能です。

 

第二に、「『相場の動向に関係なくても、利益をあげられる』というのはちょっと言い過ぎではないかと思います」と書かれています。まったく、その通りです。ご指摘の通り、「利益があげられる」というのはキャッシュフローのことです。原資産とあわせたリターンは、当然マイナスになることもあります。CCWなどのオプションの優位性を強調するため、筆が滑ってしまいました。石坂さんが書いてくれた「オプションを併用することにより、インデックスファンドを単に買うよりさらにリターンを高められるからオプションを利用すべきである」という表現のほうが適切だったと思います。

 私が、CCWを非常にいいと思っているのは、心理的な面もあります。精神が強靭な方はいいのですが、私のような小心者は「慰め」(メンタル・アカウンティング)が必要です。株式が下落中のときは、株式だけ保有の場合は、評価額が下がっていくのをただ見ているしかありません。それに耐えられないときは、無益な「損きり」をしてしまいます。CCWでは、保有する株式は同じだけ評価損になりますが、キャッシュが入ってきます。これは慰めになります。

逆に株価が上昇中の時は、CCWでは、コールを買い戻すために、キャッシュの支出を伴うことが多くなりますが、保有する株式が評価益となっているので、これもまた「慰め」になります。あまりに上昇スピードが速いときは、いったんexerciseさせて、CSPに移ります。CSPも多くの場合、超過リターンをもたらします。投資が成功するかどうかは、恐怖心や欲望の心理をコントロールすることが肝要ですが、CSP & CCWでメンタル・アカウンティングをうまく利用することができます。

第三に、「3章にオプション投資のエビデンスが挙げられていますが、そこには相場動向と関係なく利益があげられるという表や図は見当たりませんでした」とあります。ここは私の筆が滑ったのは、前述の通りです。

私が言いたかったのは、Kapadiaの論文にあるように、金融危機とその後や、株式の暴騰時など3つの期間、CCWは一貫して原資産(Russell2000TR)をアウトパフォームしているということです。私が読んだのはSSRNですが、その後、The Journal of InvestingVol.21, No4:pp59-80, 2012)に掲載された論文でも、abstractはまったく同じなので、大きな変更はないようです。もちろん、期間を自分の都合がいいように恣意的に分けている可能性は否定できません。なお、本には明示しませんでしたが、Kapadiaの論文によると、CCWが原資産(Russell2000TR)をアウトパフォームするのは、満期日が1ヶ月先のコールだけで、2ヶ月先のコールでは原資産をアウトパフォームしないので、注意が必要です。

石坂さんはオプションの「効率性」について言及されています。石坂さんがまとめてくれたように、「オプションの利用は全体的に見るとダメだけれど、例外がいくつかあって、カバードコールやプット売りなどはその例外」とDoran は結論しています。また、Kapadiaは、ボラティリティのリスク・プレミアムの存在がCCWのパフォーマンスにきわめて重要なようだと結んでいます。

石坂さんは「オプション売りは間違えると破産することもあることを強調してほしかった」と注文されています。確かに、nakedのオプション売りは、いったん思惑が外れると、巨額の損失が生じます。従って、個人投資家(週末投資家のレベル)はnakedのオプション売りをすべきではありません。私もしていません。個人投資家はCCW、CSP、LEAPSコール買いの3つの戦略を行うのが賢明だと思います。

CCWCSPはつまらない(とくに原資産がETFの場合)ので、「お楽しみ」はLEAPSコール買いでしましょう。私の保有しているPfizer(PFE)LEAPSコール、PFEの株価が30ドルを超えて、やっとITMに入りました。これからが楽しみです。

F-scoreのその後

GreenblattのMagic formulaは、バックテスト・マジックである可能性が高いと「超・株式投資」の中で書きました。

では、「東大卒医師が教える科学的株投資術」で紹介したPiotroskiのF-scoreはどうでしょうか?F-scoreとは、Piotroskiが2000年に発表した、ROA、ROAの変化率、営業キャッシュフロー、アクルーアル、売上高総利益率の変化、総資産回転率の変化、長期負債平均総資産率の変化、流動比率の変化などを組み合わせた指標です。

Australian Accounting Review (Volume 23Issue 4pages 380–392December 2013)にpublishされたAsprisらの"Fundamental-based Market Strategies" によると、論文発表後の2000年から2010年までの米国市場では、小型株効果調整後でも、市場平均を上回るリターンをあげたとのことです。  

本の訂正

細かな表記上の間違いはいくつかあるのですが、下記を訂正は大事なので、お知らせします。指摘してくださった読者に感謝いたします。

p224の10行目「ポジションを解消したい時は、この株式を買い戻します」「権利行使されたくない時は、31コールを買い戻します」

p240の1行目:「株価が43ドルの時、45LEAPSプットを3ドルで買い、40LEAPSプットを1ドルで売る」
→「株価が43ドルの時、45LEAPSプットを3ドルで売り、40LEAPSプットを1ドルで買う」

p253の表のタイトル:「合成株式ポートフォリオ(コール買い+コール売り)」→「合成株式ポートフォリオ(コール買い+プット売り)」

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「超・株式投資」発売になりました

「超・株式投資 賢者のためのオプション取引」が発売になりました。下記の写真をクリックすると、アマゾンのサイトへ行きます。出版社のサイトはここ

「超・株式投資」とは、 株式投資がいかに不利なゲームかであるかを説明し、それを「超える」戦略(つまり、オプション)を紹介するものです。 

本書の前半は株式投資の話で、「東大卒医師が教える『株』投資術」の続編です。この本が出たのは2006年ですが、当時は個人投資家から絶賛されました。しかし、現在、当時とは考え(投資法)が多少変わっているのは、今度の本を読んでいただければわかると思います。

過去のデータからレトロスペクティブに、新しいスクリーニング法やシステム・トレード法を「発見」しても、それがその後にはまったく通用しないことは、過去の歴史を見れば明らかです。

本にも書きましたが、個人投資家の間で人気があり、学者を馬鹿にしていたグリーンブラットのMagic formulaは、バックテスト・マジックであることはほぼ確実です。

バックテスト・マジックとは、過去のデータからたまたま成績が良かったファクターの組み合わせを見つけて、それが将来も有効であると他人を信じさせることです。おそらく、自分もそれを本当に信じているのでしょうが、それは自分の馬鹿の公表です。

また、かつて他人のデータ捏造を激しく批判していたハウゲン自身の70ファクター・モデルのパフォーマンスも捏造されていることは間違いがありません。この世界では、捏造が日常茶飯時に行われているようです。

結局、
  • 優れたファンドマネージャーはほとんどいない
  • 機械的投資法は、バックテスト・マジックに過ぎない
  • 小型株効果、バリュー株効果の有効性
  • カバード・コール(CCW)および現金確保プット売り(CSP)の有効性
が真実に近いということです。「自分の経験」などほとんど何の価値がありません。むしろ、バイアスのもとになり、有害でさえあります。

なお、「東大卒医師が教える『株』投資術」は絶版のため、興味を持たれた方は、Kindle版の「エビデンスに基づく株式投資(EBI)のすすめ (Kindle版)」を読まれることをお勧めします。 

後半はオプションの話です。前著の「週末投資家のためのカバード・コール」はカバード・コールに特化していたのに比べ、本書ではもう少し幅広い戦略を紹介しています。具体的な取引の実際などは書いていないので、オプション未経験者には、むしろ本書の方が読みやすいと思います。



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オプション取引の税金

IB証券やFirstrade Securitiesなど米国証券会社で行うオプション取引は総合課税(雑所得収入)になります。高額所得者やオプション取引で儲けた人は、地方税と合わせて税率55%です。株式との損益通算も損失の翌年以降への繰り越しもできません。このような不利な面はありますが、流動性や呼び値の細かさの点では、圧倒的に米国市場が有利です。


米国証券会社でオプション取引した時は、確定申告が必要です。まず(1)CSP(現金確保プット売り)でプットが権利行使されて株式を所有し、(2)続いてカバード・コールを組み、コールが権利行使されて株式を売却した場合、損益をどのように計算するかを示します。


次に、(3)でオプションがexpireするか、反対売買でポジションを解消した場合の税務処理を示します。


(1)CSP(現金確保プット売り)で権利行使された場合


IB証券でCSPをする場合を見ましょう。312日と13日に、満期日が420日、権利行使価格が93ドルのプット・オプション(IWM 20APR13 93.0 P)を100枚ずつ売り、合計200枚のプット・オプションが満期日前日の419日に権利行使されたとします。その結果、20,000株の株式(IWM)を1株当たり93ドルで取得します。


この場合、IWMの取得費はいくらになるでしょうか?まず、312日プット・オプションを1.600ドル/枚で100枚売って、15,922.87ドルを得ています(手数料控除後)。313日プット・オプションを1.660ドル/枚で100枚売って、16,522.86ドルを得ています(手数料控除後)。


IWMの取得費を計算するには、1,860,000 (=93×20,000)ドルを計上し、次にプット・オプションを売った時に得た約定料金32,445.73(=15,922.8716,522.86)ドルを引きます。株式取得の手数料はありません。計算すると、取得費は 1,827,554.27(=93×20,00032,445.73)ドルになります(一株あたりの取得単価は、91.37715ドル)。419日のTTS1ドル=99.29ドルなので、181,457,863円です。


(2)CCW(カバード・コール)で権利行使された場合


株式を20,000株取得したので、422日に満期日が518日、権利行使価格が93ドルのコール・オプション(IWM 18MAY13 93.0 C) 0.51ドル/枚で200枚売ったとします。10,200(=0.51×20,000)ドルを得ます。手数料を控除すると、10,055.23ドルです。


このコール・オプションが満期日前日に権利行使され、株式は93ドルで売却されたとします。売却額は 1,860,000(=93×20,000)ドルです。517日のTTB1ドル=101.29円なので、188,399,400円になります。 


なお、この株式の売却には手数料が掛かっているので計上します。この場合、41.66ドルなので、517日のTTS 1ドル=103.29円で円換算すると、4,303円です。


以上より、IWM 20,000株の売却益は 6,937,234(=188,399,400181,457,8634,303)円になります。CSPのプットとCCWのコールは、いずれも権利行使されたので、実現損益は0です。


(3)権利行使されなかったオプション取引の税金


オプションがexpireした場合、あるいは反対売買で清算した場合、オプションは実現損益になります。本来は、その日々の為替で円換算すべきですが、この部分のオプション取引については、年間報告書(アクティビティ・ステートメント)に記載されている「オプション取引の実現損益」を年最終取引日のTTBで円換算することを認めてくれるようです。


以上は、私を管轄する税務署の見解です。すべての税務署でこの方法が受理されるかは不明です。また、今後もこの方法が通用されるかも不明です。


FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)

FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)が7月から施行されます。私は金融機関に勤めているので、医師(産業医)であってもインサイダー取引など最重要のことに関しては、ネットで研修とテストを受けなければいけません。正直言って、FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)がインサイダー取引と同じぐらい最重要なことだとは認識していませんでした。


FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)
は、米国()人による海外の金融機関を利用した租税回避を阻止するため、米国街の金融機関(FFI)に、顧客口座の米国()人への該非確認や該当した場合、米国内国歳入庁(IRS)への報告義務を課す米国税法ですが、「所得に対する租税に関する二重課税の阻止及び脱税のためのアメリカ合衆国政府と日本国政府との間の条約」により、すべての本邦内金融機関がFATCAを遵守することが求められ、遵守しない場合、懲罰的な課税が課せられます。残高5万ドル以下の低額口座は免除、100万ドル以上の高額口座は所定の追加書類の徴収などが必要になります。

 

具体的なタイムラインは、2014年に氏名、住所、米国納税者番号(TIN)、口座番号、実質的米国保有者氏名(法人)、口座残高(価値)、米国源泉FDAP所得支払額、2015年にそれらに加え、歴年中の口座への支払い総額(利息、配当など)2016年にはさらに、売却・償還額、2017年にはさらに米国源泉の利子、配当金を含む資産の売却額、償還額が報告されます。
 

相互主義に基づき米国の金融機関もこれを遵守することが求められ、IB証券もこれに従うと述べています。日本の当局が米国金融機関に同等のことをすぐに要求するかどうかは知りませんが、要求されれば報告されます。特に100万ドル以上の高額口座の方はご注意を。

「エビデンスに基づく株式投資のすすめ」Kindle版

3冊目の本が脱稿して、暇になったので、今まで時々 リクエストのあった「東大卒医師が教える『株』投資術」をアマゾンのKindle ダイレクト・パブリッシングで電子書籍化しました。1,600円の本が、去年は70,000円、今でも6,000円前後の値段がついているので、お買い得です。

今の考えと違うところは割愛し、中身の順番を少し変えました。それ以外は手を加えていません。

KDP( Kindle ダイレクト・パブリッシング)は非常に簡単にできます。原稿さえあれば、20分ぐらいでできます。便利な時代になったものです。

エビデンスに基づく株式投資(EBI)のすすめ (Kindle版)

よろしくお願いします。 

夏休みの読書

マルキールの「ウォール街のランダム・ウォーカー」は、間違いなくいい本ですが、多くの人が絶賛しているので、ここでは、「投資4つの黄金則」を推薦したいと思います。著者は素人(医師)ですが、非常に多くのエビデンスをあげていて、説得力があります。既に絶版ですが、幸いなことに、Kindle版の、"The Four Pillars of Investing"は1670円で、米国Amazonで買うのとほぼ同額です。

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」も、少し読みにくいですが、いい本です。

株式投資と数学は切っても切れない関係ですが、興味のある方には、「天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話」がお勧めです。タイトルが似ていますが、凡庸な数学者が自らの恥ずかしい経験談を述べただけの「天才数学者、株にハマる 数字オンチのための投資の考え方」と間違えないようにしてください。カスタマーレビューを読めば、カスタマーの質がいかに低く、そのレビューはあまり当てにならないかがわかります。

最後に、Vanguardのボーグルが書いた、「波瀾の時代の幸福論 マネー、ビジネス、人生の『足る』を知るを読んで、心を洗ってください。これも絶版なので、「Enough: True Measures of Money, Business, and Life 」のkindle版がいいと思います。カスタマーの評価は、nが少ないときは、とくに当てにならないので、こちらを見てください。

DPP-4阻害剤のアウトカム試験

糖尿病の薬で、DPP-4阻害剤と呼ばれる薬は、確実な血糖値の低下と、その一方の(一時的な)低血糖などの副作用の少なさで、ここ数年糖尿病治療薬として、急激にシェアを伸ばしてきました。世界で一番売れているのは、最初に発売されたMRKのsitagliptin (Januvia)で、二番目に売れているのがAZN/BMSのsaxagliptin (Onglyza)です。後者は日本では7剤目のDPP-4阻害剤ですが、間もなく協和発酵キリンから販売されます。

Saxagliptin (Onglyza)は、2009年にFDAが糖尿病薬承認の条件に、アウトカム試験を要求するようになってから初めてFDAに承認された薬です。アウトカム試験とは、実際に心筋梗塞やそれにより死亡を減らせるかどうかを実証する試験です。Zetiaのところでも強調しましたが、薬の目指す所は、データの改善ではなく、アウトカムの改善です。

当然ながら、DPP-4阻害剤はどれもほぼ同じ作用機序なので、差別化が難しいのですが、saxagliptin (Onglyza)は、承認後のアウトカム試験がsitagliptin (Januvia)より進んでいました。先週聞いた、Onglyzaの説明会でもそのことが強調されていました。そして、SAVOR-TIMI-53というPhase 4(販売後)の治験の結果がセールス・ポイントになると期待されていました。しかし、先週、衝撃的な結果が出ました。その治験で、saxagliptin (Onglyza)は、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞の複合エンドポイントで、placeboと比較して差を出せませんでした。

9月の
 European Society of Cardiology (ESC) 2013 Congressで詳細が発表されるので、確認したいと思います。Zetiaの二の舞にならないことを期待しています。

本の訂正・補遺 

皆様からの指摘で、間違いが見つかりました。
  • p51の3行目、「コール」→「プット」
  • p96の中段の囲みの中の「Raw RIE」→「Raw RU 」
  • p161の下段の表の2行目、左から4列目の「3%OTM」→「3%ITM」
  • p228の2行目、「シティ銀行」→「シティバンク銀行」
  • p229のIB証券への入金方法は、IB証券は非公認で不確実です。IB証券のWeb siteの方法に従ってください。
以上です。
 
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前著が72,000円で取引されているのには驚きました。記念に、キャプチャーしました。

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日本初の本格的「カバード・コール」の本

来月、パン・ローリング社から「週末投資家のためのカバード・コール」が発売になります。日本で初めての、カバード・コールに特化した書籍です。執筆にあたっては、欧米の類書も参考にしましたが、それらの本と同等か、それ以上の内容と自負しています。

執筆には8か月かかりましたが、編集者とのキャッチ・ボールでした。私一人で書き終えるより、読みやすい本ができたと思っています。

サルでも儲かる相場になりつつあるので、カバード・コールの本の出版は、タイミング的には最適ではありません。こういう時は雨後の筍のように、駄本が次から次へと出版されるので、良書が埋もれてしまう懸念がありますが、よろしくお願いします。

発売になったら、またお知らせします。

私の不動産投資(3)

その後、3人の賃貸人に部屋を貸した。最初は、2,3か月で賃貸人が決まっていたが、やがて、空室が半年になり、1年になった。賃貸料も最後には月15万円(管理費込にしたので、実質13万円程度)まで減額して、やっと賃貸人が決まった。しかし、その賃貸人は、2年後の契約更新はしないで、また空室になった。

経年変化で、ガスコンロの故障、水栓金具の交換、エアコンの入れ替えなど、所有者が手配し、管理しなければいけないことが多くなり、昼間仕事をしている私には、面倒だった。もちろん、お金さえ払えば、不動産屋さんが代行してくれるが、それは馬鹿らしく思えた。また、賃貸人が退室時には、最初のころは、敷金で壁紙などの張替などができ、家主の出費は0で済んだが、やがて慣行が変わり、経年劣化の場合は家主の負担でしなければならなくなり、退室のたびに出費するようになった。

結局、不動産を所有することにメリットはないと判断し、売ることにした。ふつうは、仲介で売却するが、私は半年、1年も待つのが嫌だったので、不動産会社に直接2000万円で売却した。18年間所有していたことになる。結果として、この不動産投資が金銭的には失敗だったことは、検証するまでもない。不動産投資したいなら、よほどの暇人で資産家でない限り、REITに投資したほうがいいだろう。

ちなみに、そのマンションは、不動産会社が内装のリフォームをした後、2800万円で売りに出され、2か月ぐらいで売れたようだ。

私の不動産投資(2)

当初は毎月決められた日にきちんと振り込まれていた家賃が、次第に、1日遅れ、数日遅れ、1週間遅れるようになった。1週間たっても、家賃が口座に振り込まれていないことがわかると、さすがに黙っていられない。私は仲介してくれた不動産屋さんに電話して、事情を話した。不動産屋さんは、最初の2,3回は催促の電話をしてくれたようだが、家賃の支払いが遅れることは、改善されなかった。不動産屋さんに電話しても、のらりくらりでまったく誠意をもって対応してくれないので、私は直接借主本人に電話をするようになった。電話をするたびに、「明日払います」などと適当なことを言っていた。家賃滞納はだんだんひどくなり、ついに1ヶ月も支払いが遅れるようになった。

地価の狂乱的な上昇は止まり、下がり始めていたが、多くの識者はこれは一時的な調整で、しばらくすればまた上昇するだろうと話していた。 ちょうどその頃、ある人から電話がかかってきた。ある製品を作っている中小企業の社長から、私が所有しているマンションを譲ってくれと頼まれているという話だった。私は、相手を本当に信じていいのか、騙されるのではないかという気持ちが少しあったし、私も地価がこれから下がるとは予想していなかったので、この話はあまり乗り気ではなかったが、とにかく一度会いたいということなので、会うことにした。私は、まだ20代の若造だったので、少しでも相手になめられないようにと思い、バイトで行っていた銀行で会うことにした。私のバックには銀行がついているから、私を騙すことはできないということを暗に示したかったのだ。

中小企業の社長は実母を私のマンションに住ませたいということだった。私のマンションを選んだ理由は、母は足が悪いので、火事など万が一の時にも階段で降りることができる2階の部屋を探していたとのことだった。相手は9000万円の金額を提示してきた。6800万円で買ったので、税金やローンの利息など諸経費を考えても、損はしない金額だった。今、マンションを借りている人との契約更新まで4ヶ月あった。社長は、その間の家賃を全部肩代わりするので、契約は更改しないと、借主を説得してほしいいうことだった。家賃の滞納が続いていたので、ちょうどいい契機かもしれないとも思った。 そこで、その話を借主にしたところ、意外にもその提案には乗らなかった。借主は、今後家賃はきちんと払うので契約は更新したいと言った。借主がそういう以上、契約を更新しないことは困難だと、当時の私は思った。弁護士に相談すれば、スムーズに引き渡せたかもしれなかったが、私は東大に戻っていて(東大のすぐそばの賃貸マンションに住んでいた)、忙しかったので、この件であまりもめたくなかった。

私は、現状維持を選んだ。売るのをやめて、今住んでいる人との契約を更新することにした。ただし、家賃の支払いが1ヶ月も遅れている状態が続いていたので、賃貸契約を公正証書で行うことを条件にした。相手は、その条件を了承したので、彼と私で公証人役場に行って、公正証書を作った。その時借主にはじめて会ったのだが、40代の、外見はふつうのサラリーマンという感じの人だった。公正証書で賃貸契約を更改したにもかかわらず、家賃の滞納はまったく改善されなかった。1ヶ月家賃の支払いが遅れて、電話をしても、相変わらずの対応だったので、私は次の手段に出た。

 まず、配達証明・内容証明郵便を送り、家賃支払いの催促をしたという証拠を作った。それでも、家賃は支払われなかったので、公証役場に電話をして、強制執行をすることにした。借主(私が貸しているマンションとは別の所に住んでいた)の家に執行官は行き、家財道具を差し押さえた。すぐに借主の奥さんから電話がかかってきた。「主人が会社を作って、マンションを借りていることはまったく知らなかった。しかも、そのマンションには愛人を囲っていたこともはじめて知った。それで主人と離婚をした。差し押さえられた家財道具は、私のものなので、差し押さえはやめてほしい」と懇願された。私は、「離婚した証拠を見せてくれれば、差し押さえは解除する」と言った。やがて離婚したことを示す戸籍謄本が送られてきた。偽装離婚の可能性も考えたが、これ以上深入りしたくなかったので、私は差し押さえを解除した。私が貸していたマンションに行くと、もぬけの殻だった。敷金2か月分があったので、金銭的な被害は最小限で済んだ。

続きはまた次回。

私の不動産投資(1)

このブログを読んでいる人たちの中には、不動産投資にも関心がある方がいると思うので、私の不動産投資に関する考えを書こう。

結論を先に言えば、金融資産が数億円程度のサラリーマンには、不動産投資をまったく勧めない。理由は、私のたった1回の経験からだ。不動産は資産規模が、株式と違って大きいので、失敗は許されない。

自分に人的価値があれば、自分のためにも、社会のためにも、不動産投資などせず、まっとうな仕事をしよう。あるいは、金融資産が十億円以下の投資家の場合、オプション取引のほうがはるかにいいと断言できる。

私は最初から不動産投資をしようと思っていたのではない。東大を卒業した頃は、世の中はバブルの頂点に向かって突き進んでいた頃だ。もちろん、当時はいつ頂点が来るか知る由もなかったし、そもそも頂点があるとは、誰も思っていなかった。マスコミや評論家、証券会社のリサーチなどでも、地価はこの先も上がり続けるという論調ばかりだった。

経済や投資についての知識がまったくなかった私は、「今、マンションを買わなければ、この先、永遠に買えなくなってしまう」と愚かにも思った。仕事は、当分の間、東大でするつもりだった。大学での仕事が終わるのはだいたい午前0時過ぎなので、東大から電車で1時間20分の所にある横浜の自宅から通うのは難しい。それで、私は東大の近くに分譲マンションを探した。1987年の頃だ。賃貸という考えもあったが、マンションの値段が毎年どんどん上がっている現状では、資産として、今マンションを買ったほうがいいだろうという、漠然とした「投資勘」があったということだろう。結果として、それは間違いだった。

東大のすぐ近くは地価がとても高くて手が出なかったが、東大から車で北または東に10分も走れば、地価は半値ぐらいになる。私はそこにある新築マンションを買った。その付近は、狂乱地価で町工場などが取り壊され、他にも新しいマンションが建ちつつあった。私が買ったマンションは、準工業地域にあったことと、一部転借権が付いていたため近隣の相場より2割ぐらい安く思えたので、私は6800万円で買った。70平米の2LDKだ。当時、私はアルバイトで週2回、ある銀行に行っていたが、その銀行が好条件で(店頭金利よりは低金利で)、ほぼ全額を貸してくれた。

私はそこに住み、そこから東大に通った。しかし、その数年後に、医局の人事で、都内の東大系列の病院に勤務することになった。その病院での勤務は比較的楽で、重症患者がいない限り、午後7時か8時には、仕事が終わった。もともとの私の自宅は、その病院から1時間ちょっとのところにあったので、そこから十分に通勤できる。私はマンションのローンを抱えていたので、買ったマンションを人に貸して、ローン返済の足しにしようと思った。

地元の不動産屋さんに賃貸の仲介を依頼したら、すぐに借り手が見つかった。○○というゴルフ会員権を売買している、いかにもバブル全盛期らしい社員2人の会社が「寮」として借りてくれた。賃料は、管理費などを除いて、月24万円だ。これが相場だったが、表面利回りは3.5%に過ぎない。購入に要した諸費用やローンの金利を考慮に入れれば、実質利回りはこれより大分低い。もちろん、ローンの返済に大いに助けにはなったが。

やがて、バブルが弾けた・・・。続きは、次回。

APIXABAN (2)

ACS(Acute Coronary Syndrome)の患者に対し、通常の抗血小板治療を行った人を対象に行った、placeboとapixabanのRCT(APPRAISE-2)で惨敗したapixiban(BMY/PFE)だが、Af(心房細動)の患者で、脳卒中リスクをもつ人を対象に、コントロールをwarfarinで行ったRCT(ARISTOTLE)では、予想通りにいい結果を得た。前回の治験は、コントロールがアスピリンなので、インパクトはこちらのほうがはるかに上だ。

これで、抗凝固系は、JNJのXarelto(rivaroxaban)、ベーリンガー(非上場)のPradaxa(dabigatran)、と役者がそろった。一方、第一三共のLixiana(edoxaban)は、Afの患者が対象のRCTの結果は来年にずれ込むようだ。

さて、Pradaxa(dabigatran)は、治験(RE-LY)では、日本人患者も数多く組みいられたため、日本でも、米国に遅れること僅か数ヶ月で、承認された。欧米より承認が5年から10年遅れることが珍しくない日本で、これは画期的なことだった。しかし、その後、製造販売者(日本ベーリンガーインゲルハイム)によると、2011年3月14日から8月11日で、5人の死亡例を含め、81人の重篤な出血性の副作用例が報告されている(発売以降の推定使用患者数:6万4000人)とのことだ。それで、(おそらく厚労省の指導を受けて)添付文書に「警告」欄を設け、投与中は出血や貧血などの徴候を十分に観察することや、腎臓を介して排泄されるため、適宜、腎機能検査を行うことなどを注意喚起した。

変なことを言う人は、どこの世界にも必ずいる。この件に関しても、「ドラッグ・ラグは、欧米で多くの患者に使用されて、有害事象が明らかになってから日本に入ることので、むしろ好ましいことだ」と言う専門家がいる。確かに、中には、その後の検討で、全体として、有害事象>便益となる薬があるかもしれない。しかし、そのような例は、きわめて稀だ。薬には副作用や合併症はつき物だ。しかし、それ以上に薬の恩恵を受ける患者がいることを忘れてはいけない。稀な例をことさら取り上げて、全体の利益を考えない発言をする人には、疑問を呈さざるを得ない。

リスク

株式投資の「リスク」と、個人の健康の「リスク」とは意味合いが異なる(前者は「標準偏差」、後者は「確率」)が、個人は、自身の健康のリスクについて、もう少し関心を持って欲しい。健康リスクについて言えば、最大のリスクは喫煙だ。私は、基本的には、喫煙家の言うことは信用しない。しかし、それ以外の生活習慣病のリスクは過大評価されている。検査データがまったく問題ない人にも、脳卒中、心筋梗塞はかなりの頻度で起きる。しかも、生活習慣病の半分は遺伝なので、いくら生活習慣を改善しても、たかが知れている。従って、無理して我慢する必要はない。好きなものを食べて、飲めばいいと思う。人生は短いのだから。しかし、高血圧症や脂質異常症の人は、薬は飲んだほうがいい。

一方、癌、とくに早期発見が比較的簡単な消化管の癌は、リスクに応じた検診が肝要だ。これらの癌で死ぬのはあまりにもったいない。生活習慣病関連で死ぬのは、ある程度、不可避だが、癌死はかなりの程度、避けることが出来る。

胃癌に関して言えば、ペプシノゲンとピロリ菌抗体を組み合わせたABC(D)検診で十分だ。最初からピロリ菌のいない人(A群)に、胃癌が発生する確率はきわめて低い。対策型検診としては、このグループに検診をする必要は、まったくない。一方、ピロリ菌がいて、ペプシノゲン陰性(B群)では、年間0.1%の胃癌発生率、ピロリ菌がいてペプシノゲン陽性(C群)では、年間0.25%の胃癌発生率なので、数年に1回の内視鏡検査が必要だ。勿論、除菌をした上でだ。

未だに、国民のピロリ菌感染率が80%で、国民のほぼ全員を胃癌のハイ・リスクと捉えても間違いがなかった頃の施策(全員X線検査)が取られているとしたら、時代錯誤もはなはだしい。現在は、胃癌検診対象者のピロリ菌感染率は20%以下であり、とくに若年層では5%以下に激減しているので、近い将来、胃癌の罹患率は現在の10分の1以下になることは間違いがない。

大腸癌は、最近漸増しているが、明確なリスク・ファクターがない。赤身肉を食べる人に大腸癌が多いとか、肥満の人に大腸癌が多いとか、逆に果物を多く食べる人に大腸癌が少ないというデータはあるが、せいぜい数%の話だ。従って、すべての人は、40歳を過ぎたら、下部消化管内視鏡検査を 受けたほうがいい。異常がなければ、5年後の検査で十分だ。

一方、食道癌は、胃癌や大腸癌に比べて、罹患率が一桁少ないが、かなりリスク・ファクターが明確だ。これには、遺伝子リスクと生活習慣リスク(飲酒と喫煙)がある。遺伝子リスクは、ALDH2(アルデヒド脱水素酵素)とADH1B(アルコール脱水素酵素)があるが、1件数万円もする遺伝子分析を受けなくても、ALDH2(アルデヒド脱水素酵素)低活性型の人は、お酒を飲むとすぐに顔が赤くなるということでわかる。日本人の40%は低活性型だ。ちなみに白人や黒人は低活性型の人はいない。ADH1B(アルコール脱水素酵素)の低活性型の人は、普通の量のお酒を飲んでも、次の日、お酒臭いということで、ある程度、判別できる。これは、日本人の10%だ。遺伝子リスクがいずれかの1つある人が、飲酒と喫煙の両方をすると、これらのリスクがない人に比べて、食道癌の発生リスクは60倍以上になる。さらに遺伝子リスク2つと生活習慣リスクが2つある人は、食道癌のリスクが100倍以上になる。

東日本大震災

2011年3月11日
会社は東京の港区にあるが、15階にある診療所では、その時間は立っていられないほどに揺れた。診療所の天井のパネルが落下した。幸い、人的被害はなかった。 私の部屋から外を見ると、お台場のあたりで黒煙が上がっていた。

当日は、電車がすべて止まっていたので、ひたすら歩いた。3時間ぐらいまでは快調だったが、その後は足が痛くなり、悲惨だった。子供がいなければ、会社か 会社の近くの高級ホテルで一泊するところだが、子供と連絡が取れないので、ひたすら歩いた。6時間かけて、やっと家に着いた。子供は友達の家に泊めても らっていることを知り、安堵した。

Apixaban

ワルファリンなどのビタミンK拮抗剤(VKA)治療が不適応と予測または確認された心房細動(AF)患者において、apixabanは、脳卒中及び全身性 塞栓症の有効性の複合評価項目において、大出血、致死的出血、頭蓋内出血の有意な増加をもたらすことなく、脳卒中や全身性塞栓症をアスピリンより統計的に有意に軽減したという論文が、NEJMに出た。しかし、対照薬がアスピリンなのが、少し弱い。おまけに、Xa阻害剤は多くの製薬メーカーが開発の最終段階に入っており、日本の製薬会社だけでも、武田、アステラス、第一三共の上位3社が開発中なので、発売後、シェアの奪い合いをするだろう。

ベーリンガーのdabigatranは、同じような薬だが、凝固系に作用する部位が異なる。この薬はつい最近、ワルファリンに対する非劣性が示された。対照薬がワルファリンである点は、対照薬がアスピリンであるapixabanよりはるかにインパクトが大きい。因みに、dabigatranは欧米での承認後、僅か数ヶ月で日本で承認された。ドラッグ・ラグが問題になっている我が国の現況から見ると、驚くべき早さだ。ベーリンガーのMRは「それだけ、この薬が画期的だということです」と言っていたが、そういうことかもしれない。

ということで、PFEのapixabanには多くを期待していないが、依然として、PFEの株価は魅力的な水準にあると思われる。

(アスピリンは抗血小板薬、apixaban、dabigatran、ワルファリンは抗凝固薬)
(apixabanはBMYが創薬し、PFEとBMYが共同で、治験を行った

AHAの話題

今週はシカゴでAHA(米国心臓病学会)が開かれた。毎年、NEJMに載るような一級の臨床治験の結果が発表されるので、投資家にとっても大事だ。

ASCOTという治験(心血管イベントの危険因子を3つ以上有し、コレステロール値が平均値以下の高血圧患者において、コレステロール低下療法によるCHDの一次予防効果を検討した治験。ASCOT試験は本試験と降圧試験であるASCOT-BPLAの2試験から成る2×2試験。一次エンドポイントは,非致死的心筋梗塞と致死的CHD)のPost-hoc分析で、「hsCRPは心血管イベントの予測に有用でない」というServer博士の発表があった。これに対し、JUPITERでhsCRPの有用性を主張しているRidkerは、「これはPost-hoc分析だ」と言って、「その分析の信頼性は低い」と主張した。これには笑えた。自分はJUPITERのPost-hoc分析で、hsCRPの有用性について何本も論文を書いたのに・・・。何といつも自分に都合のいいことを言う人なのだろう。

次に注目されたのは、DEFINEというCETP(cholesteryl ester transfer protein) inhibitorの、MRKのanacetrapibの治験だ。発表と同時に、NEJMにも掲載された。CETP inhibitorはPFEのtorcetrapibなど、何度も治験がフェールした鬼門だ。

臨床イベントは有意差がなかったが(症例数が少ないので)、血液データは非常に興味深い。HDL-Cを上昇させる薬剤は、これまでほとんどなかったが(niacinは副作用が多くて、使いにくい)、anacetrapibはHDL-Cを2.5倍に増加させる。これが臨床イベントの減少につながることが実証されれば、非常に面白い。

「血液データなどのsurrogate markerより、臨床イベントが大事だ」といつも言っているNissenが比較的好意的なコメントをしていたのが、印象に残った。30,000人規模で行われる、REVEAL HPS-3 TIMI-55 trialの結果を待とう。

関節リウマチの新規薬剤

内科領域では高血圧症や脂質異常症などの分野は、ほぼ完成された薬剤が販売され、今後ジェネリックに侵食されることは必至だが、内科領域で今後最もマーケットが拡大されることが予想されるのは、抗血小板・凝固領域、関節リウマチ領域、血液疾患領域、一部の固形癌領域だ。固形癌領域では私の同級生が発見し、アステラスに特許を導出したEML4-ALK遺伝子に対するinhibitorは有望だ。この論文はNatureに載り、先週ライバルの武田から武田医学賞を受賞したが、武田もなかなか懐が深いところを見せた。来週のNEJMにも新しい論文が出るそうだ。

関節リウマチの臨床では、現在ようやく皮下投与のEtanercept (PFE)やAdalimumab (ABT)の早期投与の重要性が認識され始めた段階で、今後これらの需要は劇的に増えると思うが(Adalimumabは未だに特定の医療機関でしか投与できない)、臨床治験の分野では、既に次の世代の経口投与できるkinase inhibitorsの開発が進み、2013年の販売を目指している。中でも、PfizerのTasocitinibとAstrasZeneca/RigelのFostamatinibが先行し、最も有望とされている。

現在開発中のkinase inhibitorは下記のとおりだ。

CompoundTargetIndications
INCB-28050 (LLY, Incyte)JAK1/2RA (Phase II)
Tasocitinib (PFE)JAK3RA(Phase III)
Psoriasis (Phase II)
IBD (Phase II)
VX-509 (Vertex)JAK3RA (Phase II)
VX-702 (Vertex)p38 MAPKRA (Phase II)
BMS-582949 (BMS)p38 MAPKRA (Phase II)
Psoriasis (Phase I-II)
Fostamatinib (AZN, Rigel)SYKRA (Phase II)
B-cell lymphoma (Phase II)
ITP (Phase II)
Peripheral T-cell lymphoma (Phase II)
Solid tumors (Phase II)

やはり、ゼチーアのSHARPは望み薄

ゼチーア(ezetimibe)の治験が3本続けて、フェールしたが、MRKが一縷の望みを託していたSHARP(Study of Heatt and Renal Protection)もフェールする可能性が高い。

SHARPは、慢性腎疾患の患者に、Simvastatin 20 mg、Placebo、Simvastatin 20mg/Ezetimibe 10mgの3群に分けて、アウトカムを見る治験だが、そのエンドポイントは、Major vascular events (defined as non-fatal myocardial infarction or cardiac death, non-fatal or fatal stroke, or revascularisation)だ。しかし、SHARPの主任研究者のBaigent医師が、治験の途中で、 エンドポイントをmajor atherosclerotic events (defined as the combination of coronary death, myocardial infarction, ischemic stroke, or any revascularization procedure)に変えたいと、スポンサーのMRKに言っているとのことだ。つまり、非動脈硬化性の心血管イベントを除外したいと言い出したのだ。

これに対し、MRKは拒否 。後からエンドポイントを変えるのは、禁じ手だから、MRKの判断は正しいが、MRKはPost-hoc分析で行こう としているようだ。こちらのほうがエンドポイントを後から変えるよりはマシだが・・・。

エンドポイントを変えるのは反則だということを十二分に知っているはずのBaigentが、この時期にこう言い出すのには、それなりの理由があるからと考えたくなるのが普通。Baigentは「結果は見ていない」と強調しているが、結果を 一部知って、当初のプライマリーエンドポイントでは有意差がでそうにないと思ったのだろう。いずれにしても、SHARPの結果は期待できそうにない。

それにしても、エビデンスと関係なく、ゼチーアが売れる日本は、「不思議な国」だ。

PLATO(2)-ABCB1

ABC蛋白質は、おもに脂溶性低分子化合物をATP加水分解のエネルギーをもちいて輸送するトランスポーターだが、その中で最初に発見されたMDR1(遺伝子シンボルはABCB1)は消化管上皮細胞、腎臓尿細管、胆管、精巣、脳の管腔側膜に発現しており、低分子脂溶性化合物が上皮細胞を透過して体内に入ろうとするとき、膜中でそれらを結合しATP加水分解に依存して管腔中へと排出する作用を持つp-glycoproteinだ。 3435番目の塩基がCCからTTに変異することにより、アミノ酸変異は伴わないが、mRNAの産生量が変化し、p-glycoproteinの発現が低下する。p-glycoproteinは、内因性のアルドステロンの濃度を変化させるなど、血圧をはじめとする様々な生体内の調整に関与しているが、外因性の薬剤の吸収・代謝にもふかく関与している。

PLATOおよびTRITON-TIMI 38でclopidogrel投与患者におけるABCB1の影響が調べられたが、PLATOとTRITON-TIMI 38ではABCB1のclopidogrelに対する作用は正反対の結果となった。なかなか一筋縄ではいかないようだ。ABCB1は現時点では、まだ薬効に対する影響を云々する段階ではないので、尻切れ蜻蛉だが、ひとまずこれで終わりとする。

PLATO(1)-CYP2C19C

clopidogrel(プラビックス)の後継薬と期待されているAstraZenecaのticagrelor(Brilinta)は、その薬自体がP2Y12阻害活性を持っているので、CYP2C19の遺伝子多型に関係なく効果を発揮でき、またPPIとの併用も理論上問題ない新しい薬だ。その薬剤のPLATOのサブ解析(ゲノムスタディ)がLancetに出た。今回のサブ解析も、JUPITERのように本論文がNEJMで、サブ解析がLancetといういつものパターンだ。この論文の解説は次回で述べるが、その前に薬物代謝におけるCYP(チトクロームP450)酸化酵素をおさらいをしよう。ここでは、PPI(Proton pump inhibitor)やclopidogrel(プラビックス)の代謝に深く関与しているCYP2C19だけを取り上げる。

CYP2C19には、CYP2C*2AからCYP2C19*8まで9種類の酵素活性欠損に関する遺伝子多型と、別の部位の機能亢進型の2C19*`17がある。前者と後者は別の部位の変異なので、理論上組み合わせは非常に多くなるが、実際に*17があるのは*1だけだ。

代謝の速さの順に遺伝子多型を分類すると、次のようになる。この遺伝子多型は人種によりおおいに異なっている。白人と日本人との比較で特徴的なことは、Ultrarapid or Rapid heterozygoteは白人では33%に対し、日本人では1%しかいない。一方、Poorは白人では2%しかいないなのに対し、日本人は19%もいることだ。

Genotype
白人(カフカス系)
日本人
metabolic ratio
Ultrarapid (*17/*17)
5%
<1%
Rapid heterozygote (*1/*17)
28%
1%
0.87
Extensive (*1/*1)
36%
26%
2.18
Poor or rapid heteozygote
(*2-*8/*17)
7%
1.5%
3.85
Intermediate
(*1/*2-*8)
17%
44%
3.97
Poor (*2-*8/*2-*8)
2%
19%
32.3


PPI(Proton pump inhibitor)は、CYP2C19で代謝されて、活性を失う。代表的なPPIのひとつであるomeprazoleが実際にどれぐらいの速度で代謝されるかを調べた研究がある。それをmetabolic ratioで表すと、Rapid heterozygote (*1/*17)が0.87、Extensive (*1/*1)が2.18、Poor or rapid heteozygote (*2-*8/*17)が3.85、Intermediate (*1/*2-*8)が3.97、Poor (*2-*8/*2-*8)が32.3だ。Poor metabolizerの代謝速度が非常に遅いのがわかる(数字が大きいほど、代謝速度が遅い)。AUC (area under the plasma level time profiles)で表現すると、Poor metabolizerはExtensive metabolizerの5-12倍になる。実際に、Poor metabolizerでは胃内のpHが高い(酸分泌抑制が強い)時間が長くなり、Extensive metabolizerでは胃内pHが上がりにくい(酸分泌抑制が弱い)。

PPIの中では、比較的CYP2C19の代謝を受けないrabeprazole(パリエット)はExtensive metabolizerでも胃内pHが比較的上がりにやすい(酸分泌抑制が強い)という論文が多く、エーザイもこのことをおおいに宣伝しているが、臨床上は一般的に、ピロリ菌の除菌率は、CYP2C19多型の影響を受けないとされ、またPPIも種類に関係ないとされている。

一方、clopidogrel(プラビックス)は、CYP2C19で代謝されることにより、活性化する。PPI内服患者はPPIのCYP2C19に対する競合的阻害により、clopidogrel(プラビックス)がCYP2C19による活性化が抑制されるのではないかという懸念や論文は以前からあり、昨年FDAは「clopidogrel(プラビックス)内服者はomeprazole(オメプラール)を併用すべきではない」という見解を出した。
本題に戻ろう。PLATOのサブ解析(ゲノムスタディ)では、以下のことが述べられている。

  • ticagrelorは急性冠症候群後の主要心血管イベントを防ぐ効果がclopidogrelより高く、ticagrelorの優越性はCYP2C19多型やABCB1トランスポーター多型に関係なく、示された。
  • ticagrelor群では2C19機能喪失多型を持つサブグループの主要心血管イベントが、それらを持たないサブグループと同程度だったが、clopidogrel群では高い傾向にあり(p=0.25)、治験開始当初の30日間においては、有意水準に達した(p=0.028)。
  • clopidogrel群ではCYP2C19の機能亢進多型を一つ以上持つ患者は、機能亢進多型をもたない患者や機能喪失多型を持つ患者と比べて、主要出血リスクが高かった。