行動ファイナンスの啓蒙書を読んでいると、自信過剰バイアスの例として、ほぼ必ず、自動車の運転の話が出てきます。
 

山崎元氏も、「第141回 ほどよいオーバーコンフィデンスは可能か?」で、「ある調査によると、自動車を運転する人のざっと8割は、自分が『全ドライバーの平均以上に運転が上手い』と思っているという。客観的には、平均よりも上手い人は、せいぜい全体の半分程度だろうから、ドライバーの多くが、自分の運転に関してオーバーコンフィデンスにとらわれている」と書いています。

ところで、ドライバーの運転の技量はどうやって定量化したらいいのでしょうか?少なくても、事故を起こす人は「運転が下手」とは言えそうです。これだと「運転が慎重な人=運転がうまい」ということにもなるので、抵抗を感じる人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。慎重な運転は、運転の技量の大事な一つの要素だと思います。

 

このように考えると、過去の一定期間か、一定の運転距離において、事故を起こした回数を「運転のうまさ」にするのが、一番いいように思えます。実際の統計として、ドライバーの運転距離を調べるのは難しそうなので、一定期間での事故の回数を調べるのが現実的でしょう。これだとペーパー・ドライバーも「運転がうまい」に入ってしまいますが、そこは目を瞑ります。
 

さて、交通事故総合分析センターの統計によると、3年間の間にドライバーは平均0.00031回事故を起こしています。内訳をみると、2回以上の事故を起こしたドライバーの割合は0.127%、1回事故を起こしたドライバーの割合は2.719%、1回も事故を起こさなかったドライバーの割合は97.154%です。個々の事象が独立であることが前提であるポアソン分布では、平均が0.00031回の場合、2回以上の事故を起こす割合は0.000%、1回の事故の場合は0.309%、1回も事故を起こさない割合は99.691%ですから、事故は偶然ではなく、ドライバーの技量によるところが大きいことが示唆されます。つまり、事故は運転のうまさを測る、非常にいいバロメーターです。

 

ドライバーの事故の平均値は0.00031回ですから、事故が0回の97.154%のドライバーは「平均」より運転がうまいと言えます。従って、自分の運転が「平均」よりうまいと答えるドライバーの割合が7割ないし8割しかいないということは、ドライバーの多くはむしろ控えめで、自信過剰バイアスの例えとしては、適切ではないように思われます。なぜ、これがいつまでも行動ファイナンスの啓蒙書に出ているのでしょうか?
 

そこで、原著を調べました。最初は、Nååtånenらの1975年の論文”Road-user behavior and traffic accidents”のようです。しかし、この論文では、「運転のうまさ」ではなく、「安全運転」を聞いているようです(原文を読むことは、今は不可能なようです)。
 

そこで、Svensonが1980年に同様の実験をしました。彼は、「運転のうまさ」と「安全運転」の二つを分けて、対象者である大学生に聞いています。
 

結果は、どちらもほぼ同様ですが、NååtånenもSvensonも、質問では「平均」ではなく、「中位」と聞いています。これなら、納得です。大部分のドライバーが「中位」より運転がうまいと考えているなら、その原因として自信過剰バイアスが考えられるでしょうが、「平均」よりうまいと考えているのは、上述のように正しいことであり、論文のネタにもなりません。
 

おそらく、誰かがNååtånenやSvensonの論文を日本に紹介するときに、「中位」を間違って「平均」と書いたのでしょう。すべての日本の識者やブロガーは、その間違いをそのまま引き継いでいるようです。