おそらくICRP(国際放射線防護委員会)が1962年に出した「生殖可能な年齢の女性の下腹部や骨盤を含むX線検査は、月経開始後10日間に限って行う」という勧告がきっかけになっているのでしょう。その後、科学的な知見が積み重ねられ、1983年に上記の「10日ルール」は事実上撤回されました。
 

胸部X線検査の場合は、もともと線量が非常に少なく、しかも胎児は照射野から外れているので、胎児が受ける線量は無視できるぐらいに小さく、1962年のICRPの勧告でも、胸部X線検査は最初から対象外です。
 

次に、現在の日本人間ドック学会のホームページを見てみましょう。胸部X線検査の説明として、「X線は放射線の一種ですが、一回の被曝量はきわめて低く、極端な回数を重ねない限り人体への悪影響とは考えられません。ただし妊娠中、または妊娠の可能性がある人は、胎児への影響が心配されますので申し出てください」と書かれています。

私は「この説明の根拠は?」と人間ドック学会に質問しましたが、返事さえ来ません。返事を出さないのは、普通の会社なら考えられないことです。人間ドック学会がこの為体だから、現在でも、「妊婦=X線検査は受けられない」と信じている人が多いのです。一般人だけでなく、医師や放射線技師もそう信じている人が多いのが現状です。

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もう少し詳しく見ていきましょう。その前に、放射線の線量の単位について説明します。まずGy(グレイ)です。これは、人体1kg当たりに含まれる分子に与えられたエネルギー、つまり、人体1㎏に吸収された放射線エネルギーの単位をGyと言います。一方、放射線が人体に与える影響は上記の吸収線量のほかに、放射線の種類(X線や中性子)や、放射線が当たる臓器の組織によっても異なります。この影響の大きさを表すのが、実効線量で、その単位がSv(シーベルト)です。
 

実効線量は次の式で求められます。
 

実効線量=Σ(組織の吸収線量×放射線荷重係数×組織荷重係数)
 

Σとは、すべての組織で足すという意味です。放射線の種類による影響の違いを補正するのが放射線荷重係数で、X線は1、陽子線は2、アルファ線は20などとなっています。組織荷重係数は、臓器などの組織による影響の違いを補正する係数で、生殖腺は0.08、甲状腺は0.04、肺・結腸・胃・骨髄・乳房は0.12、などと決まっています。各組織の組織荷重係数を全部足すと1になります。1GyのX線が全身に均等に吸収された場合、実効線量は1Svです。

 

ICRP(Pub87)では、胎児の被ばくが100mGy以下であれば、健康に影響はないとされています。この100mGyという数字は、安全マージンを十分に見込んで安全と明言した線量です。ICRP(Pub84)では、胸部X線検査を受けた場合、胎児が受ける線量は0.01mGy以下とされています。つまり、健康に影響がないとされる線量の1万分の1以下の線量しか胎児は受けません。胎児に影響が出るはずがありません。別の研究(「医療被ばく説明マニュアル」、日本放射線公衆安全学会監修)によると、胎児が受ける放射線量は0.001mGyとなっていて、さらに10分の1も低い線量です。胎児が0.01mGy以下の吸収線量を受けるとすると、実効線量では0.01mSv以下になります。この線量がどれぐらい低いかを説明しましょう。
 

私たちは日常生活でも空気、空(宇宙)、大地、食べ物から、微量の放射線を受けています。その量は世界平均で年間2.4mSvです。日本の平均は年間2.1mSvです。1日あたりだと0.006mSvになりますから、胎児が最大限に受ける可能性のある実効線量0.01mSv以下という線量は、日常生活で大人が約2日間の受ける線量よりも少ない量に相当します。また、飛行機で日本から米国に行くと、0.05から0.1mSvの放射線を受けます。つまり、飛行機で日本から米国に行くと、胎児が受ける線量の5倍から10倍以上の放射線を大人は受けるのです。


以上は医学的な説明です。次に、法律から見ていきましょう。

労働安全衛生法により、20、25、30.35歳と40歳以上の社員は、年に1回の胸部X線検査が義務付けられています。例外規定はありません。妊婦も受けなければいけません。厚生労働省もバカではないので、そこらへんはきちんと調べてます。特定健診の腹囲測定は妊婦は省略可ですが、胸部X線検査は妊婦に害がないのだから省略不可です。それ以外の年齢の方は、医師の判断で省略ができますが、就業規則に「年に1回の胸部X線検査を受けること」と書いてある場合は、従わなければいけません(労働契約法による)。

会社で健診を行う場合または外部医療機関の人間ドックで代用する場合は、法律及び就業規則を遵守しなければいけません。100%の遵守は難しいかもしれませんが、少なくても、こちらから法律あるいは就業規則を守らなくてもいいとは言えません。