医学

医療現場の行動経済学

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者」を読みました。私は、20年以上前からブログなどで「医療と投資は似ている」と書いてきましたが、「我が意を得たり」と言える良書です。

投資家も、患者も、そして医師もバイアスから逃れることは難しいのですが、それを少しでも克服することにより、より良い結果がもたらされる可能性が高くなります。
 

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禁煙療法に対する補助に思う

NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINEという臨床系医学では世界最高峰のジャーナルに
Pragmatic Trial of E-cigarettes, Incentives, and Drugs for Smoking Cession”という論文が載っていました。

米国の54社の従業員を対象に、1. 一般的な情報提供と国立癌研究所提供の禁煙プログラム(アドバイスや激励をメールで行う)、2. 薬物(ニコチン補充ガム・パッチ、bupropion《抗鬱剤の一種、日本では売られていない》、チャンピックス《ニコチン受容体部分作動薬》)を無料で提供、3. 電子たばこ(註;加熱式たばこではない。加熱式たばこは米国では未発売。電子たばこは日本では未発売)、4. $600の報酬(禁煙が続くと貰える)、5. $600の償還可能な預金(最初に$600を貰い、禁煙に失敗すると返す)のグループに無作為に分け、6ヵ月後の禁煙達成率を調べました。

結果を書くと、薬物、電子たばこは、一般的な情報提供・禁煙プログラムと比べて有意差なし。$600の報償または償還可能な預金は有意差あり。報酬または償還可能な預金との間に禁煙達成率に有意差はないが、償還可能な預金の方が禁煙達成率が高い傾向はありました。得たものを失う痛みはより大きいというフレーミング効果です。

参加者一人当たりのコストは、1<<2<3<4<5ですが、禁煙成功者一人当たりのコストは、1<<5<4<3<2でした。

現在、多くの会社では、禁煙補助薬に対し実質無料の施策を行っていますが、禁煙補助薬は情報提供・禁煙プログラムと比べて禁煙達成率に有意差がなく、禁煙達成者を一人作るのにかかるコストが最大でした。日本の会社で、実際に報奨金あるいは償還可能な預金を与えたという話は聞いたことはありませんが、本気で喫煙率を下げたいと考えているのなら、一考の余地があるかもしれません。
 

高濃度乳房に思う

多くの医療機関では、マンモグラフィでの「高濃度乳房」は受診者に告知されていません。高濃度乳房は日本人に多いのですが、高度な高濃度乳房では、マンモグラフィの画像は真っ白になり、病変の有無がわかりません。多くの医療機関では、これを「異常なし」として受診者に返しています。本来は「高濃度乳房のため読影困難」とすべきでしょうが、これをしてしまうと、その後のフォローで大混乱をきたす恐れが高いので、現状は「異常なし」として返しています。高濃度乳房と言っても、1か0の世界ではないので、そこの峻別が難しいという事情があるかもしれません。高濃度乳房は「病気」ではないので、仕方がないのかもしれません。
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(http://gioire.net/kounoudonyuusen/)


健康経営銘柄

健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する経営のことです。企業がこの経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待されます。経済産業省が日本再興計画としてこれに力を入れています。経済産業省のプレゼンテーションはここ

 

健康経営という言葉はNPO法人健康経営研究会の登録商標です(しかし、なぜ岡田先生は商標として登録したのでしょうか?このおかげで「健康経営」という言葉を簡単に使うことができなくなりました。商標権は半永久的な権利だそうで、それを使用するには対価を払う必要があります)。

これは、もともとは1980年に米国のロバート・ローゼンという臨床心理学者が「ヘルシー・カンパニー」として提唱した概念で、従来分断されていた経営管理と健康管理を統合的に捕らえようとするアプローチです。米国ではそのようなシステムを構築している企業が多くあります。たとえば、米国IBMでは、副社長の一人は産業医でした。他にも、産業医が経営幹部にいる会社は珍しくはありません。優れた健康経営をしている企業に対する賞もいろいろありますが、Corporate Health Achievement Award (CHAA)やEverett Koop Awardなどが有名です。各企業の健康経営度を点数化したものにはHero scoreがあります。

 

経産省は、東証と共同で、健康経営度調査基準委員会を作り、2015年から毎年、健康経営をしている企業を、原則1業種1社銘柄を「健康経営銘柄」として選んでいます。コモンズ投信の渋澤氏、レオス・キャピタルワークスの藤野氏も委員です。藤野氏のプレゼンテーションはここです。具体的に選定された銘柄は、2015年が22銘柄、2016年が25銘柄、2017年は24銘柄です。

 

さて、健康経営銘柄は、労働生産性が高いと思われる企業なので、株価のパフォーマンスもいいことが期待されます。Fabiusは、毎年CHAAを受けた企業の株式からなるポートフォリオのリターンは、S&P 500よりいいことを実証しました。

The Link Between Workforce Health and Safety and the Health of the Bottom Line: Tracking Market Performance of Companies That Nurture a Culture of Health

Tracking the Market Performance of Companies That Integrate a Culture of Health and Safety: An Assessment of Corporate Health Achievement Award Applicants 


他にも、Everett Koop Awardでの研究でも、受賞企業の株価リターンがいいとされていますが、将来受賞する銘柄を過去にさかのぼって買い付ける方法で、非現実的です。「Everett Koop Awardは少なくても過去3年間にわたってすばらしい健康経営をしているということが受賞の条件だから」というのが著者の説明ですが、このポートフォリオは実現不可能で、投資家にとっては意味がありません。

 

投資信託では、従業員にとって働きやすい環境の大企業の株式を選ぶParnassusEndeavor Fund (PARWX)というアクティブ・ファンドがあります。これは下記の通り、すばらしいリターンを実際に出しています。

 
PARWX
 

日本では、レオス・キャピタルワークスの藤野氏が、2015年に選ばれた健康経営銘柄22銘柄からなるポートフォリオの過去10年間の株価リターンはTOPIXよりよかったと述べていますが、過去の時点では2015年にどの企業が健康経営銘柄に選ばれるかわからないので、これも実現不可能で、投資家にとっては無意味です。

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そこで、2015年と2016年の健康経営銘柄からなるポートフォリオのリターンを調べました。各年(ここでは2年だけ)受賞銘柄を入れ替える方法(I)と追加する方法(II)で調べました。具体的には、2015年受賞銘柄を受賞が発表された翌日(2015年3月27日)の始値で、各受賞銘柄を等金額(100万円)で買い付けます。株数が小数点以下まで買います。次に、2016年受賞銘柄が発表された翌日(2016年1月21日)の始値で(I)と(II)の方法で、各銘柄を等金額で買い付けます。配当は無視しました。結果は、2015年3月27日を100とすると、2年後に(I)は107、(II)は100、TOPIXは99というリターンになりました。(I)の追加方式は期待が持てそうです。もちろん、まだ2年しか経過していないので、これでリターンがいいとか悪いとか言うことはできません。今後の展開を待ちたいと思います。

「妊婦=X線検査は受けられない」という誤信

おそらくICRP(国際放射線防護委員会)が1962年に出した「生殖可能な年齢の女性の下腹部や骨盤を含むX線検査は、月経開始後10日間に限って行う」という勧告がきっかけになっているのでしょう。その後、科学的な知見が積み重ねられ、1983年に上記の「10日ルール」は事実上撤回されました。
 

胸部X線検査の場合は、もともと線量が非常に少なく、しかも胎児は照射野から外れているので、胎児が受ける線量は無視できるぐらいに小さく、1962年のICRPの勧告でも、胸部X線検査は最初から対象外です。
 

次に、現在の日本人間ドック学会のホームページを見てみましょう。胸部X線検査の説明として、「X線は放射線の一種ですが、一回の被曝量はきわめて低く、極端な回数を重ねない限り人体への悪影響とは考えられません。ただし妊娠中、または妊娠の可能性がある人は、胎児への影響が心配されますので申し出てください」と書かれています。

私は「この説明の根拠は?」と人間ドック学会に質問しましたが、返事さえ来ません。返事を出さないのは、普通の会社なら考えられないことです。人間ドック学会がこの為体だから、現在でも、「妊婦=X線検査は受けられない」と信じている人が多いのです。一般人だけでなく、医師や放射線技師もそう信じている人が多いのが現状です。

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もう少し詳しく見ていきましょう。その前に、放射線の線量の単位について説明します。まずGy(グレイ)です。これは、人体1kg当たりに含まれる分子に与えられたエネルギー、つまり、人体1㎏に吸収された放射線エネルギーの単位をGyと言います。一方、放射線が人体に与える影響は上記の吸収線量のほかに、放射線の種類(X線や中性子)や、放射線が当たる臓器の組織によっても異なります。この影響の大きさを表すのが、実効線量で、その単位がSv(シーベルト)です。
 

実効線量は次の式で求められます。
 

実効線量=Σ(組織の吸収線量×放射線荷重係数×組織荷重係数)
 

Σとは、すべての組織で足すという意味です。放射線の種類による影響の違いを補正するのが放射線荷重係数で、X線は1、陽子線は2、アルファ線は20などとなっています。組織荷重係数は、臓器などの組織による影響の違いを補正する係数で、生殖腺は0.08、甲状腺は0.04、肺・結腸・胃・骨髄・乳房は0.12、などと決まっています。各組織の組織荷重係数を全部足すと1になります。1GyのX線が全身に均等に吸収された場合、実効線量は1Svです。

 

ICRP(Pub87)では、胎児の被ばくが100mGy以下であれば、健康に影響はないとされています。この100mGyという数字は、安全マージンを十分に見込んで安全と明言した線量です。ICRP(Pub84)では、胸部X線検査を受けた場合、胎児が受ける線量は0.01mGy以下とされています。つまり、健康に影響がないとされる線量の1万分の1以下の線量しか胎児は受けません。胎児に影響が出るはずがありません。別の研究(「医療被ばく説明マニュアル」、日本放射線公衆安全学会監修)によると、胎児が受ける放射線量は0.001mGyとなっていて、さらに10分の1も低い線量です。胎児が0.01mGy以下の吸収線量を受けるとすると、実効線量では0.01mSv以下になります。この線量がどれぐらい低いかを説明しましょう。
 

私たちは日常生活でも空気、空(宇宙)、大地、食べ物から、微量の放射線を受けています。その量は世界平均で年間2.4mSvです。日本の平均は年間2.1mSvです。1日あたりだと0.006mSvになりますから、胎児が最大限に受ける可能性のある実効線量0.01mSv以下という線量は、日常生活で大人が約2日間の受ける線量よりも少ない量に相当します。また、飛行機で日本から米国に行くと、0.05から0.1mSvの放射線を受けます。つまり、飛行機で日本から米国に行くと、胎児が受ける線量の5倍から10倍以上の放射線を大人は受けるのです。


以上は医学的な説明です。次に、法律から見ていきましょう。

労働安全衛生法により、20、25、30.35歳と40歳以上の社員は、年に1回の胸部X線検査が義務付けられています。例外規定はありません。妊婦も受けなければいけません。厚生労働省もバカではないので、そこらへんはきちんと調べてます。特定健診の腹囲測定は妊婦は省略可ですが、胸部X線検査は妊婦に害がないのだから省略不可です。それ以外の年齢の方は、医師の判断で省略ができますが、就業規則に「年に1回の胸部X線検査を受けること」と書いてある場合は、従わなければいけません(労働契約法による)。

会社で健診を行う場合または外部医療機関の人間ドックで代用する場合は、法律及び就業規則を遵守しなければいけません。100%の遵守は難しいかもしれませんが、少なくても、こちらから法律あるいは就業規則を守らなくてもいいとは言えません。

クレストールは、すべての人にとって、長寿の薬?

以前に紹介したJupiterという治験は、LDL-C(悪玉コレステロール)が正常で、hsCRP(炎症のマーカー)が高い人を対象に、コレステロールを下げる薬の一つであるrosuvastatin(クレストール) を投与すると「 心血管リスク」が低下するという内容だった。

これと同時に米国心臓病学会(ACC)で発表された内容は、一見すると似ているが、Jupiterとは異なる内容だった。本ブログで指摘したところだが、学会発表と論文では、primary endpointが都合よく変えられていて、結論が違うことには注意されたし。

今回、ACCでの発表とほぼ同時に、New England Journal of Medicine(最も権威のある医学誌の一つ)に"Cholesterol Lowering in Intermediate-RiskPersons without Cardiovascular Disease"という論文が掲載された。

今回の治験は、血圧やLDL-C値に関係なく、心血管疾患リスクが中程度の患者12,705人を組入れて、5.6年(メジアン)間治療したところ、rosuvastatinは心筋梗塞などのリスクを有意に低下したという内容だ。

対象者は、男は55歳以上でリスク因子一つ以上、女は65歳で二つ以上。リスク因子とは高ウエスト・ヒップ・レシオ、低HDL-C値、喫煙経験、耐糖能異常、冠疾患早発の家族歴、(軽度)腎疾患だ。First co-primary outcomeは、心血管疾患死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中。

Rosuvastatin投与により、投与前のLDL-C値が高い人も低い人も、またhsCRPが高い人も低い人も、心血管疾患死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中が低下することが示された(群間で有意差なし)。

なぜ、人間は判断を誤るか?

医学と投資ほど、非科学的な誤信とそれを書いたトンデモ本がはびこっている世界はありません。本屋に行くと、「私はこの食事療法で癌を治した」という本が多く並んでいます。その大部分は誇張を交えた嘘ですが、中には本当に治った人がいるかもしれません。しかし、癌がその食事療法で治ったかは疑問です。稀ですが、癌が自然治癒することもあるからです。

また、ある有名私大元講師の医師が書いたベストセラーもトンデモ本です。彼はがん放置療法を勧めています。彼は文章がうまいので、「私はこの食事療法で癌を治した」という本で騙されない、ある程度知的レベルが高い人でも、彼のことは信じてしまいそうです。

どの世界でもおかしなことを言う人はいます。専門家の世界でも同じです。99.9%の医師はエビデンスを重視しているので、それに反することは正しいとは思っていません。しかし、99.9%の医師が正しいと思っていることでも、0.1%ぐらいの医師は正反対のことを言います。マスコミは、一般大衆の興味のあることを書いて、売り上げを伸ばすのが目的ですから、その0.1%の医師のことを面白おかしく大きく取り上げます。癌を治す怪しげな食事療法の話も、面白ければ、本になります。読者や視聴者は、それが科学的に正しいかどうかは、自分で判断しなければいけません。

株式投資の本の状況はそれ以上に深刻です。本屋に行くと、「私はこの方法で○億円儲けた」という素人が書いた本がたくさんあります。それが本当の話だとしても、大きなリスクをとった結果、運がよくて、たまたま儲かったのかもしれません。多くの人は、このような経験談が好きなようです。

科学的に正しいということは、エビデンスがあるということです。信頼性の高いエビデンスを作るためには、誤ったエビデンスを導きやすい要素、つまりバイアスをできるだけ排除する方法を採るように工夫します。バイアスとは、本来測れるはずだった正しい「真の値」から、ある方向へずれさせてしまう要因があって、それによって全体の結果に「ずれ」が生じることを指します。つまり、ある一定の方向への「偏り」があるということです。

単純化して言うと、このようなバイアスをできるだけ排除した上で、2群にある治療などをした結果を統計学的に有意差があるかどうかを検定して、有意差があればエビデンスになります。

自分が経験した例ではなく、これらのエビデンスが大事だということは、ほとんどすべての医師や学者には通じますが、一般の方にはなかなか通じません。私の著書「東大卒医師が教える株式投資術」では、「他人が作ったデータばかり引用して、自分の例がない」という全く的外れな意見もいただきました。

もちろん、エビデンスはすべてではありません。エビデンスがなくても正しいことは多くあります。しかし、エビデンスは、個人的経験よりはるかに科学的で真実に近いことであることは間違いがありません。

「がん検診のあり方に関する検討会」に思う

先日、厚生労働省の「がん検診のあり方に関する検討会」が、胃がん検診として、従来のX線検査(バリウム検査)に加えて、内視鏡検査を推奨することになり、厚生労働省は来年度からの適応を目指すことになりました。

 

がん検診のあり方に関する検討会」の議事録を読みましたが、相変わらずABC検診(ピロリ抗体+ペプシノゲン)については、「死亡率減少効果を示す(直接の)エビデンスがない」と非常に手厳しいです。しかし、今回初めて、内視鏡検診で死亡率減少効果があると認めたのですから、胃がんのリスクが高い人を抽出して、内視鏡検査を行うABC検診に死亡率減少効果があると考えるのが自然です。

 

ABC検診反対の急先鋒である国立がん研究センターの某構成員は、エビデンスを非常に重視しているようですが、「実際ピロリ菌がいないところから胃がん死亡例が報告されているんです。つい先週も抄録レベルですけど」と発言。エビデンスを重視している先生が症例報告の話をするとは、驚きを禁じ得ません。と言うか、ピロリ菌がいないところから胃がんがでるのは稀だから報告されるのであって、胃X線検査(バリウム検査)で「異常なし」とされた受診者からその直後に内視鏡検査で胃がんが発見されることなど日常茶飯事なので、報告されることもないということを知らないのでしょうか?

 

その一方で、彼は胃X線検査(バリウム検査)に対しては、非常に甘いです。検討会では、従来の胃X線検査のエビデンスについては、再検討されていません。また、前回の検討会以降、3個の論文(エビデンス)が報告されています。一つはコスタリカからの報告で、日本からの報告は二つです。その日本からの報告はいずれも2006年発表ですが、両方ともコーホート研究で、一つは1990年に胃X線検査(バリウム検査)の受診歴を聞き、その後追跡したものです。もう一つは今論文を取り寄せているところですが、13年追跡していますから、これも1990年ごろスタートしたものでしょう。今から、25年も昔のことです。その頃の検診対象者のピロリ菌感染率は80%、今は20%です。前提条件が異なれば、結果が異なるのは当然なのに、そのことを指摘した人はいません。

25年から30年前の前提条件(ピロリ菌感染率)が今と全く違う時代のエビデンスを金科玉条にして、胃X線検査(バリウム検査)は今でも有効だという主張には納得できません。今、胃X線検査(バリウム検査)の有効性を調べるスタディを始めたら、おそらく有効性は証明されないでしょう(註:罹患率が下がると、同じ検診を行っても、両群の死亡率に有意差が出にくくなります)。

 

ジャーナリストの岩澤氏によると、厚生労働科学研究費は年間447億円です。厚生労働科学研究費の配分には国立がん研究センターが非常に大きな権限を持っているので、国立がん研究センターに対しては、大きな声で反対はしにくいそうです。また、日本対がん協会の収入は779億円ですが、そのうち600億円が胃X線検査(バリウム検査)です。そして、日本対がん協会支部は地方自治体幹部の天下り先になっています。ABC検診が導入されると、検診団体の収入が激減し、これらの利権構造が壊れるので、検診ムラは既得権益を守ろうと必死ということらしいです。
 

胃がん検診に思う

胃がん検診には、厚労省のお墨付きの胃X線(バリウム)検査があります。多くの企業や自治体では、40歳以上の人を対象に無料(会社、健保あるいは自治体の負担)で行われています。拙書にも書きましたが、これほど馬鹿らしいことはありません。私が勤める会社ではこのために年間1億円支出しています。経費節減のために、コピー用紙の品質を落とすなど涙ぐましい努力をしているのに、1億円垂れ流しです。

検診が有効かどうか、あるいは医療経済学的にペイするかどうかは、「対象とする癌の罹患率」、「検査の感度」、「検査の特異度」の3つに大きく依存します。

国民の血税で運営されている国立がんセンターが中心になって纏めた「厚労省の胃がん検診ガイドライン 」では、20年から30年前の症例対象研究というエビデンス・レベルの極めて低いエビデンスを金科玉条のようにして、胃X線(バリウム)検査を推奨しています。

エビデンス・レベルとは、研究の方法によってその研究の信頼性が大きく変わるので、それをわかりやすく6段階に分けたものです(他にも分け方はあります)。代表的な分類によると、症例対象研究のエビデンス・レベルは、6段階の中の5段目という低さです。

しかも、その症例対象研究が行われてた当時は、社員(国民)の8割がピロリ菌に感染していましたが、現在は1割です。大雑把に行って、社員の胃がん罹患率は8分の1に下がっています(国民全体では、高齢化が進んでいるので、これほど下がっていません)。昔は国民全体を胃がんの高リスクと捉えても大きな間違いはなかったのですが、ピロリ菌感染が激減した今は、違います。研究方法と、現在のピロリ菌感染率から見て、胃X線(バリウム)検査は無効である可能性が極めて高いのですが、未だにそれを推奨している厚労省は馬鹿としか言いようがありません。

私たちが開発した、ピロリ菌抗体とペプシノゲン値を組み合わせたABC検診は、現在RCT(無作為化比較試験)が行われています。RCTは、その結果が一つあれば、それで薬が認可されるほど信頼性が高い方法です。今進行中の試験は、2019年に終わり、2020年頃には結論が出るはずです。

中間報告では、従来の胃X線(バリウム)検査での胃がん発見症例は0例だったのに対し、ABC検診では3例の胃がんを発見しました。まだ、有意差は出ていませんが、幸先のいいスタートです。

(10月19日追記)ただ、上記のRCTはエンド・ポイントが胃がん死亡でないのが難点です。胃がん死亡が減らないと、ABC検診は「見つけなくてもいい癌を見つけただけではないの?」という批判、つまり過剰診断の可能性を排除できません。

それとは別に、WHO/IARC作業部会で、胃がん死亡をエンドポイントとするGISTAR研究のパイロット・スタディを準備中です。本試験の結果が出るのは、15年後という先の長い話ですが・・・。
 

大腸内視鏡検査に思う

本日、大腸内視鏡検査を受けてきました。

便潜血反応は、死亡率を下げるエビデンスもあり、公衆衛生学的には文句ないのですが、大腸内視鏡検査についてはどうでしょうか?お金の問題で、大腸内視鏡検査を住民あるいは社員を対象にして行うのはほとんど不可能ですが、個人のレベルでは死亡率を下げるエビデンスがあるなら、受けたいという方も多いかと思います。

なお、個別のがん検診は、その検診が対象にしている癌死を低下させるというエビデンスはあっても、全死を減少させるエビデンスはないのが、ほぼ全てです。「全死が減らないなら意味ないじゃん?」というのは、真っ当な意見ですが、私は(おそらく多くの方も)後悔して死にたくはありません。早期発見が困難な膵臓がんで死ぬのは諦めがつくとしても、早期発見が可能な胃がんや大腸がんでは死にたくないのです。

大腸内視鏡検査に話が戻りますが、これは医師のレベルの格差が、一般の方が考えているよりはるかに大きいです。「大腸内視鏡検査は痛い」というイメージが強いためか、「大腸内視鏡検査の時間は短ければ短いほど、その先生の腕はいい」という誤信があるようです。

しかし、観察時間と病変(腺腫)発見率は正の相関関係があるというエビデンスがあります。そして、腺腫の発見率と検査後の大腸がん死には負の相関関係があるというエビデンスがあります。ある私立大学教授は「検査時間は5分」と公言していて、日本中アルバイトに行っていますが、私はその先生の検査は受けたくありません。

それと、おそらく厚生労働省の医療費抑制政策と密接にリンクしていると思いますが、ポリープ切除術は医療費が高いためか、日本では「5mm以下のポリープは切除せず経過観察でいい」というのが基本的な見解です(大腸ポリープ診療ガイドライン2014 日本消化器病学会)。しかし、米国では「全てのポリープは切除する」という考え方が主流です。

DPP-4阻害剤のアウトカム試験

糖尿病の薬で、DPP-4阻害剤と呼ばれる薬は、確実な血糖値の低下と、その一方の(一時的な)低血糖などの副作用の少なさで、ここ数年糖尿病治療薬として、急激にシェアを伸ばしてきました。世界で一番売れているのは、最初に発売されたMRKのsitagliptin (Januvia)で、二番目に売れているのがAZN/BMSのsaxagliptin (Onglyza)です。後者は日本では7剤目のDPP-4阻害剤ですが、間もなく協和発酵キリンから販売されます。

Saxagliptin (Onglyza)は、2009年にFDAが糖尿病薬承認の条件に、アウトカム試験を要求するようになってから初めてFDAに承認された薬です。アウトカム試験とは、実際に心筋梗塞やそれにより死亡を減らせるかどうかを実証する試験です。Zetiaのところでも強調しましたが、薬の目指す所は、データの改善ではなく、アウトカムの改善です。

当然ながら、DPP-4阻害剤はどれもほぼ同じ作用機序なので、差別化が難しいのですが、saxagliptin (Onglyza)は、承認後のアウトカム試験がsitagliptin (Januvia)より進んでいました。先週聞いた、Onglyzaの説明会でもそのことが強調されていました。そして、SAVOR-TIMI-53というPhase 4(販売後)の治験の結果がセールス・ポイントになると期待されていました。しかし、先週、衝撃的な結果が出ました。その治験で、saxagliptin (Onglyza)は、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞の複合エンドポイントで、placeboと比較して差を出せませんでした。

9月の
 European Society of Cardiology (ESC) 2013 Congressで詳細が発表されるので、確認したいと思います。Zetiaの二の舞にならないことを期待しています。

APIXABAN (2)

ACS(Acute Coronary Syndrome)の患者に対し、通常の抗血小板治療を行った人を対象に行った、placeboとapixabanのRCT(APPRAISE-2)で惨敗したapixiban(BMY/PFE)だが、Af(心房細動)の患者で、脳卒中リスクをもつ人を対象に、コントロールをwarfarinで行ったRCT(ARISTOTLE)では、予想通りにいい結果を得た。前回の治験は、コントロールがアスピリンなので、インパクトはこちらのほうがはるかに上だ。

これで、抗凝固系は、JNJのXarelto(rivaroxaban)、ベーリンガー(非上場)のPradaxa(dabigatran)、と役者がそろった。一方、第一三共のLixiana(edoxaban)は、Afの患者が対象のRCTの結果は来年にずれ込むようだ。

さて、Pradaxa(dabigatran)は、治験(RE-LY)では、日本人患者も数多く組みいられたため、日本でも、米国に遅れること僅か数ヶ月で、承認された。欧米より承認が5年から10年遅れることが珍しくない日本で、これは画期的なことだった。しかし、その後、製造販売者(日本ベーリンガーインゲルハイム)によると、2011年3月14日から8月11日で、5人の死亡例を含め、81人の重篤な出血性の副作用例が報告されている(発売以降の推定使用患者数:6万4000人)とのことだ。それで、(おそらく厚労省の指導を受けて)添付文書に「警告」欄を設け、投与中は出血や貧血などの徴候を十分に観察することや、腎臓を介して排泄されるため、適宜、腎機能検査を行うことなどを注意喚起した。

変なことを言う人は、どこの世界にも必ずいる。この件に関しても、「ドラッグ・ラグは、欧米で多くの患者に使用されて、有害事象が明らかになってから日本に入ることので、むしろ好ましいことだ」と言う専門家がいる。確かに、中には、その後の検討で、全体として、有害事象>便益となる薬があるかもしれない。しかし、そのような例は、きわめて稀だ。薬には副作用や合併症はつき物だ。しかし、それ以上に薬の恩恵を受ける患者がいることを忘れてはいけない。稀な例をことさら取り上げて、全体の利益を考えない発言をする人には、疑問を呈さざるを得ない。

Apixaban

ワルファリンなどのビタミンK拮抗剤(VKA)治療が不適応と予測または確認された心房細動(AF)患者において、apixabanは、脳卒中及び全身性 塞栓症の有効性の複合評価項目において、大出血、致死的出血、頭蓋内出血の有意な増加をもたらすことなく、脳卒中や全身性塞栓症をアスピリンより統計的に有意に軽減したという論文が、NEJMに出た。しかし、対照薬がアスピリンなのが、少し弱い。おまけに、Xa阻害剤は多くの製薬メーカーが開発の最終段階に入っており、日本の製薬会社だけでも、武田、アステラス、第一三共の上位3社が開発中なので、発売後、シェアの奪い合いをするだろう。

ベーリンガーのdabigatranは、同じような薬だが、凝固系に作用する部位が異なる。この薬はつい最近、ワルファリンに対する非劣性が示された。対照薬がワルファリンである点は、対照薬がアスピリンであるapixabanよりはるかにインパクトが大きい。因みに、dabigatranは欧米での承認後、僅か数ヶ月で日本で承認された。ドラッグ・ラグが問題になっている我が国の現況から見ると、驚くべき早さだ。ベーリンガーのMRは「それだけ、この薬が画期的だということです」と言っていたが、そういうことかもしれない。

ということで、PFEのapixabanには多くを期待していないが、依然として、PFEの株価は魅力的な水準にあると思われる。

(アスピリンは抗血小板薬、apixaban、dabigatran、ワルファリンは抗凝固薬)
(apixabanはBMYが創薬し、PFEとBMYが共同で、治験を行った

AHAの話題

今週はシカゴでAHA(米国心臓病学会)が開かれた。毎年、NEJMに載るような一級の臨床治験の結果が発表されるので、投資家にとっても大事だ。

ASCOTという治験(心血管イベントの危険因子を3つ以上有し、コレステロール値が平均値以下の高血圧患者において、コレステロール低下療法によるCHDの一次予防効果を検討した治験。ASCOT試験は本試験と降圧試験であるASCOT-BPLAの2試験から成る2×2試験。一次エンドポイントは,非致死的心筋梗塞と致死的CHD)のPost-hoc分析で、「hsCRPは心血管イベントの予測に有用でない」というServer博士の発表があった。これに対し、JUPITERでhsCRPの有用性を主張しているRidkerは、「これはPost-hoc分析だ」と言って、「その分析の信頼性は低い」と主張した。これには笑えた。自分はJUPITERのPost-hoc分析で、hsCRPの有用性について何本も論文を書いたのに・・・。何といつも自分に都合のいいことを言う人なのだろう。

次に注目されたのは、DEFINEというCETP(cholesteryl ester transfer protein) inhibitorの、MRKのanacetrapibの治験だ。発表と同時に、NEJMにも掲載された。CETP inhibitorはPFEのtorcetrapibなど、何度も治験がフェールした鬼門だ。

臨床イベントは有意差がなかったが(症例数が少ないので)、血液データは非常に興味深い。HDL-Cを上昇させる薬剤は、これまでほとんどなかったが(niacinは副作用が多くて、使いにくい)、anacetrapibはHDL-Cを2.5倍に増加させる。これが臨床イベントの減少につながることが実証されれば、非常に面白い。

「血液データなどのsurrogate markerより、臨床イベントが大事だ」といつも言っているNissenが比較的好意的なコメントをしていたのが、印象に残った。30,000人規模で行われる、REVEAL HPS-3 TIMI-55 trialの結果を待とう。

関節リウマチの新規薬剤

内科領域では高血圧症や脂質異常症などの分野は、ほぼ完成された薬剤が販売され、今後ジェネリックに侵食されることは必至だが、内科領域で今後最もマーケットが拡大されることが予想されるのは、抗血小板・凝固領域、関節リウマチ領域、血液疾患領域、一部の固形癌領域だ。固形癌領域では私の同級生が発見し、アステラスに特許を導出したEML4-ALK遺伝子に対するinhibitorは有望だ。この論文はNatureに載り、先週ライバルの武田から武田医学賞を受賞したが、武田もなかなか懐が深いところを見せた。来週のNEJMにも新しい論文が出るそうだ。

関節リウマチの臨床では、現在ようやく皮下投与のEtanercept (PFE)やAdalimumab (ABT)の早期投与の重要性が認識され始めた段階で、今後これらの需要は劇的に増えると思うが(Adalimumabは未だに特定の医療機関でしか投与できない)、臨床治験の分野では、既に次の世代の経口投与できるkinase inhibitorsの開発が進み、2013年の販売を目指している。中でも、PfizerのTasocitinibとAstrasZeneca/RigelのFostamatinibが先行し、最も有望とされている。

現在開発中のkinase inhibitorは下記のとおりだ。

CompoundTargetIndications
INCB-28050 (LLY, Incyte)JAK1/2RA (Phase II)
Tasocitinib (PFE)JAK3RA(Phase III)
Psoriasis (Phase II)
IBD (Phase II)
VX-509 (Vertex)JAK3RA (Phase II)
VX-702 (Vertex)p38 MAPKRA (Phase II)
BMS-582949 (BMS)p38 MAPKRA (Phase II)
Psoriasis (Phase I-II)
Fostamatinib (AZN, Rigel)SYKRA (Phase II)
B-cell lymphoma (Phase II)
ITP (Phase II)
Peripheral T-cell lymphoma (Phase II)
Solid tumors (Phase II)

やはり、ゼチーアのSHARPは望み薄

ゼチーア(ezetimibe)の治験が3本続けて、フェールしたが、MRKが一縷の望みを託していたSHARP(Study of Heatt and Renal Protection)もフェールする可能性が高い。

SHARPは、慢性腎疾患の患者に、Simvastatin 20 mg、Placebo、Simvastatin 20mg/Ezetimibe 10mgの3群に分けて、アウトカムを見る治験だが、そのエンドポイントは、Major vascular events (defined as non-fatal myocardial infarction or cardiac death, non-fatal or fatal stroke, or revascularisation)だ。しかし、SHARPの主任研究者のBaigent医師が、治験の途中で、 エンドポイントをmajor atherosclerotic events (defined as the combination of coronary death, myocardial infarction, ischemic stroke, or any revascularization procedure)に変えたいと、スポンサーのMRKに言っているとのことだ。つまり、非動脈硬化性の心血管イベントを除外したいと言い出したのだ。

これに対し、MRKは拒否 。後からエンドポイントを変えるのは、禁じ手だから、MRKの判断は正しいが、MRKはPost-hoc分析で行こう としているようだ。こちらのほうがエンドポイントを後から変えるよりはマシだが・・・。

エンドポイントを変えるのは反則だということを十二分に知っているはずのBaigentが、この時期にこう言い出すのには、それなりの理由があるからと考えたくなるのが普通。Baigentは「結果は見ていない」と強調しているが、結果を 一部知って、当初のプライマリーエンドポイントでは有意差がでそうにないと思ったのだろう。いずれにしても、SHARPの結果は期待できそうにない。

それにしても、エビデンスと関係なく、ゼチーアが売れる日本は、「不思議な国」だ。

PLATO(2)-ABCB1

ABC蛋白質は、おもに脂溶性低分子化合物をATP加水分解のエネルギーをもちいて輸送するトランスポーターだが、その中で最初に発見されたMDR1(遺伝子シンボルはABCB1)は消化管上皮細胞、腎臓尿細管、胆管、精巣、脳の管腔側膜に発現しており、低分子脂溶性化合物が上皮細胞を透過して体内に入ろうとするとき、膜中でそれらを結合しATP加水分解に依存して管腔中へと排出する作用を持つp-glycoproteinだ。 3435番目の塩基がCCからTTに変異することにより、アミノ酸変異は伴わないが、mRNAの産生量が変化し、p-glycoproteinの発現が低下する。p-glycoproteinは、内因性のアルドステロンの濃度を変化させるなど、血圧をはじめとする様々な生体内の調整に関与しているが、外因性の薬剤の吸収・代謝にもふかく関与している。

PLATOおよびTRITON-TIMI 38でclopidogrel投与患者におけるABCB1の影響が調べられたが、PLATOとTRITON-TIMI 38ではABCB1のclopidogrelに対する作用は正反対の結果となった。なかなか一筋縄ではいかないようだ。ABCB1は現時点では、まだ薬効に対する影響を云々する段階ではないので、尻切れ蜻蛉だが、ひとまずこれで終わりとする。

PLATO(1)-CYP2C19C

clopidogrel(プラビックス)の後継薬と期待されているAstraZenecaのticagrelor(Brilinta)は、その薬自体がP2Y12阻害活性を持っているので、CYP2C19の遺伝子多型に関係なく効果を発揮でき、またPPIとの併用も理論上問題ない新しい薬だ。その薬剤のPLATOのサブ解析(ゲノムスタディ)がLancetに出た。今回のサブ解析も、JUPITERのように本論文がNEJMで、サブ解析がLancetといういつものパターンだ。この論文の解説は次回で述べるが、その前に薬物代謝におけるCYP(チトクロームP450)酸化酵素をおさらいをしよう。ここでは、PPI(Proton pump inhibitor)やclopidogrel(プラビックス)の代謝に深く関与しているCYP2C19だけを取り上げる。

CYP2C19には、CYP2C*2AからCYP2C19*8まで9種類の酵素活性欠損に関する遺伝子多型と、別の部位の機能亢進型の2C19*`17がある。前者と後者は別の部位の変異なので、理論上組み合わせは非常に多くなるが、実際に*17があるのは*1だけだ。

代謝の速さの順に遺伝子多型を分類すると、次のようになる。この遺伝子多型は人種によりおおいに異なっている。白人と日本人との比較で特徴的なことは、Ultrarapid or Rapid heterozygoteは白人では33%に対し、日本人では1%しかいない。一方、Poorは白人では2%しかいないなのに対し、日本人は19%もいることだ。

Genotype
白人(カフカス系)
日本人
metabolic ratio
Ultrarapid (*17/*17)
5%
<1%
Rapid heterozygote (*1/*17)
28%
1%
0.87
Extensive (*1/*1)
36%
26%
2.18
Poor or rapid heteozygote
(*2-*8/*17)
7%
1.5%
3.85
Intermediate
(*1/*2-*8)
17%
44%
3.97
Poor (*2-*8/*2-*8)
2%
19%
32.3


PPI(Proton pump inhibitor)は、CYP2C19で代謝されて、活性を失う。代表的なPPIのひとつであるomeprazoleが実際にどれぐらいの速度で代謝されるかを調べた研究がある。それをmetabolic ratioで表すと、Rapid heterozygote (*1/*17)が0.87、Extensive (*1/*1)が2.18、Poor or rapid heteozygote (*2-*8/*17)が3.85、Intermediate (*1/*2-*8)が3.97、Poor (*2-*8/*2-*8)が32.3だ。Poor metabolizerの代謝速度が非常に遅いのがわかる(数字が大きいほど、代謝速度が遅い)。AUC (area under the plasma level time profiles)で表現すると、Poor metabolizerはExtensive metabolizerの5-12倍になる。実際に、Poor metabolizerでは胃内のpHが高い(酸分泌抑制が強い)時間が長くなり、Extensive metabolizerでは胃内pHが上がりにくい(酸分泌抑制が弱い)。

PPIの中では、比較的CYP2C19の代謝を受けないrabeprazole(パリエット)はExtensive metabolizerでも胃内pHが比較的上がりにやすい(酸分泌抑制が強い)という論文が多く、エーザイもこのことをおおいに宣伝しているが、臨床上は一般的に、ピロリ菌の除菌率は、CYP2C19多型の影響を受けないとされ、またPPIも種類に関係ないとされている。

一方、clopidogrel(プラビックス)は、CYP2C19で代謝されることにより、活性化する。PPI内服患者はPPIのCYP2C19に対する競合的阻害により、clopidogrel(プラビックス)がCYP2C19による活性化が抑制されるのではないかという懸念や論文は以前からあり、昨年FDAは「clopidogrel(プラビックス)内服者はomeprazole(オメプラール)を併用すべきではない」という見解を出した。
本題に戻ろう。PLATOのサブ解析(ゲノムスタディ)では、以下のことが述べられている。

  • ticagrelorは急性冠症候群後の主要心血管イベントを防ぐ効果がclopidogrelより高く、ticagrelorの優越性はCYP2C19多型やABCB1トランスポーター多型に関係なく、示された。
  • ticagrelor群では2C19機能喪失多型を持つサブグループの主要心血管イベントが、それらを持たないサブグループと同程度だったが、clopidogrel群では高い傾向にあり(p=0.25)、治験開始当初の30日間においては、有意水準に達した(p=0.028)。
  • clopidogrel群ではCYP2C19の機能亢進多型を一つ以上持つ患者は、機能亢進多型をもたない患者や機能喪失多型を持つ患者と比べて、主要出血リスクが高かった。

JUPITER批判

JUPITERの話は終わりにしようと思っていたが、医学界ではJUPITER批判が止まらない。私も従来から指摘しているところであるが、JUPITERの結果には、重要な数字がいくつか欠落して、非常にわかりにくい内容になっていて、Dr.Ridkerおよび製薬会社(AZN)にとって都合がいい数字だけが強調されている。さらにJUPITERの母集団は、一般的な臨床的、疫学的常識とかけ離れた特性を持っている。

6月28日の日刊薬業によると、フランスのグルノーブル第一大学医学部心臓栄養学のMichel de Lorgeril教授は、JUPITERでは致死性心筋梗塞と致死性脳卒中の数字が記載されていないが、公表された結果をもとにこれらの数字を計算すると、rosuvastatin群とplacebo群で致死性心筋梗塞と致死性脳卒中の合計は12対12で、差がないという結果になった。また総死亡に占める脳卒中と心筋梗塞の割合は、rosuvastatin群=6%、placebo群=5%で、通常の40%程度に比べて極端に少なかった。さらに心筋梗塞の致死率も、rosuvastatin群=29%、placebo群=9%となり、むしろplaceboの方が低かった。一般的な致死率が50%程度であることを考慮しても、致死率の水準があまりに低い。つまり、致死性の心筋梗塞や脳卒中が非常に少ない一方、非致死性の心筋梗塞や脳卒中が非常に多く、rosuvastatinは「非致死的合併症には奇跡的な効果がある」ということになり、こうした臨床的矛盾、疫学的矛盾から、「JUPITERは相当にバイアスがかかっている可能性がある」と問題視している。

記事の元になっている論文は、Michel de Lorgeril教授の論文だ。Arch Internal Medに載った(Arch Intern Med. 2010;170(12):1032-1036)。彼は従来から、やや極端なことを言う「異端」であるが、権威あるこのジャーナルにacceptされたということは、彼の指摘はPeerを説得させるだけの科学性があるのだろう。

さらに、私が思うに、JUPITERでは「心筋梗塞あるいは脳卒中以外の心血管死」の数が非常に多く、その詳細が不明だ。心血管死はrosuvastatin群で35人、placebo群で44人だが、致死性心筋梗塞はrosuvastatin群で9人、placebo群で6人、致死性脳卒中の人数は、rosuvastatin群で3人、placebo群で6人、引き算をすると、rosuvastatin群で23人、placebo群で32人、つまり心血管死のうち、約7割の人が「致死性心筋梗塞あるいは致死性脳卒中以外の心血管死」になる。ふつうは、心血管死の7割から9割が心筋梗塞または脳卒中なので、これも臨床的矛盾だ。「心筋梗塞あるいは脳卒中以外の心血管死」の割合が異常に高いということは、その治験に参加した医師が患者の死因を特定できなかったか、JUPITERは非常に特殊な患者(なぜか動脈瘤の破裂が多いなど)を対象にしていたことを示唆しており、JUPITERの結果を一般化するのには慎重な対応が求められる。

(追記:本日Michel de Lorgeril教授の論文を入手したが、彼も上記のことは指摘していた。しかし、私も「独立に」問題を指摘したので、「記念」にこのブログはそのままにしておく)

JUPITER総括

HEARTWIREで、de Lorgerilの論文を受けて、Ridkerが反論している。「hsCRPの特許は私ではなく、病院が持っている」などどうでもいいことにも反論し、de Lorgerilに対しては、「これは幼稚園の議論だ。de Lorgerilの論文は”Original investigation”として掲載されているが、この論文には何も新しいデータがない。あれはただの意見だ。この論文だけで29の間違いがある。Peer reviewされた論文とは信じがたい」とde Lorgerilの論文を掲載した"Archives of Interal Medicine"(Impact factor 9.11の一流誌だ)まで批判した。ここでは、医学的に重要と思われる点をいくつか述べることにする。

FDAのpost-hoc analysisでは、CRP値が中央値より低いグループでrosuvastatinの治療効果がより大きかった点について、彼は「自分がAmerican Journal of Cardiologyに出した新しいデータでは、ベースラインのhsCRPが高いほど血管リスクが高くなっている」、「Rosuvastatinによる相対リスク削減効果はどのhsCRPレベルでも同等だ。絶対リスクはhsCRPが高くなるほど高くなり、絶対リスク削減効果は、ベースラインのhsCRPが最も高いグループで高かった」と反論している。American Journal of Cardiologyの論文でも、abstractに「ベースラインのhsCRPが高くなると、血管リスクも高くなる」と書いてある。
 

しかし、本文では、Primary endpointである心血管イベントの相対リスク削減効果は、hsCRPが低いほど大きい(下表)。placebo群の絶対リスクをPrimary endpointである心血管イベントで見ると、男性ではhsCRPが高くなると絶対リスクもやや高くなっているが、女性では差がない。絶対リスク削減効果は男女ともhsCRPが低いほど大きい。なぜ、HEARTWIREAmerican Journal of Cardiologyのabstrtactの内容と違うのだろうか?本文をよく読むと、ACCでの発表と同じように、彼はこの論文ではエンドポイントを「心血管イベント+全死」あるいは「心血管イベント+全死+静脈血栓」にしているのだ。そうすると、相対リスク削減効果はどのCRPレベルでも同等で、男女ともにhsCRPが高いほど絶対リスクも明らかに高くなっていて、絶対リスク削減効果も女性ではhsCRPが高いほど大きくなる。つまり、彼が言っている「血管リスク」は「心血管イベント+全死」あるいは「心血管イベント+全死+静脈血栓」のことで、巧みに言葉を変えているのだ。エンドポイントが違うものを議論しているので、これでは反論になっていない。
 

男性 Primary endopoint (incidence rate per 100 Person-Years)(RRの太字は有意な減少)
 

hsCRPRosuvastatinPlaceboRR
>5.41.091.730.63
3.1-5.40.981.490.66
2.0-3.10.591.390.43

女性 Primary endopoint (incidence rate per 100 Person-Years)(RRの太字は有意な減少)
 

hsCRPRosuvastatinPlaceboRR
>5.40.711.160.62
3.1-5.40.510.810.63
2.0-3.10.481.160.41


次に、JUPITERで心血管死が少なかったことについては、彼は「心血管死の診断を厳格に行ったからだ。少しでも疑わしい症例は非心血管死にした。一番大事なのは、全死が有意に減ったという事実だ」と説明している。しかし、それなら、最初からPrimary endpointを全死、あるいは心血管イベント+全死にするべきだった。結果がわかってから、「全死が一番大事だ」と言うのは、後出しじゃんけんだ。しかも、彼のこの発言は、他の治験では、心血管死の診断をあまり厳格にしていないと言っているのに等しく、他の治験を総括した医師に対して甚だ失礼な発言だ。私が思うに、やはり、JUPITERで心血管死が少なかった理由の一部は、JUPITER治験対象者の特性によるのだろう。Ridkerがその可能性についてまったく言及していないのは不思議だ。

まとめると、JUPITERからえられる知見は興味深いものが多い。しかし、Ridkerは、エンドポイントを自由自在に変えることにより、(自身が開発に関与した)hsCRPの有用性をよりよく見せようとしてしている。hsCRPの有用性は、このJUPITERからはほとんど何も言えない。

JUPITER、その後(2)

前述のように、一連のJUPITER関連の論文のauthorであるDr. Ridkerは、Lancetに「初回の主要な心血管イベント」は、ベースラインのCRPを5mg/dLを境に上下二群に分けて解析すると、群間でイベント発生率に差はなく、また、"We detected no evidence of a significant interaction between the overall efficacy of rosuvastatin and baseline concentrations of hsCRP less than 5 mg/L (HR 0·49, 95% CI 0·37–0·65) or 5 mg/L or greater (0·66, 0·49–0·89; p for interaction=0·15)"と、つまり、rosuvastatinの効果はCRPが低い群のほうで大きい傾向にあった〈有意差はなし)と書いている(これは事前に経計画された重要な解析であるにも拘らず、図表などはない)。これは、CRPが高いほどイベント発生率は高く、rosuvastatinの効果は大きいだろうという、我々の予想を覆すものであり、驚いたが、CRPの特許を持ち、CRPの有効性を示したかったDr.Ridkarは我々以上にガッカリしただろう。結局、AZNが行った効能追加申請は部分的にしか承認されず、欧州の添付文書では、CRPという言葉さえ出て来ない。

しかし、3月9日アトランタで開かれた米国心臓病学会で、同じDr. Ridkerが、同じデータを使って、CRPが高いほどイベントの発生率は高く、かつrosuvastatinの効果も大きいと、Lancetとは全く逆の発表を行った。

ポスターの図の横軸の下の文字が小さくて、読みにくいが、左から、Relative Risk Reduction, Absolute risk(per 100 person-years), Absolute risk reductionだ。見事に、Absolute riskはCRPが高いほど高く(中央の図)、 Absolute risk reductionもCRPが高いほど大きくなっている(右の図)。また、placeboと比較してすべての分位でRelative Riskの減少が見られている(左の図)。同じ演者が同じデータを解析して、なぜ正反対の結果になったのだろうか?よく読むと、米国心臓病学会での発表はエンドポイントが「初回の心血管イベントあるいは全死」になっていた。

ACC
JUPITERの一次エンドポイントは、「初回の主要な心血管イベント」である。「初回の主要な心血管イベント」の定義は、「非致死的心筋梗塞,非致死的脳卒中,不安定狭心症による入院,血行再建術,心血管死」だ。それにも拘らず、Dr. Ridkerが「初回の心血管イベントあるいは全死」を対象にしたのは、一次エンドポイントの「初回の主要な心血管イベント」では有意差が出なかったからだ。治験者全体で、心血管イベントは393件、全死は445件(うち心血管死は79件)なので、全死を入れると入れないとでは、結果が大きく異なるであろうことは、容易に推測できる。因みに、二次エンドポイントは、一次エンドポイントの個別イベントおよび全死となっていて、それらの合計ではない。結果を見てから、一次あるいは二次エンドポイントでない別のエンドポイントを設定するのは、「後出しじゃんけん」みたいなものだ。この発表内容が論文としてacceptされるかどうか、別の意味で、興味深い。

post-hoc分析の信頼性は、一般的に低いが、事前にサブ・グループ解析をすると、その方法まで明記している場合は、その解析の信頼性は比較的高い。しかし、事後にコンピュータを使って、自分に都合がいい有意差の出るサブ・グループを見出して、サブ・グループ分析をした場合は、当然信頼性はかなり低くなる。Dr.RidkarはLancetで、ベースラインのCRPとエンドポイントとの関係を分析して、相関があるかどうかを調べて、"We detected no evidence of a significant interaction between the overall efficacy of rosuvasatin and baseline concentration of hsCRP less than 5mg/L (HR 0.49, 95%CI 0/37-0.65) or 5 mg/L or greater (0.66, 0.49-0.89; p for interaction=0.15)"と書いた。ここまでは良心的だと思った。

しかし、Dr.Ridkarが今年のACCで行った発表は、結果が全部出てから、自分に都合がいいように後からエンドポイントまでを変えた。野球の例で言えば、試合が1-2で負けてから、「この試合は、得点+安打数で勝敗を決めよう」と言い出すようなものだ。CRP検査の特許を持っている彼は、よほどCRPの有用性を示したかったのだろう。彼は、結果が出てから、CRPと相関があるエンドポイントを後から見つけて、「CRPはイベントを予測するのに有効だ」と言ったのだ。

(CRPが心血管イベントや死亡率のリスク・マーカーになりうるかどうかの議論をしているのではなく、あくまでも「JUPITER」の中での話だ)

JUPITERから得られる知見は大であるが、Post-hoc解析が断片的に出てくる、少し不思議な治験だ。
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