2007年11月

2007年11月30日

便利なりんご箱




林檎の箱は今は殆どが段ボール箱に成った。


昭和二十年代から三十年代は長方形の木ばこで

籾がらの中にりんごが仲良く並んで入っていた。


私の家には毎年、秋風が吹く頃に成ると山形から

木箱に入った林檎が鉄道便で送られ来た。


その頃になると家の前の路地に帽子を被った

おじさんが黄色いリヤカーを曳いて入って来るのを

楽しみに待っていたものだ。


木箱のふたを小さめな釘抜きで釘を抜くのは

私の上の兄の楽しみであったようだ。


蓋を開けると紅い大きなリンゴが顔をだす。


りんごは母が一先ず仏壇の前に山と積む、

一番大きくて色バランスの良いりんごを

一番先に僕が取る、末っ子の特典である。



空に成った木箱は大事に掃除してしまっておく。 

物資が特に乏しかった昭和二十年代は、

りんごの木箱は使い道が沢山あった。



僕が悪戯書きする時の台になったり、

野菜等の臨時貯蔵庫であったりして

最後は焚きつけや、使い易く小さく切った

切炭の入れ物にも成る便利な木箱であった。



書いていたら「りんごのひとりごと」、

武内俊子作詞の童謡を想い出した。



一番最初に姉が買って呉れたSPレコードの一曲であった。





特選詰合せ林檎 木箱入(14個)


kappa_gallery at 02:07|Permalink昭和の風景 

ラミー2000




ラミーがやって来た。

ラミー2000-1




















ラミー 万年筆 2000 L01 (20000) 



万年筆「ラミー2000」。


欲しいと思ってはいたが今まで買わなかった一本、

それがとうとう我家にやって来た。

ペン先の太さはB、かなりの太字だ。


ラミー2000-3























ここの所、原稿を書く量が増えたので

即戦力になるだろう。


インキはブルーを入れた。



ラミー2000-2





















この万年筆、魅力の一つはインク窓、

くもりガラスのような小さな窓を

灯りに透かした時、ブルーのインキが

とてもキレイだ。


グリーン系もそのうちに使ってみたい。


あとはカルティエのボルドーもいいな!




カルティエ ボトルインク(60ml)


kappa_gallery at 01:47|Permalink文房具・画材 

2007年11月29日

触りたくないパーカー




パーカー万年筆は触るのも、見るも嫌な気持ちがする。



昭和四十年半ば、仕事で関西方面へ出張する事になり

筆記用具を新調することにした。


フランス製の洋服生地を日本橋で仕立て、真新しい背広を

着用したので万年筆も新しくしたくなったからだ。


東京駅で出発時間まで時間が有ったので

近くの文具店に入り、以前から欲しかったパーカー万年筆を

買って胸ポケットにさした。


駅の鏡に写る自分を見てチョットすましたりしてうれしかった。

関西での仕事も無事に成果を上げ、土産等買って家に帰ってきた。

玄関へ、ニコ(*^_^*)して出てきた息子に「ハイ、おみやげ」と

渡したら息子が不思議な顔して私をみてたので、息子の目線先、

胸のポケットをさわってみた。


私の左手にベッタリと青インクがついていた。

白いシャツも始めて着たフランス生地の背広も又と着られ無くなった。

旅の疲れが浴室までの足取りを可成おもくした。


インク漏れの噂は知っていた自分は気を付けたはずだったのだが、

運が悪かったとあきらめた。








パーカー 万年筆 デュオフォールド センテニアル リミテッドエディション クロワゾネ(8800...


kappa_gallery at 21:38|Permalink文房具・画材 

親父の持ってたウォーターマン




剥げた親父のウォーターマン。


昭和二十三年、

僕は小学校へ入学した。

字を覚えると筆記用具にも関心を持ちはじめた。


12月半ば過ぎ、毎年恒例のように奥の八畳間の大きなテーブルに

親父が正座して、見るからに旧式な形をした万年筆で年賀状を書く。


新年を迎えたある日、親父がその旧い万年筆を大事そうに

器に酌んだ水で分解掃除を器用な手つきで遣っていた。


僕は側で「随分剥げた万年筆だね」と言いながら父の顔をみた。

その時、親父は「旧くてもこのウォーターマンはお父さんが

一番書き良くて好きな万年筆なんだよ」と云って

ニコットと笑った。


鼻の下に貯えた髭が、その時はすごく偉そうに見えた。

その時の言葉がこの原稿を書きながらも昨日のように思い出す。


私も何時の間にか万年筆の字が大好きだからだ。






何時の日か使ってみたいウォーターマン

ウォーターマン カレン 万年筆 メリディアンシルバー


kappa_gallery at 01:20|Permalink文房具・画材 

2007年11月28日

検見川送信所ミニ映画




「検見川送信所」ってこんな所です。

この映画を製作されたのは「検見川送信所J1AA〜モールスキンとめぐる冒険」の
久住浩さん
です。

私の絵も出てきます。

クリックしてお楽しみください。






検見川送信所に興味を持たれた方は
下記のバナーをクリックしてご覧下さい。

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした
近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機を迎えています。

これをなんとか保存、再利用できないかというプロジェクトです。




kappa_gallery at 15:32|Permalink検見川送信所 

今日描いた色紙三点


流出版 色紙1






















流出版 色紙2






















流出版 色紙3



kappa_gallery at 15:12|Permalinkかっぱの絵・色紙 

9R-59 トリオの受信機キット




昭和三十七年頃。


アルバイトで電機メーカーのトリオとアカイの

代行サービス店に何ヵ月か居た事がある。

先生の推薦も有ったので社長は私に勉強優先をと、

考えて呉れた人だった。


トリオのステレオアンプの修理の中に受信機の

「9Rー59」の調整・修理が必ず有った.。

他の社員はアンプやテレビの修理は得意だが受信機になると

何時迄も手を出さないから、トリオの本社サービス課から

催促されていた。




懐かしのトリオ9R-59
9R-59














私は受信機担当に成った。

実体配線図付きのこのキット、何十台も私が修理をしたが

その90パーセントは、たった一個の抵抗の取り付け違いだった。

不思議なものだ、よくできた配線図なのに間違いは

よりによって同じ箇所だった。

何台かはメチャクチャ配線、全部バラして始めから配線をした。

時間的に直すより早いし、簡単だからだ。




9R-59の配線図
9r-59配線図








調整の依頼も沢山あった。

正確に調整出来るものは極僅かだ。

あとは組み立て配線が長すぎたりして、高周波部分で

発振を起している。

マニアが折角作った自慢の完成キットだ。

私は黙って直して、メモだけ受信機の箱に入れておいた。

持ち主が又何かキットを作る時の参考資料に成ればと。


kappa_gallery at 01:17|Permalink真空管・オーディオ・他 

2007年11月27日

テレビスコープ




昭和三十年代は14インチ白黒テレビが主流だった。


殆どの家のテレビ画面の前には薄いブルーの樹脂板や

拡大鏡効果を応用した板状のものから凹凸レンズを

樹脂板二枚の間に水又は液体を注入して拡大効果を

狙った物、(製品名、テレビスコープ)まで色々有ったが、

それぞれに一長一短があり、実用には限られた

二、三種類の簡単な製品が使われていた。


我が家でも買ったり、貰ったりして何種類もを使ってみたが

カラーテレビに代わるまで使っていたのはテレビスコープではなく

樹脂板に薄いブルーの色がついた物だった。


kappa_gallery at 12:21|Permalink昭和の風景 

我が家初めてのテレビ




昭和三十六年。


初めて我が家に白黒テレビがやって来て映った日は

丁度今頃の月がとっても綺麗な夜だった。


土曜日の夕方、千葉市に当時有った松田楽器店に

テレビを買いに行った。


何台かのテレビの画像や音声を比較したところ

日本ビクターが一番気に入ったので、確か現金で

支払いしたら大分オマケしてくれたような記憶がある。


翌日、お昼過ぎに松田屋のサービスマンが配達しながら

アンテナ等を取り付けしてくれるとの事だった。



日曜日は朝から私は材木店でアンテナを立てる

丸太を買いに行った。


間が悪く、店の店員が皆出払っていたので

材木店のオヤジさんと二人で長い丸太を家まで

1km位、担いで持って来た。


用意万端、待ってたがサービスマンが来たのは二時を過ぎていた。

私も早くテレビを観たいから一緒に手伝った。 

いざテレビの電源スイッチを入れたら無事に画像が映しだされて

一安心した。


母が蕎麦屋から、上天丼をとってサービスマンと家族五人で

テレビの画面に笑いながら食べた天丼は甘辛の味だった。


アンテナを見上げたらアンテナの向こうに

月が美しく輝いて笑った様に見えた。 



その後、このテレビとの出合いが私の人生を変える事になった。


kappa_gallery at 01:46|Permalink昭和の風景 

2007年11月26日

検見川送信所ミニ見学会のムービー&「千都よみうり」の記事




11月17日に行われた検見川送信所ミニ見学会のムービーです。

撮影、編集されたのは「検見川送信所J1AA〜モールスキンとめぐる冒険」の久住浩さんです。



クリックしてお楽しみください。








こちらは10月27日に行われたイベント、

「ほぼ満月ただの月見@検見川送信所」が

千都よみうりに掲載されました。


クリックで拡大してご覧ください。
千都よみうり














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kappa_gallery at 02:06|Permalink検見川送信所