2008年02月

2008年02月29日

千代田町役場土手の枳殻の実と刺




昔の役場、現在は四街道公民館。


昭和三十七年、

私は普通自動車運転免許証を交付された。


待ってましたと新車のトヨタ、パブリカを買うことにした。

印鑑証明を千代田町の(現在の四街道市)役場に貰いに行った。


ここは四方が高い土手に囲まれた敷地の中に

木造の建物が建っていた。


待合室も数人入れば満杯、狭い所に

木製の古めかしいカウンターがあり、

その前で用件を言うと係の人が出てきて

用件を処理してくれた。


その頃は町民もまだまだ少なかった。

私が行った日は住民係りの女性職員は和服姿だった。

私は一瞬、映画や写真で観る大正時代へ

タイムスリップした感であった。


この頃の役場の職員は制服は着ず、

それぞれ違った服装で仕事をしていた。


しばらく待って、係の和服の似合う年配の

女性職員の方から渡された印鑑証明証は

達筆な毛筆で書かれていた。


現代のコピーとは別な感触を手にした。



この役所の裏手は何時も水溜りがあり、

湿地で其処の土手を乗り越えると中学校への近道であった。

子供の頃、何度か役所の裏手の荒れ地で遊んだ。

夏などは涼かったが藪蚊も沢山住んでいて

ズボンの上から何ヶ所も刺され、ひどい目にあったりもした。


この湿地が四街道市を流れる手繰川の源流と

知人に聞いたことが有るが定かな資料には

未だ出会っては居ない。


土手の上にはカラタチの木があり、

あの刺は長くて刺さり易く、何回となく

手に刺し怪我をしたがカラタチの実は好い匂いがして

私は時期に成ると刺を刺しながら実を採った。


今の仮住居の裏に一本カラタチの木が何故かあるが

残念ながら実はならない。

伸び過ぎた枝を落し、かたずける時に

必ず手袋の隙間から刺を刺してしまう。


カラタチに愛されていると思って

諦めている近年である。





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2008年02月28日

半田の匂い




現在、電気製品の大量生産は自動機だから

半田の臭いや煙等はあまり気にしないと思うが

私の知る昭和三十年代のプリント基盤等の半田付けは、

すき焼鍋みたいな鉄鍋にその日の仕事の始まる前に

当番の女子工員が棒半田を何本も、熱く成った鍋に

突き刺す様に入れながら溶かして半田鍋風にする。


その鍋の中へ、ベルトコンベヤーで流れてきた

プリント基板にフラックスを刷毛で満遍なく塗り、

ジャブリと半田鍋に浸けて手際良く引き上げて

半田付け完了と成るが、この手際を失敗すると

基板の表に付いているトランジスターや

色々な部品を破損させたり焼き焦がしたりして

オシャカの山を作ってしまう。


この半田付けの方法は基板を半田鍋にジャブリと浸けるから

ジャブヅケと言った。


このジャブヅケ半田はフラックスが蒸発する白い煙と

臭いが凄まじく発生する。


当時の殆どの半田係の女工さんは顔色が悪かった様に

私には見えた記憶がある。


其のことはさて置、その頃私が無線機やオーディオアンプを

組み立てる場合の半田付けは、まず半田付けする場所に

ペーストを塗ってから、よく暖まった電気半田鏝で

棒半田を溶かし素早く半田付けする。 


その時にペーストが燃えて白い煙と臭いが出る。 


半田が松脂入り糸半田の場合は松脂が溶けて

脂分が燃たりして松脂の臭いが部屋中に広がる。

未だこの頃は現在の半田と比べると半田やペーストの品質が

かなり貧弱な性能であった。


その為か、半田付けをすると目に煙が凍みたり

白目が赤く成ったり、時には粗悪なペースト等で

指先がタダレたり色々トラブルも有ったが

松脂入り糸半田はその頃でも上質な品に当たると

とても好い臭いで、出る煙までがライトブルーの綺麗な色をしていた。


現在の糸半田は松脂が化学薬品に代わり、接着力も増したが

あの懐かしい松脂の臭いと、うすく青くふわふわ浮かぶ煙は

思い出の世界へ行ってしまって帰ってはこないだろうよ。



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2008年02月27日

洋食ひまつぶしと中華せっかち




昔、四街道から千葉へ向かう途中の交差点を

高品から穴川方面に向かう大通り沿い(旧国道16号線?)に

進行方向左側にラーメンの旗がある「中華料理店せっかち」、

少し手前の右側に「レストランひまつぶし」が有った。



昭和四十年代後半から五十年頃の話だが

家族で「レストランひまつぶし」に何度か食事に寄った。 


外房から内房へとドライブコースを取った時など

遅い時間に成ると観光地で腹一杯食べて帰って来ても

この辺で自動車の運転も疲れてくるし、腹も減ってくる。


このレストランは駐車もしやすかったし、

店名がちょっと癒される。


殆どステーキとコーヒーを注文した。

味が飛び抜けて美味い訳ではないが薄くて小さめなステーキは

ドライブで疲れた私の胃には丁度良かったし、

子供はスパゲッティ等も食べた。


ファミレスが未だ無い頃だから家族で食事をするのには便利だった。

また友達と待ち合わせするにも国道に面した変わった店名なので

場所を説明しやすかった。


私一人でも予定より早く仕事が終わった帰り等は

「ひまつぶし」でコーヒーをのんびりと飲みながら

パイプたばこを吹かしては、暇をつぶしたりした。



向かい側の中華料理の「せっかち」には

一回だけラーメンを食べに仕事仲間と寄っただけだ。

どんな味だったか全く覚えて居ない。



ファミレスがそこら中に出来た現在では

懐かしい「せっかち」も「ひまつぶし」も跡形も無いが

昭和の思い出の中にだけ、今は営業している。


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2008年02月26日

女優、市原悦子さんと始めての出逢い




女優の市原悦子さんが四街道に疎開をしてたのは有名な話。

其処には一つの出逢いが有った。




昭和二十年代。


小学校低学年だった僕は中学生の市原悦子さんを

自宅から四街道十字路まで夕焼けを背に送って行った。


お別れをする間際に中学生の市原さんは僕の耳元に

「お兄さんに好きだ・・・と伝えてね」と云った。


夕焼けに紅く染まった顔は半世紀以上経った

現在でも思い浮かべることがある。



僕の兄は卓球が終生大好きで又上手だった。

中学生の頃は代表選手で県大会でも

良い成績を残したものだ。

市原悦子さんとは卓球の仲間だったと聞いている。



ある日の昼下がり、彼女は僕の家へ遊びに来た。

母が僕に近所に有った食品店にお使いに頼まれて

お茶菓子等を買ってきた。


茶菓子盛と飲み物を母に頼まれ、兄の部屋に

僕が運んでいったら、兄と市原さんが楽しそうに

卓球のラケットをテーブルの上に並べて談笑していた。


兄は早速、僕を紹介してくれた。

その人が後に大女優に成る事など全く予想も尽く筈もなかったが

市原さんは僕に笑顔で「良い弟さんね」と会釈してくれた。


その後、兄も市原さんもそれぞれの道を歩み、

兄は冒険家になり、左手一本で現在とは全く違う

世間の冷たい風にも負けず、自分の遣りたい仕事に

人生を費やした。



大分前に市原悦子さんと同級生?のテレビ番組で

私の家にテレビ局から問い合わせが有った。


何十年振りの音信だが兄はその時、

日本アルプスを歩いていたので

携帯電話など一般に普及していなかった

時代であるから兄に連絡も取れなかった。


旅から帰った兄にテレビ局の話を報告すると

兄は一言、「思い出したんだろう」と言って

庭の芭蕉の風に揺れる大きく育った葉を暫し観ていた。


その時はテレビの放映も終わり

市原さんとは逢えずじまいに成ってしまった。



その兄も現在はおそらく蓮の葉をピンポン台の代わりに

赤鬼、青鬼相手にピンポンを楽しんでいるだろう!



テレビドラマで観る市原悦子さんのあの丸い瞳は

半世紀以前の四街道十字路で紅い夕日の中での丸い瞳と

今も変ってはいない。







ひとりごと



kappa_gallery at 01:29|Permalink 昭和の風景・四街道の昔話 

2008年02月25日

買いそこなったイスズ117クーペ




いすゞ117クーペ。


私は買いたかったが

其の矢先にマイナーチェンジしてしまい

気に入らなく成ってしまった。



先程も懐かしい車が私の前を走っていた。

いすゞ117クーペの丸型ヘッドライトだ。

極たまに京葉道路をヨタヨタと走行してる。

今の車と比較すれば何十年の歳月が其処に感じるが

私が乗りたかった車の一台だ。


当時、ヒルマン、ベレット、フローリアンと

いすゞのセダンやGTカーを乗り継いで来た。

(私はその間、別のメーカーの車も同年代に何台か所有はしていた)


この頃、私の仕事も安定した収入が入る様に成って来た。

暫らく我慢してたカーキチの蟲が起きだしてきて

いすゞの販売店へ連絡して試乗車をもってきて貰った。


試乗の車は丸型ヘッドライトだった。

快く私は注文書にサインをしようと思い

販売員が差し出した見積書とカタログを見たら

カタログの写真は丸型ヘッドライトの写真だったが

見積書に記されてる型番が気に成った。


私が質問したら

「新しいモデルは角型ライトに成りました、かっこ好いですよ」と

販売員は得意顔で言った。

早速新型車の展示してある大手のショールームへ見に行った。

その時の私の感想は折角熟成されているワインの中に

角氷を入れて飲んだ様な味に思えた。

視る人により感じ方は自由だ。


私はチグハグな其のデザインに落胆して

肩を落して帰路についた。


以後いすゞ車は全く愛用していない。


次の週にフォード、ムスタング(現在はマスタングと発音するようだ)

五リッターエンジンを近鉄モータースから

新車乗り出し価格、三百二十万円也で購入した。


大分値切ったつもりだが、そうでも無かった。


この車では思い出多い旅をした。





タイヨー マイクロラジカン いすず 117クーペ シロ




1/43エブロ【Oldies】いすゞ 117クーペ緑メタ




kappa_gallery at 01:23|Permalink クルマの話 

2008年02月24日

第10回蔵祭り




本日、24日は蔵祭りの日。


今年も清酒・仁勇醸造元、鍋店株式会社の大イベント

第10回蔵祭りが鍋店、神崎酒造蔵で

2月24日、日曜日に開催されます。

詳しくはこちらをご覧ください。



蔵祭り



kappa_gallery at 01:09|Permalink 日々の出来事 

2008年02月23日

検見川送信所、見学会の様子




2008年2月23日の検見川送信所
送信所ナイトe























今日は「検見川送信所を知る会」のイベントの日。


前回のイベントは2007年10月27日、

この時は台風が臨時参加して呉れたが

今回は春一番が参加して呉れて

前回に負けない強風となった(笑)


画像は「送信所ナイト」のプレイベントとして行われた見学会の様子。

砂埃が凄くて写真は少ししか撮ることが出来なかった。



見学会に集まった参加者の皆さん
送信所ナイトb























集合写真の撮影
送信所ナイトc























送信所正面の木に鳥の巣を発見
送信所ナイトf























砂塵に煙る検見川送信所
送信所ナイトa























コンクリートの剥離は止まらない
送信所ナイトg



kappa_gallery at 22:01|Permalink 検見川送信所 

今日は「送信所ナイト」の日




本日2月23日土曜日は検見川送信所を知る会のイベントがあります。

詳しくはこちらをご覧ください。


送信所ナイト



















来賓には建築史家の倉方俊輔氏が御見えになり講演をしてくださいます。

倉方氏はブログ「建築浴のおすすめ」を書かれています。



〜倉方さんのプロフィール〜

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)建築史家。
1971年東京生まれ。
早稲田大学大学院博士課程修了。博士(工学)。
明星大学、東京理科大学、早稲田大学芸術学校、NHK文化センター、
早稲田大学エクステンションセンター非常勤講師。
2006年日本現代藝術奨励賞、稲門建築会特別功労賞受賞。
著書に『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)。
共著に『東京建築ガイドマップ―明治大正昭和』(エクスナレッジ)、
『ル・コルビュジエのインド』(彰国社)、
『吉阪隆正の迷宮』(TOTO出版)、
『伊東忠太を知っていますか』(王国社)ほか。

現在「日経アーキテクチュア」誌で
「doconomon 100選―傍流の名建築」、
「新建築住宅特集」誌で「近作訪問/時評」を連載。
blog「建築浴のおすすめ」がある。




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検見川送信所に興味を持たれた方は
下記のバナーをクリックしてご覧下さい。

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした
近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機を迎えています。

これをなんとか保存、再利用できないかというプロジェクトです。






kappa_gallery at 01:26|Permalink 検見川送信所 

2008年02月22日

四街道市・市議会議員・選挙




最良の就職は四街道市会議員に当選する事!!


今年は四街道市議会議員選挙の年であり、

二月二十四日は投票日。



四年に一度、たったの一週間、

誰彼構わず頭を下げて四街道市議会議員に

当選してしまえばシメタモノ。


多少の交通違反位は何とかなると勘違いしたりもするが

向こう四年間は収入安泰、三期風評等に捉われず

風見鳥を貫けば年金も有り、老後も安楽で有る。

歌謡曲の夢の世界である。


だが、しかし誰もが市会議員等に就職出来るものではない。

まず市民からの人望が無くてはダメである。

市民の大多数はいい加減な考えだろう?(深く考え等しないだろう)

概ね候補者の知人とか地元の人とか政策等は頭に無いだろうよ。


始めから候補者も有権者も真面目に研究した政治なんて

持ち合わせていないだろうからね? 


それでも一般社会は成り立っている。

半世紀前から比べたら街も人口が増えて

市民の日々の暮らしも楽になり

福祉も他所とは比べられない程内容が充実している。


まるで街は満月の吸血鬼のごとき、元気な議員の都となり

その撒き散らす卵は立派に成長を始めた?


安楽園である。


春の快い日差しにウトウトと昼寝して

ツジツマの合わない夢を見てしまった。


私利私欲、名誉欲の塊のラウドネス・スピーカーからの

爆音が耳元で爆発した。


これも夢か?


幻の楽園は幻の世界に生きてこそ、幻ではないのかね。







選挙ここだけのハナシ




選挙だワッショイ!




選挙の裏側ってこんなに面白いんだ!スペシャル


kappa_gallery at 01:27|Permalink 日々の出来事 

2008年02月21日

今日の色紙一枚




二月二十一日の色紙



kappa_gallery at 12:12|Permalink かっぱの絵・色紙